序章

(ちっ・・・面倒なことになりやがった)
男は、そう思わずにはいられなかった。
整った弓形の眉をつりあげ、相手を憎しみのこもった目で睨み付ける。
 周囲に漂う、ぞっとする気配。
刀にかけた手には、何時の間にか汗がにじんでいた。
男は汗で滑らない様、再度柄を握りなおす。
彼の名は、土方歳三。
いわずと知れた、京都守護職新撰組の副長である。

ここは、夜の京町。
月明かりだけの薄ぼんやりとした闇の中には、
土方と、もう一人の人間がいた。
 黒い服に包まれた‘それ’は、きわめて威嚇的な土方とは対照的に、口元に柔和な笑みをうかべ佇んでいた。
華奢な体は、ほとんどが闇に溶けるような漆黒の服でおおわれているが、顔は隠しておらず、白い肌が浮き上がって見える。
 この場に異常なほど不似合いな笑顔は、それでいてとても端麗で、こんな時でなければ見惚れそうなほどである。
‘それ’は、笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「新撰組副長土方歳三殿」
顔と同じく、男とも女とも取れない凛とした声があたりに響き渡る。
土方は、はっと身を固くする。
「御首頂戴すべく、黒蝶参る」
言い終えるが早いか、黒蝶と名乗った‘それ’は、土方の視界から消えていた。
(早い・・・・っ!)
考える間すら与えず、土方の顔を何かが掠める。
一瞬痛みに顔をしかめるが、すぐに目を見開き、刀を抜く。
仕事柄上、気配を読むのには自信があった。
精神を統一し、気配を感じ取ろうとする。

「・・・・そこかっ!?」

刀が、美しい弧をえがく。
だが、獲物をしとめた感触は無かった。
かわりに、刃にずしりと重みがはしる。
土方が刃先を見たときには、信じられない光景が目の前にあった。

「死にたくなければ、俺を殺す事。
・・・・尤も、アンタの強さじゃ多分無理だけどね」

すらりと輝く刃の峰の上に、まるで宙に浮いているかのように‘それ'は立っていた。
 永遠に人を凍らせてしまいそうなほど冷たい瞳で見下ろし、
それでもその微笑みを絶やす事は無く、土方は冷静さを失った。
はっと気づき、刀を振った時には、もう‘それ’は視界から消えていた。
もう一度神経を研ぎ澄まし、気配を読み取ろうとする。
ここでまだ、死ぬわけにはいかない。
相手が何者であろうとも。
まだ、この首くれてやるわけにはいかない。
そんな思いと、土方の人一倍大きい自尊心が、乱れた心を押さえつけた。

            ◆

(黒蝶・・・・とか言ってたな、コイツ)
次第に冷静さを取り戻した土方は、攻撃から身を守りながらそんな事を考えていた。
『黒蝶』。                 
少し前から、京町周辺を騒がせている暗殺者。
賃金は高いが、任務は絶対にこなす凄腕の手口。
その姿は、出身も、年齢も、性別まで闇に包まれている。
ただ知られているのは、「この世の者とは思えない美貌の持ち主」ということだけ。
(間違い無いな。コイツが噂に聞く凄腕暗殺者サンか。
俺も随分厄介なヤツに目ぇつけられたな・・・・)

次第に早くなる黒蝶の動きに、息を切らし始める土方。
しかも、土方は気づいてしまった。黒蝶が、まだ自分を殺す気で無い事に。
今まで攻撃をかわしてきたと思っていたが、立ち会っている限りで見ると、
黒蝶はとどめを刺そうとするほど本気で力を出していない。
それにもかかわらず、土方は黒蝶の速さについていけていないのだ。
おそらく本気を出せば、自分などすぐに殺られてしまうだろう。
だが、それ以上に恐ろしい事があった。

――気配の無さ、である。
そもそも人間というのは必ず気配を持つものだ。
土方ほどの人間であれば、暗闇の中何人の人間が潜んでいるかを読むくらい、容易い事である。
 一対一で刀を向き合わせるときなど、殺気立って更に気配を読みやすく、相手の場所を知る事が出来る。
・・・・・・・・それなのに。
黒蝶には、気配が無い。
・・・・いや、気配が無い、というよりは、気配を操っているといったほうがただしいかもしれない。
攻撃を仕掛けるときにだけ一瞬気配を放出し、異常な身の軽さで飛びのく。
おかげで土方は、なんとか攻撃を防ぐ事が出来ていた。
だが、それは逆に、黒蝶に踊らされている・・・とも言える。
明らかに、黒蝶は土方で遊んでいる。
そうとしか、考えられなかった。
圧倒的な 差 だった。

(だが、まだ勝機は無い事も無い・・・)
相手は完全に油断している。
この期に及んで、闇に浮かぶ顔は、笑みをたたえている。
今の自分では、確かに黒蝶に勝つのは無理だろう。
 それは、土方自身も、そして黒蝶も分かっている事だ。
が、しかし、そのおかげで黒蝶には、最初から隙が見えている。
その隙を、つけばいい。

土方は、次の攻撃を待った。
攻撃をかわせれば。
かわすとともに、刀で突けば。
勝ち目はある。
 そんな土方の思いを知ってかしらずか、
黒蝶は相変わらず口元に笑みを浮かべて、上から攻撃をしかけた。
今まではかわしていたが、今度は刀で迎え撃つ。
刀と刀のあたる、美しい金属音が、闇に鳴り響く。
音を聞いた土方は、瞬間的に刀から手を離した。
黒蝶は空中から攻撃を仕掛けたため、土方の刀という支えを失い、体制を崩す。
その瞬間を土方が見逃すはずも無く。
脇差を抜き、威勢のいい掛け声とともに、黒蝶をついた。

――否。

ついたつもりだった。

刀の捕らえたのは黒蝶ではなく、黒蝶をおおっていた一部の布だけだった。
「な・・・・・!?」
土方は驚愕の色を隠せなかった。
刃先は完全に、黒蝶を捕らえたはずだった。
なのに、何故?

「ほらね、無理だった」

耳元で、あの中性的な声が囁く。
黒蝶は、何時の間にか背後にまわっていた。
自分より身長の高い土方に、ふわりと抱きつき。
首筋に、しっかりと小柄をつきつけ。
土方は、完全に敗北していた。



「・・・・どういうつもりだ?」
土方の、押し殺した低い声が、闇に響く。
「ん?何が?」
笑いを含んだ黒蝶の声が、軽い調子で聞き返す。
「何が、目的だ?」
憎しみと、殺気が色濃く入り混じった声。
おもわず、黒蝶は苦笑する。
「あれ、なんでわかったの?
俺がアンタを殺す気じゃない事」
そういうと、黒蝶は小柄を鞘に戻す。
土方の背中から離れると、土方が落とした刀をかがんで取る。
「ま、察しのいいやつは話しやすくっていいや。
とりあえずこんなところで立ち話もなんだし、どっか入ろうよ?」
ひょいと土方に刀を投げつけ、それを受け取ったのを見ると、
黒蝶はさっさと歩き出した。
 土方はその背中を暫く睨んでいたが、
やがてふっと息をつくと、刀をおさめ、黒蝶の後に続いた。










あとがき。
・・・名前変換どころかその気配すら出てきてない・・・・・(あわわ
しかも長い・・・・さらに戦闘だけだし・・・・・
・・・・・・精進します・・・・・!!


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