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 その手に握られているのはきれいにラッピングされた正方形の箱。
 中身は何かと聞かれたら、どうやらチョコレートということらしい。

 『どうやら』?
 『らしい』?
 開封もしていないのに何故中身が分かるのか。

 「製菓業者の陰謀だろ。」
 「そんなふうに言わないの。素敵じゃない。」
 「そうそう、すっげー素敵じゃんっ!だってよぉ、『ただ』でチョコがもらえるんだぜっ!?『ただ』でっ!!」
 三者三様、意見は様々だがとりあえず一番熱いのは一人でせちがらい世の中を生きてきたアスカ君。
 そして肝心のチョコを手にしているフェニックススはと言うと−・・・。

 「じゃあ皆で分けよっか。」
 既に包装を破り、中身のチョコをぱきっと割る。
 躊躇ない動作はその意図と言うか真意をまったく解してない様子だった。


 石版のかけら探しの途中で立ち寄った村であった悪魔軍との一戦闘。
 毎度たまたまというか、毎度必然というか。
 なにせ悪魔軍も忙しいもので、ある部署は天使・お守り狩りを担当し、ある部署はフェニックス一行の討伐を言い渡され。
 おかげでその遭遇率の高いことといったら。
 この度一掃させていただいた悪魔軍はどうやらこの辺り一帯の村々を襲ったようだった。

 戦闘態勢を解いた一行は村人から感謝の意を表され。
 簡単な歓談が落ち着いた頃、一人の女の子がフェニックスにその包みを差し出したのだ。

 「ありがとうございますっ。それで、その・・・、これっ、受け取って下さいっ!」
 顔を真っ赤にしたその様は、フェニックスとしては何が何だか分からない。
 ただ分からないなりにその娘の必死さが伝わり、そしてこの天使はそういう気持ちには真摯に対応する性格で。
 「えっ、あ?うん、ありがとう。」
 にこっと、(知らない人が見たらサワヤカな)笑顔で受け取った。

 何せ知らなかったのだから。
 それがこの辺りの若い世代を中心に広まったイベントで、要は女の子が好意を持った男性にチョコをあげるものだなんて。
 ―、と一口に『好意』といってもそれは『恋』だったり『仲良し』だったり『尊敬』『感謝』だったり。

 なので。
 
 「へ?『ありがほう』なんじゃはいの?」
 チョコの欠片をくわえたフェニクスがさも当たり前のように答えた。
 アスカの『いよっ、モテルねっ!旦那っ!!』と言う冷やかしに。

 「あら、だったらフェニックス一人に渡さないでしょ?」
 アムルがひとさし指を口につけてそれを訂正する。
 なにせ現場に居合わせたのだ。
 
 これはやっぱり本気で本当ねっ☆

 この展開は不謹慎ながらもわくわく・どきどきなのは、それはもう女の子のサガだ。

 「『代表』ってことだよ。」
 チョコが口の中で溶けていく中、フェニックスがきょとんと答える。

 そりゃあ好意を抱かれるのは嬉しいけど、だからといってそれは飛躍のしすぎに思えてならない。

 「ばーか。『代表』ってんなら俺だろっ。」
 そんなの比べなくても一目だとティキが自分に指差す。
 「あれ?自分か渡されなかったからひがんでんの?ティキ〜。」
 が、フェニックスはその言葉を都合のいいように受け取った。

 当然ー・・・。
 「だ、誰がひがむかよっ!だいたいそんな得体の知れねーもんっ、毒でも入ってたらどーすんだっ!!」
 「毒うっ!?今、さっき、おいしそーにぱくぱく食べてたじゃんっ!!」
 僕があげたチョコをっ!!
 「あ、あれは〜・・・、っあれはおまえが食っても何ともなかったからなっ!!」
 毒味を確認してから食ったんだっ!
 「よっく言うよっ!僕が気付かなかったと思ってんだろーけど、ティキ実は大っきい方の破片取ってったよね〜っ。」
 「なっ!?何だとっ!!てめー食い意地のはりすぎで錯覚でも見たんじゃねーのかっ!!」

 ちなみに、取った。

 「ああそうっ!そんなに言うんだったら返せよなっ!さっきあげたチョコっ!!」
 「はんっ、残念だったなっ!そいつはとっくの昔に消化済みなんだよっ!!」
 あ、それはここにいる全員。
 どーでもいい応酬を続ける二人に、アスカがふつーに思った。

 「一応チョコのやりとりをしたっていうのに、この二人は相変わらずね〜。」
 「きっとさ〜、チョコの量が足んねーんだよ。」
 「え?ってアスカっ?」
 その言葉の意味を計りかねてアムルがアスカの方を向くと、何故かドアに向かうその姿が目に入った。

