◆君と二人で歩くために◆





「さぁて、金華に土産でも選びますかねぃ」
頭を掻きながら男は出店を覗く。まだ外に出る事の叶わない小さな小さな姫と彼は称する。
杏の甘い匂いも、林檎の赤さも。できれば二人で見つめたいもの。
無精髭と右目の眼帯。ばさばさに切られた髪が、どこか野性味を醸し出す。
「じーさん、お勧めのもんある?」
「おう?」
「こう……うわぁ、嬉しいっ!!今夜は好きにして!!って言わせるような感じの」
男の注文に老人はかららと笑った。
「御盛んじゃのう、兄ちゃん。そんな大層なもんは無いが石榴なんかどうじゃ?」
その果実の赤さは人の肉の味。
毒にさえならなければいいと男は定義付けた。
「それ、一籠くれ♪」
「まいどあり」
山盛りのざくろを抱えて独角児は鼻歌交じり。機嫌よく煙草を咥えて火を点けようとしたときだった。
「…………なんだ、ありゃ」
道を行くのは見た顔振りの僧侶一行。神将、妖怪を引き連れての大行脚。
しかも僧侶の肩にはねっとりと男が絡むように抱きついている。
「天化、水飴が食べたい」
「そっちのおにーちゃんに買ってもらいな。な、猿?」
けらけらと笑って炳霊公は那咤の頭に手を置く。
「いい彼氏じゃねぇの。那咤ちゃんにお似合いだぜぇ?」
「天化もそう思うか!?儂もな、そう思っていたところじゃ!!」
ぴょこん、と飛び跳ねて少女は悟浄の首根っこに抱きつく。
「素敵な彼女じゃないですか、悟浄」
「八戒とやら、ぬしは正直者よのう」
ご機嫌なのは那咤公主。悟浄以外の男は挙って彼女を女扱いしてくれる。
(うーわ……ゲロ吐きそ……とっとと帰って風呂入ろう……)
見るだけでげんなりとしそうなその面子に、独角児は籠を持ち直す。
(こーいう時は逃げるに限る)
印を結んで脱兎のごとく。
厄介ごとが嫌いなのは人も妖しも境はないのだ。





水木の花を見つめながら、少女は窓辺の光に目を閉じる。
「兄様」
「金華、土産土産♪」
猫にでもするかのように撫で繰り回して頬を寄せる。
ざりざりと無精髭があたるのが痛いと、少女は男の耳元で囁く。
「いやさっきさ、坊主に化け物が絡みついたりその後ろを神将が付いてったりって
 えらいおもしれぇの見ちまってな。こりゃ縁起が悪ぃからとっとと帰るに限らーな
 って思ってな……」
「まぁ、随分と災難でしたね。今しがた兎鳥を捕まえました。これを丸焼きにして食べれば
 きっと元気が出ますわ」
両手に掴んだ兎鳥は、四季を司る精霊の一派。
滋養強壮に効果のある精霊たちは、妖怪にとって珍味の一種。
軽く塩茹でにするもよし、ごま油でからりと揚げてもよし。
「んじゃ、から揚げにでもするか。庭になんか香草とかあるだろうし」
「もう少ししたら私も外に出れますか?」
動けるのは屋敷の中だけの彼女にとって、庭先さえも遠い世界。
短く切られた髪がぴょこん、と跳ねては空を想う。
「あとで誤魔化しゃぁいいだけだ。外行くぞ」
「どこまで行けるのですか?」
泰山府君の祭は、今宵が華。
桜花爛々と盛りを逃すのは心残りとなる。
「どこまで行きてぇんだ?」
「あの忌々しい悟能の喉元を食い千切れる辺りまで」
恨みは骨髄、灰となってもまだ余る。
「至近距離は……ちょっとなぁ……猪悟能って女癖悪ぃし……そんなケダモノのところに
 俺のかーわいい金華を向かわせるのはおもいっきし気が進まねぇ」
金扇子を二枚持ち、ひららと仰ぐ姿。
「焼き豚にでもすんのか?俺は男の肉は好きじゃねぇんだよなぁ……」
「栄養補給くらいにはなりますわ、兄様」
「鵜国に行くのは勧めねぇな。なにやらろくでもねぇことやらかそうって、あいつら」
まだ傷の癒えぬ身体では、できることも限られている。
事実、妹の銀角も重くなった腹を抱えて外出は控えているのだ。
「あの忌々しい豚めーーーーーっっ!!!!」
兎鳥を真っ二つに引き裂いて、金角は怒り心頭。
宥めるにはそれなりの覚悟さえ必要なほどに。
「丸焼きにしてやるーーーーっっ!!!!」
ひららと可憐な上着を翻しての罵詈雑言。これぞ平頂山の悪童二人。
栗金の髪から除く巻き角と赤く光る瞳。
「私も鵜国に行きます!!」
「絶対駄目だっっっ!!!!まずは落ち着け!!!男なんか食ってもうまくねぇ!!」
一度感情が爆発すれば治まらないのが清涼金角。
ゆえに銀角よりも扱い難易度が高いと称されるのだ。




