|
「ねえ、裕太。とりあえず久し振りに会えたんだし、打たない?」
にっこり、と朗らかな笑みを浮かべられる。向けられた方は対照的に、これでもかと嫌な顔で返した。
「この面子の前で……?」
ちょっとキツイ顔立ちを、裕太は歪ませる。キツイといっても表情が少年臭く豊かな分、愛らしさのほうがが目立つかもしれない。
(そーゆう顔が可愛いから、からかうのを止められないんだよね)
弟をこよなく愛している周助である。だが、それは些か兄バカとも言えぬほど歪んでたりするのだが、本人に自覚はこれといってない。
幼い頃からひとつ下の弟とはつかず離れず、常に一緒に居た。
思春期に入り、べたべたとするのを嫌がる弟が自分から離れていったことには、やはりショックを受けたが、されとて兄弟という固い絆(周助が一方的に思っているのだが)がそう簡単に切れるはずもない。
「偶然に会えるなんて滅多にないじゃない」
そうなのだ。ふらりと立ち寄ったストリートテニス場に弟が立っているのを見た時。周助は「運命ってステキだね」と改めて傍迷惑にも感じ入っていた。
「……そうか? なんかオレ結構あちこちで兄貴と会ってる気がするんだけど」
「―――偶然じゃなくて待ち伏せしてたんですよ。裕太君」
「テニス飽きてるなら、一緒にファミレスでも入る? そこにロイホあったよね。奢ってあげるよ」
「―――また無視ですかっ! 不二周助っ!」
「ああ〜観月さん! すみません! もう本当にこんな兄貴ですみませんっ!」
「ああ、僕の為に頭を下げる裕太…なんて健気なんだろう…っ」
「―――だから…そんなんだから弟に逃げられるんですよ…っ」
押し殺しても苦々しさが汲み取れる声音で、観月が勢いよく周助の方を向いた。
きっと睨みつけると、きょとん、とした表情を向けられる。しばし奇妙な間が空いた。
耐え切れないように、裕太がこそこそと兄に近づき耳打ちする。
「―――観月さんだよ」
「中途半端に小声にしても、聞こえたら意味ないですよ。裕太君……」
屈辱にこれでもかと震える先輩の堪忍袋の限界を感じて、裕太は慌てて兄から離れた。
「観月…聞き捨てならないな。裕太に嫌われた覚えも無ければ、逃げられた覚えもないよ?」
ふっと、眇められた冷たい視線が一直線に観月へと注がれる。
「―――自覚無かったんだ……」
「恐ろしい…どこまでも夢みがち…」
「やはり天才は一味も二味も違うんだな……」
「―――不二は気づいてなかったらしい…どう思う? てづ…―――また携帯を切られた」
「何か言ったかい? 心砕くチームメイト達……」
静かに突っ込みを入れてきた順―――大石、菊丸、河村、乾にそれこそ相手の心を砕きかねないブリザードな視線を緩やかに滑らしていく。
雪女に微笑まれたごどく、皆は硬直した。
「チームメイトにまでそう思われているのに、本人の自覚だけが皆無ってあたりで―――可愛そうな裕太君……」
「お…おいおい、ケンカ売るのは止めるだーね」
「―――なんだか雲行き怪しくなってきてねーか? なってるよな」
「オレ…もう帰るっす」
「待ちなよ、越前君。オレとの勝負がまだだし……」
「―――まだやんの…?」
「オレもう疲れた…なんだかなあ〜」
とぐろ渦巻く不穏な気配を醸し出す、周助と観月。それを冷や汗を垂らしながら見守るルドルフの柳沢と青学の三年生達。そして今にも泣きそうな当事者の裕太。
それらを遠巻きにして青学の桃城、リョーマと不動峰の伊武、神尾が隅っこで座っていた。いきなり密度の高くなった(しかも男ばかり)コートですることもなく暇を持て余し気味だった。
「なんでこんなことになっちまったのかなあ〜」
とほほ、と桃城が肩を落とせばリョーマが冷ややかに座り込む桃城を一瞥した。
