◆everyBirthday・everyAnniversary◆
歌声は途切れることなく、耳に届く。
両手をかざして、きらめく爪を見つめては笑う声。
「もうじき新しい年が始まりますね」
「そうだねー」
一年の一番最後の日が、私の生まれた日だ。
そのせいか、伸びない身長にいつも悩まされてきた。
「お誕生日、いいなぁ」
私の前にちょこんと座って、上目で見上げてくるのは丸くて多きな瞳。
「マナの誕生日はいつですか?」
「知らないの。あたしたちはキクたちに作られたからー……」
護神像が作り出されたのはおおよそ二千年前と聞いた。
その正確な日時を割り出すことは、彼女にとってはとても困難なことでしょう。
「アランのお誕生日、早く来ないかな♪」
歌うように言葉を紡ぐこの少女が。
護神像だと誰が思うだろう。私だって時々信じられないほどだ。
彼女の歌はいつも優しい。遥か昔、彼女の防人だった男が教えたその歌。
「何の歌……ですか?」
「あたしの好きな歌。前に、教えてもらったの」
数え切れないほどの願いを抱えて、彼女は生きてきた。
その小さな手は、私を守り進ませる希望の光。
「お誕生日って、何をするの?」
「一般的にはケーキを食べたりしますね。年の数だけ蝋燭を立てて」
「楽しそうだね。いいなぁ」
抱きついてくる体を受け止めて、額に小さなキスを。
貧弱な体と、身長は私の大きなコンプレックスだった。
女性に対する嫌悪感は無いが、積極的に関わろうともしなかった。
防人になるまでは、両手で足りる程度のもの。
「ケーキが食べたいんですか?」
「二千本、ローソク立てられる?」
ふわふわと揺れる二つの房。
甘い香りと、光るピンクの薄い爪。
「アランと一緒に居られれば、いいのー」
「誕生日が欲しい?マナ」
眼鏡に触れる小さな指。
外させて、柔らかい唇が私のそれに重なる。
「アランが居ればいいよ。あたし、自分の生まれた日、知らないもの」
小さな顔に、私の眼鏡は酷く不釣合いで。
度が強いこともあって、ふらふらとよろめく足元。
「くらくらするよぉ……」
目を白黒させて、何度も瞬きを繰り返す。
「君には少し、強いでしょうから。ずっとつけてると頭も痛くなりますよ」
「うん……返す……」
眼鏡を受け取って掛け直すのを、じっと見つめてくる瞳。
そんな風に見つめられることは、今まであまりなかったから少し照れてしまう。
「眼鏡してても、してなくても、アランだねー」
彼女が笑ってくれるから、私はひるむことなく戦える。
きっと、他の護神像ではこうは行かなかっただろう。
私よりも小さな少女が、私を守り、進ませるのだから。
二つに結わえた亜麻色の髪。ふわり、ふわりと空気を揺らす。
「アランと一緒にいるから、毎日楽しーよ」
ふわふわの、あの柔らかい雲よりもずっと、柔らかな彼女。
けれども、同じように私の心もあの雲よりもずっと高くなってしまう。
「まんまるめがねは空色めがね♪」
「何の歌ですか?」
「んーとね、ずっと前に防人だった子に教えてもらったの」
埋められない時間の差は、じりじりと胸を焦がす。
この腕の中に抱いているときだけに得られるこの安定。
「アランの眼鏡にも、きっと見えるよ」
時折、彼女は意味深な言葉を紡ぐ。
丸い瞳で見つめる、遥かな地平線を。
ずっと続くこの砂漠を。
グラスに挿した花は白。
彼女の好きな色の一つだ。
「アラン、みんな楽しそうだね」
一年の終わりのこの日と、新年を迎えるために村はにわかに活気付く。
与えられた部屋で、私たちはのんびりとその時間を感受していた。
「ひとつ、年をとりますね」
「お誕生日?おめでとう、アラン」
うろうろと歩きながら、彼女は小さなため息をついた。
「どうかしたんですか?」
「アランに何もしてあげられないなーって……思ったの」
抱き寄せて、そっと頭を撫でる。
腕の中で、彼女は小さく頭を振った。
「マナが、私の所に来てくれただけで十分です。それが一番嬉しいですよ」
強い願いが、護神像を呼ぶ。
私が願ったのは、これ以上無益な死を見たくないというものだった。
死体の中で、ただ一人呆然とした。
そして、彼女は私の前に現れたのだ。
「ほんとに?」
「自分の誕生日に、好きな人と一緒に居られることが一番幸せなことですよ」
君がここに居てくれるから、毎日が騒々しくて愛しく思える。
泣いて、笑って、時間を重ねて。
過ぎ行く全ての日々が記念日。
「もうじき、年が明けますね」
「うん」
一番最初に。
「目を、閉じて……」
二人で。
「マナ」
幸せなキスをしよう。
「そして、一年の一番最初のこの日が君の誕生日にしましょう、マナ」
そうすれば、このキスの間に二人だけの記念日を二人だけで楽しめるのだから。
「あたしの?」
「そう。今日が君の誕生日ですよ。マナ」
ぎゅっとしがみついて来る小さな身体。
シャツを濡らす暖かな涙。
「……ありがと……っ……すごく、嬉しい……」
一人じゃなく、君がここに居てくれるから、私はどんなことでもできる。
できるならば、愛して、愛されてこの先の日々を抱きしめて生きたい。
「もう一回、キスしてもいい?」
小さな唇が、そっと重なって。
縺れ合いながら、ベッドに。
このまま、朝を一緒に迎えてよう。
「えへ。アラン♪」
眼鏡を取って、悪戯気に笑う顔。
二人で居られれば毎日が記念日。
「毎日が誕生日だったら楽しいね」
「私は、毎日楽しいですよ。君がこうして、ここにいるから」
このさきも、ずっと、ずっと。
君と幸せを分け合えますように。
「あたしも、楽しいよー」
何度も、何度も繰り返すこのキスの意味を。
君とゆっくりと解き明かすことが、きっと幸せなのだから。
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2:21 2005/01/02