◆月光蓮◆




「父上〜〜〜!!那咤、ただいま帰りましたぞっ!!」
ふわりふわわと飛びながら、那咤公主は満面の笑み。
上げ巻きの黒髪で揺れるかんざしを見て嬉しげに笑う唇。
「那咤ちゃぁぁあああああん!!」
抱きつこうとする托塔天の顔面を蹴り付けて、那咤は首を振った。
「父上。気持ち悪いぞ」
「パパは那咤ちゃんが無事に帰ってきたのが嬉しいだけなんだよ」
顎鬚を蓄えた武人は、この末娘にはめっきり甘い。
その甘さで黄河をも砂糖水に変えられそうなほどに。
「那咤!!帰ったのか!?」
「兄上。さっき帰ってきましたぞ」
父親の托塔天同様に那咤公主に甘いのが、小兄の恵岸行者。
「俺も父上もお前が変な男を引っ掛けてないか心配で心配で……」
この父にしてこの息子あり。那咤公主が産まれるまではどちらも武人としてその功績は
天帝にも認められるほどだった。
兄の木咤も若くして師団を与えられる実力者。
何よりも托塔天を知らないものは天界にも妖怪にもいないほどだった。
「那咤ちゃんっ!!パパはあの河童は大反対だよっ!!あんな将来性なさそうな女好き……
 パパが那咤ちゃんにぴったりの婿を探してくるからあんなのはやめなさいっ!!」
「なにを言うか!!わしは恋愛結婚して幸せな家庭を築くのじゃ!!」
思い人を貶されれば実の親とて那咤も快いものではない。
「パパ、あんな河童が息子なんて嫌だからね!!」
「俺もさすがにあの沙悟浄は義弟にしたくねぇ……だからあん時に二郎神でいいんじゃねーかって
 言ったんだ!!」
兄と父親の言い合いに那咤公主はため息をついた。
「兄上も父上も大っ嫌いじゃ!!那咤は自分で決める!!」
娘の最大の武器は「大嫌い」という一言。
「那咤は悟浄のところに行く!!しばらくは帰らぬ!!」
飛び出そうとする娘の足首を掴んで、李靖はおいおいと泣き出す始末。
「父上、俺が河童の首を取ってまいります。先日父上が研がれたあの宝剣!!
 あれならば首も一息で切れるはず!!」
托塔天は娘を持ってから人が変わったとは皆のうわさ。
花の命は意外と長いのだから。







「しっかし、桃もたまに食うと美味いよな」
豊満な桃を齧りながら一行は山道を進み行く。
「いいなぁ、俺も三蔵ちゃんの馬になりたい」
かつん、と煙管で悟浄の頭を打って三蔵はにやりと笑った。
薄紅を引いて普賢菩薩に強請ったのは山道を歩くに苦のないように馬が欲しいと一言。
少女さながらに見つめられれば普賢菩薩も簡単に落城。
龍を白馬に変えて三蔵へと送り届けたのだ。
「この先に小さな街があるからな、そこまでお前らは徒歩だ徒歩」
「俺、雲よぼっかなー」
「猿の分際で何言ってんでしょうねぇ、この小猿は」
旅は道連れ、困難はすぐ隣。
危険な橋は叩き壊して誰かに新たに建築させるのがこの女。
惚れた弱みと理由をつけて、誰も離れることなく進んできた。
「あすこか?今日泊まるのは」
丘を下った遥か先に見える小さな集落。距離にしたらもう半日は掛かりそうだ。
それでも野宿と宿ありではその差は大きい。
「急ぐぞ」
「おう!!」




