◆骸遊戯―双子妖怪―◆






育てた花は美しい。
水辺に咲くのは小さな水仙。
その花を取って彼は妹に手渡した。
「銀角、もうこんな華が咲く季節だね。僕はこの季節がとても好きだよ」
流れる銀の髪には赤の簪。
二つに纏めた団子髪とゆるりとしたうなじの後れ毛が愛らしい。
「金角……女々しい男だな。花なぞ一年中咲くだろうが」
赤の襦袢をだらりと着込み、銀角はのろのろと身体を起こした。
細い鎖骨が、目に入る。
「さて、と……もうじきお客さんが来るだろ?」
茶器を準備しながら金角は嬉しそうに花を愛でる。
同じ顔で、まったく違う性格のこの二人。
このあたりを管轄する双子妖怪としてその名を響かせている。
兄は金角、妹は銀角。
共に天界の閻魔帳(ブラックリスト)に名を連ねる悪童二人。
「誰が来んだよ?」
冊子を捲りながら銀角は不機嫌そうな笑みを。
「お・れ」
「!!」
ふっと首筋に息を吹きかける男の姿。
「紅!!」
「おひさし〜。銀角。俺に逢えなくて寂しかった?」
後ろから胸元を弄る手。
怒りに肩を震わせて、銀角は紅と呼ぶ男に怒鳴り散らす。
胸まで伸びた髪を頭頂部で一つに結わえた男の名は紅孩児。
牛魔王と鉄扇公主の間に生まれた所謂サラブレッド。
「ふざけるな!!誰がお前なんかと!!」
「つれないなぁ。俺は逢いたくて仕方なかったのに」
耳元を彩る水晶の飾りごと、紅孩児は彼女の耳朶を噛む。
兎にも角にもこの紅孩児、父親の血を色濃く継いだ女好き。
茶会の席で見た銀角に一目惚れした過去を持つ。
「紅。お茶が入ったよ」
「ありがと。そうだ、土産持ってきたんだ。これ、かーちゃんから」
包みのごと紅孩児はそれを金角に渡す。籠の中身は金の林檎。鉄扇公主秘蔵の果実だ。
「公主から?魔王さまはお元気で?」
「とーちゃんは愛人の所に通い詰めててさぁ、かーちゃんの機嫌がマジに悪いのよ。だから……」
「逃げてきたってこと?」
「そ、暫くやっかいになるわ。あ、俺、銀角の部屋で暮らすから何も準備しなくても……」
「勝手に決めるな!!紅!!」
背後で喚く銀角の声は無視を決め込む。
「そう?だと凄く僕も楽だな。掃除する部屋が増えなくて」
「だろ?それに未来の妻なんだから無問題」
けらけらと笑いながら紅孩児は出された茶に口をつける。
「そんなに照れるなよ、銀角」
「お前の頭蓋に脳味噌入ってねーだろっ!!!」
「入ってるよ。一日中お前のこと考えるために」





きっかけは彼の父親が酔狂に開いた茶会の席。
憮然とした表情で蓮花洞の主として席に着く彼女に一方的に恋をした。
俗に言う一目惚れだが、一瞬で心を奪われた。
たおやかな銀の髪を纏め上げて、翡翠の簪を揺らす姿。
同じ顔の兄と二人で平頂山を管轄する双子の妖怪だと聞かれた。
(綺麗な子だ……)
母の鉄扇公主も余程二人を気に入ったのか、傍を離れようとはしない。
気が弱いのか、兄の金角は公主の話に付き合っている。
妹の銀角は見向きもせずにただ黙々と杯を空けるだけ。
(気も強い。ますます好みだ)
牛魔王の血もあってかこの紅孩児、女の好みにはうるさいのだ。
外見もさることながら中身にまで事細かに注文をつけ、両親が進める婚姻話を全部蹴り飛ばした逸話の持ち主。
(決まった。俺の嫁はあいつだ)
つかつかと歩み寄って紅孩児は銀角の隣に座る。
「はじめまして。俺、紅孩児」
「……私は銀角。何か用でも?」
「ちょっと付き合って」
その手を取って円遊の場からそっと連れ出す。
それが二人の始まりだった。






もめながらも結局は押し切られて銀角は紅孩児を部屋に置くことに。
広い邸宅。誂えた部屋も同じように。
天蓋付の寝台に腰掛けて銀角はまだ雫の残る髪に櫛を入れる。
湯煙と甘い香りを従えて、滑る指先と水晶の櫛。
