愛するがゆえ7。〜子守りの巻・前編〜

 

 

『スネイプ先生へ

華は元気です。この間、僕が床で転んだのを見て笑いました。

少しずつ感情の起伏を表現できるようになっています。

今度是非、家に遊びに来てください。

ロングボトムより』

 

『ロングボトムへ

赤子の前で転ぶというのは、あまり感心できない。

人の親になったのだから、もっと自覚を持ち行動するべきだ。

華の成長ぶりには、我輩も関心を持っている。

夏期休暇になったら、一度顔を出させていただこう。

追伸

今日の講義、90分で3回の爆発は我輩とマルフォイの心臓に悪い。

以後気をつけて行動したまえ。

S・S』

 

『スネイプ先生へ

この間の話ですが、お義父様から「楽しみにしている」と伝言です。

お義母様も、お祖母様も、僕たち親子も先生がいらっしゃるのを今から楽しみにしています。

最近の華は、離乳食を良く食べて、ホッペがぷくぷくしてきました。

指でつつくとぷにぷにしていて、触り心地が良いです。

お義父様に撮ってもらった写真が出来たので、レポートの間に挟んでおきます。

ロングボトム』

 

『ロングボトムへ

ルシウスから我輩の所へ「いつ来るのか」と催促が五月蝿い。

お前たちからも自粛しろと伝えていただきたい。

写真受け取った。

お前に似ている。

S・S』

 

 

 

 

「ネビル・・・・・・楽しそうだな」

採点で真っ赤になって返ってきた、点数65点のレポート用紙に目を通すネビルに、ドラコがつまらなそうに声をかけた。

決して良いとは言えない点数。それなのに、ネビルの表情は楽しそうに緩んでいる。

「だって・・・・スネイプ先生、ハナが僕に似てるって・・・・嬉しいな」

ネビルが言葉どおり嬉しそうにドラコに振り返った。

その笑顔は、ドラコの姿を視界に捕らえた途端に苦笑に変わった。

拗ねてブスくれた顔。・・・・折角の美丈夫が台無しだ。

「パパ、拗ねちゃ駄目だよ」

ネビルがくすくす笑って、ドラコを手招く。

ようやくネビルに構ってもらえたドラコは、素直にネビルが座っているソファーに近付き、少しだけ甘えた仕草で抱きついた。

「・・・ハナのママである前に、僕の妻だという事を忘れるなよ?」

拗ねた口調でそんな事を言うドラコに、ネビルは呆れてしまう。

『僕だってハナの親だ!』なんて言って、怒っていたのはついこの間の事だと言うのに・・・随分と子供っぽい言い分だった。

けれども、まぁ・・・・年齢を考えれば、無理も無く・・・・・ないか。

「勿論、忘れてませんよ?旦那様vv」

そう言って、ネビルはドラコの前髪に可愛らしくちゅっとキスを送った。

それを確認し、ドラコが嬉しそうにくすくすと笑う。

「場所が違うんじゃないか?」

そんな事を言いながら、ネビルに圧し掛かる。

「んもぅ・・・・・昼間っから発情しないでよ」

困ったように言うネビル。でも、まんざらでもない様子で、ドラコを押しのけないばかりか、その首筋に慣れた仕草で腕を回した。

 

「折角、休日でも無いのに昼間から一緒に居られる日に、スネイプ教授からの手紙に夢中になって僕を構わないネビルが悪い」

あと数センチでネビルの唇を奪える位置に唇を固定して、ドラコが悪戯っぽく言い放つ。

「えぇ〜?・・・そんなこと無いよぉ・・ちゃんとドラコの事も考えてるんだから」

ドラコの言葉に、ネビルは心外そうに反論した。

「へぇ・・・例えば?」

ネビルの言葉に、ドラコは興味深そうに笑って、ネビルの唇に指を添えた。

「例えば・・・・・・こうやって、いつでも押し倒せるようにソファーに座ってたでしょ?」

ネビルは、とって付けたような言葉を吐いた。

別に、押し倒される事を予期してソファーに座っていたわけではない。ネビルはただ、椅子に座っていただけだ。

ドラコは苦笑した。

最近、ネビルは人のあしらい方が上手くなった。

臨機応変に対応する・・・という事が身に付いて、場の状況に応じて白を黒とまでは行かなくとも灰色くらいまでなら取り繕える。

この図太さが、人の親になる・・・と言うことなのか。

まぁ、どちらにしても・・・例え、ネビルの即席の言い訳だとわかっていても、ネビルの言葉にドラコが嬉しくなってしまうのは事実。その時点で、ドラコの負けだった。

「では、お望み通りに甘い陶酔に誘ってさしあげましょう」

馬鹿みたいに芝居めいた台詞をこぼして、ドラコはネビルの首筋に唇を落とした。

「んあっ・・・・ん・・・・・ドラコ・・・そこ、跡付けちゃ・・・・駄目・・だよ?」

肌に触れるぬるりとした感触に、身体をビクリと跳ねさせながら、ネビルは余裕をかましてそんな事を言う。その余裕が気に食わないドラコは、ネビルが嫌がったその場所に、ワザと赤い花を咲かせた。

 

「意地悪・・」

はっきりと意思表示をしたのに、それを聞き入れてもらえなかったネビルは、頬を膨らませてドラコを見上げた。

「その顔・・・・僕を誘っているとしか思えないな」

ネビルの拗ねた意思などどこ吹く風・・・そんな体を崩さないドラコは、噛み合わない会話をしながら行為を続ける。妖艶に微笑んだあと、ネビルの唇を塞いでしまう。優しく唇を押し割られ、次いで歯列を開かせられる。慣れたその感触に、ネビルは待ちきれない・・・とでも言いたげに、ドラコの舌が口の中に入ってきた瞬間には、もう自分の舌を絡めてきた。

