赤也くん。はじめて物語






 春うららか。そう表現して申し分ないほどの陽気が、学校敷地内にある木々を包み込んでいた。
 桜にはちらほら葉が見られるも、まだ充分観るに耐える。

 そんな中、新入生用の花を胸に付けた少年少女が、明るい顔で体育館から出て来た。

 真新しい制服に身を包んだ彼等は、どこかぎこちなく大きめのブレザーを気になしながら歩いている。

「なあなあ、赤也。やっぱりでっかい学校だよなあ」

 黒い髪を刈り上げた少年が、前行くクラスメイトの肩を叩いた。

「うん。やっぱ名門校って感じがするよなあ。無事入れて良かったよな。浩太〜」

「そら、お前もだろうが。ギリギリだったくせに」

「浩太より上だって。ぜってえー」

 せっかくの入学式だというのに、あちこちに跳ねた黒髪を気にもせず爛漫と笑う。まだまだ小学生といった感じの切原赤也の頭を、友人がこづいた。

「やめろよー」

「うるせえ! どっちもどっちのクセに!」

「それってどうよ? なんか日本語間違ってる気がする」

「どこが間違ってんだよ」

「うーん。オレに聞くなよ」

 揃って低レベルな争いをしているうちに、列はどんどん二人を抜かして前に行き。気づけば最後尾になっていた。

「でもさあ。入学式ってつまんねえなあ。欠伸出ちゃったよ」

 赤也が体を立てに伸ばせば、友人もそれに「まったくだよな」と倣う。

「浩太〜、これから何すんだろう。帰っていいのかな」

「教室に行って、教科書貰うんじゃねえか? あとはなんか説明だと思う」

「かったるー。電車通学も面倒だし。ブレザーも動き難いしー」

「赤也の制服デカすぎ」

 手の先しか出てこない袖を観て、浩太が呟く。途端、赤也は真っ赤になって口を尖らせた。

「しかたねーじゃん。母ちゃんがケチなんだよ。いいんだもん。デカくなんだから!」

「牛乳飲め〜。電車…慣れたらチャリで来れる距離かもよ」

「そっかな? ――おお! テニスコートだ!」

 だらだらと歩いていた赤也だが、目端に入ったテニスコートに顔を輝かせて走っていった。真新しい制服を気にすることなく中庭を突っ切って、茂みの中を歩く。浩太は慌てて追いかけた。

「待てよ! あとで行けって! オレ等もう最後なんだぜっ?」

 だが、ひとつのことに夢中になると止まらない性質の赤也は、一直線に木々に囲まれたテニスコートのフェンスに張り付く。

「やっぱ名門校ってすげえー。神奈川のあちこち学校見学したけど、ここまで整えられているテニス部って無かったぜ!」

 目の前に広がるコートは四面で、ナイター設備も完備されている。

「王者立海…だもんな。見学の時に紹介されたけどさ。おら、誰もいないコート見たって面白くもなんともねえだろう。入学早々怒られるぜ」

「うん。ああ、早くここでテニスしてえなあ。やっぱ強い人達たくさんいるのかな! すげえ、わくわくする!」

「王者って呼ばれる人達に対して『わくわく』って…。さすが赤也君は言うことが違いますなあ」

 小学校が一緒の浩太は、赤也が六歳の頃からテニススクールに通い、その年代では敵なしと言わしめるほどの実力の持ち主だということを熟知している。ジュニアのテニス大会で何度か優勝をしている友人を、密かに尊敬しているほどだ。本人にそう言えば図に乗るのはわかっているので、告げたことは無いのだが。

「入ってさ。全員に勝っちゃったら、一年でもレギュラーになれるかな」

「お前は少しばかり『謙虚』という言葉を覚えるほうが良いと思うぞ」

「ケンキョ? ケンケンぱー?」

「パーはお前の頭だ。先に行くぜ」

「待てってー」

 校舎に戻るにはこちらが近道と、浩太は茂みを突っ切って中庭へと出た。すでに新入生の列は無く、一度表玄関まで戻らないと上履きになれないので、焦って走った。

「うわ!」

 建物の横を曲がった時だ。赤也の驚きの声に、浩太はびっくりして振り返る。てっきりすぐ後ろを走っていると思っていたのに、その姿はなく。慌てて、中庭へと戻った。

「赤也、何してんだよ!」

 そこでぎょっと目を見開く。中庭で赤也と、見知らぬ女生徒が転がっていたのだ。互いに、自分の腰の辺りを摩っている。どうやら出会い頭にぶつかって、転んだようだった。

「…えっと。大丈夫ですか?」

 とりあえず赤也は放っておいて、二年色のバッチをつけた女生徒を恐る恐る窺う。尻餅をついている女生徒は、無防備に足を広げて座っていたので、浩太は赤面した。小学校の頃、同学年の女子達のスカートがまくれあがっても、なんとも思わなかったものだが、やはり制服を着ている年上の女性ともなると羞恥心を覚える。それは赤也も同じらしく、頬を朱に染めて慌てて立ち上がった。

