◆粉砂糖の夜◆
「うっは〜〜、このままじゃ死ぬ!!凍え死ぬ!!」
赤子を抱えて、男は砂の海をひたすらに走る。
彼の勘が正しければ、もうじき七の村に辿り着けるはず。
自分ひとりならば野宿もできるが、子供を抱えてのそれは正直厳しい。
まして、赤子だ。
「うっしゃ!!見っけたぜ!!」
砂丘を踵で滑り降りて。
アイゴーグルをたくし上げる。
「すんませーん。この村の医師のヨキの恋人なんすけどーーーっっ!!」
「妙な言動は止めろ、アル」
外界を遮断する扉を開けて、女は男を招きいれた。
「サンキュ。凍死するとこだった」
「そんなに弱くも無いだろう?」
「俺じゃない、こいつ」
腕の中でぐっすりと眠る小さな命。
「息子」
「見ればわかる。お前に……よく似ている」
寒さで頬が赤くなってはいるものの、安心しきって安堵の笑みを浮かべて眠る姿。
「シオってんだ」
「……うん……」
「ヨキ〜〜、寒ぃ……」
きっかけはすぐそこにあるのに、見つけられないままで。
二人で居られればそれでいいと、心が呟くのに。
「今、火を……」
後ろから、包みこむように抱きしめてくる腕。
「あったけ……すっげ、寒くてさぁ……死にそうだったんだ」
「………………」
「何も、聞かねぇの?」
耳に触れる唇の、冷たさ。
「……聞いたら……」
喉の奥で、言葉が詰まる。
「……平気でいられる自信が……ないよ……アル……」
甘い香りと、柔らかい湯気。
「うわ……すっげー、美味い」
「アルコール入りのミルクなら、身体も温まるだろ?」
赤子を腕に抱いて、ヨキはあやすようにその子を揺らす。
心も身体も冷え切って、ほしかったのは確かな温かさ。
「もう一杯」
「はいはい」
子供を抱いて、アルはその寝顔を覗き込む。
「ヨキ、見ろ。笑った」
「おや、可愛いね」
何も知らなければ、年若い夫婦とその子供にしか見れないだろう。
赤子の頬を指で軽く突いて、額に口付ける。
「うは、機嫌いいな、シオ」
「良い名前だ。お前にしてはね」
「生きてくには、必要だろ?」
悪戯気に閉じられる片目。
頬には真新しい傷。
「痛かったろ?アル……」
細い指がそこに触れて、愛しげに摩っていく。
「もう、慣れたよ。ヨキ」
「……アル……」
「ただいま」
ちゅっ…軽く重なる唇と伝わる息遣い。
どれだけ離れても、心は離れられないままでいたから。
互いの道が別れても、こうしてまた一つになる。
「……おかえり……っ……」
恋は、それだけで自分が女だということを自覚させてしまう。
自分で離したはずのこの手が。
まだ、自分に触れてくれる。
「……ふぇ……ッ…」
「おわ!!泣くな、シオっ!!」
「貸せ!!私がやるっ!!」
女の胸から伝わる心音に、子供は再び夢の中へ。
その柔らかさは男親には出せないものだった。
「やっぱ、母親が居たほうがいいのなかなぁ……」
「小さいからね、まだ」
「んー……んじゃ、頼んだ」
「は?」
「シオの母親。おれ、しばらくここに残るから。機械退治で報酬はオケイ?」
何も話してはくれない。そして、自分もそれは望まない。
それは多分――――互いが傷つくものなのだから。
それからの日々は一転する。
静かだった日常は、子供の存在で慌しいものになった。
「ヨキ!!昼飯!!」
「自分で作れ!!シオのほうが先だっ!!」
暖めたミルクを、瓶に移す。頬で確かめてからそっと小さな口に咥えさせる。
とくとくと飲む姿。
「飯〜〜〜〜〜〜っっ」
「その辺にあるものでも食べてなさい」
子供を抱く手も、自然になってきた。
小さな小さな家族は、自然と幸せな微笑をくれるのだ。
