◆Monopoly◆
私が最後に聞いたのは彼女の断末魔の悲鳴。
そして、自分がいかに無力であるかを知った。
「はじめまして、アラン・イームズ。あなたが私の防人だね?」
私の目の前にいるのは一人の少女。
「私はウォフ・マナフ」
それは確かに私が引き継いだ護神像の名前だった。しかし、目の前にいる少女がそうだとは
俄に信じがたい。小柄で可愛らしいこの少女があの護神像だなどと……。
「あなたが、ウォフ・マナフ?」
「うん。証拠を見せる?」
少女は私の頬に手を伸ばして、唇を合わせてきた。
絡まってくる小さな舌。
同じように返して、その頭を抱いた。
「!?」
体中に電流が走ったかのような感覚に襲われて。
私の記憶はそこで途切れた。
「アラン。アラーン……大丈夫?アラーン……」
身体を揺さぶられて、自分が気を失っていたことに気が付く。
心配そうに覗き込む少女の顔が、視界に飛び込んできた。
「……ぅ……」
「アラン、平気?痛い?苦しい?」
「いえ……これくらい……少し、気分が悪くなっただけで……」
「本当?」
「ええ。大丈夫ですよ」
しかし、これで私は彼女が私の護神像であることを認めざるを得なくなった。
流れ込んできた記憶は、確かに二千年のものだったからだ。
細切れではあるが、人の世の流れを知り、彼女の見てきた景色を受け入れる。
「ごめんねぇ……みんな信じてくれないんだ……」
しゅんとして、肩を落とす姿。
よくよく見れば、愛らしい。
胸の辺りまで伸びた亜麻色の髪。横から少しだけ分けて二つの房を。
短く切られた前髪に、形の良い額。
丸い瞳は深藍の玉。
ふっくらとした頬と唇には甘い果実が似合いそうだ。
丈の短いスカートから覗く二本の脚は、折れそうな細さ。
「信じますよ。ウォフ・マナフ」
「んーとねぇ……」
少女は首を傾げて、小さく笑う。
「マナでいいよぉ……アラン。みんなそう呼んでくれた」
このときはまだこの先の未来のことなど、想像も付かなかった。
私と彼女に待ち受ける運命など。
それから私と彼女の奇妙な日々は始まった。
彼女は人間と変わりなくよく笑い、よく泣く。
星が綺麗だと笑い、人間同士の争いには眉を顰める。
「アラン。どーして人間同士で喧嘩するのかな」
「それぞれの願いがあって、きっとそれが相容れないものなんでしょう」
「難しいね。みんな仲良くできればいいのに」
ウォフ・マナフの意味するものは『善成る意思』で。
彼女はその名の通り、疑うことをしなかった。
「変だね。同じ人間同士なのに」
「そうだね」
隣に浮かぶ彼女を一撫でして、私たちは前へと進む。
この砂漠にいる機械を一掃して、人間の生活を守ること。
それが防人に課せられるものだった。
そして、そのための道具が護神像。
「ねーえ、昔はもっと樹とか、水とか、海とかあったよ」
「海?」
「こーんなおっきい水溜りみたいな。凄く綺麗でね、大好きだった」
両手を広げて彼女は海を表す。
幾重にも折り重なった水が作り上げるそれは、今では見られなくなったものだ。
「アランもきっと好きになるよ。海には綺麗な魚が居てね……」
道具であるはずの護神像はよく喋る。
次から次にいろんな話題を持ち出して、私に語るのだ。
「マナは、いろんな事を知ってるね」
「んー……」
丸い瞳が、ぱちぱちと瞬く。
「アランのこと、何も知らないよぉ……」
同じように私も彼女のことを何も知らなかった。
そして、それが私たちを引き合わせてしまったのだから。
けれども、私はこの運命を一度たりとも悔いたことも恨んだ事も無い。
生涯の伴侶たるものを、得ることが出来たのだから。
救援信号の狼煙の上がった参の村周辺は凄惨な有様だった。
転がる夥しい死体と、逃げ回る人々。
血と硝煙の匂いが鼻を衝く。
「ウォフ・マナフ!!合体だ!!」
「うん」
少女の腕が私の身体を抱いて、私たちは一つになる。
彼女の息遣いは潜む機械存在を伝え、その指が私のそれに触れて武器となった。
生命を統べるものとして、彼女は機械の心臓を指差す。
「アラン。あれを壊して。そうすればもう、悪いことは出来ないよ」
心臓を砕いて、息を大きく吸い込む。
私たちに勝てるものなど、そうは居ない。
現に彼女の攻撃は、完璧に近い美しさがあった。
「アラン、お疲れ様」
