◆ラフメイカー◆



「道徳の修行時代ってどんな感じだったの?」
林檎の皮をむきながら普賢は男の顔を覗き込んだ。
「ん〜〜、まぁ、天化よりは真面目だったな。モクタクよりは不真面目だったかもしれんが」
兎に模られた林檎を口にしながら道徳は昔を振り返る。
考えれば今よりもずっと強かったのかもしれない。
なぜなら「怖い」ということを「知らなかった」から。
失うことの恐怖も、一人きりという感情も。
何も知らずにただ純粋に強さを求めることに没頭できた。
「お前の修行時代よりは不真面目だった。それは認める」
「あはは。はい、もう一つ出来たよ」
彼女の作る林檎はどれも、小さな兎になってしまう。
月はなくとも増えるそれに、綻ぶ口元。
思い出すのは騒いだ日々。
それも今も、どちらも大事なものだから。





「太乙、なにしょげてんだ?」
「…………僕は誰かさんと違って繊細なんだよ」
「?何意味不明な事言ってんだ?」
つかつかと近寄ってきたのは雲中子。
「私と道徳が仙号貰ったのに、自分だけとれてないから」
雲中子の指先が太乙の頬を、ぴん、と指す。
「一々女々しい男だな。私はともかく道徳が真君の仙号取れたのはまぐれだって。まぁ、慈航
 も仙号持ってるけど……気にすることないって。いつもみたいに宝貝作りなよ」
仙人の昇格試験の中には体力がある。
太乙はそこで足止めを食らっていたのだ。
本来研究開発班に所属しているのだから、体力はある程度考慮される。
その最たる例が雲中子だ。
それを引いても彼の体力値は数値に起こせばお世辞にも良いといえる物ではなかったのだ。
「まぁさ、気にすんなって。何かあったら遊びに来いよ」
彼に当たられたのは青峯山紫陽洞。
一面紫陽花が彩る美しい場所でもある。
少し離れたところに居を構えたのは雲中子。
終南山玉柱洞が彼女の洞府だ。
どちらも難はあるものの、洞府を構えることは道士の夢の一つでもあった。
持ち前の体力と戦闘能力で他の追従を許さなかった道徳は晴れて仙号を得る。
仙人名「道徳真君」として。
毎日を忙しく、そして彼らしく過ごし鍛錬は怠らない。
洞府を訪れるものも多く、修行は厳しいが弟子たちにも慕われる毎日だった。




「道徳、久しぶりだな」
夜半過ぎに尋ねてきたのは燃燈道人。師表十二仙の一人である。
しかし、燃燈を入れても現在の十二仙は五人。半数は空席の状態だ。
「よ!燃燈。元気だったか?」
冷えた桂華茶を出し、それを進める。
「相変わらずだな。それよりも……」
「師表に入れってか?面倒だから止めとくよ。雲中子も断ったろ?俺もいいや」
「十二仙は道士の憧れの地位だぞ。それを……」
「向き不向きあんだよ。それに俺、まだ自分でも仙人になったって実感ないし」
己の鍛錬と、宝貝の製作。
季節を見ることすらも忘れて彼は強さを求めた。
愛用の宝貝は莫邪の宝剣。形あるものは全て切り裂く一品だ。
「これの小さいやつ今開発しててさ、それどころじゃねーや」
笑う顔はまだどこか子供染みて、彼がまだ人間の欠片を残していることを証明する。
「そうゆうことで。お前も大変だとは思うけど、俺もそれなりに大変さ」





数年に一度だけ、彼は地上に降り立つ。
海の側の小さな街。東の果てが彼の故郷だった。
両親はすでに大地に帰り、兄弟の一人の血を引くものが住むだけ。
(親父、お袋…………みんな)
木漏れ日の美しい菩提樹。
その下には彼の肉親の欠片が眠っている。
(久しぶり…………一応仙号貰った。やっと一人前かはわかんないけど、仙人になったよ)
けれども、それは確実に彼が人間ではなくなってしまったこと。
もう、この下に眠る者を両親と呼んではいけないのだ。
人であることを捨てて得る「仙」というもの。
その曖昧さに彼は頭を振った。
名を捨てて、道士として名付けられたときから分かっていたはずなのに。
まだ、胸が痛む。
死に際にも来る事は出来ず、自分が人ではなくなったことを痛感させされた。
(いつか、運が良かったら……いや、それもないか)
両親は笑って自分を送り出してくれた。
立派な仙人になりなさいと。そして、この世界に穏やかな光を、と。
一度だけ、逃げ出してきた彼を母親は優しく抱きしめた。
細く、骨ばった腕と皮が下がり始めた身体。
自分だけの時間は止まっても、一族のみなの時間は止まることなく流れるのだ。
その暖かさ。優しさ。
帰り際に振り返ったときに見た涙。
それが、母との最後の離別だった。
(花、置いてく。俺も親父みたいになれるかな?お袋みたいな嫁さんみつけられるかな?)
兄弟の中でもとびきり勢いの良かった彼に、両親は婚姻は無理だと笑っていた。
二頭の槍を自在に操る父は彼の憧れだった。
とりわけ自分に似た彼を父親も可愛がり、剣の指南をした。
最後の晩に見た父親の背中は、どこかさみしそうで。
けれども、その威厳は少しも失われていなかった。
(また来る。もうちっとがんばってみっから)
懐かしいと思う気持ち。それさえも仙界では禁じられてしまう。
せめてこの場所に居るときだけは、子供で居たかった。
幸せだった記憶を封じ込めた聖域。
吹く風は少しだけ、涙の味がした。





