帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

淘汰されし残骸を掻き繋ぐ記憶回帰

夢。
夢を、見ている。


温かい何かに包まれた体は心地好い疲労感を抱えたゆたい、気怠い充足感と共に、形なき曖昧な残像を幾つも追い掛けた。



「…珍しいな」

ただ。
実体験なのかはたまたただの夢なのかは、判らないままだ。


「そなたが一人とは」


夢を見ている事だけは、確かだと。










「2489、2490、2491…」

一心不乱に素振りに励む小さな剣道着が見える。意志の強い眼差しは彼の年齢を曖昧にし、見る者を須く惹き付けてやまない。
明らかに抜き出た一人に、我が子の応援を二の次に母親達は感嘆の眼差しを注いだ。

「頑張るわね〜、あの子。うちの子は1日で辞めたのよ」
「小耳に挟んだんだけど、此処の師範代がもう適わないかも知れないそうよ。産まれ付いての才能だって…」
「天才って本当に居るのねぇ」

女性らの談議はそこで溜息に変わり、師範の鋭い声で素振りを終えた子供達は思い思い解散する。母親の元に駆けていく者、スポーツバッグから水筒を取り出す者、塾の時間だと慌ただしく出て行く者、その中で唯一、握った竹刀を見つめている双眸。

「…まだだ」

小さく囁いた彼は握った竹刀を大きく振り上げ、道場の木床に音を発てず叩き付ける。初めに気づいたのは厳格な師範で、続いてその息子の師範代が目を瞬かせた。


突き刺す様に木床に下ろした竹刀をそのままに、まるで舞うが如くぐるぐると竹刀を握ったまま駆ける少年の黒髪が踊り、トンっと軽い音と共に宙に飛び上がった体躯は空中で軽やかに一回転し、音もなく着地する。
見ていた全ての大人が声を出せず、瞬きを忘れたまま。

「しーくん。かっこよかったよ〜!」
「そうか」
「でもちょっとだけ、音聞こえたかも」
「む。失敗だ」

一人の子供が駆けより、少年の眼差しが鋭さを帯びる。少しばかり痙き攣った子供の方が年上の様だが、体格は大差ない。

「無我の境地を極める為には修業しなくては」
「きゃー!何なのあの子っ、欲しい欲しいっ持って帰りたぁい!」
「サムライよぉ!」

一部の母親らから黄色い悲鳴が上がり、師範は眉を痙き攣らせながら再び、鋭い声で『解散』と叫ぶ。苦笑いしている師範代はわざとらしく耳を塞ぎ、驚いている他の子供らを宥めた。

「俊、終わったか」

現れた黒髪の美丈夫に、とうとう声なくバタバタと保護者陣が倒れ、狼狽える子供達の泣き声がしくしく響き始める。最早見慣れた光景に、師範代は深い溜息だ。

「こんにちは遠野さん。息子さん、頑張ってますよ。ちょっと頑張り過ぎなくらいに」
「お世話になっております。今回は続いているみたいで、」
「父」

凛々しい美貌に柔らかさがあるスーツ姿の男の台詞を、キッと目を吊り上げた子供が鋭く遮る。

「今夜はオムライスだ。速やかに帰らねばなるまい」
「お子様め。良いかケチャップは二本までだぞ、ママに叱られるからな」
「パパイヤ」
「ん?お主、今パパに何か言ったかァ?ん?」
「…」

下駄箱で仁王立ちしている肩より僅かばかり長い巻き毛の女性に、子供は青ざめた。ニヤニヤと眼差しに笑みを浮かべる表情は十代そこそこの若さで、とても保護者らで賑わう道場の入り口とは思えない出で立ちだ。
タンクトッブにミニスカート、何センチあるのか判らない超ハイヒールのミュールに、エコバッグを抱えている。バッグから葱が飛び出していた。

「シエ、今日は俺が迎えの日じゃなかったか?」
「ワラショクのタイムサービスがあったのさァ。葱も牛乳もキャベツも大根もゴーヤもオール98円と聞いたら、誰だって三時のサービスタイム一時間前には待機しちゃうわょ〜」
「待機したのか…母上」
「ったく、年寄りみたいな喋り方しやが…こほん、しないの。アンタ2歳なのょー?2歳。オムツ外れてるからって大人振らない」

