教授と博士の恋愛事情








「困ったことになったんだ」

 柳は清水の舞台から飛び降りても悔いのない気持ちで、元ダブルスの相方を待ち伏せした。
 突然現れ、川原まで連れて来られた乾は、困惑を示すも素直に付き合った。

「藪から棒だな」

「そうなんだ、藪から棒なのだ」

「……お前の混乱しているパーセンテージは100を超えているとみた」

「さすがだ博士。オレもそう判断する」

「で、棒がどうしたんだ?」

「棒が…棒が…」

 ああ、と柳はうめくと頭を抱える。

「オレは一体どうすればいいのだ!」

「落ち着け。とりあえず、オレのミラクル乾汁でも飲んで」

「冗談に付き合っている余裕は無いのだ」

「じょ…。そ…そうか……」

 青学では考えられない躱し方に、乾は心持ちしょんぼりと肩を落とした。実は悲鳴をあげて逃げられるのが、快感になりつつあるヤバイ所に踏み込んでいた乾である。
 そんな友人の態度にも上の空で、柳はなおも頭を抱えた。

「学校の友人、ましてやチームメイトにはどうしても相談できんのだ。ここは冷静に判断して貰う為にも、貞治が得策と思い東京くんだりまで来た」

「神奈川くんだりからわざわざ来るのだから、よっぽどのことだな」

「何を拗ねているんだ?」

「そこで正気に戻らないでくれないか。で? 相談とはなんだ」

 空は茜色に染まり、影が長くなっていく。
 柳は2、3度口を開閉させたあとに、渋面を作り「――後輩に告白されたのだ」と、心底嫌そうに呟いた。

「……い、色恋沙汰の話だったとは…。お釈迦様でも思うまい」

 何度もメガネに手をやりながら、乾は驚愕の嵐を凌ぐ。

「それで…何を相談したいんだ。付き合う気が無いなら断ればいいし、気に入った子ならば応じればいいだけの話では……」

「ないから、恥を忍んでここに居るのだ」

「だろうな」

「後輩というのも…テニス部の後輩でな。しかも全国に通じるほどの有力株なのだ」

「ああ…、なるほど。断ったあとでも付き合いがあるのか。それは面倒だな」

「最初は冗談だと思い、流してたんだが…。どうも本気らしくてな。フラれたらテニスも手につかないとか…ダダをこねられてみたり」

「可愛いのか?」

 そんな駄々をこねるのが、ガタイの良い女子だったらちょっと、アプローチの仕方に問題有りだ。思わず想像して、乾は失礼にも愁眉を寄せる。

「か…可愛い」

「そうか…可愛いのか…」

「しかしだな!」

「うん。好きになれるかどうかは別問題だよね」

 訳知り顔で頷いたあとで、柳の様子がおかしいことに気づき「おや?」と首を傾げる。
 夕焼けのせいだけでなく、顔が赤いようだった。

「――もしかして、ちょっとはほだされていたりするのか?」

「違…っ。と、いうかオレ達はあと少しで卒業だぞ?」

「それと年齢は関係ないだろう。オレだって…恋人を中等部に残して…離れ離れになるんだ。しかし、決して別れたりしない。してやるものか…」

 どうも自分の思考に入ってしまったらしい乾が、握り拳でいるのに、柳は仰天する。

「お前! いたのか! 彼女が!」

「いるとも! 恋人が!」

「そうなのか…。いや、悪いがお前とまともに付き合える女。しかも年下がいるとは思わなかった」

「悪過ぎるぞ。ちなみに、彼女じゃなくて、恋人。女ではなくて、男」

「――――!」

「恋愛は理屈じゃないなあ」

 ふっと、乾は微笑を浮かべて、旧友の顔を見た。

「本当は言うつもりなかったんだけど。昔からお前には嘘をついてもすぐバレたしね。気持ち悪いと思うなら、縁を切っていいよ」

「気持ち…悪いなんて…。むしろお前は性格がキモイのを嫌というほど知ってるから、今更ひとつやふたつ増えたところで」

「蓮二……」

「スクール時代。初恋のお姉さんにむかっていきなり『愛の光なき人生は無価値なり』とか叫んでみたり。はたまた違うお姉さんに『人が天から心を授かっているのは愛するためにのみである』とか恋文を送ったり」

