◆冷たいキス◆
「我が願いを成就させよ。スプンタマンユよ」
細い指を伸ばせば、しゃらん…と簪が繊細な音色を奏でる。
全てを具現化する護神像を駆る、最後の防人。
「其の者に、命を」
それは、ゆっくりと姿を変えて行く。
隆起した筋肉。短く切られた黒髪。精悍な顔つき。
女の指先からその意思を汲み取り、忠実に再現して行くのだ。
「ずっと……このときを待っていたよ……」
未だ、開かぬ二つの瞳。
物言わぬ唇でも、愛しいと思えた。
「ヨキ、そんな怒んなよー。俺が悪かったって」
「だからといって、あんなところであんなことを!!」
「しょーがねーだろ、キスしたかったんだもん」
「馬鹿!!」
女の後ろを追いかけながら、男はにこにこと笑う。
どれだけ罵倒されても、彼の彼女に対する気持ちは変わらない。
「ヨーキ。笑って、笑って」
いつだって、気がつけば隣にいる。
彼と彼女の何が違えたのだろう?
「俺とキスすんの嫌?」
「……………………」
「俺、ヨキのこと愛してんもん。いっぱいキスしたい」
人懐こさも相まって、彼はどこにいてもその気持ちを行動に起こしてしまう。
愛しい、という感情と慈しみを教えてくれた大きな手。
「ヨキも俺のこと愛してるだろ?」
「知るか!!」
「まーた、てれちゃってぇー♪」
キスは、たった一度でこの砂全てを砂糖に変えてしまうほどの力を持つ。
それを教えてくれたのも彼だった。
どれだけ身体を重ねても、飽きることは無く。
どれだけ体温を確かめ合っても、足りることなど無い。
凍てつく夜の寒さも、二人でいれば真夏に変わる。
「……ヨキ……っ……」
何度も唇を噛み合うようなキスを繰り返して、呼吸を分け合う。
膝に手を掛けて、足を開かせてその間に入る込む身体。
「……ん……」
喉元に男の口唇が触れて。
「ア!!」
先端が入り口に触れて、肉道を押し広げながら抉ってくる。
強張る身体を解き放つのもまた、彼の唇だった。
奥まで深く繋がり合って、何かを確かめるように抱きしめあう。
男の腰が動くたびに、絡まるのは乱れた呼吸と暖かな体液。
「…ヨキん中……きもちい……」
自分の上で困ったように笑う男が、ひどく愛しい。
押しつぶされそうなのは、身体ではなくて――――もっと、別の場所。
ぎゅっと目を閉じて、自分の名前を呼ぶ声。
「…ふ…ァ!!あ、アル……っ!!」
膣奥を突き上げられるたびに、しがみつく。
ぬるぬると溢れる体液は、互いのものが交じり合ったそれ。
焼けた素肌も、傷だらけの腕も、自分を見つめてくれる瞳も。
どれを、手放すことができるだろう。
「……痛い……?」
目尻の涙を払う指先。割れた爪も、大切な宝物。
「痛くなんて……」
「泣いてる」
隙間無く重なり合って、抱きしめあう。
逢えなかった時間を取り戻すために、何度も何度も肌を重ねた。
それでも、完全に満たされることなど無いこの『器』の忌まわしさ。
「泣くんなら、俺の胸で泣きなさい。アルさんは包容力に自信ありだぞ?」
「ア……あ!!や…ァ!!」
「やーらかくて、やらしいおっぱい♪」
「アル!!」
「んー♪かーわいい。ヨキ」
想像した以上に騒がしい日々が、思えば幸せと言うものだったのだろう。
彼がここにいて、自分を見つめる。
それが、当たり前の未来だと信じていた。
背中に降るキスで、目を覚ます。
乳房をつかむ手の動きが、些か怪しいのには目を瞑って。
「アル」
「おっぱいはさー、柔らかくていいよなぁ。大好きよ、俺」
組み敷かれて、その頂に吸い付かれる。
「!!」
舌先で転がして、時折甘噛みしてくる歯先。
ちりり、と乳房に走る小さな痛みと残された彼の噛跡。
ぴちゃぴちゃと濡れた音と、あえぎ声だけが耳を支配する。
「俺にも……して?」
少しだけ体位を変えて、ヨキの手を取って腹筋をなぞらせていく。
手のひらで確かめられる筋肉と血の流れ。
「噛まなきゃ、好きにしていいから」
躊躇いがちに上下する舌先。
唇全体を使って、亀頭を包み込む。
口中で吸って、ちゅる…と何度も触れては離れる。
硬さと太さの変化を感じながら、夢中になって舌を絡ませた。
「もっとこっち来て……」
自分の身体を跨がせて、そのまま腰を下ろすように促す。
接合部が見えるこの体位を、彼女は極端に嫌った。
そのどこか懇願する顔が見たくて、泣かせたいと思ってしまうこの暗い気持ち。