 「きっとさあ〜、フェニックスだけじゃなくってティキにもチョコをあげたい女の子がいてそーだろ♪」

 だからオイラが代わりに受け取って来てやるぜっ。
 あわよくば自分宛のもあるかもしれない。

 芳しいカカオの薫りが脳裏に再現される。
 口に入れるとほろっと淡雪のように溶ける甘いそれ。

 きらきら、きらきらした私欲にまみれたその瞳に、アムルは何も言えずに見送るしかなかった。


 ら、アスカがすぐに返ってきた。
 ずかずかと。
 しかもその表情といったら・・・。

 「おいっ!フェニックスっ!ティキっ!そんな喧嘩、いい加減にしろよなっ!!」
 いつもなら圏外で終わるのを待つスタンスのアスカらしからぬ剣幕だ。
 それもあって(まだやってた)喧嘩がぴたっと止まった。

 「な、なんでアスカが怒ってんの・・・?」
 「お、俺が知るかよっ・・・。」
 お互いの胸ぐらを掴んだまま顔を合わす。
 互いが『そっちのせーだ』と視線が訴える、のを互いが気付いた。
 残る威圧の手段は押し倒してマウントを取るのみだ。
 ちなみに寝技に入ると下の方がけちょんけちょんに体力の消耗が激しい。
 ついでに間接技だってかけられほーだい☆
 一瞬の気も抜けないとぎりっと睨み合うも・・・。

 「ああっ、もうっ!それっそれっそれっーーっ!!それがくだらないってんだよっ!!」
 それはアスカの剣幕に油を注ぐだけ。
 ここに来てよーやくその憤慨っぷりにやばい雰囲気を察した。

 「わ、分かったっ!もうしないっ!しないからっ、ねっ、ティキっ!!」
 「あ、ああ。こいつが変なことしない限りはもうしねーよっ。」
 「ちょ・・・、変なことってなんだよっ。」
 「あ、悪り。おまえは存在自体が変だったよな〜。」
 「ティっ・・・!!」
 怒鳴ろうとしてフェニックスは一瞬息をのむ。
 アスカの怒りオーラが目に見えてMAX全開だったからだ。
 「やっ、やだなあ〜っ、仲良しだよ僕らっ、ねっほらっ!」
 そう言うやいなや、フェニックスはティキの顔をぐいっと掴み寄せ頬摺りなんぞして見せた。
 ぱふぉーまんすは大事。
 「なっ!?何しやがんだっ!!」
 離せっと言いかけるも、これまたティキも息をのむ。
 いらいらなアスカの背後でにこにこのアムルが笑顔で訴えていた。
 『い・い・か・げ・ん・に・しなさいっ。』と。
 ・・・、ティキは天使のほっぺを一方的に甘受するはめになってしまった。

 「ねえアスカ、そろそろ何があったか話てもらえないかしら?」
 二人の空気が険悪ながらも落ち着いた頃、アムルが切り出した。
 「・・・さっき外に出たらよー。」
 アスカの方も落ち着いたのか、しぶしぶながらも口を開いてくれた。
 そしてそれは、全く意外な話だった。

 「通路に女の子が何人かいたんだよ。んでその中にさっきフェニックスにチョコあげた子がいてさ。」
 そこで声をかけたら思いもかけない事を言われた。

 曰く、さっきのことはなかったことにして欲しい、と。

 「はあ?」
 その言葉にフェニックスが素っ頓狂な声をだす。
 「は、はは・・・。」
 ティキから乾いた笑いがもれ、やがてー・・・。
 「はっ!どうやらフェニックスっ。おまえ振られちまったみたいだなっ!」
 嬉しそうに、心底嬉しそうにばんばんその背中を叩く。
 「だっ、だから『代表』なんだからー・・・、ってだったら変か。」
 なにせフェニックスの解釈をこの場合に当てはめると。

 『チョコはあなた方へのお礼です。そしてそれを訂正します。』
 ってことになる。
 それは確かに変だ。

 「えっ?じゃあっ。あれ?でも・・・。」
 いまいちぴんとこないフェニックスだったが、その間もアスカの話は続いていた。

 「んでさあ、他の女の子達はティキにあげるつもりってんで皆チョコ持ってたんだよ・・・。」
 アスカの睨んだ通り、悪魔を追い払うティキの姿は十分彼女らを魅了していたようだ。
 「あらっ♪」
 ここにきて再び話が発展しそうでアムルの声が弾む。
 「・・・、まっそんなこと俺には興味ないことだけどなっ。」
 一見くーるにさらりと流す態度のティキだが・・・。

 嘘嘘。
 声が弾んでるって。
 といってもどちらかというと『好意』よりも『複数』ってとこに反応してるみたいなのだが。

 「で、その女の子達もあげるのやめたんだってさー・・・。」
 「へっ!?」
 今度キーのはずれた声をあげたのはティキの方だった。

 ・・・、もちろん他人の目を気にして戦闘に赴くことなどはないが、それはそれ、これはこれ。
 何故撤回などされるのか。
 興味がないといったらウソになるのだが、正直に聞くのもばつが悪い。
 じりっと胸がいらつくも、その続きはアスカの声によって聞くことができた。
 かなりいらだったその声によって。

 「だからっ、そのまま女の子達は皆行っちまったんだよっ!」
 チョコレートを持ってっ!!
 ぎりぎり歯を食い縛りながらアスカが怒鳴った。
 今日一番の怒号だ。
 それだけすごい本気で悔しそうだった。
 で、こんなに怒りをぶつけられて黙ってられない人がいまして。
 目の前の当人、その人。

