In the mire and a lotus
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光の反射かはたまた気持ちが跳ねるからか、辺り一面がきらきら光っているように眩しく。
まるで一行を出迎えるように、その先には明るく薄桃色に彩った満開の桜の木々が咲き誇っていた。
ここは『花の里植物センター』。
もともと天聖界にあった花の里を天地球にも、という目的で作られた村だったのだが環境の違いかなかなか上手くいかず。
そこで花咲か仙人とココホレワン助が努力と研究の結果、人工的に『管理』することで植物の生育に成功。
しかもその数は当初の予定以上の種類に!
一年を通して様々な花や草木を観賞でき、申し込みをすれば工芸・野菜取り放題農業体験も!
宿泊・休憩設備も整っているのでこの機会に当センターをご堪能ください!
宿泊すると各種体験に無料で参加でき、さらにご自身で取られた農作物を調理いたします!
詳しくは各種ポスター、もしくは管理センターまで!
「って書いてるしさ〜。ちょっとくらいいいだろ〜?」
とリーフレットを両手に挟んでアスカが同行者達に拝みお願いしまくっている。
石版のかけらから出る光の矢印と同じ方向だしさっ、どーせ通り道じゃんっ!と手振り身振りでそれはもう健気なほどに。
道中立ち寄った村で街を騒がす悪魔をこらしめて謝礼を渡されたそんな時に見つけたポスターとパンフレット。
最初一瞥しただけのアスカの目が読み進めて行くうちにどんどん輝きだした。
「そりゃあここたぶん通りそうだけど。ってアスカ、その『野菜取り放題を無料で』ってのがしたいだけなんだろ。」
フェニックスがアスカの両手からリーフレットを抜き取り、芋ほりに笑顔な天使やお守りの写真を指差す。
その写真の背景には山積みのサツマイモ。
これがとり放題のその結果なのか!?
「だっ、だってほらっ!せっかく金も手に入ったんだし、それに取り放題ってことはそれを後で売ってもいいんだしよ!!」
なら金銭的収支はとんとんだろ?とアスカが必死で皮算用を訴える。
お腹もいっぱいになるし皆幸せじゃんっ!!と普段ない幸福論まで持ち出して。
なんだかなー、と隣のティキにリーフレットを渡しながらフェニックスがはああっ、と息をついた。
「アースカー、どうせ自分でも分かってるんだろ?『後で売る』ってそんな上手くいくはずないじゃん。」
「いっ、いやっ。それはやってみなくちゃワカンネーだろっ!?」
慌てるアスカの態度が分かりやすい。
大体考えるまでもないだろう。
例え売れたとしても四人分の宿泊費用と同額になるはずがないことを。
だったら最初から『行きたいから行きてー』と素直に言えばいいのに。
無駄に採算を取ろうとするから変な理由をこじつけてちゃう所がアスカらしいというかなんというか。
ふうっとアスカに苦笑を思いながらふと気付く。
何故自分がアスカをイサメテイルノカ。
「あれ?いつもはこんな時って・・・。」
考える前に横を向く。
そこには並んでリーフレットを覗き込むアムルとティキがいた。
そうだ、こういう時ってだいたいティキが足蹴にして終わるか、アムルが『いいわね』ってのっかるか、どっちかが多いのに・・・。
自分は大体、この目の前のアスカと楽しい想像でわいわいやってる方ではないか。
そんな違和感にアスカも気付いたのだろうか、フェニックスにそそと寄って一緒に二人を見ながら声をかけた。
「あ、アムル?ティキ?・・・なんか面白いことでも書いてんのか?」
途端にはっとアスカ達の方に二人は視線を移し。
「えっ!?あっ・・・、その!まっ、まあ行ってみてもいいんじゃないのかしら!」
「・・・俺も行ってみてもいいぜ。」
『・・・。』
不審な疑問に普段ならなさそうなこの対照的な対応。
フェニックスとアスカ思わず呆けた。
「え?どういうこと?」
「えーと、つまり。二人とも『行く』ってことかな・・・?」
そう言いながらフェニックスが何とか『結論』を出した。
