幸村くんと真田くん 2



 

 

「まさかアレで本当に入ってくるとは思わなかった」

「何故だい? 彼、見るからに真面目そうじゃないか。約束は守ると思ったよ」

 

 ゆっくりと流れる雲の下。グラウンドのあちこちから、勇ましい掛け声が上がっている。

 立海大附属はスポーツに力を入れている学校でもあるので、放課後ともなれば若々しい活気に溢れ、どこの部でも絶え間なく学生達が各々技術や体力を磨くのに懸命だ。
 遠くからはバッドに硬球が当たる澄んだ音が響き、体育館からは床を滑る音とボールの弾む音が漏れてくる。
 それらをかき消すように、頑張って声を張り上げているテニス部の一年生達を眺めながら、柳と幸村は自分の汗をタオルで拭っていた。
 丁度外周ランニングからコート内に戻ってきた所である。


 日の傾きが早くなってきた十月。

 三年は引退し、一年は新人戦に向けて本格的な練習に入る季節だ。
 それまでは球拾い、柔軟、素振りと、基本的なことのみを繰り返していた一年は、突如目の前に出される立海大附属の銘。『常勝』の文字に圧倒されこととなる。

 小学生っぽさが消えた少年達は、どこか大人びた眼差しに変え、鍛錬に勤しむのだ。立海大中等部のテニス部に入った時から、公式戦での負けは認められぬ。決して負けないものだけが、試合に出る権利を会得できるのだから、部員達はいつも必死であらねばらなぬ。才能の前では年齢も関係ないという、シビアな場所は、その重圧に潰される者を必要としていない。だが、反面。力さえあれば、無条件で上にあがれるのだから、貪欲な者や負けず嫌いな者には望むところであろう。

 それでもまだまだ成長途中のまだ入り口に立った者達である。この時期、一年の年の差は他の年代と比べ物にならないくらい、顕著に差を感じられるものだ。

 学校外に出て、戻ってきてから校庭を五周。それら合わせて3.5キロの中距離走なのだが、前を走るのはもっぱら二年生部員で、その後ろをまばらに一年達が必死でついていっているのからでもよくわかる。

 三年が引退したことで、新しく部長に納まったばかりの幸村は、あとから来る者に指示を出していかねばならぬために、一番に到着しておかねばらない。おかげで、部長になってからというもの、ランニングのペースを早めなければならなく、些か息を上げる嵌めになった。

 冷たい風が吹くようになったとはいえ、流れる汗に季節は関係ないようだ。

 それでも次いで到着する二年達が見える頃には、幸村は余裕を持って迎えられるほど復活する。
 柔そうな外見のため、誤解されがちだが、幸村は中々タフな少年だ。

 それら全てを間近で眺めていた柳は、いつもそのギャップに感心してしまう。

 このテニス部で部長にまでなった男なのだから、生半可な根性でも才能でも人望でも無いのはわかりきっていることだが、やはり外見というのはどうしても大部分の印象を形作ってしまうものだ。

 現に幸村が部長に就任し、初めて部長会に出た時。他の運動部部長はごぞって目を丸くしたらしい。

 ――皆、真田こそが部長になるものだと思っていたのだ。

 

 

「悪かったね、今日はオレのペースにつき合わせちゃって」
「別にこれくらいなら苦にならない。…しかし、早過ぎたかな? 他に誰もまだ終らないんじゃ考えものだ」
「いっつも怒鳴る誰かさんがいないからね。弛んでるんでしょう」

 トップを走る部長のすぐ後ろを走るのは、副部長と決まっているのだが、今日に限り不在のため、柳が臨時にその役を買って出ていた。

 秋晴れが続き、爽やかな風が吹く中。黙々と走るのもつまらぬと、二人は他愛もない会話をとりとめなくしてきた。

 新人戦に意気込む一年達を見て、去年の我が身を思い出し、次いでテニス部に異例として入ってきた少年の話になったのだ。

 剣道部期待の大型新人と目されていた少年であった。にも関わらず、いきなり経験の無いテニス部に入部したのだ。
 その衝撃たるや半端でなく。
 一年の教室前には一週間、剣道部の顧問と部長、他の部員が入れ替わり立ち代り参じては涙ながらに勧誘していたのは、もはや伝説となっている。

