◆大迷惑◆



「普賢、その荷物は?」
小さな鞄と太極府印を手に普賢真人はてくてくと小道を歩いていた。
「別に……白鶴洞(うち)に帰る所だけど?」
ここのところ紫陽洞に泊り込んでいたことを反省し、自分の洞府に帰る途中の出来事だった。
「慈航こそ、どうしたの?」
「俺?太乙のところにちょっと用があってさ。気ぃ付けて帰れよ。じゃ!」
「ありがと」
慈航を見送って、普賢は同じ歩幅で白鶴洞を目指す。
ただ、それだけの出来事になるはずだった。




乾元山では道行天尊を交えて三人でのんびりと話し込む。
「そういやさ、同じ十二仙カップルでも太乙のとこと道徳のとこじゃ全然違うよな」
出された菓子を口にしながら、慈航は道行を見つめる。
伸びた睫と、小さな唇。
青の防護服の下に隠された素顔がこうだとは誰も予想が出来なかった。
「儂は普賢ほど甲斐甲斐しくないからのう」
けらけらと笑いながら、道行天尊は巻き毛を揺らす。
「ぜってー反則だ。道行がそんな顔してるなんて」
「慈航。人体実験されたいのか?」
睨みあいは火花を散らして。
「一人身は寂しいね〜。道徳には普賢が、僕には道行が。黄竜には雲中子が居るもんね」
「別に、興味ねぇよ。とくに何千年も上とかは考えらんねぇ。年増じゃねーか」
「ふ〜〜ん。そうは思えないけどね」
男二人を見るのに飽きたのか、ふわりと道行の身体が宙に舞う。
そのまま窓辺に座り込んで、うっとりと目を閉じて太陽の香気を四肢に。
「可愛いよ〜。道行は」
「改造してあんだろ、あちこち」
「そこがたまんない。ああ、もう……パーツ増やそうかなぁ……」
「道行も不幸だな……お前みたいなのに惚れられて。命の保障が雲中子レベルで低下しそうだ」
その言葉に太乙真人は眉を顰める。
「毎日核融合食らってる道徳はどうなるのさ」
「あれは鋼鉄の身体持ってるからな。飽きずに普賢にちょっかいだしてられるよな〜。あんな裏表のある女」
「………………」
そう言われれば何も思わないはずが無い。
(慈航……あのバカップルをコケにするのは構わない……けれど、僕の道行を侮辱したのは思い切り後悔させてあげるよ)
太乙真人からしてみれば、理想のままに改造された道行天尊を馬鹿にされる筋合いは無いのだ。
慈航の背中を見ながら小さな笑みを浮かべたのを、このときは誰も知る由も無かった。




「ってことがあってさ〜〜。失礼だと思わないか?」
「別に。俺は普賢一人で十分だから。やっぱこう、抱きしめたいって位のが丁度良いよ」
向かい合う二人に冷茶を出しながら普賢は小さなため息をついた。
この二人が何かを話し合うときは大概自分の身に災難が降りかかるのだ。
夏の暑さは思考をも麻痺させる。
長椅子に座って読みかけの本に目を落として、のんびりと構える以外為すことも無い。
「そういや、裏表のある女なんか最悪だみたいなこと言ってたな、慈航」
「何だと?普賢の何処に裏表があるって言うんだ、あの野郎!!」
莫邪を手に落伽洞に乗り込もうとするのを、太乙は必死に捕まえる。
「僕も、道行のことを年増とか言われてね。大体、慈航の美的感覚を疑うね。道行は仙界一可愛いのに!」
そういわれれば道徳真君も言いたいことが出てくる。
惚れてしまったら痘痕も笑窪。
自分の恋人が一番愛しく、可愛らしく見えるのだから。
「ちょっと待て。仙界一は俺の普賢だ」
「これは譲れないね。不完全の魅力に機能美も兼ね備えてる僕の道行のほうが可愛い」
「若さは無いだろ?普賢なんかまだ百にもなってないぞ。頭だって良いし」
目線をぶつけ合う男二人の姿。
いつものことだと普賢は頭を振る。
(玉屋洞に行ってこよう。道行にも教えておいたほうがいいよね)
そっと扉に手を掛けようとした時だった。
「!?」
後ろから抱き上げられて動きを封じられる。
「じゃあどっちがいいか勝負しようじゃないか」
「乗った。判定は慈航にさせよう。月が懸かる頃、紫陽洞で」
男二人の声に、混じったのは女の深いため息だった。





