意地っ張りの向こう側







 その日は朝から様子がおかしかった。

 気づいたのはほんの数人。
 それでも何も言えなかったのは、相手が気丈にも立っていたからだ。
 何事もない風を装って、背筋はきっちり伸ばして、不敵な笑みをその顔に浮べて。
 全身で『なんでもない』と、誤魔化そうとしていた。
 
 彼の異変に気づいた全員が、彼がとんでもなくプライドが高く、そして負けず嫌いだというのを熟知している。

 自分の弱みを他人に悟られたくないのだ。
 見た目は飼いならされた血統書付きの猫のようなのに、中身は気高く凛として、孤高であろうと片意地を張る。

『人はどこまでもいっても所詮独りで。
 この二本の足で立ち。歩いて行く生き物だ』

 そう、言い切られたのはいつのことだっけ。

 だからこそ自分にも他人にも厳しい。
 これで他人にばかり厳しいのならば反感も買うのだろうけど、彼は違う。
 知っている者はちゃんと知っている。
 彼の影での絶え間ない努力を。
 他人に寄りかからないためには、自分がしっかりしなければならないと考えているからだろう。
 
 そんな彼は厳しいだけかと思いきや、頼られれば断ることができずに、意外と面倒見は良かった。
 とっつき難いし、独特の雰囲気を持っているから、近寄りがたいのが難点だが、それさえ飛び越してしまえば、彼の懐はどこまでも深く、そして暖かい。

 ただ口に出す言葉と本音が違うから、勘違いされることが多いのも確かだし、それを意図的に演出しているのも確かだ。

 彼はしたたかで、そして脆い。

 きっと本人もそれをわかっているからこそ、何かと言えば己の強さを誇張する、
 独りで平気だ、と。
 独りで立っていられるから、と。

『大丈夫。
 まだ、大丈夫』

 何度か口の中で呟いていたのを、自分は実は知っていた。

 彼は甘えることを知らない。甘えることは負けることだと思っている。
 

 でもね、そんな君を見かける度に、どうしようもなく心配になるんだよ。
 オレだけじゃない。皆そうさ。

 独りでなんて、寂しいこと言わないで。
 肩の力を抜いて、ちょっとでいいから振り返って。
 一人一人では、君を支えるのに足りないかもしれないけれど、息をつける場所ぐらいは確保するから。


「淳、どうする?」

 オレと同じ気持ちなのだろう。心配そうに、慎也がこちらを窺っていた。
 部活動の真最中。二人でダブルスの連携について話合っている振りして、視線はずっと彼に注がれている。
 相変わらず隙の無い立ち姿だ。今は別のコートで一年生のメニューを細かく指示しているらしい。
 一人一人に合ったメニューを、と毎回考案している。
 律儀というか、手の抜き方を知らないというか。

「どうしようか。でもねえ、オレ等が言っても多分『何がですか?』って返されると思うんだよね」

 それはもう、取り澄ました顔で。

「でもなあ〜。そろそろ限界なんじゃないかなあ。前回もそんな風に見守ってたら倒れただーね」
「倒れたねえ。あれ以来健康管理には人一番気遣っていたけどさあ。結局それもプレッシャーになってるって……気づいてんのかな」
「気づいてないと思うだーね。完璧主義もあそこまで行くと心配だーね」
「うんー」

 コートの端っこでこそこそと喋っていたら、後輩集団の中から二人が抜けてこちらにやってきた。

「木更津先輩」
「柳沢先輩」

 表情を曇らせて、困ったように駆け寄ってきたのは裕太と金田の二年コンビだ。

「あの、観月さん何かあったんでしょうか?」
「昨夜からおかしいですよね? 寝てないと思うんですけど……」

 厳しいばかりと思われがちの観月が、実は慕われているのだと知るのはこんな時だ。この二人は目をかけられているがために、特に厳しくされているというのに、顔にはありありと『不安』が見て取れる。

「そうだね。昨夜遅くに家から電話があったよね。そっからちょっとおかしいかな」

 そのあと泣いていたんじゃないかな、とは思ったけど、後輩にそんなことを知られるのは彼のプライドが許さないだろう。
 そこは友人として口を噤んでおいた。
 まあ、朝一番で顔を見た時に、ちょっと目元が腫れていると気づいたのは慎也のほうだけれど。

「――観月は水臭いだーね。心配ごとや悩みがあるなら相談してくれてもいいのに」

 優しい慎也の言うことは最もだけれど、観月と同じく捻くれたところのあるオレの意見はちょっと違う。

「恥かしいんだと思うよ。オレ等を友達と思うからこそ、その友達として認められた自分の像を崩したくないんだよ。きっと」
「――なんだーね。それ! まるで外面だけを気に入って友人やってるみたいじゃないかよ!」
「そうだよねえ。あんな外面で友人になるほうが珍しいよねえ」
「き…木更津先輩」

