◆恋をしようよ◆





「俺、たまに人生について考えるんだけどな……この先も、父子家庭ってのはいいだろうかって」
真剣な眼差しで、男は女を見つめた。
「それは、いずれ考えなければいけないものだろうけど……アル……」
伸ばされた指が、頬に触れる。
「この状態で言っても説得力がないぞ」
「だって、時間は有効に使わなきゃ♪ヨキ〜〜〜〜〜〜っっ」
細い身体を組みしいて、その額に唇を当てる。
小さな幸せがいくつも生まれる日常が、何よりも大切なもの。
「そろそろシオに授乳の時間だ、離れろっ!!」
肘打ちが鳩尾に入り、男はベッドの上で蹲る。
その間にヨキは手際よく準備をしていく。
「いって……あ!!ヨキ、俺いいこと思いついた」
「なんだい?」
哺乳瓶を頬に当て、温度を確かめる。少しだけぬるめのほうがシオには丁度いい。
口を軽く開かせて、先端部を銜えさせればとくとくと乳白色の液体が吸われていく。
「プンタマに世話を……ぐあっ!!」
下から顎をストレートに打つ左手。
それでも右手は赤子を落とさないように。
「馬鹿もいい加減にしろ!!」
「……すいませんでした」
「ふぇ……」
泣き出すシオを抱きなおして、どうにかして眠りを誘発させようとする。
それでも、一度こうなってしませばそう簡単には寝てはくれない。
「ヨキ、外出ようぜ。大泣きしそうだ」
「ああ……」
手を引いて、外の世界への扉を開く。
砂漠に浮かぶ月は、成熟前の十三夜。雲の無い夜空でくすくすと笑う。
頬を撫でる風と、足に絡まる乾いた砂。
「シーオ、泣くな〜〜♪」
頬を指で軽く突けば、小さな手がそれを掴もうとする。
「お?遊ぶか?」
「なんだ、ちゃんと父親してるじゃないか」
小さな砂丘に腰を下ろして、足を投げ出す。
「んー……でも、母親居たほうがいいんだろうなっては思うよ」
成長して、時が来れば必ずやってくる壁。できるだけ、良く生きて欲しいという願い。
まだ言葉もない子供に見える、いくつかのきらめく未来。
「まぁ、母親はお前でオケイだし、俺がちょこちょこ七の村(ここ)にくればいいだけか」
子供をあやすことにも、大分慣れた。
今は些細な変化でも気付くほどにもなった。
「血じゃないんだろうな。愛って」
永遠普遍の物など何もないけれども、それでも永遠というものを求めてしまう。
だからこそ人は前に進めるのだろう。
濡れた唇に、自分のそれを静かに重ねる。
たまには激情よりも、ただこうして時間を過ごしてみたい。
キスも愛の言葉も、どちらも大事なものだから。
「そうだね……」
まがい物でも、貫き通せば本物になるとあの日彼は叫んだ。
きっと、この気持ちがそうなのだろう。
時計仕掛けの預言者は、錆びついた言葉だけを繰り返す。
呪縛は、破るためにある。
「愛してる、ヨキ」
二人で見上げるこの月さえも、一秒たりとも同じ表情などない。
例え、流れる時間の速度が違ったとしても重なった時間は共有というものになるのだから。
「俺と、ヨキと、シオの三人で幸せになろーな」
「……うん……」
最初の防人の腕に抱かれるのは最後の防人。
その父を見取るのもまた、この二人。
そんな未来など、考えもせずにただただ月を眺めた。
この肩を抱く男の手が、囁く声が、何気ない仕草が。
何もかもが、愛しいと感じるのだ。
「十年たったら、俺も立派なおっさんだな。ま、シオもでかくなってんだろうけど」
「私も年をとるから、一緒だよ。アル」
「中年カップルで、愛を育みましょう♪」
男の頬に触れる、甘い唇。
「私が皺だらけになっても、お前は私を追いかけるのかい?」
その手を取って、まるで理解のキスのように男は唇を当てた。
「当然。一生ヨキの尻を追い掛け回すじーさんになるのさ」
「ふふふ、素敵な未来図だね」
「俺の人生設計に狂いはない♪」
ぎゅっと抱き締めて、満足げに笑う。初めてそうされたときよりも、ずっとたくましくなった背中。
同じように抱いて、鼓動を重ねた。
「俺って結構一途だぞ?」
「私もだよ」
何度も何度も繰り返すキスの意味を、君と二人で見つけることが望む未来。
君の居ない一秒は、永久の様に思えるから。
「あー……やべ。外なのにすっげ、やりてぇ……」
耳朶を噛む歯先と、布越しに乳房を愛撫する大きな手。
「外、嫌だろ?」
「私が良くても、シオが風邪を引いてしまうよ」
小さな魂は、まだ誰かの加護を受けなければ死んでしまう。
護れるのは、自分達なのだ。
「もうちっとだけ、此処に居てぇ……」
「いいよ。もう少しだけ、此処に居よう」
後ろから、ヨキを抱き締めて頬を寄せる。
「うは。やっぱこーいうのも気持ちいい♪」
「ふふふ、親子だねぇ……同じ顔で笑ってる」
「シオ、多分お前にも似てくるぜ。かーちゃん」
「……うん……」
背中越しに、信じられるぬくもり。君がくれるこの平穏という幸せ。
この恋を、ゆっくりと愛に変える事ができるのならば、他になにもいらない。
「お前の手は……暖かいね、アル……」
その手を取って、頬に当てる。傷だけの指でも、痛んだ爪でも。
君が、ここに居て生きているというこの事実だけで満たされる何か。
「……ん……」
人差し指に唇を当てて、その先端を飲み込む。
「こら、ヨキ」
そこを折って、口中で舌先を絡ませる。関節を甘噛して、ちゅるん…と離した。
根元からまるで陽根にするかのように、舐め嬲る塗れた口唇。
「…は……ん……」
唇を割って、入り込んだ指が口腔を甘く蹂躙して行く。
さわさわと顎に触れる他の指が、心拍数を早める魔法。
「エロいかーちゃんだな」
「……んぅ……」
「でも、俺はそーいうほうが好き……」
耳に掛かる息だけで、身体が熱くなるのがわかる。
月は、心を狂わせる。いや、本当はそんな力などないとわかっているのに。
何かを必要とするための、呪文にするために。
不完全な十三夜は、自分たちと同じ。
完全になるには、まだ何かが足りない。