「ねぇ、馬鹿なことはやめようよ」
道徳真君の腕に、自分のそれを絡めて上目使いで普賢は恋人を見上げる。
(だから、こーいうのを可愛いって言うんだ。あいつらの目は飾りか?節穴か?)
曲線と直線の織り成す身体。
伸びた脚も、括れた腰も、二つの丸く柔らかい乳房も文句のつけようはない。
「ね?」
「馬鹿なことでもないだろ?」
「ボクは、道徳が居てくれれば十分だから。慈航は口が悪いだけでしょう?」
それでも、自慢したいのが男心。
馬鹿にされれば許せないのだ。手を伸ばして、ようやくこの腕に抱いたものならば殊更に。
ぎゅっと裾を握る細い指先。
(可愛いものはどうやったって可愛いんだ……仕方ない)
じっと見上げてくる瞳。
「まぁ……慈航を納得させるだけだから。別に普賢をどうこうするとかじゃなくて」
「慈航……いい加減にしないと道行と二人でお灸据えちゃいそう。毎度毎度もう……」
呆れたような口調は半分はおそらく自分に向けられたもの。
分かっていても、気持ちに歯止めが利かない。
「勝負って言ったって、一体何をするの?」
「とりあえず、こっち来いよ」
手を引かれて連れて行かれたのは寝室。
「これ着てくれ」
「ええっ!?ヤダっ!!」
「そう言わずに!!頼むっ!!」
「大体こんなもの何時手に入れたの?何の目的で!?」
噛み付くように捲し立てられる。
「そりゃ、お前に着せるために」
「やだもう……何考えてるの?」
「お前のことばっか考えてる。自覚してるよ、俺は病気です」
腕の中にすっぽりと納まってしまう小さな恋人。
「な?今回だけ」
「もう……後で埋め合わせはしてもらうからね」





一方、玉屋洞でも同じようなやり取りが行われていた。
「売り言葉に買い言葉。馬鹿馬鹿しくて何も言えぬ」
くるくると指先に巻き毛を絡みつかせて、道行天尊は太乙真人を一瞥する。
「だって、慈航の奴が君の事を侮辱するから……」
「慈航も儂からみれば息子みたいなものじゃ。年増といわれても仕方あるまいて」
口調こそ年長者のそれだが、道行の外見は良くて二十歳過ぎ。
下手をすればまだ十代にも見える。
ふわふわと揺れる波打つ巻き毛と、栗色の大き目の瞳。
片目こそ義眼ではあるがどこかにあどけなさを残した顔の造り。
(道行のどこが年増だって言うんだ。滅茶苦茶可愛いじゃないかっ)
とん、と爪先が床について歩こうとする。
空中に居ることに慣れた身体は、歩くことが余り得意ではない。
その度にバランスをとろうとして自分に掴まる姿がたまらなく愛しいのだ。
「普賢も、太公望も曾孫か玄孫じゃ。それよりも下か……」
「ねぇ、道行。勝負には勝ちたいとは思わない?」
意味深に笑って太乙は彼女の小さな顎を上に向かせる。
「勝負?暇つぶしの間違いじゃろうて」
はぁ、とこぼれるため息。
伏せた目には長い睫。悠久の時を生きる仙女は時間を止めたままの姿。
七部の道衣からは形の良い踝が覗く。
上向きの乳房は布地越しにその姿を誇示する様。
「これを着て欲しいんだけど……相手を打ち負かすために」
「………太乙、封神台に送り込まれたいのか?」
いつもよりも冷徹な声。
「寧ろ、儂はお前がこれを何の目的で所持していたのかが気になるぞ」
「そんなの簡単さ。君に着せたかったから。より、楽しく二人で過ごすために」
こめかみを押さえて、道行天尊は頭を振る。
「ね?お願いだから。終わったら前から言ってた目の方の宝貝、最新にするからっ」
拝み倒されて渋々と彼女は承諾して包みを受け取る。
(この勝負、貰った!!僕の道行に勝てる訳が無い!!みてろよ、慈航め)





