◆Missing Place―顔が見えるようにこっちを向いて―◆
水と食料、そして愛と男は笑う。
旅立つための下準備は、鼻歌交じりだった。
「ヨキと二人っきりで旅に出れるなんて、幸せだな〜〜〜」
ゴーグルを頭につけて、上着のファスナーを閉める。
手には愛用のガトリング。
砂も機械も何のその。刻む足跡さえも祝福してると、彼は笑う。
「遊びではないのだけども」
「任せなさい。機械くらいこのアル様が……」
抱き寄せようとして、顎を下から打ち上げられる。
そのまま頬に受けた軽い平手に、アルは頬を摩った。
「痛ってぇ……愛はもっと優しいのがデフォだろ?」
「今日中に壱の村に辿り着きたいからな。無駄口は要らないよ」
砂漠の野宿は命がけ。
それだけならばまだしも、隣の男の攻撃をかわしつつの行軍だ。
身体がいくつあっても足りない。
それでも、手を繋いで歩くこの砂漠は。
花はなくとも、彼にとっては文字通り薔薇色の世界。
「まぁ、もうちょっとだとは思うけどな。あの辺てそんなに機械とが居ないって話だしさ」
「お前との野宿はもうこりごりだ」
寒さを防ぐという名目でここまで毎晩抱かれてきた。
それでも、困るのはそれを嫌だと思わない自分で。
しかしながら、それを口にすれば男は舞い上がって戻ってこない勢い。
「寒いときはあっためあうのが基本だろ?ヨキ」
「もっと別の暖め方もあろうが!!」
「中も外も暖まるほうがいいに決まってる」
大きな荷物を片手で持ち、空いた手を繋いで進む道。
果て無い砂漠さえも、甘く変えてしまえるこの恋に身を寄せた。
人々でごった返す街は、猥雑で優しい。
常駐する防人は居ないが、救援信号がないわけではない。
数日前に来た防人によって機械たちは大分片付いたと聞かされた。
「まずは宿だよな。荷物なんとかしねーと」
手を繋いだまま、アルはあちらこちら聞き込んでいく。
元来人懐こいせいか、断られることもそうなかった。
「あっちだって。行こう」
「あ……うん……」
きゅっと少しだけきつく絡めた指が、ほんのりと熱い。
指越しに気持ちが読まれてしまうのなら、きっと大変なことになるとヨキは笑う。
小さな、小さな、声で。
荷物を置いて目指したのは、古本屋。
独楽鼠のように目を移すヨキを見ながら、アルはふとその一角に目を留めた。
埃の付いた背表紙を指で拭って、目を凝らす。
(へぇ……本屋って面白いな……)
ぱらぱらと頁を捲って、湧き上がる笑みを必死に殺して。
あれこれと悩むヨキの小脇をすり抜けて、早めの精算を決める。
(先人の知恵だよなぁ……こーいう本は。うん。いい物見っけた)
にんまりと笑って、今度は女の隣に。
「ヨ……」
「あ、すまない」
「いや、こちらこそ」
触れた指先に、鋭い視線を感じたのか男は指を退いた。
「お譲りしましょう。俺はこっちで構わない」
「すまない。ありがたくこちらを」
「貴女のような人になら、いくらでも」
そっと伸びてくる手を止めたのは違う男のそれ。
「はい、そっこまで。これは俺のモンです」
ヨキを後ろに回して。
重なったのは男二人の激しい視線。
「勝手に触るな。ちなみに、許可はださねぇぞ」
「彼女が嫌がっているなら話は別だろう?」
掴み合いは、いつ何時に喧嘩に進むか分からない勢いだ。
「アル、見境なく喧嘩は……」
「俺はな、こいつがどの体位が好きでどこが一番いいかだって知ってんだよ!!」
「そんなものは俺だって今から知ることはできるっっ!!」
「……………………」
湧き上がってくるこの感情を定義するならば。
恐らく―――――怒り。
「……いい加減しろ!!馬鹿二匹がっっ!!!!!」
男二人の後頭部を抑え、そのまま勢いをつけてかち割るようにぶつけた。
がつん!!と鈍くも激しい音と共に、崩れる男二人。
「死ね!!ボケがっっ!!」
目当てのものはしっかりと抱いた女が一人。
かつん、と靴音をなしながら扉を閉めた。
「にーちゃんがた、若いっていいねぇ。べっぴんさんは怒るかも知れんが、わしは
いいと思うがなぁ」
「だろー?俺の愛って……いまいち伝わってねぇのかなぁ……」
痛む額を押さえて、よろよろと扉に手を掛ける。
