キスの雨を降らせて
一通のエアメールを握り締め、遠く東の空を見上げて男は一言呟いた。
「…そっか、もうそんなに経ったんだな」
煌々と照りつける太陽に乾いた風。まるでいつかの旅を思い出させるかのような汗ばむ陽気が、現実から目を逸らすなと訴えかけてきているように感じた。逸らしてたことなんてない。むしろ今だって常に向かい合っている。そう思っていたはずだったのに、その男は素直に太陽を見ることができなかった。
手元に握り締められたエアメールがクシャリと小さな音を立てた。
8月中旬の夏真っ盛り。ポルナレフは見慣れぬ空港で、とある人物と待ち合わせをしていた。
辺りを見渡しながら何度か時計を確認する。親しい人物とはいえ、久しぶりの再会を目前に少しの緊張感もあった。ズボンのポケットに押し込まれた便箋を再び取り出す。機内でも何度か広げて読んだそれは、すっかり皺だらけの紙くずのようになってしまっていた。
親愛なる ジャン=ピエール・ポルナレフ様
久しぶりだな。その後の怪我の回復はどうだ。フランスでの生活は上手くいってるか。
こっちはお袋も無事に回復して、なんてことのない日々を送っている。ジジイも安心して数ヶ月前にようやくアメリカへと帰って行ったところだ。そっちの方もだいぶ落ち着いたんじゃないかと思ってな。
ついては、日本への来訪を願いたく案内状を送付させてもらった次第だ。
日本ではじきに盆といって先祖や死者の霊を祀る、平たく言えば皆で墓参りをする期間がやってくる。旅の別れ際に花京院の墓参りの際は連れて行けと言っていただろ。とりあえず今年の盆は花京院の家族から墓参りの許可が貰えた。向こうも複雑な心持ちだろうから来年以降、墓参りが可能である保証はない。
もし来れるようなら一言返事が欲しい。お袋も命の恩人の顔を見たがっている。盆の間は学生も社会人も日本全体が休みで、迎え入れる準備はできているからホテルの心配も要らない。当日は俺が空港まで出向こう。
もし他に心配事があれば返事に添えてくれ。
良い返事を待っている。
空条 承太郎
クシャリ。
何度目だろうか、便箋が再び音を立ててまた新たな皺を作った。
よほどの事態が起こらない限り暫くは顔を合わすことはないと思っていただけに、承太郎からの招待はポルナレフにとって嬉しいものではあった。花京院の墓参りにも行きたかったし、約束を忘れずにちゃんと連絡をくれたことにもホッとした。けれどこうもつらつらと事実を綴られると表現し難い悔しさもあった。承太郎が無闇に感情を露わにするような人間ではないことは知っている。ましてや手紙なんかは必要最低限のことが相手に伝わればそれでいいものだ。だから承太郎に何も非はない。ポルナレフが苛立ちを覚えていたのは、そんな文体に複雑な念を抱く自分自身だった。
便箋を読み返す度、淡白な文字の羅列に胸が痛む。承太郎直筆のものであるのに、その承太郎の気持ちが全く読み取れない無機質な文がポルナレフの心証を荒らした。
一度心を落ち着けようと反対側のポケットに手を突っ込んで煙草を探し始めたときだった。
「……吸うか?」
背後からとんでもなく低い声が聞こえたかと思うと、目の前に一本の煙草が差し出された。
ハッとしたポルナレフが勢いよく振り返る。そこには薄い笑みを浮かべる待ち人の姿があった。
「おおぉおおおお!!承太郎じゃねーかッ!!てめー、来るのが遅いぜッ!!」
「厄介な渋滞に巻き込まれてな。やれやれ…この時期の帰省ラッシュを舐めてたぜ」
そう言って承太郎は帽子のツバをくいっと上げた。旅をしていた頃と全く変わってないその仕草に思わず頬が緩んだ。
承太郎が元気そうな様子で自分を迎えてくれた。その目の前で起きた現実だけで、さっきまでのモヤモヤした気分が一瞬で吹き飛んだ。こんな風に近い関係の人物と再会ができたのは何年ぶりのことだろうか。今まで何度も大切な人達を失ってきた。そしてだからこそ新たに出会った人達とはその場限りの出会いに留めて、その後深く関わることは避けてきていた。そんな心情の中で、大事なイベントも兼ねているし少しくらいはと初めて自分を甘やかしたのが今日の再会だった。
「まぁその辺はこの世界一優しいポルナレフ様が許してやるよ。そんなことより挨拶がまだだったな………」
ポルナレフは言葉を溜めると、あぁと言って手を差し出してきた承太郎にニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「会いたかったぜ承太郎ォ〜〜!!」