「ご、ごめんなさいっす! ケガ無いっすか?」

「いってー。どっから出てくんだよ〜」

「ごめんなさーい! えっと、保健室行きますか?」

 慌てふためく赤也と浩太。二人の少年を見上げて、女生徒は手を差し出した。どうやら引っ張り上げろということらしい。その手を掴んで、立ちあがらせる。

「あー借り物なのに〜。土ついちまった。…なんだ、お前等新入生か」

 スカートの土を大雑把に手で叩き落としながら、女生徒は印象的な大きい瞳を丸めてこちらに顔を向けた。 

 綺麗な赤い髪を、耳を隠す程度でばっさり切っている。間近で観ればドキリとするほど可愛らしい顔立ちをしていた。

「はい。列からはぐれちゃって。今、急いで校舎に戻ろうと思ってたんっす。んでぶつかっちまいました。すんません」

 頭を下げる赤也を、じろじろと眺め回す。入学早々、先輩の機嫌を損ねてしまったのかと、二人は青くなった。

 だが予想外にも、女生徒はニヤリと笑うと「そうかそうか。新入生かあ〜。これでオレも先輩かあ」感慨深く頷く。

「――オレ?」

 女の一人称ではない。拓也と赤也は、首を傾げて互いの目を見た。

「まーるーいーっ!」

 遠くから、地を這うように恫喝が飛んで来て、全員の肩が跳ね上がる。なんだ? と少年二人が声のする方を咄嗟に向く。女生徒だけは、素早く赤也の背中に隠れた。

「ちっ。お前等のせいで追いつかれたじゃん!」

「な、なんすか?」

「丸井! ちょこまかと逃げるなあ!」

 怒り沸騰の形相で、こちらに駆け寄ってくる者がいる。そのあまりの迫力に、赤也達は仰天して固まった。

「んな恐い顔で追いかけられたら誰でも逃げるぜ!」

「喧しい! 怒らすお前が悪いんだろうがっ!」

 どん、と目の前に仁王立ちした、制服姿の男に赤也は意図せず口をぽかんと空けて見入ってしまう。制服を着ているのだから、この学校の生徒であることには違いないだろう。しかし、その容姿はどう見ても中学生のそれではなかった。いや、そもそも学生というのに無理がある。見上げるしかない長身に、がっしりとした体躯。太く凛々しい眉毛は、怒りに跳ね上がり。憤怒の形相は、寺に置いてある仁王像を連想させた。

 その厳しい眼差しが、ぎょろりと赤也達に向けられる。

「――む。新入生がこのような所で何をしている」

 腹に響くような低音。二人は竦みあがった。

「いきなり一年を恐がらせるなよー。真田―」

「その一年を盾にしておいてほざくな! さっさと放してやらんかっ」

 赤也の背後からひょっこりと、丸井という名らしい女生徒が顔を出す。

「べーだ。だってこいつ等逃がしたら、オレがピンチじゃーん」

 ――と、いうことは、現在盾にされている自分達がピンチということなのかもしれない。浩太は必死で逃げる算段をし、赤也は(殴られたら痛そー)と、どこか暢気に構えていた。

「さっさとこっちに来い! そして脱げ!」

「脱げって〜。いやらすぃー。真田君ってばあ」

「おーのーれーっ! 気色悪いことばっか抜かしていないで、さっさと脱げ! すぐ脱げ! お前は変態かっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! ここで脱げって。女性に対して失礼っすよ!」