「マナ。君こそ疲れただろう?」
合体を解くまでの僅かな間だけ、彼女は私の腕の中で目を閉じる。
彼女の柔らかい髪を撫でると、くすぐったそうに身を捩る仕草。
少しだけ力を入れて抱きしめるとうっとりと身体を預けてくる。
「もう……離れなきゃ」
「マナ」
「後でね、アラン」
身体から分離させるのが、最近どことなくさびしく思えてしまう。
この腕の中に、抱きしめていたい。
時折みせる寂しげな瞳の翳りを消したいと思うこの気持ち。
「防人様!!ありがとうございます」
「いえ、機械退治は防人の仕事ですから」
傍らの彼女を少しだけ近くに寄せて。
「もうじき日も暮れます。お休みになられてください」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
村人の案内で、割り当てられた部屋へと。
扉が閉まるのを確かめて、彼女は護神像から少女に変わる。
「アラン、凄いお部屋だねぇ」
丸い瞳をより丸くして、彼女は感嘆の声を上げた。
原因は天蓋付きのベッド。
無駄に豪華なそれは、彼女にとっては見慣れないものだったらしい。
それ当然といえば当然だった。
野宿は当たり前。簡素な部屋での寝泊りが私たちにとっては普通だったからだ。
「お花、綺麗ねー」
細い指が、花弁に触れる。
確かめるように小さな鼻を近づけて、甘い香りに目を閉じる様。
それは、仄かに私の胸を温かくした。
「マナ、外に出てみないかい?」
「うん」
護神像に戻ろうとするのを制して、抱き寄せる。
「このままで。君に、色んなものを見せたいんだ」
「でも、防人に護神像がなかったら変だよ?」
「言い訳なんでいくらでも出来るでしょう?」
嬉しげに笑う瞳は、まるで蕩けそうなキャンディーの様で。
もっと、その顔が見たいと心が躍ってしまう。
大地に足を着くことに慣れていないせいか、彼女の足取りは何処かぎこちない。
それを理由にして私たちは手を繋いだ。
「アラン、おっきーね」
「そうでもないですよ。人間の男としては低いほうです」
身長は、私のコンプレックスの一つだった。
チビでメガネと子供のころはからかわれて、どうにかして見返したいと歯軋りをした日々。
その私が今は防人としてこの世界を守る。
なんとも皮肉で可笑しいものだ。
「でも、あたしよりもおっきーよ」
彼女は私の胸の辺りまでしかない。
「丁度良いでしょう?こうして手を繋ぐには」
「うん」
私たちはそうして表通りへと繰り出した。
賑やかな声と、行きかう人の群れに彼女は目を白黒させた。
私の左腕に抱きついて、見上げてくる。
「アラン、怖いよぉ……」
小動物のように彼女はぎゅっとしがみ付く。
「離れなければ、大丈夫。怖くも無いでしょう?」
「うん…………」
「さ、行きましょう。マナ」
小さな彼女が逸れてしまわないように。
しっかりと指を絡ませて、私たちは雑踏に身を投じた。
指先から伝わってくるこの気持ちが『恋』だということに気付くのに時間は掛からなかった。
彼女に触れるだけで、癒されていく何か。
その何かを二人で分け合えるなら、それが恐らく『幸福』というものなのだろう。
朝に昼に夕に真夜中に。
私たちは一時たりとも離れる事は無いのだから。
鎖骨よりも少しだけ下。
そこに刻まれた『護神像02』の呪われた文字。
指先で辿って、思わず眉を顰めてしまう。
「アラン、どーしたの?」
「何でもないよ。ただ……この文字を消したいと思っただけです」
私は極力彼女に人型で居るように望んだ。
もちろん、二人だけのときが殆どだが。
時折、連れ出して外に出ることもある。
少しずつ人間の慣習に慣れさせることも必要だと思ったからだ。
大地に足を着けて歩くこと。
ナイフとフォークを使うこと。
今では大分彼女も慣れて、当たり前のようにその動作が出来る。
「ねぇ、アランの願い事って何?あたしたちは防人の願いを受け取るの」
「私の……願いか……」
世界中を飛び回り、すべての光景を目に焼き付けたい。
それが私の願いだった。
文献でしか知らないことを、この目で確かめる。
これほどすばらしいことはないだろう。
「世界中を見て、知りたい……」
「素敵な願いだね」
「君と一緒にね、マナ」
一つのフレームに、二人で納まることが出来るのならば。