 ずけずけと観月について言いたいことを言うと、裕太が困ったように諌めた。

 うん。わかってるって。

「大丈夫、大丈夫。観月には救世主さんがいるから」
「救世主…ですか?」

 怪訝そうに首を傾げたのは金田だ。

「って言うか、あっちの旦那さん。そろそろキレると思うよ。あっちも朝から青筋立ってたから」

 指をさす。その先にいた男を皆が見る前に

「何をサボってるんですか! そこ!」

 雷が直撃した。
 後輩二人がビクリと躰を震わす。
 慣れているオレ達は何処吹く風と、手を振って返してやった。

「サボってないだーね。後輩しごいてるだーね!……淳が」
「オレかよ」
「そうですか? 単に仲良くお喋りしているようにしか見えませんでしたけど」
「いやいや、淳の目がこーんなに釣りあがってたし……」
「慎也の口もこーんなに尖ってたよ」
「……君達。人をバカにするのも大概になさいよ。ほら、裕太君に金田君。こんなのと付き合ってないでさっさと部活動に戻りなさい。君達は来年もあるんですから」
「こんなのってきたか」
「言葉の暴力だーね」

 まだ言うか、と睨まれたので、ここが退き時と口を閉じた。

「あの、観月さん」
「なんですか、裕太君」
「………………」
「―――――……」
「えっと………なんでもないっす。あのメニューについてちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 裕太が迫力負けした。
 思わず苦笑が漏れてしまう。
 彼の鎧はとても固い。そんな簡単には剥れないよ。
 よっぽど追い詰めるか、力任せに剥ぎ取らないとね。

 そしてそれはオレ達の役目ではないってだけの話。
 
 
 観月に引っ立てられるように、二年生コンビは連れ去れていった。
 
「おい」

 次いで現れた、不機嫌丸出しの男。
 自分達より大分背も高くガタイも良いので、そんな顔で睨まれると恐いじゃないか。中身を知っているから萎縮することもないけれどね。

「おまえ達、もう引退だからってあまりサボるなよ。後輩に示しつかないだろう」
「うわ…赤澤が部長らしいこと言ってる……」
「当たり前のこと言うなっつーの。ったく、これ以上マジで観月怒らすなよ」
 
 男らしい眉をちょっと潜めただけで三枚目に成り下がる。それがこの男の良い所だ。

「観月を放っておいてるのは部活のためですか、部長」
「いいえ、観月のためですよ、木更津君。―――わかってんだろ」
「部長のクセに何言い切ってるかな、この男」
「だって、この部は観月で持ってるようなもんじゃん」

 ああ、言っちゃった。

 隣では慎也が天を仰いでいる。
 この男の冗談はたまに冗談になってない。

「大丈夫だよ。ちゃんとあとで聞いとくから」

 屈託無く笑うと、赤澤はコートに戻っていった。

「―――恐るべし赤澤」
「でもまあ、オレだって相手が淳だったらわかるだーね」

 ようはそういう役割だって事だ。






 心配無いとは思ってたけれど、部活終了後。オレと慎也は部室の壁によっかかって二人を待っていた。
 夕日が目に痛いくらい赤い。
 コンクリートの壁に、申し訳程度にある窓。
 先ほどから中でヒステリックな観月の声と、押し殺したような赤澤の声が仕切りに飛び交っている。

 なんとなくぼんやりと、オレ達は黙って空を眺めていた。

 観月の怒声は実は珍しい。感情を爆発するのは恥だと思っているタイプだからだ。しかし感情を完璧に押し殺すには、オレ達はまだ幼い。
 ケンカしたなら怒鳴る。
 悔しかったら泣く。
 感情は溜まってしまうと躰に毒なんだと、保健のおばちゃんも言っていた。

「―――泣いてるだーね」

 夕日が落ちた頃。こっそり慎也が耳打ちしてきた。オレは頷くだけにする。

 観月のすすり泣く声がする。
 それを慰める赤澤の声音が嫌に甘やかで、聞いていると段々恥かしくなってきた。

「決着ついたみたいだし、帰ろうか……」

 今度はこっちが耳打ちする。慎也は頷くと立ち上がった。
 なんとなく、寮までの道のりを無言で歩いてしまう。

 赤澤は強引だ。
 赤澤はとても優しい。
 繊細とは正反対。強情だけれど柔軟で。
 赤澤は――恥をかくことを恐れない。
 だからバカだなんて、口の悪い奴は言うけれど。

 でも、それぐらいが丁度いい。
 きっと、丁度いい。

 世界に一人ぐらいは、そんな人間が自分のためにいるんだよ。
 良かったね、観月。


 

 その夜。
「ご心配かけました」
 と、小さく観月が頭を下げた。

 オレ達は何も言わないよ。
 知らない振りだって、君のためにしてあげる。

 でもちょっとだけ、やっぱりいいトコ取りした赤澤が悔しいから。
 頭をコツンと、叩くぐらいはさせてよね。


 



 
 






久し振りの赤観なクセに何故木更津視点(笑)
いや、赤観はキチンと書きたかったもので
こんな中途半端になりました。
本編はそのウチ??
この話とリンクするかはわかりませんが
赤澤と観月で長編は考えております。
赤澤大好きだ!
木更津双子と判明したし
ここは実体験を元に双子小説書くか!?





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