Emblem of lotus
―夕刻、テラサピエンスから数キロ程南の森の中。
「…こんぐらいありゃ足りるかな」
呟いたアスカの視線の先―足元には、食材で占められた籠が置かれている。
場所柄、探せば収穫はそれなりにあるのだが、最近食い扶持が増えたからというのもあってか、全員分を確保するのに幾分手間取り―はたと気づいてみれば、今日辿ってきた道を数百メートルほど戻っていた。
(…でも、すっげぇ大食いだったりするのかもって思ったけど、意外とそうでもなかったよなぁ。―それとも、実は遠慮してる…とか?)
ふと―自分の体格からすれば大木や大岩にも等しい人物の、威風堂々とした立ち姿を思い浮かべた時。
「!あっ…!」
アスカは小さな叫びを上げ、と同時に双眸をかっと見開き―
「…よっしゃぁぁっ!」
次の瞬間には、電光石火と言っても決して大袈裟ではない速度で“それ”に駆け寄って―否、寧ろ“飛びかかった”と表したほうが傍から見た印象としては正しいかもしれない―いた。
そして、直前まで立っていた地点から3メートルほど先の草叢に落ちていた“それ”を意気揚々と拾い上げ、しっかりと握り締めると、
「―いっけね。あー…またやっちまった…」
勢いは急速にしぼみ、がっくりと頂垂れた。
(つい反応しちまうんだよなぁ。…光るモンを見ると)
旅を始めてまだ間もない頃―地面に落ちていた硬貨を、上空から急降下してきた烏よりも素早く掴み取り、フェニックス達が目を丸くしていた…という出来事
があって以来、どうにかしたほうがいいのだろうと自分でも思ってはいるのだが、一旦染みついてしまった習慣はやはり、そうそう抜けるものではないらしく。
(…そういや、フェニックスと初めて逢った時も…)
『彼のサークレットに嵌め込まれている、綺麗な石につられた』のだという事実を想起し、アスカは頬が赤らむのを感じた。
(―にしても、こんなところに光るようなモノがあるなんて…)
それでも、数瞬後には幾らか気を取り直し、右手の中のものをまじまじと見てみたところ―
「…なんだこりゃ?」
“それ”は鈍い銀色で、硬さや手触りから、何かしらの金属でできていると知れる代物だった。
形状は円形且つ平らで、大きさは硬貨より一回りほど小さいが、厚みは硬貨よりも若干あり―中央部にはごく小さな金具が付いていた。
そこまで確認してから、新たな情報を求めて引っくり返してみると、
(…やっぱり判らねぇなぁ…)
反対側の面には細工らしきものが施されていた…が、どうやら相当の年月を経ている品らしく、かなり磨耗していた上に細かな傷もそこここにあり、意匠も判然とはしなかった。
つまるところ―差し当たって判ったのは、“結局、なんだかよく判らない代物”であるということだけだった。
ただ―
(判らない…けど、なーんか、どっかで見たような気もするんだよなぁ。…それも、割と最近に)
その感覚とてあやふやで、正直なところ、自信はまるでなかったのだが―とはいえ、現時点に於いては手がかりになるかもしれない唯一のことではあったため、アスカはなんとか思い出すべく、記憶を手繰ってみた。
(…う〜ん…)
しかし、どこか引っかかりはするものの、やはりはっきりとはせず、もやもやした感じがアスカの中で徐々に膨らんでいく。
―と。
「アスカ」
「!!?っ…!!」
背後から突然呼びかけられた…のに加えて、思考を巡らせるのに没頭していたこともあり、アスカは口から心臓が飛び出さんばかりに驚いた。
「うわっ…おっとと…」
そのせいで、手の上の品を取り落としそうになったのをどうにか堪えつつ、声がしたほうへと向き直る。すると、
「…何を慌てているのだ、お前は」
「!え…?あ…お、おっちゃん?」
出会い頭にそんな反応を寄越された相手は…重厚感のある低い声に、戸惑いと呆れと織り交ぜて二言目を発してきた。
「あー…えーと、そのぅ…な、なんでもな―」
高みから降ってきた声の持ち主こと“おっちゃん”…もとい、アスタラネモ―奇しくも、件の品を発見する数瞬前に思い浮かべていた人物でもある―の至極もっともな問いに、アスカは内心の後ろめたさもあって、つい言葉を濁していた。
が―
「!!!そ、そこだぁぁっっ!!」
そのまま会話が途切れる…かと思われた刹那、アスカはいきなり左手を高々と掲げ、自信たっぷりといった風情で人差し指をネモの顔へ向けて突き出した。
「こ、今度は一体なんだというのだ…?」
主語のない言を唐突に告げられた上に、極めて無遠慮に指まで差されたことで、ネモは困惑をますます深めたようだった。
「そーだよ…うん、そうだそうだ」
アスカとて、それを察せなかったわけではない。―ただ、今の彼にとっては“答合わせをする”ということのほうが重要だったのである。
「あのさ、おっちゃん!これっておっちゃんのじゃ…」
