◆ここにいるための事情◆




「面倒なことになったな」
二郎神はばりばりと頭を掻く。厄介な頼み事を引き受けたのもあるが、この場合は別件だ。
「この状態で、そんなことを言った男はお前が初めてだぞ、顕聖」
「俺も、まだ……迷っている……」
裸のままで向き合って、男は腕組みをする。
隆起した筋肉と精悍な身体が目に眩しい。
「私では勃たぬか?」
「そうじゃない!!ただ……貴女は、俺たちの仲間のはずなんだ……」
それなのに、彼女から感じるのは天界の者の気と毛一つ別のもの。
「私にも、私が何なのかはわからん」
男の胸板に手を当てて、下から瞳を覗き込む。
「私は私だ。死ぬまでな。それ以外のなにものでもない」
唇か掠めるように触れて、誘ってくる。
ここまで膳立てされて逃げるのならば、それこそ腑抜けの極みだろう。
「そうだな……三蔵殿……」
小さな頭を抱えるようにして、その唇を吸い合う。
腕に絡みつく白布を解いて、男は眉を顰めた。
「……女の身体に、なんてことを……ッ……」
顕聖の頬に手を当てて、ぐい、と三蔵は自分の方を向けさせた。
「我が恩師光明様の思し召しだ。これがあたったからこそ、低俗な輩には犯されずに
 済んだのだ。師匠のことを悪く言うな」
少しだけ膨れる頬に、男の唇が綻ぶ。
「なんだ、三蔵殿でもそんな顔をするのだな。ほっとしたよ」
いつも、斜に構えて煙管を銜える姿ばかり。
こんな表情など、しないものだとばかり思っていた。
「うわ……!!」
敷布の上に組み敷かれて、今度は男の方から視線を重ねてくる。
額に乾いた唇が触れて、武骨な指が乳房に掛かって。
摘むようにして親指がその先端を捻ると、上ずった声が零れた。
「化粧も無いほうが、あなたは綺麗だ」
「……素顔だと、皆が笑う」
「そんな……素顔の方が……その……ずっと……」
上手に言葉は選べなくとも、指先が彼の気持ちを伝えてくれる。
「顕聖」
細い指先が、胸板に触れた。
繰り返される接吻の甘さが、この夜を優しく彩ってくれる。
「…ん!……」
乳房を噛まれて、肩が竦む。ざらついた掌と、すこしだけ乾いた唇。
この長旅にも関わらず、彼女の身体は真白のまま。
指先が下がって、陰唇をそっと開く。
少しだけ沈ませて、ちゅく…と踊らせる。
(ああ……金蝉はもう、居ないのだな……)
過去を引きずっても、彼女の何かを変える事はできない。
「……っは……」
青年の手を取って、その手首に女の唇が触れる。
濡れた唇はゆっくりと登って、親指にからみついた。
(でも……この癖は……)
同じように艶やかな髪を靡かせた、天界の女。
長槍を手に、近付く魔物は瞬殺した悲運の美丈夫。
(……金蝉……)
あのときも、同じようにこの腕に抱いたから。
再びこうして肌を重ねられることも、何かの運命なのだとしたら。
「……顕聖?」
でも、声も姿も何もかもが違う。彼女の影はあっても、彼女では無い。
「三蔵殿……」
根元まで沈ませた指に、絡みつく襞肉。
栗金に染め上げられた爪が、背中に食い込む。
小さな尻肉を掴んで、身体を開かせる。
伸びてきた腕が、首を抱いて擦り寄せるように腰が絡んだ。
柔らかい肉は、妖怪にとっては甘い果実。
誰かの暖かさは、天界の住人でも溺れてしまうから。
「…は……ぅ……」
突き進めるたびに、上がる声。けれども、その声が甘いものだけでは無い事に彼は気がつかない。
ぎしぎしと痛む腰と、噛んだ唇。
「……三蔵殿……?」
傷だらけの身体と、腕一本に刻まれた刺青。
真っ赤な爪が、背中に食い込む。
人でも、妖怪でも、天界の者でもない曖昧なる存在。
それでも、確固たる者として彼女は生きている。
誰かの暖かさは、自分と相手の生存を確認できる確実なる方法。
この身体を餌にして、いくらでも大魚を釣ろう。
短いこの生を、力いっぱい生き抜いて笑ってやろうと囁く唇。
「少し……痛むくらいだ……気にするな……」
抱きしめあって暖めあうだけよりも、多量荒々しいほうが良い。
生暖かい天界よりも、この殺伐とした人界が愛しいから。




