山吹中テニス部のくだらない日常 2
















 山吹中テニス部部室。
 部活終了後。西日の差し込む、狭い部室に汗だくになった部員達がひしめき合って着替えていた。
 初夏の熱気の中、暑さに負けじとテニスに勤しんだ若者達にとって、さすが私立というべきか、冷房の効いている部室内は天国と感じられるものだ。が、何分人数が多いので、着替え終えれば即座に出ていかねばならぬのが暗黙の了解となっている。

 しかしそのような中、最高学年ともなれば、堂々と長居する者もいた。

 はあ…と、いつになく溜息を連発する友人兼テニス部仲間に、東方は無視もできずに声をかけた。
 いや、関わるだけで被害を被ってきた過去のあれやこれやのおかげで、軽く30分は無視をしていたのだが、それだけ放置しておいてもしつこくわざとらしい溜息をつく友人にとうとう折れた――というのが正しい。

「千石、鬱陶しいぞ。一体何をそんなにわざとらしく溜息ばっかついてんだよ。大体着替えたならさっさと帰れ」

 部屋の中央に設置された机に両肘をつき、頬を支えながら鬱々といる千石は、目だけを東方に向けた。

「まさみん…よくぞ聞いてくれました」

「まさみんはよせ。よしてください。気分が悪いです」

「まさみん、オレはね…困っているのだよ」

「オレも困ってるよ。お前の耳が飾りで」

「南がさ…」

「南が?」

 噛み合わない会話が『南』の一言で噛み合った。
 
 端で盗み聞くまでもなく、耳に入ってしまうテニス部員は、心の中でそれぞれ突っ込むも巻き込まれたくないので沈黙を保っている。

「南が…この暑さの中…」

「うん」

「部活後に頭から水を浴びたあげくに、ユニフォームを脱いで上半身裸になるから……!! もう後ろから抱き付きたくなって抱きつきたくなって困るんだよね!」

 がばり、と上体を起こすと、一息でまくしたてた千石に、東方の心の中では『ただいま番組内で不適切な映像が流れました。暫く心温まる風景でお過ごしください』と、牧場の映像が流れていた。

「もうもう! 本当に罪作りな男だよね、南ってば! あんなにフェロモン垂れ流して…っ。襲ってくれといわんばかりだよ。ああ、あの鎖骨をつまみたい」

「待て待て待て…! 止まれ、まずは止まれ! 突っ込む余地をオレに与えてくれ!」

「車と男の一部は急には止まれないよ!」

 ここで「男の一部ってどこですかー?」と純真無垢そのままの質問が飛んできたが、千石が答える前に東方の両拳がこめかみを挟んでグリグリと捩じり込む。

「イタイ! マジでイタイ!!」

「黙れと云っとろーが! まずは問う。南とはあの南のことか?」

「そうだよ、その南だよ〜」

「南健太郎のことか!」

「健ちゃん以外に、南っていないだろー!」

「アホか――っ! なに同級生の、しかも男に色気感じてやがる!」

 東方の身も蓋もないない台詞に、健康な男子中学生その他は鳥肌を立てた。

「だって色っぽいじゃん! こう、健康美っていうかさー。やっぱ南の肩甲骨が一番だと思うんだよね。真田くんみたいに筋肉質でなく、跡部くんみたいに優美でもなく、柳くんほど細くもない」

「お前は何のマニアだ! どうした…どうしたんだ、千石。お前の大好きな女の子達はどこいった? 近頃部活部活で女の子ウォッチングできないからって壊れるな。つーか新手の嫌がらせか?」

「嫌がらせじゃないよー。本気ですよー。女の子もちろんいいけど、南は特別なの。こう…見てるとムラムラと、空き教室に連れ込みたくなってしまって…」

「ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!」

「まさみん煩い」

「ああ! ああああああ!! これでエースでなかったら、殺して埋めるのに!」

「まさみん…ごめんね。まさみんの肩甲骨には萌ないんだ…」

「お前に押し倒されるくらいなら、舌噛んで自決するわ!」

「だから、まさみんには興味無いって」

「うるせえっ、このホモ! 親友として南の貞操は絶対に守りとおしてやるからな!」

 涙目になって、バンバンと机を叩く東方を見て、心外そうに千石は眉を顰める。

「失礼だね。オレが狙ってるのは、南の童貞であって、貞操を守る分には同じ気持ちですよ」

「なななななな!?」

「だってさー、南をもしヤっちゃたら、絶対恨まれそうじゃん。それこそ死んでも口聞いてくれなさそう。その分、オレがヤられるほうでさ、終ったあとに『責任取ってね』と涙でも流せば一生責任取ってくれそうだよ」