そしてその大きな叫び声と同時に、ポルナレフは差し出された手を無視してガバッと勢いよく承太郎に飛びついた。急なアクションにさすがの承太郎も、うおっと声を上げてよろめいた。その反応が見たかったと言わんばかりにポルナレフがニシシと笑う。
「…フッ…相変わらず暑苦しい野郎だぜ」
てっきり軽くあしらわれて呆れられると思っていたが、承太郎の態度は意外にも柔らかく、すぐに体勢を立て直して飛びついたポルナレフを優しく受け止めた。
承太郎の思わぬ行動と久しぶりの人の温もりのせいか、目が潤みそうになってきたポルナレフは慌てて身体を離した。
「そ、そうだ!!この後どうすんだっけ?花京院のは…」
「旅客機とはいえ長い空旅で疲れただろ。とりあえず今日は俺の家で休むといい。墓参りは明日だ。作法について教えなきゃいけねぇこともあるからな」
「…おお、そうか。ワリィな」
承太郎の言葉に、ふと、友達の家に招待されるのがこれが初めてじゃないかとポルナレフは思った。
シェリーが亡くなって国を飛び出すまでは友達も多くいたが、その連中と泊まりごとをしたことはなかった。幼い頃から両親のいないポルナレフの家では、常に妹と2人での暮らしを強いられた。男が夜1人で留守番をするのは大したことはないが、それがまだ幼い少女となるとそうはいかない。シェリーが友達の家に泊まってくることはあっても、ポルナレフが夜の家に妹を1人で残すようなことはなかった。過酷な旅中での野宿やホテルの宿泊ですっかり忘れていたが、これが人生初のプライベートでの友人宅への宿泊だった。
ポルナレフはその事実に、改めて今の自分が一切の身寄りもいない独り身であることを確認させられた。
「荷物貸しな。運ぶぜ」
「あ?別に大した量じゃあねーし自分で……って、んぐッ!?」
感傷に浸りかけたポルナレフの意識が目の前の承太郎へと戻った瞬間、遠慮する言葉を遮るようにポルナレフは承太郎に煙草を咥えさせられた。
「なっ、てふぇー!ふぁにふんだ!」
「俺を待ってるときから吸いたかったんだろ。しけた面してねぇで一度サッパリするといいぜ」
そう言って承太郎は持っていたライターをさっと翳すと、慣れた手つきでポルナレフの咥えている煙草に火を着けた。そしていつの間に咥えたのか、自分の口元の煙草にも火を着けて小さな煙をふかせると、ポルナレフの荷物を片手にスタスタと背を向けて歩き始めてしまった。ポルナレフは見事に抵抗する隙を失い、厚遇を受けたまま黙ってその後ろを歩くことになった。
相変わらずキザったらしいことがいやになるくらい似合う男だ。これがまだ高校生のガキの言動だなんて誰が信じようか。しかし、それがただの格好つけでないことはポルナレフが一番よく分かっていた。共に旅した短い期間の中で何度も見せつけられたこの粋な漢気。そしてその裏にある素直に言葉にすることができない不器用さ。気の利いた言葉の代わりに煙草を、気遣わせる前に行動を。これが承太郎なりの表現なのだ。
「ったく、相変わらず分かりにくい奴だぜ」
きっと承太郎は分かっていたのだろう。
今さっき泊まりごとに対して感傷的になってたことは勿論、待っている間の複雑な心境のことも。
煙草を吸いたがっていたことに気づいていた辺り、きっと自分が眉をひそめてあの便箋を握り締めてた姿も見ていて、あの文がどんな風に思われたのかも予想がついたのだろう。
承太郎の優しさは分かりにくい。滅多に言葉にしなければ、行動もさり気ない。けれど感情がすぐ顔に出てしまうくせに過度な同情はして欲しくないポルナレフにとっては、その不器用な優しさが心地良かった。
ポルナレフはそんな優しさに少しの懐かしさを感じながら、前を歩く頼もしい背中を見つめてそっと目を細めた。
招待の理由はあくまでも親友の墓参りであり、今回の再会の理由もその墓参りがあるからと決心したことだ。
けれど内心ただの再会も期待している節があった。元気な姿の承太郎にもう一度会いたい気持ちと、花京院の死へのやるせなさ。そして2つの気持ちの間に立ちはだかる無機質な文への不満。複雑な気持ちが入り混じる中での再会に、ポルナレフはずっと心の中の自分と葛藤していた。
久しぶりに会うのに笑顔を見せられないかもしれないし、素直に再会を喜べないかもしれない。エアメールが届いてから今の今までそんなことを思っていた。
けれど実際に生身の本人を目の前にするとそんなのは杞憂で、とにかく再び出会えたという幸せだけがポルナレフの胸を支配した。
そしてこの心地良い優しさ。今、自分のことをここまで見てくれて喜ばせてくれる存在は、きっと世界でたった1人、承太郎だけなんだろうとポルナレフは思った。楽しくて、温かくて、頼もしくて、尊いただ1人の存在。
