12歳のハローワーク

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 ちょっと大きな街に着くとまず求人募集をチェックする、それが最近のアスカの習慣になっていた。
 「やっぱしさ、まずは先立つものありきでしょ。」
 最もな意見なので他の三人としては是非もないのだが、じゃあ今日はこの仕事と簡単にもいかない。
 なにせ戦闘能力には長けてはいるものの、日常生活となるととたんにおぼつなかい面子がそろっているのだから。
 「この前の運送業はいい線行ってたんだけどな〜。」
 単純な力仕事だと判断して割り符ってみたはいいものの、いかんせん端々で破綻が出だした。
 荷受けは順調だったのだが、荷出しの際が痛かった。


 まずティキが片っ端から荷物を運び出していたので慌てて止めたが後の祭り、気持ちいいくらい下から上へと荷が積み上げられていた。
 「なんで全部そのまま積んじまうんだよっ。」
 「なんでっで、あるもん運べばいいんだろ。」
 「ただ運べばいいってわけないだろっ。せめて内容別に分けて置こうぜ〜。」
 「そんなこと聞いてねーよ。」
 「箱に書いてあるでしょーがっ!!どうして『食器』と『野菜』を同じに積んじまえるんだよっ。」
 配達先の食堂の勝手口前で改めて仕分けする。
 なまじティキが器用にも高く積み上げたものだから、本人にやり直しを言い付けると文句を言う言う。
 「なんで俺がいちいちやんなきゃいけないんだよっ。」
 「『誰か』がやんなきゃいけねーからだよ・・・。」
 
 そう、何事も勝手に出来上がっていくことなんて一つもない。
 今回の仕事一つ取ったって幾重もの業界や人の手があって初めて成り立つのだ。
 知ってるか?その段ボールが出来て運送会社に運ばれるまでの過程を。
 的が当たってるのかはずれてるのか(はずれてる)、勢いのみでそんなことを畳み掛けるとティキが不請不請ながらもおとなしくなった。

 そして今度のチェック対象はフェニックスだ。
 「あああ゛〜っ!何やってんの〜っ!?」
 「へ?何って、食器の箱を運んでるんだけど?」
 ティキから受け取った箱を従業員の示す場所に積み直しながらフェニックスが答える。
 「そ、そうじゃなくって、箱に書いてあるだろっ!『天地無用』って!!」
 「ああ、これ『てんちむよう』って読むんだ〜。アスカさすがだね。」
 「『さすがだね』じゃねーよ。本当頼むぜ。」
 くるっと向いたアスカの背に、フェニックスの声が飛んできた。
 「ところでさ、アスカ。」
 「あん?何だよ。」
 おっくうな口調で返事だけ返す。
 「『てんちむよう』って何?」
 「上下をさかさにしちゃいけないってことだよっ!!」
 首が180度回転するかと思うくらいの勢いで振り向きざまつっこんだ。
 どいつもこいつも、疑問をまずもってくれっ!
 はああ、とため息をつきながらやっぱり高く積まれている『天地無用』がひっくりかえった箱を、アスカは見上げた。


 それでも、さらに前のレストランの皿洗いとか、スーパーのレジとか、何気ない『常識』が必要な仕事よりはまだましだった。
 なにせあの時ときたら・・・、いや、それはもう過ぎたことだ、思い出すのはもうよそう。
 そんな中アスカが一抹の不安を感じながらも四人が同じ職場で、かつ時給のよい物件をなんとか見付けた。

 『ベビーシッター(託児所勤務)』
 要資格となかったので、自分とアムルがいればフォローできる許容内だろう。
 何事もやってみなくちゃ出来るか出来ないか分かんないもんな。
 自分にいいきかせながら、頭の中では時給の計算をしていた。


 やってみると意外な結果が出た。
 役立っているのだ。
 フェニックスが。
 本人の経歴を考えたらなるほど、確かに納得はできる。
 なにせレジスタンスは大人・子供入り交じった組織なのだ。
 特別扱いなく生活するなら当然下の子供の面倒くらい見る機会は多分にあったということか。
 ここで必要な『乳幼児と向き合う視点』と『世話の仕方』を身につけているのは大きい。
 即戦力ぢゃんっ。
 残る不安要素、ティキはアムルと組ませておけばひとまず安心だ、と一人ほくそ笑む、その時だった。
 「ぴえやあああっっ!」
 か細くも必死に何かを訴えるその泣き声に、思わずそちらを振り向く。
 子供に何かあったら重大責任だ。
 見ると、引きつるように大泣きする乳児を水平に抱っこしながらティキが、固まっていた。

