◆晴れた日の恋曜日◆




「いきなり何のつもりだっ!!」
三蔵の手を引きながら悟浄は鼻歌交じりで辺りを見回す。
「たまにはいいじゃないの。俺とこーしてデートするのもさぁ」
首から下げた髑髏をちゃらちゃらと鳴らしながら悟浄は三蔵の意見を取り下げる。
発端は三蔵の一言だった。
「古文章を扱う店が、この街にはある。暇人がいるならば荷運びに来い」
悟空は三蔵の荷物だけは持ちなく無いと篭城を決め込んだ。
八戒は史書館で調べものがあるから残念だけれども行けないと首を振った。
ならば一人で向かうかと準備をしていたところに出てきたのが悟浄。
「三蔵ちゃんどこ行くの?え?荷物?俺が持つ持つ〜〜〜お出かけぇ」
そして三蔵の手を引いて街中へと繰り出したのである。



栗金の髪の僧侶は余程珍しいのか道行く者が皆振り返る。
隣に居る美丈夫も合わせてどうあっても人の目を引いてしまうらしい。
目的の物を手にして、書物は悟浄に持たせて身軽なはずなのに。
酷く、自由が利かないのはどうしてだと彼女は煙草に火を点けた。
「三蔵ちゃん、甘いもの食べよ」
「………………………」
「それよかお酒のほうがイイ?まだちょっとお天道様高いけど」
「…………お前の頭の中は桃色か?」
煙管をかしん、と鳴らして彼女は小さくため息をついた。
「いいや。三蔵ちゃんの色」
翠の眼が、赤いそれと重なる。
長い睫も、小さな唇も。すべて飾っておきたいと思うほど。
それでいて紡ぐ言葉の残酷さ。
陰陽を抱き合わせた無慈悲な僧侶。
「暑いし、何か冷たいモンでも食べよっか。俺、探してくるわ」
ひらひらと手を振って、三蔵を席に残したまま悟浄はどこかへと消えてしまった。
外に出された待合の椅子に座れば、過ぎ行く男の目線が刺さってくる。
人形のように作りこまれた女僧は視線をかわしきれるものではなかった。
「珍しいね、女の僧侶?」
「そんなとこ座ってないで俺らと遊ぼうよ」
けらけらと笑う声に、うんざりした表情。
「綺麗な顔してるねぇ……神様のためにやっぱし処女?」
「こんだけのツラでそれってありえねぇよな?」
自分など蚊帳の外で、男たちは下卑た話題を繰り返す。
(あの馬鹿は……一体どこに行った……)
ため息だけが時間を刻んで、煙草を口にしたくても出来ない状況に苛々を噛み潰す。
「ほら、こっちおいでよ」
ぐ、と手を取られて男の胸に倒れこむ形に。
「うわ……柔らか……」
「離せ」
「声まで綺麗なんだな……儲けものだ」
布地越しに触れてくる指先に、全身が総毛立つ。
妖怪や天界の者に抱かれても、人間には抱かれたことが無かったことに今更ながらに気付く。
その汗ばんだ指を振り払おうと必死に身を捩った。
「俺の三蔵ちゃんからそのきったねー手、離しな」
片手に氷菓子を持ちながら、悟浄は三蔵を自分の背後へと。
「天国見せてやろうか?俺、強いよ」
翠の眼がやんわりと光り、男たちはふらふらとどこかへと立ち去っていった。
「…………何をした?」
「あ、氷菓子(アイス)買ってきたよ。冷たくて甘いモン好きでしょ?」
「だから……」
「三蔵との時間、邪魔されたくなかったからちょっと幻覚見せてやっただけだよ」
袈裟に付いた埃を払って、悟浄は笑う。
「食べよ、三蔵ちゃん。溶けちゃうよ?」
妖怪らしからぬこの男は、あれやこれやと準備してくる。
ただ、それを受け入れるだけの余裕が彼女にはまだ足りないだけで。
「……お前は、何故……私と居るんだ?」
薄紅色の氷菓子は、甘い甘い恋のような味。
けれども、『恋』が『甘い』なんて、誰かが決めた迷いの言葉。
恋は痛みを伴った熱いもの。
「好きだから。そんじゃぁ……ダメかな?三蔵」
伸びてくる手が同じように触れる。
先刻の男たちの様に、鳥肌が立つことは無い。
「……好きか…………」
ひときわ深いため息。
「好き……難しい感情だな」
ただ一言に表される単語。それなのに、その意味を定義することは不可能に近い。
例え神であってもそれを位置付けることなど出来はしないのだから。
「簡単なことだよ。俺が三蔵を好きで、一緒に居たいって思うから居るだけ」
頬に触れる手に目を閉じる。
(あら……何か可愛いことしてくれて……)
少しだけ開いた唇が甘くやんわりと誘う。
触れたいならば、その手を伸ばしておいでと。
小さな耳にあしらわれた銀色の輪。飾り気は無くとも、彼女自身が宝玉の様。
笑うことは少ないが、その笑みは風に揺れる花にも似ていた。
散りそうで必死に耐えるところまでも。
「時間かけて……知ってよ。俺のことも……」
何時だって初めに「好き」と言ったほうが負けになるのが男女の法則。
「……………………」
文句やはぐらかしならばいくらでもいえるのに。
肝心のことを言おうとすれば、言葉が出なくなってしまう。
どれだけ強がってみせても。
まだ、心は子供ままで止まったまま―――――――。