「昇格ですか?何度もお断りしてますが」
教主を前に道徳真君はうんざりした顔で答える。
「私もお前は適任者だと思うが、道徳」
燃燈の言葉に頭を抱える。どういうことか始祖はこの男に絶対な信頼を寄せているのだ。
「どうしても嫌だというなら……破門じゃ!!」
「待て!!どういう了見だジジイ!!!」
思わず襟首を掴んで詰め寄る。
間に割って入った燃燈が勝ち誇ったように道徳を見た。
「あと百年もすれば分かる。今は黙って十二仙としてその座に着け」
意味深な言葉は、核心を欠片も見せない。
「俺を師表に入れるなら、太乙を……」
「あれも時機に仙号を得る。おぬし同様にな」
ふてくされても、どうにもならない。ならば楽しむかと彼はそれを受けた。
十二仙の一人、清虚道徳真君の誕生だった。




「燃燈!!お前よっぽど俺に絞められたいみたいだな」
並んで歩く燃燈道人に噛み付くように道徳は声を放った。
「まぁ、年が近いお前が居てくれれば私も気が楽だからな」
燃燈道人と竜吉公主は同じ父を持ち母を違えた仙界の子供。
生れ落ち、育ったのもこの崑崙山だ。
純血は、強大なる強さを産み燃燈を若くして十二仙へと押し上げた。
「…………なぁ、燃燈。一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「お前はさ、ずっと崑崙(ここ)で育ってきたろ?俺はここに来たときに仙人になることは
 人間(ひと)であることを捨てることだって言われたんだ。仙となったときから人では
 なくなると。人であったことは忘れろ……って」
道徳の師は、彼が仙号を得たのを見て安心したかのように息を引き取った。
その安らかな顔は、父母の死に目に合えなかったことをほんの少しだけ軽くしてくれた。
それでも、心の中にずっと残る疑問符。
人間であったことを捨ててまで得るものに、そんな価値があるのか?と。
あの日見た母の涙を。
父の背中の思いを。
捨てることが正しいとは思えなかったのだ。
「俺は…………この先弟子をとっても、人間を捨てろとは言わない。両親に愛された記憶を
 捨てることが大事だとは思わないから」
「…………父母に愛さるる者の言葉だな。私にはそれがない」
母は燃燈を産み、まもなく他界した。
父は滅多なことでは顔を見せず、彼は従者と数人の仙女によって育てられた。
「愛情か……羨ましいよ、お前が。私には異母姉様しか居ないからな」
「シスコンは病気だ。直せ、燃燈」
さらりと放たれる言葉。
「貴様!異母姉様を愚弄したな!!」
「してねぇよ!!お前のことは馬鹿にしたけどお前のねーちゃんまでは言ってねぇ!!」
騒がしい若き仙人が二人。
青空に声がこだました。



あの日、傷だらけで落下していく燃燈を見送った。
微かに笑う唇に、底知れぬ恐怖を感じた。
そして同じ恐怖を感じた「封神計画」という物。
いつも、その中に居る始祖に疑問を抱いた。
「ボク、お母様に似てるの?」
「いや……お袋はどっちかって言うともっと……ああ、でも、似てんのかなぁ……」
外見は違っても、芯の強さと自我を持った女性。
母の腕のぬくもりと、思い出。
「どこが似てるの?」
「こーいうのを作るとことかな」
模った兎が二匹。
月まで飛べそうな夜のお話。
「俺は親父に似てるらしいから」
「ふぅん……じゃあ、道徳のお父様もよく笑う人だったんだね」
「でっけぇ声で笑ってた。俺の自慢の親だよ」
誰かに笑顔をもたらす声。
それは今も空の上で続いている。





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19:46 2004/07/24

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