◆結婚しました―可愛いんですよ―◆





俺の嫁は正直、綺麗だと思う。
贔屓目と言われるかもしれないが料理だって上手だし、セックスだって文句はない。
身体だって多少の傷はあるもののそのラインとか柔らかさとかはモデルできんじゃないかと思う。
「防人、今日何の日か知ってるか?」
お手製ペペロンチーノも食い終わる頃、そろそろワインでも出そうかな?なんて。
「今日?」
「ああ、今日だ」
俺たちがこうやって過ごせるってことは金曜日であって。
特に思い当たるような記念日も無いし、そもそも俺らはそんなに記念日に執着はない。
「DVD半額レンタルの日なんだ。飯食ったら行こうぜ」
「!?」
俺は人の趣味にけちをつけるのは好きじゃない。
けど、どうしても認められないものは存在するんだ。
「帰りにコンビニでビールと煙草。あとポテチ」
そんな全開の良い笑顔されたら……どうしたらいいんだ。
「プリンとか買っても良いか?」
「……食いたいなら……いいぞ……」
「よし、さっさと片付けて行こうぜ」




指を絡ませて手をつなぐのは何だかんだ言っても最高だと思う。
少し寒いからとニットケープなんか着込んだ火渡はやっぱり可愛い。
この間買ったばかりの編上げのブーツ。
珍しい深い赤茶の皮に俺が一目惚れして買っていったやつだ。
同じやつを狙ってて帰り道に寄ったらディスプレイから消えていて。
落ち込みながら帰ってきたら俺からのプレゼントだったわけで。
飛びついて抱きつくほど喜んでくれたのは良いんだが、強かに打ち付けた腰を夜に酷使するのはきつかった。
いや、可愛いんだ。だから、できれば他の部分でも可愛く居ていほしいんだ。
「おー、新作入ってる。明日返せば半額だし、二度見するもんでもないしな」
俺の手を引きながら火渡が目指すのはある一角。
「あったあった!!防人、これこれ!!」
パッケージからしてわかる内容。
嬉しそうに指すのはどう考えてもホラーです、本当にありがとうございました。
口からゴキブリが出てきたり、内臓から蛆が出てきたり、飯時を外してくれるのは有難い。
しかし、だからと言ってそれを俺が好んでるわけではない。断じて無い。
「……火渡ぃ……違うのにしないか……?」
「だってこれみたい。いいじゃん、ちゃんとお前の膝の上で見るからさ」
普段はそんなこと、俺が土下座したってやってくれないだろう。
だから起死回生策として俺の膝の上で見るならOKって言ったんだ。確かに言ったさ。
いそいそとビールとポテチを持って火渡は俺の膝に座ったさ!!
俺の胸に背中預けてちょっと見れば凄い良い雰囲気。
このままキスしてベッドまで直進だって可笑しくないコース。
けどな、エグいホラー見ながらってのは間違ってる。絶対に。
しかも、怖がるどころか目を輝かせて前のめりになって見やがる。
ホームシアターとか薄型大画面テレビを買ったのはそんなもん見るためじゃないんだ。
俺の嫁の欠点の一つは、ホラーが大好きなところです……。
「これにしよーっと」
伸ばした指先に触れる綺麗な手。
「あら……すいません……おや、火渡と防人じゃないですか」
レンタルビデオ屋に不似合いすぎる煌びやかさは俺らの直属の上司、坂口照星その人。
「照星さん、何やってんの?」
「DVDを借りに来たんですよ。最近、戦部がカードを作ってくれたので」
見れば同じように青い顔をした戦部が照星さんの後ろに立ってる。
ああ、そうだったな。ホムとかは大丈夫でもお前もこの手のものは好きじゃないんだよな。
お前は本当に俺の心の友だよ。もう親友格上げで良いよ。
「これ、楽しみにしてたんです。シリーズで全部見たんですけども造り物とは思えない精巧さ……
 本当に、本物みたいでお気に入りなんです」
そうだな、戦場を駆け抜けてきたマダム坂口が言うとリアリティが強すぎるな……。
さ、照星さん遠慮なく借りてってくれ!!
そのシリーズが一番グロいっての火渡もお気に入りなんだ。遠慮せずに、さあ!!
なんて思ってたら俺の気持ちが伝わったのが戦部が泣きそうな顔してぶんぶんと首を横に振った。
正直、こういうのは可愛い子がやるから良いのであって大柄な野郎がやったところでむさいだけだ。
「んー……俺も、今日これみたいし……」
今日ほど照星さんが天使に見えた瞬間は無い。
さ、遠慮なく戦部とグロと蟲地獄の世界を堪能してくれ。
「じゃあ、坂口家(うち)で見ませんか?丁度ピザも届くころですし」
訂正、あんたやっぱり悪魔だ。