子供が出来てから、今まで以上に自分たちの行為の責任を重く感じている2人。

若さゆえに求めてしまう熱を、ときに誤魔化し、ときに無視して、必要以上の行為を躊躇うようになった。増してや、どちらか一方の我侭で行為を強要するなんて・・・出来なくなった。

欲情に負けて人目のつく場所で行為に及んでしまったら・・・もし、誰かに2人の関係が露見してしまったら・・・・2人だけの問題じゃない。家族に、・・・ハナの将来に関わってしまうのだ。故に2人は約束をしたわけでも無いのに、ドラコの部屋以外では性交をしなくなった。それ以上に、普段の生活では2人の接点を全くと言って良いほど無くした。

ハリーと一緒に居ない時、ドラコはネビルに何も言わないし、ドラコが行きそうな場所へネビルは決して足を運ばない。

唯一接点があるとしたら、魔法薬の授業中くらいなもので・・・その時にだって、ドラコは眉間に皺を寄せるフリをしていたし、ネビルはドラコとの距離を必要以上に空けて座った。

学生と言う不安定な時期に、自分たちの過ちによって生まれてしまった子供。その責務を負う親として、2人は精一杯試行錯誤を繰り返している真っ最中だ。

だから、今日のように2人揃っての帰省を許されている休日でも無い日に、昼間から一緒に居られる日なんて本当に稀で・・・一度触れてしまったら、2人とも水を得た魚の如くお互いを求めてしまう。

「ん・・・・ふぅ・・・・んぁ」

昼間でも、太陽の光が届く事の無い地下室。薄ら寒いその場所が、2人にとっては安らげる場所。その部屋の中に響く声は、甘美だ。

安心も、信頼も、愛しさも、全てが詰まった気持ちを確認しあう場所で、愛しい人の体温を近くに感じられる事が今の2人にとっては、精神安定剤に近い意味を持っていた。

零れる喘ぎも、掠れる吐息も、全てが大切で、必要な物。

求めてくれる身体があれば、甘く囁いてくれる声があれば、自分を受け止めてくれる身体があれば、明日を頑張って生きていけるから。

 

 

 

2人が甘い衝動に陥落してしまう直前、それまで2人の唇同士が交わる淫靡な音が支配していた部屋の中で、新しい音が生まれた。

暖炉の方から、薪が爆ぜる様なパチパチという音。

いち早くその異変を察知して、ドラコはネビルの唇を開放し、背もたれで絶たれた視界を、上体を起こして開けさせた。

暖炉で灯した覚えの無い緑色の炎が燃えている・・・・誰か来る。

そう思ったときには、自分に次いで異変に気づき、上体を起こしかけているネビルの身体を抱き寄せて、少しだけ肌蹴た襟元をドラコは器用に直してやっていた。

2人は怪訝な表情で、お互いの顔を見合わせた。

週末でもない、普通の日。今日はたまたま午後の授業が休講だっただけで、普段なら誰も居ないこの部屋に、一体誰だろう。

2人の脳裏に、不安と疑念が渦巻いた。思わず寄せ合った身体。ネビルの身体をしっかりと抱き締めたまま、ドラコは静かに杖を抜いた。

緑の炎の中に、ゆらりと人影が現れ・・・・少しずつ形をクリアに成していく。

そして現れたのは・・・

 

「父上?」

「お義父さま・・・」

 

ルシウスだった。

息子夫婦に名前を呼ばれ、どこかほっとした様子で暖炉から出てきた。

「2人とも・・・邪魔をしてすまないな」

そんな事を言いながら、常の彼らしくも無く視線を彷徨わせている。

そんなルシウスの様子に、2人ともピンときた。

また何かやらかしたんだ・・・。

思わず漏れた溜息は、見事なくらい2人同時だった。

 

 

 

 

「で?・・・どうしたんです、急に・・」

テーブルを囲んで、ルシウスと対峙し、ドラコが問う。

ネビルは慣れた手つきで3人分の紅茶を用意している。

夫婦である2人にとって、この部屋は我が家同然。見ていたルシウスは、まるで新婚夫婦の家を訪ねたような錯覚に陥るくらいだ。学生時代に、自分もこの部屋を使っていたが・・・その頃には感じなかった、言葉では表現できない暖かいものがこの部屋には満ちていた。

「いや・・・・・それがだな・・」

ルシウスの言葉は、とても歯切れが悪い。

大方、なにかヘマをやらかして・・・・ナルシッサと祖母にこっぴどく叱られてきたのだろう。突然捨てられた飼い犬のように、その表情は情けない。

「お義父さま、どうぞ」

そんなルシウスを気遣ってか、ネビルは微笑みながら用意が出来た茶器をルシウスの前に差し出し、ドラコの隣に腰を下ろした。

「ありがとう、ネビルくん」

へこんでいた心にネビルの優しさが染みたのか、ルシウスも笑顔を覗かせた。しかし、それもドラコの一睨みで消え失せた。再び、今にも首を垂れて項垂れそうなくらいに落胆の表情を晒す、・・・・魔法界の大物ルシウス・マルフォイ。

世間一般的に地位は相当高い彼も、家族の前では結構ぞんざいな扱いを受ける。それと言うのも、孫のハナにべったりで常軌を逸した変態行為を繰り返しているからだ。

まともに言葉を紡げぬうちから自分の事を「ルーシー」と呼ばせようと躍起になったり、顔中を嘗め回す勢いでキスをしたり、一日に100枚単位で写真を撮る事もざらだ。

それでなくてもネビルに邪な視線を送っては、ドラコや祖母、ナルシッサにまで警戒されているのだ。

 