宿屋の女将はため息交じり。
ここ最近の妖気は人間で分かるほどの濃さ。
「何があった女将?陰気なお顔だ」
「聞いておくれお坊様。この先の館に妖怪が住み着いてねぇ……出て行ってくれないんだよ。
 何でも家庭ができちまったからここの住む!!の一点張りさ。まぁ、奥様はえらいべっぴん
 さんなだけどねぇ……鳥の鳴くようにしか笑わないのさ。かわいそうに……」
女将の話ではこの街に妖怪が住み着いたのは十三年前。
人間の妻を娶ったから人間の村に住むといい、丘の上に館を建てた。
危害は加えないと誓ってはいるものの、道行きで妖怪とすれ違えば心地よいものではない。
「なんでもねぇ、気品のある奥様で……なーんであんな妖怪なんかと」
「そうだな。物好きな嫁だ。だが女将……妖怪もそう悪しくないのもいる」
それは彼女の小さな優しさ。
人間に疎まれて育った自分にとって掛け替えの無い同胞を貶されるのは幾ばくか心が痛むのだ。
「ならば明日にでもその妖怪と話し合ってみよう」
「ありがたいね。ここにいる間の宿代は要らないよ。お坊様からお金なんて取れないからね」
部屋は四つに分けてもらい、三蔵はのんびりと髪に柘植櫛を通す。
栗金の美しいそれは上等な糸のようにさららと流れる。
「三蔵、起きてっか?」
「もう寝た」
「起きてんじゃん。入るぞ」
するりと入り込んだのは悟空。三蔵の隣に腰掛けて櫛を手に取った。
「俺、髪なんか梳かしたことねぇや」
五百年の孤独を知っているから、館の妖怪の気持ちが良く分かる。
三蔵に初めて出会った時に孤独は嘘のように溶けてしまったのだ。
差し伸べられる手とその暖かさ。
それは今でもはっきりと思い出すことができる。
「三蔵は寂しいって思ったことあるか?」
「私か?」
「うん」
一人で歩いていたあの日々。支えは形見の数珠一繋ぎ。
あの日、彼に出会った時に同じように彼女の孤独も消えたのだから。
「昔はな。今はお前らがいてうるさいほどだ」
横顔はどこか幼くて、彼女がもろく弱い人間だということを覗かせる。
月光の下で咲く花のように、儚げで優しいその色合い。
「三蔵」
不意に重なる唇と、抱かれる頭。
少年の背を抱いて同じように舌を絡ませた。
「欲情でも……したか?」
「違う。三蔵が寂しそうだったから」
人と人は寂しさを嫌って、優しい嘘を重ねていく。それは妖怪にも変わらないこと。
肌の暖かさは自分が一人ではないことを分からせてくれる。
「俺、三蔵が死んだら三蔵を殺した奴を殺すから」
「そうか……それはありがたいな」
夜着を肌蹴させて、その首筋に噛み付く。
細い肩に唇が落ちて、柔らかな乳房に手が掛かった。
窓枠に囚われた月は静かに二人を照らすだけ。
「三蔵って綺麗だ……俺、今まで三蔵より綺麗なもん見たこと無い……」
蚯蚓腫れが走る身体でも、彼女は誰よりも気高く美しい。
その白い肌に痣を残しながら、ごつごつとした指先が愛撫していく。
「……っん……!!……」
乳房を揉み抱いて、小さな乳首を甘く噛む。
左右交互を嬲ればふるふると肩が震えて、吐息が上がった。
天女よりも人間よりも、何かを越えてしまった彼女に恋をした。
「…ァ!……ん!……」
ちゅく…先端を吸い上げるたびに漏れる嬌声。
舌先をゆっくりと下げて、膝に手をかけて静かに開かせた。
「!!」
ぬるぬると愛液のあふれた入り口を舌先でなぞって、唇を押し当てる。
肉芽を剥き出しにして、吸い付くようにそこを攻め上げた。
「ああんっ!!あ……ンンッ!!」
びくびくと震える腰を抱いて、下腹部に頭を埋めるように。
ちゅくちゅくと舐め上げるたびに仰け反る女に愛しさを憶えた。
「三蔵……俺……」
半分蕩けた瞳が、悟空を見上げる。
「三蔵のこと、好きだ」
あの日、お前だけは死ぬなといった彼女の瞳。
この世のどの色よりも綺麗な赤。
指先を咥え込んだ膣口が、ちゅぐぢゅくと殷音を立てる。
絡まってくる体液は何よりも温かいような気がした。
「天竺でもどこでも行こうって思ったのは、三蔵だったから」
君を知ったその瞬間から、一人ではなくなったから。
「……悟空……」
濡れた唇が重なって、少年の身体を押し倒す。
薄い胸板に乳房が重なって、じっと見つめられて呼吸が止まる。
「お前がいたから……多分……」
そっと手が伸びて両耳を覆った。
『ここまでこれた』そう、唇が動いた。
「うぬぼれてもいい?俺……三蔵に必要とされてるって……」
小さく頷いて、両手を離す。
そのまま身体の線を撫で上げて、勃ちあがった陽根に指を掛けた。
「さ、三蔵っ!?」
舌先が亀頭を掠めて、ちろちろと鈴口を舐め上げる。
太茎を挟むようにして唇がやんわりと上下し、時折甘く噛んだ。
上気した頬と柔らかな唇の愛撫は、否応無しに限界を近付けて。
雁首を舐め嬲る舌と口腔の温かさに呼吸が速くなる。
「さん…ぞ……俺……」
「!!」
勢い良くほとばしる白精が頬と唇を濡らして落ちていく。
「……っは……」
こほこほと咳き込んで、背を丸める女を抱きしめて。
「ごめ……大丈夫か?」
「馬鹿猿……出るなら出るって言え!!」
「だって!!」
言い合っても裸の身体が二つここにあるから。空気の冷たさを理由にしてもう一度抱きしめあう。
伝わってくる心音と閉じた瞼。
「三蔵、ずっと一緒にいてもいい?」
「好きにしろ」
「うん……ずっと一緒に居る」
静かに女を組み敷いて、身体を斜めに倒させる。
肉棒の先が膣口に触れて、一気に貫いていく。
「ッッ!!」
ぐちゅぐちゅと突き上げられるたびに、震える肢体。
敷布を握る指先と重なる吐息。
普段見るよりもずっと小さな幼い顔と、甘い声に彼女の弱さを知るから。
「三蔵……好き……だ……」
重ねた唇だけが真実だと思えた。
背中を抱いてくれる細い腕と、すがるように寄せられる頬。
寂しがり屋の魂が二つ、寄り添って暖めあっていた。





