幸村くんと真田くん 2
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「まさかアレで本当に入ってくるとは思わなかった」 「何故だい? 彼、見るからに真面目そうじゃないか。約束は守ると思ったよ」 ゆっくりと流れる雲の下。グラウンドのあちこちから、勇ましい掛け声が上がっている。 立海大附属はスポーツに力を入れている学校でもあるので、放課後ともなれば若々しい活気に溢れ、どこの部でも絶え間なく学生達が各々技術や体力を磨くのに懸命だ。 三年は引退し、一年は新人戦に向けて本格的な練習に入る季節だ。 それでもまだまだ成長途中のまだ入り口に立った者達である。この時期、一年の年の差は他の年代と比べ物にならないくらい、顕著に差を感じられるものだ。 学校外に出て、戻ってきてから校庭を五周。それら合わせて3.5キロの中距離走なのだが、前を走るのはもっぱら二年生部員で、その後ろをまばらに一年達が必死でついていっているのからでもよくわかる。 冷たい風が吹くようになったとはいえ、流れる汗に季節は関係ないようだ。 それでも次いで到着する二年達が見える頃には、幸村は余裕を持って迎えられるほど復活する。 それら全てを間近で眺めていた柳は、いつもそのギャップに感心してしまう。 このテニス部で部長にまでなった男なのだから、生半可な根性でも才能でも人望でも無いのはわかりきっていることだが、やはり外見というのはどうしても大部分の印象を形作ってしまうものだ。 現に幸村が部長に就任し、初めて部長会に出た時。他の運動部部長はごぞって目を丸くしたらしい。 ――皆、真田こそが部長になるものだと思っていたのだ。 「悪かったね、今日はオレのペースにつき合わせちゃって」 新人戦に意気込む一年達を見て、去年の我が身を思い出し、次いでテニス部に異例として入ってきた少年の話になったのだ。 剣道部期待の大型新人と目されていた少年であった。にも関わらず、いきなり経験の無いテニス部に入部したのだ。 真田弦一郎。 あとで幸村も知ったのだが、祖父が有名な剣術家で、なにやらむずかしい漢字が羅列する流派の師範代だとか。その秘蔵っ子として、真田は本当ならば免許皆伝の腕前なのだそうだ。十二歳の若さで真剣を扱えるということだけでも、その才能は明らかである。 そんな剣ひと筋。末は武蔵か小次郎か、とまで有望されていた少年が突如テニス部などに入ったのであるから、皆が目を剥くのも当たり前というものだ。 しかも理由が皆見当もつかない。 ―――あれは説明できまいよ。 「幸村の色香に惑わされて、青春の道を踏み誤るようなタイプには一見しては見えんのだがな」 その声も表情も穏やかに、幸村は含みを入れて返す。 ふむ、と一考。 「―――物好きだな」 柳は固まる。瞬間にして冷えた幸村の声音に、背筋が凍ったためだ。 「何度も言うが…たんにクラスにもう一人真田という苗字の生徒が…」 「―――と、話中に失礼。何か言ったかな?」 静かに首を横に振った。 「幸村〜、そんなに怒るなよう〜」 「新鮮さがなくなったら、やっても面白くないじゃないか」 元を正せば真面目に走りこまない二人が悪いのだから、幸村は素気無く一蹴。二人は押し黙るしかない。 あ、という間もなく、仁王の躰は円を描いて地に倒れた。 「……随分余裕な帰還じゃないか、仁王よ」 容赦無く腹を踏み、華のような笑みを浮かべる幸村に、それを見守るしかできない一同全員が青褪める。 「幸村……それくらいにしといたほうがいい。一年が怯えている」 何事もなかったように、仁王から足を退けると、爽やかな風をまとって振り返る。 その先には青い顔をしてガタガタと奮える一年部員期待の星、切原赤也が立ち尽くしていた。 「す…すすすすみません。オ…オレも踏まれるんでしょうか」 「うわーんっ! そんな幸村絶えられないーっ! 幸村は幸村は! いつも綺麗に優しく笑ってくれてなきゃダメなんだよう!」 「あの…幸村先輩って…なにか武道やってるんですか?」 「うん? ――ああ、確か合気道をやっていると…。