まだ少し高い太陽を背にして、炎天下よりも少しだけ涼しい中で杯を突き合わせた。
(酔っちゃってくれりゃ……いいんだけどねぇ)
一対一で酔い潰す機会など滅多に来ない。
虎視眈々と狙う敵はずらりと顔を並べるのだから。
玻璃に触れる唇は、少しだけ濡れて艶かしい色合い。
「三蔵ちゃん、ほらもっと飲んで」
このままここに留めて、たまには二人きりで過ごしてみたい。
「これ以上は……」
ほんのりと染まった頬と、少しだけ荒くなった呼吸。
「もっと、飲んで。ほら」
ここまできたら一気に畳み込んでしまいたい。
もうじきこの忌々しい太陽も沈むのだから。





覚束ない足取りの彼女の肩を抱いて、慣れた手つきで扉を開ける。
結局この勝負で軍配が上がったのは男のほうだった。
呂律の回らなくなった三蔵と一晩二人だけで過ごせる算段。
(こんな事は滅多に無いから……楽しませてもらわないと)
背後から抱きしめて、耳朶に唇を当てる。
「……ぁ……」
そのまま手をずらして布地越しに誘う乳房に。
やんわりと揉みながら邪魔な袈裟をはずして行く。
「あ!!」
その先端をきゅん、と摘まれて上がる甲高い声。
肌蹴た僧衣からこぼれ落ちる柔らかい二つの乳房。
ぎゅっと掴めばその感触に神経全てが支配されてしまう。
「……悟浄……こんな所…で……っ!」
入り込んでくる指先に、ぴくんと揺れる細い肩。
その肩口に噛み付いて、小さな痣を残していく。
「壁に……手、付いて。三蔵ちゃん……」
言われるままに、壁に手を付いて自分の身体を支える形になる。
その間にも指は奥へと進み、濡れた音を絡ませながら浅く蠢かせて。
「!!」
ぐ…と押し上げられて仰け反る喉元。
「あ!!あ…っは…!」
濡れた指先は、薄い茂みの中の彼女の弱点を擦り上げる。
時折きゅん、と摘むたびにふるふると二つの乳房が揺れた。
「あ……嫌…ァ…!!あ!!」
どれだけ頭で否定しても、腿を濡らしていく体液。
「ウソ。だってこんなに濡れてるし」
「…!!っは…あアッ!!」
内側を執拗に攻め上げる指と、突起に触れる指先。
嬌声は涙混じり。その涙さえも、本能に火を点ける媚薬。
付け根まで銜え込ませて、かき回す様に動かす。
その度に締め付けてくる柔襞に満足気な笑みがこぼれてしまう。
「俺の手……そんなにイイ?」
人間の男に触れられた時に感じた嫌悪感は不思議と無かった。
「…ぅ…ん!!」
ぎゅっと閉じられる瞳。
(ヤバ……早く挿れてぇ……)
舌先で耳の裏を舐め上げて、息を吹きかける。
「ぁん!!」
「可愛い声……もっと聞かせて」
自分のほうを向かせて、薄い唇に吸い付く。
舌先を捻じ込んで、絡ませて、吸い上げる。
分け合える呼吸に感じる至福感。
「!!!!!」
ぬるぬると絡まる愛液を滴らせながら、指を抜き差しさせて追い込んでいく。
肌蹴た衣が肌に触れるたびにもどかしげに揺れる腰。
「あァっ!や…ああっ!!」
びくん、と大きく腰が跳ねて崩れる身体。
手首を取って、少しだけ浮いた骨に口唇を当てた。
「…………しよ、三蔵ちゃん…………」
壁に彼女の背を押し当てて、濡れきったそこを一息に突き上げる。
ぬめりと女特有の湿り気は、男を締め上げて奥へと誘う。
「ちゃんとつかまってないと、落ちちゃうよ?三蔵……」
しがみついてくる細い身体を抱きしめて、腿に指を食い込ませる。
小さな尻を掴んで、より奥まで行ける様に。
「……んっ…ぅ……」
貪る様に唇を噛み合って、舐め合う。離れ際に繋がる糸が切れる前にもう一度。
男の頭を掻き抱いて、女はその脚を絡ませる。
(何故……こいつに触れられるのは嫌では無いのだろう……)
同属である人間よりも、忌み嫌われる妖怪のほうが心地良い。
自分が自分でいるための、安心できる場所。
「あ!!あ……ふ…っ!!」
ぱらり、と左腕の布が解けて刻まれた破邪の文字が飛び込んでくる。
(いけない!このままでは……)
自分をこの形で抱くならば、確実に悟浄の身体に触れることとなるのは明白だ。
唇で包帯の端を咥えて、その文字を覆う。
耳に、鼻に、降る接吻。
少しだけ頭をずらして、白い胸の谷間に顔を埋めればその頭を抱く腕。
甘さと少しだけ加わった酒気。
「ぁん!!」
舌先が鎖骨を舐め上げて、唇が触れては離れて。
その度にしがみついてくる腕が震えた。
腰を抱いて、三蔵の背を壁に当てながら勢いをつけて強く突き上げる。
絡んでくる襞の熱さと、目線の甘さに覚える感情。
(好きって……抱き合ったり、したりするだけじゃなくて……)
ぼろぼろとこぼれる涙に、ちくりと胸が痛む。
(暖めあったり、もっと……こう…………)
絡まる肉は否が応でも思考を奪っていく。
(難しいねぇ……三蔵の言った通りに……)
汗ばんだ肌と、女の吐息が意識を狂わせるから。
飲み込んで、この喉をその甘い体液で潤したい。
(ヤバ……っ……)
いつもはその気を吸い取る側なのだが、何の因果か今夜は自分のほうが消耗させられたらしい。
ふらつく足元を諌めて、頭を振る。
「……悟浄……?」
頬を包む柔らかい手。
蕩けたような瞳が見上げてくる。
自分と同じ赫を写し取った瞳。困ったように彼女は笑って、頬を寄せてくれた。
「……私たちは……同じ眼を持つのだな……悟浄……」
心音も、肌の暖かさも、瞳の色も。
唇から覗く牙も、鱗染みた外皮も、何も怖くはないと囁く声。
(いや……簡単なことじゃねぇか……)
唇を傷つけてしまわないように、そっと重ね合わせていく。
「あ!!」
僅かに伸びた爪が、薄紅色に染まった腿に食い込む。
この現実を受け止めて、生きていくには。
一人では寂しすぎるから。
彼女に触れることが出来たのが、人間『以外』だったのも。
もしかしたら、そう定められてきたことなのかもしれない。
その定めですら、笑って打ち壊すのが玄奘三蔵という女なのだから。
ずい!と打ち付けられるたびに絡んでくる体液と壁。
「……ひ…ぁんッ!!あぁっっ!!」
震える膝を折って、一つになりたいとその奥を目指す。
「ああアっぅ!!!」
崩れる身体を抱き合って、離れないようにと唇を合わせた。






