◆朝歌異聞譚◆
「御主人〜、ご主人はどうして仙人になったんすか?」
霊獣四不象。太公望の忠実な配下である。
「ん〜〜〜、そのうち話すよ」
風に吹かれ、黒髪が揺れる。
年のころは16,7であろうか。
太公望と呼ばれる少女は目を細めて天を仰ぐ。
「それよりもスープー、朝歌はまだ?」
「もう少しっすよ、御主人」
導師服に身を包み、手には宝貝、打神鞭。
一見すれば少女と少年の狭間に思える。
「まぁ、わしと二人の長旅になろうが、よろしく頼むぞ、スープー」
「御主人、そのわしってのはなんとかならいっすか?」
「すまんな、こればかりは……」
静かに微笑む顔はまだあどけない。史実を背負うにはまだ幼すぎる。
「殷の皇后は傾国の美女らしいし…まったく世の中の男は女に弱いのう」
くすくすと笑いながら太公望は四不象の頭を撫でた。
ー傾国の美女ー
殷の皇后を表すにふさわしい言葉。
四不象はちらりと自分の上に横座りする主人を見やる。
傾国までは行かなくても悪くはないはず。
その黒髪と濃紺の瞳。
形のよい唇は無意識に男を誘う。
ただ、本人にその自覚がないだけで。
「殷の王様は女好きっすからね〜。ご主人も気をつけないと」
「山育ちのサルにほれる男もそうは居るまいて」
いくつもの集落を飛び越えて、二人は朝歌を目指す。
王都朝歌では一人の導師がくつろいでいる。
名は申公豹。三大仙人のと同格の力を持ちながら導師に甘んじている男である。
「申公豹、面白いものが見えるよ」
「私は少しばかり面白いものは見飽きてるのですよ、黒点虎」
「崑崙からの導師だよ」
「放っておいても害はありませんよ」
「可愛い子だよ」
申公豹の手の動きが止まる。
「それならば話は別です。さぁ、行きますよ、黒点虎」
やれやれと刻点虎はため息をつき主人を乗せ宙を飛ぶ。
殷王の李氏までは行かないが、この男も興味のあるものには貪欲だ。
「本当にその導師の容姿は麗しいのですね?」
「僕の目から見ればね」
「なんだか、怪しくなってきましたね」
黒点虎は主人の声は聞かずに太公望を目指して進む。
「あ、見えてきたよ」
前に回りこみ、申公豹は始めて太公望と対面する。
「し…申公豹様!?」
驚いたは四不象。
「はじめまして、あなたが太公望ですね」
「スープー、こやつは?」
「三大仙人よりも強いといわれる最強の導師の申公豹様っすよ」
太公望はきょとんとしている。言われてもピンとこないなりをした男。
まるで西の国の異聞でみた道化師のだからだ。
「封神の書に、私の名前はあるのではないのですか?」
そういわれ紐を解く。
その動作の一つ一つに申公豹は目を細めた。
「確かに」
まっすぐに少女は申公豹を見つめ返す。
「ならば…私と勝負しますか?太公望」
「………無益な殺生は好かぬ。皇后を討てば良いだけの話であろう」
太公望は知っている。
この男が自分よりも強いことを。
本能が警告を発するのだ。
「こうしませんか?もしあなたが勝ったならばあなたの配下に下りましょう」
「いや、わしは勝負はせぬ」
「どのみちあなたは私と対峙するのですよ」
「………」
「私が勝ったならば、あなたの時間を少しだけもらう。どうですか?」
言葉の意味を理解しかねる顔。
申公豹は口元だけで笑った。
「時間……?」
「そう、あなたの使う時間を少し私にください。決してあなたの命を脅かすことはしません」
静かに太公望は打神鞭を申公豹に向ける。
「その言葉、忘れるでないぞ」
同じように申公豹も雷公鞭を構える。
「行きますよ、太公望」
雷公鞭の放った光は殷の全土を多い、多くの導師たちを震撼させた。
無論、皇后をも。
そして、太公望も。
「スープー、大丈夫か?」
とっさに風の防護壁で雷の直撃は免れたものの、太公望の体力は限界に近かった。
「大丈夫っすよ、御主人」
煙幕の中、お互いの声だけが生存の証。
「きゃ!?」
ぐいっと手首を掴まれ、振り返る。
「約束どおり、あなたの時間をいただきますよ」
申公豹が微笑む。
「……どうする気じゃ」
「四不象、明日の夕刻、ここにきなさい。そうすれば太公望は返してあげます」
「ご、御主人に何する気っすか!?」
「あなたは知る必要はありませんよ。でわ」
申公豹はそのまま太公望を抱き寄せ、黒点虎を走らせる。
己の住まう洞穴に。
「何をする気だ!?」
「あなたの時間をもらったのは私です。あなたにどうこう言う権利はありません」
館の扉を開けるのももどかしいのか、申公豹は乱暴に蹴り上げる。
