命に代えても守るべきもの。
            肉親、お金、女の子。

Double Helix

プロローグ - 人を殺す話 -


シリンダーに6発、カート(弾)を込め、くるっと軽く回してから反動をつけて銃身に戻す。
ハンマーを軽く引いて、微妙にずれたシリンダーを直してやる。
軽くグリップを握り直すと、人差し指をトリガーにかけないように上げ銃保持。

ここは学校。手の中の黒い鉄塊は、コルトパイソン357マグナム4インチ、ラバーグリップ。
私の陰にはかなりかわいい女の子。(実は片思いなのだが)彼女の名前は相模志帆(さがみしほ)。
敵は卑劣なテロリスト。
これで燃えない訳がない。教室のドアの陰に身を潜めつつ、状況を分析する。

敵は6人。隣の教室で人質10人を囲むようにたっている。外で哨戒をしていた一人を後ろから殴って銃を手に入れたものの、予備の弾薬は持たされていないのか、この6発で武器はすべてだ。もっとも、こういう時のために装備を削っていたのかもしれないが。

奇襲の時は、最も大きい敵戦力を叩くのが基本である。すっ、と音を消してもっとも私から遠い、一番体格のよい者をねらえるポジションに動いた。幸い人質が騒いでいるので、あちらは私に気づいていない。

――――まずは一人。
左手を胸の高さで水平に、その腕にハンマーを起こしてあるパイソンの銃身を乗せた。半身になって足を大きく開き、ゆっくりとトリガーを引き絞る。反動。同時に、狙い違わず相手の額を銃弾が貫く。
残りのメンバーが振り向くより早く、今度は一番近い所にいる奴に片手で発砲した。狙いは胸。動きのあるときは頭はねらえないからだ。心臓か肺に命中したのだろう、口から派手に血を吐きながら、ゆっくりと倒れ込んだ。
それを待たずに水平に移動し、別の窓からこちらにサブマシンガンを向けようとした敵に向かって両手でパイソンを構える。照準に半拍、体の中心あたりに向かって撃った。

――――これで半分。
そのまま廊下を後退しつつ、ドアあたりに銃を向けつつハンマーを起こす。ダブルアクションとはいえ、トリガーがかなり軽くなる。私を追ってドアから出ようとした敵が、不意に何かを蹴飛ばした。私があらかじめドアからすぐの所に転がしておいた学生鞄だ。そちらに注意を向けたのは一瞬だったが、私が照準を合わせるには十分だった。
落ち着いて発砲しつつ、残りの2人を探す。

さすがに先の二人のようにはいかないか。胸中でひとりごちつつ慎重に周りを見渡す。志帆は最初と同じ教卓の下、敵の一人は磨りガラス越しに柱の陰。あれでは一撃でしとめるのは至難の業だ。さらにもう一人の姿も見えない。振り返りいいい!?

真後ろに肉薄してきていた。確実に仕留めたいのかよほど腕に自信がないのかわずか3mもない距離にいる。むこうも気づかれるとは(まあ気づいて振り返ったのではないが。)思っていなかったらしく、おもしろいほど銃口がぶれた。そこに摺り足で大きく左から踏み込んで下からはじき上げるように銃口を押し当てた。そのまま首あたりで発砲。ゆっくりと膝をつきながら倒れ込む。直後



聞こえたのは、自分の物ではない銃声。

あ・・・・・・あ?
撃たれたどこだよ畜生後ろかさっきの柱の陰にいた奴だ頭がぐらぐらするどっちに倒れてんだ俺どこかネジが抜けたみたいなんあ何で立ってんの何かにもたれて
え?

「志帆!?」

志帆がいつの間にか私の背中にしがみついていた。
いや違う、俺が倒れそうなのを必死で支えているのだ。

ふるえる瞳で私を見上げてくる。いや、瞳だけではない。体が小刻みにふるえている。あっという間にこれだけの人間を、今までそこそこ近しかった友人が平然と殺してのけたのだ。
そしてその友人も撃たれ、血を流している。現実感に乏しい光景の中で、その赤だけが彼女にこれは現実だと教えていた。倒れそうになる友人の体を抱きしめる形で受け止め、敵との間に体を入れる形になる。

「大丈夫・・・」

わずかに動く唇を駆使して、私は彼女に笑いかけた。安心させる笑みにはほど遠かったのか、彼女の瞳から涙がこぼれる。大丈夫、もう一度言ったつもりは声にならず、喉の奥から少し暖かいモノがこみ上げてくる。

撃たれたのは右胸のあたり。5人目を殺した直後、背後から撃たれたのだろう。わずかに呼吸が空回りする。肺か。敵は

「こいつ・・・!よくもっ・・・」

怒声をあげながら彼女の後ろから近づく敵の姿が見える。私は彼女を支点にするように体を入れ替え、私の陰に彼女をかばう形をとった。残弾は一発。ならば。

抵抗不可を装うように両手をだらりと下げ、上目遣いに睨みつけた。咳とともに血を吐いたが、したたるのをぬぐいもせずに、口は裂けるような笑みを作る。

「・・・!!」

その無言の挑発に、少し離れて照準をつけていた敵が銃を下げた。そのままこちらを睨みながら歩み寄り、私を横面から殴りつけた。一発で頭がぐらぐらする。私は彼女を突き飛ばすようにして前に倒れ込んだ。

うつぶせで呻く私は肩を乱暴に掴まれて仰向けにされ、胸に膝を落とされた。狙ったのか、ちょうど銃弾が穴を開けた所だ。再び血が喉の奥からこみ上げて来、無理な姿勢のために口から外に排出されることはない。喉奥からの血流と口内のモノが衝突し、鼻の方へと流れ込んだ。
息ができず、鼻はつん、と痺れる。満足に声も出ないまま、視界が滲む。

そのまま何発も上から叩き潰すように殴られ、鼻が折れたのか、顔のバランスがおかしい。それに気づくほど意識がはっきりしているなら大丈夫だろう。


今更、痛いのは慣れた。
私は気づかれないように、銃を握ったままの右手を体の陰に隠した。

敵が何かを私に怒鳴っている。耳鳴りがして、いやそれも気のせいか、うまく聞き取れない。多分、仲間を殺されたことにキレているのだろう。首に力を入れるのをやめて横を向く。志保は床にへたり込んでこちらを呆然と見ていた。逃げろ。言ったのか言っていないのか自分でも分からないが、彼女の口が何かを言いかける。一瞬で何なのか理解して再び敵の方を向いた。

果たして予想通り、敵は殴るのをやめ、サブマシンガンを私の鳩尾に押し当てていた。

「苦しんで死ね」

そう聞こえたと同時に、私は左手で敵の胸ぐらを掴んだ。握力はある方だ。少しくらいでははがせない。そのまま引き寄せ、開いた口にパイソンを押し込んでやる。のけぞる敵を逃がさないように左手に力を込め、

サブマシンガンから薬莢が排出されるたび、私の体が上下に跳ねる。それを上から押さえ込むような膝からの圧力。射撃がやみ、白濁した意識の中で、私は志保の方を向く。彼女は泣きながら、いやいやをするように首を振った。

滲む視界の端に彼女の姿を認めながら、私は胸ぐらを掴む手に力を込める。もう、痛さも呼吸の必要もない。何も考えられず、文字通り昏くなってゆく意識の中でただ、人差し指に力を込めた。


私は、きっと、微笑んでいたのだと思う。彼女は、泣いていたから。

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