「それで?用件はなんです?」

ドラコが先刻よりも少し強い口調で、再びルシウスに問う。

ルシウスは一度咳払いをし、なけなしの体裁を整えた後に話を始めた。

「実は・・・・来週の水曜から1週間、私とナルシッサが出かける用事が出来てしまったのだ」

真面目な顔に、少しだけ不安を覗かせてルシウスはそう口火を切った。

「・・・え?でも・・・確か来週は、お祖母様も出かけるって・・・」

ルシウスに答えたのは、ネビルだった。

その言葉に、ルシウスは苦い顔で頷いた。

「・・・・・・最悪ですね」

ドラコはそんなルシウスに、敵意に似た視線を送って言い捨てた。

「すまない」

ルシウスは心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を吐いた。

前回の・・・ハナが熱を出した時もそうだったのだが、マルフォイ家の使用人は今全員が休暇中なのだ。それも、半年間と言う長い時間に渡って。ハナが生まれた時に、勝手に記憶を操作してしまったお詫びとして、ドラコとネビルが提案し、受理されたのだ。代わりに、ハウスエルフが何匹か期間限定で雇われている。

マルフォイ夫妻も、祖母も、世間的にドラコたちの結婚を公表できない現状で、ハナを連れて出かける事は出来ない。かと言って、ハウスエルフに大事な孫(ひ孫)を任せるほど、マルフォイ夫妻も、祖母も神経が図太く出来ては居ない。つまり、3人が同時に出かけてしまったら、ハナの面倒を見る者がいなくなってしまうのだ。

この場合、親であるドラコたちが一時的に引き取る以外に方法は皆無だ。

突然出来た用事が何だかは知らないが、どうやらルシウスに全ての責任があるらしい。完全に萎縮しきっている彼を見れば、そんな事は明白だった。まぁ、明日になればいつもの尊大な態度が復活しているだろうけれど・・・・元来ルシウスはいろんな意味でポジティブ精神の持ち主でもあった。

 

 

そんな訳で、急遽ドラコたちは事情を知る教授陣に協力を要請する事になった。

ルシウス同伴でダンブルドアの所へ行き、スネイプとマクゴナガル、マダムポンフリーを呼んでもらった。

 

「・・・・と言うわけなのです」

ルシウスが、家長らしく全てを告白し終わると、ドラコたちの時と同様、マクゴナガルとスネイプは呆れた顔で眉を顰めた。

「では、ここでハナを預かる他に方法は無いようじゃな?」

ダンブルドアはどこか楽しげにそう言った。

「可能ですか?」

思わず聞き返したのはドラコだった。

出来る事なら、そうしたいけれど・・・教授陣には今までにも散々我侭を聞いてもらっている身で、これ以上の我侭は気が引けた。

「無論じゃ、幼子を1人には出来まい?・・・のう、セブルス」

にっこりと微笑んだダンブルドアは、よりによってスネイプに同意を求めた。

スネイプは困ったような仏頂面で、小さく頷いた。

「ありがとうございます」

ドラコが礼を言う前に、ネビルが立ち上がり、先に礼を述べていた。

普段からスネイプとプチ文通をしていたネビルは、スネイプに一際親近感と恩義を感じていたのだ。

ネビルの感謝の意を真っ向から受けたスネイプは、少しだけ照れたように視線をネビルから外し、無言で座るようにとジェスチャーでネビルに促す。

それににっこりと微笑み、一度お辞儀をしてからネビルは椅子に座りなおして、隣に座るドラコを見上げた。その視線に「良かったね」と意思が込められている事を悟ったドラコも微笑んで、ネビルに頷きを返す。完全に2人の世界。見ていて目が痛くなるくらいのラブっぷりに、居合わせた5人はそれぞれに苦笑したり、微笑ましげに眺めたり・・・羨望の眼差しを向けたりしていた。

「しかし・・・あなたたち、授業にはちゃんと出てもらいますよ?」

次に口を開いたのは、マクゴナガルだった。

「それは、勿論です・・・・先生方や、他の生徒たちには決して迷惑はかけません」

英知を備えた彼女の言葉に、ドラコは毅然とした態度でそう言い切った。隣でネビルも深く頷く。

子を成し、親となったドラコはマルフォイ家の次期当主としての威厳を早くも備えていた。その物言いと佇まいは、学生と言う現状を抜け出しさえすれば、直ぐにでも社会人として通用しそうなくらいしっかりとしていた。

ドラコの瞳に宿る本気を吟味していたマクゴナガルは、揺ぎ無いその意思をその中に見て取って頷いた。

「わかりました・・・でしたら、私はあなた方に全面的に協力しましょう」

そう言って、かすかに笑みを見せてくれさえもした。

「ありがとうございます」

今度もネビルが礼を言った。

「私もです・・・・出来ればついでに、ハナちゃんの健康診断もしてみたいわ」

そんな事を言って微笑んだのは、昨年度ハナの出産を一番応援してくれていたマダムポンフリー。

2人は「是非」と頷き、頭を下げた。

 

話し合いの結果、日中両親が授業に出ている間、3人の教授が交代でハナの面倒を見てくれる事になった。ネビルは外泊許可を取り、ドラコの部屋に泊まる準備も整えた。

 

 

 

