◆骸遊戯ー天界の事情ー◆




「なぁ、三蔵」
「飯のときは黙って食えといってるだろう」
取り箸で悟空を諌めながら三蔵は『何だ?』と聞き返す。
「ここ、人間少ないよな」
「ああ。そうだな」
三蔵は大した事ではないと返してくる。
見渡せばそちらこちらの縁台や卓には幽鬼の姿。
腑を引きずりながら女の傍でだらしなく舌を出すものや、よほど怨恨深いのか男の首を絞める遊女さながらの妖怪。
長い髪を振り乱す餓鬼にじっとこちらを見つめるだけの首だけのもの。
「三蔵ちゃんってば、ドライだから」
「お前等も大して変わらんだろう」
「それは心外ですね。少なくても僕たちはあなたに危害は加えませんけど」
「人の寝床を襲うのは危害には入らないのか?」
香菜を口にしながら彼女は八戒のほうを見る。
「合意であれば害にはならなうでしょう?」
「どうだかな」
ただ、そこにいるだけでも幽鬼は三蔵の傍にやってくる。
玄奘三蔵の名に相応しく、弱い妖怪たちは彼女の気に触れるだけで悲鳴を上げて消えていくのだ。
当の三蔵はのんびりと慣れた手つきで煙管を取り出し口にする。
この街に来て三日目。
依頼された物件は未だに来ない。
「こんなにのどかに飯食ってていいのかね、俺たち」
「お猿ちゃんにしちゃ珍しい発言じゃねぇの」
箸で悟空の額を押しながら悟浄はげらげらと笑う。
三蔵の膝下には童女の首の入った水玉がころころと転がってはぶつかる。
その度にばり、と割れ粘液をそこかしこに撒き散らす。
一つ消えてはまた一つ。
光に縋るにわらわらと這い出てくるのだ。
「追い払わないのですか?」
「これらは自分の意思で死んだわけではない。悪戯な魔物に殺された子供たちだ」
水玉の中の首は未だ幼く、四、五歳の顔が殆ど。
そのあどけなさと柔らかさに魔物たちは首を刈り取り水玉の中に閉じ込めて眺めるのだ。
寝床に残されるのは首のない小さな身体だけ。
母親の悲鳴をうっとりと聞きながら魔物たちは高笑いする。
人間など、ただの食料に他ならないのだから。
「この中から出れれば、天に昇れる」
三蔵は小さく言葉を紡いでいく。
その声に反応するように水玉の数は増え始め、薄い膜を破って首が次々と吐き出される。
光に溶けるようにさらさらと崩れ、その光の粉は蝶となり彼女の傍を飛びまわった。
まるで礼とばかりに、鮮やかに。
「ひょえ……見事なもんだね」
「お前等は私が僧侶だと忘れているようだしな」
一匹の薄紫の蝶が彼女の指先で羽根を休める。
「お前らが死んだ時も同じように弔ってやるよ」
「あー……俺、腹上死以外予定無しだから。三蔵ちゃん」
「俺も。三蔵に乗っかってて死ぬのが理想」
「僕もそのつもりですが?まぁそうなればこの二人を片付けなければいけませんが」
三人はあれこれと持論をぶつけ合う。
こめかみに指を当てながら三蔵は二度ばかり頭を振った。
(色欲の権化か……こいつらは)
それでも文句を言いながらも旅の途中は夢の途中。
未だ見ることの出来ない西の果ての国を目指して一向は進む。