それこそが至上の歓びだろう。
「私の願いは、君を人間にすることだよ」
「あたしを?」
「一緒に年を取って、一緒に老人になろう。マナ」
私がこの先老いても、彼女は寸分変わらぬ姿でそこに佇む。
同じ時間を重ねて、共有したいと願う。
「どんな願いでも、神の血があれば叶うはず」
小さな手に、そっとキスをして。
「ならば、私は君を人間にしたい。二人でこの世界の全てを見たいんだ」
小さな君が、私の傍に居てくれるから。
恐怖など抱かずに、今日まで戦ってこれた。
「あたし、アランみたいにおっきくなれないよ」
「君と私なら、丁度良いでしょう?」
「人間に……なったらどうしようかな……」
祈るように閉じる瞳。
「人間になったら、二人でいろんなところに行こう。君に見せたいものも、
君と一緒に見たいものもたくさんあるんだ。マナ」
細い身体を抱きしめれば、背中に手が回るのが分かった。
舐めるようなキスを何度も繰り返して、温かさを確かめ合う。
この月も無い夜に。
私たちは、一つの覚悟を分け合った。
柔肌に存在を誇示する刻印に接吻して、軽く噛む。
「やぁん……」
甘える声を唇で塞いで、小さな身体に覆い被さる。
まだ少しだけ膨らみの足りない乳房を掴んで、やんわりと揉み抱く。
その頂を舐め嬲って、吸い上げるとびくんと小さな肩が震えた。
「アんっ!!」
舌先が触れるたびに、零れる声。
その声をもっと聞きたくて、夢中で小さな身体を貪った。
「ん!!あっ…!……」
じわり、と濡れた秘裂に指を這わせて先端を忍ばせる。
絡まってくる体液に、思わずこぼれてしまう笑み。
逸る気持ちを抑えて、この身体を愛撫すことに専念した。
「ひ…ア!!あ…ッ……ア…ラン…ッ……」
申し訳程度にしか生えていない茂みに隠された彼女の弱点。
指先で押し上げて、そっと舌で小突くと細い腰が大きく揺れる。
「ふぁ…ン!!」
ぶちゅ…と唇を押し当てて逃げられないようにしっかりと腰を抱いて。
こぼれ落ちてくる蜜を貪って内側に舌を捻じ込む。
細い指を噛んで、声を殺そうとするのを制して、その指を銜えた。
薄い爪、小さな間接。
完成の無い未完の美しさ。
「……マナ……?」
伸びた手が頬に触れる。その温かさは、私の理性を奪っていく。
「……アラン……メガネ無くてもいーよ……」
「悔しいのは……今も君の顔がはっきりと見えないことですよ……」
「だいじょーぶ……あたしがアランを見てるから……」
頬を包んでくるこの小さき手。
指先から伝わってくる温かさは、私の心を抱きしめてくれる。
「いい子だね……力だけ、抜いて……」
額の汗を唇で奪って、膝に手を掛けて脚を開かせて。
彼女の呼吸に合わせて、ゆっくりと私は彼女の内側を埋めて行った。
「…っふ…ア!!」
纏わりつく襞と熱さ。呼吸さえももどかしく思えて、一息に貫く。
「あ!!ア…ッ……や…ぁん……ッ!」
小刻みに震える身体。乱れた髪と吐息。
隙間無く抱き合って、何度も何度もキスを繰り返した。
「……ごめんねぇ……アラン……っ……」
「マナ……?」
「初めてじゃ……無くて……あたしたち、命を貰うときに……」
ぎゅっと閉じた瞳と目尻に溜まる数多の涙。
「キクに抱かれるのよー……そして、護神像になるの……」
「……あまり、気にしないほうですから……大事なのは、今こうして……居ることで……」
私の下で、彼女は声を殺して泣いた。
喜怒哀楽の豊かな彼女が見せたそれは。
私の中に『嫉妬』という感情があることを思い出させた。
見知らぬキクという男に対する嫉妬。
彼女を支配し続けるそれを、どうにかして断ち切りたいと思った。
「それとも、マナは私とこうしているのが嫌いかい?」
「……好き……」
小さく首を横に振る。
「じゃあ、それでいいでしょう?」
平静さを装って、この感情を噛み殺す。この先、誰にも触れさせないと。
彼女をこの腕に抱いていいのは、自分だけ。
ゆっくりと抽入を繰り返すと、しがみつく様に背中に手が回ってくる。
「あー……ッ!!あ!!あ…んッ…!!」
小さな身体を折り曲げて、何度も何度も繰り替えて追い詰めていく。
追い込んでいるのか追われているのか分からない感覚が私たちを支配していた。
「や…っ…!!」
柔らかい乳房をぎゅっと掴んで、先端を噛む。