「ヨキ先生も大変だねぇ。小さな子供が急に来から」
「いやいや、兄弟も作ってやんねーとさ」
「アル!!」
最初は困惑していた村人たちも、いつの間にかそれを受け入れていた。
何よりも防人が常駐することによって、命の保障が確約されるのだ。
追い返す理由も無い。
加えて男の人懐こさと、明るい性格も幸いした。
「ばーちゃん、聞いてくれよ。ヨキ、俺に飯くれないんだぜ」
「おやおや。子供に構いきりで旦那には愛想がつきたのかい?」
老婆の手から果実を受け取って、そのまま齧る。
「さぁて。飯ができるまでいっちょお仕事してきますか」
護神像を引き連れて、外に飛び出す。
「……仕方ないね。昼食の準備をするか」
シオをベビーベッドに寝かせて、今度はアルの昼食を。
(本当に……家族のようだね……アル……)
何もかもを捨てて、もう一度手を繋いだ。
自分たちなりの何かを。
ようやく、見つけられたのだから。
「先生、今日くらいは子供を預かるよ」
アルが七の村に来てから早一ヶ月。
季節は冬の真ん中に。
「いや、シオは……」
言いかける女の言葉を男が止める。
「んじゃ、お言葉に甘えて明日の朝まで頼むわ、ばーちゃん♪」
「アル!!」
「今日一日だけ。な?」
吐く息は白。外はもしかしたらとんでもない寒さかもしれない。
そろそろ日も傾く時間だ。
「ヨキ、あっちいこう、あっち」
いつものように、指を絡めて人波をすり抜けて。
階段を駆け上がって、秘密の部屋へ行こう。
「隠し部屋って、昔から好きだったんだ、俺」
「私も、この部屋を見つけたときは嬉しかったよ」
診療所の屋根裏部屋。埃を払って古びたベッドに腰掛ける。
肩が触れ合うだけで、鼓動が早くなるのが互いにわかってしまう距離。
「ヨキ」
頬に触れる唇。
「赤い血の神様が、この世界を作った日に一緒に居られて、俺……幸せだ」
抱きしめあって、確かめ合えるこの温かさ。
上着を脱がしあって、互いの身体を見つめる瞳。
「……傷が……」
左肩から右胸の下まで走る大きな傷跡。
「ちっとしくじった。命があるから問題なし」
「……馬鹿……ッ……」
抱きついてくる細い身体を同じように抱いて、その額に小さなキスを。
「でも、ちゃんと生きてるよ、ヨキ」
「……うん……」
君のためにこの命を捨てる覚悟はできているから。
また君に逢うために、死ぬわけには行かない。
「うは、今日はこのおっぱい俺のもん♪」
「アル!!」
「シオにしばらく取られてたからさぁ……やーらかくて気持ちいい……」
そっと身体を倒して、唇を塞ぐ。
何度も何度もキスをして、舌を絡ませる。
その度にぴちゃぴちゃと零れる音。
「…ん……っは……」
絡んだ舌が離れたくないと、糸で繋がる。
それに応える様に、再度唇を重ねた。
「んっ!」
両手でぎゅっと乳房を掴まれて、尖った乳首を交互に吸われる。
ぬるぬると濡れた指がそこを押し上げて、追いかけるようにぶちゅ、と唇が包み込む。
「ふぁ……ぁ!!ア…ッ!!」
時折甘噛みするように軽く当たる歯先。
「……ヨキ……」
乳房にできる小さな噛み跡。
二人分の体重を受けて、ベッドの軋む音が室内に響く。
鍛えられた身体は、どこか美しささえも感じさせて。
どこか、うっとりと視線を奪ってしまう。
「……綺麗だね……アルの身体……」
「あん?よっぽどお前の方がいいと思うけどな」
鎖骨に唇が触れて、指先はゆっくり下がっていく。
柔らかな腹を撫でて、その下の裂目に沈む。
一本だけ、内側に忍ばせてそのままぐい…と押し上げる。
「あ!!あ……ぅ…」
じゅく、じゅぷ…絡まってくる愛液に誘われて二本目が入り込む。