 どうにも危ない二人の先輩の遣り取りに、赤也は果敢にも割って入った。

「――――……」

「――――……」

 なんとも言えない、奇妙な空気が流れる。真田という名の先輩が苦いものでも噛み潰したかのように、顔を歪めた。

「ぶっ! あははははは―――っ!」

 かと思えば背後では丸井が爆笑する。赤也はわけがわからず、呆気に取られっぱなしだ。

「それが女に見えるのか?」

「へ?」

 真田の言葉に、赤也は改めて背後を観た。

「うひゃひゃひゃ! 女の制服中庭で脱がすなんてえ〜。真田君ってばエッチ!」

 スカート穿いている。その豪快な笑い方はどうかとが思ったが、確かに女子の制服だった。

「―――女じゃないんですか?」

「助けて! あのゴリラに犯されちゃう!」

 胡乱な眼差しを向ければ、そう言って抱きついてくる。赤也の少ない脳味噌はパンクしそうだった。

「お…おかっ? 丸井! 言うにことかいてなんたる破廉恥な!」

「ハレンチーっ! ぎゃはははは――っ!」

 強面の顔を真っ赤に染め上げた真田を、指さしで笑う美少女。かなりシュールな光景だ。

 逃げたい気持ちも頂点に達した浩太は、抱きつかれている赤也を置いて逃げようと、体を回転させた。

 そこにまたもや見知らぬ生徒二人を見つけて、ぐらりと視界が傾ぐ。

「いい加減にしなさい! 丸井君!」

「うおっ!」

 背後から忍び寄ってきていた、眼鏡をかけた男子生徒に羽交い絞めにされて、女生徒は赤也から引き剥がされた。

「まったく君ときたら、目を離すと本当にロクなことしませんね」

「放せよ! ヒロシ!」

 やはり見上げるほどの長身のヒロシと呼ばれた生徒が、両脇から腕を差し込んで持ち上げている。丸井は足が土から離れて、バタバタと宙を蹴った。 

「一年、もう行っていいぜよ。巻き込んですまんかったのう」

 同じくらい長身で、後ろで髪を結った生徒がのっそりと隣に立つ。赤也達の肩をぽん、と叩くと行くよう促した。

 やっとわけのわからない状況から解放される。そう思って喜んだ浩太だが、赤也は納得いかないと叫んだ。

「一体なんなんだよ! 女の人をよってたかって!」

「少年よ。騙されるでありません」

「よう見んしゃい」

 新入生に対して敬語を使う男に、妙な方言を使う男。訝しく言われるがままに女生徒を見たら、長髪の方の先輩がそのスカートを容赦なく捲り上げた。

「ぎゃっ! なにすんだよ、仁王!」

「こんなカッコばしとって、何を恥ずかしがか」

 ひらりと捲くられたそこにあったもの。目を逸らすべきかと、迷った隙に視界に入ってしまって、あまりのことに卒倒しそうになった。

 美少女――と思っていた生徒は、『出前一丁』と絵柄が描かれてあるトランクスを穿いていたのである。

「しかもなんちゅう、柄穿いちょる」

 げんなりとした様子で、スカートを放した。

「カッコいいだーろーが!」

「趣味を疑いますね」

「うるせーやい! もういいだろ。放せよ、ヒロシ!」

「お…おかま?」

 考えなしに叫んだ赤也の腹に、丸井の蹴りが決まる。

「げふっ!」

「てめえ、一年クセにいい度胸じゃねえか」

「この状況で威張れるあなたの神経の図太さに驚きです」

 相変わらず羽交い絞めにされているのだが、浮いている足の届く範囲にいた赤也が不幸だった。

「いい加減にせんかっ!」

 空気を裂いて飛んだ一括。全員の動きが、一瞬止まった。

「丸井! テニス部の恥を晒すな!」

「え〜いいじゃーん。他の部、すげえ凝ってんだぜ? テニス部も負けじと新入生歓迎会でウケ狙わなきゃ!」

「狙わんでいい!」

 わなわなと怒りに震える真田に、怖気づいた様子もない。

「だってー。先輩命令だもーん」

「たるんどる!」

「わー! 真田、殴ったらダメだって!」

 また集まってきた……。浩太はもう、逃げ出す気力も無かった。それは赤也も同じようで、なんだか泣きそうな顔になっている。新しく集まってきた生徒達は、今度は真田の背後にいて、振り上げた手を掴んで止めている。一目で外人とわかるが、流暢に日本語を操っていた。もう一人の青年は離れた所で、おっとりした様子でこちらを眺めている。