恋は痛みを伴うからこそ、愛しさを生み出してくれるのだから。
憂鬱なのは、運命の悪戯が悪戯レベルではなかったことで。
「なんでお前がここに居るんだよ」
「俺が先にここに宿を取った」
こめかみに指を当てて、ヨキは二度ばかり頭を振る。
零れるため息の深さは、数値に起こせばとんでもないことになりそうだ。
「そういえば、まだ名前を……」
「俺か?俺はカーフだ」
「そうか。私はヨキ。よろしく」
「勝手に触るな!!この寝癖ヤローが!!」
差し出された手を叩き落として、アルはカーフの襟首を掴む。
「誰が寝癖だ!!」
「それとも癖毛か?根性と同じくらい曲がってんな、髪の毛も」
「スーパー寝癖男が何を抜かす!!」
「これはセットです。俺のアソコ並に固いんです……っで!!」
後頭部に入った握り拳。
「ヨキ、愛はもっと優しいのがいいんだけどな、俺」
「馬鹿も休み休みにしろ。他の客人に迷惑をかけるような男は好きではないよ」
少しだけ、哀しそうな瞳。
「すまない。こいつの言うことは気にしないでくれ。騒がせてしまった」
アルの首根っこを掴んで、そのままずるずると引き摺る姿。
カーフに向かって悪態をつく姿も、どこかかわいらしく思えてしまう気持ちもあるのだ。
「よぉ、こんな所でナンパか?寝癖」
「誰が寝癖だ!!」
「お前。俺が寝癖なわけねーだろ?洗うとこんなにサラサラ♪」
椅子に腰掛けてカーフは買ってきた本を開く。
その頁の間にアルはそれを挟んだ。
「何の冗談だ」
「ヨキからだよ。俺は人の手紙を開ける趣味はねぇからさ」
瓶の蓋を外して、直接に口を付ける。
喉を潤すのは甘い香りのベリー酒。
「んじゃぁな。ヨキには殴られるし。散々な一日だぜ」
ひらひらと手を振って、アルは立ち去ってしまった。
(余程不満でもあるのだろうな。あの男に)
手紙に認められた文字。
(優しい人だ……)
自分の我儘で本を奪ってしまった。都合のよいときに部屋を尋ねてほしい。
そう、文字は男を誘うのだ。
(花でも……あれば喜んでくれるだろうか?)
慣れないながらも誰かのために、何かをすることは心を暖かくしてしまう。
それが張られた蜘蛛の糸だとは知らないままに。
「だから、久々のベッドだろ!ここはじっくりと楽しみたいだろ!!」
「久々のベッドだから、じっくりと『一人』で寝たいんだ!!」
ぷい、とそっぽを向かれて。
「こっち向けよ」
「嫌」
顎を取って、自分のほうを向かせる。
唇を唇で挟んで、ちゅ…と離す。
「やっと、こうやって安心して抱きしめられるってのにな」
ぎゅっと抱かれれば、胸がほんのりと熱くなる。
「ヨキ、俺のこと嫌いか?」
「……嫌いでは……ないよ……」
「よっしゃあ!!!」
勢いをつけて女の身体を組み伏せて、その目を覗き込む。
黒目がちの大きなそれは、闇を写し取ってきらめいて誘う。
「でも、大事にしたい。俺、ヨキのこと愛してんもん♪」
胸元の組みひもを解いて、一枚一枚衣類を落としていく。
つん、と上を向いた張りのある二つの乳房。
両手で掴んでその先端をぺろ…と舌が舐め上げる。
「やーらか……けど、いい感触だし」
左右を交互に舐め嬲って、ちゅぷんと吸い上げる。
「ふぁ…ん!!」
ぐぐ…手繰り寄せられる胸が触れる感触に、びくんと肩が揺れた。
人差し指と親指が、小さめの乳首を挟んで捻る。
「アぁんっっ!!」
ふにゅんと触れる甘く柔らかい感触は、うっとりとさせてくれる媚薬。
「すっげいい匂い……なんか……美味そう……」
まるで、飴でも舐めるように乳房を掴んで舌を這わせる。
たわわに実った果実は、飽きることの無い美味。
谷間を舐め上げて、そのまま唇がぬるぬると下がっていく。
「ここ……ひくついてっけど?」
「馬鹿!!」
「はーい。俺、馬鹿だからさぁ……」
片手でヨキの身体を押さえて、アルは一冊の本を取り出す。
「じゃーん♪四十八手の本見っけたんだ。古より人は愛を具現化するのに……ぐふっ!!」
下から勢いよく顎を殴り上げられて、アルは眉を顰めながらそこを摩った。
「ヨキ、もうちょっと優しい愛が嬉しいな、俺」
「馬鹿も休み休み言え!!」
