「オイラさ〜、ティキになりたいかも〜・・・。」
「アスカ・・・?」
その日、石版のかけら探しの途中で立ち寄った村が悪魔軍に急襲された。
サイバーアップしたフェニックスとティキが二手に分かれてヘリレオン隊と攻防を繰り広げ、その村は難を逃れた。
ただ、アスカがアムルの制止を振り切って、一人で歩兵をやっつけると勇んで出て行ったりもしたのだけれど。
アムルが駆けつけた時、アスカは無事ではあったがその時の経緯をあまり語らなかった・・・。
その晩のこと。
窮地を救ってくれたお礼として、4人はその村の宿舎に宿泊していた。
フェニックスとティキ、アムルとアスカと、あてがわれた部屋に分かれる。
月明かりがきれいで、なんとなく夜空を眺めていたアスカがぽつりとつぶやいた。
だからその言葉を聞いた時、そのことが何か関係あるのかと、アムルは自然に思った。
「あら、フェニックスじゃなくてティキなの?」
くすりと笑いながらアムルが聞き返す。
どう考えても言い合いなんかが多いのはフェニックスでなくティキの方なのだから。
「そうなんだよな〜。」
自分でも不思議そうにアスカが首をかしげる。
昼間の戦闘の時もそうなのだが、気が付くとティキの行動にばかり目が行く自分がいるのだ。
自称フェニックスの『舎弟』としてはそんな自分が不思議でたまらない。
「じゃあ詳しく聞いてみようかしら。」
アスカの方を向きながらアムルが手近な椅子に腰掛ける。
「く、詳しくって言ったって別に理由なんてね〜よ。」
なんとなく発した言葉にそんな真摯な対応をされるとばつが悪い。
はは、っと笑いながらアスカは話の打ち切りを態度であらわした。
「あら、でも普通ならなりたい相手はフェニックスでしょ?」
「う〜ん、確かにオイラフェニックスに憧れて旅を始めたんだけどさあ。」
アムルの言葉はアスカのインスピレーションを刺激したのか、思案しながらも会話が成立する。
「ゆってもフェニックスってあぶなっかしいだろ?」
「まあ、それは確かにそうだけど・・・。」
基本波長の合う者同士のため、アムルとしては自然返事は濁ってしまう。
「なんかさあ、見ていて放って置けないっていうか、ひやひやさせられちまうっていうか・・・。
本当にオイラより年上なのかって本気で思っちまうしよっ。」
言いたい放題。
はは、と空笑いをしながらアムルが聞く。
どうやらアスカものってきたようだ。
「今日の戦闘もそうだったんだぜ?いくらオイラを助けるためだからって、普通ヘリレオンの前に飛び出せるって思うっ?」
「あら、そんなことがあったの?」
「言ってなかったけ?オイラさっ、悪魔兵を一人やっつけたんだぜっ!!でもそいつがヘリレオンを呼んだみたいでさあ〜。目の前にヘリレオンが現れた時は『やばいっ』って思ったんだけど、そん時フェニックスが間に入ってきたんだよ!」
「ならそれは非常事態なんじゃあ・・・。」
「それはそうだけど、その後『アスカ大丈夫かい?』ってオイラの心配とかしちゃってさ〜。そんなこと言ってる間に敵はどんどん増えていくんだぜ?」
声なんかかけずにすぐに戻ればいいのに、あのお人好しな大天使はアスカの状況を確認するためにその場に留まっていたのだ。
『僕の方は全機倒したよ』と言われたが、そこは戦場。
一分一秒を争う、戦場なのだ。
「逆にオイラが『早く早く』って急かしちまったくらいだよ。」
ふうっと一息に手繰り寄せた記憶を吐き出した。
「その点ティキはさー・・・。」
口調が変わる。
表情が活き活きとしだす。
「オイラがさ、フェニックスに『早く戻れっ!』って言ったらフェニックスなんて言ったと思う?」
アムルの返事も待たずにやつ早にアスカの舌が回る。
