夏は苦手だ。
何もかもが億劫になって来る。
うだる様な暑さが思考を妨げる。
何よりだるいのは、夏休みに入る前のテスト。
いったいなぜそんなものが存在するのか。
試験期間に入り勉強に勤しむクラスメイトを見るとー憂鬱になった。
ourselves
「充、お前また赤点取ったろ」
「うっせー」
笹川が優越感に浸りながら聞いてくる。
彼は今回、本当に珍しく(初めてかもしれない)全教科で赤点を免れたのだ。
理由は知っている。最近付き合い始めたという大学生の彼女(理系の大学に通うお嬢様らしい、本人から聞いた限りでは)
に面倒を見てもらっているせいだ。
黒長は勉強は決して得意ではないけれど、それでいて全く出来ないというわけでもなくて、いつも平均点の少し下あたりを
彷徨っているようだった。
月岡は見た目に似合わず(失礼ね、と本人は怒るだろうけれど)なかなか成績優秀だったが、出席日数が極端に足りないので
それが内申に生きてこないようだ。
笹川と自分は3Bでも赤点常連組だったし、別に他の奴と自分を比べても仕方ないと割り切っていたのだが、さすがに笹川まで
点数を上げたとなると、少し危機感が出てくる。
でも勉強は本当に苦手だった。どの教科が得意不得意の問題でなく、「嫌い」なのだと思う。
「折角だからボスに教えて貰えば?」
含み笑いをしながら笹川が言う。こいつ、どこまで嫌味なやつなんだ。
睨み付けると、おおコワ!わざとらしく怖がって逃げ出した。
ー教えて貰えるものなら、教えて貰いたいぜ。まったく。
桐山は、ここの所また暫く学校を休んでいた。
月岡もしょっちゅう学校を休むけれど、それは店の手伝いで疲れてるから、とかなんとなく理由がわかるものだった。
けれど桐山が学校に来ない理由はー誰も知らなかった。
本人に聞けるような雰囲気ではとてもなかった。そんなに頻繁に体調を崩すということはないから、多分家の事情か何か
なのだろう、とは思っているけれども。
出席日数は月岡よりもぎりぎりなのだろうが(ひどい時だと一週間続けて休むことが月に一度くらいあった)、それも
親の力で何とかなっているのだろうか。
桐山はそれでいて学年でもトップクラスの頭脳の持ち主だった。ただ、今回返された実力テストが行われた日も休んでいた。
余計なお世話かもしれないけれどー、心配になる。
ボス…。
想っているのに、会えないという事はひどく充を苛立たせた。
気にかかるのに、此方からは何も出来ない。
帰り道、いつになく充は苛立っていた。
ただでさえ機嫌が悪いところを呼び出してきて、少しは真面目に勉強したらどうだ、とバカにしたように言った
数学教師の顔を殴ってやりたい衝動に駆られたが、そこはぐっと堪えて来た。
悔しいがー非は自分のほうにあるのだ。
けれど、気に食わない。どうして自分が指図されなければならないのだろう。
だいたい、勉強なんていい学校に行きたい奴がすればいいのだ。
こんなたいして役にも立たないような知識を詰め込んで、いったい何になるというんだ。
腹立たしかった。何だか、下らない事に振り回されているような気分だった。
憂さ晴らしに喧嘩でもしたかったのだが、相手が見つからなかった。
桐山から電話が入ったのは、家に帰ってシャワーを浴び、扇風機をかけながらくつろいでいるときだった。
「今から行ってもいいかな」
突然の誘い。ーそれでも、迷惑だなんて思うわけはなかった。
久しぶりに会える。
半ば興奮して了承すると、受話器の向こうの桐山は何かあったのか?と不思議な調子で尋ねてきた。
「何でもない。…待ってる」
通話終了のボタンを押すと、充はふうっ、と溜息をついた。
声を聞いたのも、久しぶりだった。
「…ボスが来るまでに、もう少し片付けとくか」
きっかけがなければ、何もする気が起きなかった。
部屋に散らばったものを拾い上げていく。
桐山が来たらー笹川が言ったように、少し勉強を教えてもらうことにしようか。
そんなことを考えられるようになっただけ、前向きな気持ちになっていた。
桐山は何事もなかったようにやって来た。
充とは違って、あまり外に出ていなかったのか、それとも単に体質なのか(多分そうだ)、
白い肌は少しも日焼けせず、透き通るようだった。
ドアを開け、その顔を見たとたん、充は桐山に抱きついた。
「充。ーどうかしたのか」
「あ、ごめん」
慌てて身を離す。桐山は相変わらずの無表情のまま、じっと充を見た。
「久しぶりに会ったから…」
自分でも情けなくなるような声が出た。―もう少し、成長しなければと思うけれど。
寂しかったのは事実だ。
「…別に構わない」
充の寂しそうな表情に気づいてか、離れかけた充の腕を、桐山はそっと掴んで引き寄せた。
おかげで充は、気の済むまで桐山を抱きしめていることができた。