そんな承太郎という大きな存在に心が満たされる一方で、承太郎から見た自分はどれだけ小さいものだろうかと虚しくも思った。
なんだかんだいって承太郎の周りには人が絶えない。羨ましいことに女は何もしてなくても数えきれないほど寄ってくるし、話を聞いた限り男だって自然と承太郎の周りを囲っているらしい。自分のようなスタンド使いだって味方になれればここまで頼もしい仲間もいない。それになんたって家族がいる。
自分が承太郎にとって何番目かだなんてたかが知れている。今更誰かの特別になれるようななりじゃない。結局どう巡っても自分には独りが一番適しているということだ。
親友の死という無慈悲な現実の中での、束の間の幸せと少しの虚無感。
難解すぎて煙草を一本吸っただけではそう簡単に晴れる気持ちではなかったが、承太郎の優しさと持ち前の切り替えの早さが手伝って、ポルナレフは目の前の幸せだけを優先して笑っていられた。
「着いたぜ」
タクシーでの移動中、大男が2人並んだ後部座席で故郷での生活について長々と語っていたポルナレフに、適度な相槌を打っていただけの承太郎が唐突に呟いた。
「おおっ!?いよいよ空条家のお出ましかァ?」
「金払ってる間に荷物とか降ろしとけ」
「おぅ!………ってお前ん家スゲーなおいッ!?」
一足先にタクシーから降りたポルナレフの目の前に広がっていたのは、石畳の美しい和風庭園に厳かに佇む屋敷の全貌だった。底が見えるほどに透き通った池の水面が太陽の光に反射してキラキラと輝き、手入れの届いた松を始めとする幾多の木々が屋敷を囲む。タクシーで移動中にチラチラと見えた一軒家なんて伊達じゃないほどに広大な敷地とその景観は、ポルナレフが思わず後退りしてしまうほどに立派だった。
「おい、これ旅館かなんかの間違いじゃねーのか」
「くだらねぇこと言ってねぇで早くしな。騒いでるのがバレたら面倒なことに…」
承太郎がそう言いかけた途端、庭園の奥の方からパタパタとこちらに向かって誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。その音がする方を見やってしまったというような顔をする承太郎に釣られ、ポルナレフもそちらを見る。
そこには笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる白人美女の姿があった。
「あ〜ら!!賑わってると思ったらもう着いてたのね!!承太郎ったら、もうすぐ着きそうになったら電話してって言ったじゃなぁい!あたしまだお化粧してないわよぉ〜」
「やかましいっ!出迎えはいらねぇとあれほど言っただろ。家の前で騒がれるのはうっとおしいと言ったはずだぜ」
「だってェ〜。折角承太郎のお友達が海を渡ってまでして来てくれてるんだから盛大にお迎えしたいじゃない?」
目の前で繰り広げられる言い合いを前に、ポルナレフはひたすら目をパチクリさせた。
承太郎を見て、美女を見て、承太郎を見て、美女を見る。
「お、おい…ひょっとして例の承太郎の母親って…」
「チッ…」
承太郎が舌打ちをしながら目を逸らす。
「イエース!あたしが承太郎のママよ!あなたが噂のポルナレフさんね?ナイストゥミートゥー!」
「おおお!あなたがミス・ホリィ!これはこれは、自己紹介が遅れて申し訳ありません。いかにも私がJ.P.ポルナレフです。その節は承太郎さんに大変お世話になりました。いやぁ、それにしても若くてお美しい!あまりの美貌に承太郎のガールフレンドかと思ってしまったくらいですよ。挨拶が遅れた無礼をお許しください」
ポルナレフはホリィの前で立ち膝をつくと、そのまま彼女の右手の甲に軽く口付けた。
「まァ〜〜嬉しいっ!!なんて素敵なお方なの!!あたしはこんなに素敵なナイト様に命を救ってもらっていたのね。見て、承太郎!ママこんなの初めてよ!」
「……………おい」
「ポルナレフさんはフランス出身なんでしょう?さすがは愛の国ねっ!あたしったら久しぶりにドキドキしちゃったわ」
「愛の国だからなんて関係ありませんよ。ただ私の目の前に美しい女性が居ただけにすぎません。私はミス・ホリィ、あなたの美しさに失礼のないようにとこうしてあなたに………うげっ!?」
ポルナレフがじっとホリィを見つめ再び手を取ろうとした瞬間、ポルナレフの身体がスタープラチナによってホリィから遠ざけられた。スタープラチナのあまりの速さにポルナレフは抵抗する間もなく、何歩か後ろにいる承太郎の元まで引き寄せられる。そしてその勢いのまま、ポルナレフの首が承太郎の腕によってホールドされた。