アムルはうっ、うふふーって笑ってるし、ティキはなんだかつまらなさそうに横を向いてるし。
いまいち二人の本心が分からないが、それでも四人中三人が『行く』って言うんだからこれはもう決定でいいのだろう。
自分にはない『何か』をこの三人はその植物センター(のパンフレット)に見出したということ、なのだろう。
じゃあ後は自分も気持ちを切り替えて楽しむ所は楽しむまでだ。
「それじゃあ決定だねっ。」
よしっ!と軽く背伸びをしながらフェニックスは気持ちのいい晴れた空を見上げた。
フェニックスから渡されたリーフレットをあほらしく思いながらめくって一瞬手が止まった。
そこには一面の緑に濃淡が様々な淡紅の花弁。
花の中心には黄色い花床と雄しべが顔をのぞかせ暖かみのあるコントラストを描く、その蓮華の写真。
自分の故郷の象徴とも言えるべき、その花。
もちろん全く同じ種類ではないけれど、それでも遠く離れたこの地で見るそれはティキの望郷を一気に引き寄せ。
その気はなかったのに気が付くとアスカの要望にうなづく自分がいた。
まあ方向的には支障はないし、一泊くらいの気分転換だっていいだろう。
無駄に豪遊するってわけでもないのだ。
そしていつもなら一番文句の多いティキが黙ったことで、アスカ的には『とんとん拍子』に行楽の予定が決定していたのだった。
「すごい壮観ね〜。」
アムルが桜並木を歩きながらうっとりした声を漏らす。
昼間の群生ゆえの圧倒さもいいけれど夜になったら闇にライトアップされて儚さを演出する夜桜も人気らしい。
いつもその目的ゆえの代わり映えのない背景にもしかしたら飽いていたのかもしれない。
思った以上にその花々の様変わりさに皆楽しんでいた。
「でもよ、ここは桜が目玉らしいんだけど一番人気は『農業体験』らしいぜ〜。」
昼食には少し早い時間に簡単に屋台で軽食を取りながらアスカがどこからともなく仕入れた情報を仲間に伝える。
午前中に入園していろいろ申し込みして、ざざっと庭園を回ってそんなに時間も経ってないのにその速さといったら。
「そんだけ食い意地の張ってる奴が多いってことだろ。」
「いや、それがさ。結構内情はどろどろしてるみたいだぜ、ここ。」
「・・・どろどろって。アスカ、どうやったらそんなことまで聞いてこれちゃうんだよ。」
「まっ、おいらの手にかかればってってな。」
そう言ってよっと手近な席に着いたアスカに他の三人も続いて座り。
「それでアスカ?一体何を聞いてきたの?」
ちょっとわくわくした様子のアムルにアスカがへへっと笑いながら前のめりに口を開いた。
なんでも最初花咲か仙人とココホレワン助は『天聖界の花の里』に居たのだがその後天地球に移住して行き。
その際『里の再現』を決行するに当たって何だかはめをはずす方向に行ってしまったらしく、互いに『決闘』するようになったという。
そして今では入園客すらまきこんだ、植物園内での様々な『決闘』が行われているそうなのだ。
『・・・。』
アスカの仕入れてきた情報に一同言葉が出てこない。
いやだって『客を巻き込んだ決闘』ってそんな物騒な施設、何を好き好んでお金を払って逗留しなければならないのか。
「・・・帰るか。」
「そうだね。」
あらかた食事も終わったのもあって、ティキががたっと立ち上がりフェニックスもそれに続いた。
「えーーっ!?ちょっと待ってくれよおっ!!」
「バカかっ!?そんな怪しげな話聞かされてなんでこんなとこ居なきゃならねーんだっ!」
「そうだよアスカ。その『決闘』っていうのが何か知らないけどわざわざ戦うっていうのはねえ・・・。」
そんなうんざり顔の二人にアスカは慌てて話の残りを付け加えた。
「さっ、最後まで聞いてくれよっ。その『決闘』っていうのは何でも『サービス』らしいんだよっ!」
『はあ?』
「だっ、だから、聞いた話によると花咲か側とココホレ側でサービス合戦してるんだってさっ!それも超過剰らしいぜっ!!」
『・・・。』
これにはフェニックスとティキが互いに目をやる。
サービス。
超過剰。
巻き込まれる=受けるのは、『客』。