桐山は、「充に会いに来てみようと思ったんだ」と言っただけで、特に大事な用があったわけではないようだった。
それがなんとなく嬉しい。わざわざ桐山から会いに来てくれただけで嬉しい。理由なんてどうでもよかった。
冷たいジュースを出して、簡単に彼をもてなす。それから、さっき考えていた通り、
数学教師から与えられていた課題を取り出して、手を合わせた。
「ボス。…来てもらったとこ悪いんだけど、ちょっと教えてくれないかな」
桐山はちょっと目を丸くしたが、すぐに「構わない」と言った。
桐山の手ほどきを受けても、勉強そのものを拒否しているような充の頭には、なかなか問題の意味が理解できなかった。
一度やっては間違える。それが何だか悔しいし桐山にも申し訳がなかったのだが、桐山は少しも苛立つ事無く
充に尋ねられたことなら、同じことでも何度も丁寧に答えた。
やがてどうにか課題の半分を終えたところで、桐山が思いついた様に言った。
「充」
「何?」
「今日は、触れてこないんだな」
桐山が言った言葉があまりにもあからさますぎて、充は思わずシャープペンシルの芯を折ってしまった。
桐山のほうは「何を驚いているんだ」とでも言わんばかりの顔をして首を捻った。
「…我慢、してんだよ。これでも」
「なぜ?」
「…やべえんだよ。…赤点取ると」
「…勉強のほうが大切なのか」
充がびっくりしたように顔を上げると、桐山は何だか不満そうな顔をして居る様に見えた。
充はそれでちょっと言葉に窮した。
まるで遊んで貰えなくて拗ねている子どものようだった。
「そんなことは、ないけど」
少し語尾があいまいになった。
この課題を済ませたならどんなに頭が悪い奴でもテストはどうにかなる。あの嫌な数学教師が豪語していた。
桐山が来るときくらいしか真面目に勉強に取り組む自信がなかったし、彼に教えてもらったほうがひとりでやるより余程
身につくと思って出したのだけれど。
桐山には失礼だっただろうか。
そんなことを考えているうち、充はぎょっとした。
桐山が机の下に潜り込んで、充のジーンズのチャックを下ろしにかかっていたのだ。
「ボス!」
あっというまに桐山は充自身を取り出してしまった。
「なるほど。…確かに我慢しているな」
堅くなりかけていた充自身に指を這わせながら、桐山は抑揚の無い声で言った。
「ボス、ダメだって。…あ」
先ほどシャワーを浴びたけれど、この暑さだ。すぐに汗が流れてくる。
桐山に何だか申し訳ない。
桐山がちろちろと、先端の辺りを舌でつつくように愛撫していた。
充はやばい、と思った。体の方は素直だ。
首をもたげ始めた欲望が、熱を持って疼く。
「ボス…」
充は桐山の頭を押さえた。桐山がそっと顔を上げた。
「…このままで、いいのかい」
ここまでしておいて、と充は思ったが、桐山が誘ってくれるのは素直に嬉しい。
…勉強なんて、どうにでもなればいい。
「…いいわけ、ない」
充は桐山を押し倒した。
シャツを捲り上げて、彼の裸身を露にする。
胸から腹を撫ぜる。少しひやりとした桐山の白い肌が手に心地良かった。
胸にある突起が既に立ち上がっているのを見て、充は苦笑した。
「…そんなに俺とHしたかった?」
「勉強とセックスだったら、セックスの方が興味深いと、思う」
何だか桐山みたいに気品のある男の口からそんな言葉を聞かされると、複雑な気持ちだった。
突起にそっと触れると、桐山は喉を反らして、小さく呻いた。
額に髪がさらさらと降りてきた。
その様子が何とも色っぽい。
「…ボスってHだよな」
「…そうなのかい?」
桐山には、羞恥心というものが備わっていないらしい。
充は桐山の胸元に顔を埋め、その突起を口に含んだ。
「…ああ…」
桐山の口から喘ぎ声が漏れる。充の頭を、ゆっくりと撫ぜた。
十分に胸を愛撫した後、充が顔を上げると、桐山のほんのり熱を帯びた、美しい顔が視界に収まった。
「…充とセックスをしたかったような感じがする。凄く」
桐山が僅かに掠れた様な声で言った。
「…俺と?」
「そうだ」
桐山の頭を撫で、頬に口付けると、桐山は幾らか嬉しそうな(充には、そう見えた)顔をした。
桐山は「充とセックスをしたかったような気がする」その言葉どおり、貪欲に充を求めて来た。
再び充の性器を口に含み、執拗に愛撫して来た。
堪え性の無い充は、桐山の絶妙な愛撫に、大して持たずに放出してしまったけれど、すぐに回復した。
一糸纏わぬ姿となった桐山の姿はそれだけ扇情的だった。
口内に発射された精液を残らず飲み干すと、桐山は「溜まっていたのか?」と、また恥ずかしげも無く訊いて来た。
それなりに処理はしていたのにーこうなったのは、桐山の所為だ。
答える代わりに充は桐山の顔を引き寄せて、唇を奪った。
「ん…」
充と舌を絡めあいながら、桐山はくぐもった声を上げた。
ーボスは何でも知ってるから、勉強なんてしなくて済むんだな。
ー何でも?