「あ…ぅん!……ア…ル…っ…!」
じんじんと痺れる身体と、蕩けそうな意識。
花弁を押し広げて、咥え込むそこに絡まる視線。
「真っ赤……綺麗な色してる……」
ぶんぶんと横に振られる頭。
「こっちは、『アル、もっと動いてぇ♪』って言ってる……」
小さめの尻を抱いて、より深く繋がりたいと下から焦らすように腰を進める。
「あ!!は…ぁん…」
濡れてひくつくクリトリスを、変形するほど親指が蹂躙して。
もどかしげに揺れる細い腰を、目を細めて見つめた。
きゅん、と絡まる肉襞の誘惑を振り切って、陥落させるためだけに一心不乱に腰を動かす。
下から見上げる恋人の表情は、いついもよりもずっと艶かしい。
半開きの唇から零れる涎と、尖った乳首。
アルの腹筋に手をついて、しゃがみこむようにして腰を振る姿。
白い肌に掛かる黒髪は、天然の誘惑。
「……ヨキ、俺……イッちゃいそ……」
「……私……も…あ!!!…ッ!!」
崩れる女の体を抱きとめる腕。
この腕の中で瞳を閉じることは、至上の喜びだった。
この身体に流れる血と、彼の血と色は同じはずなのに。
何かが違ってしまった。
目の前で男の命が消えるのを見つめたあの日。
初めて、『憎悪』という感情を知った。
(お前さえ来なければ……アルを失うことは無かった……)
少女の血の色は、全てを統べる『赤』という色。
万能なるその血は、願いを叶えると言う。
(しかし、お前の血が……私の願いを叶えるのだから……)
細い指先が閉じた唇にそっと触れる。
「アル、『器』は準備できたよ。何度も、私に言っただろう?身体が欲しい、と」
夢の中で、繰り返した逢瀬。
目覚めて知る孤独は、もう要らない。
他の護神像を吸収して、最後の一人が願いを成就させる。
祭壇があるのは此処、蜘蛛の糸。
ならば、待てば良い。
余計な動きなど取らずに、ここで全てを見つめながら。
掌で運命をダイスのように転がしながら。
「どれだけ、待っただろうね……こうして、お前に触れられる日を……」
左胸に触れた手が、小さく震える。
心音も、体温も感じられない『器』である事実。
「さぁ……その瞳を開くが良い。我が護神像スプンタマンユよ」
静かに開かれる双眼。
再び光を取り戻したそこが、女の視線に重なった。
「……アル……っ……」
唇が紡ぐ、残酷な言葉。
「何なりと、我が主よ」
器は所詮、器でしかない。だからこそ、赤き血が必要だった。
この器に心を添えるために。
「忠誠の……接吻を」
静かに触れる冷たい唇。
そこに、暖かさを取り戻すために、少女の命が必要なのだ。
(お前が私から奪ったものを、返してもらおうか……お前は私の一番大切なものを奪ったのだから。
私とあの子の目の前で……)
欲しいのは暖かいキスと、優しいその腕。
こぼれる涙を払ってくれる指。
焼けた肌も、小さな笑みを浮かべる唇も、何もかもが同じなのに。
その瞳に、光が無い。
(さぁ、逃げるがよい。お前は蜘蛛の糸に掛かった羽虫。どれだけ逃げても此処から
出れることはない……)
残った護神像はスプンタマンユを含めて三体。
(カーフとシオか……悪いが私にも叶えたい願いはあるからね……シオ……)
この身体に、彼の心を。
再び、光を。
(お前も父親に逢いたいだろう?)
男を従えて、長く伸びた螺旋通路を女は静かに歩く。
「アル」
傷一つ無くなったその肌。
「シオが心配する。早めに決着を付けよう。そして……一緒に帰ろう」
「………………………」
「七の村なら、馴染みも深かろう?アル」
静かに、静かに絡ませた運命は。
切れそうで切れない蜘蛛の糸。
幾重にも張り巡らされた罠の中で見つけた、たった一つの宝物。
「……ヨキ……」
懐かしい声。
「もう一度、私の名を……!!」
「………………………」
「……アル……」
自分を抱くこの行動が、護神像として防人を守るためのプログラムだとしても。
あの声がただの幻聴だとしても。
「……行こう、お前を……取り戻すために」
まだ冷たいままの口唇。
「アル」
そっと手を伸ばして。
未来を手繰り寄せるように、男を抱きしめた。
瞳を閉じれば未だ瞼の裏に、あの日の自分たちがいる。
この呪縛から解き放つ色は、燃えるような赤。
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23:25 2005/01/16