ぐい、と片足を担いでぬるつく入り口にそれを当てる。
「!!!!」
躊躇の無い挿入に、びくんと肩が竦む。
ぢゅる…飲み込まれていく音に、耳まで染めて女は首を振った。
「ふ…ぁ!!!」
いつもよりも奥まで貫かれて、一際甲高い声が上がる。
シーツに食い込む細い爪。
ふさふさと揺れる乳房が擦れて、新しい疼きを産んでしまう。
(もうそろそろだな……)
仕掛けた罠は時限爆弾。
神経を尖らせて、耳を澄ます。
聞こえてくる何も知らない足音に、男は笑いを噛み殺した。
「確か……ここか?」
書かれた数字を確かめながら、カーフはドアにドアに手を掛ける。
ぺろり、と指を舐めて、くりゅ…と充血した突起を押し上げる。
「ひ…ぅ!!!」
「すっげー……かーわいい…」
睨みつけてくる瞳も、半分蕩けて潤んだ光。
貪るようなキスを繰り返して、ヨキの身体を抱き起こす。
「おいで、ヨキ」
一度引き抜いて、対面座位で繋ぎなおして。
「ふ…ぁ!!あ…アル…っ!!」
腰を振るたびに聞こえてくるくもって湿った音。
荒い息遣いと、甘い声。
「ん…ふぅ…!!!あ、アルッ!!アル…ゥ…」
縋るように背に回される手。
身体を捩る度に、ふにゅふにゅと乳房が胸板に触れる。
「…ヨキ……俺……」
「ああ!!は…ア…っ!!」
下から掬い上げるように乳房を掴んで、ぎゅむ…と、揉み抱く。
「やぁ…ッ!!」
「やー……じゃないクセ……」
さららと流れる黒髪は、それだけで心を乱してしまう。
「あぁんっ!!」
(……かかったな……この寝癖がっ!!)
僅かに開く扉。
(な……っ!?)
絡まった二人に、カーフの動きが止まるのが分かる。
視線を重ねて、アルは目だけで笑った。
(バーカ……あの手紙は俺様が書いたんだよ。誰がお前なんかにヨキの手紙渡すかってんだ)
(はめやがったな……!!)
切なげな女の甘えた声。
(さっさと消えな、寝癖クン)
女の唇を塞いで、小さな頭を掻き抱いて。
見せ付けるように、腰をグラインドさせた。
「は…ぁん!!」
ちらりと目線を向けて、舐めるようなキスを繰り返す。
絡まる舌と伝う銀糸に、閉まる扉の音。
(邪魔なもんは……早めに潰すべし。先人の教えは大事だね)
声を殺した笑い。
ごまかすように、執拗なキスをした。
「あれぇ〜〜?寝癖クン、いっそう寝癖がハードだぞ。俺のこれはセットだけど」
「黙れ!!諸悪の根源がっ!!」
欠伸を噛み殺して、アルはカーフに視線を投げた。
「おかずにでもしたか?ヨキは俺のもんだ。指一本入れさせねぇぞ」
「触れさせねぇの間違いだろうが!!このアホが!!」
「寝癖にいわれたかねーな」
煙草に火をつけて、アルはけらけらと笑う。
「アル?何を……ああ、カーフか。おはよう」
まともに視線を合わせようとしないカーフに、ヨキは小首を傾げる。
「アル、そろそろ出発しよう。蜘蛛の糸はまだまだ先だからね」
「蜘蛛の糸?何故そんなところに?」
「寝癖君には関係ないお話です。つーかさ、ヨキさん。この男、昨日の夜、俺らの
部屋覗いてたんだって。デリカシーの無い奴って嫌だねー」
アルの言葉に、ヨキは耳の先まで一瞬で染め上げた。
「お前がはめたんだろうが!!俺を嘘の手紙で呼びだして!!」
「俺がはめてんのはヨキだけだっつーに。何か?俺の息子の立派さに驚いたか?」
「うるせぇ!!俺だって負けねぇ!!俺のほうが彼女を満足させられるわっっ!!」
「んだと?俺はヨキのイキやすいとこも、ほくろの数も全部知ってんだよ!!」
「んなこたぁ、俺だって今から知ることはできる!!」
ぎゃあぎゃあと言い合いをする男二人の首根っこを掴んで。
ヨキは、力一杯二人の頭を打ち付けた。
「死ね!!!朝っぱらからする会話か!!!馬鹿共がっっ!!」
立ち去る女の足音。
「カーフ、お前……ぜってー殺す。マジ殺す」
「そっくり返してやるよ。お前だけは生かしておかねぇ」
前途多難は、神様からの素敵な素敵な贈り物。
旅は道連れ、恋は難関だらけ―――――。
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0:13 2004/10/16