「ポルナレフ」
「わ、悪かったって!!ちょっとした癖っつーかなんつーか……うわわわわ!ごめんって!ギブギブ!!」
直前の紳士的な態度とはうってかわって、承太郎の腕をバシバシ叩いて涙目でもがくポルナレフにホリィは目を丸くした。けれどむすっとしている我が子の表情の中に何か別のものを感じたのか、その目はすぐに母親としての優しい眼差しとなった。
「ウフフ、良かったわ〜。本当に仲の良いお友達なのね」
「…やかましい。ちゃんとした挨拶は後で行かせる。いい加減お袋も部屋に戻りやがれ」
「はァーい!ふふ、承太郎に嫉妬されちゃった!」
元気に返事をしてクルッと背を向けると、スキップをしながら大きな独り言を残して再び庭園の奥へと戻っていった。承太郎がやれやれとため息をつくと、ようやくポルナレフの首を捕らえていた腕も緩められた。
「へへっ。予想とは全く違ったが明るくて可愛らしい上に、息子のことが大好きで仕方なさそうな良い母ちゃんじゃねーか。本当に彼女が無事で良かったな、承太郎」
キザに振舞っているかと思えばヘラヘラとヘタレて笑ってみせたり、挙句には急に優しい声で微笑んでもくる。
コロコロと変わるその表情に承太郎でさえも惑わされる。人の母親を相手に色仕掛けなんかするなと一喝してやろうと思っていたが、この一言だけで許せてしまうのはその言葉の影響力なのか自分がポルナレフに甘すぎるだけなのか…。
「………まぁな。俺とじじい達だけじゃどうなってたかわからん。てめーには感謝してるぜ」
「お互い様だろ。俺だってあのままだったら妹の復讐すらできずに終わってただろうぜ」
2人は互いの目を見て強く頷いた。
きっとポルナレフの過去を知っているからこそ彼から発される言葉の重みが胸に響いて、そんな過去にも負けないタフさも持っているからこそそっと包み込みたくなるのだろう。周りの人々を笑わせて楽しませる普段の明るい性格の中に、時々顔を見せる重い過去の面影と、それを乗り越えたからこその特有の温かさ。
ポルナレフが不器用な優しさを見せた承太郎の背を目を細めて見つめていた一方で、こちらもまた、元気そうな母親の後姿を嬉しそうに眺めているポルナレフの背を愛おしそうに見つめていたのだった。
い草の青々しい香りと蚊取り線香の香ばしい匂いが立ち込める部屋に、サラッとした心地良い風が縁側の風鈴を揺らしがてら通りすぎる。軽い家の説明を受けて客室に通されたポルナレフは、風鈴の優しい音色に耳を澄まし、風情のある日本の夏を堪能していた。最初は畳やら掛け軸やら見慣れぬ物を見つけてはこれはなんだと承太郎に話しかけてはしゃいでいたが、暫くすると移動の疲れも出たのかすっかり落ち着いて、出された冷たいお茶を飲みながら美しい庭園を眺め始めた。
まったりとした空気が漂う中で承太郎に日本の話を聞く。
こんなに承太郎の話を聞いたのはこれが初めてかもしれないとポルナレフは思った。いつもは一方的に話す自分に軽く相槌を打つくらいの承太郎が、今日は逆で、流暢に日本の文化を語る姿がなんだかおかしく思えて楽しかった。それも生き物の話になると途端に生き生きし始めるもんだから、改めて年下であることを意識させられると微笑ましくてしょうがなかった。けれど安心して緊張の糸が切れたせいで疲れが全身に回ってきたのか、それが段々と子守唄になっていたようで気がついたときにはタオルをかけられて横になっていた。
「…ぁれ、寝ちまったのか。承太郎…?」
上体を起こし寝惚け眼で辺りを見渡すが、承太郎はどこにもいない。
不思議に思って立ち上がろうと思ったところで、客室の奥の戸が開いた。
「おい承太……おっと!!」
「あら、ごめんなさい!ひょっとして起こしちゃったかしら?」
そこに現れたのは承太郎ではなく、家に到着したときに自分を出迎えてくれた美女、もとい承太郎の母親であるホリィの姿があった。
「いえ、丁度目が覚めたところでして…。あのォ、承太郎は?」
「承太郎ならポルナレフさんが起きるまでの間にアイスでも買ってくるって言って出掛けたところよ。もう少しで帰ってくるとは思うけど」
そういえば夏は縁側に座ってアイスを食べるのが好きだなんて話をしてたっけと先程の話の内容を思い出す。
羨ましがったのを気にしてくれたのだろうか、それとも自分が食べたかっただけか。すっかり爆睡してしまったようでさっぱり分からない。
「あっ、そーいやこれ、どうもありがとうございました。いい歳して面目ない…」
ポルナレフは被せられたタオルをさっと畳んで恥ずかしげに差し出した。
「ウフフ、いいのよ。承太郎ったら優しいでしょ?本当に頼もしくて良い子なんだからァ〜」