「そんなの桃先輩のせいじゃん。一人でデートにくればいいのに、巻き込まれたオレがいい迷惑っす」
「だ〜からデートじゃ…」
「デートじゃねえっ! 杏ちゃんには何かこんな男に電話しなきゃならないほどの深い訳があったんだ! それこそ苦渋の選択で誘ったとしか……っ!」
「なんじゃそりゃーっ!」
デートの話が出る度に必死になって否定する神尾に、リョーマは溜め息しか出てこない。
「いや、もうその話はいいっすから……」
「そうだよ。今はそんな事よりテープの……」
「しつこいっすね」
「だよね。この二人とも…」
「いや…」
あんたの事だよ、とはもう突っ込むのも面倒でリョーマは伊武の前で大きく嘆息をする。
先ほどまで、ひとつのグリッグテープを巡り争っていたのだが結局よくわからない展開でお流れとなってしまっていた。きっとこれからも会う度にボソボソとねちこく愚痴を言われるだろうことは容易く想像がつく。
置いといた自分のバッグまで行くと、ごそごそと探り戻ってきた。それを伊武に差し出す。
「あげるっす」
「―――試合してないけど、いいの?」
「もう面倒っす」
「相変わらず生意気だよね。でもありがとう」
そっちこそ相変わらずの無表情で受け取った相手に、肩を落としながらキャップを目深に被った。
「まだまだだね」
「つーかさ…なんで青学レギュラーが勢揃いしてんだ?」 神尾との決着の尽かない言い争いに疲れた桃城が、話を変えようと疑問に思っていた事を口に出した。
そもそも今の状況は不動峰中学テニス部の部長橘の妹、杏が桃城をストリートテニス場に呼び出した事から始まる。
何故声がかかったのかまったくもってわからなかった桃城は、女の子の誘いに部の後輩を同伴するというヘタレた行動に出た。
そこで待ち受けていたのは神尾と伊武で、因縁浅はかならぬある二人は揉めに揉めた。仄かに杏に甘い感情を抱いている神尾である。憎き青学の、しかも己の自転車を盗み壊してくれた桃城が一緒に居――尚且つデートなどと抜かされた日には晴天の霹靂もいい所だ。
喧々囂々としてたところに、隣のコートで打ちあっていたルドルフのメンバーが現れ、ひょっこりと周助が登場したと思えば、最後に青学のレギュラー(部長除く)が集まってきたのである。、もう何がどうなっているのか想像さえ尽かない有様だった。
「裕太…君がどこでテニスをしようとも僕はいっこうに構わない。君が楽しんでいるのならそれでいいさ…でも――こんな血も涙ないどころか、テニスの腕さえ疑わしい悪魔が君臨する部はどうだろう?」
「悪魔そのものの癖に何抜かしてくださるんでしょう…っ! いっときますが、裕太君は貴方の居る青学ではなくて、我がルドルフを選んだのですよ! ええ、自分の意志でね!」
なにやら騒ぎがいっそう険悪な雰囲気を垂れ流して大きくなっている。
リョーマはおもむろに立ち上がると、バッグを担いで踵を返した。
「付き合ってらんねーっす」
「あ、おい待てよ! 越前」
慌てて桃城が小柄な背中を追いかける。
「オレ達も帰るかあ……なんか年上ばっかになってきたし……」
神尾もやれやれと立ち上がった時だ、その年上の一角がこちらに寄ってきた。
「ねーねー。四角関係って聞いたんだけどさー結局誰と誰な訳? 男しかいないじゃん!」
「はあ…?」
気安く声をかけてきたのは、青学のゴールデンコンビである。年上という事と、自分達の尊敬する部長と同じく全国区のコンビという事もあり、無下にもできず面食らった。
「―――四角ってなんすか……」
「アキラと桃城と杏ちゃん……あと一人は誰だろう…アヒルかな。あれはアヒルだよな…なんでだーね、なんだろう……」
「ぶつぶつと謎な事言ってんじゃねーよ! 深司!」
