◆WILL BE KING◆





「お母さん」
短く切り揃えられた前髪と、頬に残るそばかす。
時間はゆっくりと全てに老いを与えてくれる。
「眠れないの。お話聞かせて?」
「お父様のお話の方が面白いわよ」
子供の頭に触れる手。刻まれた傷と皺がその年月を控えめに物語った。
「お父さんのお話は、飽きちゃった」
「あらら。仕方ないわね。ちょっと待ってね」






誰かに語れる想い出と言うものに消化するまでに、どれだけの日々を重ねただろう。
思い出しても、今でも鮮明に蘇る全ての出来事。
朝に夕に、祈りを欠かした事は無い。
奪ってきた全ての命に、そして竜神に。






「そなたが勇者ロトか」
赤絨毯の敷かれた王の間に、少女は目を瞬かせた。
「デイジーと申します。国王様」
「良くぞ竜王を倒してくれた。そして、我が王子まで救い出すとは真の勇者。そなたに
 褒美を与えようぞ。何なりと言うが良い」
国王の声に、少女は唇を噛み締める。
この男の失策で、マイラは魔物の群れに急襲されたのだ。
エルフと繋がる民などいらぬ。その言葉が耳からはなれることは無い。
多くの仲間が、友が、戦い散っていった。
「遠慮する事はないぞ、申し出るが良い」
「では…………マイラの独立を容認してくださいませ。国王様」
マイラ、メルキドは共に魔道士の血を持つ街。
同じように迫害を受け、うち捨てられてきた。
「我らに、真の自由を」
たった十六の少女が放つ辛辣な言葉。
それは静かで緩やかながらも居並ぶ神官達を、威圧した。
「はははは。戯言を」
「いいえ、戯言などではありません。マイラとメルキドは、このアレフガルドを
 離れる所存でございます。精霊と縁深い民など、気味が悪い……それは貴方の
 言葉ですわ、国王様」
ゆっくりと顔を上げて、その瞳を見つめる。
戦いぬいたものにしか宿らない一筋の光。
「無礼者が!!この娘を捕らえよ!!」
「父上!!彼女はこの世界を救った勇者です!!」
ローラの制止に、デイジーは首を振った。
「私が本当に討つべきだったのは……」
不死鳥の守りが付いた美しい剣を構え、少女は静かに呼吸を整えた。
「ラルス16世。あなただったのしょうね」
ばさり。落ちる二つのお下げ髪。
絨毯の上でまるで何かの文様の様に広がった。
それを合図のように、謁見の間に次々と移動呪文で魔道士達が姿を現す。
現存する魔法呪文の他に、マイラとメルキドの魔道士達は古代呪文の解析に
力を入れてきた。
伝説の勇者ロトが残した偉大なる遺産。
外部に漏らすことなく、自分たちだけで暖めてきたのだ。
「我らはここに宣言する。アレフガルドを離れ、新たな国を作る!!」
「竜神の意思を酌み、この先の悲劇が起きぬように」
「ルビスを祖とし、ロトを敬う。我らは何にも縛られない!!」
神官達の魔法を押さえ、魔道士達は静かに笑う。
ロトとは全ての希望を象徴する言葉。
不死鳥の紋章が示す未来への光。
「!!」
ローラの首筋に短剣を付き突けて、少年が耳打ちする。
「ローラさま、本当に姉さまを愛していますか?」
「……………………」
「僕たちは、ここを離れて未開の土地に行きます。強制はしません。それが姉さまと
 みんなの意思です」
幼い少年でさえも、自分の意思でこうしてここに来ている。
このまま流されて、国王として祭り上げられるだけの存在になって。
いつかは、しかるべき女性と結婚してありきたりな家庭を持つのだろう。
「ローラさまは正当な王子です。ここに残る義務もあります」
王子は王位を継承し、国を発展させることがその勤め。
だからこそ、即答が出来なかった。
幼い頃から自分を育ててくれた神官、宦官、宮中の者たち。
その願いと希望を知るからこそ、答えを躊躇してしまう。
「さようなら、ローラさま」
王子の手首を魔法力で縛り上げて、少年は少女に目線を向けた。
「ロト!!」
「ラルス16世、我らの望みを叶えてくださるのでしょう?」
「ローラを離せ!!下賎の者がっ!!」
「明朝に、マイラでお逢いいたしましょう」