そうして迎えた約束の水曜日。

朝食が始まる前に、ルシウスと祖母がハナを連れてホグワーツを訪れた。場所は勿論、ダンブルドアの部屋。

「ハナ・・・・ハナ、ハナ〜」

ネビルは朝からテンション高めに、我が子を抱いてはその名前を繰り返す。ハナもハナで、ネビルの声音に嬉しそうにきゃっきゃっと両手をバタつかせて笑っている。

「・・・・・おい、ネビル・・・そんなに呼ぶなよ、親馬鹿丸出しだ」

少し呆れてそう言ったドラコが、ネビルの腕からハナを奪ってしまう。

「パパだって親馬鹿だよねぇ〜」

ネビルはぷうっと頬を膨らませてそう言いながら、ドラコの腕の中のハナに話し掛けるのを止めない。

「ママほどじゃないさ」

ドラコはさらりと交わして、ハナの頬をぷにぷに突付いた。くすぐったいその刺激に、ハナはきゃあきゃあ言って喜んだ。

「あ〜ぁ、・・・・だ〜だぁ・・・・あっくぅ〜」

自分に語りかけてくる両親に答えるように、ハナは小さな唇で一生懸命言葉を紡ぐ。「あ〜ぁ」はママで、「だ〜だぁ」はパパ。最近翻訳できるようになったハナ語だ。

「偉いなハナ、ちゃんと僕たちを呼べるじゃないか」

ドラコは嬉しそうに微笑んで、ハナの頭をなでてやる。

「・・・・・・親馬鹿」

そんなドラコを見て、ネビルはさっきの仕返しとばかりに言い放つ。

「そんな事無いぞ?ネビルだって嬉しいだろう?」

ドラコは否定するでもなくそう言って、ネビルを見据える。ネビルの顔だって、ドラコと変わらないくらいに笑顔だ。

「だって、・・・ハナ可愛いもん」

ネビルは笑みを濃くしてドラコに悪戯っぽい視線を向けて、そのまま視線をハナに戻す。

「ネビルだって負けてない」

「・・・・・お馬鹿」

ドラコがぽつりと付け足した言葉に、ネビルは顔を真っ赤にしてドラコを睨む。それを受け止めたドラコは、悪戯っぽく微笑んだ。

週末から3日と経っていないのに、2人の親馬鹿っぷりは凄かった。ついでに、夫婦のラブッぷりも絶好調だ。

 

初めてそれを目の当たりにした、マクゴナガル以下3人の教授陣。込み上げる困惑と頭痛を否めない。唯一、ダンブルドアだけがにこにこと笑っている。

2人が夫婦だと理解はしている。子供の存在も知っているし、実際に見てはいた。しかし・・・3人揃うと、改めて彼らが家族なんだと実感する。

「ごめんなさいね、・・・・ミネルバ、いつもあぁなのです」

仲良さ気な親子の様子を、目を瞬かせて見ていたマクゴナガルに、溜息混じりに祖母が声をかけた。

「いえ・・・・そんな・・大丈夫、私は正気ですよ」

動揺を隠し切れないマクゴナガルの言葉は、少々ちぐはぐだ。祖母は苦笑するしかない。彼女だって最初は戸惑ったし、呆れた。我が子恋しさに2人が学業をおろそかにしていないか、気が気ではなかった。でも実際には、2人は立派に公私を使い分けている。マクゴナガルやダンブルドア、ポンフリーに聞いた限り、2人の成績が落ちたという話は無かったし、子供の事が誰かにバレたという話も無い。それどころか、2人の恋仲についても噂にすらなっていならしい。そんな2人が、週に一回許された我が子との逢瀬なのだから、積もり積った鬱憤が爆発してしまっても仕方が無い事だと・・・今ではそう理解できる。

「そう、なら良いのだけれど」

マクゴナガルの動揺を落ち着かせる為にか、祖母はそう言って彼女の手を取った。・・・・遠い、学生時代、2人はよくこうやってお互いの友情を確かめ合ったり、感謝したり、慰めたりしたものだった。

「あぁ・・・・でも・・・・・どうしましょう、私ったら・・夢を見ている気分です」

親友の懐かしい仕草に、ノスタルジーと共に混乱が増大してしまったらしいマクゴナガル。更にそんな事を言った。それに微笑んで、祖母は彼女の手を握り続け、彼女の常の冷静さが戻るのを待った。

 

そんな2人の隣では、ルシウスが真面目な顔でスネイプに詰め寄っていた。

「くれぐれも、・・・・ハナの事を頼んだぞ、セブルス・・・もしも、かすり傷でもしたら、命は無いものと思えよ?」

スネイプの両肩を強く掴み、物騒な事を次々と口走る。

「・・・・わかった」

スネイプはうんざりと、面倒くさそうに頷いた。

「いいか、少しでもおかしくなって・・・・・」

ルシウスの話は終わらない。捕まってしまったスネイプは、面倒くさそうに「あぁ」とか「うむ」とか擬音を発しては首を縦に振る動作を延々繰り返した。

 

「まぁ可愛らしい・・・・こうして見ると、貴方たち親子なのね・・・そっくりよ」

何時の間にかネビルたちの輪に加わっていたマダム。にこにこしながら、ハナの頬を指先で撫でたり、髪を撫でたりしている。

「スネイプ先生も、僕に似ていると言ってくださったんです」

ネビルもにこにこと返事を返す。

ハナを抱いたドラコも、我が子の話題に嬉しそうに笑っている。

「マルフォイにも似てるわね」

「そうですか?」

「えぇ、将来は貴方に似てくるんじゃないかしら」

「へぇ〜・・・・ハナ、将来は美男子だって!良かったねぇ・・・・女の子、泣かせちゃ駄目だよ?」

「おい、ネビル・・・」

「ドラコも駄目だよ?」

「・・・・・・・・わかってるさ、それに僕が泣かせてきたのは君だけだ」

「胸を張る所が違うよ」

「あらあら」

妊娠発覚の時から親子の面倒を傍で見てきた親近感か、マダムは夫婦のラブ光線にしっかり馴染む事が出来ていた。

 

