◆骸遊戯――幸福の定義――◆




「さて、そろそろ時間だな」
頭上の太陽を一瞥して、四人は相手を待つ。
手にはそれぞれの武器を。後方に構えるのは玄奘三蔵。
「負けやしねぇさ。三蔵」
悪童四人と悪鬼三人。軍配はまだ分からないまま。
「おっと、来みたいだぜ?三蔵ちゃん」
呼吸を整えて、前にでる。
「俺は、紅孩児を」
「僕は、金桂童子を」
「俺、あまりかよ」
「前を見ろ、四対四だ」
煙管を口から離して、女はため息をついた。
その言葉に、男三人は目線を移す。
「何?あれ」
「さぁな。敵さんだってことははっきりしてんだ。だったら……」
じゃらじゃらと喚く鎖を一撫で、悟浄はその切先を男に向ける。
「ブッ倒すだけだろ?三蔵ちゃん」
「そういうことだな」






鋼のぶつかり合う音を耳で確かめながら、女は尺錠を振りかざす。
「面倒ごとは嫌いなんだ。それは貴女だとて同じだと思っているが?」
青龍刀でそれを防いで、銀角は口だけで笑う。
「そうね。そう思うわ。でも、貴女……人間だもの」
頭蓋を守るようにぐるり、と回る角。
それは妖怪だけが知り得る受胎の証。
人間である彼女は気付く所以も無く、僅かに生まれる銀角の隙を突いていく。
光明法師はあらゆる武器の使い方を彼女に残していた。
腹部を守るために僅かに腕が下がる瞬間を見逃すような女ではない。
「古傷でも痛むか?桜華銀角」
「そんなところだ。傷はこれからも増える。けど……私の誇りだ!!」
揺れる金銀二つの髪。汗でさえ宝石のように彼女たちを飾り立てる。
おそらく。
出会いがもっと違う形ならば手を取り合うことができただろう。
同じ視線を持ち、同じ思考を解するものに。
人間と妖怪の境目など、ありはしないのだから。




「あれ、お前の女?可愛い顔してんのに性格悪ぃ?」
降妖杖で喉元を狙い、悟浄はちらりと目線を銀角に。
「性格?最高に悪いぞ。そこがたまんねー」
紅孩児の槍を防いで、悟浄は下から蹴り上げる。
土煙と、金属の掠れる匂い。
それはどこか懐かしいものだった。
鉄、硝煙、血液。
本能に刻み込まれた悦び。
(だから、もう遊ばねぇって決めたんじゃねーか……怪我ばっかすっから)
腕にできた傷を、摩ってくれた指の温かさ。
口の悪さに反比例して、彼女はいつも何処か穏やかだった。
(天竺じゃなくて、俺は三蔵と一緒にいるために……来てんだからよ!!)
「余所見してっと、振られるぜ?大将」
「大口叩けんのもそこまでだな、ガキ」
断ち切るべき因縁ならば。
今此処で、切ってみせよう。
互いの武器が弾かれて、男二人は掴みあう。
どちらとも肉弾戦と接近戦を得意とする種族だ。
「死んでたまっか!!俺は……あいつを守んだよっっ!!」
襟首を掴んで、拳を振り下ろす。
それを腕で受けながら悟浄は返した。
「俺にだって守るもんがあんだよ……だから、譲れねぇ!!」