マイラとメルキドを結ぶ運河に、浮かぶ船。
五艘のそれには二つの街の民と、少数の精霊が乗り込んでいた。
「デイジー、おかえり」
「ただいま、お母さん。お腹空いちゃった」
「はいはい。今、パンとスープを持ってきてあげるからね」
何も変わらないように、そこには当たり前の生活があるだけ。
「ロト」
「ラーマ。一緒に来てくれるの?」
耳長の精霊は、静かに頷く。
「当たり前だよ。あたしたち、友達だもん。ルビスさまも良いって」
「ドラキーも連れて行こう。あと、みんなも」
野望など無い。ただ、平穏が欲しいだけ。
認めて欲しいわけではない。ただ、あるがままを受け入れて欲しいだけ。
「ローラさま、ここで御別れです」
「……………」
「私たちの、魔法の総力。見てて下さいね」
まだ、朝までは時間が十分にある。
誰も皆、何も無いかのように日常の中に埋もれているまま。
「人質ごっこですわね、ローラさま」
「拉致監禁には慣れてるよ。慣れたくも無いけど」
ざんばらに切られた髪もそのままに、笑う顔。
光と影を知って、初めて人は人間としての何かを得る事が出来る。
表だけでも、裏だけでもなく。
どちらも併せ持つのが、人間なのだ。




「どうして、アレフガルドを離れる事にしたの?」
船縁に座って、星を見上げる。
この星をここで見上げるのも今夜が最後と、少女は呟いた。
「幸せになりたいから」
「ここじゃ、ダメなの?」
「私たちだって、故郷を捨てたいわけじゃないわ。ここは住みなれた場所。
 沢山の思い出があるの。良いのも、悪いのも全部」
癒えぬ傷口にまかれた包帯。幸せの代償はいつだって大きい。
誰かの涙の上に、幸福は定義されるのだ。
「ローラさまは、ここの王子様だわ」
そばかすの数を数えても、何も変わらないのと同じように。
自分のこの足で歩いて、扉を開かなければ何も変わらない。
「あたしたちも、幸せになる権利はあるから。そのために、ロトとして戦ったの」
誰かに、自分たちを認めて欲しい。
異端者ではなく、同じ人間なのだということを。
「ありがとう、ローラ様。あのときに庇ってくれて」
傷だらけの少女は、今度は道無き道を歩くと言うのだ。
明かりも灯さずに、手探りのままで。
とりとめの無い話をして、少しだけ笑って。
この世界の行く末など見ない振りをして、未来の尻尾を掴もうとした。
「あたしの夢は……好きな人と幸せなキスをすること」
「僕も、似たようなものだよ。信じられる人と、未来を築きたい」
見えないものを抱き締めたくて、必死に手を伸ばした。
交差するのもしないのも、また運命。
それを変えるのも一つの力。
運命なんて物は必然ではなく偶然で作られているものなのだら。





「もうすぐ、朝焼けだわ」
それは別れの時間を示す合図。
「デイジー、準備をして」
船から降りて、じっと目を凝らす。
遠くに見えてくる軍の姿と、足音。
「王子を渡してもらおう」
「ええ。私達を見送ってくれれば」
水面から急浮上して行く船体に、兵士達は声を失う。
船が空を進むなど、ありえないことだ。
そして、これこそが古きロトの血を受け継いできた人間たちの本当の力。
魔法都市マイラとメルキドの総力だった。
「御元気で、ローラ様」
剣を掲げて、デイジーは天を仰いだ。
「我らの旅立ちに、ルビスの祝福を!!ルーラ!!」
少女の爪先が、大地から離れる。
そして、空中に浮かぶ船へと視線を向けた。
「デイジー!!待ってくれ!!僕も行くよ!!」
いまなら、まだその手を掴むことが出来るから。
一緒に運命の尻尾を掴むために。
「ローラさま……」
指先が触れて、絡み合う。
強く引き寄せると、青年は少女を抱き締めた。
「僕は、まだたいした魔法も使えないし、甘やかされた環境にずっといた。
 けど……これ以上、君に悲しい顔をさせない自信だけはあるよ」
幸せになれるように、幸せになるために。
君のために出来る事を、一生掛けて精一杯やっていこう。
「父上に伝えてくれ!!新しい国を作るのもまた、王子の務めだと!!」
天高く浮上していく、生まれたばかりの恋人たち。
光の雨は暖かく迎えてくれた。