ぐりぐり、母親からコメカミを痛めつけられた子供は無言でパタリと倒れ、青ざめた父親が涙目で抱き上げている。

「俊っ、死ぬな傷は浅いぞ…!親不孝はまだ早い、思春期になってからグレなさい!」
「父…出来れば母さんは、もっと優しくてボインが良かった…グフ」
「俊ー!」

旦那諸共息子を回し蹴りした母親は伸ばし始めて二年目の髪を優雅に掻き上げ、見る者全てを恐怖に陥れる威圧感を込めた戦慄の眼差しに笑みを乗せた。

「…誰が鬼貧乳だとォコラァ?テメェ、いっぺん地獄見せられてェらしいなァ?あ?」
「シシシシエ。シシシシエ」
「あらん?どうしたの、しゅーちゃん。シシシシエしか言えない病かしら?」

父親と息子は路上で抱き合い、今にも爆発しそうなエコバッグを軽々抱えている母親には決して逆らうまいと、無言で頷きあったのだ。










「剣道は気に入ったか」

彼が囁く声に頷いて、繋いだ小指を離す。

「もう四日も竹刀を握っているなら、いつか本物の騎士になるかも知れないな」
「違う」
「違う?」
「剣道はもう飽きた。でも道場には、友達が居る、から。もう少し…」
「そうか。それなら、未練があっても仕方ない」

父親と同じ顔、同じ声、けれどまるで別人、彼は誰なのだろうか、と。考えてすぐに放棄した。興味がないと言うよりは、知る必要がないと言った方が正しいだろう。

「もうすぐ誕生日だな」
「とぉのしゅん、さんさい。…普通の大人にはこう言っておけば、奇異の目で見られずに済む」
「可愛げのない2歳だ。中身は私にそっくりらしい」
「そうか」
「折角、見た目はお母さんに似たのにな。知っているかい、研修医の真新しい白衣を着た彼女は呼吸を忘れてしまうほど美しかった」

コンクリートに突き立てた竹刀を軸に、音もなく舞う様にぐるぐると、駆け回り飛び上がって、宙で二回、爪先の向こうに空を見た。

「二回転、おめでとう」

短い拍手、彼は冷めた眼差しとは裏腹に唇には笑みを描き、

「だが未練は捨てた方が良い。長引けば長引くほど抜け出せなくなるものだ」
「…」
「ナイト。この名前をお前にやろう。秀隆の与えた意味とは、大分違うけれど」

悪魔を退治しよう、と。
男は父親と同じ顔、同じ声で囁いた。まるで誑かす様に、と。思ったのは、誰だったか。


「置いてきてしまったんだ。大切な子を、愚かな私は我を忘れて…可哀想な事をした」
「連れ戻せばイイ」
「秀隆は知らない。お前が興味本位で術を解かなければ私は、時が来るまで目覚めなかったんだ。一時的な催眠状態ではどうする事も出来ないよ」
「だったらずっと眠っていればイイ。下手に動き回るから父は、迷子になってしまう」
「長くて半日しか保たないんだ、少しくらい良いじゃないか。学園から出た経験の少ない私が、誰にも咎められず電車にもバスにも乗れるんだ」

夢見がちな台詞には説得力がない。
彼は恐らく何らかの計画を遂行しているのだ。少しずつ、少しずつ、確実に。日中の大半眠ったまま、僅かに目覚める瞬間瞬間を繋いで、

「いつかどちらかが消えなければならない。それが秀隆ではない事を祈っているが、…ただの自己満足だな」
「母は父が好きだ」
「…嬉しいな。私はそれだけでもう、死んでも構わないとさえ思えるよ、俊」

最後に浮かべた笑みだけは恐らく真実で、けれどそれがどうなる訳でもないと、


「…ん?俊、何だ修行でもしてたのか?」
「いや、もう極めた。次は、乗馬か空手がしたい」
「そうか。乗馬は足が短…まだ早いから、空手にしなさい。ソロバンはどうだ」
「ソロバンは先週覚えた。忘れたのか父」
「そう、だったか?」

途方に暮れた表情で、へにょりと眉を下げた情けない父親を見上げ、表情には一切出さないまま、考えていたのは。

「そうだ、誕生日には焼き肉のバイキングに行こうか。行ってみたいって言ってたろ」

記憶力皆無のこの父親が、いつか心から笑う日が来るならば、と。









「そう、か。…帝王院学園に入りたいんだな」

母親が寝静まったのを見計らった様に、安い発泡酒をちびちび舐めていた父親は呟いた。途方に暮れた表情の後に、諦めに似た溜息を一つ。

「お前の人生だ。好きにしなさい」
「有難う」
「寮に入れば夜中に窓から出て行く事もなくなるだろう」

知っていたのかと心の中だけで驚いたものの、決して馬鹿にしていた訳ではない。寧ろ父親は賢い部類の人間だ。ただ、わざとらしいほど平凡を装っているだけで。

「登校する振りして図書館で時間を潰す事も、派手な友達とヒーロー振った乱闘を起こす事もない、と。願いたいものだが」
「…参ったねィ、こりゃ。思春期の息子に監視でも付けてんかァ?」
「気付かなかったのか」
「心当たりはあるけども、念の為教えてちょ」
「榊外科部長の息子」
「あらん、ビンゴ」