アスカは左手を下げると、今度は反対側の手を掲げ、掌を開いた。
「!?…」
そして、そこにあるものを目にするやいなや―それまでは怪訝さを露骨に表していたネモの顔つきが瞬時に変化し、
「あ、やっぱそうだったんだなっ!さっきここで拾ってさ、どっかで見たことがあるような気はしたんだけど、どこで見たのかってのが思い出せなかったんだよなぁ。…あー、良かった良かった」
アスカは安堵と嬉しさで、満面の笑みを広げる。
…そう。この品の定位置は、彼の服―より正確に言えば、左の襟元―だったのだ。…身長差故に視界に入る機会が少なかったためか、思い出すのに少々時間は要してしまったけれど。
「…確かに私のものだ。―しかし、こんなところでよく見つけられたな」
ネモはアスカが差し出してきた品を手に取って両面を改め、襟元に付け直すと、鬱蒼と茂った草叢を見渡し―驚嘆を帯びた声音で語りかけてきた。
「へへ…そりゃあまぁ、オイラって、光るモンを見つけるのは得意だからさ。テラサピエンスにいた頃は、そういうのを見つけたら売っぱらって生活の足しに…あっ」
誤解を招きかねない発言をしてしまったとアスカはすぐに悟った…が、一度口にした言葉を取り消せるわけもなく。
「ああああのっ!!!オイラ、それを売っぱらおうなんてことはこれっぽっちもっ…いやその、見つけた時には実はほんのちょっとだけ思ったけど…あ、でも、ホントにそうしようなんてつもりは全っ然なくて…だ、だからっ…!」
…その動転ぶりは、なんとか取り繕おうとした筈が、失言を更に重ねてしまっていたことにも如実に表れていた。
「判っている。本当にそうするつもりだったのならば、わざわざ私に見せたりはしないだろう」
「う…うん」
それだけに―ネモが苦笑を交えながらも、いつになく柔和な面持ちでそう言ってくれたことは…ありがたかった。
…とともに。―先刻から湧き上がってきている“確信”が、より深まりもした。
「もっとも…仮に売りに出したとしても、大した金銭に換えられるとは考えにくいが。―見ての通り、傷がかなりついているし、細工も大分磨り減ってしまっているからな」
「…でも、さ。大切なもの…なんだよな」
だからこそ―次いでネモが口にした内容に対しては、抱いた確信を具体的な言葉にして返さずにはいられなかった。
―自分も、傷や細工の磨耗に気づいてはいたけれど…一方で、漠然とではあったが『きちんと手入れされている』という印象も受けていた。
それに何より―ここに来たという事実と、件の品を差し出されてからの言動は、確信が正しいことを雄弁に物語っているように感じたのだ。
「…そうだな。私にとっては…」
ネモは一旦言葉を切り、小さく息を吐くと、
「―いや、恐らく私だけではなく…これを持っている者は皆、程度の差はあれど、思い入れはあるだろうな」
(…ってことは…)
同じものが複数あって、持ち主も複数いて、その各々が大切にしている品…ということになる。
「ところで…お前のほうの用は済んだのか?…私には、充分集まっているように見えるのだが」
「あ…そうだよな、晩飯と朝飯の分くらいは集められたし、そろそろ戻らないとなぁ。…多分もう、相当ハラ空かしてるだろうし…」
もう少し突っ込んで尋ねてみたい気もしたが、さながら燕の雛の如く自分の帰還を待っているであろう面々の姿が脳裏にちらつき―アスカは意識をひとまず切り替え、小走りで籠へと近づいていった。
「―では、戻るとするか」
…が、数秒後に籠を手にしていたのは、アスカではなくネモだった。
「!あ…い、いいって!それ、今は結構重いし―」
「…ほぅ。つまりお前には、私がこの程度の荷も運べないほど非力に見えているということか?…私も、随分と安く見積もられたものだな」
「!?え…ち、違うよ、そんなことは思ってないけどっ…」
アスカが慌てて否定すると、ネモは素早く踵を返し、
「ならば何も異存はないな。―行くぞ」
「ん…。う、うん」
なんとなく腑に落ちない感じがしつつも、アスカは成り行きに流されて頷く。
そして、彼と並んで歩を進めながら、様子を横目でそっと窺い―
(!…ひょっとして…)
自分が遠慮したから、敢えてああいう風に切り返してきた。…のかもしれない。
いや、きっとそうだ。…今、彼の表情に険しさを欠片も見出せないことからしても。
では…こちらも、伝えるべき言葉を失念してはならないというものだろう。
「あ…ありがとな、おっちゃんっ」
「……」
ネモは無言のままだったが、アスカは無視されたとは微塵も思わなかった。―告げた瞬間、彼の顔に“照れ”が過ぎったのを見逃しはしなかったから。
「おっちゃ…」
「アス…」
それから程無くして、アスカとネモはほぼ同時に口を開き―閉じた。
思わず互いに顔を見合わせ、なんとなく二の句を継ぎづらい雰囲気が漂う。
