◆セラミックの銀の月、プラスティックの金の星◆
「だから凍え死ぬっていってんだろーーーーー!!!!!」
砂丘を滑り降りて、男は走り続ける。
(ともかく、どっか寒さ凌げる所……シオが死んじまう……)
砂漠の真ん中、夜の真ん中。
寒さ冷たさも相まって、恋しいのはあの人の体温。
(お!!灯りめっけ!!!!)
小さな光が示す場所を目掛けて一直線。
(小屋……何でもいい、あったかいとこ見っけたぞ、シオ)
目指す場所は、もうじき。
腕の中でぐっすりと眠る息子に笑いかけて、アルは全力疾走で砂の中を駆け抜けた。
「アラン、だっこー」
伸びた髪を指に掛ければするり…とすり抜けていく。
その柔らかさと、心地よさに青年は目を閉じた。
「抱っこ、ですか?」
「だっこー」
両手を伸ばして、少女は青年に抱きつく。
柔らかい頬が擦り寄せられる感触に、再び静かに目を閉じる。
「マナ、甘えたいんですか?」
「寒いのー。だっこ」
「はい」
少しだけ力を入れれば、同じように抱きしめてくる細い腕。
心音が重なるようにと、ぴったりとくっついて。
笑いあって啄ばむようなキスを繰り返した。
「あったかーい。アランもあったかいほうがいいでしょ?」
「そうですね。砂漠は寒いですから」
「んー……もっと、ぎゅーってして」
梳かれた髪はふわりと甘い線を描く。
人間よりも穏当な護神像は、防人の腕の中でくすくすと笑う。
「……?誰か来ました?」
「あ、ほんとだ」
この二人が防人と護神像だと知る術は、この空間には無い。
青年と少女という若干釣り合いの取れない二人組み程度に見られるのが落ちだろう。
人型のままで少女は青年の後ろで、伸びた髪を指に絡める。
「どうかなさいましたか?」
「砂漠を抜けようと思ったんだけど、詰めが甘かった。子供連れなもんで、寒さだけでも
凌がせてもらえたら」
「かまいませんよ。こちらも、連れが居ますがそれでもよろしかったら」
内側から開かれる扉。
「助かった。チビが死んじまうとこだったよ。サンキュ」
「いえ……ずいぶんと小さい子供さんですね」
子供、という単語に反応して、少女が顔をのぞかせる。
「アールマティ!!」
「マナフ!?ウォフ・マナフ!!!!」
護神像のそばに駆け寄って、少女はくすくすと笑う。
「アールマティ、ご機嫌いかが?」
「マナフも。元気そうで良かった」
護神像を光が包み込み、その姿をゆっくりと変えて行く。
光の中から現れたのは銀髪の少女。
硝子玉のような瞳と、プロテクトスーツに包まれた小さな身体。
「すごーい。何百年ぶり?」
「ね?みんな元気かな。マナフがいるなんて驚いちゃった」
手を取り合って、喜び合う姿は愛らしくて目を細めてしまうばかり。
「私の防人のアル・イドリーシ。こっちはシオ」
長く伸びた銀の髪を揺らして、アールマティは男を指し示す。
「はじめまして、アル。あたしはウォフ・マナフ」
ぺこり、と下げられる頭。
どちらも小柄な外見だが、アールマティのほうが幾分か大人びて見える。
オフホワイトのワンピースにツインテール。
丸く大きな瞳の少女の防人は、穏やかに笑みを浮かべていた。
「アラン・イームズ。あたしの防人よ」
青年の手を取って、少女はにこにこと笑う。
「うははは。ちっさいペアだな」
「アル。笑っちゃダメ。マナフも私もそう違わない」
眼鏡を指で押し上げて、青年は男のほうへゆっくりと近付いた。
「マナフちゃん?ちっちゃくてかわいいねー。んでも、おっぱいもちっちゃそうだねー」
「私の恋人に気安く触らないでもらいましょうか。アル・イドリーシ」
「俺のアールマティよりもちっちゃいよなー。何か犯罪者の気分になんね?アラン」
「気安く呼ぶな!!」
「俺さー、おっぱいは愛って言うか、正義って言うかさー。マティもちっちゃい割には
おっぱい結構あんのよ。そのあたりがなんていうかー」
「胸の有無だけで全てを測るのは、愚鈍の極みですよ」
「俺、ロリコンじゃねーもん」
「誰がロリコンだ!!!!」
言い合う男二人に、小さなため息が二つ。
「マナフ、あっち行こう。ほっといたらいいのよ、あんなの」
子供を抱いて、少女は窓辺に歩き出す。
「可愛いねー。早くおっきくなるといいねー」
頬をそっと突付く、細い指先。
ふにふにと柔らかい感触に、くすくすと笑う声も二つ。
アールマティとウォフ・マナフ。
同じ部位から作られた異なる二つの護神像。
「マティの防人、面白いよね。ね、その服重くない?」
「……だって、アルが……脱がし甲斐があっていいって……」
真っ赤になってうつむく小さな顔。
「マティも大変なのね。アランはそんなこと言わないよー」
さわさわと撫でて来る手に、瞳を閉じる。
仲間に出会う確立など、砂に埋めたダイヤを探すようなもの。
幾重に絡まった糸の中の、たった一本。
「この間、キクに会ったよ」
「まだ稼動してるのね。キク」
子供をあやしながら、少女は窓から空を見上げた。
「あたし、キク嫌いだもん」
「私も得意じゃないわ。でも、私たち、キクに作られたのよ」
「知ってる。でも、キクなんか嫌い」
七つの護神像のうち、六体は賢者によって作られたもの。
たった一つ、『人間』を象徴するスプンタマンユを除いて。
