◆骸遊戯――意思薄弱――◆





「三蔵が部屋に篭ってる」
「お腹痛いんじゃないの?三蔵ちゃんだって女の子なんだからさ」
悟空の問いに悟浄は宝杖を一振りする。
生まれる光の粉はまるで星屑のように煌めいて、さらさらと崩れていく。
「引き篭もりって奴か?」
「ん〜〜〜、何だか心配になってきたな。ちょっと行って来るか」
壁際に宝杖を立て掛けて、三蔵の部屋へと足を向ける。
「無駄だと思いますよ?」
「何で?」
八戒と悟空は顔を見合わせて、互いの左手を悟浄の前に突きつけた。
見れば赤黒く、火傷したかのよう。
「札、貼られてた」
「封魔の鎖で扉のほうもやられてます。窓も駄目で、あとは……」
「面会謝絶ってやつか。まぁ、三蔵ちゃんにも考えがあってのことなんだろうけどな」






寝台に腰掛けて、天井を仰ぐ。
無機質な空間と、立ち込める紫煙。
肺腑に染み込むのは罪の味と、誰かが昔語っていた。
(私は今まで、何の後悔もなくこの道を進んできた。天竺とやらに行けと言われて、その道をこうしてきた)
平頂山の双子妖怪は、今までの妖怪と違い意思をいうものを持っている。
とりわけ危険なのが兄の金角。銀角と違って人間との融和の経験を持つ。
笑顔と言う名の無表情で、彼は村一つを一瞬にして消し去る力を持つのだ。
(あの二人は……少なくとも今までのバケモノとは違う……寧ろ、悟空たちに近い……)
力でねじ伏せる以上に、彼らには何かがあった。
守るべきものは、互いの胸の中に。
(少なくとも、紙切れのために生きている私よりも、ずっと人間であろう)
なれたはずの味も、心なしか苦く思えて彼女は苦笑した。
降り注ぐのは光ではなく、爛れた罪。
傷だらけの手、割れた爪、握り締めた拳、脈打つ心臓。
何が違えて、人間と妖怪を区別するのだろう。
残忍で人肉を喰らい、糧と為すから?
欲望を抑えることも出来ずに殺しあうは人間も同じ。
己の本能に従い、女子供であっても殺すから?
嫌がる娘を押さえつけ、姦を犯すのは余程人間のほうが残酷だろう。
妖怪は同胞には寛容だ。
人間は同胞にも寛容ではない。
金角、銀角はこのあたりの妖怪を守るために自分たちの前に立つのだから。
(私は、何のために戦う?誰のために戦う?)
生まれてしまった疑問は、彼女を苛む。
赤い石榴の瞳は、罪人の色。
所詮は自分もいずれは人間から刃を向けられる立場に居るのだ。
『玄奘三蔵』と言う名が、自分の鎧。
それが無ければ、同じように妖怪として扱われるだけ。
(教えてくれ……私はこれから何を得て、何を失うのだ?何故に私なのだ?どうして、生き永らえた?何故?)
ため息は、ひらり。蝶になり粉と化して消えていく。
後に引けぬこの道、進むも止まるも地獄道。
「三蔵ちゃーん。ここ、開けてくんない?」
「飴とか、果物持ってきた。三蔵の好きなものばっかだぜ?」
「漢方を調合しました。痛むなら無理せずに薬を飲んだ方が良いですよ?」
重なる声。共に歩んできたこの茨だらけの道。
痛みに気付かずに来れたのは、それが痛みだと認識させないだけの力がこの三人にあったからだった。
(どうであろうと、今は私にも仲間が居る。それだけでも良いではないか)
「三ちゃ〜〜〜ん、まだお腹いたいの〜〜?俺があっためてあげっからさ〜〜〜」
「エロ河童はいいからさ、何か食った方が良いって。三蔵〜〜〜」
「漢方って言ったって、苦くないですよ。三蔵仕様に糖衣で甘くしてあるんです。飲めないなら口移しで飲ませます」
扉越し、聞こえるのはわいわいとした声。
邪魔なものは全て蹴り飛ばせと、男三人は武器を持ち女を守護する。
人間よりも、余程人間らしい妖怪三匹。
「三蔵ちゃん、怒ってんの?この前の夜のこと、まだ怒ってる?」
「悟浄!!てめえ三蔵になんかしたのか!?」
「聞き捨て何ねぇな……河童、表に出ろ!!」
「待て!!お前ら本性半分見えてるって!!落ち着け!!」
騒ぎ出す声に、笑ってしまう。
扉に手を掛けて、そっと内側から開く。
「それ以上騒がれたら、迷惑だ。入れ」
半分疲れたような表情。それでも、浮かべた笑みは見たことも無いようなもので。
それ以上、何の言葉をかければいいかも思いつかなかった。