 

 真田弦一郎。

 

 あとで幸村も知ったのだが、祖父が有名な剣術家で、なにやらむずかしい漢字が羅列する流派の師範代だとか。その秘蔵っ子として、真田は本当ならば免許皆伝の腕前なのだそうだ。十二歳の若さで真剣を扱えるということだけでも、その才能は明らかである。

 そんな剣ひと筋。末は武蔵か小次郎か、とまで有望されていた少年が突如テニス部などに入ったのであるから、皆が目を剥くのも当たり前というものだ。

 しかも理由が皆見当もつかない。
 真田は黙して語らず。
 
 柳は回想する。

 ―――あれは説明できまいよ。

 

「幸村の色香に惑わされて、青春の道を踏み誤るようなタイプには一見しては見えんのだがな」
「―――色香? そのようなケッタイなもんを振りまいた覚えは残念ながら無いねえ」
「無自覚で誑しこむからタチが悪いのだ。大体いきなりテニス部に入れてモノにならなかったらどうするつもりだったんだ。お前はテニスを大切にするヤツだと思っていたよ」
「大切だよ。失敬だな…」

 その声も表情も穏やかに、幸村は含みを入れて返す。

「弦一郎は確かに素晴らしいヤツだと思う。何事に対しても真剣だし、テニスだって興味がまったく無かったわりには、現在は副部長にまでなる始末だ。全国大会で優勝した時、二年で参加していたのはお前と真田の二人だけというのも、スタートがアレと知っているから余計に奇跡だと思えるぞ」
「本当にね。まさかあんなに強くなるとは、嬉しい誤算ってヤツだ。掘り出し物だった。オレもうかうかしていられないよ」
「正直、弦一郎が生半可な気持ちでテニスをするようなら強制的に止めさせる気だったんだ。お互いの貴重な時間を無駄にすることもあるまい」
「柳って本当に合理的が好きだよね」
「お前が遊びすぎるんだ。女に間違われた時点で否定すれば、あんなややこしい展開にはならなかったものを……」
「君だって乗ってきたじゃないか。――それに、真田には興味があったんだよ」
「興味?」

「面白いじゃない。あの口説き文句は最高傑作だった」

 タオルを首から抜き取る。柔らかい髪が宙に舞った。
 何をするにしても絵になる少年である。
 柔和な笑みを浮かべれば、男女関係なく鼓動が跳ねることだろう。

 だが――柳はその裏に隠された強靭な面を知っていたので、見た目に騙されることはなかった。

 ふむ、と一考。

「―――物好きだな」
「そういう君はいつの間にか名前で呼び合う仲になっているしね」

 柳は固まる。瞬間にして冷えた幸村の声音に、背筋が凍ったためだ。

「何度も言うが…たんにクラスにもう一人真田という苗字の生徒が…」

「お前等いつまでチンタラ走ってんだよっ! んで立海ジャージ着てんじゃねえぞっ? ああっ? 踏まれてえのか、オラァ!」

「―――………」

「―――と、話中に失礼。何か言ったかな?」

 

 静かに首を横に振った。

 

「幸村〜、そんなに怒るなよう〜」
「……心臓が止まるかと思いました」

 二年の先頭を走っていた丸井と柳生が、怒鳴り声が響くとともに急いで幸村の元へと集まる。

「三年が引退したからって気を抜かない。休んでないで次に行くよ。まったく、真田がいないからって怒鳴る人間がいないなんて思っちゃダメだよ」
「うん。それはわかったから。わかったけど、幸村は怒鳴っちゃだめだよう〜」
 本気で恐かったらしい丸井が、涙目になって幸村に縋った。
「普段からそのキャラなら問題なんですけれど、いきなり柄が悪くなると驚きます」
 こちらも大分堪えたのだろう。柳生はメガネをタオルで拭きながら意見した。