 

しばらくは、そんな状態でそれぞれに話をしていたが、祖母はふと時計に視線を動かし、ルシウスに声をかけた。

「あら大変、・・・・ルシウス、馬鹿な事でスネイプ教授を困らせていないで、そろそろ行かないと・・・間に合わないんじゃなくて?」

祖母の声に、ルシウスも時計を見て頷いた。

「では、セブルス・・・くれぐれも・・・・」

「ルシウス、早くなさい!」

「・・・・・・・・・・・・わかりました」

完全に主導権を握っている祖母・・・・ドラコとネビルは、再び同時に溜息を吐いた。どうやら今朝も・・・・ルシウスは何かやらかしたらしい。・・・全く、本当に大物な人だ。

 

「では・・・・ベビーベッドはどちらへ運んだら良いかしら?」

祖母の言葉に、真っ先に返事を返したのはマダム。

「授業を持っている先生方と比べて、私の所へ居る時間が長いでしょうから・・・・出来たら私の部屋に」

マダムのその正当な言い分に、祖母はにっこり頷いて真っ白い布を取り出した。

その布を床に敷き、魔法でゆっくりと持ち上げると・・・・・布と床の間にベビーベッドが現れた。この白い布、実は双子の「W・W・W商品」の1つだ。煙突飛行粉の応用で、一定区間の物体を布によって引き出すことが出来る。祖母たちは、表の馬車の荷にベビーベッドを持ってきていたのだ。・・・勿論彼らの商品価値は、この便利な使い方ではなく、実物大びっくり箱の売り文句。

「ではマダム、よろしくお願いします」

「えぇ、任せておいて」

祖母からベビーベッドを託されたマダムは、自信たっぷりに微笑んだ。

「私も持ってきたのだが・・・」

次に、ルシウスが言った。

今回は一箇所にハナを留めて置けないので、そのつどベビーベッドを移動するのは困難だし面倒だ。数があったほうが良いだろう・・・と言うことで、ロングボトム家、マルフォイ家、どちらの家からもベッドを持ってきたのだ。

しかし、いかんせん数が足らない。

ダンブルドアがハナを一時的に見ることはあっても、授業を持っていない彼は、校長と言う役職柄外出も多いので、ベッドを置いていてもハナを寝かせる暇も無いだろう。

「わしの所は必要無さそうじゃな」

ダンブルドアは早々に辞退した。

「僕たちも、必要ありません」

次いで、ドラコも。

家に居るわけでも無いし、家事をやる必要もない2人。2人一緒に居れば、風呂やトイレなどで1人が目を離しても問題ないし、ハナを挟んで川の字で眠る事にも慣れていたから。

残るベッドはあと1つ。子守候補はあと2人。

マクゴナガルが、スネイプをちらりと見た。子守を引き受けたとはいえ、授業の空き時間を遊んで過ごしている訳ではない教授職。その間に、授業の用意やレポートの採点などを行う。かかりっきりでハナと遊ぶのも良いが、ハナがもし眠っていたら・・・その間に目を離して、一時通常の業務にもどるかもしれない。・・・出来れば、ベビーベッドを置いておきたい。マクゴナガルの視線には、そんな意味が込められている。

「・・・・・我輩は・・用意してある」

そんなマクゴナガルの視線を受けて、スネイプが発した言葉に、その場に居た全員が目を見開いた。・・・・今の言葉は・・聞き間違いだろうか?ダンブルドアさえ目を見開いて、そんな顔をしていた。

 

「ぶなの木製、床板三段階調節、前柵上下移動式、かた綿マットレスに、羽毛敷、掛布団、綿毛布・・・・・それから、まくらは低反発素材・・・・・・無論、玩具、その他も揃えてある」

驚く面々を前にして、スネイプはつらつらと自分の部屋の状況を語った。

一体・・・・あの薄気味悪い地下室に、どうやってそんなメルヘンでファンシーなものを並べているのだろうか。変身学教授で、想像力に長けているはずのマクゴナガルでさえ・・・・全く、微塵も、想像できない。

皆の視線に晒されたスネイプは、居心地悪そうに眉間に皺を寄せた。

「・・・・・あ、・・・・・もしかして、先生・・・・僕の話を、参考にしてくださったのですか?」

そんなスネイプを見ていて、ネビルは思い立ったようにそう言った。その言葉に、スネイプは小さく頷いた。

「ありがとうございます・・・・・ハナ、お礼を言おう?」

ネビルはスネイプに深々と頭を下げて礼を言った後、ドラコの腕からハナを取り上げ、スネイプに一歩近付いた。

「スネイプ先生が、ハナの為にベッドを用意してくれたよ・・・・ありがとうって言おうね」

ハナの耳元で優しくそう言ったネビル。果たしてハナはそれを理解しているのか、・・・・・わからないが、ハナはスネイプを不思議そうに見上げた。

幼子の視線に晒されたスネイプも、静かにハナを見ていた。

「・・・・あぁ〜・・・くぅ〜・・・・あ〜あ、・・・う〜ぁ・・・」

スネイプの視線に何を感じ取ったのか、ハナは可愛らしい声を発して、スネイプに向かって小さな両手を伸ばした。

ネビルはにっこり笑って、それから当然のようにスネイプに向かってハナを差し出した。思いもよらないネビルの行為に、戸惑いを見せたスネイプだったが、結局はぎこちない仕草でハナをその腕に抱いた。初めて抱かれたスネイプの纏う薬品の匂いに、ハナは不思議そうにスネイプとネビルを見比べている。

