万華鏡
| 何を持っているんですか? と、珍しくあいつから声をかけてきた。 少しだけ苦い顔をしてやったあとに、ぽつりと「万華鏡だよ」と答える。 やはりあいつも、失敗した。といったような表情をしたが、すぐに消して「珍しいですね」と返した。 そうだな。 我ながら素っ気無いとは思ったが、それ以外どうしようもなかった。 小さな変化。 それは目元だったり、眉だったり、口元だったり。 そんなものに、目を奪われて。 相手の様子を逐一探っている自分に嫌気がさしたのだ。 ああ、どうしてオレはこいつの機嫌を気にしちゃうんだろうか。 やはり、皆が言うようにバカなのだろうか。 思考に逃げ込んで、むっつりと黙っていると、観月は困ったように眼差しを揺らした。 このまま去ろうか。それとも、もう少し会話を続けようか迷っている顔だ。 ――迷う? なんでだ。 相手の心情がわかるくせに、その意味がわからない。 当たり前だ。他人の考えなんかわかるものか。 ただ、わかった気になるのは、相手の行動や言動から、思考を予測できたりするから。 ようは、それだけ相手と一緒にいて。相手のことを見ているからだ。 気づくと、面映い。 これが観月ならば、人付き合いを潤滑にする為に必要な観察眼です。 と、逃げ道があるだろうが。オレは違う。 自分でも言うのもなんだが、好き嫌いが激しいんだ。 ただガキじゃないんだから、表立って言わないだけで。 嫌いな人間には見向きもしない。 何か喋ってても、覚えて無いことのほうが多い。 いや、やっぱりガキじゃん。 その反面。気になるヤツは、執拗に目で追ってしまう。考えてしまう。 初恋の相手もそうだった。 オレって進歩ねえ。 そして好きな相手に自分を知ってもらいたくて、ちょっかいを出す。 それが相手にとって迷惑かどうかなんて、二の次だ。 ただし、本気で嫌われたらイヤだから。オレは相手の一挙一動をじっと見る。 「万華鏡」 え? 「どうしたんですか。まさか、あなたが買ってきたんですか?」 目線は下のほう。 俯きながらも、観月は強気な口調を崩さない。 オレの手元には、まるで千代紙を巻いたような、赤い筒がある。 そうだ。オレが買ったんだ。 女みたいか? 笑うか? 投げやりな口調で返せば、観月はむっと唇を結ぶ。 怒っているんじゃない。 ―――泣きそうなんだ。 言ったら激高するだろうけど。なんとなく、そう思った。 しかし実際、こいつが泣いている姿なんか見たことない。 我ながら、たいそうなのぼせ具合だ。 のぼせる…か。 本当。今のオレにはピッタリだぜ。 情けなくて、こっちこそ泣けてくる。 ――どうしてお前はそんな、被害者面ができるんだ? 対等じゃないのか? オレ達は、対等じゃなかったのか。 いつからか、卑屈さが目についてきた。 観月は自信満々で、自己主張が激しいと思われがちだが、実際は違う。 自分が自信の持てるモノにはそうかもしれない。 しかし、一度自信がもてなくなると、自分の全てを疑うタイプだ。 何がそんな怖いんだ。 聞いたら、笑って返された。 怖いものが、なにもない人間なんているんですか? オレは無性に腹が立った。 お前が思うほど、オレは別に優しい人間なんかじゃねえ。あんまり試すな。 あなたこそ。一体、僕がどんな人間なんだと思ってるんですか。 オレの心を、お前は見れない。 あなたも、僕の心なんかわからない。 それが、昨夜のケンカの顛末だ。 結局、原因なんかないのだから、ケンカというのもおこがましい。 なんて人間という生き物は面倒なんだろうか。 自分の心もわからない。 相手の心もわからない。 なのに知りたい。 だから、繋がらない言葉を、意味のない言葉を投げかける。 そして返ってきた反応から、模索するのだ。 傷つけた。 なんで傷ついたのかを考える。 喜ばれた。 どこで喜んだのかを考える。 まったくもって面倒臭い。 イヤになるよ。本当に。 友情ですめば、楽だったのかな。 チームメイトですめば、楽だったのかな。 痛そうに、観月は沈黙の中。立ち尽くす。 ――やるよ。 万華鏡を差し出した。 長い睫に縁取られた双眸が、大きく見開かれてそれを見る。 ブラブラあてもなく街を歩いていたら、小物屋のウィンドウに飾られたこれを見つけた。 万華鏡なんて、小さい頃に近所のお姉さんに見せてもらったきりで。 どんなものだっけと、思い出そうとしてもあやふやだった。 そんな頼りない印象しかないのに―― なんでかな、お前みたいって思ったんだよ。 ちょっと高くて驚いた。 それでも、買ってみたかった。 覗き込めば、忘れていた感覚が、視界を通して脳に届く。 ――色々な光がキラキラと。 形を作り、変えていき。 陽が射せば明るく。影にもぐれば密やかに。 買った時からわかってた。 この持ち主は、オレじゃない。 有無を言わさず手渡せば、ますます困惑した面持ちでオレを見た。 オレは拒絶が怖くて、言い募る。 綺麗だぜ。 女のものって感じがするけど。 でも、綺麗なもんは綺麗だから。 「もらえませんよ。けっこう高かったでしょう?」 ふいに。 本当に、ふいに――。 そうだよな。って思った。 お前だって、オレが何を考えているか。 わからないから、不安で。 不安なのは―――オレに嫌われるのがイヤだからなんじゃないのかって。 自惚れかもしれない。 だから、オレは声に出して言わないし。 だから、お前は益々不安になるだろうし。 お前が何も言わないから、オレも益々不安になっていくんだ。 バカだな。 本当にバカだけど。 「やるって。お前、誕生日なんだろう? オレ、一度見たら満足しちまったから」 「―――………」 「でも、また見たくなるかもしれねえ。オレって物持ち悪いからなくしそうだろ? だからお前が持ってて」 ―――オレが、見たいと言った時に見せて。 観月は、 「万華鏡って、一人で見るものじゃないですか」 いきなりそう、呟いた。 よくわからずに、そうだな。と返す。 「だから、一人一人。覗き込んだら、別の世界が見えていると――僕は小さい頃思ってたんですよ。そう言ったら姉達に笑われました。でも……」 赤澤は… と、続けて――戸惑ったように笑った。 「どんな風に、見えるんでしょうか?」 |
観月の誕生日SSSです。
いまいちよくわからないもので、ごめんなさい。