「『大丈夫』っていうんだぜ?自信ありげに。一体何が?ってとこだろっ?」
そしたらっ、とアスカは両手をばっと上に広げた。
「そしたらフェニックスの後ろにばってヘリレオンがまた一台現れてさっ、砲身がこっち向いてんだよっ!!はやくフェニックスが動かないから、このままじゃ爆撃くらっちまうってオイラあわあわしちまったんだ。」
でもっ!と今度は両手にコブシを握る。
「でもその時にさっ!!『チュドーンっ』ってヘリレオンが爆発したんだぜっ!!」
「あ、もしかして・・・っ。」
「そうっ!オイラもビックリしちまったんだけど、えっ?って空を見たらティキが何時の間にかこっちに戻ってきてたんだよっ!!」
「あら、だって。」
「な、ティキはフェニックスとは反対方向に行ってたんだぜ?もしかしたらフェニックスと同じで全部やっつけたからかな?って思ったらそうじゃなかったんだよ。」
腕組みをしながら頭の中では再現フィルムが回り続ける。
「目の前のヘリレオンをやっつけたら直ぐに元来た方に飛んでいっちまったんだ。」
それを目で追うと、ティキの姿が消えた辺りで爆炎や爆発が次々起こっていったという。
「アムル分かるかよっ。ティキはさ〜、フェニックスに『ティキが来てくれる』って思われてたんだぜ!?」
ん?っとアムルは違和感を感じた。
「オイラには分からなくってさ〜。なんでフェニックスはあそこでティキがフォロー入るって思ったのかな〜って。」
アムルはただじっとアスカの話を聞き入る。
「まあそんだけフェニックスがティキを信頼してるってことなんだろーけどよ。
一体どうやったらあんなに自信まんまんに断言できんのかな〜。」
勢いで最初に言った発言の理由を見出す。
「あっ、そっか。オイラティキみたいにこう格好よく仲間を助けたいって思ったのかもしれねーなっ。」
腕組みをしながらアスカがひとりうんうん唸る。
会話が一旦切れた。
「・・・アスカ、二つ、いいかしら。」
「へ?何?」
軽い調子のアスカとは対照的に、真面目な表情でアムルが口を開いた。
「一つは、誰かを助ける行為に格好いいも悪いもないのよ。
たとえ目の前の敵がいなくなったからだとしても、アスカを助けに来たフェニックスは立派よ。」
「あ、ああ。それはもちろんそうだよっ、うん、そうさ。」
登場の仕方がティキの方が格好いいとは思ったものの、そこは当然フェニックスにも感謝している。
「もう一つはね、ティキがアスカ達の所に来たのは決してフェニックスの期待に応える為だけではないはずよ。
ティキだってアスカや私を十分心配してくれてるの。フェニックスはそれを知っていたのよ。」
アムルの言葉には説得力があった。
そうなると薄っぺらい自分の意見が次々に看破されていく。
「そ、そりゃあ、まあ。そうだろうけどさ・・・。」
浅い考えを責められているようで、アムルの指摘にアスカは口篭もった。
自分の動機はその程度のものなのだろうか。
「フェニックスがティキを信頼してるっていうのはそれは確かなことだけどね。」
「そ、そうだろっ!!あれだけの信頼を受けて、それを返せれるってなかなかできるもんじゃねーよなっ!!」
やっぱり実力がねーとなー、とうんうんと腕組みしながらアスカがうなずく。
そんなアスカをアムルはじっと見つめ、ふっと口を開いた。
「ねえアスカ、もし間違っていたらごめんなさい。」
「?何だよ、急に。」
アムルの改まった態度に、アスカは慣れない丁寧さを感じ居住まいの悪さを感じた。
「アスカは『ティキになりたい』のじゃなくて、『フェニックスと対等に』なりたいのね。」
「え?」
・・・。
フェニックスと、対等に?
自分が?