ごほごほと咳き込む口を押さえて、金角は二つの剣を鮮やかに扱う。
「風邪ですか?不摂生は万病の元になりますよ?」
「黙れ!!」
頬を掠める剣先に触れる指先。
「!?」
びしびしと鈍い音が刃を侵略して、粉に変える。
さららと崩れたそれは一瞬で風に消えていった。
「己の武器の特性はよく知るべきです。それが貴方のような智謀者が相手なら
 なおさらに。僕も慈善事業で三蔵に侍従しているわけではありませんから」
ゆっくりと、その姿がゆがんで瞳の色が血に染まる。
それは、紛れも無い同胞の姿。
「手抜きはしない主義なもんでな。死に行くものに対して悪いだろ?本気であたって
 やらねぇと」
妖術の使い手の男は、金角を追い込むために周到な罠を準備していた。
二刀流の剣士はあくまで二つの剣を使うことに喜びを覚える。
その金角のプライドを打ち砕くには、その剣を微塵も無く消滅させること。
それも、一本だけを。
「ここで終わりだ。静涼金角」
「どうかな……?貴方がそうなれるように僕も……」
印を結び、金角はゆっくりと呪文を詠唱する。
伸びた金色の髪と、いっそう透き通る肌。
「死に逝く命ならば、鮮やかに散って見せるさ」
「……本体は、女か。お前」
「ああ、そうだ。双子はどちらかしか残れないからな!!」
むき出しの牙と、伸びた爪。
肩で息をしながらも金角は執拗に八戒の瞳を狙う。
悲しいほどに澄んだ空の下。
彼女は自分の運命を知っていた。





「金華!!」
悟空を突き飛ばして、独角児は金角の元へと走り寄る。
「痛っってぇぇ!!!待て!!おっさんっっ!!」
如意棒を振り回して悟空も後を追う。
身体的能力だけを取るならば三蔵一行ではこの男がずば抜けている。
その悟空をまくことなど、到底不可能に近かった。
「離れろ!!馬鹿猿がっっ!!」
「俺のこと馬鹿って言っていいのは三蔵だけだって決まってんだよ!!」
それでも気持ちは恋人の傍へと急ぐ。
「悟浄どけ!!そいつは俺の獲物だっっ!!」
「二対二。丁度いいか……」
すぐ傍では他の二組が熾烈な攻防を繰り広げている。
「兄様……」
「下がってろ、金華。俺がやる」
金角を守るように、独角児は二人を見据えた。
「麗しい兄弟愛か?」
幼鍬を振り下ろすと、大地に走る零度の空気。
「夫婦だからな。俺たちは」
「……兄様……」
金角の体が限界に近いのは、傍目にもわかる事実。
誰かを守ることは、自分の自我を満たすための行動なのかもしれない。
それでも。
この気持ちを止めることは、出来ないから。
出来るだけ、離れずにいられるのならば例え五体を切り裂かれても。
それに、後悔などありはしない。




のろのろと体を起こして、男は欠伸を噛み殺す。
ざんばらに伸びた髪を無造作に結び、だらりと腕を投げ出して長いすに凭れる姿。
「羅刹さんやぁ……馬鹿息子はどこいったぁ?」
「喧嘩しに行ったわよ。娘と」
「そりゃ感心だ。男なら喧嘩の一つもできねぇとな」
「三蔵法師ってのとね」
「……そりゃ感心できねぇな。孫を殺す気か、あの馬鹿息子が」
眼鏡を直し、男は身支度を。
「ちょっと出かけてくるわぁ……」
目指すのは彼の地。
牛魔王と字を持つ男は、紅孩児の父親。
義兄弟に独角児を持ち、因縁は腐るほどに。
平頂山の傍荒野、遠めにも分かるその激戦振りに男は頭を振った。
(……これを使えば……三蔵さえ封じれば……)
四対四の戦いは誰が誰とではなく無作為に繰り広げられていた。
幸いにして紅孩児と独角児は自分を守る形で善戦している。
(私にできることは、これが最後)
懐からとりだしたそれの栓を抜き、金角は女のほうを見る。
「玄奘三蔵!!」
「なんだ!!」
返事と同時に三蔵の体は、紅葫蘆へと吸い込まれていった。
「三蔵っっ!?」
一転して今度は紅葫蘆をめぐる争いに。
そして、それを止めたのは男の一声だった。
「そこまでだ、紅。独。下がれ」
「げ、とーちゃん……」
「兄貴……」
穏やかに笑って、男は金角と銀角を抱き起こす。
「金華に銀華。よくやった。お前たちは少し休んでろ。羅刹に部屋の準備はさせてきた。
 銀華、いい子を産んでくれ」
二人の体を光が包み、何処かへと連れ去っていく光景。
「あんた、誰だ……?」
「こいつらの身内だ。弟と息子が迷惑掛けたな。それと嫁も」
紅葫蘆を振れば、酒塗れの三蔵の姿。
少しばかり酔いが回ったのか、頬が赤い。
「小姐、俺と少し話さんか?みたとこお前さんが一番話が通じそうだ」
「名を……」
「字を牛魔王。それで良いか?玄奘三蔵」