「ハナ、・・・・スネイプ先生、だよ」

スネイプの腕の中の我が子に、ネビルは優しい声で語りかける。

するとハナは、少し首を傾げた後に小さく

「すぅ〜ぇ?・・・・」

と、ネビルに聞き返した。

「スネイプ先生・・・・頑張って、言えるから」

ネビルは根気強くハナに教え続ける。

「う〜ぇ?」

しかしハナには「スネイプ」の発音は難しい。何度やっても、ちゃんと発音できなかった。

「・・・・・・セブルス、・・・で良い」

それまで黙って目の前で繰り広げられる親子の様子を見ていたスネイプが、ぽつりと言った。

「・・・・・・・先生?・・・あの、良いんですか?」

驚いてネビルが問い返すと、スネイプは頷いた。

 

「セブルス・・・・ハナ、言える?」

再度ネビルがハナに言うと、ハナは目をぱちくりと瞬かせた後言った。

「えっぶ〜・・・・」

「ぶ〜」の所で力み、唇をぶるぶるさせた。思わず会話の当事者3人以外、そこに居た全員が吹き出した。

「ハナ、・・・セ・ブ・ル・ス・・」

ネビルはもう一度、ハナに教えた。

「・・・・せぇ〜っぶぅ〜・・・」

ハナはやっぱり、「ぶ〜」の所で唇をぶるぶるさせた。どうやら、この遊び(?)が気に入ってしまったらしい。

「・・・・ハナ・・・ちゃんと覚えようよぉ〜」

ネビルは困った顔でハナの頭を撫でた。嬉しくなったのか、ハナは更に「ぶ〜」「ぶ〜」言った。

「ロングボトム」

困り果てたネビルに、スネイプが声をかけた。

「・・・もう良い、『セブ』と呼べただけでも充分であろう?」

少しだけ柔和な表情で、ネビルを見て、ハナを見る。

スネイプのその視線の中に、優しさと悲しみが混同している気がして、ネビルは胸が小さく痛んだ。

ベビーベッドの話は、レポートの度にスネイプと交わしているプチ文通の中で、ネビルがちらりと書いていた。「ぶなの木はシックハウスになりにくい」とか、「低反撥枕がハナのお気に入り」だとか・・・短い文章の中の、更に短い一文だった。それをスネイプは全て覚えていてくれたばかりか、たった2、3日の為だけに全てを揃えてくれたのだ。・・・・ハナの為に、・・・失ってしまった我が子を重ねて。

「・・・・・先生・・・」

ネビルはそんなスネイプにかける言葉が見付からず、言葉を続けられなかった。

「気にするな・・・・もぅ充分、お前の気持ちを受け取っている」

そんなネビルの頭を撫でたスネイプは、ネビルにだけに聞こえる小さな声でそう言った。

片手でハナを抱いたスネイプは、少しだけ肩に担ぐような体制になった・・・・・事件が起こったのはその時だ。

「・・・・・・・・・・先生・・・」

ネビルが目をうるうるさせてスネイプを見上げた、その瞬間。

 

スネイプの肩に腕をかけて、上体を動かしたハナは、スネイプの頬に顔を近付けて・・・・ちゅvvv

 

ハナの柔らかい唇が、スネイプの頬に触れた。

「「あぁっっ〜〜〜〜〜っ!!!!!」」

そして聞こえる絶叫。

マルフォイ親子(ハナ馬鹿親子)だ。

2人揃って大きな声を上げるその姿に、一番驚いたのはハナ本人だ。自分のした事の罪深さすら理解できていない幼子は、突然鼓膜を襲った大声にビクリと身体を強張らせて、火のついた様に泣き出した。

「ぎゃぁぁぁ〜うぅ・・・・びえぇぇ〜ん」

呆れた表情でマルフォイ親子を見ていたスネイプは、自然な動作でハナを腕に抱いたまま、小さく身体を揺らせてあやした。その慣れているようにも見える安定した動作に、ネビルは驚きに感嘆の溜息を吐き出した。

子守道具だけではなく、子守の動作まで完備しているスネイプに、もう言う事なんて無い。安心してハナを預けられる・・・そう思った。

抱かれ慣れない感触ではあったが、自ら唇を寄せて信頼を示しただけあって、スネイプの腕の中のハナは直ぐに泣き止んだ。

「あ〜ぁ、・・・・・だぁ〜だ・・」

さっきまでの余韻を瞳にたくさん溜めながら、ハナはスネイプの肩口に頬を摺り寄せてにこにこしている。

「先生、すっかりハナのお気に入りですね」

ネビルが言うと、スネイプは苦笑した。

「そう思うかね?」

少しだけ自信なさ気にそんな事を言う。ネビルはにっこりと頷いた。

 

「完全におかぶを奪われたようですわね」

スネイプにすっかり懐いてしまったハナを見て、祖母はちらりと横の2人に冷ややかな視線を向けた。

彼女の視線の先に居るマルフォイ親子は、複雑な表情でハナとスネイプ、ネビルを見ていた。・・・視線の先の3人の姿は、まるで親子のようだった。すっかり懐いたハナはスネイプに頬をすりすり。それを抱くスネイプは、満更でも無い柔和な表情。2人の前に佇むネビルは、まるで聖母の様な穏やかな顔をしている。

「こうしてみると、セブルスもなかなか絵になるわねぇ」

そんな2人に追い討ちをかけるように、マダムが言った。

「ロングボトムも最近セブルスに懐いているようですしね」

そして更にマクゴナガルまで・・・。

2人の顔色が見る間に変わっていくのを、ダンブルドアは楽しそうに眺めている。

最愛のハナがスネイプを気に入っただけでも大問題だというのに・・・・更に、ネビルまでスネイプとの新密な繋がりが発覚してしまって・・・・・・・夫として、父として・・・更に祖父として、マルフォイ親子の杞憂はどんどん大きくなっていく。2人は拳に次いで唇を硬く結び、胸に渦巻く嫉妬と焦りをどうにか抑えようとする。