型通りでも、キスが甘いことに変わりはなくて。
「……俺、キスすんの好き……」
子供のように笑う彼を、抱き締めて同じように返した。
そっと身体を倒して、夜着の袷を解く。
「真っ白だよなぁ……すっげ、綺麗……」
「お前は、日に焼けてるね……外に出れるのは防人くらいだよ」
鎖骨を舐め上げて、その下の窪みに噛跡を付けて唇を離す。
出会ってから、何度目のキスになるのだろう。
そして、何回抱かれたのだろう。この腕に。
「あ!」
乳房をぎゅっと揉まれて、その先端を貪る唇。
左右を嬲られて、その度に指先がシーツをきつく掴む。
「…ァ…!……」
ぬるぬると舌先はそこを焦らすように這い回り、時折吸い付いてくる。
びくん、と肢体が震えて、甘い喘ぎが室内を満たしていった。
身体の線を確かめるようにして、唇は下がっていく。
小さな膝を押し開いて、ぬるつく秘所に舌先が触れた。
「!!」
裂け目に沿って上下して、その上で震える突起を掠める。
「ふ…ア!!あ、んんッ!!」
腿を濡らす体液をそのままに、男の舌先はそこを重点的に攻め上げていく。
「そんなに、気持ちいい?ヨキ……」
おもむろに重なる視線に、真っ赤に染まる顔。
「バ……!!」
にゅぐ、と入り込む指に言葉がかき消される。
内壁を抉るように指先は膣内で蠢いて、ぐ…と押し上げて。
「あァンッッ!!!」
「俺、お前のそーいう顔、だーい好き」
広げるようにして、踊る二本の指。
節くれて武骨な指が与えてくれる快楽に、蕩けそうな身体。
「俺のも触って」
ヨキの手を取って、反り勃った自分のそれに導く。
手の中で感じる熱さに、耳まで瞬時に染まっていくのが自分でもわかった。
「!」
舌先が額の印に触れて、愛しげに降って来る優しいキスに瞳を閉じた。
言葉でしか伝わらないこと、セックスでしか知りえない感情。
そして、君だけがくれるこの気持ち。
「……ヨキ……?」
一筋こぼれるこの涙の意味を、見つけてくれるのが君であって欲しいと願う。
未来永劫、他の誰でも無く君だけであって欲しいと。
「お前……泣き虫だなぁ……」
左肩から右胸の下まで走る大きな傷。どれだけの痛みと願いを彼は背負ってきたのだろう。
どんな思いで息子を抱いて、この世界を走るのだろう。
縋りつくように背中に回される手が、言葉よりもはっきりと彼女の気持ちを伝えてくれる。
苦しい、痛い、悲しい、寂しい――――――離れたくない。
この管理された世界で、自分たちは恋に落ちたのだ。
「……アル……ッ……」
キスを重ねて、笑いあえる。ただ、それだけのことがこんなにも幸せだったと思えるのは、
「……ん…っ……」
唇が離れて、膝を押し開く手。
ただ一人、自分以外でこの身体を自由にすることのできる男。
「アあっ!!」
入り口を抉じ開けるようにしてはいってくるそれに、びくんと大きく肩が震えた。
肌に掛かる男の息だけで、身体は熱くなってしまう。
抉るように突き動かされて、翻弄される意識と理性。
「ひ……ア!!…んぁ……ッ…!!」
尖りきった乳首をかりり…と噛まれて、息が上がる。
「……ヨキ……」
汗ばんだ肌が重なり合って、皮膚をも融かして一つになりたいともがく心。
誰かを受け入れられるのならば、この身体が偽物であっても構わない。
ぐちゅぐちゅと絡まって混ざり合う体液が生み出す音。
腰を抱えるように引き寄せて、より深くまで繋がりたいと結合を深める。
じんじんと爪の先まで甘く痺れて、この皮膚の隔たりがもどかしい。
「ヨキっ!?」
男の胸に走る傷を、女の舌先がなぞりあげる。
その傷を消したい、癒したい……と。
乱れた黒髪が、精悍に焼けた肌に触れて一層淫靡に艶めく。
「ァん!!」
擦り合わせるように、腰を打ちつければ絡んでくる肉襞。
粘膜と粘液がくれる快楽と、君のキスがくれる至福の二つが神経を犯してくれる。
「あ!!あああっっ!!」
びくびくと身体が大きく震えて、とろりと落ちる視線。
その小さな頭を掻き抱いて、まだ治まりそうにもないと唇を吸った。
「悪ぃ……まだ、足んね……」
小さく頷きと、腰に絡みつく白い脚。
もてあます身体を、何度も何度も絡めて重ねた。