最近は照星さんも普通の生活に慣れてきたらしい。
宅配ピザ取ったりするのもその一つだろう。
「たまにこういう不思議な食べ物って良いですよね」
耳までチーズの入ったピザは照星さんの世界じゃ面白い物に入るらしい。
チョリソー入りなのは多分、戦部が選んでるんだろう。
次に買うならこの大きさが良いなあと思うテレビと、飲み込まれていくDVDを横眼で。
「火渡」
呼べばヱビス片手に俺の膝の上に座り込む。
解かれた赤い髪が肩で揺れて。
そのままいつものように俺の手を取って後ろから抱える形にさせる。
「まあ。どこも同じような格好で鑑賞するのですね」
その声に顔を上げれば戦部が俺から視線を逸らした。
まあ、正直それくらい役得がなきゃやってられないよな。
っていうか、お前、なんだかんだ照星さんとストロベリーライフやってんじゃないか。
「んじゃ、始めっか」
うん、それは俺の修業タイムってやつだな。
あーもね、昔からダメなのよ俺こういう口から内臓とか、内臓から虫とか。
初めて二人で行ったお化け屋敷もホーンテッドマンションも俺、泣きそうになったもんな。
だから少しでも気を紛らわせるために火渡を抱きしめる。
あー、あったけーなー、画面見なくてもステレオサウンドで脳内で忠実に変換されるよ流石は高音質。
「……なんだよ」
どうやら無意識に乳を揉んでたらしい。そうでもしないと現実逃避ができないってのもあるが。
「んー……俺、それ駄目だしさ……」
小声で火渡が囁く。
「わーったから。帰ったらヤらせるから」
仕方ないと同意してもやっぱり切断音が聞こえる度に俺は火渡をぎゅっと抱いてしまう。
いやだからな、全身で体感しようとしないでくれ。
だから、そう刺激されっと……色々と。
「……てめぇ……何考えてんだ……」
猫目がキッとにらんでくるのも仕方ない。
お前が余計に動くから俺の俺がそうなっちゃうわけで。
「火渡が動くからだな。戦部見てみろよ」
照星さんを抱きしめたまま微動だにしない奴は…ああ、目を開けたまま失神してた。
戦部、お前はよく闘ったよ。
誰もお前を責めたりはしないさ、俺はお前のことを親友だと思ってるんだ。
それに……お前は照星さんを引き取ってくれたからな。
「……失神してる……?」
「ああ。俺は最後まで耐えきるぞ」