「きゃん…!!や!!アラ……ン…!!」
02と刻まれたそこを、力任せに噛んで赤く染め上げる。
この忌まわしい文字を消して、何処かへと連れ去りたい。
「…っは……マナ……ッ……」
互いの頭を抱き合って、何もかもを忘れるようなキスを。
「あ…ッ!!ああぁあッッん!!」
この腕の中でその可愛らしい顔が歪んで。
果てていくのが愛しくて、何度も小さな肩を抱きしめた。
私たちはこの幸福の中で。
絡まったまま、眠りに落ちた。
「……マナ……マナ!?」
自分の腕の中に、彼女の姿が無いことに酷く狼狽する。
「アラン?どーしたの?」
窓辺に立って、星でも掴むかのように手を伸ばす。
爪に降る光が、その指先を甘く染めていた。
「見てー。星が砂漠に飲まれていくよ」
ありのままの言葉で、彼女はそれを表す。
「マナ……居なくなったかと思いましたよ」
「星を見てたの。綺麗だよー」
瞬く星よりも、よほど彼女のほうが綺麗だ。
それでも、そう言ってしまえば柔らかい頬を膨らませるのだ。
「寒くはない?」
「平気ー。でも……なんか……中にまだ挿入ってるみたいな気がするよぉ……」
その言葉に思わず噴出す。
「アラン?」
「あはははっ……うん、そうかもしれないね、マナ……」
メガネを直して、そっと抱き上げる。
「メガネ、要るの?」
「無いと、君の顔がちゃんと見えないからね」
「どっちもアランだねぇ……えへへ……」
首に抱きついて来るのを受け止める。
『いけない子だね。ウォフ・マナフ』
私たちの動きを止める男の声。
「キク」
『護神像が防人に溺れてどうするつもりだ?ウォフ・マナフ』
彼女の脈拍が上がっていくのが分かる。
それがこの男が件のキクであることの証明だった。
「お前がウォフ・マナフの防人だな。アラン・イームズ」
「だったらどうした言うのです」
『その護神像は、私たち賢者が造ったもの。所詮はただの器だ』
鼓膜の奥に直接響く声。
同じように、自分の鼓動が早まっていく。
「私の、恋人です」
「キクなんか嫌い!!」
『防人よ。お前も叶えたい願いがあるだろう?それはそのための道具だ』
「道具とは失礼ですね。賢者とは思えない言葉だ」
『願いをかなえるためには他の護神像を取り込まなければ意味を成さない。
もうじきこの世界に赤い血の神が光臨するからな』
伝説でしか存在しない赤い血の神が光臨する?
それは願いの成就を意味すること。
私にとっては願っても無いチャンスだった。
『防人同士で殺しあえ。尤も……その末娘は扱いが手ごわいからな。頭にでも置いておく
がいい。アラン・イームズ』
一瞬でその姿は消えてしまう。
唇を強く噛んで、湧き上がる怒りに似た感情を押さえ込んだ。
私たちの邪魔をするものは、例え賢者であろうとも打ち倒す。
「……ふ…ぇ……ッ…」
「泣かないで。もう、居なくなったから」
「……う……ん…」
よほど怖い目にあったのだろう。
キクの姿が消えても、彼女の涙は止まらなかった。
「赤い血の神さまに、願いを掛けましょう。マナ」
「………………」
「この世界の全てを、二人で見つける。君を人間にして」
「……うん……」
震える身体を抱いて、優しい眠りが来るのを二人で待った。
悲しい記憶を消すことはできなくても。
今からそれ以上の優しい思い出を作ることは可能だから。
二人で同じように老いて、朽ちていけるのならば。
それは、『幸福』というものだろう。
(アランの身体はあったかいんだね……キクは冷たかったよ……)
もそもそと動いて。喉元に触れてくる唇。
「マナ?」
「んーん……」
(人間になれたら、あったかくなれるの?アラン)
「眠れないのですか?」
「寝たく……ないの」
ふにゅり…乳房が胸板に重なって。
そのまま細い腰を抱き寄せた。
「アランはあったかいねー……」
「いずれ、君も同じようになるよ。マナ」
「んー……うん……」
小さな手が不穏な動きをしながらゆっくりと下がっていく。
いや、だから……そんな風に触られれば……。
だから、私も男で、それは彼女もわかってはいるはずで。
「マ、マナ?」
「あ。硬くなったぁ」
「マナ!!」
「あは。おもしろいねー」
指先が上下して、その先を撫でさすって……だから、そういうことをされると!!