「んじゃ、行きますか」
真夜中に井戸をぐるりと取り囲み、印を結ぶ。
始まる呪文の詠唱で男の髑髏がゆっくりと浮かび上がった。
「うっわ、きんもー」
腕組みをしながらそんなことを呟くのは悟空。
「男復活させても面白味ねぇよな」
二日酔いの普賢菩薩の代わりには悟浄。
「儂は面白ければ何でも良いぞ」
揚巻の黒髪が愛らしいのは那咤公主。しゃらんと腕輪が擦れ合って光が生まれる。
「俺は何でも良いけどさ。暇潰しになればな」
宝剣に手を添えて、天化が欠伸を噛み殺した。
「来た」
三蔵の声に反応するかのように、鵜国王の身体の蘇生が始まる。
肉片が形を成して中年の男の姿に変わるのはお世辞にも美しいものではない。
それでも契約は契約だと女は着実にその身体を作り上げる。
「おお、私の身体が……」
おいおいと泣き出して歓喜する国王を見ながら八戒は一人、首を捻った。
(んー……半分腐ってますね。五行のバランスが取れてないからかな……足りないのは
 水ですね。那咤公主にしっかり吸い取られてさすがの悟浄でも駄目でしたか)
のんびりと分析しながら、うんうんと頷く。
自分の楽しさ優先のこの一行は、一国がどうなろうとさして興味は無いのだ。
信じられるのは自分だけ。
そんな四人が一緒に入れること自体が奇跡に等しいのだから。
「入れ物はできたぞ。報酬は半分で構わん」
「はい?」
「腐ってるからな。こればかりはどうにもできん」
「な、なんですとーーーーーっっ!!!」
一転、泣き出す国王など居ないかのように一行は散らばり始める。
「ま、ちょっとユルイ感じすっけど、説明くらいはできんじゃねーの?」
「そんな!!何とか助けてくださいっっ!!殺生なっっ!!」
「だって、三蔵ちゃん殺生大好きだもん。俺なんか何回死に掛けたか」
身体に入ってしまえば魂は固定される。
国王はいまだ魂魄体のまま三蔵に抱きついて離れない。
「原因はそこの桃色河童だ。やつの金の気が足りん」
「え、俺?」
ばりばりと頭を掻いて僅かばかり困り顔。
「だってー、俺今日になっていきなりの代理だしー」
わざと言葉尻を女にして悟浄はそんなことを嘯く。
どのみち半端な身体はそう長くは持たない。
残り時間はあとわずか。これで鵜国は完全に妖怪を王とする国になる。
しかしながらそれはそれで問題も無いと言ってしまえばそれまでなのだ。
「猪八戒ーーーーーっっ!!!!!その首跳ねてやるーーーっっ!!!」
「だからおちつけ金華ぁぁぁーーーっっっ!!!」
絡まるようにもつれながら現れる一組の男女。
叫び声と同時に震えだす空気に三蔵は全員を配置に付けた。
千載一遇、チャンスは一度。
金の気を持つ最高の適任者の登場を見逃す手は無い。
「八戒、餌は頼んだぞ!!」
尺錠を振りかざし、詠唱一喝。
轟く雷鳴と生まれる光の中に浮かぶ男の身体。
「いまだ!!中に入れっっ!!」
「は、はいっっ!!!!」
完全復帰を遂げた鵜国王は感極まって女僧に抱きつく。
ぐい、と引き離されて改めて己の身体を触りだした。
「おおおお……まさしく私の身体……」
「明朝、皆で王宮へと向かう。それまでは宿で大人しくしていろ」
煙管を加えて小さく笑う。
そしてこれが三蔵の名を天界に響かせることとなった。





肩を震わせてまだ怒りが治まらない少女を抱きながら、青年は眼帯を直す。
「今度ちゃんと喧嘩売りにくっからよ、ちょっと待っててくれや」
「俺はいつでも構いませんよ。ましてこんなかわいい人なら」
あの一戦の時よりも、少女は随分と可憐になった。
猪八戒と沙悟浄の女癖の悪さは紅孩児と独角児に匹敵する。
「兄さま!!!!」
「わかったわかった。後で飴買ってやっから」
ふるる。頭を振ってなおも八戒の喉笛を狙おうとするその牙。
「助かったぞ、金角。おかげで鵜国の馬鹿王を復活させることができた」
八戒を押しやって三蔵が金角と視線を重ねる。
「いずれこの豚はくれてやる。煮るも焼くも好きにしてくれ」
「……変わった女……」
「妹君の義父殿に頼まれているからな。立派な方だ」
「父王さまと?」
牛魔王は金角にとっても恩義のある男。
その名前を出されれば引かないわけにも行かない。
何よりも彼女も強さを持つものなのだから。
「貴女とはいずれきちんとした話もできそうだ。私と同じ感じがする」
「そう……同じ目だね……」
赫眼は滅多なことでは生れ落ちることは無い。
呪われたこの色を受け止めることができるものだけが生き残れるのだ。
「兄様」
「んー……ここの国の元締めは妖怪じゃねぇぞ。匂いが違うからな」
独角児の小さな呟き。
「どういうことだ?」
「二日酔いの普賢菩薩に聞きゃあいいさ。それが九龍帝だな。恵岸行者あたりでも
 面白そうだ」
紅孩児よりもこの男は一筋縄ではいかない。
どこにも属さず、ただ一人だけで今の地位を手にした。
牛魔王と義兄弟の契りを結んだのも同じようにして強さを得たからこそ。
選んだ女も自分のプライドを守れる力を持つものだった。
「三蔵」
「何だ?」
「つらくない?一人ぼっちで」
「考えたことも無かったな……毎日うるさすぎて満足に眠れん」
穏やかさを取り戻せば、金角ほど他人の話を解せる者は居ないだろう。
彼女もまた、自分を殺しながら生きてきたのだから。
「私は兄様が助けてくれた。でも……貴女は自分が何なのかわからない」
「ああ。だから行くのさ、天竺に」




重なり合う運命と、魂の行方。
明けない夜は無く、明星は美しい。




               BACK



18:49 2006/01/09

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!