You are you
2
きらっと光を受けて光るそれは虹色。
「フェニックス。」
その晩宿で(毎度なのだけれど)同室のティキに声をかけられフェニックスが振り向いた時。
目線より高い位置でそれが自分の方に投げられた。
その距離は絶妙。
それはぽんっと自分の手のひらに収まった。
「・・・何?これ。」
とりあえず手の中のものに目を落とす。
それは手のひらに収まる程度の小さな小包み。
光沢のあるラッピングやリボンなどたいへんかわいくあしらわれていた。
「おまえにやるよ。」
「へ?」
そっけなく言い放つティキに思わず面をあげてそちらを見る。
目に飛び込むのはぴょこっと揺れる三つ編み。
これじゃあ表情なんて見えやしない。
「あ・・・、ありがと。」
とりあえずなんだか分からないなりにお礼を言ってみる。
そしてがさがさと中身を開けてみるとー・・・。
「・・・あめ?」
飴だ。
それも幾つもの色の小さめな飴が複数入っている。
・・・。
・・・。
何故?
「ねえティキ。」
「なんだよ。」
「・・・なんで?」
「・・・。」
返事がない。
ということはつまりあるのだ、何か『理由』が。
「ティ〜キっ!」
「・・・。」
「ティキー。」
「・・・。」
「ティキティキティキー・・・。」
「だああっ!うるせーなーっ!んな気安く連呼すんなっ!!」
「なんだ、口きけるんじゃん。」
「・・・。」
けろっとした口調のフェニックスにティキは己の失態を悟った。
「で、どーして僕にあめなんかくれるんだよ。」
「・・・、なんとなくだよ。」
「はあ?」
『なんとなく』
それがメンバーの中で最も似合わない性格のくせに??
「それじゃあ分からないよ、ティキ。」
「だ、だったら返せっ!!」
「やだよっ!せっかくくれたんだからっ!」
思わずかばうように包みを後方に隠した。
「とにかくっ、おまえにやったからなっ!」
そう言い放つとまたぷいっとそっぽを向く。
何故なんだろう。
何故いつも本心を見せずに、自分の中の『何か』を表そうとするのだろう。
ぐっと手に力が入った。
くしゃ。
そのビニルな風合いの包みが無機な音を小さく発した。
ふと、そこに目が行く。
部屋の照明を受けて小さな光が反射している。
「・・・。」
分からないよ?
分からないけれど・・・。
でも嬉しいんだ。
なんだか君に、自分って存在が認められているみたいで。
決して昼間の出来事が気になったままという訳ではない。
けれどああも判り易く自分の一面が『その全て』みたいな反応をもらってしまうと。
ー、自分のそれ以外の面って、一体何?
みたいな疑問が心にしこる。
だから、このタイミングでいつも喧嘩ばかりのティキに『自分宛』の感情を向けられるのだから。
そりゃあ嬉しいに決まってんじゃん。
改めて袋の口を開いて中を見る。
中には幾つものカラフルな彩りが飛びこんで。
迷うことはなかった。
「ティキっ。」
背後から天使に、今度ははっきりとした語調で声をかけられ。
「何だよ。」
うざったそうに振り向くと。
コロ・・・。
口の中に謎の甘味が広がった。
瞬時に悟る。
それはオレンジ特有の軽い甘酸っぱさだと。
けれど。
けれどというか、むしろというか。
意識は自分の唇に軽く触れられているその指先に集中したまま。
振り向きざま、フェニックスに飴を口に入れられた。
確実に押し込むべくか、つまんだ指先は最後までその唇から離されないまま。
改めて、口内を甘味が走る。
「おすそわけだよ。」
そのままの至近距離でにっと笑われた。
「っ!!」
その笑みに、頬に熱が走るのを自覚する。
「お、俺が、おまえにやったんだぞっ。」
『おすそわけ』って、あるかっ!んなもの。
「だって僕がもらったんじゃん。」
どうしようとこっちの自由だろ。
そんなやりとりをしつつも、元々大きくはないその飴は確実にその大きさを小さくさせていき。
かりっ。
小さなかけらを奥歯で噛んだら小さな音をたてて割れ、溶けていった。
くんっと喉を飲下する甘さが心地よくて悔しい。
「うん、おひひいよ。」
見ると、目の前にはほっぺに飴玉を転がす天使がいて。
「俺が選んだんだから当たり前だ。」
にこっと笑う笑顔がまぶしくて、つい意味不明の虚勢をはってみる。
「ふ〜ん。」
ころころとほっぺに飴を転がしながら、ふと聞いてみた。
「じゃあさ、なんでこの飴にしたんだよ。」
店頭には他にも商品は何種類もあったろうに。
『なんとなく』『予算』な答えなんだろうとは思いつつも、それでもティキがどんな着眼点を持って選んだのか気になった。
そしてそれに対するティキの返事はというとー・・・。
「別に理由なんかねーよっ!!」
即答じゃん。
あのね、ティキ。
君がそーゆー態度を取るときは何か意味があるっていうのを僕はもう知ってるんだよ?