 「ふっ、ふざけんじゃねーよっ!なんで俺が知らねー奴のことなんかで八つ当りされなきゃなんねーんだっ!!」
 短気っぶりはいつも通りだが今回の言い様はごもっともなものだった。
 だが。

 「ああそうさっ!!こいつは八つ当りだよっ!!」
 アスカに逆キレられた。
 「っな?」
 「目の前でっ。目の前でただでもらえるはずのチョコが行っちまったんだぜっ!?そん時のオレの悔しさが分かるかよっ!!」
 ・・・それはもらえてたとしてもティキのものなんじゃあ、とフェニックスが思った。 
 「しかもそれがあんなくだらない理由からだなんて、オイラもう泣けてきて泣けてきてっ・・・。」
 そしてアスカがよよよっと泣き崩れた。
 「あら、理由があるの?」
 「そりゃそーだよね。」
 「おいっ、それ何なんだよ。言ってみろ。」
 年長者達の口々の言葉にうなだれたままアスカが答えた。

 「・・・その女の子達さ、二人に会いに来たんだってよ。そんで部屋の前まで来て、ショックを受けたんだってさ。」
 何故?と顔を見合わす二人の横でアムルが閃いた。

 「分かったっ。きっとその子達、喧嘩してる二人を見て幻滅しちゃったんでしょ!」
 「お、おいっ。『幻滅』って何だよっ。」
 とティキが憤るも。
 「そーなんだよっ!!二人が戦ってる時の格好良さでイメージしてたのに、実際はすっっげー低レベルにじゃれてんじゃん!?」
 『は?』
 ティキとフェニックスの目が点になった。
 「女の子達はよおっ、もっと大人と思って期待してたから一気に『冷めた』って言うんだぜっ!!」
 そしてチョコに羽が生えて飛んでった。

 「て、低レベルとか、冷めたとかって・・・。」
 なんとか気を取り戻したものの、よくよく聞くと何故知らない人にそこまで言われないといけないのだろう?
 言い様のない不快感が二人を襲う中、その答えは導きだされた。

 「しょうがないわよ。サイバーアップ時が標準じゃあねえ。」
 アムルの遠い目をしたこの発言によって。

 サイバーアップ。
 それは理力の鎧を身に纏うため意識を集中集することによって成される。
 確かにテクター姿で宙を翔け、剣を振るう姿に魅了されたとしたなら。

 ここでチョコの欠片で本気で言い合いする二人との落差はスザマジイのかもしれない。
 ・・・もしかしたらこの女の子天使も多かれ少なかれのギャップを当初この二人に抱いたことがあるのか。
 だってなんか説得力があったから。

 「だ、だからってどっちも僕だよっ!」
 けれど本人としてはそれに同意する訳にはいかない。
 慌てて反論する。
 
 いくら戦闘時と普段が別人だと言われても自分は自分で。
 納得のいかないフェニックスに対してアムルが納得のいく答えを告げた。
 「・・・フェニックス聞いてなかったの?アスカはこう聞いたのよ。」

 『喧嘩してる二人を見て』って。

 「う・・・。」
 これには反論できない。
 確かにティキとはささいなことでしょっちゅう喧嘩する。
 
 対してティキはと言うと。
 「・・・。」
 その頬を一筋の汗が伝う。
 どーやらこちらも自覚があるよーだ。
 てかフェニックスと話すとどうも奴のペースに乗ってしまうふしがあるのを自認してしまった。

 「で、でもだよっ。だからって僕らが『喧嘩』したら『格好悪くなる』っていうのは納得できないよっ!!」
 惜しい。
 『格好』が悪くなる、のではなく、『レベル』が下がるのだ。

 「間違えんな。低次元になるのはおまえだけだ。」
 フェニックスの複数形にティキが冷たく言い放つ。
 こちらはちゃんと真意を理解しているのだが。

 「・・・、『ていじげん』って、なに?」
 「〜〜っ、お・ま・えの存在自体がよーちだって言ってんだっ!!」
 いちいち説明させんなっ!と激昂しながらもいちいち説明するティキなのだ。

 「・・・、その『いちいち説明』してる時点で十分レベルは低いって気付いてねーんだろーな。」
 「気付いてたらそもそも言い合いも取っ組み合いも始まらないわよ。」
 だって相手の目線まで降りていってるわけだから。
 結局同レベルが二人出来上がりってことなのだ。

 もうこの二人に女の子を魅了するような格好良さを求めてるのを諦めよう、アスカは心の中で無料のチョコに別れを告げた。
 

 で、一方で。
 「もうティキとなんか口きいてやらないからなっ!!」
 「ああ、ありがたいぜっ。おまえの語彙のなさにはうんざりしてたからなっ!!」
 「・・・はあ?『こい』?ティキ何言ってんの?」
 「『ごい』だっ、『ごい』!ボキャブラリーっ、単語の量っ!!」

 あ〜、やっぱりかまってる〜。
 アムルとアスカは呆れながら二人を遠巻きに眺める他なかった。
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