あの容姿だからな、小さい頃から護身術だと習わされていたらしい」 確かに部内に最強として君臨しているのは真田だが、その真田が決して幸村の前に出ないことを、一年達は気づくべきなのだ。 飴とムチをそれぞれ担当している二人だが、いざとなれば幸村は両方こなすことができる。 (いや、いざってことはないか。元々の性格がそもそも温厚さからはかけ離れているからな) それを身を持って知っている仁王は、端っこで膝を抱えて「東京は恐かとこじゃ。国に帰りたいけん……」と、ぶつぶついじけていた。それに柳生が几帳面にも「ここは神奈川ですよ! 仁王君!」と訂正している。 「そうだよー、暴走族の数日本一、校内暴力日本一の神奈川だよ〜」 「東京東京って…そんなに東京がいいなら東京に行けば良いのです!」 柳生と丸井の間に、柳が入ってくると、取り直すと思いきや「丸井は横浜だ。横浜にはマリノスがいるしな」 「……よ〜こ〜は〜ま〜め〜」 その時である。 「たるんどるっ!」 雷光のような一括。 幸村を抜かした全員の背筋が、びしっと伸びた。 次いで一斉に皆の視線がコート入り口に集まり、ぎょっとする。 そこには剣道着を威風堂々と着こなしている、噂の副部長が立っていたからだ。 「既に柔軟に入っている時間であろう! いつまで遊んでいるのだっ。全員校庭三十周!」 腹底に響く声音で怒鳴られ、平部員は青くって固まったり、すぐにでも走り出そうとしたりする。レギュラー陣だけは「え〜?」と不平不満を顕わにした。 「ちょっと待って、真田」 颯爽と意見を口にする部長に、皆の期待の眼差しが集まる。 「遊んでいたのはレギュラー陣だから、レギュラーだけでいいよ。三十周」 「ジャッカルはどうなんだ! さっきから全然姿見かけちょらんぞ!」 全員の心の内『――外見はハデなのに、なんでそんなに存在感が地味なんだ…』というのを読み取ったためである。 「ジャッカル先輩は一年達が、先輩達の速さにつられないよう、ペースメーカの役割してくれてたんすよ! じゃなきゃ部内一を誇る俊足の先輩が遅くなるわけないじゃないですか!」 「とにかく! オレがいないからといって怠けるな!」 「ってーか、真田副部長。なんで剣道着なんすか? テニス辞めちゃうんすか?」 赤也がひょっこりと真田に近寄る。恐れ知らずの一年といわれる所以が、その度胸の良さにあった。 「む? 辞めるわけなかろう。今日は剣道部部長に練習試合を申し込まれているのだ」 「お前…なんつー言い草……」 無神経な発言に、仁王は苦笑する。 「そうか、お前達は知らないのだな。真田は元々剣道部の期待の星として、入学当時から目をつけられていた存在なんだよ」 柳が説明を買って出た。本人からは言いずらいだろうという配慮だ。 「へー。すっげー! じゃあなんでテニス部に入ったんすか?」 あっさりと事も無げに尋ねたあとで、重い沈黙が一同に訪れる。 ―――今まで誰も聞いたことのなかった、それこそ立海大附属中の七不思議であることを、赤也は知らなかった。 二年達はなんとなくだが、理由を憶測してはいたものの、当たってたら恐いから聞けない。と、いうのがぶっちゃけた理由なのだが、今まさに、一年が禁断の扉を開けようとしているのだ。 ここで何事もなかった振りを通して、話を通すには、皆の好奇心は強すぎた。 突破口を開いたのは柳生である。 「そう…ですね。実は我々も気にはなっていた事なのですが…」 (――我々とか言っちゃってるよ、このお方…) 逃げ出したかったジャッカルは、退路を塞がれて断念。 「だよなー。しかも真田すっげー強くなっちゃうからさ。何も言えなくなってさー」 全てを知っている柳は、友人として暖かく見守ってみた。 「みんな、真田が困っているじゃないか。そろそろちゃんと練習始めるよ」 救いの手を差し伸べたのは幸村である。その一言で、張詰めた空気が一気に抜けた。 「ぬ…、そうだ。頼まれていた練習メニューを置きにきただけで、オレはまた武道場に戻らねばならん」 助かったとばかりに、手に持っていたノートを近くにいた柳に手渡す。 