◆道徳真君と普賢真人の昔話◆





聞仲の動きもなく、妲己も何も仕掛けてこない。
太公望も崑崙入りして、それを追う様に天化も崑崙に戻ってきていた。
折角だから師匠である道徳真君に顔でも出そうと慣れた道を歩いていく。
普段なら早朝からトレーニングしているはずの師匠の姿は無く、天化はその邸宅に足を入れる。
「コーチ俺っちには厳しくて自分には甘くなったさ?」
ぶつぶつと文句を言いながらそちらこちらの扉を開いていく。
だが、道徳真君の姿はどこにも無い。
「まだ寝てるな…あのおっさん……」
やれやれと呟いて、天化は道徳の部屋の扉に手を掛ける。
「コーチ!!俺っちにはあれだけ寝坊するなとか言ってどうゆうことさ!!」
その声に反応する人影。
「…誰……?」
まだ、眠り足りないのか目を擦りながら声の主は天化のほうを見やった。
その姿に天化の口から煙草が落ちる。
一糸纏わぬ柔肌に、点在する痕跡は夕べの名残。
形の良い胸と、その頂には可愛らしい乳首。
なだらかな腹部と括れた腰は目を奪う。
「…って…あーたこそ誰さ……?」
「……?……道徳、起きて……お客さんだよ…」
少女は傍で眠る男の身体を揺さぶる。
「…んぁ?」
「お客さん」
言われて道徳は半分寝ぼけながら身体を起こした。
「……コーチ、この人誰さ?」
「…てっ、天化!!??」
うろたえる道徳を無視して普賢真人は枕を抱いて夢の中。
「あああ、後で話すから一寸時間をくれ!!!!」
あわてて天化を部屋から追い出し、道徳は隣で眠る普賢を起こした。
「なぁに?」
「何じゃなくて、とりあえず起きてくれ」
弟子に痴態を晒しては十二仙の名折れである。
道徳はため息をつきながら己の詰めの甘さを呪った。
「…眠い……」
普段なら甘えさせていくらでも眠らせてやるところだが、今日だけはそうもいかない。
天化が探りを入れてくるのは火を見るよりも明らか。
「頼むから、起きてくれ」
「……どうしても駄目?」
困ったように上目で見られれば、男心が揺れる。
知ってか知らずか、普賢は道徳の心を翻弄すのが上手いのだ。
「え…っとその…普賢さん、お願いですから…その……」
ねだる様に小首を傾げる。
(あーもー、こんな時に来る天化が悪いんだっ!!!)
師匠たる威厳も、プライドもぼろぼろ状態で、道徳は身支度をする。
のろのろと身体を起こして、普賢もようやく道衣を纏い始めた。
まだ眠いのか、指先が覚束ない。
「ほら、手伝ってやるから」
「さっきの子、道徳の弟子だったの?」
「ああ、前にも話したと思うけども天化って言うんだ」
「ああ、望ちゃんにちょっかいだしてる子ね」
「はい!?」
普賢はさらっと言い放った。





客間で時間つぶしをしていた天化と道徳が顔をあわせたのは半刻ほど過ぎた頃。
天化はにやにやと笑いながら、煙草に火を点ける。
「コーチもやるさねぇ。可愛い人連れ込んで」
「天化……その普賢は一応十二仙の一人で……」
太極府印を手に普賢真人はにこにこと笑う。
「はじめまして、天化。ボクは普賢真人といいます」
噂に聞く普賢真人のあまりにも意外な姿に天化は驚きを隠せない。
齢百歳にもならずに仙人に昇格し、十二仙に名を連ねる才女。
それがこの少女だという。
「よろしく」
差し出された手を取って天化は精一杯の笑顔を浮かべた。
(噂よりかずっと幼いさ……)
太公望も童顔だが、普賢真人はまたそれとは別である。
醸し出す香りが甘い。守りたいと思わせる媚薬を振りまいているようだ。
(コーチ、犯罪さね……)
「でもね、天化。いきなり人の寝室に何の断りもなしに入るのはよくないよ。君だって嫌でしょ?