「ねぇ、神様のこと……聞いた?」
「うん。願いを叶えてくれるんでしょう?」
ふわり。亜麻色の髪が揺れる。
「でも、願いの選び方、知ってる?」
他の護神像を取り込んで、最後に残った一体を。
その防人の叶えんとする願いのみが成就されると言うこと。
言わば、同士討ちであり、共食いでもある。
元は一つだったのだから。
「やだよ、そんなの。あたし、マティやアシャのこと大好きだもん!」
「私だって嫌……けど、他のみんなはどう思うんだろう……」
「みんなだって一緒だよ。どうしてそんなこと、しなきゃいけないの?」
「ねー……シオ、シオがおっきくなったら、この世界を変えてくれる?」
誰かの強い願いがある限り、護神像は存在し続ける。
次の世代の命を抱いて、少女は男と共に戦い続けるのだ。
「シーオ。あたしたちが要らない世界を作って……昔見た風景を、もう一度見せて」
「シオ。早く大きくなってね」
まだ、続いている男たちの言い合いに、二人は首を振った。
「あんな大人になっちゃダメよ。シオ」
「そーねー。喧嘩しちゃダメだよ、シオ」
「いや、なんつーか。おっぱいも大事だわ、やっぱ」
「それは好き好きですからね」
「可愛いってのは一番大事よ」
「それは同意できますね」
二人分の足音にも気付かないほど、少女二人は子供を抱いてぐっすりと眠っている。
毛布に包まった姿は、人形が二体あるかのようだ。
「寝ちゃってますかー……風邪引くぞ?」
「この子達が護神像だなんて、誰が気付くでしょうね」
少女を武器にして、この世界を守る七人の防人。
身も心も重ねて、誰かの想いと命を守る。
「なるたけ、大事にしようと思う。アールマティは……献身、敬虔の護神像だしさ」
「私のマナフも善なる意思……疑うことをしませんよ」
過酷なる戦いを強いられても、穏やかに微笑む唇。
張り巡らされた蜘蛛の糸。その意図を彼も彼女もまだ知らない。
「聞きたいのですが……賢者には会いましたか?」
「……ああ、会った」
「機械の賢者キク。いけ好かない男です」
「そっか……俺もそいつは好きじゃねぇよ」
「他にも賢者が?」
アルは一度呼吸を整えて、言葉を紡ぐ。
「黒き血の賢者ヨキ。俺の恋人だ」
アランの願いが、恋人を人間にすることならば。
アルの願いは恋人を呪縛から解き放つこと。
神の奪い合いとは、斯くも悲しきことで。
それに使われる『器』と言われる少女たちの運命も、同じように哀しい色だった。
「お互い、つらい恋ですね」
「そーでもないさ。愛は全てを包み込むから」
月も星も、本当は虚飾なのかもしれない。
それでも、その光が心を癒すようにこの恋がたとえ擬似の感情で合っても。
手放すことなど、できないのだから。
「あなたとは、いずれまた会うことになりそうですね。蜘蛛の糸で」
「ああ。どの道、目的地は同じだしな」
「アランー……?まだ、起きてるの?」
目を擦りながら、ぺたぺたと歩く姿。
「だっこー……」
抱き上げると、首を抱いてそのまま再び夢の中へ。
「ははは。そんなんだったら、確かに可愛いな。マティはどっちかってと、どっかお袋的
かもしんない。シオの面倒も見るし」
「疑うことを知らない子供ですからね。いずれは、淑女になってくれるとは思いますが……」
「ロリータちゃんには、無理じゃねぇの?そのままおっきくなんだろうさ。おっぱいも
そのままな気がするしな」
小さな背中を抱いて、困ったように笑う。
「やっぱりそうでしょうかね。まぁ、それはそれでいいのでしょうけれども」
「何千年も生きて、俺たちを食って、次をまた探して……一番つらいよな……」
防人の最後は、護神像に取り込まれてその力を受け継がせる。
次の防人が、道に困らないように。
「俺たちも、最後はこいつらに飲み込まれるんだ」
「ええ……だから、私は蜘蛛の糸へ行くんです。彼女を人間にするために」
繰り返す悲しみの輪を、断ち切るために。
「そっか……俺は、あの忌まわしい古代遺産をぶっ壊す。機械の賢者キク諸共な」
タバコに火をつけて、壁にもたれる。
どうだ、と勧めるのを青年は首を振って断った。
「マナが嫌がりますから」
「臭いつくもんな。ヨキも嫌がるよ。煙草の味がするキスは嫌いだって」
「私は、どちらかと言えばこっちで」
内ポケットから取り出した小瓶の蓋を空けて、中の液体に口を付ける。
甘い香りとは対照的な、度数の高いアルコール。
「利害は一致してねぇけど、敵対する理由もねぇ」
「ええ」
「俺を潰しに来るのは……多分、カーフだな。護神像クシャスラの防人だ」
二本目に火を点けて、窓越しに星を見上げた。
「因縁抱えまくってからさ。負けねぇけど」
「困難が山積ですが、きっとどうにかなると信じてますので。愛は全てを包み込むのでしょう?」
「御名答。愛こそ全てさ♪」
広がる夜空に、一筋の流れ星。
光の粉を振りまいて、夢の軌跡を描いて……消えた。
そして、長い長い時間が流れて。
二人の運命は大きく変わることとなる。
一人は護神像に取り込まれ、一人は護神像を失った。
それでも、運命はまだその手を離そうとはしない。
蜘蛛の糸で、再び合い見えるために。
BACK
1:19 2005/01/16