◆LOVER SOUL――喘ぐ身体、揺れる心――◆




大地の護神像は絶えず笑みを浮かべる。
それが慈愛なのか哀れみなのかは防人以外にはわからない。
「こっからだと、蜘蛛の糸もそんなに遠くもねぇな」
ばりばりと果実を齧って、地図を日に翳す。
「ヨキ?」
不穏な思いは、夜毎彼女を支配する。
自分がいったい何なのか、何のためにここに居るのか。
そして、どうしてこの男と離れられないのか、と。
「飯でも食ってから、出発するか♪」
「アル」
「ん?腹減ったろ?食ってから考えようぜ。人間、空腹だとろくなこと考えねぇんだよ」
女の指に自分のそれを絡めて、いつもと同じようにアルは進む。
「ここからだと、ゆっくり行っても七日。武器も護神像もあるしさ」
「蜘蛛の糸には……私、一人で行くよ。アル」
「馬鹿言うなよ。途中で機械にやられて終わりだ。俺も行くよ」
鉄パイプ片手にアルは鼻歌交じり。
機械の賢者に出会ってから、彼の行動が次第に読めなくなってきていた。
幼いころから、ずっと一緒に居たはずなのに。
こうして、指を絡めていても、彼が酷く遠い。
「寒くないか?ヨキ」
「大丈夫だよ。けど…………」
「?」
最後の言葉は、そのまま飲み込んだ。
この想いと一緒に。





足に絡む砂が、やけに重い。
一歩ずつ足を進めて、ヨキの手を引いていく。
「あっちぃ……日陰とか全然ねぇのな、この辺」
額の汗を拭って、空を仰ぎ見る。
それでも、その手を離すことだけは無い。
「ちょっと休憩♪ヨキ。おいで♪」
頬を撫でる生暖かい風。匂いの無い砂の世界。
「アル」
「ん?」
「ここで……別れよう。ここからは私一人で行く」
何かが呟く。ここからは一人で行かなければならない、と。
無言で男は首を振る。
共に行こう、と。この手をずっと繋いでどこまでも。
「ヨキ、何か怖い事でもあるのか?」
「分からない……けど、これ以上お前を巻き込むわけにはいかないよ。アル」
「どうしても、俺と離れたかったら…………俺の腕を切り落とせよ」
この指から伝わってくる、彼の感情。
「言ったろ?俺、お前のためなら死ねるって」
覚悟を抱いて、前に進むと言うのならば。
この不安定な気持ちは不必要だ。
「アル。私の話を聞いてくれるかい?」
砂のざわめきを殺して、女は唇を開く。
「ぼんやりとだけれども、思い出してきたんだ」
「何を?」
「私のことを。私がなぜ、ここに居るのか。そして、お前と共に居るのか」
あの日以来、脳髄の片隅でずっと何かが囁き続ける。
男が機械を撃破するたびに沸き起こる痛みと不快感。
血管の内側から針で打つような感覚と吐き気。
「私は参賢者の一人、ヨキ」
「………………違ぇよ。お前は俺とガキのころから一緒に居たろ?」
「最初の黒き血の反乱者、ヨキだ」
その言葉に全身がざわつく。
まるで、その言葉を知っていたかのように。
「アル、真実を…………知りたいかい?」
「ここまで来て、何も知らなかったら馬鹿だろ」
「……行こう。蜘蛛の糸へ。全部、お前に伝えたいから」