「思い出すなっ! オレの暗黒スイートメモリーをぉぉおおお―っ!」

「名言に凝ってたんだよな、あの時は」

「お前だって…お前だってストーカー一歩手前だったくせに!」

「お前は真性ストーカーだったろうがっ!」

「好きな子が忘れていったリストバンドを、手に取り思いつめた様子で眺めていた時。絶対、あの時オレが声をかけなかったら頬ズリしてただろっ」

「するかあっ! 好きなお姉さんが座っていたベンチを、立った途端に温もり求めて速攻座ったお前に言われたくない!」

「好きな子の前でイイところ見せようとして、オレにむりや―――…ああ、もういい。やめよう。不毛すぎる…」

「そうだな…不毛だな…」

 伊達に小学校時代の大半を共に過ごしてはいない。掘り起こせばいくらでも出てくる相手の恥ずかしい過去は、裏を返せば自分の過去をも同時に掘り起こすということだ。相討ちになるのは目に見えていた。
 二人は肩で息をしつつも、首まで赤い。

(絶対、いつか過去ごと貞治を葬り去ろう…。精市と仁王に知られたら最後だ)

(不二や菊丸が蓮二の存在を知る前に汁を飲まさなければ…。飲んだら過去を忘れ去るほど強力なヤツを作らなければ!)

 じっとりと睨みあいながら、互いに暗殺計画を綿密に企てると、気が済んだので話を戻した。

 乾は咳払いをする。

「とにかく、すぐに離れるなら好都合じゃないか。確か立海大附属は共学なのにも関わらず、男子部と女子部に分かれているだろう? 一年後顔を合わせることもないんじゃないのか?」

「―――一年後、また同じ部で顔を合わせる」

「察しが悪くてすまなかった。相手は男か、だから悩んでいたんだな。ふむ、二年で有望株。尚且つお前に迫れるほどの男――切原か」

「ご名答」

「そうか…切原が…お前を…」

 不躾にも足もとからマジマジと柳を観察した乾は「物好きな」と吐いた。

「お前に言われたくないぞ! お前の恋人も相当な物好きだっ!」

「うーん。そこは否定しないよ。オレから迫って、追いかけて。押し倒したから」

「…っ! お…っ。貞治、それは犯罪だっ!」

「人聞き悪いなあ。付き合っているって言ってるじゃないか。ほだされてくれたんだよ。真面目な子だから、凄い葛藤があったと思うんだけど。でも、オレでいいって言ってくれたから」

「そうか…。好きあっているのか」

「うん。――と、いうかこういう話って、誰かにしたの初めてだな。照れる」

「そうか……」

 幸せそうに笑む乾に、柳はなんだか力が抜けてしまう。いろいろと気負っていたものが、憑物が落ちるようになくなった。

「不安は確かにあるよ。一年離れて、それでもオレを思ってくれるかなあ、とか。他に、可愛い女の子に告白されてフラフラ行かないかなあとか」

「そうだよな…。オレなんかより可愛い女の子のほうが絶対いいに決まっているんだ」

 ぽつりと柳から漏れた、一片の本音に、乾は(ああ、そうか)と友人の本当の悩みについてを感じ取る。
 昔はよく、二人揃ってデータ集めを楽しんでいたのを、周囲は『類友』と苦笑していたが―――本当に類は友を呼ぶものだな。乾の口端が知らず上がった。

「隠れて女の子と付き合われたりしたら、ショックだな。と――いや、立ち直るのに大分時間がかかるだろうなあ、とは簡単に予想がつくから。
『好きな子ができたら、正直に話して欲しい』と伝えたんだよ。そしたらさ…今にも泣きそうな顔になって『好きな子が、アンタにできたんすか』って言われて。もうなんて言うか、オレが不安に思っていることは、相手も不安なんだなって。きっとそれが恋愛なんだなって」

 乾は照れたように頭を掻いた。

「不安ってものは、付き合っていても。肌を合わせても、一時でも心が通ったと思っても。ずっとあるもので、不安がなくなるほどの信頼を互いに築くためには、すんごい時間がいるものなんだと思うよ」