「新鮮さがなくなったら、やっても面白くないじゃないか」

 元を正せば真面目に走りこまない二人が悪いのだから、幸村は素気無く一蹴。二人は押し黙るしかない。

「――なんじゃ。さっきの怒鳴り声誰かと思ったら、幸村だったんかい」

 のらりと現れたのは、やはり新レギュラーの仁王で、幸村は無言で近づくと、なんの前振りもなく腕を掴む。

 あ、という間もなく、仁王の躰は円を描いて地に倒れた。

「……随分余裕な帰還じゃないか、仁王よ」
「す……すみません……」

 容赦無く腹を踏み、華のような笑みを浮かべる幸村に、それを見守るしかできない一同全員が青褪める。
 仁王が助けを求めて皆に手を伸ばすも、ざっと退かれた。

「お前等仲間意識がなかーっ!」
「成仏しろよ、仁王」
「告別式には呼んでくださいね」

 あっさりと見捨てる丸井と柳生に変わり、救ったのは珍しくも柳だった。

「幸村……それくらいにしといたほうがいい。一年が怯えている」
「おや、切原君。早かったね」

 何事もなかったように、仁王から足を退けると、爽やかな風をまとって振り返る。

 その先には青い顔をしてガタガタと奮える一年部員期待の星、切原赤也が立ち尽くしていた。

「す…すすすすみません。オ…オレも踏まれるんでしょうか」
「踏まれたいの?」

 赤也は首がもげるんじゃないかというほどに、横に振って否定する。

「うわーんっ! そんな幸村絶えられないーっ! 幸村は幸村は! いつも綺麗に優しく笑ってくれてなきゃダメなんだよう!」
「あはは、バカだなあ、丸井。そんなこと、君達が勝って勝って勝ちまくって、全国大会三連覇さえしてくれれば済むことじゃないか」

 ドン。と、何気なく重圧をかけられて、やはり皆押し黙る結果となる。

「あの…幸村先輩って…なにか武道やってるんですか?」

 実は仁王のすぐあとに居たので、一部始終を目撃するはめになっていた赤也である。だが、恐くて本人は聞けないので、近くにいた柳に話かけてみた。

「うん? ――ああ、確か合気道をやっていると…。あの容姿だからな、小さい頃から護身術だと習わされていたらしい」
「さ…最強っすね」
「部長だからな」
「オレ…ずっと真田副部長が恐いの担当だと思ってたっす」

 独り言のように呟く、呆然としている一年に、柳は苦笑を漏らす。

 確かに部内に最強として君臨しているのは真田だが、その真田が決して幸村の前に出ないことを、一年達は気づくべきなのだ。

 飴とムチをそれぞれ担当している二人だが、いざとなれば幸村は両方こなすことができる。

(いや、いざってことはないか。元々の性格がそもそも温厚さからはかけ離れているからな)

 それを身を持って知っている仁王は、端っこで膝を抱えて「東京は恐かとこじゃ。国に帰りたいけん……」と、ぶつぶついじけていた。それに柳生が几帳面にも「ここは神奈川ですよ! 仁王君!」と訂正している。

「そうだよー、暴走族の数日本一、校内暴力日本一の神奈川だよ〜」
「丸井君。君には愛県精神ってものはないんですか? 好きです川崎愛の町ですよ!」
「べっつにー。だってオレ、生まれは東京だもん」

 あっけらかん、と言い放った丸井に柳生がメガネを掛けなおす。

「東京東京って…そんなに東京がいいなら東京に行けば良いのです!」
「んなこと言ってないよー。まったくヒロッちはコンプレックス持ちだなあ」
「誰がヒロッちですか! ベル〇ィ川崎がいきなり東京ベル〇ィになったのが良い例ですっ! おのれぇ〜川崎捨てくさりやがってどちくしょう」
「誰? 今の誰?」
「まあまあ柳生よ。ベル〇ィは捨ておくとして」
「え、捨てちゃうのっ?」