「シーオ、泣き止んでくれ……俺が泣きてぇよ……」
明け方近くに泣きだした息子の機嫌は、一向によくなる気配も無い。
「シオ、機嫌を直しておくれ」
それでもぐずる赤子に、二人は顔を見合わせた。
「俺もお前もおっぱい出ねぇもんな」
「真似事くらいしかできないけれども」
授乳するように抱えなおして、乳房の先端を銜えさせる。
そこから母乳が出ることは無いが、先ほどまでの大泣きは消えてなくなった。
「シオ、痛いよ。でも、もうじき歯が生えて来る兆しだね……歯茎が硬くなってる」
「へー……そんなのもわかんだ……すげぇな……」
「もうすぐ、小さな白い歯に逢えるねぇ……」
血も肉も、関わる事など無くても、彼女はこの瞬間は列記とした彼の母親なのだ。
その胸で癒し、成長を喜ぶ。
「やっぱ、シオのかーちゃんはお前だわ」
「ふふふ……おっきくなったらどう説明してくれるのか楽しみにしておくよ」
砂漠に降る星が、願いを叶えてくれるなら。
この時間を永遠というものにして欲しかった。





「今年は砂大根も豊作なんだってさ」
両手一杯に抱えて、男は診療台の上にそれを広げた。
「アル、できれば台所の方に持って行っておくれ」
「今夜はこれで何か美味いもんつくって♪」
防人は護神像を従えて。昼夜を問わずに七の村を護ってくれる。
村人も、彼に対して何かを問うような事はしなかった。
「防人さん、あとでうちの畑にもおいで」
「うちにも寄ってくれや。いい酒ができたんだ」
「お、行く行く♪ヨキさーん、パパ、ちょっとお出かけしてくる♪」
後姿を見送って。揺り籠の子供に目を向けた。
「先生、いっそあの防人さんと一緒になったらどうだい?悪い男じゃないよ」
「そうだねぃ……まぁ、もう少しシオが大きくなったら考えるだろうけど」
「おやおや、防人さんよりもずっと先生の方が、この子の親みたいだ」
その言葉に、女は小さく微笑む。
二千年前に願った事はただ一つ。
「にぎやかでいいね、防人がくると」
「アルは特別うるさいからね」
「あらあら、旦那が聞いたら泣きそうだね」




「ヨキ、こっち来いよ」
この手を引いて、前を進む姿。
「そんなに早く、歩けないけどね」
「うは、悪ぃ」
君がくれたこの気持ちと、時間の過ごし方。
恋をしようよと、誰かが囁いた。




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19:54 2005/06/28    

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