「えっ! じゃあさ、なになに! 不動峰対ルドルフ対青学のえーと…なんだっけ…ナメクジ?」
「だーれがナメクジですかあっ!」
にゃ? と菊丸に指をさされて神尾が激高。
「止めないか、英二…っ。それを言うなら三竦みだよ」
「いや―――三つ巴のほうがあってるかと思ったり……」
「ちーがーうーっ! 杏ちゃんは! 杏ちゃんはなあ!」
「でも桃城はそう思ってなかったり……」
またもや入らぬことを伊武が呟いた。
「桃城―――っ!」
それが再度のラウンドを告げるゴングを頭上で鳴らし、神尾は階段下へと消えた桃城とついでにリョーマを追いかける。
「リズムに乗るぜっ!」
「はっはっは、相変わらずの俊足だね。青学もウカウカしてられないぞ、英二!」
「大石〜面白いから追いかけようよ!」
「―――それよりもあっちの方がドロドロの三角じゃないんですか?」
「にゃ?」
伊武に指摘され、振り返ったゴールデンコンビが見たもの。
それは噴火したマグマが土石流を轟かすが如く。裕太を真中に暗い笑みを浮べ睨み合う観月と周助が居た。 ちなみに当事者の裕太は既に半泣きである。
「た…助けて…」
小さく呟いたのが運の尽き。
「助けてあげるよ! さあ裕太マイスイートホームに帰ろう!」
「虐げられた幼年期…想像つきますね! 早く我ら仲間の集う寮に帰りましょう!」
「あひゃー…生ムンク…初めて見たよ〜。弟君てんぱってるね」
「菊丸…触らぬなんとかに祟りなしだ…帰ろう」
「いいのかー? 大石。さっきまであんなに三角関係はダメって言ってたじゃーん」
「あれはオレの手に余るのさ……親鳥は巣立つ子供を追いかけたりしないもの…」
「おおいひー……なんか不二に弱み握られてるの?」
「なっ! ななな何を言うかな! 英二は! ほら、もう帰るよ」
そうして歪みまくった笑みをムリヤリ浮かべると、腕を引いて立ち去った。
別にそれについていくつもりもないが、ここにいても仕方ないと伊武も歩み始めた。
階段の所にまで出て、前で立ち止まっている二人に、後ろに居た伊武も足を止める。
訝しげに階段下に目をやった。
「――――一人増えてるし…」
「なんか…また嫌な面子が集まっちゃってもう…」
大石が天を仰ぐ。菊丸は「うほほ〜い!」と、年齢に対して些か頭の悪い叫びを上げて駆け下りた。
「やっと来たのかよー海堂〜!」
乾に呼び出された最後の青学メンバーが到着したのである。しかもついさっき帰ったはずの桃城がリズムに乗った神尾に捕まり、またもや巻き添え食ったのか襟首掴まれているリョーマが居た。
「だーかーら! デートじゃねえって!」
「そうだよな…デートじゃないよな……ふしゅ〜」
「じゃあなんであんなに『デート』連発されてんだよっ! くそうっ! オレだってなあ…オレだって…デートなんて誘われた事……ああ! くそーっ!」
「え…やはりデート…? いやしかし…っていうか桃城とリズムが何故デート…? しかも誘われた…?」
「ねえーもう帰っていいでしょ? もう帰してよ! デートならまたしなよ。三人でもなんでもさあー」
「三人っ! 三股―――っ!」
「なんなんだよ! ったくマムシ訳わかんねー、なんでここにいんだよ!」
「あ、また話の矛先変える気だな! 桃城―っ」
「マムシ言うんじゃねえっ! ―――つか何で男でデートでしかも三股なんだ……」
どん、と海堂の頭の中でデーターマン乾の顔が居座る。くらりとして、頭を抱えて腰を降ろした。
海堂をここに呼び出しのは何を隠そう乾だ。しかも電話口で一言『デートだ。来い』とだけ言われて、運悪く切れてしまい、「まさか? いやまさか…」と苦悩しながら訪れたのである。
乾が自分とデート?
――――しかもこいつ等と同類? いっしょくた?