応接間の椅子に座らされたのは慈航道人。
「さて、んじゃ始めるか」
慈航は困った顔で男四人を見る。
「普賢、入ってきて良いぞ」
言われて始めに入ってきたのは普賢真人。
半そでの上着から覗く細い腕。肘の部分には陰陽の当て布。
胸の谷間がくっきりと見える、中央が空いたそれは下山中に悪戯に準備したもの。
小さな臍を経て括れた腰に絡むのは前垂れ二枚を繋ぐ飾り紐。
腿には吊帯(ガーターベルト)ご丁寧にそれに装備されるものも彼女用にと誂えた。
灰白の髪に対をなす様に真紅を基調としたもので一式を揃えた。
「これでも可愛くないって言うか?」
更に困り顔なのは普賢真人。
(ちょっと待て道徳!!お前の趣味はそっち系なのか!?)
どちらかといえば普賢は露出の高い服は好まないほうだ。
夏服も白鶴洞か紫陽洞でしか着ない。
白鶴洞での暮らしぶりは知ってはいたが、紫陽洞でのことは噂と酒の席で齧るくらい。
予想以上の体つきに息を飲む。
(反則だろ……その格好は……)
凝視する視線が胸に脚に絡むのを払うように細い指が前垂れをきゅっと握った。
「じゃあ、今度は僕の番だね。道行!!」
同じ様に半分俯いた表情。
白の短い布拉吉(ワンピース)下着の見えそうなぎりぎりの長さのそれから伸びる脚。
小さな膝に締まった足首。
爪は真っ赤に染められている。
緋色の巻き毛は二つに結わえて丸い団子に。
耳元には小さな紅球で出来た花が咲いていた。
丸く大きな栗色の瞳に伸びた睫。
幼い顔立ちをいっそう強調するような服装。
(太乙……お前はロリコン系か!?)
彼女にとってのコンプレックスである義手と義足ですらも彼にとっては愛しくてたまらないのだ。
そもそも道行天尊が防護服を脱ぐことは少ない。
ましてや寝室でどんな格好をしているかなどは想像もつかなかった。
「さぁ、これでも年増って言うかい?慈航?」
それぞれの腕の中で女二人はため息をつく。
「どっちが可愛い?慈航?」
「んなこと言われたって……」
ばちばちと飛びあう視線。
「そっか、不機嫌な顔じゃ可愛さが足りないって言うんだな」
「なるほど。それもそうだね。じゃあ……」
太乙の指がするりと中に入り込む。
そのままさらしを器用に解いてぎゅっと丸い乳房を突くんだ。
「なっ!?」
空いた手は腿を滑り下着の端に掛かる。
「一番可愛い表情(かお)を見せてやろうじゃないか」
同じように普賢の首の裏の止め具を外す。
ぱらり、と上着が落ちて柔らかな乳房がぷるんと顔を出した。
「やだっ!!」
首筋に這う唇。舌先が上に滑って、耳をなぞっていく。
後ろから抱かれる形で、振り解こうにも解くことは不可能。
乳房を包み込むように甘く揉まれて、こぼれそうになる息を飲み込む。
(やだ……慈航、しっかり見てるし……っ……)
いくら欲を捨てたといっても、慈航道人も元は男である。
目の前で美少女二人の痴態を見せられれば視線を外せないのは当然のことだった。
「!?」
ビリッ!と布地を裂いて、そのまま抱きしめるようにして自分の膝の上に太乙は道行を座らせる。
「やめ…ッ!!離せ……ん!!」
つぷ……と入り込んでくる指先。
(なぜ儂が……衆人の前で……こんな……)
それでも意思とは裏腹に、触れられれば熱くなる身体。
膝を立ててなんとか慈航の視線を外そうとしても、奥まで入り込む指先に翻弄されて次第にそれが崩れていく。
「…っは……あ、ンッ!!」
細い背中を舌先がなぞり上げていく。
腰を抱いていた手は乳房にかかって、やんわりと揉みながらの先端を甘く捻り上げる。
「ああッ!!」
指が抜き差しするたびに、じゅく、じゅぷ、と濡れた音と体液が絡まる音が室内に響く。
唇が結い上げた髪の飾り紐をぱらりと解けば、ばさりと波打つ髪が零れ落ちて。
彼女の甘さをより引き出した。
(これでどうだ、慈航!道徳!!)
目をやれば、半分蕩けたような目線の普賢の姿。
同じように攻め立てられて、小さな膝ががくがくと震えている。
「あんッ!!!やだ……やぁ…!!」
濡れた指で歯列を割る。
そのまま咥え込ませれば、小さな手が自分の手首をきゅっと掴む。
腰を浮かさせて、そのまま下からつなぎ合わせる。
濡れたそこは苦もなく男を飲み込み、絡みつく。
「きゃ……あ!!!あ、ん!!」
ずん、と根元まで沈められて脊髄を走る痺れ。