あるんだよね、理由が。
やれやれって思いながら口を開く。
「そっか〜、じゃあつまりあれはティキの趣味ってことなんだ〜。」
目には目を、天邪鬼には天邪鬼を。
そう挑発発言を餌にすると・・・。
「っな、んなわけねーだろっ!!」
いくらなんでもきらきら光る包装紙にくるくるかわいいリボン。
自分のセンスだなんて思われたくもない。
釣れた。
ティキが。
「じゃあなんでなんだよ。」
そしてそーゆーところにフェニックスは容赦なくつっこみを入れる。
そして相性がいいのか悪いのか、ティキはこの天使に限ってうっかりひっかかる。
「な、なんでってそりゃあ・・・。」
「そりゃあ?」
「・・・。」
「・・・。」
知らずその返事を固唾を飲んで待つ自分にフェニックスは気付いた。
だってティキが自分のために何らかの思惑をもって選んでくれたのだ。
そんな風に自分が気にかけられるなんて、正直嬉しい。
―、まあ、なんでかは未だに分からないのだけれど。
ちっとティキが舌打をする。
本来の自分はこんなことしたりなんか絶対しない。
ただここの土地柄の持つ浮かれたお祭騒ぎにあてられてしまったのだ。
そう、昼間からこっち、どこへいっても目にする耳にする『気持ちを伝える』というお祭に。
「・・・からだよっ。」
「は?」
小声でしかも早口で何か言われて思わず聞き返す。
「ティキ、よく聞こえないよ。」
「〜〜〜っ。」
「ティ〜キっ。」
その追随は決して緩みそうにない。
そして、そして真っ赤になったティキが再び口を開いた。
「おまえに似合うと思ったからって言ってんだろーがっ!!」
「っへ!?」
似合う?
このラッピングが?
くるくるリボンが?
「・・・、ティキごめん。こんなファンシーが似合うって言われても嬉しくない。」
ごっつい正直な反応、だけれど。
「ばかっ!俺だってんな組み合わせ気色悪いに決まってんだろっ!!」
「っば、ばかとか気色悪いとかって・・・っ!じゃあ何が似合うって言うんだよっ!!」
「そんなの色以外何があるってんだっ!!」
「え?あ?い、色おっ??」
フェニックスが思わず手の中の袋を見る。
「い、色って言ったって・・・。」
光沢のあるそれは光の角度によってその色彩を変化させ、『何色』と断定しずらく。
「これじゃあせいぜいー・・・。」
ふっと、フェニックスが息を呑む。
それは七色の、虹色。
『光』によって導かれ、光を構成するその色彩。
「・・・、僕、に。」
似合う、とティキが言った。
七色の、虹が。
この、自分に。
「っ!!」
突然言いようのない衝動がフェニックスの中に湧き上がった。
「フェっ、フェニっ!?」
ティキの動揺の声が部屋に響く。
フェニックスが目の前でいきなり。
ぼろぼろと大粒の涙をもって泣き出したから。
「お、おいっ。俺なんか変なこと言ってー・・・。」
「言ってないよっ!!」
ティキの大きな声を、更に大きな声でフェニックスが制した。
その様はあくまで背筋はぴんと伸びたまま。
涙はいまだに落ちてるけれど、ティキとちゃんと目は合わしたまま。
泣くにしては、えらい堂々としたその態度。
「・・・は?」
「ティキはっ、変なことなんかっ、・・・言ってないよっ!!」
「じゃ、じゃあなんで泣くんだよ・・・。」
「〜〜〜。」
「おいっ、フェニっ!!」
そこで、ぎゅっと手を掴まれた。
飴の包みを持つのとは反対の手で。
そして、目を真っ赤にしながらも、それでもはちきれんばかりの笑顔で返された。
「君なんか、大好きだ。」
そしてー・・・。
ふうっとティキは息をつく。
頬に赤味がさすのを、胸の鼓動が早くなるのを悔しくとも自覚する。
泣く子とフェニックスには勝てない。
じゃあ泣いてるフェニックスには?