「それじゃあこれは…」
「そうなのよォ〜〜!!あたしも客室が静かだったから心配になってこっそり盗み見ちゃったんだけどね!!そしたらこれよ!?あたしまで嬉しくなっちゃってェ〜!!」
きょとんとするポルナレフをよそに、受け取ったタオルを抱き締て身をよじり悶えながらホリィが答える。
恥ずかしいような嬉しいような事実にポルナレフはそうですかと頬を掻いた。
「ねぇ、ポルナレフさん。あたしもちょっとお話していいかしら?」
ホリィの頼みに承太郎の顔がチラついたが女性の頼みを断れるわけもなく、普通の対応を心掛けることを胸に誓って、ポルナレフは快く返事を返した。
ホリィが嬉しそうにポルナレフの横に腰を下ろす。
「実はね、承太郎が友達を、それもこんなに仲の良い人を家に連れて来たのって初めてだったの。家に友達を泊めたいなんて言ってきたのも初めてのことだったのよ」
「……あー、それは…実はとある用事があったからでして…」
思わず口篭る。ポルナレフの脳裏に花京院の姿がチラついた。
息子思いな母親を前に、花京院の死があってこその再会で本来なら会うつもりはなかっただなんてとてもじゃないが言えない。確かに会いたいとは思っていた。けれど決心するきっかけはあくまでも墓参りという目的があったからで、それに託けて承太郎に会いに来たというわけでもないのだから、事実だけを言葉にすればそういうことになってしまう。そもそも花京院が生きていれば日本人で年もより近いし、自分と同じかそれ以上に喜ばれていたのだろうと思うとその時点でやりきれない。ここに花京院がいて、2人で承太郎の家に遊びに行って、ジョースターさんもアヴドゥルとイギーを連れて来て年に一度くらい皆で集まる。そんな叶いもしない理想の未来がパッと思い浮かんですぐに消えた。
「花京院さんの件があったから、かしら?」
「えっ、いや、そのォ〜………………はい」
上手い誤魔化し方も思い浮かばずにポルナレフは素直に肯定した。
「やぁね、そんなことは分かってるわよ〜!承太郎もすごく悩んであのお手紙を書いてたもの」
「それってあのエアメールのことですか?」
ポルナレフはクシャクシャになっているだろう便箋の入ったポケットをチラリと見て眉をひそめた。
「そうよ。ほら、承太郎って照れ屋さんだから素直に家に遊びに来て欲しいなんて言えそうにないじゃない?勿論花京院さんの件があってこそだとは思うけど、承太郎は何もなかったとしてもポルナレフさんに会いたかったんじゃないかなって思ってね〜」
「承太郎が、俺に?」
とてもそんな柄に思えなくて、ポルナレフが首を傾げる。
「ねぇ、ポルナレフさんは花京院さんの件がなかったら承太郎に家に来るように誘われても断ってたかしら?」
「それは…」
ホリィのしっとりとした口調の問い掛けにポルナレフは悩んだ。
承太郎の母親という立場を考慮すれば、ここは断るわけがないと答えて安心させるのが正解だろう。
けれどそれが自分の本心かと問われれば半分は正解で半分は間違いだ。今の自分はどちらを伝えるべきか。承太郎の友達の内の1人としての答えか、それともJ.P.ポルナレフとしての答えか。
「断るわけないじゃないですかァ〜!………って言いてーところだが、正直な話断ってたかもしれねぇな」
「……そう」
ポルナレフはホリィという人物を1人の信用できる人間だと信じて、J.P.ポルナレフとしての本心の答えを選んだ。
「俺には悲しい友情運があるんです。既に身寄りを失った中で、花京院、アヴドゥル、イギーという旅先で出会った信頼できる仲間をも失った。本当は俺が死ぬべきだった場面も少なくなかった。中には俺を庇って死んだ奴だっている。馬鹿なことに皆こんな俺を守りやがった…。その屈辱は果たせたし、それを直接的に果たしてくれた承太郎には何よりも感謝してる。旅の途中だって承太郎とくだらねーことを話して笑うのはめちゃくちゃ楽しかったし、この旅が終わってもずっとこんなだったらって思ってた。けど………」
ホリィは黙ってポルナレフの話に耳を傾ける。
「けど、これ以上周りの奴を巻き込みたくねーんだ。この先俺の身に何が起こるかなんて分かったことじゃあねぇ。旅の途中に出会ったスタンド使いの多さからして、DIOを倒したからって全てが終わったようにも思えねぇ。そこでもし承太郎との関係が続いてたら、俺はまたアイツを巻き込んじまうかもしれねぇ。…皆優しいんだ。身寄りのいない俺が死んだところで悲しむ奴なんかいねーのに、そんな俺を仲間だからと助けようとする。けど俺はこれ以上俺の周りで誰かが死ぬなんてもう勘弁だ。承太郎には守るべき人も、悲しんでくれる人もまだいっぱいいる。俺はそんな環境に恵まれてる承太郎にその輪の中で生きてて欲しいんです…。だからただ会いたいってだけだったら、俺は今日ここに来てなかったと思います」