水辺に足を入れて、ただ流れる煙を見つめる。
「三蔵ちゃん、何してんの?」
「風呂上りで足を冷やしてる。それに……」
風が、彼女の髪をかきあげていく。
「水辺の精霊に呼ばれた。お前も同じだろう?悟浄」
三蔵の唇から煙管を取って悟浄はそれを口にする。
「御名答。同胞の匂いっていうのか……嫌な予感がする」
袈裟に法衣ではなく、街娘のような衣類に身を包み三蔵は水面を見つていた。
腕には幾重にも巻きつけられた数珠。
「そうしてると、三蔵法師なんて物騒な奴には見えないよな」
「物騒?心外だな。私ほど慈悲深いのも居ないだろう?人も、それ以外も区別などなく」
水中に手を伸ばして三蔵は何かを引き上げる。
「!」
それは一見すれば髑髏。ただし、この二人の目は誤魔化せない。
「お仲間さんってとこか……」
「昔……嗅いだ事のある匂いだ。あのときのほうがやけに濃くて淫靡だったけどねぇ……」
両手で持ち直すと髑髏の右目からどろりと何かが零れ落ちた。
「……私を呼んだのはお前か?」
今度は左目から。
「そうか。お前の依頼、確かに請け負った。安心して眠れ」
小さく呪詛を唱えれば髑髏はさらさらと消えていく。
「三蔵……」
「泣いていたんだ。この河でずっと。私一人では見つけられないのを知って……お前を呼んだんだ。
 同じ仲間を……」
自嘲気味に彼女は笑う。
「悟浄。暫くはお前の勘に頼らせてもらうぞ。失敗したら……河馬の餌にしてやる」
「はいはい。三蔵ちゃんのお願いなら俺が断わるわけ無いでしょ」
後ろから抱きしめて、その肩口に顔を埋める。
湯上りの香りはまだほんのりと残って男を誘うかのようだ。
「じゃあさ、俺に力を頂戴。三蔵……」
「鬱陶しい」
抱きかかえて、そのまま押さえた宿へと戻りだす。
「素直じゃないんだから。可愛いけどねぇ」






蓮の上、とろんとした瞳で弥勒菩薩は欠伸を噛み殺す。
「眠ぃ……ダルイ……やってらんねぇ……」
「弥勒ちゃん、おはよ」
「相変わらずだな、弥勒よ」
その声に弥勒は顔を上げる。
「観世音……それに老子まで。二人揃ってどうかしたのか?」
蓮座から降りて弥勒は二人の下にふわりと舞い降りる。
「私の金魚が逃げてしまって……二人で探してたの」
観世音は少し哀しげに空になった籠を弥勒に差し出す。
普段はここにお気に入りの真っ赤な金魚を入れて持ち歩いているのだ。
「しかし、何故に老子が?ああ、金魚を餌にして観世音に手を出そうと考えたわけか」
的を突かれてごほごほと咳き込む。
伸びた黒髪と幼い顔つき。
手を触れることを禁じられた永遠の処女神。
「普賢と二郎神は?」
「とある坊主に二人揃って熱上げてて見てられん」
「男色家ではないと思ったが」
「えらく作りの綺麗な坊主でね。ああいうの見ると……男になるのも悪くないかもって思えてくる」
弥勒はくすくすと笑う。
菩薩、御仏といわれてもその実は長い長い時間を持て余しているばかり。
故に、男二人が夢中になれる事が半分羨ましかったのだ。