「お母さん、続き…………」
眠たげに目を擦りながら、幼子は半分夢の中。
毛布を掛けなおして、女はその額に小さなキスをした。
「イプザはもう、寝ちゃったのかい?」
「たったいま。昔話をせがまれて……」
アレフガルドからずっと東、そこに彼らは小さな国を作った。
これが後の魔法国家、サマルトリアの基盤となる。
「あっという間の五年でした。今でもはっきりと全部を思い出せる」
「そうだね。何もかもが、まだ思い出になるには早すぎる」
この年が暮れる頃、もう一つ新しい命が誕生する。
「ローラさま?」
頬に当たる唇に、女は静かに瞳を閉じた。
「王様にはなれなかったけど、僕は君の王様にはなれたのかな?」
やがて子供たちは、それぞれの国家を生み出す。
後の、ロト三国と呼ばれる国々だ。
勇者の血は受け継がれていく、絶える事無く。
「はい。いつまでも、ずっと」
「そうやって、笑ってるほうが可愛いよ。デイジー」
手を繋いで、あの日の事を繰り返し話そう。
今までの事は何一つ無駄では無かったと、分かち合えるこの幸せ。
「風邪を引くよ、そろそろ休んだほうがいい」
「はい」
あの日以来、髪を伸ばす事は無くなった。
幼年期と共に、置いてきたのだと彼女は呟くだけ。
「あ、また動いた。今日は元気みたい」
「きっと男の子だよ。子供は何人居てもいいね」
この先の遥かなる未来。彼らの願いは一筋の光となる。
竜神とロトが手を取り合って、悪霊の神々を討つ事となるのだ。
「イプザも最近は僕の真似をするようになってか、魔法書を引っ張って遊んでるよ」
古代魔法の研究と子育て。王宮にいたままならば想像も付かないほどにぎやかな日々。
反対に母は斧を手に、片手で薪を割ったりもする不思議な家庭。
「将来は、立派な魔道士になれるわ……」
「そうだね、けれど僕は時々思うんだ。この古代魔法が使われる日が来る事なんて
 ないほうがいいんじゃないかって……」
強大な魔法は、自分の身を滅ぼすことになりかねない。
そして、その危惧も現実となってしまう。
「ええ……人は、力を得る事で変わってしまう……悲しいほどに」
この命は誰かの犠牲の上に成り立っている。
けれども、頂点に達したという錯覚と満足感はそれさえも忘れさせてしまうのだ。
「身体を維持するにも、他の生命を踏み台にしてるんだ。僕たちは、生かされて生きている。
 誰かの掌の上かも知れないけれども」
「大いなる、神の意思かもしれません」
「けれども、神様だってみんながみんな善良でもない。いつか、この世界には破綻がくる」
窓の外で降る星の光。
自分たちに繋げるものを精一杯に残して、きっとこの命は終るのだろう。
この先の未来は、次のロト達が紡ぐのだから。
「そろそろ寝なさい。大分寒くなってきた」
「はい。おやすみなさい、ローラさま」






ランプの灯の下、青年は魔法書に目を通す。
愛用の眼鏡を押し上げながら、こぼれるため息はどれだけ重なっただろう。
(古代のロトが、遥かなる世界からこのアレフガルドに持ち込んだ大いなるもの……
 それが、あの竜神ならば……今、僕が感じているこの瘴気は何なんだ……?)
古文書に記されたものと、先人たちの話を自分なりに纏め上げても納得の行く答えは出ない。
アレフガルド大陸から遥かに離れたこの地に来て数年、それは日増しに強くなってきている。
一度だけ、悪戯に妻と二人で飛龍を買って空を泳いだ。
その時に見た、屈強な山々。その中央では滾る様な溶岩が窺えた。
(身重の彼女を連れて行くわけにも行かないし、ここを離れるわけにも行かない)
全てを明らかにするには、まだまだ時間が足りない。
この水の豊かな大地は、素知らぬ振りをしながら自分達を見守っているのだ。
(精霊ルビスよ……まだ、我らを試すのですか?)
災厄降るとき、ロトは再びその剣を取る事となる。
できれば、彼女の手を血に染めることはもう、させたくはない。
「ローラさま?まだ、起きてらっしゃったのですか?」
薄手の肩掛けを抱いて、女は隣に腰掛ける。
「起しちゃったかい?」
「いえ……あまり星が降るものだから」
その血が見せる、唯一の未来視。
「怖いですわ……次の世界にもロトが必要なのだから」
「……………………」
「考えるのは止めましょう。私たちは、流れるままに生きていく」
灯に照らされた小さな笑顔。
そっと、手を伸ばして小さな唇にキスをした。
「そうだね。僕は、君と子供達を守れるようにがんばるだけだよ」
「お母さんは、斧を片手でもてるのって、イプザは神父さまに言うんです。困ったわ」
王子とロトは、ゆっくりと父と母になった。
そして、新たなロトはまだ夢の中。
この世界が求めるまで、眠り続ける。
「僕もそろそろ寝るよ」
「ええ」
灯を消して、手を繋ぐ。
この優しい闇が優しいままでありますようにと、二人分の祈りを込めた。





水と緑の豊饒なるこの大地。
彼女は今日も静かに笑っている。






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16:24 2005/06/24









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