「まあ話くらい最後まで聞いてやるか。」
「アスカがせっかく持ってきた情報だしね。」
そう言ってがたんと席に着きなおす二人。
「大体それのどこがドロドロなんだよ。」
「アスカってば大袈裟に勘違いしたんじゃない?」
こいつら・・・っ、とアスカが頭に怒りマークを浮かべるほど二人の表情は真剣でかつきらきらしていたという。
・・・現金よね〜。
アムルが心の中でそっと呟いた。
どきどきする胸に手を当てながら。
結局アスカが聞いてきた話だと、双方のサービスを受けられるのは一日各一人で内容も人選もランダム。
当日になっても情報は一切もれず、ただ突然『おめでとうございます』となって園内放送で告知らしい。
だから客自身もいつ来るか、自分に来るかとぴりぴりした緊張感を持ててそれがいい作用を及ぼすのだろう。
リピーターも口コミも結構評判上々の人気企画となっているそうなのだという。
で、なんでそんな立派なイベントがパンフレットに載ってないかというと。
「どっちも『自分が勝つ』って思ってるから、勝負がついたら終わっちゃう企画は載せれないんだってさ。」
「それってすごい職権乱用じゃねーか。」
「でもさ、その『勝負がつく』って一体どーやって?」
だってサービスの内容の良し悪しなら受けた客本人に聞けばいいし。
「そうよね。それにそれならどっちのサービスも同じ人が受けないと意味ないし・・・。」
「あーそっかあー。おいら『サービスが受けられる』ってとこ以外ちゃんと聞かなかったしなあ。」
とアスカが三人の言葉に頭を捻る。
掃除のおばちゃんや屋台のおっちゃんが楽しげに話してくれたのにもったいない。
でも調子にのって自分達の話をしたら『いいことあるよ』と言ってくれたし、まあ楽しみに待ってみれば分かることだ。
「ま、いっか。とりあえず野菜とり放題の時間だしさっさと移動しよーぜっ。」
その程度の疑問なんてなんのその。
既にあまり深く考えず、もう次のイベントで頭がいっぱいのアスカなのだった。
自分がここに来たかった理由はただ蓮華、つまり蓮の花を見れたら、それだけだった。
祖国から離れて一体どれだけの時間がたったのだろうか。
もちろんすべて自分の意志で決めて動いたこととはいえ、それでも関連のある物事に触れると胸がきゅっと切なくなるのは仕方ない。
ただ、それだけだったのだ。
「おーいティキー。何やってんだよー。」
早く来いよとアスカが言う。
だって人では多い方がいいに決まってる。
「大丈夫よ。怖くないから。」
むしろ気持ちいいくらいだとアムルがにこやかに笑う。
その艶やかな笑顔に不似合いな汚れを身につけて。
「ティキ、何やってんのさ。」
そして声をかけるだけでは物足りないフェニックスがダバダバと音を立ててモタツキナガラティキの元にやって来た。
「・・・。」
そう、自分が見たかったのは『蓮の花』なのだ。
湖面に浮かぶ、広く大きな葉とそれに浮かぶ水滴、桃色や白色の多数の花弁や特徴的な花托を持つその神秘的な蓮華を。
なのに。
「っあ〜〜、腰いた〜〜。」
目の前でフェニックスが背を逸らしてのびをする。
本当は拳で腰を叩きたいのだろうが、手の汚れからそれは避けているのだろう。
フェニックス越しに見える風景は、茶色。
ってか泥。
むしろここは池。
いや湿地帯でいいくらいだろう。
わー、とアスカがすごい笑顔で両手を使って節のある棒状の『根っこ』を引っ張りあげる。
そう、ここは『レンコン畑』。
『取り放題体験』に向かう際、同じ方向に『蓮』と書かれた看板が目に入り知らず心が躍った。
何気ない『効率』の良さになんとなく幸先のよさすら感じ。
で、着いた場所は清涼感を彷彿させる蓮池でなくて、食用レンコン用の泥炭地。
いやレンコンには罪はないけど。
それでもいつもなら『ばかばかしい』と見向きもしないような場所にわざわざ出向いたと思ったら、そこは『蓮華』でなくて『蓮根』。
「・・・。」
「ここの農業体験って、ココホレワン助の方の企画らしいよ。うーん、肉体労働だよねー。」