・・・。
考えたこともなかった。
ずっとティキばかり気になっていた原因がそんなところにあるなんて。
けれど言葉にされて急速にすとんと納得できた。
それはつまり、アムルの言葉を肯定すると言うことなのか。
何故ティキになりたいのか。
自分で言っていたではないか。
『どうしたらフェニックスにあんなに信頼されるのか。』
結論としては、ティキはある種の自分の理想像なのだ。
フェニックスの横に立ち並び、その無償の信頼を得、そしてそれに適った実力を有する、自分がなりたい姿の具現そのもの。
いつも気がつくと後ろ姿ばかり早足で追っていた。
フェニックスが歩くスピードと自分のそれにはわずかだけれど、けれど確実に『差』が存在して。
振り向かれて、手を差し伸べられて。
ずっとそれが当たり前で疑問にも思わなかったのに、よもや自分の中でそんな感情が生まれていたなんて。
けれど、
「そ、そんなこと言ったってフェニックスは伝説の戦士の理力を受け継いでるんだぜ?」
「アスカ?」
アムルの問いに直接答えず、それと同時に生じたもやもやした感情を抱きつつアスカは口を開いた。
「そんでティキもそうで。だからオイラ、ティキ達がうらやましいな〜って思うんだよ。」
「・・・。」
「・・・でも、オレにはそんな力、ないんだ。
フェニックスと対等になりたくっても、そんなこと絶対無理なんだ。」
抑揚も感情もなくただ『諦め』を宿した目でアスカが誰にともなく言う。
『現実』を何度も見てきたアスカだからこその言葉。
現実と認識した途端、夢は夢でなくなる。
そしてその夢が決して叶わないのであれば、いっそ抱かない方が気が楽ではないのか。
無意識のうちにその事実と向き合うことをアスカ避けてきた。
「な?だからオイラがフェニックスと対等になるなんて無理無理〜ってもんだっ。」
あはは〜、とおちゃらけながらアスカは軽く笑った。
けれどアムルは見逃してくれなかった。
「アスカ、それは違うわ。」
「違うって何がだよ。」
だって二人が持っているものはどれだけうらやんでも決して手に入らないものなのだ。
アムルにはどうしてそれが分からないのか。
「違うのよ。二人が手にしてるものは決してただ与えられたものだけじゃないでしょ?」
「どういうことだよ・・・。」
「二人ともその力をちゃんと扱えるよう今まで努力してきたし、フェニックスなんかつらい目にもあってきたのよ。」
それは知ってる。
「それに行く先々で遭う悪魔ともだって、逃げ出したりしないじゃない。『力』だけでは決してここまで来られないわ。」
それも知ってる。
「だからアスカ、『伝説の力』がなくったってフェニックスと一緒に歩くことを諦めたりしないで。」
アムルの切な声はなんとよく通ることか。
けれど、その声に励まされることはあってもアスカが見てきた現実は変わらない。
いいようのない理不尽な感情がアスカの中で爆発した。
「わかってるさっ!オレだって今まで必死に生き抜こうと努力してきたし、散々いやな目にもつらいこともあったんだからっ!でも、でもアムルだって知ってるだろ?どれだけ願ったって頑張ったって叶わないことは絶対あるんだよっ!!」
だから叶わないことは夢見たりしない。
口では簡単に『ああなりたい・こうなったらな』とは言うけれど、本当に願うことは口にしたら、気付いたらいけない。
ぐしゅっと腕で鼻を乱暴にこする。
「〜〜〜っ、なんでこんな風になっちまったんだよ。オイラはただちょっと思ったこと言っただけなのにさっ。」
きっと目も真っ赤になってる。
嫌だ。
これでは癇癪をおこすただの子供ではないか。
「アスカ・・・。」
「もういいよっ。オイラもう寝るっ!!」
「アスカってばっ。」
「なんだよっ。オイラのことはもう放っといてくれよっ!!」
「〜〜〜っ。」
「どうせアムルには分かんねーんだよっ。どれだけ追いつきたくっても、絶対に追いつけないのがどれだけ惨めかっ・・・。」
「っいいかげんにしなさいっ。」
「っ!?」
ビクッ!!