二郎神があまりに熱心にかたるので普賢も一度くらい見てみようと小鳥に化けて下界へと飛んだのはつい先日。
おりしも一戦終わったばかりの一行を見かけることが出来た。
返り血を浴びて、まだ殺気だってはいるものの三蔵のその姿に眼を奪われた。
天界には存在することの無い慈悲と残虐を同時に持つ不可解な生き物。
(これは珍しい……随分と面白いではないか)
四人がばらばらになって部屋に入るのを見届けてから普賢は其の変化を解いた。
そっと三蔵の部屋の扉を開けて、寝台に横たわる姿をじっと覗き込む。
余程疲れたのか、眉を顰めたまま自分で自分を抱くように丸くなり眠る姿。
其の額に指を当てて、普賢は静かに気を送った。
「……う……誰だ!?」
枕元に隠した短刀を普賢の喉元に突きつける。
「おや、元気になりすぎたかな」
普賢の指先が刃先に触れると、短刀は光の粉になってさららと流れていく。
「!!」
「そんなにおびえなくてもいいよ。俺は普賢というもの。あまりに友が君の事を自慢するから逢いに来てみたんだ」
三蔵の隣に腰掛けると普賢はにこにこと笑う。
「友……?」
「二郎神っていうんだけどね。まぁ、うっかり者で単純なところがあるけど悪い奴じゃない」
三蔵はそれを聞いてやれやれと頭を振る。
天界がらみのことでろくな目にあったことがないからだ。
あの一件以来、二郎神は暫くの間朝に夕に関係なく求愛してくる有り様。
なんとか宥めて展開に帰したものの、今度はその仲間が来たというのだから仕方も無い。
「それに……君は俺たちに近いようで遠くもある不思議な子だ」
濃紺の髪と瞳。
端正な顔立ちの青年はうっとりとするような笑みを浮かべる。
菩薩という立場ではあるものの、この普賢は時折下界に下りては人間の女と寝所を共にするのだ。
咎めようにも天界には普賢だけではなく数人掟破りのものがいる。
一人を咎めれば、全員に事が及ぶ。
それを利用してこの男は遊び放題。特権乱用。
それでも世界を救うのだから性質が悪い。
「少なくとも、妖怪よりは優しいよ。俺は」
眺めの睫。
二郎神が男の色気ならば普賢は中性的な魅力の持ち主。
「妖怪?笑わせる。あれは私の下僕だ」
「言い切るね。気に入った」
くい、と顎を取って普賢は三蔵の薄い唇に自分のそれを重ねる。
「二郎神よりも先に味見させてもらおうかと。俺は……気の強い女が好きだから」
夜着を解いていく指先。
抵抗することも忘れて、ただ其の指先を見つめてた。
「……待て。何故、私がお前に抱かれなければならんのだ」
「神仏に逆らうのは懸命じゃないね」
普賢の指が三蔵の手首に触れる。
「!」
光の輪が幾重も生まれ、きゅっとソコを拘束していく。
「なんてね。意地悪するのは好きじゃない。遊ぶなら、楽しくが俺の信条だから」
「遊び人の仏なんざ、吐き気がする」
「二郎神の親御も似たようなものさ。それに、君が望むのなら……取引をしても構わないし」
「取引?」
光を解き、普賢は三蔵の身体を静かに倒していく。
「君の行く手に困難を授けるのは我が同胞の役目。どうにもならない時は……俺が助けてあげる。
 少なくとも二郎神よりは立場はいいからね」
ぴちゃ…舌先が鎖骨を舐め上げて、ゆっくりと下がる。
余程疲れたのが疲労で張った乳房。
やんわりと揉みながらその中央の乳首を甘く吸い上げた。
「……ッ……」
「可哀想に……こんなところにまで傷が……」
左胸の下から鳩尾にかけて走る赤黒い傷跡。
百足の変化は彼女の法衣を裂いて其の身体に痕跡を残した。
まだ薄っすらと血の滲んだ傷口を、唇が静かになぞり上げていく。
両手は執拗に乳房を嬲り、感触を確かめるよう。
時折きゅっと摘み上げて、舐め上げる。
「…っは……」
「我慢しないで声を上げて。大丈夫、君の声は誰にも聞こえない。君の従者たちは朝までぐっすりだから」
三蔵の部屋に入る前。
普賢はそれぞれの部屋の前で術をかけたのだ。
朝まで何が起きても目覚めることは無い。
そして、其の朝日を操るのもまた、彼の仲間なのだ。
「…っあ!!」
かりり…腰骨を噛まれて身体が竦む。
「ほら、もっと……楽しんで」
唇を舐められ、そのまま深く重ねられる。
どうにもならないと理解してしてしまえば抵抗するのも馬鹿馬鹿しい。
普賢の頭を抱いて三蔵は自分から唇を合わせる。
「積極的な子は大好きだよ」
優しく細められる瞳。それがやけに懐かしく感じた。
指先を下げて、濡れた秘所に忍ばせていく。
「!!」
ちゅる…ぴちゃっ…
ぬるぬると光る半透明の体液を絡めながら、普賢の指先がそこを押し広げる。
「ああっ!!あ!んんぅ!!」
熱い舌が内壁に入り込み、唇がそこをじゅる…と吸い上げる。
「や……やめ…っ!!……」
押しのけようとしても、力は入らずに。
しっかりと腰を抱かれてただされるがままに喘ぐしかなかった。
「ぅあっ!!」
ずるり抜けれた指が赤く充血した突起を擦り上げていく。
「ここは……やっぱり弱い?」
今度は唇を使って重点的に吸い上げられる。
「あああぁっ!!!」
誘発される痙攣と、涙声。
手の甲で唇を拭って普賢は三蔵に囁いた。
「どうせならもっと楽しもう……江流……」
三蔵の手首に普賢は接吻する。
耳朶を噛まれ、頬に降る唇。
抱き上げて自分の上に載るように促すと、素直に彼女はそれに従った。
「ああっ!!!」
腰を抱かれて、一気に奥まで貫かれる。
突き上げてくるその動きの一つ一つを逃さないように三蔵の身体は普賢を締め上げていく。
「そう……いい子だね。もっと自分で動いてみて……」
ほんの少しだけ上体を起こして、其の小さな身体を引き寄せる。
欠けた小指。
それを目にすると普賢はほんの少しだけ物悲しい気持ちになった。
(俺たちの巻き添え……可哀想な子供だ……)
泣くことを忘れたわけではない。
泣くことが出来ないわけでもない。
『泣く』ということを知らないのだ。
それ故に彼女は玄奘三蔵と成り得たのだから。
「……っは…ん!!……」
目尻に溜まる涙を弾く。
(涙はこんな時に使うものじゃない……よほど弥勒や観世音のほうが人間に思えてくる……)
天界にも類を見ない真紅の瞳。
それは気まぐれと偶然が産んだ奇跡の結果。
「あ……っ…ぅ……!…」
浮かぶ汗と、女の匂い。
絹布の巻かれた腕を取り、それを外す。
刻み込まれたのは一種の呪い。
「痛かっただろう?女の肌に光明も無体を……」
旅立つ前に、彼女の師匠は其の身体に破邪の刻印を付けた。
たったひとりで進み行く愛弟子を死なせないために。
前夜に貰ったのは小さな剣と、酷く優しい接吻。
そして『戒律を破るのはコレが最後』と師匠は笑ったのだ。
「これ以上、君が傷付くことが無いといいのにね……」
愛しげに其の文字の一つ一つに普賢は唇を当てていく。
「けれども、どんなことがあったって君は行くんだ。君のために」
強く腰を抱かれて、あふれ出る涙。
「あ!!!あッ……んんっ!!!」
ちゅる、と乳首を啄ばまれて三蔵は普賢にしがみ付く。
中性的な身体が絡まる様は、天界のものには見せられない。
ましてや其の相手が因縁付きの江流童子であるならば尚更に。
「…ひ……ぅん!!…」
「いい子だね……江流……」
子供をあやすかのように普賢は三蔵の頭を撫でる。
「あ!!あああッッッ!!!」
一際深く繋がれて、何かに縋るかのように彼女は普賢にきつく抱きついた。