望ちゃん抱いてる時に踏み込まれたら」
普賢の言葉に天化が咳き込む。
「望ちゃん、繊細だからどうなるかわかんないよ?」
「あ、あーた俺っちたちのことも知ってるさ!?」
「うん。ボクと望ちゃんは親友だからね」
普賢は三人分の茶器を並べる。
ほんのりと甘い香りの茶葉が香り立つ。おそらくは普賢の好みなのであろう。
どう考えても自分の師である道徳真君には結びつかない。
「望ちゃんは?」
「そろそろ来るとは思うさ」
普賢の指先を見ながら、天化はにやりと笑う。
「普賢さんって、顔に似合わず結構いい身体してるさね。こう…出るとこ出ててさ」
「そう?一応お礼言ったほうがいいのかな?」
これに面白くないのは当人の道徳である。
しかし、強く言えない状況であり、天化もそれを知っての発言だ。
「でも、望ちゃんだって似たようなもんでしょ?」
「師叔はなんつーか、もちっと違う。普賢さんは線が細いって感じさ」
噛みあっているのかそうでないのか微妙な会話に、道徳は頭痛を覚えた。
あれやこれやと二人の話は弾み、取り残されたような気分で二人を見る。
そうやって見れば、普賢も天化も容姿的な年齢は大差ないように見えた。
無論、太公望もである。
ただ、彼女たち二人は若くして崑崙の幹部や十二仙に付いた為に今までそのように見る機会が無かっただけなのだ。
(普賢も普通にしてれば子供だよな……)
自分の弟子と大差無い女。
その身体に溺れるの浅ましさを抱えながら、ため息をつく。
(理屈じゃないんだよな……俺ってもしかしなくても犯罪者か…?)
卓の上につっぷして道徳は目を閉じる。
普賢の声。
思い出してしまうのは夕べの彼女の声と自分しか知らない痴態。
(俺ってやつは……)
元来生真面目な性格の男である。己の鍛錬と修行を好み、曖昧な事を嫌う性格。
だが、普賢は違う。
白と黒の間の存在を認め、徹底した自己犠牲。
本来ならば道徳の好みには反する女である。
「道徳?どうしたの?どこか痛いの?」
「コーチ、どうしたさ?」
普賢の指が道徳の額に降りる。
「少し、熱いかも……」
「いや、大丈夫だから」
「大方やましいことでも考えおったのじゃろう」
先ほどとは違う声。
「望ちゃん」
「赤精のところに行ってきた。おぬしに頼まれたと言われたのだが」
太公望は紅布で包まれた刀を普賢に手渡す。丁寧に包まれ濃紺の組紐で飾られた美しさ。
十二仙の中でも刀作りにおいては随一の男赤精子。
「ああ、陰陽鏡のレプリカを頼んだんだ。スペアでもボクには荷が勝ちすぎるからね…
それよりも少しだけ威力の弱いものを」
普賢はそれを受け取り、一振りする。
光の輪が生まれ、それは共鳴しあうように幾重にも重なっていく。
「うん。いいみたい」
「それは俺の莫夜の宝剣みたいなものか?」
「ううん、それよりは弱いよ。でも……」
普賢は何の素振りも見せずにその剣先を天化の喉元に突きつけた。
動けない。いや、気配すら見せなかった普賢の動きを見ることが出来なかったのだ。
「悪い子を牽制するくらいにはなるでしょ?」
にこやかに笑い、陰陽鏡をしまう。
普賢真人はモクタクの師匠である。当然彼に剣術の手解きをしたのも彼女だった。
「まぁ、喧嘩するたびに核融合起こされるよりはいいか……」
「コーチ、結構命がけの恋してるさね……」
やれやれと天化は煙草に火を点けた。




結局その日の夜は道徳が普賢の洞府に行き、天化と太公望は道徳の洞穴に泊まることとなった。
原始天尊の直弟子である太公望は当然ながら自室は教主殿にある。
さすがの天化でも教主の膝元でどうこうするほど不躾ではない。
結果、天化の自室のあるこちらに二人が落ち着くことになったのだ。
「師叔、普賢さんってちょっと変わってる」
「ああ、悪いやつではないぞ」
愛用の竹櫛で太公望は髪を梳いている。
「ってか俺っちの部屋まで綺麗にしてるし…」
「普賢は良妻賢母タイプだからのう。道徳には丁度いいではないか。あれはズボラの代表じゃぞ」
さらさらと落ちる髪に、天化は指を通す。
腰よりもほんの少しだけ短い黒髪は、時間の流れを現していた。
「長くなり過ぎた、明日普賢に切って貰おうかと思ってな」
名残を惜しむように、櫛は髪を滑る。
「嫌、俺っち長いほうが好き」
「このあたりまでじゃよ。邪魔でかなわん」
太公望は自分の胸のあたりを指した。
「それにあの料理も普賢さんが作ったさ?」