(やだ……こんなの……でも……)
腰を抱かれて貫かれるたびに、こぼれる嬌声。
つ…と指先が濡れそぼった突起を擦り上げる。
「あああッ!!!っは……ぅん!!!」
払おうとして男の手に指をかけても、力の抜けきった身体ではそれもままならないまま。
(ボク……絶対に変だよぉ……なんで……見ないで欲しいのに……)
思考を奪うかのように突き上げられて、その度にぞくりとした痺れが走る。
両手で顔を覆おうとしても、その手をとられて唇を塞がれる始末。
(お前には負けないぞ、太乙!!)
横目でちらりと睨めば同じように道行天尊を組み敷く姿。
「あああッ!!!た…い……ッ!!!」
床に這わせて、細い身体を後ろから突き上げていく。
「ひ……ァあ!!やめ……!!」
染まった目尻に浮かぶ涙。
熟れた身体は快楽に従順で、不規則に動く男を絡めとるように締め上げるのだ。
(こんな……他人の前でなど……)
抱きかかえるようにして、背面座位に持ち込まれそのまま首筋を噛まれる。
「っは……あ!!」
ぎゅっと胸を掴まれ、びくんと括れた腰が大きく跳ねて目線を奪う。
考えることを放棄して、与えられる快楽を甘受してしまえば楽になれる。
だが、それは寝室で二人きりならば出来ること。
刺さるような視線がそれをさせないのだから。
「ん、ああん!!」
「……く……ぅん…!!!」
女二人の嬌声と濡れた音が重なる。
視線に射抜かれたまま追い込まれる身体をどうにかしようとしても、それさえも出来ないほどに激しく揺さぶられるのだ。
(あ……ボク……もう……っ……)
じゅく、じゅる…腰が動くたびにとろとろと溢れる体液。
溢れたそれは腿を濡らして床へとこぼれだす。
(……あぁ……これ以上は……っ……)
一際強く腰を勧められて細い喉が大きく仰け反った。
「ああああッッ!!!!」
「あ!!あ、あぁっッ!!!」
甘いと息をこぼしながら、女二人の身体がゆっくりと崩れ降ちる。
びくびくと痙攣しながら、ひくつく身体を男二人はしっかりと抱きとめた。
(すっげ……可愛い……この勝負貰った!!!)
灰白の髪をなでながら額にそっと接吻する。
(やっぱり、僕の道行が一番可愛い……この勝負は僕の勝ちだな)
半ば放心状態の身体をぎゅっと抱きしめて、柔らかい頬にそっと唇を当ててその髪を優しく解いていく。
胸元を隠すような巻き毛が、ぷわんと甘く揺れた。
「さぁ、慈航!!!俺の普賢のほうが可愛いよな!!!」
「僕の道行だよね!!慈航!!!」
「ちょ、ちょっと待て!!!その前にお前ら何か間違ってるって思わねぇのかよ!!!」
ぎろりと睨まれてさすがの慈航道人もたじろぐ。
「どっちだって聞いてんだよ!!!」
「早く答えな!!」
捲し立てられて慈航はぶんぶんと頭を振る。
この勝負に判定を点けることなど不可能に近かった。
冷静に見るにはあまりにも艶かしすぎたのだから。
沈着冷静と知性を欲しい侭にする普賢真人。
素顔も何もかもを隠してきた道行天尊。
仙女二人のあられもない姿を直視して冷静でいろと言うほうが酷なほどだ。
(どうでもいいから早く帰らせてくれ!!!お前ら同じ男ならば事情が分かるだろうがっ!!)
恋は盲目で、他人の事情など構ってはいられない。
それでも、この場から逃げ出すには判定をつける他にないのだ。
「その……公主……かな……やっぱ……」
その言葉に男二人の視線が突き刺さってくる。
(こ、こえーよ、お前らマジで!!!)
迫る気配だけでも、凄みが空気を支配していく。
「燃燈!!!お前の異母姉さまが慈航に狙われてるぞ!!!」
「そうだ、燃燈!!!お前のいない間に慈航は公主を襲うって言ってるぞ!!!」
「止めろ〜〜〜〜!!!!これ以上面倒を増やすなァァァ!!!!」




結局まきこまれた慈航道人が一番の骨折り損。
その後普賢からは見事に往復ビンタを受けたのは道徳真君。
道行天尊が術で創り出した檻に三日封印されたのは太乙真人。
しばらくの間慈航道人が女二人をまともに見れなかったのは言うまでもない。



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2:28 2004/01/21

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