「だから、一緒に入ろうぜって言ったのに」
「勝手にしろ。それに私はお前と一緒になるつもりなんてこれっぽちも無い」
銀色の瞳が睨みつけてくる。
「恐い顔するなよ。折角可愛い顔してるのに」
掴みかかろうとする手を取って、紅孩児はそっと唇を当てた。
紫紺の瞳と、赤紫の髪。
少し日に焼けた肌と均整の取れた肉体。
挙げるならば頬に派手な刀傷。
逃げずに立ち向かったからと、彼は笑うのだ。
「俺、親父と違って浮気はしない。まぁ、俺ン家ってかーちゃんがああだから仕方無いかもしんないけど、
 親父にまったく問題が無いわけじゃないし。俺、お前以外考えてないし」
思い込んだら一直線。
純情一途を武器に、過去の浮名は清算した。
「とーちゃんも、かーちゃんも銀角なら良いって言ってるしさ」
「だからって……」
「俺のことがそんなに嫌いか?銀角」
初めて抱かれた夜のことは今でも忘れることは無い。
後ろ手に縛られ、逃げようとする身体は押さえつけられた。
泣き叫んでも、誰も来てはくれない閉ざされた部屋で抱かれた。
正確に言うならば犯された。
不幸とは重なるもので、銀角にとってはこの紅孩児が最初の男である。
一度汚された身体ならばとその後は悪戯に何人かの相手をする日々が続いた。
代わりに紅孩児には指一本触れさせない。
結果、嫉妬に狂った男に彼女の相手をしたものは全員殺された。
土下座して怒りは解いたものの、銀角のトラウマは未だに消えてはいない。
「俺だってどうしたらいいか分かんなかったんだよ……」
甘えるように膝に頭を乗せてくる。
「悪かったって思ってる」
「それはもういい。私が言いたいのはそういうことじゃない」
そっと頬の傷をなぞる指先。
「いっそ子供でも出来てくれりゃなぁ」
「勘弁してくれ。紅の子供なんて考えるだけでも……」
銀角は頭を振る。
「絶対幸せにするって。浮気もしないし、温かい家庭作りてぇもん」
おそらく、その言葉に偽りは無い。
彼は自分を大事にしてくれ、子供が出来ればその子にも同じように愛情を注ぐだろう。
ただ、彼女が危惧するのは彼のその血。
あの牛魔王と鉄扇公主の間に生まれた男の血は、濃すぎる。
一妖怪でしかない自分の胎でその子が育つ確立は極めて低い。
「銀角」
身体を起こして、抱きしめてくる腕。
天界の武人が相手でも一歩も引くこととなく、彼は剣を振るう。
相当の数の首を刎ね、その肉を時折差し入れてくれもした。
共に天界の菩薩連中には疎まれる間柄だ。
「傷、増えてる」
肩口に出来た真新しい傷。まだ赤く腫れて、熟々としていた。
「あ、うん……」
「何時死ぬか分からない奴となんか一緒になんてなれない」
「死なねぇって。俺、強いから」
静かに倒されて、覆い被さってくる身体を抱きしめる。
乾いた唇。
「……ぅ…ん……」
指先で組みひもを解かれ、ぱさりと夜着が落とされて。
「……紅……」
少し潤んだ銀貨の瞳。
唇に指を当てて、男は悪戯っぽく笑う。
「しっ。喋んなくて良いから」
軽く手首を押さえつけて、その首筋を甘く噛む。
ほんのりと赤い痣は、自分の恋人である証拠に。
「…ぁ……や…ンッ……」
舌先はそのまま下がって、細い鎖骨へ。
ちゅ…と接吻して柔らかい乳房を舐め上げていく。
両手でぎゅっと揉み抱いて、その先の小さな乳首をかりり、と噛んでは吸い上げる。
「あ!っは……ん!…」
乳房の下に隠れる薄い傷。
つつ、となぞる度に上がる甘い吐息。
「痛かったろ?これ……」
その声に銀角は閉じていた瞳を静かに開いた。
紅孩児に抱かれたあの晩、彼女は自分の胸を刃で突いた。
幸いにも発見が早かったために一命は取り留めたのだが。
その傷は百年以上たっても、まだ消えることなく残っている。
彼女に触れるたびに、自責の念に駆られるのだ。