「だろうな。わしもよく誘われて普賢のところに通ったものだ」
「コーチは野菜そのまま出すしかなかったさ」
「なんとも道徳らしいのう……わしはなんで普賢があやつを選んだかの気になるが…」
顎先に手を置き、太公望はうろうろしながらあれこれ思案する。
普賢と道徳は基本的に噛み合わない様な性格である。
「一度、普賢と道徳が手合わせしているのを見たが…中々の見物だったぞ」
普賢は元々槍を使う一族の出身である。
同じように槍を愛用する道徳と十二仙に上がる前に対峙したことがあるのだ。
原始天尊の命で二人は真剣勝負をした。
それはか細い普賢からは想像もつかない動きと勢い。
さすがの道徳真君も本気を出さざるを得なかった。
どこかで『女だから……』と考えていた彼の気持ちを見抜いていたかのように彼女は彼の急所を攻める。
武具の扱いで彼に並ぶものは居ない。道徳真君は天才的な感覚を持ち合わせている。
それは彼の弟子たちにも受け継がれ、崑崙の優秀な戦士を何人も生み出してきた。
十二仙に着いてからも驕ることなく、修行を怠った日は一度とて無かった。
その道徳を相手に少女は果敢に挑む。恐れることも、引くことも無く。
しかし、実力はやはり道徳真君のほうが上だった。
普賢の槍を真向から叩き折り、勝者となった。
その時に普賢はたった一言『本気で当たってくれてありがとう』と笑った。
その時が二人の出逢いだった。
「普賢さんも師叔も、崑崙の女は皆強いさね。俺っち落ち込みそう……」
「天化、焦らずに進めばよい。おぬしには十分に強いではないか」
「そうかなぁ……」
天化の手を取り、そっとあわせる。
「わしは、この手が武器ではなく誰かを愛するためになればと……思うよ」
「師叔には俺っち一生かかっても勝てない気がするさ……強さとかじゃなくて」
天化は道徳と気性がどこか似ている。仙界入りして日は浅いが武器の扱いにかけては群を抜いていた。
同じように母性を強く持つものに惹かれるのかも知れない。
「今度普賢さんと手合わせしてみたいさ」
「強いぞ。普賢は」
「師叔よりも?」
「あやつは核融合という恐ろしい技を持っているからのう。道徳も生傷が絶えぬのも仕方あるまいて」
「……コーチ封神台にいかなきゃいーんだけどね……」
天化はそんなことを呟いて煙草に火を点けた。








飾り窓から入り込む月の光は道士であることを忘れさせてくれるようで心持ち優しくなれる力をくれる気がする。
香炉に火を落として普賢はのんびりと書物に目を通していた。
「そういえば僕、道徳の昔のことってあんまり知らないね」
風呂上りで少し濡れた髪を擦りながら道徳真君が振り向く。
「ん?俺のこと?」
「うん。どんな風に生きてきたのかなぁ……って」
ぱたんと書物を閉じて、掛けていた眼鏡を外す。
「十二仙になってからはどれくらい経つの?」
普賢にしては珍しく、そんなことを聞いてきた。
真向かいに座って道徳は普賢の手を取った。
「どこから話せば良い?」
「十二仙になってから……」




道徳真君が崑崙に入り約、三千年。
彼が仙界入りした時は十二仙は約半数しか残っていなかった。
彼の師匠もその成長を見届けると静かに息を引き取り、その才能を認められ道徳も十二仙に名を連ねることになった。
彼は弟子の育成にも熱心だった。育てた弟子は数え切れない。そして皆、優秀な戦士である。
もちろん己の鍛錬も怠ることはなかった。師表たるものとしての意識、強さ。
修行以外には無頓着なところさえあった。
そして、振ってわいたような恋に彼は自分が人間であったことを痛感する。
自分に向かうその瞳に心奪われた。華麗に双槍を扱うその手に触れたかった。
そしてその相手が同じ十二仙になるとは誰が考えただろう。
まして……今、自分の傍にこうして微笑を浮かべているなんて……。
「前の大戦で十二仙も殆ど消えたしな。まあ、普賢が入って全員揃ったんだけども」
「どうして揃ったと思う?」
「え……?」
普賢の目が伏せられる。考え事をする時の癖。そんな些細なことが分かるようになって来ていた。
「先の大戦で十二仙は散ったんだよ……そして今また、同じことが起きようとしている」
戦力は一人でも多く必要だ。自分が十二仙に昇格したのも恐らくは先を見込んでのことだったのだろう。
教主殿に呼ばれ仙人名を告げられた時から歯車は回り始めたのだ。
「金号相手に……誰も失わないことなんてないよ」