夜鳴き鳥の声を聞きながら、ぼんやりと身体を起こす。
「んぁ……どうしたの?さんぞ……」
窓辺に付いて、女は空を見つめる。
「嫌な色だ……昔……見たような色……」
それは大切な人を亡くしたあの夜の色に酷似していて。
沸き起こる胸騒ぎをどうしたらいいのか分からないままだった。
「三蔵?」
「この色は……光明さまがお亡くなりになったあの日の色……もしかしたらあの妖怪が
 いるのかもしれない……」
自分を守って死んだ師の横顔。
あの骸の冷たさを、忘れた日など無かった。
「三蔵、俺は絶対に死なない!!三蔵を絶対に一人にしない!!」
ただこぼれる涙をどうしたらいいか分からずに、女は少年を見つめた。
「けれども、いつかはお前も私と別れる日が来る……」
「そんな日は絶対来ない!!俺、ずっと三蔵と一緒にいる!!」
「約束できるか?」
「できるよ。俺、強くなったもん」
こつん、と額が触れ合って視線が重なる。
この古びた部屋と薄暗さが素直になれる魔法をくれた。
「明日あそこに行くんだろ?俺が三蔵の前歩くから」
けれども、この恋を知っているから彼らは躊躇することとなる。
館の主もまた、人間に恋をした妖怪なのだから。
それを知るのは夜が明けてから。
今はまだこの暖かな闇の中で二人だけで居たかった。



それは小さな恋だった。
そして、決して成就してはならないものだった。




                  

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22:23 2006/03/04

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