少なくとも、俺よりずっといろんなこと知ってると思う。ボスは。
身体を重ねている時の会話は途切れ途切れだった。時折お互いの吐息が、詰まったような声が混じる。
ーそういうものかな。
ボスに分からない事なんて、あるのか?
「…そうだな。これは…分からなかったことかもしれないな」
目を閉じて、快楽に身を浸しているかのように見えた桐山が呟くように言った。
「充を受け入れている感覚。充の熱」
充自身を体内に迎え入れているにも関わらず、その声は相変わらず静かで、耳に染み透るようだった。
「充に抱かれなければ、分からなかったことだ」
桐山ははっ、と息をつき、充の首に腕を回して、引き寄せた。
それで幾分桐山の奥深くに侵入できたような気がした。
緊迫が増し、充は息を荒げた。
「ボス…」
桐山は充が欲しかったと言ったが、自分だって同じだ。
もっとも、セックスするだけが目的じゃない。
この存在に飢えていた。
桐山をぎゅっと抱きしめ、腰を動かす。
耳元で、桐山の小さく喘ぐ声が聞こえてきた。
「ボス…もうイク?」
張り詰めて、震えている桐山自身を労わる様に優しく手に取りながら充は訊いた。
僅かに頷いたような反応があった。
その桐山に応え、充は腰の動きを早め、桐山自身をゆるゆると扱き始めた。
「うっ…あ…ああっ…充っ…」
桐山の体がびくりと震えた。
きつく充を抱きしめる。そして充の手の中に、熱い精液を放った。
桐山が射精した瞬間に、彼の内側もきゅっと締まって、充にも強烈な快感を与えた。
「あ…ボス…俺もイク…っ…」
どくり、と白い粘液を桐山の体内に注ぎ込む。ずっと我慢していただけにいつもより強い快感があった。
久しぶりということもあって、二人は一度の交わりでは満足せず、夕方まで行為を続けてしまった。
おかげで体が幾らかだるい。プールに入った後で授業を受けている時のような、
ふわふわとした倦怠感が身に纏わりついていた。
年代ものの扇風機がかたかたと音を立てて回り、外からちりちりと風鈴の澄んだ音色が聴こえてきていた。
「ちょっと休んだらまた勉強しないとな」
「珍しいな。そんなに気にしているのか?」
「センコーがうるせえんだよ、今のままじゃ高校行けねえって」
「そうか」
「ーボスはいいな。俺もボスみたいに頭良く生まれたかったよ」
「別に、俺は頭はよくないんじゃないかな」
桐山は充の言葉に首を傾げるようにして、言った。
「覚えろ、と言われた事を覚えているだけだ」
「………」
覚えようとして、覚えられるならいいじゃないか。
俺はこんなに苦労したって…。
仕方ないこととは思う。
けれどーこんなに違う。
自分は、どうあがいても桐山のようにはなれない。
充が気難しそうな顔をして黙り込んだのが不服だったのか、桐山が胸に顔を埋めて来た。
充はその桐山を抱き寄せ、優しく背中から腰の辺りを撫ぜた。
そこで充はある事に気づく。
「ボス…具合とか、悪くないのか」
「?…ああ」
何だか前に抱いた時よりも、桐山の腰周りの肉付きが薄くなったような気がした。
うっすらと汗ばんだ白い肌を撫で回しながら、肩口に口付けた。
ーボスはいいな。
そうついさっき出た言葉が何だか恥ずかしくなった。
桐山が苦労知らずのお坊ちゃんではないことはー薄々分かっていたはずなのに。
「…あんま、無理すんなよ」
どうして、学校に来ないんだ。
そう聞きたかったけれどーやはり聞けなかった。
「…ああ」
桐山は頷き、顎を持ち上げて、充の頬に口付けた。
「…充も」
柔らかい唇が頬に当たる感じは、ひどく充の心を和ませた。
桐山からのキスは、そんなに頻繁でないだけに。
「俺は平気。心配してくれてありがとな」
はにかんで言うと、桐山がちょっと頬を染めたような気がした。
学校に来れなくても。
こうして会いに来てくれるのはー少しでも自分を頼ってくれているから。
そう心の中で確認するだけで、満足しておくべきなのかもしれない。
結局いつもこんな結論に落ち着いた。
おわり
2004/7/24