「普賢……」
「ねぇ、ボクたちもいずれは行かなくちゃいけない。そうなった時何人が無事に帰ってこれるんだろう……」
「……皆だよ。俺も普賢も。皆、無事に帰ってくる」
頭の良すぎることは不幸せだ。考えなくてよいことばかりぐるぐる回って泣きたくなるから。
先を読みすぎて、深みに嵌って、動けなくなる。
差し伸べられた手を受け取るのが怖くて。その手に縋りたいのに。
「もう……いや……また皆居なくなるんだ……」
「…普賢……?」
「父様も、母様も……皆僕を残して……」
ぎゅっと目を瞑って涙をこらえたはずだった。それでも思い出してしまった過去は形なって次から次に溢れてくる。
「……聞きたいって言ったら怒るか……?」
普賢は首を振る。
今まで普賢が自分の過去を語ったことなど一度もなかった。
「望ちゃんと同じなの……ボクも一族を失ってる……」
太公望同様、普賢も妲己によってその一族を失っていた。
両親は隙を縫って普賢を旅の商人へ預ける。一人でも生きていれば血が耐えることはない。
いや、そんな建前ではなく、自分たちの娘を死なせたくなかったのだ。
大人たちに囲まれて少女は自分というものを押さえて生きることを余儀なくされた。
他人の顔色を伺いながら過ごす日々。その容姿と博学に普賢は高値で取引されようとしていた。
その晩のことだった。
仙人界からの使者なるものがやってきたのは。
普賢は悩むことなくその手を取った。切り開くための運命ならば、その時は今と信じて。
「これから誰を失うの……?」
目の前の現実は残酷すぎて、何も出来ない自分を殺してしまいたくなる。
優しすぎる人はいつも悲しみばかり背負って、心痛めるから。
「誰も失わない。普賢、俺は……」
言葉はあまりにも無力で。でも、その言葉さえもなかったら……空気に溺れてしまう。
「あなたも居なくなるの?」
その目に囚われて、動けなくなる。
つま先まで痺れるように、全てを奪う瞳。
「答えて」
「俺は絶対に死なない。俺も普賢も全部終わらせて帰ってくる!」
いつもようにとろんとした瞳。時折見せる本性に心が縛られる。
「そうだね。何も考えちゃいけないよね」
「あ、ああ……」
指先が道徳の髪に触れる。感じる冷たさに普賢は笑った。
「風邪引いちゃうよ?」
「あっためてくれないのか?」
言われて普賢は耳まで赤く染める。
動揺を隠そうとして書棚に戻そうとして持っていた書物が床に散らばった。
座り込んで拾う手を取る。
「少しまだ……どきどきするんだ……」
「道徳……?」
抱きすくめられて、目を閉じる。
臆病な魂が二つ。仙人と呼ばれるようになっても心の奥底は脆く柔らかい。
息がかかるほどに近くにいても、不安でたまらなくなる。
「俺は普賢残して死んだりしない」
「…うん……あ、でも……道徳今年で幾つ?」
「え?」
「多分ボクのほうが長生きすると思う」
「………仙桃食って俺も長生きする」
あはは、と笑って道徳の首に腕を回す。どうしようもないことを笑い飛ばせる力があればいい。
耳に口付けられてくすぐったそうに身をよじる。
「やめてよ、くすぐったい」
抱きかかえるには軽く丁度よい身体。寝台に下ろして結ばれた帯を解く。
本来仙人には肉欲などないはずだった。しかしながら人間としてまがいなりにも生きてきたのだ。
誰かに触れたい夜もある。
「…あっ……ん……」
首筋を吸われて、小さく声が上がる。
その声がもっと聞きたくて唇を下げていく。
柔らかい乳房を噛んで、その先にある可愛い乳首を舐め上げて吸い上げる。
「やんっ!!」
ふるふると揺れる胸が誘うから、衝動は止まらなくなって。
喘ぐ口を塞いで舌を絡める。同じように求めてくれるから、歯止めが利かない。
ちゅっ…と音がして、離れる。少し不満気に訴える瞳に絆されてもう一度。
「…ん…ふぅ……」
舌先で唇を舐められてそのまま頬に優しい接吻が降る。
この男を知ってから、自分の弱さが増してきていた。触れられるたびに泣きたくなる。
「ぁあっ……ん!」
媚肉を割って入り込む指に、嬌声が零れた。
ちゅくちゅくと淫音が室内に響く。濡れた指先が肉芽を擦ると普賢の身体が弓なりに反れた。
付け根まで沈めて奥を押し上げるとびくびくと震える。
「…っふ……あ!……あっん!!」
泣くまで責め上げて苛めて屈服させたい。そんな感情を呼び起こさせるような肢体。