太公望を抱き上げたまま、寝室に足早に向かう。
褥に静かに落とし、覆い被さってくるのを見て漸く太公望は何をされるのかに気づいた。
「止めんか、この様なこと」
「私はあなたに興味があるのですよ」
「仙人、導師の間に子を孕む事は無に等しい。意味を成さぬ」
続けようとした太公望の唇を自分のそれで塞ぐ。
息が詰まるほどに長く長く。
離れるのを惜しむかのようにつっと糸を引く。
申公豹の手はその間も導師服を脱がしていく。
一枚一枚落とす毎に太公望の体の線が浮き上がってくる。
「やめ…」
未成熟な身体。品定めをするように唇を落とす。
押しのけようとする手を押さえつけ、太公望の体に纏わりつく全ての布を剥ぎ取っていく。
そして、同じように申公豹もその体を太公望の前に晒した。
「生まれて5000年たちますが、私をここまで誘った人は久しぶりですよ…太公望」
申公豹は優しく笑む。
だが、それですら今の太公望には脅威となるのだ。
幼い胸に顔を埋め、甘く噛み跡を付けていく。
「…ぅ…ぁ…」
羞恥に顔を覆う手をそっと外す。
その指を一本一本銜える。
「…子をなさぬ行為など…意味があるのか…?」
「その意味をあなたに教えてあげますよ…」
指先が秘裂の上をなぞる。
押し殺した声と荒い息だけが部屋に響いていく。
静かに内壁に沈ませると、太公望の体が強張った。
「…あなた…初めてなのですね…」
幼くして仙人に入門した太公望は色恋には遠い生活をしてきた。
時折抜け出して垣間見た下界で、知識としては得ていが、経験はまったくなかった。
「光栄ですよ、あなたの最初の男になれることが…」
脚を割り、入り込む。
力なく太公望はその体を押し返そうとする。それが無駄だとわかっていても。
「太公望…あなたが暴れたりしなければそんなに酷くはありませんから…」
感触を確かめるように、ゆっくりとした浸入。
熱さとその狭さに申公豹は唇だけで笑う。
「っ……!…」
唇を噛んで声を殺す。
「…太公望…」
耳朶を噛まれ殺していた声が放たれる。
「…んぅ…っ…!…」
「ここがあなたの弱点ですね…」
一度崩れれば、あとは同じだった。
そのまま、一気に奥まで突き上げる。
「〜〜〜〜〜〜!!」
咄嗟に口を手で覆う。
「太公望…」
目尻からあふれる涙。それが今の太公望の気持ちだった。
痛みと衝撃。
「苦しいのなら、私に掴まりなさい…こうやって…」
その手を自分の背に回させる。
太公望にとっては初めて感じる他人の感触と体温。
体を隙間無く合わせて、申公豹は何度と無く太公望の体を突き上げていく。
「あっ…ああ…ふ……」
上気した顔。縋る様に太公望は申公豹に抱きつく。
「や…あぁ…!!…」
おそらく、生まれて初めて漏らす嬌声。
お互いが貪欲に感触を味わおうと体は動く。
それは忘れたはずの人間の本能。
一対の雄と雌ということ。
「あ…ああああああ…!!」
申公豹の奔流を胎で受け止め、太公望は意識を沈めた。
「…ん……」
「気がつきましたか?」
男の腕の中、だるそうに目を開ける。
「………」
「何か言ってくださいよ、太公望」
ふいと背を向ける。
「太公望」
「…呂望」
「?」
「太公望と名乗る前のわしの名前じゃ…」
ようやく夜の帳が下り、あたりに虫の声が響く。
「…呂望というのですか?」
「そうじゃ…昔に捨てた名前だがのう…」
離れていれば肌寒ささえ感じる。ほんの少し前までの熱さは消えていた。
「時間は…?」
「太公望、明日の夕刻までは返しませんよ。四不象にも言ってあります」
唇を重ねて再び体を重ねる。
それは遅すぎる朝が来ても終わることは無かった。
西に日が傾くころ、四不象は約束の場所で待っていた。
正確にはどこにも動くことができず、ずっとこの場所にいどまっていたのだ。
「スープー」
「御主人!無事だったんすね!」
佇まいも導衣も離れる前と寸分かわらない。
「太公望」
「………」
「あなたが強くなって私を討つ日を待っていますよ」
引き寄せて軽く唇を合わせる。
「…呂望、また、会いましょう」
それは耳元で囁く低い声。
「申公豹様!?」
「行きますよ、黒点虎」
向かい風をものともせず、申公豹は何も無かったかのように消えて行った。
「御主人…」
「スープー、それ以上言うと打伸鞭で打つぞ」
四不象もそれ以上は聞かなかった。
太公望がすべての封神を終えるのはこれよりも十数年も先のこととなる。
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