山吹中テニス部のくだらない日常











千石がにんまりと笑顔を浮べて部室に入ってきた。
部室内に残っていたテニス部員達の間に緊張が走る。
 我等がエースが、このような顔をしている時は大概ロクでもないことを云い出すのを知っているからだ。

 毎回代表として犠牲者に(一方的に)選ばれる南は、あえて目を合わせまいと練習スケージュル表の制作に集中している振りをした。
 同理由により、東方もしかりである。

 部活の始まる5分前。
 他メンバーは急いでユニフォームへと着替えた。着替えた者から、いつもならダラダラと向かうコートへと急ぐのだ。

 千石は右を見て、左を見て…止まった。

 それは南でも東方でもなかったが、状況は最悪の一途を辿るに相応しい相手だった。

「あっくん〜! お久〜。今日は部活に出るんだ」

 あっけらかんと挨拶をした、相手の不機嫌そうな態度もどこ吹く風。千石はあくまでマイペースに笑顔だ。

 亜久津は剣呑な表情を浮べ、千石を睨む。
 平和を望む人間ならば、即座に顔を逸らしてしまうだろう凶悪な眼力もなんのその。千石は能天気な素振りを崩さず、ねえねえ、と近寄った。

「あっくんに問題です!」

「……うぜぇ。帰る」

 ユニフォームに着替え途中だった亜久津は、脱ぎ捨てた制服に手を伸ばす。

「帰っちゃダメですよ〜」

 横で太一が、亜久津の腕を引いた。
 そこで初めて、千石は太一の存在に気づく。
 テニス部内で一番背の低い太一は、長身の亜久津の側にいるとすっぽりと隠れてしまうのだ。困ったように千石を睨む姿は生意気さとは縁遠く、むしろ構い倒したくなるほど愛らしい。
 面倒臭がる亜久津をここまで連れてきた苦労をわかって欲しいと、云わんばかりに上目遣いで千石を凝視していた。
 しかし、千石は見事にその恨みがましい視線をスルーした挙句、亜久津のわかりやすい不機嫌さえもスルーした。

「毛のついた長い棒を振り回し、身体の一部に突っ込んで出し入れする。人によっては血が出ることもあるが、それをした後はスッキリして気持ちがいいものは何でしょう?」

「………………」

「………………」

 奇妙な沈黙が、狭い部室内を支配した。温度も心なしか下がった気がする。

「何云ってんだ、てめぇ」

 押し殺した声で、亜久津がうめく。

「答え、わかる? ねえ、ねえ。それともわからない? パス?」

 千石はそれは楽しそうに亜久津に詰め寄った。命知らずとしか思えないそんな態度に、部員(特に後輩達)は生きた心地がせずに固まる。
 さすがに部長として、そんな部員たちの心情を無視することもできず、南は立ち上がった。

「千石。下らないこと云ってないで、さっさと着替えろよ。遅れたら校庭走らずぞ」

「そんなどこぞの派手な部長のマネしないでよ〜。ね、南はわかる? このナゾナゾ」

 にやにやと、今度は南に向かって突っ掛かってくる。

「知るかよ」

「なんでもいいんだよ〜。思い浮かべた答え教えてよ。毛のついた長い棒を振り回し、身体の一部に突っ込んで出し入れする。人によっては血が出ることもあるが、それをした後はスッキリして気持ちがいいものは何でしょう?」

「…………」

「あれ? 南、顔赤いよ? 何考えたの〜」

 ぷぷ、と漏らす千石に、南は殺意さえ覚える。拳を握り緊めて、それでも必死に答えを探す自分の律儀さに泣けた。

 ――千石が揶揄するために出した問題というのは明らかだ。答えはきっとたわないもないものだろう。

 そこまでは予測できるのだが、どうしても下世話なほうに思考がいってしまう。
 これでは千石の思う壺だ、と南は窮した。
 ぐるぐると考え込んだ末に、はっと顔をあげる。

「み…耳掻き」

「―――南…デンジャラスだね。鼓膜大丈夫?」

 真面目な顔で諭され、南はすごすごと椅子に座り落ち込んだ。東方は労るように、相方の肩を叩く。

「人によって血が出るんですよね? それでも気持ちいいんですか? 痛くないんですか?」

 首を傾げて質問した太一に、部室の温度は更に氷点下まで下がった。

 特に見物だったのは亜久津の顔だ。南は亜久津に同情した。

「いー質問だね! 血が出たら痛いと思うよ。でも、慣れれば出なくて、それなしではいられないんだ」

「千石!」

「なにさ、あっくん」

 けろり、と返す千石に、亜久津は拳を握り緊める。
 殴るの簡単だが、今ここで殴ってしまえば、理由を問われるはめになるだろう。問われても答えなければいいだけの話だが、相手は脳味噌が常春な少年だ。どのように解釈され、言い触らされるがわかったものではない。
 決して想像力の無いわけではない亜久津は、ぐっと我慢した。太一を肴に揶揄されるのが、なによりも嫌いなのだ。

「慣れたら痛くないんですか」

「痛くないよ〜。もう病みつき」

「病みつき…棒を突っ込んで…病みつき」

 外見からすれば、純真無垢で可憐な少女としか思えない太一の口から出た台詞は、聞いているものが罪悪感を覚えてしまう代物だった。

「壇クンはわかった?」

 なおもニヤニヤとする千石に、南が止めようとするのと、亜久津が相手の胸倉を掴むのは同時だった。

 太一はあっさりと、答えを口にるす。
 
「歯磨き、じゃないですか?」

 亜久津に胸倉を掴まれ、爪先立ちになっていた千石は、きょとんと目を丸くし、次いで感嘆の声を上げた。

「正解」

「ダダダダーン! わーい。当たったですぅ〜! 前からナゾナゾとか大好きだったんですよね。あ、もう部活時間です。皆さん、急ぐですよー!」

 ぴょんと跳ね上がると、太一は自分のラケットを持って部室の外に出る。

 ドアを閉じる瞬間、太一は振り返り、それは可愛い笑顔で、 

「小学生並ですね、千石先輩」

 云い放つと出て行った。

「――――あっくん……」

「気色悪い呼び方すんじゃねぇ」

「あんまり、壇クンを大人にしないでよ」

「なんの話だ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴った亜久津に、南は溜め息をついてこう云った。

「千石、素直に負けを認めろ」

「ちぇー。今度はもっと凄い質問考えよう」

「考えるな!」


 凍ってしまい、うまく動けなかったテニス部員は全員遅刻をするはめになり。
 伴田に校庭を走りまわされるまで、あと5分。



 

















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 本当にくだらない…。
これが『ひとりで生きるもん』ネタなら

「セックス。まさか、そこまで思わせぶりにしておいて、尚且つその答え目当てでの質問内容。今更歯磨きだなんておためごかし云わないわよね」

 と、なるんだろうな。
 酔っ払って知らない内に書いてたモノです。
お酒って恐いですね。











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