記憶に新しい夢を見ている。
誰かが言った。これは本当に君の夢か、と。誰かが笑った。記憶なんか当てにならない、と。


「お前が寮に入ってまで何がしたいのかは、聞かないでおこう。ただ一つ、絶対に守って欲しい事がある」

約束した、筈だ。
騎士になれ。何があろうと母を守れ、と。唯一、それだけは強い口調で命じた父親に従って、15年もの間、生きてきた。

「悪魔には決して、近付くな」

父親はそう言って殺意を眼差しに込めると、すぐに眉を寄せ頭を抱えたのだ。
痛みに耐えるかの様に歯噛みし、念仏を唱える様に何度も何度も、『出て来るな』、と。


「…どうやら私は、嫌われたらしい」

父親と同じ顔をした男は、父親と同じ声で楽しげに呟いた。けれど眼差しは相変わらず冷めていて、何が本心か判らない。

「出来れば秀隆には消えないで貰いたかったが、どうやら怪しい状況だな。お前の所為で酷く混乱しているぞ」
「顔に出せっつー話だねィ。平気そうに見えましたわょ」
「ABSOLUTELYはどうだった?昔はただの親衛隊だったんだが」
「イケメンだらけでウハウハですにょ」
「東雲には会ったのか」
「さァ、そんな人は見当たらなかったが、いつの話?」
「十年程前までは、リーゼントにサングラスでアロハシャツ決め込んでた筈だが」
「そんな総長は絶対イヤ!俺は認めねェ」

彼は笑った。
彼は冷めた眼差しで唇に笑みを。そして、

「私が完全に目覚めた時、秀隆は消えてしまう。けれど着実に目的を果たす日は近付いている。家族と家族、どちらを引き換えにするかは…考えたくもないが」
「選択肢が変じゃないか?」
「そう、お前はどちらを選択しても良い。…全て自分の責任だと判った上で、巻き込んでしまったから」
「息子を探しているんじゃないのか」
「だが、お前も息子だ」
「…成程、つまりどう言う事なの、さっぱり判らんにょ」
「ふふ。いつの間にか、子供らしくなったな。昔は可愛げのない子供だったが…今じゃ、年相応か」
「必死で受験勉強やってます。…但し、俺は自らの意志で入学するんだ。アンタの復讐の助けをするつもりはない」

彼は魔法使いだと言う。
自らに魔法を掛け、新しい自分を。

「疲れたんだ。己を偽り復讐心を抱き続けるのは、精神を消耗する。今ではこのまま消えてしまっても構わないと、考える様になった」
「弱気だな」
「だが一度回り出した歯車は止まらない。今更引き換えそうにも、張り巡らせた無数の糸はいつの間にか絡み合ってしまって…もう、どうする事も出来ないらしい」
「だったらいっそ、壊してしまったら宜しくてよ?」
「…そうだな。出来るならそうしたい所だが、お前の前以外では目を閉じてしまう私に、何が出来る?」
「魔法を解けばイイ」
「成程、極めて正論な最悪のアイデアだ」

彼は儚い笑みを浮かべ、自ら目を閉じた。それだけは有り得ないとばかりに、再び漆黒の眼差しを開いた時にはもう、

「俊、おはよう。大好きなパパを起こしに来たのか?有難う、だが小遣いはママに言ってくれ。パパの財布は羽毛だ、空飛ぶほど軽い」
「いい加減ボクのプレステ返しやがりたまえ、クソ甲斐性無し親父」
「まだぷよぷよ一回もやってないから、もうちょっと貸しなさい、ケチ息子」
「ぷよぷよかょ!」

螺子を巻き直したオルゴールの様に、誰も幸せにならない魔法は、繰り返される。


剥げる、剥げる。
纏っていた何かが、ポロポロと。




まだ。
消えたくない。そう吠える様な声さえ、消え果てた。


自分はもう何処にも居ない。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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