内側でそれが踊るたびに、女の身体がびくびくと震えた。
「な、ヨキ……」
「…ぁ…ッ!!」
唇が秘裂に触れて、そのまま舌が捻じ込まれる。
押し当てるようにぐりぐりと動かして、強く吸い上げた。
「やぁ…ッ!!!」
つ…濡れた糸がねっとりと唇と繋がって。
それを指で断ち切って、今度はその上にある突起を舐め上げる。
「ひゃ…あ!!あ…アル…ッ!!」
ちゅ、ぴちゃ…何度も舌先がまるで飴でも舐めるかのようにそこを丹念に舐め嬲って。
奥まで入り込んだ指が、ゆっくりと女を追い込んでいく。
「……シオもさ、一人っ子じゃ寂しいと思うわけよ、俺的には」
「……?……」
「だからさ、兄弟を作ってやりたいわけなのですよ、父親としては」
膝を開かせて、先端を沈ませる。
「あ!!」
中程まで飲み込ませて、形の良い鼻筋にアルはそっと接吻した。
「協力して欲しいワケ」
「馬鹿なこ……ぅあ!!」
じゅく!と最奥まで貫かれて息が上がる。
ぐいぐいと押し込まれて、抉るように動く腰。
足の指先までじんじんと痺れて、熱くなってしまう。
「一人じゃ、無理だろ」
「けど……ッ!!」
「俺の願い事……かなえてくれよ……ヨキ……」
自分を見つめてくるその瞳の優しさに。
泣きそうになってしまう。
こぼれた涙を唇が舐め取って、甘い甘いキスをくれた。
「……叶えられるなら……」
震える手が、前よりも少しだけ逞しくなった背中を抱きしめる。
「叶えたいよ……アル……っ……」
「サンキュ……ヨキ……そんだけでいいよ……」
それは叶わない願い。彼と彼女の運命がどれだけ重なっても。
彼女の身体は、誰かの命を宿すことは不可能なのだ。
「ぅア!!」
腰を抱き寄せられて、隙間無く絡まる身体。
動きが無くても、自分の中で男のそれが脈打つのが分かる。
繋がってるだけで、満たされるこの身体。
飢えと渇きを、一瞬で彼は打ち消してしまうのだ。
「ひ…ぅ…ッ!」
打ち付けてくる動きの一つ一つが重い。
子宮に直に響くかのように、動くたびに理性が奪われていく。
乱れた黒髪と、ほんのりと染まった白絹の肌。
少しだけ焼けた男の体が対を成すように、その上で腰を進める。
「…あ!!アル…ぅあ…!!」
汗が肌に落ちるだけでも、びくんと感じてしまう。
指先が、吐息が、唇が。
何もかもが愛しくて、心も身体も熱くしてしまのだ。
とめどなく溢れる愛液は、互いの腿を濡らしてシーツに沈んでいく。
「あ…ふ、アル……アル……ッ…」
手を伸ばして抱きしめられることの幸せ。
自分を見つめてくれる視線。
「…っは……ヨキ……っ…」
追い詰められているのは同じで。
「あ!!あ…ぅ!!アル……ッ!!!」
びくつく女の身体をきつく抱きしめて、その奥に自分を吐き出す。
「…ヨキ……」
熱の冷めない身体を絡ませて、呼吸を分け合うようなキスを繰り返した。
「天窓まであるんだな、この部屋」
地下都市にしては珍しく、この部屋には外が見える天窓があった。
それがどのようにして外と繋がっているのかは分からなかったが。
「星。綺麗だな」
自分の腕に頭を乗せる女の背中を抱いて、男は耳元で囁いた。
「久しく、星も見てなかったよ……」
「ん……ほら、綺麗」
ゆっくりと身体を起こして、窓越しに空を見上げる。
生まれては消えていく流星を、二人で見送った。
命は、生まれていずれ消え行く。
だからこそ、この人生ははかなくも美しい。
「ヨキ、あれ欲しいか?」
アルの指が一際大きく輝く星を指す。
「そうだね。欲しい……かな」
「じゃーん。捕まえてみました♪」
それは、銀の鎖に通された輝石。