「お前等!」

 突如、東方は残っている部員に向き直った。

「今後絶対に南と千石を二人っきりにするなよ! いいや、半径2メートルに近づけるな!」

「まさみーん。部長でも副部長でもないのに、命令はよくないよー」

「みんなで南の貞操、もとい…じゃなくて、もう貞操だ貞操。守るんだ!」

 涙目になってる東方に、もうなんて対応していいやら、部員達は帰りたいけど帰れない、と一昔前のサラリーマンのように、こっちこそ涙目になりそうだった。

「千石先輩…あまり、そういう冗談はよくないですよ」

 関わって過去ロクなことをされなかった、被害者後輩ナンバー1の室町が、おそるおそると口を挟んだ。

「冗談って、酷い! オレの本気と純情を冗談で終らそうとするなんて! ムロマティーなんて、東方とくっついちゃえばいいんだ!」

「―――すみません。後ろから刺していいですか?」

「中々、殺伐した部だよね。ウチって」

 新渡戸が「オレの癒しオーラも消えちゃうわ」と芽を気にしながら呟く。

「ウチの部をホモに染め上げるな!」

 怒り沸騰の東方が、千石の襟首を掴んで持ち上げた。

「ああ、まさみん許して。私には愛しい夫と子が…!」

「だだーん。殺されかけても、おちょくることを忘れない図太い神経はさすがですだーん」

 太一がメモを取り出して、何かを書き取りはじめた。

「お前は友人をそんな色目で見て、おかしいと思わないのか? 南が可愛そうだと思わないのか?」

 東方はなおも千石を説得する。

「だってー南が罪なんだよー」

「オレの何が罪なんだよ」

 真打登場。ざわり、と部室内の空気が動くとともに、体育倉庫などの最終チェックを律儀にも終えた南が入室してきた。その後ろには、珍しく練習に出てきていた亜久津もいる。部室内の人間が少なくなるのを待っていたようで、まだまだ多い室内を見回して険を鋭くした。

「南ー!」
「南ー!」

 片方は喜色を浮べて、もう片方は悲哀を込めて名前を呼ばれ、南は怪訝な表情で返す。

「なんだよ」

「お前、これからは絶対千石の半径2メートル内には近づくなよ! 二人っきりにもなるなよ! 千石に用件がある時はオレにまず相談しろよ!」

「まさみん、抜け駆け! なにさ、このホモ!」

「締めるのと、落とすのと、どっちがいいか選べ」

 千石の襟首を掴んだままだった東方は、そのまま躰を持ち上げた。思わず亜久津が「やるじゃねーの」と感心。

「ひ、東方! 千石が死ぬぞ!?」

「お前のためだ、南」

「や、オレの為と云われて人殺しされても困るから。ってか一体何やったんだよ、千石」

「こいつはなー、お前を空き教室に連れこんだ上に、乗っかってお前の童貞を奪った挙句、責任を取れと脅そうとする、畜生にも劣る男なんだぞ!」

「はあ?」

 必死にこれまでの経緯を伝えるも、いまいちその真剣さは伝わらなかった。
 南は目を点にして、首を傾げている。
 要領のよい千石は、つかさず「ぷー!」と噴出した。

「東方ってば、本気で信じるから面白いよね!」

「な!?」

「なんだ、千石に揶揄われていたのか。付き合うだけ疲れるぞ」

 呆れて嘆息を漏らすと、南は自分のロッカーを空ける。着替えのために、まずはシャツを勢いよく脱いだ。

 そこをわざとらしく凝視する千石に、東方が「見るなー!」と目を隠す。

「おいおい、付き合いがいいな、東方」

 苦笑を漏らす南に、一部始終を見てしまっていた室町と喜田が、東方に同情を覚えた。が、助け舟を出せば、のちほど千石にどのような報復を受けるかわかったものでないので、貝のごとく口を閉じている。

 そのさなかも、後輩達は我先にと着替え終えては出ていった。亜久津がいるだけでも空気が重いのに、この状態で居座れるほど根性は据っていない。
 結局残るのはいつものレギュラーメンバーに、怖いモノ知らずの太一だった。