母親を前にこんなこと言ってすみませんと言葉を続けようとすると、その前にホリィが口を開いた。
「ふふふ。だからよっ♪ 」
「へ?」
「だから承太郎はこの機会に合わせてポルナレフさんを誘ったのよ。今の話を聞いて全て納得がいったわ。承太郎はポルナレフさんのことをちゃあんと分かってて、わざわざこの時期を選んだんだわ。あの子はそういう人の感情には鋭いのよ。特に自分の身内にはね。あたしがどんなに隠してもバレちゃうくらいなんだもん、きっと仲の良いポルナレフさんのことだって分かってたのよ。ポルナレフさんと再会するには、そんな心を突き動かすほどに重要なことがなければならなかった。それが花京院さんだったってことね。きっとポルナレフさんのことも花京院さんのことも考えた、承太郎の中でのベストアンサーだったのよ」
ホリィはそう言ってウインクしながらポルナレフに微笑んだ。
ポルナレフはそんなホリィの言葉にどこか安心感を覚えていた。エアメールを受け取ってからずっとモヤモヤしていた気持ちがスッと胸から抜けていく。承太郎がどんな思いであの文を書いていたのかがやっと理解できたような気がした。
「…まったく。敵わねーな、承太郎には。そしてホリィさん、あなたにも。さすがは承太郎の母親だ。…結局俺はここまできても承太郎の優しさに助けられてンだなんてな」
ポルナレフが切なげな表情で笑う。
「ふふ。でもね、承太郎もきっとポルナレフさんに助けられてるんだと思うわ。あたしあんなに楽しそうにお友達と話してる承太郎を見たのは初めてよ。いつも素直じゃない承太郎がポルナレフさんの前ではあんなに色んな表情するんだもん。あたしが妬いちゃうくらいよ?」
「いやいや、お母様だけには敵いませんよ〜!」
「それは当然っ!いくら相手がポルナレフさんでもそれは負けられないわ!」
「ハハハッ、さすがです。承太郎は本当に良いお母さんをお持ちだ」
2人の会話がそんな話で弾み始めるようになると、遠くの方からガラガラと玄関の戸の開く音が聞こえてきた。
「あら、噂をすれば承太郎ね!それじゃあ愛する息子に嫉妬されないように席を外しますかね。 楽しかったわ、ポルナレフさん」
「こちらこそ貴重なお話をありがとうございました。次は是非ご自身のお話も聞きたいところですがね」
「そのときは承太郎に内緒にしなくっちゃね!あ、そうだ。最後に一つだけ」
「おお、なんだなんだァ?」
「承太郎が守りたい人で、亡くなると悲しんでくれる人の中にはちゃあんとポルナレフさんも入ってるとあたしは思うわよ。承太郎はポルナレフさんのことだってだぁい好きで愛してるんだから、謙遜ばっかして承太郎を悲しませたら許しませんからねっ!!」
「なっ、あ、愛…!?」
サラッと言い遂げ、肩を竦めて悪戯っぽい笑みを浮かべると、ホリィはポルナレフの返事も聞かずに、帰ってきた承太郎の元へと駆けて行ってしまった。ポルナレフの頬が何故だか熱くなる。スリッパのパタパタと鳴る足音が遠ざかっていく。それが完全に聴こえなくなったところでポルナレフはようやくハッとした。
「あ、アブねーアブねー!!ったく、ホリィさんも気の利く美女だが厄介な女性だぜ。あの言い方は色々と誤解を生むだろーが…」
羞恥心に駆られ、手で顔を押さえて項垂れる。
「よぉ、起きたんだってな。アイス買って来たぜ。欲しがってたろ。溶けないうちに食っちまいな」
とそこに、今度は入れ替わるように承太郎が入ってくる。
「…どうした、まだ気分が優れないのか」
「いやいやいや!!ちょっと寝ぼけてただけでもう平気だ!!それよりアイス、早く食おうぜッ!!」
ポルナレフの項垂れる姿を心配して側に寄ってくる承太郎に、慌てて何もなかったフリを貫き通す。
ああいうことを言われるとすぐに意識してしまう自分にほとほと呆れる。それに今日の承太郎がやたら自分に優しい気がしてたのは会ってからずっと思っていたことだ。そこにホリィの言葉が加わるとどうも落ち着かなくなる。ポルナレフは新たなモヤモヤを胸に抱えつつ、2人で縁側に並んだ。
日が傾き始めた頃合いだったため暑さのピークは過ぎていたが、太陽は未だに元気よく辺りを照らしている。
ポルナレフはさっそく、淡い水色の氷がキラキラと輝くソーダーバーにかぶりついた。シャクシャクと氷を砕く音に、口から頭へと広がる冷たい感覚。なるほど、確かにこれは心地良いと満足気な表情で承太郎を見る。承太郎もそれに対して得意気にポルナレフを見た。
