◆骸遊戯――誤算――





「とりあえず聞け。お前等」
煙草がないとこれほどまでに機嫌が悪くなるかと言われる女が口を開く。
「大事なのは連携を組むことだ。だから……そこ!!」
掴み合いをしている普賢と悟空を睨む。
「だって、こいつ俺の頭バカスカ叩くんだぜ」
「手を置くのに丁度良い場所にいるからね」
掴みあう二人の間に入って三蔵はそれぞれを睨みつけた。
柘榴石の瞳に捕らえられればさすがの菩薩も身動きが取れない。
「普賢。悟空に手出ししていいのは私だけだ。覚えておけ」
「三蔵がそう言うなら」
にこにこと笑って普賢は三蔵の手に唇を当てる。
「その首刎ねられたくなかったら俺の三蔵ちゃんから離れな」
「まったくです。人のものに手をつけてはいけないと幼少の頃に習いませんでしたか?」
「邪魔だから、どけ!!普賢っ!!」
三人ばらばらの理由でも、徒党を組む目的は同じ。
「だから、それが連携ってやつで……」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人は自分の話しなどまるで聞いてはいない。
ため息は噛み殺して、先刻仕入れたばかりの長身の刀を光に翳す。
うっとりと輝きながら、刀身はまるで血を求めるかのように笑う。
(そういえば……そろそろだった気も……)
どうやっても身体は女であることを拒みきれない。
自覚した瞬間に血の気が失せていく。
(あ……ヤバ……イ……)
くらくらと回る景色と失速する意識。
木の葉が落ちるように身体はゆっくりと崩れていく。
「三蔵!!??」
遠くで誰かが呼ぶ声。
それが誰なのかを識別する力は、彼女には残ってはいなかった。






「あ、気が付いた。良かった。いきなり倒れるから驚いたぜ」
額に触れる指の冷たさに目を閉じる。
「人間って、大変なんだな。特に……女って」
多少言いにくそうに悟空は口篭る。
「面倒に見えるか?私でも」
「顔、真っ青だったしな。着替えは……悟浄がした。薬はハチの調合だから安心して飲んでいいと思う」
褐色の指が、心配そうに頬に触れた。
「俺、何したらいんだろうって……三蔵が痛がってんのに、何もできねぇ……」
鈍く重い痛みは、下腹部を中心にして全身を支配するかのよう。
寝返り一つ打つだけでも、ずきんと痛みが四肢を走るのだ。
微熱と気だるさ。
呪わしく、恨めしい女の身体。
「ここに、いてくれればそれで良い……」
痛みに弱いわけではないが、甘やかされれば弱くなってしまう。
「なんか、食いたいものとかないか?」
「……苺……と、飴……」
小さな声。普段の悪態は何処に行ったのかというような甘い音色。
子供のようなものを好む女僧は、照れ隠しに毛布の中に顔を埋める。
「他には? 何でも持ってくるよ」
「……黒糖衣の餡蜜……」
「他には?」
「……葛湯……甘い奴……」
消え入りそうな声。それでも、何かをいわれれば嬉しく思ってしまう。
「分かった、今持ってくるから!」
「ちょっと待て!!残り三匹はどうした!?」
思わず悟空の上着の裾を掴む。
「ん?何か、このあたりを管轄してる妖怪が来て、話してる。普賢はどっかにフケた」
「……それは随分と珍しいことを……」
起き上がろうとするのを、悟空はそっと制する。
「寝てろよ。たまには俺らに任せろって」







「だっから、三蔵ちゃんは二日目で唸って起きれねぇの。話は後日ってやつな」
自分たちにあれこれと話す水妖に二人はあんぐりとするしかなかった。
「悟浄、初日の間違いじゃないんですか?どっちにしても起きれないのは間違いないですけれども」
咥え煙草の妖怪二人。大人しくしていられるのは女の前でだけ。
その女が居ないのならば、相手に手加減をする必要は無い。
「それとも、ここで俺らとやるか?平頂山の双子妖怪。負けねぇぜ?俺らは」
その声にぎりぎりと銀角が唇を噛む。
「それ以上俺の妻と義理の弟馬鹿にすんのは止めて貰おうか?」
手には双頭の長槍。結ばれた帯は真紅で飾りには小さな銀の鈴。
何処にいても心は共にあるようにと、祈りを込めた御守りだった。
「紅孩児」
「ほう、焔天大帝の息子か」
指先で煙草を弾いて同じように、宝杖を構える。
「新調したんですか?」
「そ。ようやく俺のカワイコチャンが来た。これで……」
一振りすれば頬を裂く様な冷気がざん!と生まれる。
「本気でやれる。ちょっとは三蔵の前でいいとこ見せねぇと再度封印だ」
妖気は絡み合い、あたりの空気の色さえも変えてしまう。
人ならざるもの、それも悪名高い妖怪ばかりがこの地に揃い踏みしているのだ。
雑魚や土地神は震え上がって顔すら見せない。
「どっちにしろ、肝心の三蔵法師がいないのに野郎とやりあう必要はねぇだろ。銀華」
後ろに下がらせた銀角を制して紅孩児は二人を見る。
「どうせならばお互いに万全の状態でやりたいじゃねぇか。なぁ、捲簾大将」
その言葉に悟浄は眉を顰めた。
捨てたはずの名前。彼にとっては呪いの言葉に等しかった。
「そうだな、聖嬰大王」
互いに飛ばした嫌味は小さなもの。
「俺の相手は決まりだな。八戒、お前は?」
「女の子には女の子で。ならば僕は金圭童子、あなたで」
日時は七日後。
ひらひらと手を振って紅孩児は銀角の肩を抱いて姿を消した。