月光の下、彼女は静かに手を伸ばす。
その指先に触れるのは、恋人の肌。
「もっと、こっち来いよ。寒いだろ?」
砂漠の夜は、全ての熱を奪っていく。唯一つ、恋人たちの熱を除いて。
「寒くないよ。平気」
ずっと、一緒に過ごしてきた。
幼いころから、喧嘩をしてはまた寄り添って。
笑って、泣いて、疑って、それでも恋をした。
そして、今こうしていることとこの気持ちに嘘は一つも無い。
「私たちは人形だ。私も、お前も、逆らうことの出来ないものに動かされている」
「俺は、俺の意思でここに居る。お前のことを愛してんのも、俺の意思だ」
この身体に流れる忌まわしき黒い血。
「私たちの祖先は、赤き血の神に作られた。そして、意思を持った」
「ああ…………」
ヨキの身体をベッドに押しやって、その額に唇を当てる。
ちゅ…と離れてはもう一度。
「私の身体はプロトタイプだった。時間と共に劣化して壊死していく……」
首筋に甘く噛みついて、自分の証を残していく。
口唇で、指で、肌で感じることの出来るこの温かさ。
「その場凌ぎは出来た。けれども……内部回路の破損はどうにもならなかった……」
柔らかな乳房に手を掛けて、ぐ…と押し上げる。
「…っは……ん……」
「続けて」
濡れた唇が震える乳首に吸い付いて、口中で嬲っていく。
「だから…ッ……!」
指先で摘み上げて、ぺろ…と舌先が掠めた。
焦らすようにちろちろとそれが動いて、左右を犯す。
「だから?」
唾液で濡れそぼった乳房を、やんわりと揉みながら今度は唇を塞ぐ。
舌先が歯列を割って入り込み、絡みつく。
くちゅくちゅと絡まり合って、呼吸すら間々ならない。
上がり始める体温と、拍動。
「ふ…ァ!!」
腰を抱いていた左手が、腿の内側に触れた。
さわさわと撫で擦って、ひくひくと震える媚肉に沈ませていく。
「……この身体は……ッ…!!……」
初めて触れ合ったあの日から、ずっと一緒に居られると信じていた。
過ごした日々は、嘘ではない。
「……ヨキ……」
荒い息を唇で塞いで、濡れきった指を奥へと進ませる。
一本。二本。指を増やして、掻き回すようにその内側を抉った。
「この身体は、俺の一番愛してる女の身体だろ?」
頭を押さえつけて、執拗に降る接吻。
その先の言葉なんて、欲しくない。
「お前が何だって、何をしたって、俺のヨキにはかわらねぇよ」
曇りの無い瞳に見つめられて、胸が苦しくなる。
この身体が、例え無機物で出来ているとしても。
「私は……んぅ!!」
舌先が下がって、内腿に吸いつく。
ひくつくクリトリスに唇が触れて、ぢゅぷ…と舐め嬲って。
零れ落ちる愛液をすすり上げる音と、襞を舐め上げる舌の熱さ。
「あ!!あ……ぅん!!や……っは…ァ……ッ…」
触れられて、熱くなる。
抱かれれば切なく思う。
それでも。
「ア……アル…ッ!!っあ!!」
ちゅ、ちゅく…啄ばむように唇が焦らすように掠めていく。
じんじんとした痺れと、もどかしさ。
この身体は、確かに全ての感覚を持っているのに。
「……ヨキ……」
この手が、声が、唇が、全てが愛しいと思えるこの感情(きもち)と。
「……私は……ッ……」
縋るように伸びてくる細い腕。
震える手で、男の背中を抱いた。
「俺はお前を愛してる。お前がこれから何を言っても、それは変わらない」
肩口に顔を埋めて、小さく小さく彼女は言った。
「……私の身体は、これで五体めだよ。お前が抱いてる身体は作り物だ」
「なんだ……そんなこと気にしてたのか?んなこた、どーでもいいんだよ……ヨキ……」
「……アル……っ……」
愛しくてたまらないと、男は女の頬に自分のそれをすり寄せた。
「俺が抱いてんの、身体じゃねぇもん。ヨキだからさ」
零れる涙を止める方法が見当たらない。
この身体を愛しいと抱いてくれる、君が愛しい。
「俺らは人形じゃない。だってよ、キスしたいって思うだろ?」
この手を伸ばそう。どこまでも、どこまでも。
この痛みを、受け止めてくれる恋人がいるのだから。
「あ!!」
入り込んでくる感触と、押し広げられて得る圧迫感。
浮いた腰を抱かれて、奥まで貫かれる。
「ア…ぅ!!あ!!……っは……」
「愛してる……ヨキ……」
打ちつけるたびに生まれる濡れた音。
胸板と重なった乳房がぶにゅり、と悲鳴を上げた。
内側で感じる熱さと、眩暈。
「あ!!あ……!!……ふ…」
ぎゅっと腰を抱かれるたびに、結合が深くなる。
ぐちゅぐちゅと混ざり合った体液は、どちらのものとも区別はつかなくて。
ただ、溶け合いたくて皮膚さえも邪魔に思えた。
「ぅ…ア!!あ……っん!!」
乳首を甘噛されて、びくんと身体が跳ねる。
きゅん…と指先がそこを捻って、舌先がちろちろと嬲った。
神経が一点に集中した瞬間に男の攻めは移動する。
この身体を、自分以上に知っている男。
「ヨキ……大丈夫。俺はずっと一緒に居るから……」
耳に触れる唇と、囁く声。
「……アル……っ……」
信じているはずのこの気持ちが、ゆらゆらと揺れる。
「私も……ッ…お前を愛してるよ……」
それでも、この言葉に嘘は無いから。
君が無償の好意を向けてくれるように、この想いを。




