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| 雨が降っていた。 ぼんやりと外を見ながら、千石は頬杖をついている。 いつものお調子者の顔は影を潜め、以外と大きな双眸は長い睫により半分隠れていた。 こうしてまともに顔を見るのは久し振りかもしれない。 騒がしいこの少年はロクなことしないのだ。問題が起きるたびに、部長である自分に火の粉が否応なく降り注ぐ。 考えてみれば怒ってばかりだ。 彼とまともな会話も久しく無いことに気づいてちょっと驚いた。 既に誰もいなくなったガランとした教室で、日誌を書いていた手を止める。 クラスは違うのに、何で目の前に千石が居るのか。 それさえ、今更ながらに不思議に思った。 夏なのにも関わらず、長雨が続く。 お陰で部活動は二日に一回は中止を余儀なくされた。 体育館は競争率が高いのだ。校内でストレッチも、一度柔道部と武道館の使用争そいをしたために禁止されてしまっている。 「雨はやだなあ」 うっかりと見つめていた為に、千石と目が合ってしまった。 なんだか気まずくなって、思わず顔を伏せる。 「そうだな。部活が無いと調子が狂う」 「真面目だね、南君。オレはどっちかって言うとさ、テンションが下がっちゃってヤなんだよねえ」 「お前はそれくらいが丁度いいんじゃないか?」 喧しいときはとことん手に負えない山吹のエースだ。そのお守りを負かされている部長であるオレは、その謎なばかりの高揚した千石にいつも手を焼いていた。 「南は、大人しいオレのほうが好き?」 「面倒なくていいとは思うぞ」 不用意に漏らされた「スキ」という単語に鼓動が跳ねる。 「なんだよ。それじゃオレがいっつも南に迷惑かけてるみたいじゃん!」 「そうか…自覚なかったのか……」 「ひでえ…、オレこんなに頑張ってエースやってるのにい〜」 「エースやってるのはお前自身の為だろう。頑張っているのもお前自身の為じゃないか」 「―――そういう事言うんだ。きっついよね、南って」 「いざとなったらお前のほうがキツイだろーが」 「……エース張らなきゃ、南の側にいれないじゃん」 「はあ?」 何を言い出すのだこのボケは…… 今一理解できずに素っ頓狂な声を上げてしまった。 千石はますます嫌そうに顔を顰める。 「確かにね、頑張っているのは自分の為だよ。当たり前じゃん。南に構われたい一身で頑張ってるんだから、オレって健気だよねえ」 はあ〜、と大きな溜め息をつかれてしまった。 「オレに構われたいって…オレをバカにしたいの間違いじゃないのか?」 なんだか気に食わなくて、思わず嫌味が口に出た。無性に無邪気を装う千石が卑怯だと感じたのだ。 自分でもバカなことを言ったと、すぐさま後悔した。なんだか恥かしいとまで思ってしまったが、それさえも突き詰めてしまえば自分かわいさから出た感情であって―――とにかく、千石が恐かった。 じっと、こちらを見つめてくる。 笑っている時も掴み所が無いが、真面目な顔をしていると余計に何を考えているのか図りかねた。 ポキポキ。 二度もシャーペンの芯を折ってしまった。 「ねえ、南」 ポキ。 「オレさ、雨は嫌いだけどそのあとに、たまに見える虹って大好きなんだよ」 「―――藪から棒だな」 「南は虹を発見したらどう思う?」 別に……、と答えようとして顔を上げたら、予想だにしない千石のいやに真剣な表情に息を呑んだ。 「そら…嬉しいだろうな。きっと」 「それで? 嬉しかったらどうする?」 「どうするって……」 何を言わせたいのか、意図が掴めずにうろたえた。 「オレはね、一番に南に知らせたいと思う」 「――――……」 「雪が降っても、桜が咲いても―――綺麗なモノを見たら、南に見せたいと、絶対思う」 「千石?」 「一緒に見たいなあ、って思うよ」 ―――なんてストレートな愛情表現。 裏に隠された意味がわからない、と言えるほど鈍感でも狡からくも無いオレは――…… 「南は?」 ズルイのはいつもお前だ。 最終的な答えだけを目の前に並ばせて、YESかNOを選ばせる。 そしてオレも大概ズルイ。 疑問に疑問で返す。答えを濁す。 わからない振りをする。 千石はそれさえわかっていて、答えを迫る。 雨が降っている。 雨音だけが、がらんとした教室に響くとなんだか雨の檻に閉じ込められているようだ。 だから――― だから。 日常からちょっと離れた情景の中だから。 机の上で身を乗り出して、答えを迫っていたその口を塞いだ。 男でも唇の柔らかさは一緒なんだ。 冷えているのか、沸騰しているのか。 わからない脳味噌の隅っこで、そんな感想が生まれた。 雨が―― 雨の音が――― 唇を離す。 きょとん、とした相手の顔。 「―――ぶっ」 どこか幼い。本当は大人びた。 そんな千石の呆気に取られた様子は、照れ隠しに笑うには丁度よく。 「わ…笑うなよ! 南…っ。くっそーなんだよ、もう。オレで遊ぶなっつーの」 途端顔を真っ赤にして、ぷいと横を向かれてしまった。 「悪い、悪かったよ」 「―――謝るなよ」 声音が変わる。 「謝るなよ、バカ」 逸らされた視線。掠れて小さくなる声。 どうしていいのかわからなくなるオレはまだまだ子供で、それに気づけない千石もどうしようもなく子供で。 オレ達は手探りで言葉を探す。 「早く、雨が上がるといいな」 「………」 「お前は、晴天の下でテニスラケット持って走り回ってるほうが、らしいよ」 「………」 「ったくさ。きっとオレ、虹を見たら絶対お前を一番に思い浮かべるぜ」 「………」 「桜が咲いても、雪が降っても―――一番にお前を思うだろうな」 これが精一杯。 子供だから、男だから。 どうにもならない、小さな世界。隔離された、雨の檻の教室。 千石の眼差しが、悲しそうに弛んだ。 「一番近いのは冬だよね。雪が降ったら、一番にオレを見つけて」 「うん」 「一番に、オレを探して」 「うん」 恋と呼ぶにはまだ早く。 友情よりも少し深く。 互いを探り合うこの関係は、一体どこまで続くのだろう。 こんなアホなことを考えてしまうのは、やっぱり薄暗い空のせいかもしれない。 千石がオレの手を握って爪を立てた。 いつかきっと、この痛みをもっと深いところで感じるだろう。 そんな予感がした。 傷つき、瑕つけ合う。 そんな予感がした。 「雨、まだやまないね」 「いつか――止むよ」 早く止むことを願い口に出したのに、同じくらいの気持ちで、 ―――雨が続くの祈った。 |
我ながら謎なもん書きました。
またもやイベンド後に突発で書いたナンゴク。
甘くて謎でどうしよう…
この頃私はゴクナンゴクらしいことを発見。
その内イッタイ話書きたいなあ。