上がる喘ぎ声を消そうと口元を押さえる手を外す。
「…聞かせてくれよ……声……」
(お願い、そんな顔で見ないで……どうしたいいかわからないよ……)
忙しなく動く指に、体液は溢れて止まることを知らない。
(や……どうしよ……なんか……)
慣れてきた身体は快楽に従順で、己の意識などないかのように男を求める。
「…あっ!!!」
「苦しいか……?」
「…ううん……大丈夫……」
真っ赤な顔で小さく答えた。潤んだ目の少女は仙女というよりは寧ろ妖女に近い。
その身体と声で全てを吸い込むのだ。
(やばいかも……可愛くて仕方ないっていうか……)
括れた腰を抱いて、自分を当てがう。そのまま、ゆっくりと沈めて奥まで進ませる。
濡れそぼったそこは男を締めながらどんな小さな動きでも逃さないように絡み付いていく。
「あ!…やだ……っ!!」
強く打ちつけられて熔けきった身体。
「…嫌か……?」
少し意地の悪い笑みを浮かべて道徳が囁く。
指先で溜まった涙を弾いて答を求めるように動きを止める。
「…嫌なら……やめるよ……」
「……馬鹿……」
きゅっと男の鼻を摘む。
「普賢、痛いんだが」
「知らない」
悪戯っぽく笑う顔。守りたいと思う気持ちと壊したいという感情が交差する。
「……んっ……」
深い口付けが何もかもを忘れさせてくれるから。
「……呼んで……忘れさせてよ……」
「…普賢……」
繰り返し忘れぬことの出来ないあの夢を消して。
目の前で流れる血の色を忘れさせて。嘘でもいいから縋らせて。
「…ああ……」
強く抱かれて、髪に降る唇。
繋がったまま乳房を噛まれて、普賢の息が上がる。
「……!!あ、あんっ!!道徳……っ!!」
掴まれた足首が悲鳴を上げた。線の細い身体はそれだけで劣情を刺激していく。
まるで縋るように絡められたその腕。
子供が親を求めるように。
(…お願い……もう、泣かなくていいように……)
摺り寄せられる頬に、ちくりと胸が痛んだ。
(俺が守らなきゃ……普賢を……普賢の過去から……)
才女と歌われた人は優しくて、弱いから。
その魂に惹かれて止まない。
「あ、あああっ!!!!」
甘い悲鳴を追う様に、道徳は奥に熱を吐き出した。




明け方近くの空は紫色で、それをゆっくりと消すように太陽が顔を出す。
蒼と紫とほんの少しの赤が混ざり合うこの空の色が道徳は好きだった。
「綺麗だよね」
「ああ、綺麗だな」
指を絡めて、そっと寄り添う。
「燃えるような紫色……なんだか……怖いな。よくないことが起こりそうで……」
「………」
「でも、道徳が居てくれるんでしょ?」
後ろ向きの思考は早々変えられないけれども。
「ああ、ずっと一緒にいるよ」
傍に居てくれるというこの人を信じてみようと思えた。
それは自分にとっては大きな変化で、大事なこと。
「……この先に何があるかは俺には分からないけど……」
「………」
「普賢にこれ以上怖い思いはさせない」
破顔一笑。
「寒いだろ?もうすぐ夜明けだし…もう少しこうしてるか?」
「うん……」
ここに居るのは崑崙の師表たる十二仙ではなくて。
ただの一組の恋人だった。





普賢を探しながら天化と太公望は野路を歩いていく。
足元を誘う草は青々として、生気に溢れる色。ここでは生命は全て等しい。
「師叔、普賢さんいないさ」
「いや、あそこにおるな」
てくてくと歩きながら太公望はなだらかな丘になっている場所を指す。
「普賢」
普賢真人は唇に指を当てて、しっと声を止めさせた。
「寝ちゃったとこなんだ」
見れば膝枕で眠る道徳真君。幸せそうに寝息を立てている。
その髪を撫でる指先。
「困ったのう。十二仙の名が泣くぞ」
普賢の横に座り、そんなことを呟く。
「師叔、俺っちにもあれやって」
同じように太公望の膝で天化は目を閉じた。
「……やっぱり師弟って似るものなのかな?」
「そのようだのう」
ただ、風は二人を包み込む。
「ボク、誰かを好きになるなってないと思ってた」
自分の膝で寝息をたてる恋人に、触れる優しい指。
「こういうのも、悪くないって思えるんだ」
「そうだのう。悪くは……ないのう……」
話に夢中になる二人の声。
男二人はそっと目配せして寝たふりを決め込むことにした。
笑う声、穏やかな日差し。
今日も今日とて恋はそこにある。




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