海堂の誤解が解けるのは、これよりもっとあとの事となる――が、それはまた別の話だった。
一方。
一触即発どころか、既に勃発している周助と観月。未だ裕太を挟んでの膠着状態が続いていた。
「うーん。不二に堂々と睨み返すどころか笑みを絶やさぬか…やるな、観月」
「うわ〜ん! 不二〜仲良くしようよ〜一緒にテニスを愛する仲間じゃないかー!」
「あーもう帰りたいだーね。美人二人が睨みあっても不毛だーね」
「いやいや、アヒル…失敬。柳沢、この場合美人二人に取り合われている裕太君はそれほどの漢前という事というデーターも…」
興味深々で残っている乾と、心配でおたつくだけの河村。呆れている柳沢しか残っていないあたり、裕太は外に助けを求めることもできずに膝をついた。
「美人だなんて…言い過ぎだよ、柳沢君。ウチは美形だらけの家族なんだ。この程度じゃあ――裕太の美意識はもっと高いよ」
「遠回しに自分が美形だと言いたいんですか? 確かにその皮の厚さには負けますよ。でもね――裕太君は以外と僕の顔が好みだったりするんですよねえーねえ? 裕太君」
「あわわ…あわわわわわわわ」
「そうなの! そうなのかい! 裕太…っ! ああ、畜生這い回る男子寮になんかに可愛い裕太を入れるんじゃなかった…っ! まさか…こんな形でピーを奪われるなんてっ!」
「ぎゃああ―――っ! バカ兄貴――っ! なんて事言うんだよ! ざけんな!」
「ふふふふ、さすがに育ちの知れた方ですね。想像することも下劣なら、言うこともまた低脳な事で……」
「あああ、こんなエセマイケルもどきに、同衾を迫られるなんて…裕太…もう逸早く帰っておいで。大丈夫、犬に噛まれたと思って忘れてしまいなさい」
「誰がマイケルもどきですかっ! この顔は自前です! つーかまだ立海大の切原の方がピッタシでしょうが!」
「―――うん。それは言えてるね」
「でしょ?」
意見が合った二人は、うんうんと頷き合うが、顔を見合わせればまたもや火花が散った。
「とにかく! そんな危険な寮に裕太は帰らせないよ!」
ぐい、と弟の腕を取ると自分に引き寄せる。
「何言ってるんですが! 貴方の方がよっぽど危険でしょ!」
こちらも負けじと、反対の腕を取り抱え込んだ。
「大岡捌きだね」
「乾〜もう止めてくれよ〜」
「ちょっと待ってくれタカさん。―――やあ、今裕太君を取り合って不二と観月が引っ張りあってるんだけど………」
「また手塚に電話してんの? 切られて終りじゃ…」
基本的には口を挟まない乾と河村に代わり、怖いもの知らずの柳沢が「まーまー」と話に入っていった。
「確かにたま〜に変な輩はいるだーね。でも大部分は観月狙いだから裕太は大丈夫だーね。ウチの寮では押し倒すなら観月か木更津っていうのが大部分の意見……」
「なに抜かしてるんですか…やーなーぎーさーわーっ!」
「あ! 待つだーね! オレはお前を狙うほど人生捨ててないだーね!」
「当たり前です! 男の押し倒されるなんて冗談じゃありませんよっ!」
「ルドルフの人達ってみんな目が腐っているんだね」
「貴方だけには言われたくないんですよ! 不二周助! もう…ほら、門限近いじゃないですが! いい加減本気で帰りますよ!」
「あ、はい。観月さん!」
これで終りと、裕太は周助の腕を振り払った。段々を赤くなってきた空に、心底ほっとしながら。
「裕太……」
「こ…今度の休みにはちゃんと帰るし! またな、兄貴!」「不二…」
「裕太…」
「不二…」
「―――なんだい…乾…」
ぷんぷんと肩をいからせながら足早に去る観月とそれを追いかける裕太。ハートブレイクな兄は、その背後に「カムバーック!」と叫びたい衝動を抑えながら、話かけてくる乾に胡乱な目を向けた。とばっちりがきそうなほど、不機嫌なオーラーを撒き散らす青学の天才児に、乾は平然と己の携帯を差し出す。
「―――?」
「手塚からだ。変わって欲しいって」
「手塚〜っ!」
周助は凄い勢いで携帯をひったくると、電話の向こうに向かって切々と悲しみの心情を語り始める。
「―――今度は切られなかったんだね。乾」
「ああ、やはり不二を宥めるならば手塚しかいない…という事は手塚自身がよく知っているさ」
これで帰れる〜と、嬉しそうに河村は伸びをして周助が電話を切るのを待った。
「うん…うん。わかったよ手塚…僕は兄らしく見守るよ…」
どうやら電話の相手は説教を始めているらしい。何を言っているのか、大体は想像がつく。
暫くすると、周助は静かに「ごめんね。ありがとう」と礼を述べて切った。
そのままじっと、切れた携帯を手に背を丸める周助を見て、河村は居た堪れない気持ちになる。
(―――大切な弟君だもんな。久し振りに会えたのにこれじゃあ、不二だって可愛そうだ)
元々出会い頭にケンカを売っていたのは周助の方なのだが、途中参加の河村にはわからない。
「なあ、不二。元気出し…」
力づけようとその肩を叩こうとした時。くるり、とこちら向いた顔に河村は凍りつく。
「貞子……っ!」
思わず口走ってしまうほど、恐怖に戦慄いた。
「ねえ、乾…観月の弱点…知ってるよね?」
開眼した周助ほど恐いものなし。さすがの乾も少々退いたが、メガネのフレームを人差し指で直すと「ああ」と手帳を取り出した。
「先ほど柳沢が言っていた通り。観月は少なからず男子校の中にあって性的対象とみなされている。オレが知っている限り、校内で襲われそうになったのが三回。寮では一回。だが、どれも部長の赤澤がボコボコにしたらしい。
―――まあ、公になればマズイのであくまで、噂だけど」
(なんでそんな事知ってんだ、バーニング!)