しかしながら、国王の評判は悪くはない。
まるで人が変わったかのように国政は循環良く回り、民草の信頼も厚くなった。
「前が悪過ぎたんじゃねーの?」
「だろうな。何も元に戻す必要もないようにも思えてくる」
のんびりと焼き菓子を口にしながら、悟空は首を捻った。
「他はどうした?」
「八戒はどっか行ってる。悟浄は……オカマに惚れられた」
唐突な言葉に噴出してしまう。酒と女がなによりの生きがいと強訴する男。
その悟浄に取り付いたのはどうやら難しい性を持つものらしい。
「俺の喧嘩仲間でさ那咤っていうんだ。昔男だったんだけど、いつの間にか女になってて
 びっくりしたっていうかさー」
口の端に付いた欠片を指先が摘んで、ぺろりと舐め取る。
「傑作だ。早速からかってやらねば」
「いやもう、爆笑もんよ?あの悟浄が叫びながら逃げてんだもん」
二人で丸半日、ここ鵜国の事を調べ回った。
御人よしの国王は政務に関しては今ひとつはっきりしない男だったらしい。
それが三年前の大干ばつが明けてからは人が変わったかのような男ぶり。
鵜国は押しも押されぬ大発展を遂げたのだ。
「まぁ、実際中身変わってんじゃん」
「そうだな。このまま放置してても……!!」
首筋に感じるぞくりとしたもの。
振り返れば鵜国王が涙目で女にすがりついている。
「法師さま〜〜〜〜〜〜っっ!!なんて事をおっしゃるんですかぁぁぁぁ」
「うら!!俺の三蔵(もん)に抱きつくなバケモノ!!」
「妖怪にバケモノって言われたぁぁあああ!!何たる屈辱っっ!!」
如意棒を煙管で止めて、女は視線を亡霊に移した。
「出すものは、出すんだろうな?旅には色々なものが必要だ」
「まだ他に何か御望みなんですかぁぁぁぁ?」
「一々語尾を伸ばすな!!うっとおしい!!」
国王を煙管でがすん、と打ちつけて乱れた袈裟を手早に直す。
「お前の城に、落魂の宝玉があったろう?まずはそれを寄越せ」
例え相手が一国の王でも、譲る事などしない。
それが、この玄奘三蔵という女なのだ。
「あとは、お前を身体に戻したあとに決める」
冷えた桂花茶で喉を潤して、女は片目を閉じた。
何かしらの悪巧みをするときの合図。
(三蔵、なに考えてんだ?)
素知らぬ振りも上手になった。退屈な日々よりも多少荒波の方が自分にも合っている。
自由と不自由をくれたこの女の策に乗るのはいつだって命がけ。
(任せておけ、お前にとっても悪くないことだぞ?)
熟れた苺の双眼がくすくすと笑うから。
離れるコトを選べなくなる。
(わーった。乗った!!)
(了解した。実行に移す)
澄み切った春の空の下、憂鬱なのは目下の亡霊。
祝い酒だと笑いながら、盃を合わせて二人はそれを飲み干した。