水辺に見える月は、石を投げれば壊れてしまう。
幼い頃に、憧れたあの花と同じ色の光は今も変わらずに降り注ぐ。
「三蔵」
「悟空。どうかしたのか?」
愛用の煙管を握った手を前に出す。
「忘れモン。散歩行くにも、これなきゃ駄目なんだろ?」
受け取って、三蔵は管の部分をそっとなぞる。
刻まれた文字は「天魔降伏」彼女流の嫌味の一つ。
「明日だもんな。銀角は俺がやる。三蔵はいつも通り後ろで笑ってろ」
ただ、それだけの言葉なのに胸が痛む。
震える指先をぎゅっと握って、上着の裾を掴んだ。
「三蔵?」
何も失いたくない。例えそれが人外で、忌まれるものであっても。
自分にとっては掛替えの無いものなのだから。
俯いたままの顔。言いかけては飲み込まれる言葉。
乳白色の月明り、ただ虫の声だけが響き渡る。
「……………ぬな」
「え?」
「………耳塞げ」
「そうしたら、聞こえねぇよ。三蔵」
「良いから、塞げと言ってるだろ」
言われるままに両手で耳を塞ぐ。
薄い唇が紡ぐ、言葉たち。
耳を塞いでも、しっかりと聞こえたその声。
『死ぬな。何があっても、お前だけは』と。
泣きそうな顔は、彼女をずっと幼く見せて。
ほんの少し力を入れれば死んでしまう人間なのだと、認識させた。
人は脆く、儚く、残酷な生き物。
「三蔵………………」
未だ、この腕の力は脆弱で足りないことばかりだけれども。
彼女を抱きしめるだけの、強さはあると思いたかった。
『玄奘三蔵』の名に縛られた、一人の女。
人間が縋ることの出来る菩薩でさえ、彼女にとっては神に成り得ない。
「死なない。絶対に」
「阿保。お前なんか、殺しても死なないだろうが」
優しい声と、見えない表情(かお)でも。
「うん……絶対に、死なないから」
今、彼女がどんな表情なのかは手に取るように分かるのだから。