「今日は日本の夏ってやつを堪能したぜ。こういうのも静かでいいモンだな」
「てめーには退屈かもしれねぇがな」
「寝ちまったのは悪かったって。けどよ、人の話をあんなにゆっくり聞いたのも妹と話したぶりだったから楽しかったぜ。特に承太郎の話は聞けてなかったからな〜。どうしても俺が話しちまってよ」
「てめーが喋りすぎなだけだ」
無愛想な言葉なのに声は優しい。今日はまた一段とだ。
ポルナレフは一足早くアイスを食べ終わると、手を頭の後ろで組んで上体を後ろへと倒した。
煌々と輝く太陽が、何もない青空にぽっかりと浮かんでいる。
「んなに太陽直視してると目がやられるぜ」
「いーんだよ。ここ最近全く見れなかったからな。ようやく見る気になれたんだ。少しだけだから、な?」
「…………好きにしな」
「…ハハッ。……なぁ、承太郎」
心配しすぎる承太郎を相変わらずだと思った。思わず笑いながら、ポルナレフは改めて承太郎に問い掛けた。
「明日、花京院に会いに行くじゃねーか?明日行ったら来年はどうすんだ?」
「手紙に書いた通りだ。起きたことが起きたことなだけにじじいが一緒でも上手く説明がつかなくてな。とりあえずは今年だけだ。来年は分からねぇ。家族のことを思うと頼みに行くのもどうだかな」
「そうか…」
「あぁ…」
「じゃあアヴドゥルとイギーはどうなった?俺、結局怪我の治療で立ち会ってなくてよ」
「…残念だがアヴドゥルの遺体は館中のどこを探しても見つからなかった。アヴドゥルの実家についてだがじじいも旅先で出会った仲らしく、詳しい出身は知らなかったらしい。DIOから逃げるために住処を持たず、占いで稼ぎながらその場凌ぎで転々としていたそうだ。だから亡くなった場所であるカイロに、イギーと共にアヴドゥルの遺品を添えて2人の名を刻んだ小さな墓を立ててある。場所は俺も明日SPW財団に聞くところだ。暫くは調査もあるから財団で管理させて欲しいとも言ってたがな」
「そうか…。まぁアイツらが一緒に祀られてるだけでも安心したぜ。向こうで仲良くしてるといいな。いや、俺の愚痴でも言ってるかもな」
ポルナレフの遠くを眺めるような視線を、承太郎が横から更に見つめる。
承太郎も最後の一欠片をポイッと口の中に放り込むと、ポルナレフと同じように上体を後ろに倒した。
片手を頭の後ろに、もう片方の手を目元へ持っていって太陽の眩しさを抑える。
「まぁ、墓参りが全てじゃあねぇってことだ。いつだって忘れずに覚えてりゃあ十分だ」
「ハッ。違いねーな。年に何回とかこの時期にとか決められてるのもどうかと思うしよ」
「皆が一斉に集まったところで結局はアイツはあーだったこーだったと思い出話をするくらいだからな」
「いくら亡くなった奴の話をしてもソイツは帰って来ねーのにな」
「あぁ。そうだな」
2人の間に沈黙が流れる。
風が風鈴を掠める音だけが静かに響く。
「でもだからこそ生きることに価値があるんだろうな」
そう答えたポルナレフに、承太郎が抑えた手の隙間からチラリとその顔を覗き見る。
するとポルナレフも承太郎の様子を窺っていたようでぱったりとその目線が合った。
「……今日は誘ってくれてありがとな。嬉しかったぜ。約束を覚えていてくれたことも、俺が断れないような誘い方をしてくれたことも」
「……気付いてたのか」
「あぁ、情けないことに気付いたのはついさっきだったけどな」
「…あのアマか」
「まぁそう言うなよ。お前、家に泊まりにくるよう誘ったの初めてなんだってな。実は俺も人ん家に泊まるのは初めてなんだよ」
「…ほぅ」
「…良かったぜ。初めて泊まる友達ん家が承太郎の家でよ」
「…………そうか」
心なしか承太郎の声は嬉しそうだった。
「………生きろよ、承太郎」
「急になんだ」
「トボけんなよ。…俺が普通に誘っても断るって分かってたんだろ?ならその理由だって知ってるはずだぜ」
「フッ…大した自信だな」
承太郎が鼻で笑う。ポルナレフはそれによって承太郎の目線がズレたのを良いことに、自分も再び太陽の方へ視線を戻すと、ゴクリと息を呑んで言葉を発した。
「お前は俺をよく見てくれてる。多分今この世界に存在する人物の中で一番俺のことを知ってる人間だろーよ。話してもねぇ弱点まで見抜かれてんだ。俺の方が言い逃れできねぇくれーだ」
一呼吸置く。
ポルナレフが大きく息を吸い込む音が承太郎にまで聞こえてきた。
「甘えたくなっちまうんだよ、俺」
覆われた手の下で承太郎の目が見開く。