「紅!!余計なことを!!」
自室に身体を置いて、銀角は紅孩児の胸倉を掴む。
「そう怒るなよ。さっき、かーちゃんから葡萄と林檎貰ってきたんだ。ほら」
籠に入ったのは金の林檎と真っ赤な葡萄。
人の肉よりもずっと甘く喉を潤してくれる果物。
「悪阻、酷いんだろ?顔が真っ青だ」
額に浮いた汗。彼女の腹には小さな命が宿っていた。
気が付いたのは二月ほど前。妙なだるさと不快感にまさか、と考えた。
思い起こせば子供が出来ていてもおかしくはないのだ。
「俺も親父か〜〜〜、やっぱ女がいいなぁ。そんでパパとか呼ばせて……いや、父様も捨てがたいな」
まだ膨らみも見せぬ柔らかい腹を、優しく撫で擦る手。
「銀華娘々、機嫌を直して?」
「子供扱いするな。紅」
ぱしん、と手を払いのけて銀角はそっぽを向いてしまう。
「ごめん。そんなつもりじゃないよ。けれど……」
小さな膝に頭を乗せて、母体となった腹に頬を寄せる。
「嬉しいんだ。早く会いたい」
そっと髪を解いて、指を通す。さらさらと流れる真紅の髪。
「赤くなってる。何をした?」
「まぁ……その……親父に稽古つけてもらった。半端な色から真っ赤になっちまった」
日に焼けた肌。ここ数ヶ月、紅孩児が朝から晩までどこかに出かけていたのは分かっていた。
夕刻になれば帰ってきて、何食わぬ顔で自分を抱く。
「銀華。死ぬまで俺と一緒に居てくれ」
左手を取って、紅孩児は四番目の指に小さな指輪を。
銀の輪の中に小さな紅玉。きららと輝いて、細い指を彩る。
「自分で作ったからあんまり綺麗なモンじゃないけどな」
「紅……」
ぽろり。ぽろり。こぼれる大粒の涙。
この男は自分を縛り付ける甘い鎖。
触れられるたびに弱くなっていくのが分かるから。
「俺、また何かやったか?銀華」
違う。と彼女は首を振る。それでも溢れる涙を抑えることは出来なくて。
子供を宿してから、自分はこんなにも脆くなった。
感じる命の息吹。
これから膨れていく腹を見ながら未来を思うのだ。
けれども。
「紅」
男の胸の中、少女は小さく呟いた。
「……今、言わなければもう、言えないと思うから……」
「銀華?」
「……好き。大好き。ずっと、ずっと……」
子供が生まれることは未来永劫、無いと彼女は考える。
妖怪である以上、同胞を守るのは管轄主の役目だ。
恐らく自分たちは生き残ることは出来ないだろう。
「お前……まさか死ぬ気か?」
「………………」
小さな頭をかき抱いて、紅孩児は唇を噛む。
銀角は一度決めれば自分の意思を曲げることは無い。
死ぬならば相手を道連れにするタイプだ。気性の激しさは母である鉄扇公主に通じるものがある。
「銀華。死なせない、絶対に」
抱きしめて額に唇を落す。
悪鬼と呼ばれても、悪女と揶揄されても、彼にとって彼女以上の女はいないのだから。
「……や……御腹が……」
寝台に倒して、真っ赤な襦袢を剥ぎ取って。
丸く柔らかい乳房二つ。包むように揉んで唇を当てる。
「母親になるには……ちょっと細いな。悪阻が酷いから仕方ないか……」
ぺろり、と舐め上げて軽く噛む。
「あ、やだ……ッ……」
きゅっと摘んでは、左右の乳房の線に沿って唇を這わせる。
掌よりも少し大きめのそれは、いずれ産まれ出る子供のもとなる。
それはそれで悔しい、と彼は笑うのだ。
「今日は随分と……色気のあるもんつけてるよな……」
腿を彩るのは黒のフリルで飾られた吊帯(ガーター)乳白色の肌に吸い付くように存在を誇示する。
赤く染まった爪。幼い顔立ちに相反する魅惑的な身体。
「それは……っ!!」
吊帯はそのままに、下着だけを剥がせていく。
「俺の趣味だもんな。こういうのは……銀華」
舌先は下がって窪んだ臍を舐める。
愛しげになだらかな腹に接吻して噛跡を付けながら指と舌はそろそろと目的の場所を目指す。
「あ!!や、いや……!!」
ぴちゃ…と音を立てて口唇が秘所に触れる。
肉壁に舌を這わせて、こぼれだす愛液を舐め取ってはじゅるりと吸い上げていく。
「……っは…あ!!あ、んんッ!!」
内側で蠢く舌の熱さ。この身体はこの男に開発された。
きっかけは錯覚でも、今こうしているのは自分たちの選んだ結果なのだから。
「銀華……」
指先で入口を押し広げられて、銀角はぎゅっと目を閉じる。
「きゃ……ッ!!!あァン!!」
唇で敏感になった突起を包むように吸われてびくんと大きく腰が揺れた。
逃げられないように強く細腰を抱く腕。
突付くように舌はそれを攻め上げて、その度に切なそうな声がこぼれる。
「…あ!!あァっ!!!や……」
親指で唇を拭って、腿に指をかけて左右に開かせ身体を割り込ませて。
「!!!」
太杭に貫かれる感触に、仰け反る喉元の白さ。
小さな尻を揉み抱いて体勢を変えていく。
向かい合わせ、互いの胸が触れあるように抱きしめあって噛み付くような接吻。
下から打ち付ければその度にきゅんと絡んでくる襞肉とぬるつく体液。
「あ!!や……っ…!!」
対面座位は彼女にとっては好まないものの一つ。男の手で良い様にされてしまうからだ。
「……紅……」
両手で紅孩児の頭を抱いて唇を求める。
「……腹の子供には、ちょっとばかり我慢してもらうしかないよな……」
「……馬鹿……」
耳まで真っ赤に染めて睨んでも、幼さの残る顔。
「ん〜〜〜、やっぱ銀華は可愛い」
ぺろ…と頬を舐められて、竦む肩。
銀髪から覗く小さな角は、子供を宿したものの証。
それを指先でさすって、紅孩児は目を細めた。
「あったかい家庭、作ろーな。良い親父目指すからさ」
「……うん……私もなるべく小言は控えるよ、紅」
括れた腰を抱き寄せて、ずん…と突き上げる。
その度に胎児が嫌がるかのように、奥のほうで何かが弾けるのだ。
「これから、どんどん膨らんでくんだよな……楽しみだ」
下がり始めた子宮はいつもよりも鋭敏になり、彼女を追い込む。
「あ……っは!!!ぅん!!」
ぢゅく、じゅぷ、と絡む音。腰を振る数を数えれば、指は幾つあっても足りない。
「……ひ…ぁ!!やぁ…ん……!!」
突き上げながら濡れた指で熟れた突起をくりゅ…と摘み上げる。
肌に感じる鼓動の速さと女の甘い匂い。
(銀華、片親じゃ切ないだろ?子供は、二人で育てるんだ……)
今こうして縋るように、自分に頼ってくれればどんなに幸福感を得られるだろう。
けれども、平頂山の主としてのプライドがそれを許さないのだ。
気の強さ、強固な意思。それに惹かれてしまったのだから。
(心配すんな……俺が守ってやっから。お前も、子供も)
自由気儘に女を変えるのはもう止めた。それだけの価値がこの少女にはあるのだ。
抱きしめて、一際強く突き上げる。
「あ!!!あああァっっ!!!」
ぽたり。こぼれた涙。
もう泣かなくて良い。男は笑みを浮かべて女を強く抱いた。