 柳生と丸井の間に、柳が入ってくると、取り直すと思いきや「丸井は横浜だ。横浜にはマリノスがいるしな」

「……よ〜こ〜は〜ま〜め〜」
「ええ、どうしてそうなるわけ?」
「フロンターレ…フロンターレがんば…っ」
「もうサッカーやればいいじゃーん。柳生〜」

 一年が全員戻ってきたのを確認していた幸村は、まだまったりと残っているレギュラー陣を見て嘆息を漏らした。

 その時である。

「たるんどるっ!」

 雷光のような一括。

 幸村を抜かした全員の背筋が、びしっと伸びた。

 次いで一斉に皆の視線がコート入り口に集まり、ぎょっとする。

 そこには剣道着を威風堂々と着こなしている、噂の副部長が立っていたからだ。

「既に柔軟に入っている時間であろう! いつまで遊んでいるのだっ。全員校庭三十周!」

 腹底に響く声音で怒鳴られ、平部員は青くって固まったり、すぐにでも走り出そうとしたりする。レギュラー陣だけは「え〜?」と不平不満を顕わにした。

「ちょっと待って、真田」

 颯爽と意見を口にする部長に、皆の期待の眼差しが集まる。

「遊んでいたのはレギュラー陣だから、レギュラーだけでいいよ。三十周」
「オレ等だけかいっ!」
「遊んでいるなんて失敬な!」
「いや…君達が一番煩かったよ」

 冷静に突っ込む幸村に、納得がいかないと仁王が立ち上がった。

「ジャッカルはどうなんだ! さっきから全然姿見かけちょらんぞ!」
「……え。オレが何?」
「いたよーっ! ジャッカル先輩ずっといたっすよーっ!」

 今一状況がわからず傍観していたジャッカルを、赤也が泣きながら庇った。

 全員の心の内『――外見はハデなのに、なんでそんなに存在感が地味なんだ…』というのを読み取ったためである。

「ジャッカル先輩は一年達が、先輩達の速さにつられないよう、ペースメーカの役割してくれてたんすよ! じゃなきゃ部内一を誇る俊足の先輩が遅くなるわけないじゃないですか!」
「そうだよね。他の怠けたレギュラーと違って、桑原が手を抜くはずがないんだから」
「サラリと毒を吐くよね、幸村ってさ」

 呟く丸井に、ギロリと真田が睨みを利かせた。

「とにかく! オレがいないからといって怠けるな!」

「ってーか、真田副部長。なんで剣道着なんすか? テニス辞めちゃうんすか?」

 赤也がひょっこりと真田に近寄る。恐れ知らずの一年といわれる所以が、その度胸の良さにあった。

「む? 辞めるわけなかろう。今日は剣道部部長に練習試合を申し込まれているのだ」
「真田副部長って剣道も凄いんですか?」

 驚きと興奮を隠せない表情で、赤也は珍しそうに道着を眺める。テニス以外にはまったく縁のなかった少年だが、この年の男の子ともあれば一度は武道に憧れるものだ。

「お前…なんつー言い草……」

 無神経な発言に、仁王は苦笑する。

「そうか、お前達は知らないのだな。真田は元々剣道部の期待の星として、入学当時から目をつけられていた存在なんだよ」

 柳が説明を買って出た。本人からは言いずらいだろうという配慮だ。

「へー。すっげー! じゃあなんでテニス部に入ったんすか?」

 あっさりと事も無げに尋ねたあとで、重い沈黙が一同に訪れる。

 ―――今まで誰も聞いたことのなかった、それこそ立海大附属中の七不思議であることを、赤也は知らなかった。

 二年達はなんとなくだが、理由を憶測してはいたものの、当たってたら恐いから聞けない。と、いうのがぶっちゃけた理由なのだが、今まさに、一年が禁断の扉を開けようとしているのだ。

 ここで何事もなかった振りを通して、話を通すには、皆の好奇心は強すぎた。

 突破口を開いたのは柳生である。

「そう…ですね。実は我々も気にはなっていた事なのですが…」

(――我々とか言っちゃってるよ、このお方…)

 逃げ出したかったジャッカルは、退路を塞がれて断念。

「だよなー。しかも真田すっげー強くなっちゃうからさ。何も言えなくなってさー」
「聞きたいことではあるな」

 丸井と仁王も賛同すると、真田を見つめた。当の真田は、何かを言おうとしたが、上手い文句が思いつかなかったのだろう。また閉じるという、なんとも煮え切らない珍しくもいっぱいいっぱいな姿を披露してしまっている。