「歳とか関係ねーし、ただの我儘とかとはちと違うんだがよ。何も言わなくても分かってくれる奴がいると安心しちまうし、もっと一緒にいてぇって思っちまう。けどよ、そこまでくると何が一番怖ぇかって、ソイツが死ぬことなんだよ。特に俺のことでソイツが巻き込まれるのだけは何が何でも許せねぇ」
じりじりと照りつける太陽から一切目を逸らすことなく力強く語る。
「…承太郎、お前も分かってんだろ。まだ全てが片付いたわけじゃあねぇってことが。俺も無関係の人間じゃあねぇ」
「…………」
「だから…。だから、甘えたくなっちまうような人物だからこそ、俺の中で一番大切な人物だからこそ、承太郎には生きてて欲しいんだよ」
「随分勝手な男だな。てめーはもう少し逆の立場ってのを考えるべきだぜ。そこまで分かってんならな」
そう言って
承太郎が上体を起こす。
真っ直ぐポルナレフを見る視線に釣られて、ポルナレフも不思議そうな面持ちのまま上体を起こした。
「てめーがどう生きようが構わねぇ。巻き込みたくねぇってならそれでもいい。ただ一方的に頼みごとを押し付けるってのは都合が良すぎるんじゃあねぇか」
「あ?あー、まぁ、言われてみりゃそうだな」
「てめーこそいい加減トボけんな。大事でもねぇ奴をそこまで気にかける馬鹿がどこにいる。守りたくて大切な奴だから誰よりもよく見てて、一緒にいると楽しくて安心するから、こっちは断れねぇ理由使ってまで会おうとしたんじゃねぇか」
表情を一切変えず、真剣な顔で想いを告げる承太郎にポルナレフの方が恥ずかしくなる。
普段言葉にしない人間なだけにその破壊力は絶大だった。
「お、お前、今日熱でもあんのかァ!?」
「……フッ…そうかもしれねぇな」
「マジでかよ!?だ、大丈夫かッ!?」
承太郎が喋りがすぎた自分を嘲笑して返した返事を、本気に受け取ったポルナレフが驚いて詰め寄る。
相変わらず抜けてるその様にため息すら出なかった。ポルナレフが熱を計ろうとグッとおデコを近付けた瞬間、承太郎は耐えきれずに近付いてきたポルナレフの肩を抱え、共倒れて覆い被さるように押し倒した。
「お、おいッ!?大丈夫か、承太郎!?」
「ったく、肝心な部分には気付かねぇから困ったモンだぜ」
覆い被さって動かぬまま、ポルナレフの耳元で小さく囁く。
「な、なんだよッ!!大丈夫ならどきやがれッ!」
「大丈夫じゃあねぇな」
「意識しっかりしてんじゃねーかッ!く、くっつかれると……あ、あちーんだよッ!!」
「熱があるからな」
「ほんとにあんのか!?」
「フッ…さあな」
「な、なんなんだよ!てめー…ハハッ、ハハハハッ!!」
「クッ。フフッ…ハハハハッ」
本気で言っているのか冗談なのか、伝わっていないようで伝わっているのか。
よく分からないそんな状況の中で、2人はふと互いにがっしりと抱き締めあっていることに気付いた。
お互いあと一歩先の言葉が欲しかったはずなのに、その伝わってくる温もりだけで全て満たされたような気分になってふつふつと笑いが込み上げる。珍しく声を上げて笑う承太郎に嬉しくなったポルナレフが、抱き締める手をしっかりと背中まで回してギュッと力を込める。それに答えるように承太郎の手が、床とポルナレフの身体の隙間をスッと滑って背中へと回る。
「ポルナレフ、俺はてめーに生きると約束する。その代わりてめーも俺に生きると誓え」
「あぁ、何が何でも生きると誓うぜ。承太郎の理由は俺と同じ…でいいのか?」
「あぁ。おそらく0から100まで全く一緒の理由だろうな」
互いの息が触れ合うほどの距離で2人は約束を交わした。
素直に愛の言葉を述べることはなくとも、2人には愛の言葉以上に心が通じ合っていた。
そして2人は誓った。愛する人のためにこの先も生き続けるということを。
2人の間に働く感情が男女間のそれなのかはまだ本人達も分かっていない。
けれどひょっとしたら承太郎とポルナレフの間にはその男女間のものより、もっと壮大でとんでもないほど重くて、もっと甘くてとびきり優しいものなのかもしれない。
「ウフフ、やっぱりね!分かってたわ!!だって承太郎が寝てるポルナレフさんにうっかりキスしちゃって慌ててるところ、ママはちゃあんと見てたんだから。
さーて2人のためにご飯ご飯っと」
2人が幸せを共有している一方で、こっそりと客室の戸の隙間から様子を窺っていたホリィが、嬉しそうに台所へと去っていった。
ここ暫く自分を守るために常に頼もしくあろうと構える我が子の、滅多に見れない表情と行動が見れてホリィもまた安心していた。我が子がこの先も元気で、我が子が唯一素を見せることのできる、我が子の愛する人もどうかご無事でと2人の誓いに更に願いを重ねたのだった。