 

「ロングボトム・・・・そろそろ時間ではないのかね」

スネイプが思い出したように言った一言で、その場に居た全員がそれぞれの時計に視線を向ける。・・・・朝食が始まっている時間だった。

「・・・・いけない、ドラコ・・・もう行かなきゃ」

ネビルがドラコを振り返る。それにドラコも頷いた。

「ルシウス、私たちもそろそろ・・・」

次いで祖母もそう言って、ルシウスを急かす。

4人はバタバタと慌しく動き始め、挨拶もそこそこに部屋を出て行く。けれど全員が全員、ハナへの挨拶だけは忘れなかった。

「ハナ、行ってきますね・・・・皆さん、ハナを頼みました」

そう言って、祖母がハナの額にキスをした。

「ハナ、私の事を忘れないでいてくれよ?」

そんな事を言って、ルシウスはハナの頬に頬擦りとキスを。

「先生、ハナをお願いします・・・・ハナ、また後で・・いい子にね」

ネビルはその場に居た教授全員に頭を下げた後、ハナの額にキスをした。

「僕からも、よろしくお願いします・・・・・ハナ、先生方に迷惑をかけてはいけないぞ?」

ドラコも頭を下げた後、ハナの前髪を撫で、唇にキスをした。

そうして、嵐のように去って行く両家を見送って、残された教授陣は込み上げる苦笑を否めなかった。

なんだかんだ言って、皆ハナにめろめろだ。

 

「さて、我々も食事を採らねばならぬの・・・・子守は体力勝負じゃ」

ダンブルドアのどこか楽しんでいるようなその一言に、子守を引きうけたは良いが、実は誰1人として育児の経験が無い初心者の教授陣は、気を引き締めたのだった。

 

 

 

 

「ロングボトム、・・・少し残っていただけますか?」

午前の授業が終わる鐘が鳴った途端、ネビルはマクゴナガルにそう呼び出された。

授業中、たいして失敗をしていなかったネビル。どうして彼が残されるのか理由のわからない彼の親友たちが、怪訝な顔で彼女を見た。

「はい・・・・ごめんね、皆先に行っていて?」

けれどネビルは素直に頷き、彼女の指示に従った。

そして仲良く奥の扉の中へと消えていく2人。

「・・・・・ネビル、最近呼び出し多くない?」

「うん・・・・・なんか・・隠してる感じ・・・」

それを見送りながら、ディーンとシェーマスはお互いの顔を見合わせては首をかしげる。

「・・・・・・・」

2人の会話を聞くともなしに聞いていたハリーは、どこか思案している様子でぼんやりと空を見詰めている。

何かが引っかかっているような・・・・そんな気がする。勿論、確証があるわけではないのだけれど・・・何か・・・・自分は、ネビルの事で何か知っていた気がする。彼の人に言えない秘密・・・そう、多分ドラコとの事で。・・・新学期が始まってから、彼らの関係にハリーはずっと引っかかるものを感じていた。そもそも、婚約・・・と言う所からおかしかった。愛し合う2人が、両親に認めてもらえたのは嬉しい事だ。親友として、本当にそう思う・・・・のだが。どうして、今のタイミングだったんだろう。別に、卒業してからでも良かったのではないか?学生として、一番無難なタイミングは、やっぱりそれしかない。なのに何故2人は、こんな中途半端な時期に、それも婚約なんて大事な事を決めたのだろう。卒業し、就職や進学を迎えた後心変わりする可能性は完全に払拭できない、この時期に・・・・。こんなに早い内に婚約に縛られていたら、それこそ窮屈になって卒業を待たずに破局もありうる・・・・・はずなのに。

「ハリー?・・・・どうかした?」

自分の深い思考の中に入り込んでいたハリーを、ロンの声が現実へと引き戻した。

「え?・・・・・うぅん、なんでもない」

ハリーは咄嗟に笑顔を作って、ロンを見上げた。

「そう?・・・・ならいいけどさ、・・・早く大広間へ行こうよ、僕お腹ぺこぺこ」

「そうだね」

ロンの言葉に頷いて、ハリーは考える事を止めた。

今はまだ、自分の憶測の域を出ない考え。元より根拠なんて無い、過剰な心配みたいなものだったから、ハリーはそれ以上深く考えない事にした。

 

 