 全てを知っている柳は、友人として暖かく見守ってみた。

「みんな、真田が困っているじゃないか。そろそろちゃんと練習始めるよ」

 救いの手を差し伸べたのは幸村である。その一言で、張詰めた空気が一気に抜けた。

「ぬ…、そうだ。頼まれていた練習メニューを置きにきただけで、オレはまた武道場に戻らねばならん」

 助かったとばかりに、手に持っていたノートを近くにいた柳に手渡す。

「真田はね、オレに結婚してくれって土下座までしたもんだから、だったらテニス部に入ってねって勧めたんだよ」

「うおおぉぉぉおおお――っ!」

「え? え?」

「なに、なんですと?」

「えー! さ…真田副部長が!」

「ちょっと待てぇー! お前等―っ! って幸村――っ!」

 気を抜いた途端に落とされた爆弾に、全員揃って阿鼻叫喚。
 叫ぶ者、固まる者、倒れる者続出。
 端から見ればまさに地獄絵図の光景であった。

「結婚っ?」
「結婚っ?」
「結婚――っ?」

 正確な伝言ゲームで、部内の端々にまで広がった絶叫に、真田は「無念」と膝をついた。刀を盛っていたら切腹していた勢いで打ちのめされている。

「さすが、幸村。菩薩の如き顔で中身は鬼人のごとし」
「そんなに誉めないでよ、柳」
「はい! はーい! 部長質問です!」
「なにかな、切原君」
「部長と副部長は付き合っているのですか?」
「聞くなーぁあっ!」

「結婚前提としたお付き合いだよ」

「答えるなあぁぁああ―っ!」

「えー、えー、マジ? ブンちゃんショ――ック!」
「そんな雰囲気、ここ二年で感じたことなどなかったのですが…」
「清いお付き合いだからね」
「付き合っとらーん! そもそも男同士ということに疑問を抱け、丸井、柳生―っ」
「え、じゃあ土下座して結婚を申し込んだっていうのは冗談なんすね?」

 キョトンと聞いた赤也に、ぐっと詰まる真田はとても男らしくない小さな声で「そ…それは微妙にっ、事実だが…」と、答えたものだから、喧騒は酷くなるばかりだ。

「微妙ってあたりで既にどうしようもないぞ、弦一郎」
「蓮二! ど…どうにかしろ! 幸村を止めてくれ!」
「どうにもこうにも…墓穴を掘っているのはお前自身だからな。どうにもならん」

 ズバっと袈裟切り。

「なんかあれじゃなー。『お父さんとどうして結婚したの?』と聞く子供に笑って答える母親のような話じゃのう」

 頷きながら納得する仁王。ジャッカルは宗教上の理由から耳を塞いで聞くのを拒否した。

「なんでいきなり結婚を前提にしたお付き合いになるんすか?」


 目をキラキラさせて尚も尋ねる赤也に、幸村はそれこそ慈母の眼差しを注ぐ。

「お父さんはね、お母さんに一目惚れしたんだって」
「へー、お父さん情熱的だね!」
「やめろ、貴様等―っ!」

 瀕死の状態で止めに入るが、最早誰も真田の言うことなんぞ聞いてはいなかった。色々と複雑な思惑が混じった視線を感じて、なにやら泣きたくなってきた漢、弦一郎である。

 とにかく誤解を解かねば、と焦っていると、大勢の足音が向かって来て止まった。

「たのもーっ! 真田はいるかあっ!」

 野太い勇み声が上がる。顔面を引き攣らせて振り向けば、そこには剣道着のむさい集団が揃っているではないか。その数五十。立海大附属剣道部のつわもの共全員である。

 ―――うわあ〜。むっさー。

 爽やかテニス部員が軒並み、その圧巻した光景に退いた。

 ずい、と前に出てくるのは部長。その体格は真田と同格。厳しい顔も雰囲気も劣らず。

「真田―っ! 今日は剣道部優先のはず。なにゆえいつまでもそこに居るのだ!」
「う…っ。テニス部員なのだから仕方なかろう! すぐに行くから待っていろ!」
「喧しい! 男が二言するか! それでも男かっ!」
「言うにことかいてなんたる愚弄! 許せん!」
「ならさっさと来いっ! 何度も言うがな、なんでテニス部になんか入ったーっ!」
「その話はもういいっ!」
「あ、今その話してたんすよ」