結局、戦部は最後まで意識を取り戻すことはなかった。
映像だけならまだしも照星さんが臓器について事細かに説明するのがキタらしい。
あの人は昔からそうだ。俺らと違って接近戦は普通に銃ぶっぱなすし。
「……酔った……」
「大丈夫か?顔……すげー……」
そこは、顔色が悪いけど大丈夫か?だろう。
まるで俺の顔そのものがわるいような表現だ。お前の好みには敵ってるんだろう?火渡。
「で、今日のデザートはどうするんだ?」
「んー……俺の趣味に突き合わせたから防人の好きなものにしようと思う」
ああ、やっぱり可愛いと思ってしまう。
昔からそういうところはきちんとしてるんだ。
「うん、焼き肉」
訂正、時に破壊力のある天然です。
「モツとかハツとかですか……」
「冗談だよ。フォンダンショコラ作ろうと思って仕込みだけはしてるんだけどさ」
手をつないで歩けば冬道、息は白く。
ちらつく雪は赤をなぞってより鮮やかに見えた。
「バレンタインとか、あんまり関係なく生きてきたもんな」
なのに、お前は毎年なんだかんだとチョコレートをくれた。
再殺部隊の制服の後ろ姿を見送って、また無事に会えるようにと祈った。
「フォンデュのほうが良かったか?」
「いや、十分だ」
チョコレートの甘さなんてものはお前が生きてて笑ってくれるものに勝てるわけはない。
「火渡」
「ん?」
マイナスより少しだけ暖かいだけの空気。
触れた唇がやけに熱く感じる冬を嫌いになれないのは。
その赤に鮮やかすぎる光と影を落とす雪のせいなのだろうか?
「なんだよ?どうした?」
「いや。キスしたかっただけだ」
静かに季節を越えることに慣れるには恐らくもう少し時間が必要だ。
「なんでお前が泣きそうな顔してるんだよ!!普通はされた俺の方だろ!!」
何を言っても、どう紡いでも伝わらないような気がして。
その身体をただ抱きしめることしかできなかった。
「……寒いからまだ傷が痛むのか?」
「疼くな。もっと奥の方が」
火渡の腕が俺を同じように抱いてくる。
こんな普通の恋人同士がすることさえまだ少し躊躇してしまう。
「早く帰って……」
「……………………」
「衛」
繰り返すキスが痛みを消してくれる。
「……雪だな……」
「ん……早く帰ろうぜ……風邪ひくし……」
少し俯いたままの火渡と手をつないで。
見慣れ始めた道をゆっくりと歩いた。
「昔さ……任務中に雪降ってきて……絶対に生きて帰ろうって思ったんだ……」
懐かしむような声と視線の先。
「真っ白な雪で……冷たいし、俺も死にかけてるのに……あったかく思えた」
ゆっくりと紡がれる言葉。
「小さな竜巻みたいにわーって包まれて……死にそうなのに」
火渡も単独行動での任務が多かった。
俺とは別件で面倒な案件をほぼ引き受けていたのも知ってる。
「白って……お前の色で……お前が手を広げてるように見えたから死にたくないって思った」
「……………………」
「……べ、別にさ……どうでもいいんだよ。昔の話なんてっ」
ぷい、と横を向いて。
うなじに掛かる後れ毛も愛しいと感じて。
「火渡」
「うるせぇよ」
白はお前にとってはそんなことを意味してたんだな。
「赤馬」
「…………………」
シルバースキンを着て闘うことは少なくなっても、こうやって抱きしめて。
昔の傷を少し癒すことはできるだろう?
「うん……この白なんだ……」
残りの人生全部でお前のことを守ろう。
きっとそれが俺の最後の任務ってやつだ。
「帰ろう、家に」
俺たちはずっと戦団という場所で生きてきた。
「……ん……」
「フォンダンショコラが楽しみだ」
きっと死ぬほど甘いんだろうな。
「あ!!」
どうした?何か言い忘れたことでもあるのか?愛の言葉は何でも受け取るぞ。
「あのDVD、ディレクターズカットもあったんだ!!」
「さっさと帰るぞ!!」
「えー」
決まった。フォンダンショコラ食ったらデザートもいただく。
当然、そっちのほうが甘いよなあ火渡。
「……………」
見上げてくる赤い眼。
「んー……やっぱ、かっこいいよな……」
「!?」
「へへ……」
あーもう。家じゃなくてホテルだホテル。
「やだね。帰ってフォンダンショコラ作って食うんだもん」
きっと、どうしようもなく俺はにやけてる。
それでも俺が良いってお前が言ってくれるんだから。
「あーもう、俺は本当に可愛い嫁を貰ったな」
「馬鹿野郎」
無意識に左手の四番目の指を摩る新しい癖。
シンプルな俺たちの指輪。
「ショコラに合う酒ってなんだ?ワイン?ブランデー?」
「気分的にウヰスキー」
「あったな。坂口家から失敬してきた年代物が」




甘い甘いチョコレート。
酔わせて溶かして蕩かせて。





14:11 2010/02/12





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