「・・・・・・こうやって、足を抱えて、・・・・こうしたら・・・」

「あぁ・・・・そうですね、・・・・・わかりました」

マクゴナガルの部屋に聞こえる声は、いつもとは逆の立場で彼女に教えを与えるネビルの声だ。彼の隣では、マクゴナガルが真剣な顔で彼の手元に見入っている。

今この部屋で行われているのは、即席の「オムツ替え講座」。

ハナのように活発に動く時期の子供のオムツ交換は、育児経験の無い者にとって、一番厄介な作業なのだ。

教本を片手に、見よう見まねで挑戦してみたものの、結局上手くいかなかったマクゴナガルは、早速ネビルに教授を願い出た。

「すみません、・・・・なるべく顔を出して、僕がやりますから」

慣れた手つきでオムツを替え終わったネビルは、申し訳なさそうにマクゴナガルに言った。

「いえ・・・・私は自ら子守を引き受けた身です、頑張りますから、心配は無用です」

そんなネビルに、マクゴナガルは真剣な顔でそう言った。彼女なりに責任を持って引き受けた自負がある・・・・そう簡単に弱音を吐くわけにはいかないプライドがあった。

「あ〜ぁ・・・・・あ〜・・・・っくぅ〜・・・あ〜ぁ、しぇっぶ〜?・・・・ぶ〜?」

オムツを替えてもらってご機嫌なハナは、ベビーベッドの上で腹ばいになり手足を動かし、ネビルを見上げて何かを訴えた。

「どうしたの?・・・・・ハナ?」

不思議に思ってネビルがハナを抱き上げると、ハナはしきりに何かを求めて手を伸ばす。

「しぇっぶ〜・・・・せぶ〜・・・・・あ〜ぁ、ぶ〜・・・」

「・・・・・・セブって・・・・・スネイプ先生?」

ネビルがハナの曖昧な言葉を聞き取ると、ハナは嬉しそうに笑った。

「朝からずっとなんですよ・・・・・私が相手をしていても、直ぐにセブルスを呼んで・・・相当お気に入りのようです」

そんなハナの様子に、マクゴナガルは苦笑して言った。

「そうだったんですか・・・・・もう、駄目じゃないハナ、・・・・マクゴナガル先生のお名前覚えようね?」

するとネビルは、朝と同じ様にハナに新しい言葉・・・・マクゴナガルの名前を覚えさせようとした。

「ハナが今日遊んでもらった人は、マクゴナガル先生だよ・・・・・マクゴナガル先生、・・・わかる?」

「がぅ〜・・・・・あ〜がぅ〜・・・」

「違うって、マクゴナガル先生」

けれどやっぱりハナはちゃんと発音できない。・・・・というか、もう完全に別の言語だ。

「ロングボトム、・・・ミネルバで良いですよ?」

そんな親子の様子に、マクゴナガルまでそんな事を言い出した。スネイプといい、マクゴナガルといい・・・・おおらかと言うか、恐れ多いと言うか・・・。

「先生までそんな事言わないでください・・・・このままじゃ、ハナが将来凄く失礼な子に育つじゃないですか」

ネビルは心底困った顔でマクゴナガルを見上げた。

「構いませんよ?この子が入学してくるのはまだ10年以上も先なのですから・・・・それまでは、私たちはお友達です」

ネビルの心配をよそに、マクゴナガルは澄ました顔でそう言い放ち、どこか悪戯っ子のような視線で微笑んだ。

「そんな・・・・・・先生」

ネビルの情け無い声を無視し、マクゴナガルはネビルの腕に抱かれたハナに視線を合わせて話し出した。

「ハナ・・・・ミネルバ・・・わかるかしら?・・・・ミ・ネ・ル・バ・・・」

「りゅばぁ?・・・・うぅ〜あ・・・・・・えるぅ〜?」

「あらお上手ね、・・・良いわ、えるぅにしましょうか?」

「い〜る・・・・ばぁ、・・・・・え〜るぅ?・・・・・」

「上手ね、・・・いい子だわ」

可愛らしいハナの様子に、完全に目尻を下げてしまっているマクゴナガル・・・もうネビルには止められなかった。

ハナはスネイプの「ぶ〜」に続いて、マクゴナガルを「えるぅ〜」と呼ぶ事を覚えてしまった。

 

 

 

その日の午後、ネビルたちは魔法薬の授業を受けていた。

スネイプの説明が終わり、おのおのが各テーブルで製薬を開始する。いつもはその様子を嫌味なくらい監視しているスネイプが、この日に限って席を外した。

実は今の時間、ハナを預かっているのはスネイプなのだ。

ダンブルドアとマダムは出かける用事があり、マクゴナガルも生憎授業の予定が入っているこの時間、昼食を終えたハナは、いつもこの時間に午睡に入っているので、たいして問題はない。けれども、万が一の事態を考えマクゴナガルではなくスネイプの所・・・、両親の居る部屋の隣にハナを置いておくことにしたのである。

スネイプは直ぐに戻ってきた。どうやらハナは大人しく寝入っているらしい。

「・・・・ハナったら、今度はマクゴナガル先生のことを『え〜るぅ』なんて覚えちゃったんだよ・・・」

球根を刻み、ドラコとの距離を程よく空けたネビルは、視線を手元に固定したまま、小声でドラコにそう告げた。

「・・・・・・・後が怖いな、・・・早い内に矯正しておかないと・・ろくでもない大人になるぞ」

「だよね・・・・困ったなぁ」

思わず溜息を吐いた2人の背後で、不機嫌な声が聞こえた。

「一体、何が困ったのかね?」

 

「・・・・・スネイプ先生・・」

聞こえてきた声に振り向いたネビルが、引き攣った笑いを零す。

今この時間・・・、2人の関係はペンフレンドではなく、教師と生徒・・・しかも、険悪な間柄。ネビルは少しだけ慣れた演技で、必死で顔の筋肉を引き締める。

しかし、その隣でドラコが事もあろうに吹き出した。

今朝のハナとスネイプの様子を思い出してしまったらしく、頭の中でハナの可愛らしい「ぶぅ〜」と言う声が響いているのか、必死で取り繕う傍から新たに起こる笑いの発作に襲われる。

「ドラコっ!!」

ネビルは精一杯の小声でドラコを諌めるが、ドラコは口元を手で覆ったまま俯き、肩を震わせて笑いを堪えるのに必死で、ネビルの言葉に答える事もままならない。

そんな2人のやりとりを、スネイプは冷ややかに見詰めた。

幸い他の生徒たちは製薬に夢中で、そんな3人の様子に気づかなかった。

 

To be continued‥‥。

 

本日のちよりん。

凛「・・・ごめんなさい」

千夜「・・・・」

凛「許してよぉ」

千夜「・・・・・・・嫌」

 

絶交中です(苦笑)

 

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