「―お前が先で構わんぞ」
「そ、そうかい?…えっと、じゃあ…」
それでも、ややあってネモが沈黙を破ると、アスカも気を取り直し、再度切り出した。
「オイラがさっき拾ったあれのこと…訊いてもいいかな」
今更だと思われるかも…という懸念も若干はあったが、件の品への興味が湧いてきていたのも確かだったし、それに―あわよくば彼のことをもっと知ることができるかもしれない、という期待を抱いてもいた。
「あれ…ああ、蓮花章のことか」
「??れんかしょう…?」
「こちらの世界で言うところの『軍徽章』に相当するものだ。…私のでは判りにくいだろうが、表面に蓮花―蓮の花を彫り込んでいることから、アクアンヌーンではそう呼称されている」
「へぇ〜…蓮の花、かぁ。…あっ、それってもしかして、アクアンヌーンと見た目が似てるから…?」
数日前の出来事を思い起こしながら、アスカはそう口にした。
ネモが一行に加わって間もない頃、道すがら蓮の花を目にする機会があって…その折に、“アクアンヌーンの外観”についても話が及んでいたのである。
「憶えていたのか。―ああ、そうだ。あの花は、アクアンヌーンの民にとっては故郷を連想させる形(なり)だからな」
「やっぱりなぁ。…あれっ、でも…ぐんきしょう、って結局何??」
アスカが新たな疑問を投げかけると、ネモは右手を顎に当てて思案顔になり、
「む…成程、そこから説明するべきだったか。そうだな…そもそも軍徽章というものは、軍に入った時に支給される―いや、それだけでは解りづらいか。…では、所持者が軍人という立場に在ることを証明する品…と言えば解るか?」
「!あ…そういうことかぁ」
漸く合点がいき、アスカはぽんと手を打った。
それに、今の説明を踏まえた上でよくよく思い返してみると、ネモ以外で自分が知っているアクアンヌーンの軍人―『龍の艦(ふね)』の艦員達もまた、あれをどこかしらに身につけていたような…。
「うむ。そして…アクアンヌーンの軍人は、国と民を守るために戦うという務めを誇りに思っている」
「!…そっか。だからあれ―蓮花章は、『持っている人達みんなにとって思い入れがあるもの』なんだ…」
アスカは、ネモが先だって口にしていた言葉の根拠が判った気がした。
自国とそこに在る民を心の底から大切に思い、守るために必要とあらば、戦いの場に身を投じることも厭わない―誇り高き戦士達。
そして、そんな彼らだからこそ―己の立場を明確に示し、且つ守るべき世界(ばしょ)を喚起させる花を象ってもいる蓮花章は、特別な意味合いを持つ品なのだろう。…きっと。
「―その通りだ」
ネモは左の襟元にちらりと目線を送ってから、そう答えた。
「!…」
と―不意に木々の切れ間から強い西日が差し込み、アスカは反射的に腕を翳して目を瞑り、立ち止まった。
(!!今…)
だが、その直前にアスカの瞳は捉えていた。
彼が、春の日だまりのように穏やかで温かな微笑をこちらへと向けたのを…。
「どうした…?」
アスカが我に返り、目を開いて腕を下ろすと、ネモもまた足を止めており―もっとも、彼自身は太陽を背にする格好になっていたので、影響は受けずに済んだようだったが―真顔に戻り、気遣わしげな声で問うてきた。
「ん…ああ、ちょっと夕陽が眩しかったからさ。でも、もう大丈夫だよ」
「そうか。ならいいが」
そして、そんな遣り取りを経て、ふたりは再び並んで歩き出し―
「…あ」
直後、アスカはふと気づく。
「そういえば…オイラはさっき色々教えてもらったけど、おっちゃんからの話のほうはまだ訊いてなかったよな。おっちゃんはオイラになんて…?」
“彼が自分に言おうとしていた”こと。それは一体なんだったのか…?
「…そうだったな」
ネモは半ば独白めいた語調で呟き、小さく咳払いをすると、
「―礼をまだ言ってなかったと思ったのでな。蓮花章のこと…感謝している」
「!え…」
見つけた経緯が経緯なだけに、彼から改めて謝意を伝えられたことは、正直なところちょっと…否、かなり意外ではあった。
しかもその言が、先刻目にしたのと同様の微笑みをも伴って―それも、今度は一瞬だけではないときている―かけられたとあれば、尚のことだ。
…とはいえ。
「…へへっ。…どう致しまして」
勿論、嬉しくない道理はなく―アスカははにかみながらも素直に受け取り、晴れやかな笑顔で応じたのだった。
――――――――
そんなこんなでここの人がリクエスト(かなり強引)でお願いしたアスカと提督のお話ですvv
好きなんだこの大小コンビvv
王子相手とはまた違う柔らかさと戸惑いと素直さをもったおっちゃんですvv
もうねvv
アスカも提督も『ああ、ああ、そうそうっ』ってキャラが生き生きしてるんですよvv
やだ脳内再生バッチぐーーっ!!
翠川さんっ本当にありがとうございましたvvv