最終話
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木ノ葉に春風が吹き荒れ、山は馥郁と花と緑の薫に包まれる。色は豊かに、そして鮮やかに。 壮大な景色を眼下に見下ろしていると、そこかしこから生活の息吹、喧騒が聞こえてくるようで、昔からナルトの大好きな場所だった。 向かい側には歴代の火影の顔岩が並び、里を守護している。 のんびりとした口調に、背後の男は呆れたようだ。 「暢気だな、こんな時にも」 ばたばたと長い裾を風にはためかして、サスケが笑った。 「ねー」 「ねー」 ナルトの真似をして、三歳になったばかりの子供達がはしゃいで高い声を出す。 「きょうおとうたん。いっぱいいっぱいえらいひとにかこまれてたねえ」 口達者なのはさすが女の子というべきか、双樹のほうだ。意思の強そうな口元はサスケにそっくりで、自来也などは「将来有望」と今から楽しみにしている。 片方が達者だと、どうしても片方は任せがちになるのか、兄である沙羅はのんびりとしていてあまり喋らない。だが、へにゃり、と笑う顔は誰をも幸せにしてくれる。 今も妹の言葉に合わせて天使の笑顔を惜しげもなく披露していた。 「そうだねえ。お父さん、今日は大事な日だったんだよ。今日からお父さんは六代目火影になったんだってば」 ナルトの顔をぺたぺた触っていた甘えっ子の沙羅が、後ろをむいてサスケに手を伸ばした。 「………うーっ! 可愛いヤツめ!」 相好をだらしなく崩すと、ナルトから奪いとって抱擁する。 よいしょ、と女の子を抱き上げて、立ち上がった。ぐっと景色が広がって、怖いモノ知らずの子供達は喜んだ。 「母ちゃんって言うぐらいなら、ちゃんと女の姿でいろよナルト」 頬をぐりぐりと押し付けると「きゃー」と娘が喜ぶ。幼児の頬はふくよかで滑らかだ。この感触はクセになる。 「そうたん! お父さんは? お父さんも好きか?」 慌てて母娘の間に首を突っ込む父親に、ナルトが冷たい眼差しをくれてやる。が、娘は正直に「とうたんもだいすき」と答えた。 「そうかそうか。うん。お前を絶対次期火影選びの道具になんかさせないからな。おとうたんは百歳までだって頑張っちゃうぞ!」 その巫女に選ばれた男の台詞とは思えない。 若々しい顔には既に貫禄と呼べるものが漂っている。そう見えるのはナルトの欲目だけではないだろう。 「――でも子供前にすると、途端バカ親なんだけどなあ」 沙羅を肩車した。サスケは感慨深く、里を見下ろす。 今日から背に背負っているものはあまりに重い。まだまだ経験不足も手伝って、暫くは暗中模索の日々だろう。それでも、こうと決めた道だ。まっすぐと、歩いて行けば自ずと先が見えよう。 未来を見据える、覚悟を決めた男の横顔を覗き。ナルトはそっと息をついた。 (―――まさかこの間、双樹がそうそうに写輪眼出してたなんて言えないよなあ。沙羅が巫女だから…結局ヘタしたら女の子二人だなんて……) 七代目を想像して、げんなりとした。きっと血で血を見る争いとなるだろう。 「どうした、ナルト?」 双樹を抱えなおして、サスケの隣に立つ。 太陽が輝き、山に陰影をつけている。 ナルトはそっとサスケの腕を掴んだ。 小さい頃の面影を少しだけ残した、紺青の双眸を覗き込むと、自然と笑みが浮かぶ。 二人で、里を見渡した。 愛した人達が死に。愛した人達が生まれた場所。 縛られて欲しくはない。どうせならば、どこまでもその手を伸ばしていけばいい。 ただ、魂の還る場所が、ここだということ。 それだけを、忘れてくれなければ。
沙羅が手を空に伸ばした。 双樹は腕から落ちんばかりに、身を乗り出して遥か遠くを見た。 サスケとナルトは、暫く声もなく。その場で一度しか体感できることのない、今年の春を胸一に杯吸い込んだ。
―――新しい風が、 また、吹くだろう。 |