最終話







 

木ノ葉に春風が吹き荒れ、山は馥郁と花と緑の薫に包まれる。色は豊かに、そして鮮やかに。
 桜が満開となり、里を彩っていた。
 木ノ葉の里の全貌を見渡せる高台の上からだと、華やかな景色が見渡せる。風は温く、甘やかだ。

 壮大な景色を眼下に見下ろしていると、そこかしこから生活の息吹、喧騒が聞こえてくるようで、昔からナルトの大好きな場所だった。

 向かい側には歴代の火影の顔岩が並び、里を守護している。

「春爛漫って感じだってばね」

 のんびりとした口調に、背後の男は呆れたようだ。

「暢気だな、こんな時にも」

 ばたばたと長い裾を風にはためかして、サスケが笑った。

「こんな時だからだって。ほうら、見てごらん双樹、沙羅。お父さんが護っているものだよ」
「おい、そんな前に出すな。危ないだろう」
「だーいじょうぶだって。オレ捕まえてるじゃん。お父さんは心配症だねえ」

「ねー」

「ねー」

 ナルトの真似をして、三歳になったばかりの子供達がはしゃいで高い声を出す。
 まだ大人の膝ぐらいしかない幼児の腰を、ナルトは両手で抱えていた。右に黒髪、紺青の瞳を持つ双樹。左には白金の髪と水色の瞳を持つ沙羅。

「きょうおとうたん。いっぱいいっぱいえらいひとにかこまれてたねえ」

 口達者なのはさすが女の子というべきか、双樹のほうだ。意思の強そうな口元はサスケにそっくりで、自来也などは「将来有望」と今から楽しみにしている。

 片方が達者だと、どうしても片方は任せがちになるのか、兄である沙羅はのんびりとしていてあまり喋らない。だが、へにゃり、と笑う顔は誰をも幸せにしてくれる。

 今も妹の言葉に合わせて天使の笑顔を惜しげもなく披露していた。

「そうだねえ。お父さん、今日は大事な日だったんだよ。今日からお父さんは六代目火影になったんだってば」
「ろくだいめ?」
「――おい、ナルト。まだわかんねえだろう。三歳児に言っても」
「何言ってるってば。三歳といってもちゃんと残る記憶は残るって。晴れの姿を子供に叩き込まないでどうする」
「おとうたんすごいの?」
「おとうたん、すごいねえ」

 ナルトの顔をぺたぺた触っていた甘えっ子の沙羅が、後ろをむいてサスケに手を伸ばした。

「………うーっ! 可愛いヤツめ!」

 相好をだらしなく崩すと、ナルトから奪いとって抱擁する。

「あーあー、そうたんも、そうたんもだっこー」
「そうたんは、母ちゃんが抱っこしてやるってば」

 よいしょ、と女の子を抱き上げて、立ち上がった。ぐっと景色が広がって、怖いモノ知らずの子供達は喜んだ。

「母ちゃんって言うぐらいなら、ちゃんと女の姿でいろよナルト」
「さっきまで正装してたじゃんさ。やっぱ男の方が落ち着くんだってばよ」
「それはわかるが…お前離乳するとさっさと男に戻って、それからずっとだし……。せめて子供が混乱しないぐらい育ってからでも……」
「日常茶飯事のほうが子供もすんなりわかるってばよ。なあーそうたん。そうたんはお母さんがこっちの姿でもいいよな?」
「うーん。そうたん、おかあたんだいすき」
「愛いヤツ!」

 頬をぐりぐりと押し付けると「きゃー」と娘が喜ぶ。幼児の頬はふくよかで滑らかだ。この感触はクセになる。

「そうたん! お父さんは? お父さんも好きか?」

 慌てて母娘の間に首を突っ込む父親に、ナルトが冷たい眼差しをくれてやる。が、娘は正直に「とうたんもだいすき」と答えた。

「そうかそうか。うん。お前を絶対次期火影選びの道具になんかさせないからな。おとうたんは百歳までだって頑張っちゃうぞ!」
「―――アホか」

 その巫女に選ばれた男の台詞とは思えない。
 サスケはその若さゆえ、実力は認められてはいても、六代目襲名となると年寄りどもが渋っていた。信頼と貫禄が足りず、他国に甘く見られるという理由からだ。
 しかし、禁呪を施してまで今まで頑張ってきた綱手が、引退を表明したために、若き火影がこの春誕生することになったのだ。四代目も二十歳前半でその名を継いだことも、押しの一手となり、若い世代からの支持も得てこの度、無事襲名の儀式となったのだった。

 若々しい顔には既に貫禄と呼べるものが漂っている。そう見えるのはナルトの欲目だけではないだろう。

「――でも子供前にすると、途端バカ親なんだけどなあ」
「何か言ったか、ナルト」
「別に…。これから大変だなあってね」
「なに、大丈夫さ。何もオレ達だけでこの里を支えるわけじゃない。オレはただ、この里の代弁者になっただけだ」
「オレも、いるしな」
「この子達もいる」

 沙羅を肩車した。サスケは感慨深く、里を見下ろす。

 今日から背に背負っているものはあまりに重い。まだまだ経験不足も手伝って、暫くは暗中模索の日々だろう。それでも、こうと決めた道だ。まっすぐと、歩いて行けば自ずと先が見えよう。

 未来を見据える、覚悟を決めた男の横顔を覗き。ナルトはそっと息をついた。

(―――まさかこの間、双樹がそうそうに写輪眼出してたなんて言えないよなあ。沙羅が巫女だから…結局ヘタしたら女の子二人だなんて……)

 七代目を想像して、げんなりとした。きっと血で血を見る争いとなるだろう。

「どうした、ナルト?」
「うん? いいや、なんでもないってばよ」

 双樹を抱えなおして、サスケの隣に立つ。

 太陽が輝き、山に陰影をつけている。
 鳥が羽ばたき、空を舞う。

 ナルトはそっとサスケの腕を掴んだ。

 小さい頃の面影を少しだけ残した、紺青の双眸を覗き込むと、自然と笑みが浮かぶ。

 二人で、里を見渡した。

 愛した人達が死に。愛した人達が生まれた場所。
 いつか、この子達も知るだろう。
 この里に生まれた意味を。この里で生きる意味を。

 縛られて欲しくはない。どうせならば、どこまでもその手を伸ばしていけばいい。

 ただ、魂の還る場所が、ここだということ。

 それだけを、忘れてくれなければ。

 沙羅が手を空に伸ばした。

 双樹は腕から落ちんばかりに、身を乗り出して遥か遠くを見た。

 サスケとナルトは、暫く声もなく。その場で一度しか体感できることのない、今年の春を胸一に杯吸い込んだ。

 

 





 

 

          ―――新しい風が、                    また、吹くだろう。        

 












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