眠る三蔵の髪を撫で上げて、仏にあるまじき思いだと彼は苦笑する。
「君は……あの金蝉では無いんだね……いや、金蝉でもあるけれども……」
今の彼女は何にも属さない不思議な立場に位置している。
人間、妖怪、仏。
その全てを受け入れて、全てを拒絶するのだから。
「君が進む道はとっても困難なことばかり。なにせ相手はあの観世音……」
ふわふわと笑う菩薩は何食わぬ顔であれこれと仕掛けてくる。
(天然ボケで可愛いけれども……俺はこの子の方が好みだな……)
小さな額に接吻して普賢はそっと身体を離そうとした。
「!」
その裾を握る手。
「帰るなら何か置いていけ。明朝に出発する」
「強かな子も大好きだよ。連れて帰りたいくらいだ」
「根も葉もないことを……」
にやりと笑う赤い瞳。
「これをあげる。俺の作った丹薬。少なくとも其の傷は綺麗に消えるよ」
ばさりと上着を羽織って普賢は身体を離した。
「またね。俺の名前は普賢。ちゃんと覚えておいて」




天界に戻ってからも普賢菩薩は上機嫌。
普段ならば投げ出すような雑事までも懇切丁寧に仕上げていく有り様。
「普賢!!お前っ!!!」
「お先に戴いたまで。人間は短命だからね。賞味期限切れないうちに食べないと」
にやりと笑って指先で額を押す。
普段は隠しているが二郎神は三つ目の男神。
千里眼を使えば三蔵と普賢のことなど造作なく見れるのだ。
もちろんそれは普賢菩薩も知っていての行動。
確信犯の実行犯。
「そんなんだから何時だっていいとこもっていかれるんだ」
「持っていくのはお前だろうがっ!!」
「あはははは。まあそうだけどね」
確信犯は穏やかに笑った。





「嫌な予感は当たりそうか?」
「訂正させて。予感じゃなくて……予言だわ。俺たち……ここに誘われてきたんだ」
冷えた素足に夜風を引っ掛けて三蔵は頭上の星を見る。
まるで己の瞳のように赤く光る星が一つ。
「朝が来たら……のこり二人叩き起こすぞ」
「それには賛成。売られた喧嘩は買わなくちゃね、三蔵ちゃん」
覗き込むように近付く顔。
「でも、その前に燃料補給させて」




ざわざわと騒ぐ風は無視を決め込んだ。
始まりの一夜、長き日の幕開けだった。



       


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