「……大したことはないよ。紅……」
「なんつーかさぁ。あんな錆びた刃がお前に残るものを作って、俺がお前に残せないってのも悔しいんだよな」
短刀にすら、嫉妬するこの心。
「馬鹿なことを……」
「俺にとっちゃ、大事だ」
ぎゅっと抱かれて頬に触れる唇。
重なる心音と体温。甘やかな呼吸。
白く柔らかい腹部に口付けて、そのまま唇を下げていく。
「……あっ……紅…ッ……!」
焦らすように、腿の内側を指が這う。
それを追うように、つ…と唇が触れて。
「!!」
開かせた内側に咲く赤い華。一つ、二つ、順に増えていく。
とろとろとこぼれる半透明の体液を救って、ちゅる、と塗りつける。
「んんッ!!」
甘えるような甲高い嬌声。
それは普段の彼女からは想像することの出来ない表情。
「ああッ!!!」
掠めるように、敏感になった突起を舐められる。
びくつく腰を押さえられて、追い込むようにほんの少しだけ触れてくるのだ。
「あ、んん!!!…っは……!!」
ぎゅっと敷布を握る指。
秘裂にそってさわさわと指先が摩る。
つぷ…と沈めてそのままゆっくりと内側に沈めていく。
「や!!あッ!」
ふるふると揺れる丸い乳房。
「銀華娘々、こっち向いて」
小さな顎を取って、絡むような接吻。
「!!」
唇を噛みあいながら、指先が奥で妖しく蠢く。
上がる声は飲み込まれて、縋るように抱きついてくる腕に男は眼で笑う。
引き抜いて、押さえつけたまま脚を開かせる。
「あああッッ!!!」
じれったいのは互様で、繋がってしまえば離れたくなくなってしまう。
「……っは……紅……ッ…」
潤んだ瞳が見上げてくる。
悪鬼銀娘と呼ばれる彼女の誰も知ることのないであろう表情。
染まった頬、甘えた声、濡れた肢体。
耳朶を噛んで、息を吹き掛ければ小さく震える肩。
「……っふ……ぅ……」
ぬるりと絡みつく女の感触。追い込むのも、追い込まれるのも、極楽と地獄。
括れた腰をぐっと抱き寄せて、より奥まで繋がりたくて隙間無く身体を重ねる。
柔らかい胸が触れるその甘さ。
きつく抱き合って、蕩けるような接吻を。
「銀華……」
瞼に優しく降る唇。
しがみ付いてくる腕。
そろそろと手をずらして、薄い背中と小さな臀部をぎゅっと抱く。
「んんンッ!!!」
揺さぶられるたびに、きゅん、と絡みつく柔肉の感触に眉を寄せる。
(俺、どこまで持つかなァ……なんてね)
加速する動きと、突き上げていく強さ。
敷布の上で乱れる銀髪は上等な綾織の様にさえ見える。
「あ、ああんッ!!」
薄明かりが照らす室内。絡んだ影は二つから一つに。
「…ひ……ぅ!…っは…ん!!…紅…ッ…紅……!」
甘い乳房に噛みけば、一層締め付けが強くなる。
小さな歯型とちりりとした痛みさえ、今だけは甘い痺れに変わり果ててしまう。
(相性だって……良いんだから)
びくびくと震える銀角の身体を抱きしめて、その額に、小鼻に、唇に。
本能のままの接吻を重ねていく。
「っふ…あ!!あああっっ!!紅…っ!!!!」
絡みつく脚。
女が果てるのを見て安心したかのように、男も女の胎へと精を放った。





「起きたか?」
紅孩児の腕の中、銀角はぼんやりと瞳を開ける。
「おっはよ〜。っても、まだ朝は遠いけどな」
にこにこと上機嫌で笑う顔。
「しばらくって、どのくらい居るつもりなんだ?」
「ん〜〜〜……俺的にはずっとでも。まぁ、とーちゃんとかーちゃんが納まるまではここに居させてくれ。
 あの二人の喧嘩に巻き込まれんのだけは御免だ。この間だってさ、芭蕉扇喰らってここにハゲが出来てさ
 いい男が台無し」
そう言って彼は額の上を指す。小さな真新しい傷が笑う。
「痛そう。公主さまは、悪い方じゃないのにね」
指先がそっと触れてくる。