「あ、なんかぬるぬるしてきた」
同じように彼女の幼い秘裂に指を潜らせる。
「ゃん!!」
「寝たくないのでしょう?だったら、寝なければいいだけですからね」
「やぁん……」
抱きしめあえるのは、合意の証。
幸せは途切れながらも、続くと信じていた。
それから、どれくらいの時間を過ごしてきただろう。
赤き血の神がこの世界に光臨したというのは確かなことらしい。
七人の防人が、互いの護神像を奪い合い、最後の一人のみが願いを成就させる。
無傷で居られるはずが無い。
「アラン。見て見て」
小さな硝子球に糸を通した髪留め。
それを房に絡ませて、彼女は笑う。
「一つだけ?二つ在ったのでは?」
「アランにあげるよー。あたしは一つでいいの」
「私には飾るほど長さはありませんよ」
「いいのよー。お揃いだから」
砂漠の夜は寒くて温かい。
二人でつくる足跡は、幸せの軌跡。
「あれぇ?アラン、なんかあっち、大変だよ?」
指が指し示すほうには救援信号の狼煙。
「行きましょう、マナ。仕事が待ってます」
「うん」
壱の村周辺の機械を一掃し、呼吸を整える。
傍らの彼女をそっと撫でて、取り囲む村人たちと少しだけ話をした。
「防人さま、ありがとうございます」
「いえ。昔から機械退治は防人の仕事と決まってますから」
ね?と彼女の視線を向ける。
護神像の中で頷く姿。
「一人での旅はお辛くはありませんの?」
「一人ではありませんから。私の恋人ですよ」
彼女を撫でて、視線を老女に向ける。
「護神像とは、防人さまにとって恋人のようなものなのですか?」
「恋人ですよ。私たちは二人でこの世界中を飛び回るんです」
あれこれと問い詰められて、時間は過ぎていく。
壱の村に留まるより、先に進むことを私たちは選んだ。
「この世界の全てを、知りたいんです。叶うのならば。二人で」
「それがお前の願いか」
「……とうとう来たか……」
賢者の予言は成就される。防人同士で殺しあえ、と。
天空の護神像クシャスラ。相手にとって不足は無い。
「ウォフ・マナフ!!合体だ!!」
私の身体を彼女が抱いて、大地を蹴る。
この願いのためならば、何だってやろう。
例えそれが殺し合いでも。
「私にだって叶えたい願いは……ある!!」
武器を取り、護神像の身体を打ち砕く。
確かな手応えと、叫ぶような破裂音が響き渡る。
「よし、いける!!」
「どうかな?俺に勝てるとでも思ったか?」
「分裂!?そんな馬鹿な!!」
無数のクシャスラが私たちを包み込む。
「きゃああああぁぁっっ!!!」
「マナ!!」
耳を裂く様な甲高い悲鳴。
どうにかして守るために、必死に手を伸ばす。
「安心しろ、お前の願いは俺が背負う」
私の願いを背負う?
それこそ愚の骨頂だ。
私の願いは誰も代わることのできないものなのだから。
「うあああァアッッ!!!マ…ナァ…っ!!」
「いやあああ!!!アラン!!アランッッ!!!」
息をつく間もなく、彼女の細い体が切り裂かれていく。
甘い髪も、柔らかい肌も、伸びた手足も。
何もかももが、固体ではなく部分に変わっていく。
(駄目……このままじゃアランまで……っ……)
不意に束縛が解けて、身体から彼女が離れる。
「マナッッ!!」
『バイバイ……アラン……』
大地に叩きつけられる衝撃。
どさり、と彼女が落下すると同時にその上に護神像が覆い被さる。
「やれ、クシャスラ」
最後に聞いた悲鳴の中に、かき消されそうなほど小さな声。
『アラン、大好きだよぉ……』
彼女の欠片が私に振り、彼女が破壊された現実を知る。
ただ、ぼんやりと曇りの無い空を見つめるしかできなかった。
しかし、私には一つの確信がある。
彼女はまだ、生きている、と。
天空の護神像の中、彼女の魂はまだ列記として存在しているのだ。
不思議と、私にはそれが分かった。
「天空の防人……カーフ……」
そのときに私に生まれた感情は、忘れ得ぬだろう。
自分の中にある確かな『殺意』と『復讐』というこの気持ちを。
時期を待てばいい。
あの防人の心臓を抉り出して、私が防人になればいいのだ。
そして、私がその一人になる。
なんとも面白いシナリオではないか。
「……マナ……」
この思いは私の胸の中、じりじりと焦がれて。
掌の中の欠片を強く握り締めた。
最後の一人となり、赤き血を手に入れる。
私の願いは、他人が背負えるようなものではない。
寂しがり屋の彼女のためにも。
早く行かなければ…………。
BACK
0:32 2004/12/07