薄暗がりの中で、煙草の火だけがぼんやりと灯る。
立ち上る紫煙は、どこか物憂げ。
「護神像ってのは、そんなもんのために作られたのか……」
女の頭を抱いて、男は小さく呟いた。
「私が欲しかったのは、私を守るものだったのかもしれない」
「じゃあ、俺のこの記憶は何なんだ?お前とずっと一緒に居たって記憶は」
「それも、おそらくは私がやったのだろう。けれども……私にもその記憶が無い……」
二本目に火をつけて、それをヨキの唇に。
「赤い血の神は、万能なる者。記憶を作るくらい容易いよ。私達をつくったのだから」
シーツから伸びた素足の美しさ。
勝気な彼女が、酷く朧気に見えた。
今、ここに居るのは不安に苛まされる恋人。
「でも、俺が良かったんだろ?」
「…………………」
「たった一人で、ずっと寂しかったんだろ?ヨキ……」
小さく、こくりと頷く顔。
俯いたままの姿が痛々しい。
「俺のこと、嫌いか?」
「……好きだよ……」
「俺もお前が好きだし、認めるのもはあれだけど、カーフもお前のことが好きだ。
 ガキのころからみんなに好かれてきたじゃねぇか。ここまで来るのに色んな人が
 お前に会って、理解を示した。それも、作り物の記憶か?」
「……アル……」
「俺もお前も、作り物なんかじゃない。こうして出逢って、一緒に居る。もしも、
 この記憶が仕込まれたものでも俺はこのままで構わない。それに……俺には
 護神像もある。戦う力もある。これも予定調和になるのか?もし……俺が管理者(かみ)
 だったら、こーいうのって……」
ヨキの頬に手を当てて、アルは小さく笑った。
「誤算だよな」
「ああ…………」
「敵に塩を送ってどうすんだってな。だったら俺にだって勝機はあるってことだ」
「アル……っ……」
抱きついてくる細い背中。
「任せとけって。俺は案外強いんだぜ」
狙いはただ一人。機械の賢者と名乗った男。
引きずり出して、この手でその全てを止めてやろう。
「どっちにしたって蜘蛛の糸にいけば全部分かるんだろ?」
「ああ。あそこに全部あるはずだから」
「俺達が何なのかもな」
真実を知る事は、必ずしも幸福ではない。
それでも、彼女を守るために自分が作られた存在なのならば。
何も知らないで笑っていられることなど、もうありえない。
「俺は、お前が笑ったり怒ったりするのが好きだよ」
思い切り泣いて、思い切り笑って、全てを取り戻そう。
(こっちにも援軍は居るんだぜ?機械の賢者さんよ……)
したたかに生きるのは女のみに在らず。
全能なる神よりも、命を繋ぐのは一つの果実。
「もしも、私が全てを取り戻して……お前と敵対するものだったらどうする?」
煙草の灯を指先で消して、アルは女の耳元に唇を近づけた。
「たかがそんなことで俺がお前と離れる理由にはなんねーだろ?」
幸福の定義は自分で決める。
誰かの掌で踊るだけの人形のままでなんて居られない。
「まだ、朝は来ないから。ゆっくり寝ろよ」
夜明けは、自分たちの闇の始まり。
それでも明けない夜は無いのだから。
(その首、刎ね飛ばしてやる……機械の賢者キク……)
眠る彼女は彼の意思を知らない。
恋は、時としてその心に闇を作り出す。
そして、それは深ければ深いほどに強い力に成りうることもあるのだ。
(おやすみ、ヨキ……)




汚れた手を繋いでどこまで行くの?
汚れた手を繋いで、どこまでも行こう。
「おかえりなさい」その言葉を聴くために。




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16:30 2005/03/22

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