「真田はね、オレに結婚してくれって土下座までしたもんだから、だったらテニス部に入ってねって勧めたんだよ」 「うおおぉぉぉおおお――っ!」 「え? え?」 「なに、なんですと?」 「えー! さ…真田副部長が!」 「ちょっと待てぇー! お前等―っ! って幸村――っ!」 気を抜いた途端に落とされた爆弾に、全員揃って阿鼻叫喚。 「結婚っ?」 「さすが、幸村。菩薩の如き顔で中身は鬼人のごとし」 「答えるなあぁぁああ―っ!」 「えー、えー、マジ? ブンちゃんショ――ック!」 「微妙ってあたりで既にどうしようもないぞ、弦一郎」 「なんかあれじゃなー。『お父さんとどうして結婚したの?』と聞く子供に笑って答える母親のような話じゃのう」 頷きながら納得する仁王。ジャッカルは宗教上の理由から耳を塞いで聞くのを拒否した。 「なんでいきなり結婚を前提にしたお付き合いになるんすか?」 「お父さんはね、お母さんに一目惚れしたんだって」 瀕死の状態で止めに入るが、最早誰も真田の言うことなんぞ聞いてはいなかった。色々と複雑な思惑が混じった視線を感じて、なにやら泣きたくなってきた漢、弦一郎である。 とにかく誤解を解かねば、と焦っていると、大勢の足音が向かって来て止まった。 「たのもーっ! 真田はいるかあっ!」 野太い勇み声が上がる。顔面を引き攣らせて振り向けば、そこには剣道着のむさい集団が揃っているではないか。その数五十。立海大附属剣道部のつわもの共全員である。 ―――うわあ〜。むっさー。 爽やかテニス部員が軒並み、その圧巻した光景に退いた。 ずい、と前に出てくるのは部長。その体格は真田と同格。厳しい顔も雰囲気も劣らず。 「真田―っ! 今日は剣道部優先のはず。なにゆえいつまでもそこに居るのだ!」 「……切原―っ!」 叫んだ真田の目が『あとで地獄の三丁目特訓メニュー遂行』と語っており、さすがに赤也は「お口にチャックしましたーっ!」逃げた。 「こっちも部活の邪魔だし。さっさと行っていいよ、真田」 テニス部員を見れば、全員悲壮な顔付きで耳を塞いでいる。 「幸村…お前はそんなヤツだったのか……? なにやら部員が今にも泣きそうになっているぞ」 「真田の件だ。もうテニス部は全国二連覇をしただろう。最後の一年ぐらいは剣道部に戻せ!」 その時、優婉に笑む幸村の背後に、確かに般若の面が浮かび上がったのを誰もが目撃する。 免疫の無い剣道部員が軒並み震えだした。 とうの真田は「う…うむ……」と頷くのが背一杯で、浅い呼吸を繰り返し喘ぐようにしてやっと 「オ…オレはテニスが面白いのだ……」 答えた。 「よくできました」 「そ…そうだな。面白そうだな、テニスもな……」 ぎこちない仕草で頷く下津家に、真田が憐憫の情をかける。 「と、とにかく、今日はオレの練習相手になってもらうぞ!」 それを見送ったテニス部の面々は、急に冷たくなった風に、心なし震える。 「さて、せっかくあったまった体が覚めてしまったね。とりあえず柔軟から始めようか」 良い子の返事が何重にも重なって返ってきて、きびきびと行動に移った。 それを満足そうに見ると、そのままレギュラー陣に向けて「あ、丸井、柳生、仁王は校庭三十周」と命令。 三人は無言でそれに従った。気の優しいジャッカルも「オレも走り足りないから行くな」とついていく。 「えっと、メニュー表どおりに行くと今日はボレーボレーからだね」 幸村はあっさりと柳の質問の回答を流す。 「真田は『テニスなんてこんなものか』って思ってたんだよ。顔に出てたもの。その頃合を見計らって、オレと試合した」 それだけを言い残すと、幸村は新たな指示を出す為に部員達のもとへと向かった。 「―――恐ろしいヤツだ………」 誰が、とは言わない。 柳は溜め息をつくと、そのあとに続いた。
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続いてたんですね、これって。
しかもリシーズなんですか?(知らん)
っていうか、もうキャラ素晴らしい捏造。
私の妄想力逞しいー。
ウチの幸村はヘタすると下ネタ連発するヤツです。
うわあ〜奈落〜。
とにかく仁王の扱いが困ります。
何語なのこの人。