アムルの腹の底から響くような一喝にアスカの体が一瞬硬直した。
「さっきから聞いてたら、何?アスカはそんなに今までの自分を認められないの!?」
「み、認めるもなにも、現実に・・・。」
「それは実際にあったことをでしょ!?そうじゃなくて、それらを受け止めて、乗り越えてきたアスカはどこにいるのっ!!」
「どこにって・・・。」
「ここにいるじゃないっ。だからフェニックスについて行こうって思ったんでしょ?
一緒に、石版のかけら探しの手伝いをしようって思ったんでしょ?」
そのつらい時、嫌な時にくじけていたら今のアスカはいない。
フェニックスを光と感じることも決してない。
倒れても、傷ついても立ち上がってきた今までの自分があるからこそ、フェニックスに希望を見出し命がけで助けようと決められたのだ。
「誰だって絶対できないことなんて山ほどあるわよ。でもね、できることだって山ほどあるの。一つの方法がだめなら次を探せばいいのっ。そういうのってアスカが一番得意でしょ!!」
最後の方がかなり乱暴な物言いを、アスカは呆然と聞いていた。
「アスカは、ティキにならなくていいのよ。」
アムルの声は、よく通る。
「アスカは、アスカにできることでフェニックスと対等になって信頼されればいいの。」
本当によく通る。
だから仕方ないのだ。
自分が、こんなにも大粒の涙をぽろぽろ流してしまうのは。
「へへ、・・・ちょっと、・・・待ってくれよな。」
こんな風に泣くのは一体いつ以来か。
だから仕方ないのだ。
嗚咽を止める方法なんて、忘れてしまったのだから。
「・・・。」
「・・・。」
とかくこのような建物は決して壁が厚くはないわけで。
だからといって仕方ないのだろうか?
隣の部屋の声を聞こうと、二人の少年が壁に体を貼り付けて固唾をのむことは。
「・・・アスカだってすごいんだけどなあ。」
一人がぐすっと鼻を鳴らしながら小声でつぶやく。
「・・・少なくともあいつがいなけりゃ今以上に悲惨だったろうよ。」
もう一人は普段ならそれをからかったりするのだが、今だけは見ないふりをしていた。
「・・・へえ〜、君でもそんなこと言うんだあ。」
「・・・うっせなあ。にやにやすんなっ。」
「・・・、アスカ、ティキになりたいんだってさ。」
「・・・お前になりたいって言うよりは賢い判断だよな。」
「・・・でもティキになっちゃったら一日中怒ってばっかりだからしんどいよ〜。」
「・・・おかげさまで、誰かさんがいなけりゃその回数は激減するから安心しな。」
「・・・、・・・誰かさんって?」
「悪い。馬鹿には難しい問題だったな。」
「っティキ!!また人を馬鹿にしてっ!!」
「あん?なんだ、俺はお前が馬鹿だって言ってないのに、自分で馬鹿って認めるのかよ。」
「馬鹿馬鹿言って〜〜〜っ。ティキっ、いいかげんにしなよっ!!」
「先に言ってきたのはお前の方だろっ!!」
・・・、まったく皆しょうがないんだから。
先程から壁の向こうから喧喧囂囂な声が聞こえる。
飽きもせずによくもまあ毎日言い合えるものだ。
これも一つの『信頼関係』の形なのかしら?
なんだかんだで流れるようにスムーズな『会話』にくすりと笑みをもらす。
月明かりに照らされて、その柔らかな光の中すうすうと寝息をたてるアスカに目をやる。
昼間のことや、先程激高して泣いたためだろう、呼吸が落ち着くとそのまま寝入ってしまった。
「アスカ、むしろ皆あなたに助けられてばかりなのよ?」
力でも、技術でもない。
その駆ける足が、皆の前向きな意識を湧かす。
その言葉が、殺伐としかねない空気を霧散させる。
そしてその存在が、生きていくことと真摯に向き合わせる。
他の誰にもできない力をアスカはすでに持っていた。
「へへ・・・、どんなもんだい・・・。」
得意の料理を皆から賞賛される夢を見ながら、アスカだけそのことを知らない。
END