「ふ〜ん…赤澤ねえ?」
(お〜う不二子ちゃーん! その笑みは危険すぎるぜーっ!)
河村は恐怖のあまり壊れた。
夏の大会も終ってしまったルドルフでは、期末終了後ということもあり、部活は流す程度に留まっていた。本格的に再開するのは夏休みに入ってからだ。
日も大分長くなってきたので、まだ余裕で空は明るい。
部員達はのんびりと着替えたり、話に花を咲かせたりしていた。
「あれ? 赤澤は?」
週二回ある合同練習の日だったため、補強組もその中に居た。
走りこみをしていた木更津が遅れて部室のドアを開けて、きょろきょろと目的の人物を探している。
そして部誌を書いている、制服姿の観月に目を止めた。「さあ、知りませんよ。終ったことに気づかず、まだ部活してるんじゃないですか?」
「恋人なのにそっけないね。観月」
「だ…っ! 誰が恋人ですか! 冗談もほどほどにして下さい!」
顔を赤らめて本気で怒るマネージャーに、木更津はやれやれと肩を竦める。
部内どころか、確実に学年にまで知れ渡っている有名カップルのクセに自覚が無いあたりがとても不思議だ。
確かに観月は黙秘を決め込んでいるが、単純オバカの赤澤が幸せいっぱいラブラブビームを隠しもせずに飛ばすものだから、モロバレである。
(―――まあ確かに最初は赤澤の片思いで、それは変わらないと思ってたけどね)
なんの因果かくっついてしまった二人。馴れ初めは―――別に知りたくもなかったので聞いてない。
「ねえー誰か部長見なかった〜?」
マイペースな木更津は改めて、部室に残っている部員に呼びかける。
「あ、さっき部長急いで着替えてもう出ちゃいましたよ」
いつも赤澤にひっついている後輩。金田が手を上げて答えた。
「急いで? もう寮に帰ったの?」
「さあ…でも何か大事な用でもあったんじゃないですか? いつもなら最後まで残って鍵閉めていきますし…」
―――と、いうか雑用の多いマネージャーが終るのを、じっと忠犬よろしく待っていると言ったほうが正しい。
「ふーん。ねえ、観月知ってる?」
「なんで僕がいちいちアイツのスケジュール把握してなきゃならないんですか」
「そうだね。裏技使って同室になった観月だってわからない事があるよね」
「――――木更津っ!」
がた、と立ち上がった観月と同時に「大変だあっ!」と一人の生徒がドアを開けて入ってきた。
「野村?」
ドアの前に立っていた木更津が慌てて退く。先ほど帰ったばかりの野村が、汗だくになって荒い息を整えた。
「大変だよ! 今…今オレ凄いもん見ちゃったよーっ!」
「…ふう〜。落ち着きなさい、野村。一体何を見たって言うんですか」
立ち上がっていた観月が所在なげに尋ねる。
「赤澤がそこの喫茶店で可愛い女の子とデートしてたんだあっ! って…ああっ! 観月いたのっ? やべ!」
一気に捲くし立てた挙句に、思い切り失言を吐いた地雷踏み野村は、皆の注目を浴びて口を閉ざした。隣では木更津が目を丸くして、あ〜あ〜と長嘆している。
しばし呆然としていた観月は、我に返ると自制心を駆使して無表情を作り出す。
「赤澤が女の子とデートしていて…なんで僕がヤバイんですか? 野村……」
「うーいやあーほら。まだ浮気と決まった訳じゃないし…」
「赤澤に決まった女性はいなかったはずですが…? だったら浮気とは言わないでしょう」
冷ややかに言い放つ観月の背中に、部員の哀れんだ視線が突き刺さった。
「なんで皆さんそんな目で見ているんですかっ! ええ? 何か言いたい事があるならちゃんと言いなさい!」
「―――観月、落ち着いて」
「落ち着いてます! なんですか! もう! 木更津まで!」
「とにかく〜その女の子の顔を見に行くだーね!」
好奇心の固まりである柳沢が率先して提案をした。それに部員達がどよめく。
「悪趣味ですね! 柳沢!」
「大丈夫だーね。そんじょそこらの女だったら観月のほうが可愛いだーね」
「はいっ?」