「……切原―っ!」

 叫んだ真田の目が『あとで地獄の三丁目特訓メニュー遂行』と語っており、さすがに赤也は「お口にチャックしましたーっ!」逃げた。

「こっちも部活の邪魔だし。さっさと行っていいよ、真田」
「ゆ…幸村……」
「うむ…幸村よ。一度貴様と話しておかねばと思っていた」
「なにかな、剣道部部長ウツケ君」
「下津家だ!」
「うん、下の毛君」

「――――………誰だ! こいつに下ネタ入れ知恵したのは!」

 テニス部員を見れば、全員悲壮な顔付きで耳を塞いでいる。

「幸村…お前はそんなヤツだったのか……? なにやら部員が今にも泣きそうになっているぞ」
「で、話ってなに?」

 さらり、と微笑みで返され、下津家はたじろぐ。頭半分も身長差のある相手に気圧された自分が許せないのだろう、虚勢を張るかのように、文字通り胸を張った。

「真田の件だ。もうテニス部は全国二連覇をしただろう。最後の一年ぐらいは剣道部に戻せ!」
「なにやら寝惚けたことを言うね。関東大会止まりの剣道部部長下の毛君」
「下津家だ!」
「そういうのは本人が決めることだ。オレに言われてもお門違いだよ」
「なら、真田が剣道部に入ると言うのなら止めないんだな?」
「もちろん。ねえ、真田」

 その時、優婉に笑む幸村の背後に、確かに般若の面が浮かび上がったのを誰もが目撃する。

 免疫の無い剣道部員が軒並み震えだした。

 とうの真田は「う…うむ……」と頷くのが背一杯で、浅い呼吸を繰り返し喘ぐようにしてやっと

「オ…オレはテニスが面白いのだ……」

 答えた。

「よくできました」

「そ…そうだな。面白そうだな、テニスもな……」

 ぎこちない仕草で頷く下津家に、真田が憐憫の情をかける。

「と、とにかく、今日はオレの練習相手になってもらうぞ!」
「望むところだ!」
「そ〜れ、道場まで競争だあ!」
「負けんぞー」

 棒読みの会話を交わした二人は、乾いた笑みを浮かべて道場へ走って戻っていった。

 それを見送ったテニス部の面々は、急に冷たくなった風に、心なし震える。

「さて、せっかくあったまった体が覚めてしまったね。とりあえず柔軟から始めようか」
「はい!」

 良い子の返事が何重にも重なって返ってきて、きびきびと行動に移った。

 それを満足そうに見ると、そのままレギュラー陣に向けて「あ、丸井、柳生、仁王は校庭三十周」と命令。

 三人は無言でそれに従った。気の優しいジャッカルも「オレも走り足りないから行くな」とついていく。

「えっと、メニュー表どおりに行くと今日はボレーボレーからだね」
「そうだな。――良かったな、幸村。真田がテニスを好きになってくれて」
「ふふふ。好きだよ、知らなかったの?」
「嫌々やっている風には見えなかったが、好きだとは知らなかった」
「始めの頃、先輩に凄いしごかれてたじゃない? そして片っ端から倒していってさ」
「あれは裏でお前が糸を引いていたろう」
「あの時ね」

 幸村はあっさりと柳の質問の回答を流す。

「真田は『テニスなんてこんなものか』って思ってたんだよ。顔に出てたもの。その頃合を見計らって、オレと試合した」
「……コテンパに真田が負けた試合だな。確か…」
「そう、あの時の悔しそうな顔。オレみたいな優男に負けたのが凄い屈辱だったんだろうね。だからこそ、テニスは面白いって、気づいたんだよ真田は」

 それだけを言い残すと、幸村は新たな指示を出す為に部員達のもとへと向かった。

 

「―――恐ろしいヤツだ………」

 

 誰が、とは言わない。

 柳は溜め息をつくと、そのあとに続いた。

 









 続いてたんですね、これって。
しかもリシーズなんですか?(知らん)
っていうか、もうキャラ素晴らしい捏造。
私の妄想力逞しいー。
ウチの幸村はヘタすると下ネタ連発するヤツです。
うわあ〜奈落〜。
 とにかく仁王の扱いが困ります。
何語なのこの人。




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