気だるそうに身体を越して三蔵はのろのろと歩き出す。
寝台の上でもつれて絡まりあって、気が付けば真夜中になっていた。
「どこ行くの?三蔵ちゃん」
「風呂」
「あ、俺も一緒に入ろうっと」
後ろから抱きしめて、そのまま膝抱きにする。
軽やか足取りで浴室の扉を蹴飛ばして悟浄は湯船に三蔵をゆっくりと浸からせた。
「くっつくな。気持ち悪い」
「さっきまで一杯気持ちいいことしたのに」
蓮を浮かべた湯船に浸かって、三蔵は悟浄の頬を軽く打った。
「まぁ、見ててよ」
湯を掬って、小さく呪文を唱える。
水は宙に浮き霧のようにその形を変えた。
球体となって、三蔵の鼻先でぱちん、と割れる。
「こんなことだって出来る」
指先が何かを描くと、球体は今度は花に。
その光景にただ彼女は見とれるしか出来なかった。
「綺麗……だな……」
「うん。多分、こんなことをしたくなんのがさ……俺の好きってやつかもしれない」
いくつもの水の花を浮かべて、悟浄は照れ臭そうに笑う。
「難しいことはわかんねぇけど」
君が笑ってくれるのならば。
「三蔵が笑ってられるんなら、俺……案外なんでも出来ちゃうよ」
白だって黒に変えて見せるから。
それだけの力は、この両手にある。
真夜中過ぎのこの水の小部屋。
一組の男女が無邪気に笑っていた。




眠る男の頭をそっと撫でる指先。
(眠ってると、穏やかな顔になるのだな……)
皮肉めいた言葉を生み出す唇も、よく見れば形が整っている。
自分を抱く手も、手にすれば暖かい。
膝を抱えて、窓枠に掛かる月を見上げる。
(不思議だ……ずっと昔にもこんな思いをしたような気がする……)
風変わりな水の妖怪は、破天荒な女僧の侍従となり共にこの道を歩む。
改めて見れば悟浄の身体のあちこちに傷が出来ていた。
その一つ一つを撫で摩って行く。
(共に歩いてくれるか?悟浄……)
その胸に顔を埋めて、眼を閉じる。
(どこか……師匠に似て……)
無意識に背中を抱いてくる手。
(いや、比べるものではない……今は、こいつたちが居る……一人では……ないから……)
子供が居場所を見つけたような笑み。
重なった夢は、どこか懐かしい気がした。



晴れは日は恋曜日。
照りつける太陽の下、どこまでも行こう。




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1:39 2004/06/21

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