『勝っても嬉しくねーんだよ。』
そう思うことで自分を納得させた。
自分の胸にしがみついてぐじゅぐじゅ泣くフェニックスをあやしながら。
ティキの胸で、何故かこの涙を止めたいとは思わなかった。
だって、嬉しかったから。
言いようのないほど嬉しかったから。
自分に力を、生きる意義を与えてくれた存在達がちゃんと自分の側にいるようで。
この涙はその証なんだと思えて。
そして。
そしてそのことをティキが、それもひっくるめて全部『自分』なんだと認めてくれたように思えて。
『大好きだよ。』
照れるから、今度はもう一度。
心の中で呟いた。
その手に握った包みの中で、ころんと七つの色の飴玉が、軽くぶつかり音を立てた。
翌日、どこからか話を仕込んできたアムルがアスカに教えてあげた。
「アスカ、あれから聞いたんだけど、下手にチョコはもらわなくってよかったもよ?」
「へ?何でだよ。ただなのに!?」
まだ『ただ』にこだわっている。
「それがね、チョコをもらったらお返しをしないといけないんですって。」
「えーーーっ!?まじでーーっ!?」
「それもアメとかクッキーとか、結局お菓子で返すみたい。」
「えっ・・・。」
それを聞いていたフェニックスがようやく驚いた。
じゃあ昨日のってー・・・。
「じ、じゃあよ、昨日フェニックスがもらったチョコもお返ししなきゃなんねーの??」
「それはいいんじゃないかしら?むしろこの場合お返しなんてしたら相手が困るわよ。」
なにせ『なかったこと』になったのだから。
「あ、じゃあティキ・・・。」
「もらってたら何人分も返さなきゃなんなかったってことだよな〜。」
ばっと後ろを向いてその姿を視認したフェニックスの後ろからアスカがひょこっともしもの可能性を言うのだが。
「欲しくもない物なんかもらう気ねーよ。」
だから何かを返す事態は起こったりしないと一蹴。
「あっ、でもオイラ達フェニックスからチョコもらったよなっ!」
正確には『分けて』もらったのだが。
そのアスカの言葉にティキの肩がぴくっと反応した。
「そうね、だったら何かお返ししなくちゃ。」
「え〜、いいよ。どうせもらいものだったんだし。」
むしろそんな反応されると申し訳ない、と思う。
「いいじゃん、いいじゃん。ま、お菓子は無理だけど今度シチュー作る時フェニックスは大盛りなっ♪」
「あ、それなら嬉しいかもっ。」
「じゃあ私は中の具材を頑張ってさがしましょ。」
「ティキもさ〜、なんかやろーぜー。」
「嫌だね。何で俺がそんなことしなきゃなんねーんだ。」
「いいじゃない。感謝の気持ちを伝えることって大事よ?」
「感謝だあ?俺がこいつにっ!?ありえねーよっ。」
べえっと舌を出してその案を却下する。
「ありえないってなんだよ。」
「そのまんまだよっ。」
「なんだよっ。昨日チョコもらって嬉しかったくせにさっ!」
「なっ・・・!?誰がだっ!」
「ティキがだよ〜だっ!」
もっと嬉しい思いをさせてもらったのは自分の方なのだけれど。
あっという間に舌戦に陥った二人をアムルとアスカが相変わらずやれやれと見やる。
「フェニックスさあ、昨日『ティキとは口きかない』とか言ってなかったっけ・・・。」
「まあその時点で言い合いが始まったようなものだし・・・。」
もういいんじゃない?とアムルが肩をすくめた。
「まっ、それもそっか。」
腕を後頭部に回してアスカがにっと笑う。
だってー・・・。
だってきりっとした姿や格好いい所しか知らなくってどうする?
それはあくまで二人の『本質』によって表れる一面。
怒って笑って悲しんで喜んで、いろんな感情があって。
そしてそれらを見せ合えるからこその『仲間』なのだからー・・・。
さあ、そろそろ出発しよーぜ。
そう声をかけるべく、(まだやってる)二人の元にアスカが駆け寄った。
村の大通りを歩く中。
ふと小さなお菓子屋がフェニックスの目に止まった。
その店頭にはラッピングされた飴の入った小袋が並んでいる。
「なんだよ。もしかしてお返しを考えてんの?」
横を歩くアスカがその視線に気付いた。
「あ、いや・・・。きれいだな、って思って。」
虹色に光沢を見せる包装と、薄く透けてみえる飴がきらきらとまぶしく感じる。
その明るさが、こんな殺伐とした時代でも気持ちは明るく出来るのだと言っているように思えて。
へへっとなんだか嬉しくなった。
ポケットに手をつっこむ。
ちょっと姿勢を前のめりにする。
そして弾む気持ちを原動力に駆け出した。
前を歩くティキとアムルに向かって。
「あっ!ちょっといきなり走んなよ〜っ!」
一瞬おいてけぼりをくらったアスカが慌ててその背中を追い掛けた。
おわり
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