「止めるな! ジャッカル!」

「気持ちはわかるけどー!」

「一度殴られないとわからないかもしれませんよ。丸井君は」

「あ、ヒロシの浮気者―っ!」

「裏切り者の間違いでしょう! 日本語は正しく使いたまえ!」

 そこにつかさず、カシャと音が入る。

「紳氏。女との修羅場に陥る」

「何を携帯で撮ってるんですか! 仁王君っ?」

 少し離れた所で携帯を掲げている仁王は、悪びれなく「これも青春のメモリー」と抜かした。

「消しなさい!」

 眼鏡の青年が憤慨して、仁王に迫る。やっと自由になった丸井は、素早く動きを封じられている真田の横を通り抜けた。

「幸村―! 真田に殴られるよう〜!」

「ふふ。丸井、似合っているけどなんでそんな恰好しているんだい?」

 ひっそりと立っていた、もう一人の青年。幸村と呼ばれた生徒に、赤也はやっと気づいた。それまでもう一人居たことにさえ、気づかなかったのだが、丸井が縋った相手を見て愕く。

 えらく顔が整っている。こちらこそ女性と見間違うばかりに、綺麗な容姿だ。

「明日の新入生歓迎会、部活動紹介の余興。他より目立つんだって、先輩がさー」

「……ウチは新入部員限られているじゃないか。目立っても意味が無いと思うけど」

 はんなりと笑み、首を傾げる。仕草のひとつひとつが嫌味でなく上品だ。

「なんでもサッカー部が面白いことするんで、先輩達が負けちゃダメだって言って、テニス部は『エースを狙え』やるんだって。ちなみにオレはヒロミね。んで、幸村がお蝶婦人!」

「―――……オレがなんだって?」

「女子の制服着て、頭の後ろにデッカイリボンつけて『行くわよ!ヒロミー!』って」

 幸村が笑顔のまま、丸井を真田のほうへと押し出す。

「燃やすしかないよ。この森はもうダメだ」

「大気が怒りに満ちている」

 ジャッカルは真田から身を放して逃げた。

「うわあ! えー、死ぬの? ババ様」

「運命ならね。そうするしかないんだよ」

 いや、そんなどっかで聞いたような台詞を物憂げに呟かれても。綺麗な顔したお兄さんだけはまともだと思ったのに…っ。赤也と浩太はジリジリと後退した。

 先ほどまで怒り沸騰の真田が、勢いそのまま丸井に殴りかかるかと思いきや、顔を真っ赤にして「何を言っとんだ! お前等!」と喚いている。

「怒りを静めてオーム!」

 怖いもの知らずもここに極めり。丸井は祈る仕草で真田の前に出た。

「誰がオームだ! くだらん!」

「ランランララランランラン〜」

 耳にこれでもかと残る有名なフレーズ。丸井が口ずさむとともに、真田が「うっ」と詰まりあとずさる。丸井はここぞとばかりに前進した。

 強面のお兄さんは―――暫くすると、顔を覆って走り去った。

「あ、逃げた」

「本当に、感動屋さんじゃのう。真田は」

 携帯を奪われないよう、逃げ回っていた仁王が惚けた調子で呟く。

「柳が言っていた、ナウシカで号泣した話。本当だったんだな」

 感心したように丸井は頷いた。

「まったく。遊んでないで、もう教室に行くよ。――君達も早く戻りなさい。引き止めてしまったようで失礼したね」

 ――いや、どう考えても、ナウシカネタを始めたのはアンタからだ。

 赤也は思ったが、そこは本能的危機感察知機能が働き口を噤んで堪えた。
 
 現にその綺麗なお兄さんの一言は、鶴の一声と言っていい。幸村と呼ばれた生徒の促す声で、ぴたりと騒動が止んだ。そのまま文句もなく、立ち去る。どうやらあの個性的な者達の中で、リーダー格は彼だったらしい。

 幸村は振り返り、一度だけでにっこりと笑いかけた。そして、あれほどの騒ぎが嘘のように、中庭に二人だけがぽつりと残される。

「―――なあ…赤也。あれって…テニ」

「言うな…。言うなよ…。あれはきっと高等部の先輩なんだ。絶対そうだ。じゃなきゃおかしいって。中二のはずないって」

「赤也……」

「あは…あははは…」

 寒々しい笑い声は、生温い風に無残にも散った。

      












 
 中々よくわからない内容ですみません。
しかも、やっぱりこれ長編の一部でした。
でもこれだけでも読める・・・かも。
本編は――多分普通に真田幸村…になるのか?
知らない。私にラブ求められてもコマルヨー。

ナウシカ・・・すんげえネタにした。
退かれるの覚悟での勝負ネタでした。
ちなみにウチの近所には『ナウ歯科』って歯医者があります。




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