◆君の街まで◆
俺がアールマティーに食われて早数日。
まぁ、息子はそれなりにあれなんだが。
なんつーか、うん。もっとちゃんと教えておけばよかったなーとか。
神様って意外とおっぱいおっきーんだなーとか。
それなのに、ちょっとケツはちっちゃめなところがいいなーとか。
まぁ、色々思うわけで。
何よりも驚いたのは思念体の俺は、アールマティーと会話が出来るってこと。
長いようで短いような。
アールマティーは俺の戦友だから。
「なぁ、お前からみた俺はどうだった?ちゃんと世界を守れてたか?」
『まぁ、いい防人だったな。あんたも、あんたの前も』
「そか。ならいいんだ」
今は息子が引き継いでくれてる。
ここからゆっくり成長を見守ろう。
「あん……シオ君……っ」
おい、前なにやってんだ?
つーか、何脱がせてんだ?このエロガキめ!!
「ぁん!やぁん……」
「神様……もれ、次はどうしたらいいすか?」
「……そこ、もっと触って……」
なんていうか……俺、どうして息子のこんな場面見てるんでしょうか?
しかしながら、どーしようもなく俺の息子であることは確定的です。
あー……死んでなきゃ今頃俺だってヨキとあんなことやこんなこととかさー。
『アル、言っとくけどな俺だって見たくないもん見せられてきたんだぞ』
げ、アールマティー。そんなこと言うか?
目にいいものは見せてやったかも知れんけど、悪いものは見せてないだろ?
『それに、お前。子供が出来る前は遊びまくってただろ。防人なのをイイコトに』
そのへんは、ヨキには黙っててくれるとひじょーにありがたいんだが。
あ、でもアールマティーとしゃべれんのは基本的に防人だけだから大丈夫か。
「なぁ、アールマティー」
『何だ?』
「ちょっと、人様の夢に進入してくる。シオのことは頼んだ」
『待て!!アルっっ!!』
七の村に全速力で戻って。
俺を出迎えたのは寝不足全開のヨキで。
「悪霊が。何をしにきた」
「ナニを」
「もう一回…………死ねっっ!!」
ヨキの手が、俺の頬を打つ筈だった。
むなしく空を切って、それは俺がもう生きてはいないことを証明してしまう。
「……大馬鹿野郎の顔なんか……見たくないよ……」
俺だって、お前を抱きしめたい。
キスして、震える肩をぎゅっと抱きしめてあっためたいよ。
ヨキ。
俺、お前を守れたことに後悔は無いよ。
お前が、何であっても。
俺の気持ちに、変わりは無いから。
「赤き血の神に、願いを掛けるのなら……」
うつむいたままの、小さな顔。
「アル、お前の蘇生を願うよ」
「いくらお前でも、無理だよ。ヨキ」
参賢者の一人でも。
滅んでしまった肉体を蘇生するのは、不可能だ。
護神像に食われた防人の体を、作り上げることは恐らく赤い血の神様でもできない。
「憎しみなど……あの娘(こ)には無かったよ……ただ……」
一つ、一つ。
噛み締めるように、確かめながらヨキは言葉を紡ぐ。
「あの子がこなければ、お前を失うことも無かった……ッ……」
「……ヨキ……」
神様。
この世界を作った全知全能の赤き血の神様。
お願いです。
俺に、体をください。
「……ごめん……」
ふるふると横に揺れる首。
夢みたいに、ヨキに出会って、ヨキを好きになって。
数え切れないくらいのキスをして、一緒に朝を迎えて。
喧嘩して、またくっついて、また喧嘩して。
それでも、俺たちの心は離れなかった。
「私が、子を宿すことができたなら、もっと、何かが変わっていたのか?」
「……変わんねぇよ……俺がお前を好きだってことを、どうやって変えるんだ?」
ヨキの頬に手を伸ばして。
体は無いけれども、触れることもできないけれども。
確かに、俺にはヨキの温かさが伝わってくる。
ヨキの寂しさが、痛みが、葛藤が。
この朽ちたはずの体が感じ取ってくれる。
「ヨキ」
目を閉じて、そっと。
いつものように唇を重ねた。
背中を抱いて、寂しがり屋のヨキが安心できるように。
「……なぜ、私を置き去りに……アル…ッ……」
「ヨキ、俺、ここに居るよ」
「……アル……」
「今までと同じように、一緒だぞ。ヨキは寂しがりやだからな」
ここにいるから。
ずっと、ずっと、一緒に。
ヨキの寝顔を見つめながら、あれこれと思い出したこと。
俺たちはお互い素直じゃないから、すれ違いばっかりしてた。
お前が俺に言い出せなかったことも。
俺が先に「さよなら」と言った事も。
俺に子供ができたことも。
それでも、俺たちは変われずに一緒に居たいと願ってしまったことも。
喧嘩して、愛し合って、俺たちはずっとこうしてきたんだ。
(……ヨキ、こんな世界……捨てちまおうぜ……)
あの日、お前が俺に告げてくれたこと。
それから、俺は防人としての自覚を持った。
誰かを守りたいと思うこと。
それを願いとするのならば、俺の願いは一個だけだったから。
お前を縛り付けるWaqwaq(この世界)から、連れ出したかった。
この体に流れる黒い血が、俺たちを手放すことが無いように。
この世界も、お前を手放すことは無い。
力も、強さも、何も要らない。
俺が欲しかったのは、お前が笑ってられる世界だったんだ。
(……こんな世界でも、俺とお前が育って、出会った場所だもんな……)
これ以上、この運命を憎むことなどできない。
お前に出会えて、本当によかった。
せめて、夢の中だけでも、お前の手を引いて。
幸せ色の空の下、俺とお前とシオの三人で、お前の手作りの弁当食ってさ。
のんびりと、太陽の下で膝枕で昼寝して。
思い切り、笑おうや、ヨキ。
泣かせない、なんて断言はできないけども。
これ以上、悲しい言葉は言わせないからさ。
流れる黒髪も、お前の背負った運命も、宿命も。
丸ごと受け止める度量はあんだぜ?
明日のことなんて、分からないから。
この手で、この腕で。
抱きしめさせて―――――――。
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1:50 2004/11/04