 もともと色白なティキなのだが、今では血の気もひいてまさに顔面蒼白だ。
 「あ、あ、アムル、く、くび、くび、首がおかしい、こいつっ・・・。」
 普段の気丈さはどこへやら、動揺の色を顕にしながらアムルに助けを求める。
 「ティキ、その児は首がまだ座ってないのよ。」
 かしてみて、と赤子を受け取り上手に肘の内側にその頭を固定する。
 安心したのか、赤子はすぐに泣き止んだ。
 「赤ちゃんは最初みんなこうよ。ティキだってそうだったんだから。」
 そんなこと言われても自分の生まれた時のことなんか覚えているわけがない。
 ただ、ただもしかしたらこんなふうに誰かに抱かれたことはあるのだろう、と軽く感慨にふけろうかとした時だ。
 



 「いや〜、ティキにそんなかわいい時代があったなんて、想像できないなあ。」
 椅子に座って別の児にミルクをあげながらフェニックスがやじった。
 「ど、どういうことだっ。」
 「生まれた時からそんなふうに目付きが悪かったんじゃないの〜?」
 とっさに目付きの悪い赤ちゃんのティキを想像し、アムルとアスカが吹き出した。
 「う〜ん、そんな赤ん坊いたら、おいらまず投げ出すな。」
 「そうかしら、表情がはっきりしていてかわいいじゃない」。
 「最初に話す言葉は『このやろう』か『ふざけるな』だね、絶対。」
 「・・・それはかなりすごいことよ、フェニックス。」
 それもそうだ〜、と三人が盛り上がる。
 自分をだしに笑われていることをティキが許せるはずもなく、言いだしたフェニックスに怒鳴り付けた。
 「このやろうっ!てめー、ふざけるなよ!!」
 
 ・・・。
 ・・・。
 頭に血が上った状態だったのだ。
 一拍の後に爆笑が響いた。
 『あーはははははっ!』
 三人の笑い声が勢い良くはもる。
 「わ、笑うんじゃねえっ!」
 顔を真っ赤にしながらティキが叫んだ。
 あまりに怒気が含まれていたからなのだろう。
 「ぶえあああ゛ーっ!」
 途端フェニックスが抱いていた赤子が泣きだした。
 「あ〜あ、ティキが大きな声を出すからだぜ。」
 「他の赤ちゃん大丈夫かしら。」
 「おー、よしよし。目付きだけじゃなくって、態度も悪いお兄ちゃんだねえ。」
 何を言っても散々に言われてしまうので、二度とこんなことするものかと頭の怒りマークを必死に振り落としながら、ティキは心にそう誓った。
 それでも、ミルクの分量もその温度もきっちり量ってしまうのがティキらしいといえばらしいのだが。
 
 
 それから何時間経っただろうか、時間割りと時計を交互に確認するアスカの姿があった。
 「さて、今から幼児を・・・、散歩かあ。」
 自力歩行できる幼児を集めだす。
 ルートは決まっているので、後は人員を決めるだけだ。
 事故などを予測でき、かつ子供が比較的言うことを聞く能力があることが望ましい。
 「アムル〜、おいらと一緒に散歩に行ってくれねーか?」
 「ええ、いいわよ。」
 やっぱりここは安全第一だろう、と最有力選手であるのアムルにお願いを決めた。
 
 「じゃあフェニックスとティキ、留守番よろしくな。」
 ティキの顔が露骨に嫌そうなものに変わった。
 なにせここに残るのは新生児や乳児や頭の足らない天使ばかりなのだ。
 コミニュケーションがとれない・通じない相手など、不気味な存在でしかない。
 いっそ散歩にかこつけて自分も外に出て行きたいくらいだ。
 ティキの表情に気付いたアムルがやれやれと声をかける。
 「そんな顔してたら赤ちゃんがびっくりするわよ。こつは、いらいらせずに穏やかな気持ちでいることなんだから。」
 だったら穏やかにさせてくれ、と思わずにいられない。
 そこへフェニックスの声が飛んできた。
 「いいよ、ティキ。アスカ達と行ってきなよ。」
 「フェニックス、お前・・・。」
 普段はなんだかんだでやり合う仲だが、なんだいいとこあるじゃないか。
 多少は見なおしてもいいか、とうっかりほだされかけた時だ。
 「だあってティキがいたら、赤ちゃん達がぴりぴりして寝てくれないからね〜。」
 気持ちのいいくらいの笑顔で言い放たれた。
 ティキの頭に先程払った怒りマークがぴきぴき浮きまくる。
 「勝手なこと言うんじゃねーよっ!ガキの世話くらいお前よりうまくやってやるさっ!」
 「へえー、僕よりうまくだって?できるんならやってみなよ。」
 できるもんならね〜、と明らかに挑発するのが楽しそうだ。
 アムルがぽつりと言った言葉が、アスカに印象的だった。
 「フェニックスって、ティキにちょっかい出すのが本当に好きなのね。」
 こうしてアスカは、ストレスを感じる事無く業務に従じることができたのだった。