とにこにこ笑いながら蓮根を持ち上げるフェニックスが急激に憎たらしくなった。
「ばかかっ!何で俺がこんなことしなきゃならねーんだよっ!」
「『こんなこと』って・・・。何言ってんだよ!大事なことだろっ!?」
ご飯は勝手に出てくるものではないのだ。
それは分かってる、それは分かってるんだけれどもっ。
「知るかよそんなことっ。俺はちょっとその辺ぶらついて来るからなっ。」
蓮根がココホレワン助サイドなら、蓮華は花咲か仙人側だろう。
施設内ではエリアが違うからそっちに行けば目的の・・・。
と思いくるっとフェニックスに背中を向け用とした時だった。
「いいから来なってっ!」
晴れ晴れとした太陽の元、同じくらい明るい笑顔でフェニックスはティキの手を取り自分の方へ引き寄せた。
「っな・・・!?」
「えっ!?暴れ・・・っ!!」
突然の泥の感触も合って一瞬身を避けようとしたティキだがフェニックスもそれなりに力を入れていて。
だっぱーんっ。
「うわっ。」
「きゃっ!」
ちょっと離れた所でアスカとアムルが声をあげる。
泥畑に身体ごとダイブした二人の所為で泥しぶきがあちこちに飛んだのだ。
「フェ〜ニックス〜〜〜ぅ。」
「うわっごめんっ!!・・・ってティキ真っ黒じゃんっ!?」
「ってめ悪いと思ってねーなっ!?大体それを言ったらてめーもだろっ!!」
だぱあっと泥をしたたらせながらティキが立ち上がりフェニックスに怒鳴った。
「あ〜あっ、本当だっ〜。ティキが変に暴れるから〜。」
腰まで泥水に遣ったままのフェニックスがやれやれとわざとらしく肩をすくませた。
その動作のムカつくことといったら。
「人の所為にすんなっ!」
だばあっとティキが足を取られながらも一歩踏み出しフェニックスに怒声を浴びせる。
「うわっ、泥が飛んで来たじゃんっ!ぺっぺっ!」
「はっ、自業自得だっ!」
顔面にしぶきを受けてしまい、口内が砂だらけになったフェニックスを見てティキは少し溜飲が下りるも。
「じゃあティキもそうなんだよなっ!」
そう言ってがばっと身体を前のめりにしたフェニックスが再びティキの手を取り自分の方に引き寄せた。
「なっ!?」
一気にバランスを崩してそのままフェニックスの半身に倒れこむティキ。
全身ドロドロぐちゃぐちゃで。
髪の色だって普段の色彩を汚しまくり。
「へっへ〜。つーかまえたっ!」
片手で自分の背中を抱きしめるフェニックスに狼狽しながらもティキは『それ』を目にした。
残りの方の手の平にこんもりと盛り上がった『泥』を。
指の隙間からしたたり落ちるべちゃべちゃな泥を含んだ水滴に背筋に悪寒が走った。
「こっ、こら!離せっ!」
意図が分かって暴れるも下は動きをとられる泥沼で。
ぼちゃばちゃと鈍重な水音がその動きにくさをよく表していた。
もちろんそんなことをしていたら当然ー・・・。
「お客様、畑の中で暴れるのはやめてくださいっ。」
従業員に注意された。
『あ・・・。』
周囲のしらっとした視線にようやく気付き、二人ははっと我に返る。
「やーい怒られてやんのー。」
「畑で遊ぶからよ、二人とも。」
アスカとアムルが揶揄するように二人を諌めた。
『〜〜〜っ!!』
真っ赤になったフェニックスとティキが泥にまみれながらも思わずレンコン畑内で正座してしまい。
しゅんっとしたオーラを発するも二人ともチョコレート色まみれで何かの罰ゲームのようだ。
その反省の様が面白くてくすくす笑いが止まらなくなった、その時だった。
「おめでとうございますっ!あなたは本日の『ココホレワン助賞』を受賞しましたーーーっ!」
和やかな空気を切り裂く高らかなファンファーレ。
そしてそれと共にココホレワン助が紙ふぶきを撒き散らしてやってきた。
「え?・・・あ。・・・わ、私?」
頬や服の一部を泥で汚したアムルのその前に。
『え?』
わあっと一斉にあがる周囲の歓声が、まるで遠くで聞こえる。
今までレンコン畑ではしゃいでいたのにそんな空気が突然華々しいものに一転したのだ。
『あれ?』
なのでただひたすら呆然とする四人だった。