「兄様、どうかなさいましたか?」
ざりり、と無精髭を撫でながら独角児は頭を捻った。
ここ数日、庭に降る雨を二人で眺めながら穏やかに過ごしてきた。
時折、苦しげに咳き込む事もあったがそれでも二人で紡いだ時間の甘さはかけがいの無い物だった。
この時間が、永遠に続けばと祈っても。
それは、泡沫の夢。
「兄様?」
細腕に、百合を抱く姿。普段ならば愛しいと素直に愛でることも出来ただろう。
百合は、死者への弔いの花。
死臭を消すべき、甘い香り。
「綺麗だけど、お前には似合わねぇ……」
俯き気味の笑顔。花瓶に生けて、降り止まない雨を見る。
独角児の邸宅は、雨の中に佇む。何かを考えるにはもってこいの場所だ。
閉鎖された空間と、穿つ雨音。
「金華」
招きよせて、少しだけ力を入れて抱きしめる。壊れてしまわないように、そっと。
そのまま、床に倒して袷を解く。
「あ、いや……兄様……」
やんわりと押しのけようとする手を取って、指先を舐め上げていく。
小さな胸は、しようと思えば全て口中に含むことが出来て。
「あん!!」
薄い背中を抱きながら、唇全体で小さな乳首を吸うように噛む。
舌先に感じるほんのり固い感触。
両手で寄せて、交互に嬲るように唇を使う。
僅かな痛みと、それ打ち消すような甘い快楽。
ぺろ…と舌先は、子供の身体を滑り落ちる。
「やぁ…んっ……!…」
恥ずかしげに顔を背けて、ぎゅっと目を閉じる姿。
握られた指先。開かせてその掌に接吻をした。
まだ、未完成の身体は男を魅了するには充分に完成されて。
膝を割って、開かせて目を細める。
同じ双子でも、自分を押さえつけて成長してしまった金角は身体がそれに伴っていない。
柔らかな曲線と、丸みを帯びた子供特有の肢体。
「あぁッ!!や、あ!!」
幼い秘裂にちゅっと口付けて、舌先を捩じ込むようにして内部へと侵入させていく。
柔らかな腰を抱いて、引き寄せれば悶えるように揺れて誘う。
じゅる、と吸い上げて唇を使えば「嫌」と小さく振られる頭。
「……っは……ぁ…!…」
掻き抱くように頭を押さえて、舐めるような接吻を重ねる。
僅かに角度がずれる時だけに許される呼吸に、貪りつく。
「……兄様……ぁ!!」
甲高く、細い声。耳にしみこむ甘い喘ぎ。
ぬるつく入口に指先を当てて、そのまま押し上げるようにして内壁をなぞる。
「!!!」
ぐ…と押し上げると、びくんと仰け反る身体。
唇だけで笑って、独角児は向かい合わせに金角を抱き寄せた。
腰を浮かせて、先端をあてがいそのまま腰を下ろさせる。
「あ!!ああっ!!」
「焦んなくていいからよ、もうちっと力抜け、金華」
擦られる感触と、押し上げられる甘さ。己を深々と貫く男の脈打つ熱さと女で居られることの至福感。
「……ひ……ぅ…ん!!…」
ぽろり。こぼれる涙。残された時間は後、数刻。
しがみ付くように背中に回された手。薄い爪が、ちりりと走る。
ぐ…と両手で腰を抱いて奥まで繋げて突き上げていく。
加速するその動きに、声にならない悲鳴が上がった。
「あ!!あァ……っ!!」
痛みも、快楽も自分が生きてこそのもの。
今更ながら生への執着に、金角は自嘲気味に笑った。
もう、戻れない道。
戻せない、時間。
散り行くならば、美しく残酷でありたい。
「……兄…様…ぁ……ッ!」
ただ、一つ君の望むものを与えられないと嘆くことも。
君の傍に居ることが出来ないと涙をこぼすことも。
本当の気持ちを、告げられないということも。
全てを吐き出して、受け入れられた今……後悔は無い。
(兄様……こうして兄様に抱かれていれば、何一つ怖いことなんてないのに……)
加速する腰の動きと、加熱する二つの身体。
(どうしてでしょうね……今は、こうしているのに不安なのです……)
こぼれる涙。
真意は、彼女一人。胸に閉じ込めた。





手を繋いで、体を絡ませたまま目を閉じる。
「三蔵、寒くねぇ?」
解けかけた包帯を気だるく巻き直しながら視線を上げる。
悟空の腕をとって、自分の背に回して三蔵は呟いた。
「そう思うなら、暖めろ」
押し倒して、柔らかい胸に顔を埋める。
「あ〜〜、あったけぇ……」
「お前が温まってどうする」
呆れた口調でも、頭を抱く手は優しい。
「三蔵、俺……強くなるよ。死なないように、強くなる」
「…………………………」
少しだけ顔をあげて、視線を重ねた。
壊れそうな赤い瞳。
「約束する。嫌だって言っても三蔵の傍に居る」
伏せられる睫。
「三蔵?」
「……一度口にしたことは、守れ」
「うん……」
「どんな姿になっても構わない、私を置いて……逝くな」
ただ、不安だと叫ぶ魂。
救う手は、菩薩ではなかった。





決戦前夜、まだ朝は少しだけ遠く。



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2:07 2004/04/05






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