 そして最強の一年は、とんでもない爆弾を投下した。

「でも、男を押し倒すって云ってましたけど、男同士で何するんですか?」

 男女の繁殖行為については、保健体育で学んでいる太一も、所詮中学一年生の知識。わからないものはわからない。幼児並の好奇心で「なぜなぜどうして?」と首を左右に振っていた。

 空気が凍りついたのを、これ幸いと、千石は東方の腕から逃げて後輩の前ににんまりと立った。

「おい…」

 亜久津が人を殺せそうな鋭さで睨みつけるも、千石に通じるわけもなく。いそいそと太一の耳元に口を寄せた。

「千石! 変なこと吹き込むんじゃないぞ!」

 部長らしく、南が注意する。しかし、そもそも亜久津の恫喝をも無視できる男が、そんな簡単な注意でやめるわけがない。
 太一の頬が、じょじょに赤みを増していき、しまいには真っ赤になって両手で頬を包んだ。

「だだだーん! 大人な世界ですー!」

「何を教えた!」

 常識人の東方が青くなる。

「だ、大丈夫です。昔、子供ってどうやってできるの、とお母さんに聞いた時。『今でなくても、どうせロクでもない先輩や友達が教えてくれるわよ』と云われてましたから!」

「ロクでもない先輩代表だな…千石」

「あら〜」

 南に蔑視され、千石は抱きかかえていた太一に顔を寄せた。

「云ってくれるなー、壇くん」

(あれ?)

 密着する躰から、太一は相手の異変を感じ取る。

「千石先輩、もしかして…。ちょっと失礼しますね」

 額のヘアバンドを上にあげて、素肌の額を千石の額に充てた。

「あ、先輩!」

 間近にある顔を凝視して、太一は眉を顰める。それを見届けた千石は、にんまりと笑うと――

「なんかキスできる距離〜」

 軽く、太一の唇にキスした。

 部室の時間が止まる。

「わ、わわわわ!」

 真っ赤になった太一が千石から離れた瞬間、隣からにゅっと腕が伸びてきて胸倉を掴んだ。

「てめぇ! ふざけんのも大概にしろよ!?」

 何故か激昂を顕わにしたのは亜久津だった。押し殺した恫喝に、千石は恐れることもなくへらへらと笑っている。
 軽んじられたことにより、亜久津は激情のままに殴りかかった。その腕を「ダメです!」と太一が必死になって止める。

「ダメです! 千石先輩は熱あります!」

「……は?」
「え?」
「熱?」

 一同、呆然とする中。

 襟首を掴まれていた千石は、ヘロヘロと力を抜いて床に膝をついて倒れた。

「千石!」

 南が驚いて近寄る。

「あー、なんかグルグルする」

「わ、マジで熱い。暑気あたりか? 誰か保健医呼んできてくれ! それとタオルを水で濡らして!」

 てきぱきと指示を出しながらも、南は千石の制服のボタンを外して苦しくないように寛がせた。

「どうりでおかしいと思いましたよ」

 とりあえず冷房を消す室町に、喜田は「本当にそう思ってたか?」と意地悪く聞き、「微妙」と答えられていた。


 結局。千石のとんでもないセクハラ発言の数々は、熱のための戯言と片付けられたが、熱のための戯言で済ませられなかったのは、衆目の集まる中唇を奪われてしまった太一である。

 太一の復讐は後日、改めて、えげつなく行われるのだが、そのえげつなさに拍車をかけたのは千石が自分のしでかしたことを棚に上げ、亜久津に対してしつこく揶揄ったことにあった。


「壇くんってタバコ吸う?」

「吸うわけねーだろ。なに云ってんだ、てめぇ」

「いやーこの間、なりゆきでチューしちゃったとき、タバコ臭かったもんだからさー。気になった」

「…………」


 

 
 
 












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 起きてびっくり、またもや知らない間にSSがありました。
小人さんは下ネタ好きだな〜…はあ。
覚えてなくて恐縮ですが、うちの亜久津は太一に手が出せるほど変態ではないのです。

 タバコの味って、あれですよ。
きっと性懲りもなく吸ってた亜久津の口元から奪って、吸ってみて
「こんな苦いもの! 躰に悪いにきまってます!」
とかなんとかあったんですよ……多分。や、今考えたんですけど。

だから覚えて無いし……



















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