「早く出てくるといいのな……女以外はいらねぇけど」
横たわる銀角の腹部に耳を当てる。
「動くか?」
「まだ動くわけ無いだろ。こんな大きさなんだから」
銀角の指が描いた大きさに紅孩児は目を瞬かせた。
「ちっちゃんだな……銀華よりもずっと……」
「そうだな……あと二月もすれば腹も出でてくるだろうけど……そしたら紅の好きな格好は似合わなくなる」
細身の身体に布地を絡ませ、魅惑的な腿を覗かせるのが銀角の定番。
括れた腰には銀の鎖。
龍の胸当てには紅玉を。
「身体のほうが大事だ。あ〜〜〜名前どうすっかな〜〜。字面とか響きとか悩むよなぁ」
ばりばりと頭かく姿に、銀角は声を上げて笑う。
「好きに付ければ良いよ、紅」
「そうもいかねーだろ?こーいうのは二人で決めるもんだ」
残り六日。出来るだけ優しい記憶を作ろうと彼女は胸のうちに決めた。
「そうだな……楽しそう」
「だろ?生まれるのは……丁度桜の季節か……」
銀の瞳と紅紫の瞳。
(自爆はさせねぇ。どんな手をつかってもお前は死なせない)
男と女、思惑は違えて。
刻む秒針を聞きながら、悪戯な未来を二人で語り合った。
狩るものと、狩られるもの。
(銀華……だからそんな無理して笑うな……泣きそうな顔で笑うなよ……)
受け止めた魂は、痛みに震えていたから。
(玄奘三蔵……その首、貰い受ける。腹の子のためにも)
抱き合った暖かさ。
残時間――――――六日。







                 
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