 
 アスカ達が出はからってしばらくは順調に時間が経過した。
 もちろんそんな時間は長続きしないものだと相場は決まっているのだが。
 「ひんぎゃあああ〜っ!」
 一人の赤子がこれでもかと泣きだしたのだ。
 「よしよし。おかしいなあ、ミルクでもおむつでもないんだよなあ。」
 なかなか泣き止まない児を抱きながら、フェニックスがなんとかあやそうとする。
 ティキはというと知らん顔だ。
 下手なことを言えば押しつけられそうだし、柄にもないとはいえ哺乳ビンや食器の片付けで十分手いっぱいだったからがその理由だった。
 
 その時フェニックスが従業員の一人に呼ばれた。
 何かしら一通り話をした後、そのままティキのそばまで歩み寄った。
 「ティキ、はい。」
 「え?」
 ものすごく普通に赤子を渡すフェニックスと、受け取ってしまったティキ。
 
 「う゛びやああ〜〜っ。」
 抱く相手が変わったからといって容赦するはずもない。
 「わわっ、な、何なんだよ。」
 これでもかと泣き続ける赤子にティキが慌てに慌てる。
 「子供達のご飯のことで話があるそうだから、僕ちょっと聞いてくるね。」
 冗談ではない。
 こんな所、一人で見ろというのか。
 「だ、だったら俺がっ・・・。」
 「ティキさあ、じゃあ聞くけど、ほうれん草をどろどろになるまで茹でてこしてスプーンで二口って言われて、分かる?」
 「あ、え?」
 まるで何かの呪文の羅列に、ティキが一瞬躊躇する。
 その隙をフェニックスが見逃すはずがない。
 「ね、そういうことだから。」
 どういうことだ、と聞く前によろしくとにっこり笑われてしまった。
 すごく自然な、そんな笑顔にうっかりひきこまれる。
 気が付くと、ドアに消えるフェニックスを見送っていた。
 何故かその間だけ、赤子の泣き声が気にならなかった。
 かといって、幸い他の乳幼児は静かなのだが、それでティキの心が軽くなるはずもないのだが。
 
 「ど、どうしろっていうんだよ・・・。」
 自覚のない感情に捕われるのはほんの一瞬。
 「ぴぎやあああんっ!!」
 とにかくこの泣き叫ぶ物体をなんとかしなければ、心の安息は得られないのだ。
 改めて赤子を見ると、まだまだ短いがそのつややかな黒髪は誰かを彷彿させた。
 よくもまあ、体力の配分も考えずに無駄に喚き続けれるもんだ。
 そんなところもそっくりだな、と思ったらなんだか怪音波を発する謎の生物からきゃんきゃん鳴く子犬に見えてくるから不思議だった。
 「お前はあんなにばかにはなるなよ。」
 そう話しかけながら室内をぶらぶら歩くと、なんと赤ん坊が鳴き止んだではないか。
 おおっ、と立ち止まってほっと息をつくと再び大音量が耳をつんざく。
 そこで自分が動けばひとまず機嫌が落ち着くことに思い至った。
 「わかったよ、歩けばいいんだろ、歩けば。」
 仕方なしに赤ん坊を抱えたまま室内をうろうろ歩く。
 見立てが当たったのか、それからはおとなしくティキの腕におさまってくれている。
 
 様子を見ようと恐る恐る足を止め、顔を覗き込んでみた。
 果たして分かってやったのだろうか。
 「うきゃあ?」
 その子供がにこっと、笑った。
 「あ・・・。」
 その無垢なほほ笑みに、知らず引き込まれる。
 胸の真ん中がぽかぽか暖まっていく。
 どこか、懐かしい感覚に知らず口元に笑みがもれた。
 「無邪気なもんだぜ。」
 気分が良くなったのでそのまま両脇を抱えながら高い高いをしてみる。
 きゃっきゃっと嬉しそうに笑顔を撒き散らすその姿を、ティキは眩しそうに見つめた。
 
 その時ようやく気が付いた。
 扉のそばにフェニックスがたたずんでいることに。
 しかも何故だか惚けた顔だ。
 「な、なんだよ。いるなら声くらいかけろよ。」
 「えっ、あ、う、うん。」
 逆に声をかけられて、フェニックスが動揺する。
 ティキのあんなにやさしそうな瞳を見るなんて初めてだった。
 普段自分に向けられるものとは偉い違いで。
 なんだか胸がどきどきする。
 合わせてむかむかもする。
 これは一体どうしたということなのだろうか?
 