宿の一室で繰り広げられる光景に、女は小さく頭を二度ばかり振った。
「何をやっている、河童」
「さ、三蔵ちゃんっ!!助け……」
男の首に抱きつく、可憐な少女の姿。
上げ巻きの黒髪に、桃のような頬。丸く大きな塗れた瞳。
唇から覗く小さな牙は愛嬌とばかりに少女は悟浄にしがみつく。
「よ、那咤。元気だったか?」
「悟空!!わしの為に斯様な男を準備してくれるとは……持つべき者は友達じゃな!!」
頬をすり寄せるたびに走る寒気に、とうとう湿疹まで出てくる始末。
「は、離れろ〜〜〜〜〜っっ!!!」
「那咤。とーちゃんとにーちゃん達は元気か?」
腰に手を当てて、悟空はそれをにやにやと笑う。
「おお。兄者たちは相変わらずじゃ。木叉の兄者などは家にも帰らぬ。父上もしょっちゅう
 天帝に呼ばれていて御姿もない」
たん、と飛び降りれば脚輪がしゃらんと囁く。
張りのある乳房を隠すのは半透明の薄布。腰に巻かれたそれには蓮の花が。
「それ、明らかにおめーが原因じゃねーか。どーせ毎晩違う男とやってんだろ?」
「折角に女の身体じゃ。遊ばぬと損ではないか。それに元々父上が悪いのだ」
托塔李天王と竜女の間に生まれた那咤は、元々は男児として生を受けるはずだった。
肉の玉子より生まれ出る瞬間、父である李靖はうっかりと呟いてしまったのだ。
玉のような女子が欲しい、と。
慌てて性を変えようとしても、間に合わずに那咤は半陰陽のままこの世に生まれ出た。
五行の荒行によって性を「女」に固定させるまでの険しき日々。
可憐な少女は一枚剥けば、脛に傷ある身体だった。
「西王母のおばちゃんは?」
「変わらずうるさいぞ。ここ数日は女禍の桃をかじりながら洞府に篭ってるがな」
似たような年端の少年と少女。共に齢千を越すもの。
天界の台風の目であり、名を馳せる者でもある。
「天化も、降りてきてるぞ」
「炳霊公も?あいつも暇人かよ」
二人の会話を聞きながら、女は思案を巡らせる。
(悟空も記憶が戻り掛けてるということか……そして、那咤の性は火。顕聖が水。普賢が金……
 天化とやらに仕掛けてみるか)
必要名札は手元に揃いつつある。
死者に生を与えるならば、ある儀式を取らなければならない。
「那咤公主、その炳霊公とやらには逢えないのか?」
公主と呼ばれて、那咤は目を輝かせた。
自分のことを女として扱ってくれる相手など、そうそういない。
「逢えるぞ。わしと一緒に来たからな」
三蔵の傍に駆け寄って、那咤は首から提げた水晶の笛を口にした。
程なくして現れる一人の青年。
「あんだよ、もう帰るってか?俺はまだ酒、飲み尽くしてねぇぞ」
「違う。友達が天化に逢いたいと言うた」
「炳霊公さまって呼べっつってんだろ、おガキさまよぉ」
口の悪さとは相反する美丈夫。筋肉質の身体に羽織った法衣。
腰に携えた莫邪の宝剣は、彼が人間だったころからの愛用品。
仙とはならずに、神将となった殷国武成王の次男。
「炳霊公?天化?」
「ん?なんか可愛いーちゃんと……猿じゃんか!?おま、元気だったか?」
拳を突き合わせて、にかりと笑い合う。
「天化もかわんねーな。酒ばっか飲んでるとデブるぞ」
「他に楽しみなくてよー。このねーちゃん、お前のコレ?」
小指を立てる仕草と、まるで時間が戻ったような空気の色。
「そんなとこ。またみんなで遊べるといいな」
「ジロもなー、もうちっと頭やーらかいと誘ってやんだけども」
げらげらと笑って、あれこれと話しだす。
どうやらこの炳霊公とやらはそうとうに人懐こく酒好きらしい。
「んで、おねーちゃんは俺に何のようなわけ?」
「泰山府君の祭をしたい。那咤公主の火、おぬしの土。顕聖の水、普賢の金。これで
 札が全部揃う」
「ん?木は?」
炳霊公の声に、女は口を開く。
「私だ。これで十分だろう?」
しぶとく首にしがみつく鵜国王を引き剥がして、炳霊公の眼前に突き出す。
「鵜国は酒がうまい。この男はここの国王。身体に戻れば礼ははずむぞ?」
「おーーーーーーーっっ!?おっしゃ、乗った!!」
青ざめた顔で鵜国王は青年を見上げた。
「わ、私は一体何をすればいいのですかぁぁぁぁあ!?」
「黙って待ってろ。明日中にはケリを付ける」




人間、神将、妖怪諸々、入り乱れての大混戦。
鵜国の夜は花宴。
今はそれまでの小休止。




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19:57 2005/08/16

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