「やだなー慎也。実は観月派なの?」
「何言ってるだーね。オレには淳ひと筋だーね!」
「もう! 部員の見てる前で!」
「気色の悪い悪ふざけは止めなさいっ!」
「男のヒステリーはみっともないよ?」
「嫉妬するなら可愛くするだーね」
「―――次回の練習プラン…校庭百周なんてどうでしょう」
「うわ…手塚だ…」
「なんか騒がしいですね。なにかあったんすか?」
またガチャリとドアが開かれた。目の前に立っていた野村の頭にヒットする。
「いって!」
「あ、すんません」
「裕太〜、遅かったね」
あんまり申し訳ないとも思ってない謝罪をすると、裕太がひょっこり入ってきた。
「すみません、ちょっと赤澤部長に呼び止められてて…」
「赤澤部長! 裕太見た? 部長の浮気相手!」
先輩達の話に割って入れなかった金田が、同級生の出現に活きこんで詰め寄る。
同じく遠巻きにしていた部員達もゴクリと状況を見守った。
元からの部員と補強組み。その枠組みの間で平和を保つためには赤澤と観月の―――この際ヨコシマでもなんでもいい関係維持は絶対だった。それが崩れた時、この部は崩壊するとまで皆は思っているのである。
熱血で後輩思いだがバカな部長だけでも駄目だし、冷徹で容赦ない有能なマネージャーだけでもこの部は成り立たない。
「浮気相手って…何言ってんだよ、金田」
今一状況が理解できない裕太は訝しげに同級生を見た。
「だって、今ノムタク先輩が! そこの喫茶店で部長がデートしてるって!」
「デート〜? デートじゃねえよ! だって相手は…っ」
そこで裕太はハッとして、観月に目をやると、途端青褪めた。
「相手―――知ってるんですか? 裕太君」
歯切れ悪い口調が、彼の押し殺した感情を伺わせて、裕太はますます身が縮む思いを味わった。
(アイツ…これを狙って…っ!)
「誰だったの? 裕太。ほら、飴あげるから教えてよ〜」 のほほんと木更津が柔らかい笑みを浮かべて、どこから取り出したのか飴をよこす。
「――――あの…だから一緒に居るのは……」
「居るのは?」
皆の視線が一斉に注がれる。耐え切れずに裕太は叫んだ。
「兄貴です!」
「はい〜っ?」
これまた異口同音に返された。
「いや、なんか赤澤部長に話しがあるからって…さっきそこであって…。そしたら連絡済みだったらしい部長が来て…観月さんに先に帰るって言っておけって……」
しどろもどろだが、裕太は事の詳細を述べた。
何がどうなってアレが彼女に見えたのか、野村の報告が先に来たことがどうにも間が悪かった。
(いや…なにやらちょっと可愛らしい服を着てるな…とは思ったけど…兄貴そこまでするかあ〜?)
裕太とて鈍くはない。兄は「ツイストスピンショットについてちょっとね…」と赤澤に言っていたが、なんて事はない。この間の抱腹の当て馬に赤澤を使ったことは容易く想像ついた。
そしてその抱腹相手は、今まさしくワナワナと怒りに震え立ち尽くしている。
「おのれ〜不二周助〜〜っ!」
―――ひいいぃぃいいいっ!
その鬼の形相に部員一同が阿鼻叫喚。
ギギギと音がしそうなぎこちなさで裕太を見た観月は、微笑を浮かべて一言。
「どいて下さい。ちょうど僕も部長に急用があったんですよ」
(嘘をつけーっ!)
一同、魂を震わせての同時突っ込み。
部員の心が一つになった瞬間だった。
テーマソングはゴジラ強襲か、はたまたジョーズか… ゆっくりと部室を出て行った観月を、誰もが静観してしまった。
その後―――
喫茶店でド修羅場を繰り広げたとか、次いで観月が手塚をたらしこんだとか―――
中々面白い噂が飛び交ったが…
「ふむ。やはりそこは噂にしておいた方がいいな」
乾の手帳にのみ、真実は収まった……らしい。
コメントらしきもの…
初めて書いたテニプリ小説だったりします。アニプリ71話ネタだったり…。ちなみに赤澤出てきませんけど赤観です?
観月らぶっ子です。わかりにくいですか…そうですか…。
|