並んだ男たちは一様に不機嫌極まりないといった表情。
気にすることも無く、男は話を続けた。
人間と妖怪の不仲の原因。
金角と銀角が今まで平頂山を守ってきたこと。
最初に取り決めを破棄したのは人間。
そして、少女二人の体の現状を。
「ここは退いてもらえねぇか?」
「しかし、現に人間は妖怪に脅かされる生活だ」
「俺たちも人間に脅かされながら生きてる。その部分は相子だろ?」
人間は、同胞にさえ寛容にはなれない。
それは此処までの旅路で嫌というほど見てきた。
「今回だけ、退いてくれや。俺だって孫を抱きてぇんだ」
命は、全てに均等に与えられる。
そして、同様に死も。
命は生まれ、いずれ消え逝く。
「俺たちだって、殺しが好きなわけじゃねぇ」
「………………」
「どれくれぇ前か忘れたけどよ。あんたの前の三蔵と一度飲んだことがあんだ」
「師匠と?」
「ああ。人間にしとくが勿体ねぇくらいの度量の男だった」
頬の十字の傷を摩り、男は懐かしげに目を細めた。
「俺に傷付けたのも、アイツだけよ」
彼も自分を守ってその命を落とした。
双子の妖怪も仲間を守るために。
その関係に何の違いがあろう。
「……分かった。あなたに免じて退こう。だたし……二度目は無い」
「ありがてぇ。おい、馬鹿二匹。頭下げろや」
無理やりに男二人の頭を押さえつけて、伏せさせる。
「こいつらも連れてけぇるやね」
「そうしてくれ」
「あんたとは一度じっくり飲みてぇな。小姐。俺ぁ気の強い女が好みでねぇ」
やれやれと女は頭を振る。
面倒な男に愛される体質は、未だに衰えを知らない。




「お前ら、喧嘩すんのは勝手だが女を巻き込むな」
帰路、男は二人を諭す。
病人と妊婦。戦場に連れて行くべき体ではないのは明白だ。
「兄貴、金華は……」
「お前の薬場に行ってる。早めに行ってやれ。何とかなるかも知れねぇ」
「銀華は?」
「羅刹が見てる。生まれるまで家に置くぞ。お前の所じゃ何時災難が降ってくるか
 わかったもんじゃねぇ」
本当の災難はこれから。
いずれにせよ、再び三蔵一行と合間見えることになるだから。
天竺に行くには彼の本拠地を通らねばならないのだ。
加えてその脇を固めるのは鉄扇公主と玉面公主。
一筋縄でいくはずが無い。
「まずは、調子を整えろ。焦って負けたら話にもならねぇ」
「おうよ」
「ああ。分かったよ、兄貴」
命を受け入れるために、退くこともまだ大事だと。
男は剣呑としながらも説く。
(しかし、光明もすげぇもん囲ったもんだな……惜しい男亡くしたもんだ)
それぞれの意思と、それぞれの命。
在るべき場所へと、返せればきっとそれが幸せなのだろう。





「これを山の頂に埋めてもらえれば、妖怪は悪さをしませんから」
宝珠を長に手渡して、三蔵は天を仰いだ。
「それと、無駄に命を奪うことは止めて下さい」
「妖怪は我らに仇成す物ですぞ」
「彼らにも私たちのように、家族があり、友がいるのです」
手を合わせ、小さな祈り。
凛とした姿は三蔵の名に相応しいものだった。





生まれ来るもの、死に逝くもの。
命はいずれも美しく、悲しい。






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23:09 2004/11/14

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