 「なにぼーっとしてんだよ。」
 再び声をかけられ、我にかえった。
 「あ、うん。話を聞いてきたよ。」
 そう言いながらティキの方に歩み寄る。
 「それにしても、えらいなつかれたもんだね、ティキ。」
 なんとなくしゃくに思いながらフェニックスがティキから赤子を抱き上げた。
 その途端のこと。
 「ひぎいゃあああっ!!」
 火のついたかのように大泣きされたのだ。
 「う、うわわわっ!」
 「何泣かしてんだよっ!」
 ティキが奪うようにフェニックスから赤子をもぎ取る。
 「た、だってさっきまであんなにおとなしかったんだ・・よ・・・。」
 見ると、赤子はティキの腕の中でひっくひっくと嗚咽をもらしながらも静かにしているではないか。
 おかしいなあ、と独り言るフェニックスをじとーっと横目で見るティキ。
 「さっき偉そうなこと言ってたのはどこのどいつだよ。」
 「い、いやあ、子供ってのはみんなばらばらだからね。こういうこともあるさっ。」
 なまじ育児体験があるものだからこのくらいではへこたれない。



 
 「ただいま〜。」
 「戻ったぜ〜。」
 アムルとアスカがこのタイミングで戻ってきた。
 おかえり、と声をかけるフェニックスの横を元気そうに幼児達が駆け抜けていく。
 まだまだ疲れた様子は見られない。
 あら、と二人を見たアムルが気が付いた。
 「フェニックスとティキ、そうしてるとまるで親子みたい。」
 『っな!?』
 がらがらぴっしゃーん。
 動揺の稲妻が二人の間に走った。
 よりによってなんて例えをするのだ。
 「はは、そりゃ面白いや。で?だったらどっちが父親になるんだよ。」
 アスカが調子に乗って話を合わす。
 
 一瞬目と目が合う。
 直感だけで我先にと訴えた。
 
 『僕
    )っ!!
  俺 』
 
 声をはもらせながら、互いにキッと睨み合う。
 「なんでティキなんだよっ!僕に決まってるだろう!」
 「なんだとっ!お前自分の顔、鏡で見たことあるのかよっ。どうみたって女にしかみえねーよ!」
 「ぼ、僕のどこが女の子なんだよ!!」
 「どこかって聞くんだったら全部って言ってやるよ。」
 ティキがはっと鼻先で笑う。
 自分の容姿が決してたくましいものだとは思ってはいないが、フェニックスだってはいそうですかと聞くわけにはいかない。
 「だったら・・・。」
 そう言うとティキから赤子をさっと取り上げた。
 「ふんぎひやあああああっ!!」
 当然こうなることは予想の範囲内だが、された方はたまらない。
 「フェニックスっ!?てめーなにするんだ!」
 「じゃあ、はい。」
 すぐに赤子をティキに返すと、想像どおりぴたっと泣き声がやんだ。
 「あらあら〜、ティキそんなになつかれちゃって、まるでおかーさんみたいだねえ〜。」
 勝利を確信したかのようにフェニックスの声に優越感がこもる。
 「な、なんだとっ!」
 つかみかかりたいのはやまやまだが、腕に赤ん坊を抱えているとそうもいかない。
 せめてと悔しまぎれを口にする。
 「たんにお前が好かれてないだけだろ!何か泣かれそうなことでも考えてたんじゃないのかよっ。」
 「え゛・・・。」
言われてみてぎくっとした。
 そういえばさっき感じたむかむかは、実はまだ続いていたりするのだから。
 「・・・、本当になんか思ってやがったのか。」
 不振のこもるその声に、フェニックスは慌てて訂正する。
 「ち、違うっ!赤ちゃんに変なこと思ったりしないよっ!」
 取っ組み合いができない場所なので舌戦に偏るのは自然な方向なのだろう。
 
 そんな二人のやりとりを見ながらアムルがぽつりと言った。
 「まるで痴話喧嘩ね。」
 『痴話喧嘩じゃないっ!!』
 再び二人の声がはもる。
 「ティキが素直に認めないからだっ!!」 
 「素直になら認めてるさっ。お前が女みたいで、子供に警戒されてるってよっ。」
 「なんだって!?」
 「おいおい、赤ん坊抱えた俺につかみかかる気か?」
 「かわいくないっ!さっきはあんなにかわいかったのに、かわいくないっ!!」
 「俺がかわいいわけないだろっ!!」
 
 まあなんとかは犬もくわないって言うけどよ・・・、とアスカは独り心に思いながらも頭のそろばんを弾いていた。
 どうやらティキはこの職種だとまともに使えるんだな、と。
 そう、フェニックスという着火剤がいる限り。
 
 ひとまず飯のタネが一つ確保できたことは、大きい。

                   END

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