白銀の爪が石を守るように囲んでいる。
「この前立ち寄った村で作った。この表面を切るのが結構難しくてさ……」
細い首に掛けて、後ろで留め金をぱちんと合わせた。
胸元で鮮やかに輝いて、星は彼女のものになった。
「よかった、丁度良い。指輪と迷ったんだけど、怪我人見るとき邪魔になるだろ?」
「……アル…っ……」
ぽろり。こぼれ落ちる涙。
それはどの星よりも美しい宝石。
「……ありがとう……」
「……ん……」
降り注ぐ星は、まるで雪の様。
神の降り立ったこの日を祝福するように、数多の流星が過ぎ去っていく。
「それと……」
すい、と出されたのは一輪の白い花。
伸びた茎の美しさは、彼女の後姿を思わせた。
結ばれた真っ赤なリボン。
「女には、花を。これもお約束」
「……馬鹿……っ……」
受け取って、そっと頬に唇を押し当てる。
この夜だけは恋人同士に戻って流れる時間を甘受しよう。
朝の足音はまだまだ遠い。
「ヨキ、かーいい」
両手で乳房を掴んで、ちゅ…とキスをする。
「もう一回……」
突き飛ばされるのは覚悟の上。
「いいよ。アル……」
アルの頭を愛しげに抱きしめてくる細い腕。
「ほえ?本当にオケイ?」
「オケイ」
「うっしゃ!!いっただきま〜〜〜っす」
夢なら、覚めないままで、このままで。
偽物でもいい、家族になろう。
確かめ合うように、身体を重ねて。
ただ、そうしていられることに溺れた。
「……あ……雪……」
男の肩越しに見える初めての雪。
「おー……綺麗だな……どーりで寒いわけだ」
だから、寒さのせいにして二人で暖めあえる。
ただ、雪ははらはらと降るだけなのに。
涙が、止まらない。
「ヨキ?」
ちがう、と頭を振っても、止まれ、と自分を諌めても。
どうしても、止まらない。
君がここに居て、暖めてくれる。
ただそれだけのことを、ずっと求めていた。
失って初めて知った感情と、この心の痛み。
この雪のように、君の上にしずかに降りて行きたい。
「俺は、此処に居るよ。ヨキ」
声を殺して、彼女は涙をこぼす。
「俺しかみてねーから……」
覆い被さって、ぎゅっと抱きしめてくる腕。
「泣いたって、いーんだぜ。ヨキ」
一年に一度だけ、この特別な日に。
君が苦しいと言うことから救い出せるのならば。
この腕なんか、千切れても構わないのです。
「な?」
「……ぅ……ん…ッ……」
君のその細い腕に絡みつく運命の鎖を引きちぎって。
このままこの砂を蹴って、連れ去ってしまいたい。
せめて、この粉砂糖の降る夜だけでも、
君を、幸せにしたいのです。
「シオ、パパだぞ〜〜〜」
子供を引き取って、男は頬をすり寄せる。
「たまには二人で過ごすのもいいもんだろう?防人さんや」
「おう!おかげで二人目……っで!!ヨキ!!」
「シオ、おいで。馬鹿が伝染する」
シオを奪い取って、そっと抱きしめる。
すやすやと眠る子供は、この先も運命などまだ欠片も知らない。
「さて、お仕事と行きますか。シオ、ママに迷惑掛けないで、いい子にしてろよ」
「誰がママだ!!」
「お前に決まってんだろ、俺、男だもん」
大きく手を振って、あっという間にその姿は消えてしまう。
(まぁ……悪くない響きだね、アル……)
君の血の混じったこの子供を。
この先もずっと、君を愛するように愛していこう。
「ふ…ぁ……」
「ん?お腹がすいたのかい?」
砂漠に振る甘い甘い一匙の雪。
幸せの味付けに、そっと加えた。
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1:07 2004/12/17