「――――」

「不安がなくなった時は、ドキドキがなくなっちゃう時でもあるだろうし」

「貞治」

「うん」

「お前が言うと気色悪い」

「オレもお前に惚気ていることが気色悪いよ」

 真顔で言われ、真顔で返す。
 そして、くしゃりと笑った。

「参考にさせてもらおう」

「まあ、相手が切原だったら大変だとは思うけどね。直接言ってみればいいんじゃないか? その気持ちが本物ならば、信じさせてみろって」

「その手があったか」

「まあ、そこで押し倒されても知らないけど」

「お前は押し倒したんだな……」

「いっそのこと先手打って、蓮二も押し倒してみれば? 切原はお前より小さいだろう」

「――ムリを言うな。どこをどうすればアイツを押し倒す気になれるんだ。オレはノーマルなんだぞ」

「矛盾してるなあ。だったらさっさと断ればいいことだ。そう言ってね」

「――………」

「まあ、なし崩しに、常識打ち破ってきそうだけど、切原って」

「オレはあいつより大分身長があるんだぞ? 押し倒す気なんて…正気から考えて思えない」


「オレの恋人は切原より身長あるよ」

「そういう問題か」

「だから、ようは心の問題でしょう」

 日はとうに落ち、川面には街灯の光が揺れる。冷たい風もピークで、柳は身を震わせた。
 とにかく胸に積もっていたグチは言えたし、これ以上長居して乾の惚気話しを聞くのは遠慮したい。
 少なくとも打開策はわかった。
 まさか乾に、年下で男の恋人がいるとは思わなかったが、けっこうな収穫である。
 マフラーを口元まで引き上げた時、ふと目端に人影が引っかかった。

「―――……。貞治、今日は相談に乗ってくれてありがとう」

「いいや、何か進展したら教えてくれ。オレも惚気る相手ができて嬉しいし」

「そうか、ではもっと惚気られるよう頑張れよ」

 と、言うやいなや乾に抱きついた。

「―――? なんだ?」

 基本的にハグなどダブルスを組んでいた時代は数えきれないほどしている。乾は普通に困ったように間近にある顔を見た。メガネを指先で上にあげられていたが、これだけ近ければ裸眼でも、幼馴染の企み顔がわかる。

「またな、一年になったら速攻レギュラー取れよ。中学の時みたいに三年まで埋もれているな」

「努力はしているさ」

 その返答に満足して、柳は離れた。そして、踵を返す。

「気をつけて帰れよ」

 手だけをふられた。

「――唐突なヤツだよな。本当……」

 やれやれと、息をつく暇もなく。土手の上から黒い影が乾目掛けて突進してきた。
 そのまま、右ストレートが乾に向かって炸裂する。

「浮気者―――っ!」

「ふごうっ!」

 メガネが飛び、頭が真っ白になりつつも、強襲者を見れば。視力の弱い乾でも、闇に判別できるパンダナ。

「か…海堂…」

「約束…したじゃないっすか! 他に好きな人ができたら、こそこそしないで…ちゃ、ちゃんとお…おし……」

 震える声は、涙に濡れいてる。乾は忙しく、今度は真っ青になった。

「ち…違う―――っ!」

 友人が残した最後の言葉の意味。

 気づいたときには、もう友人の姿もなく。恋人は、泣きなら右拳を振りあげた。















 後日。

 柳の携帯にしつこいほどメールが届き。
 心配になった切原が覗き込んでしまったあとに、泣きながら走り去るという事件が起きた。
 メールの文章。
 それはとても熱烈な愛の語らいだったからである。(ハートマーク多様)

「柳先輩にそんな彼女がいたなんて――っ!」

「待て…っ。違う! これは貞治でっ」

「青学の乾と付き合ってたんだ――っ!」

「だから違うというのにっ」

 騒動を耳にした仁王と丸井が、心のままに吹聴して回り、噂は瞬く間に駆け巡った。
 これは乾が恋人について惚気ているメールなんだ…と、弁解が通じるのに一週間かかることになる。


 ――貞治暗殺計画ノートに、また新たなる1ページが書き込まれた時。蓮二復讐計画ノートにも1ページ増えることなど。
 勿論当事者達でも知らないことだ。




















 凄い突発で書きました。
相変わらず、突っ走ると謎なものを書いてしまいます。
急速に赤柳にトキメキました。
(その割には乾としか喋ってない)
この話が真幸のほうと繋がるかどうかは、まだ考えてません。
とりあえず書けてスッキリした。








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