「かーちゃんのヒスは治んねぇよ。ありゃあ病気だ。親父の浮気もそうだけど」
腕を抜け出して、銀角は窓を開けた。
消えかけた星と、生暖かい風。
(嫌な風……何か悪いことが起きそうだ……)
緩やかに波打つ銀の髪は、腰の少し上で風を受けてぷわん、と揺れる。
伸びた脚、細い足首、桜貝のような爪。
「銀角?」
「紅、こんな話を聞いたことがある?」
銀角がこぼすのは一人の女層と三人の従者の話。
「ああ、聞いてはいるけど……それがどうかしたのか?」
「ここも、天竺に行くためには避けては通れない場所……同胞を脅かすなら、私が出るしかない」
聞きかじった話では、数多の仲間が件の四人の前に倒れてきた。
彼等が人間の側に立つように、彼女もまた妖怪を守る立場にある。
平頂山一体は金角、銀角が統括する範囲だ。
そこをただ通るならば問題は起きない。
ただ、まがいなりにも名の通ってしまっている自分たちに彼等が何もしてこないということは考えにくかった。
「まだまだ先の話だろ?早く見積もっても、あと半年先だ」
「準備しなきゃなんないことが山のようにある。半年なんてあっという間だ」
「そぉか?俺はお前に逢えなかったこの三ヶ月、三年くらいに感じたぞ?」
窓辺に手を掛ける少女を後ろから抱きしめる。
肩口に顔を埋めて、愛しいとばかりにすり寄せて。
「単純計算で四対三か……」
「三?」
「未来の妻のためには、夫としては当然でしょう。銀華」
何かを言おうとした唇を塞ぐ。
離れ際の名残の銀糸を断ち切って、紅孩児は悪戯気に笑った。
「これで、ここに長期滞在する理由が出来た。あ〜〜〜、あの長くて暗かった三か月分を取りもどせる!!」
天界でも恐れられる男のたった一つにして唯一の弱点。
落ちてしまった恋は、今更鎮めることは無理な話なのだ。
「まずは、今後のこともちゃんと考えないとな。式の日取りとか、誰呼ぶかとか。俺んちもそうだけど、
 お前のとこも親族多いからなぁ……」
「紅!!」
「そういうことをゆっくり考えるために、半年後にやってくる災難を潰すことも考慮しないとな」
滅多に見せない真面目な顔で男はそんなことを言う。
彼にとって大事なのは、大義名分でも絶対正義でもなく、ただそこに居てくれる彼女に他ならないのだから。
彼女が剣を取り、参戦するならば自分は彼女の剣と盾の両方になろうと。
「心配はいらない。ほら、俺強いから」
「……紅……」
「そんな顔もしない。銀華、笑って。そのほうがずっと良い」
きっかけは錯覚でも、今ここでこうしているのは自分たちの意思なのだから。
ちゅっ…と重なる唇に、彼女は目を閉じた。
「んじゃ、二回せ……」
「調子に乗るなッ!!」
ごつんと派手な音を立てて、銀角の拳が紅孩児の頭に振り下ろされる。
「俺、痛いのは好きじゃない〜〜〜もっと優しくして」
「知らん!!とっとと寝ろッ!!」




ぎゃあぎゃあと騒がしい二人を無視して、金角は一人で書を紐解く。
銀角が銀華娘々と言われるように彼の名は金圭童子。
一見すれば物静かに見えるが、鉄扇公主の秘蔵と称される実力者だ。
(うるさい二人だなぁ……何だかんだ言っても好きあってんのはバレバレなんだけどねぇ)
同じ顔をした双子妖怪。
妹の気持ちは兄にも伝わっていた。
同様に、同じ男として紅孩児の気持ちも理解できる。
(さて、僕はこれを使いこなせるようにならなきゃね。半年もあれば十分だろうけども)
赤の組紐が彩る瓢箪を、金角は灯篭に翳す。
(来るならおいで、玄奘三蔵。僕は妹ほど甘くはないよ)
金の猫眼が小さく笑う。
喧騒と静寂。
同じ顔の双子はまったく違う顔で笑っていた。






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