所有物
今年のハロウィンは、全員仮装で参加する事。
1週間後にハロウィンを控えた朝食の席で、ダンブルドアが生徒たちにそう告げた。生徒たちが、歓声に湧いたのも束の間、次いで告げられた「仮装内容はくじ引きで決める事」という言葉に、皆一転して不安気な表情を見せる。しかし、一度決めたことは覆さない、とダンブルドアが悪戯っぽく言い放ち、強引に決定してしまった。
それからの1週間、ホグワーツ内の話題はハロウィン一色になった。
放課後の、空き教室。人目を忍んで逢瀬を楽しむ恋人たちも、例外ではない。
「ネビルは何の仮装に決まったんだ?」
ネビルの太ももの上に頭を乗せて床に寝そべり、ネビルの顔を見上げながらドラコが聞いた。ネビルは曖昧に頷いて、返事を返さない。
「‥‥教えてくれないのか?」
悲しそうに眉根を寄せるドラコに、ネビルは困惑の視線を返すことしか出来ない。
「‥‥んー‥秘密‥‥じゃ駄目?」
困った様に首を傾げて、ドラコを見詰めた。ドラコは苦笑して、ネビルの頬に指を這わす。
「言いたくないなら仕方ないな‥‥楽しみは、当日まで取っておこう‥」
ドラコの台詞に、ネビルはあからさまに安堵の表情を浮かべる。
「ごめん‥ね?」
ネビルには、自分の仮装した姿をドラコに見せるつもりがなかった。その為、謝罪が口を突いて出てしまう。
「構わない」
ドラコは微笑んで、ネビルの頬を愛しそうに撫でた。どんな格好をしていても、ネビルを見分ける自信がドラコにはあった。
「楽しみだな」
そう言って笑うドラコに、ネビルは曖昧な笑みを返し、心の中でもう一度ドラコに謝った。ネビルは仮装パーティー自体に、出席するつもりがなかった。
ハロウィン当日。
大広間は、あらゆる色で埋め尽くされていた。くじ引きで決められた仮装に身を包んだ生徒たちが、歓声を上げながら踊り、笑い、楽しんでいる。
そんな中、ネビルは壁際にそっと立ち、ここから逃げ出すチャンスを伺っていた。
ネビルの身を包んでいたのは、真っ白なフリルの沢山付いた女物の服。フードの付いたブラウスに、幾重にもフリルの付いたフレアスカート、可愛らしい赤い靴。ネビルの引いたカードは、「女装」だった。
やけに張り切ったハーマイオニーとジニーに、ドレスアップをさせられ、それだけで泣きそうなくらい恥ずかしいと言うのに、無理やりにこの場所に連れて来られてしまった。ハリーやロンは、「可愛い」と言ってくれたけれど、そんな言葉は嬉しくも何とも無かった。
それに、擦れ違う女の子たちが皆、ネビルを見て笑っている。男である自分が、罰ゲームの様に女装させられている姿が、可笑しくて仕方が無いらしい。
ネビルは恥ずかしさから、フードを目深に被った。こんな姿を、恋人のドラコにだけは見せたくない。
似合わないと、きっと言われる。可笑しな格好だと、きっと笑われる。
けれども、少し‥‥ほんの少しだけ、見せてみたい気もする。
もしかしたら、嘘でも‥ドラコだったら「可愛い」と言ってくれるかもしれない‥。でも‥‥やっぱり恥ずかしい。
ネビルは、ブラウスに付いたフードを更に目深に被り直し、スカートの裾を踏まないように注意しながら、出口へと歩き出した。
しかし、あと少しで出口‥という所で、誰かに肩を掴まれてネビルは無理やりに反転させられてしまった。
驚いて目を見開いたネビルの目に飛び込んできたのは、眩しいくらい綺麗なプラチナブロンド。
黒い軍服に身を包んだ、ドラコだった。思わず見惚れてしまいそうな程、その格好はドラコに良く似合っていた。
「‥‥どこへおいでですか?お姫様‥」
ネビルの手を取り、ドラコは蕩ける様な笑顔でそう言った。
「‥‥あ‥‥の‥」
人前で声をかけられた事や、「お姫様」と呼ばれた事。いつも以上に格好良いドラコの笑顔。そして、この恥ずかしい姿を見られてしまった事。全てが恥ずかしくて、ネビルは真っ赤になって、ドラコをただ凝視した。
そんなネビルの様子に、ドラコはくすりと笑う。
「見違えたよ‥僕とした事が、君に見惚れて声を掛けるタイミングを逸してしまう所だった‥」
ネビルの瞳を見詰め、うっとりとそんな言葉を紡いだ。ドラコが酒を飲んでいる事は、ネビルにも直ぐわかった。
普段はネビルへの影響を最優先に考えて、ドラコは決して人前でこんな行動は取らない。
しかし今は、酒の勢いと、場の雰囲気の相乗効果(ネビルの女装姿も多分に影響しているだろう)で、人前でキザな台詞を言う事に抵抗がないらしい。
「‥何‥‥言って‥‥」
ネビルの顔が、羞恥から一層朱に染まり、目尻に涙が薄っすらと滲む。
「僕と一曲、踊ってくださいませんか?」
ドラコは、俯いてしまったネビルの耳元に囁き、それから膝を折り床に跪いて、ネビルの右手の甲に口付けた。
「‥‥‥!!」
ネビルの声にならない悲鳴が上がった。ドラコは、嬉しそうにそれを見上げた。
映画のワンシーンの様なその光景に、周囲に居た者たちからどよめきが起きる。
ドラコを慕っているらしいスリザリンの女子からは、途端に非難の声があがった。
「誰よあの女!」
「信じられないわ、マルフォイがあんな子と!!」
「服が可愛くても、全然色気が無いじゃない!」
「そうよ!胸だって小さいし‥マルフォイに不釣合いだわ」
「きっと酔ってるんだわ、でなきゃあんな子、マルフォイが相手にするはずが無いわよ」
中傷の言葉と一緒に、馬鹿にしたような笑い声がネビルの耳にも届いた。
ネビルは、咄嗟にドラコの手を振り解き、一目散に走り出した。大広間から廊下を抜け、どんどん走った。
背後から、先程の女の子たちがざまーみろと笑っている様な気がして、涙が溢れた。ドラコに自分が不釣合いだと、ネビル自身が一番良く知っている。
自分が、どんなに足掻いても、所詮は女の子に敵わない事も。自分たちの関係が、世間に受け入れられないという事も。知りすぎるくらい、知っている。
いつ飽きられるかと、毎日が不安で仕方がない。
こんな格好、ドラコに見られたくなかった。男である自分がどんなに着飾ったところで、綺麗になんてなれない。今の自分は、滑稽で、醜い。
それなのに、一瞬でもドラコが気に入ってくれるかもしれないだなんて、考えた自分が馬鹿だった。女の子には、どうしたって敵わないとわかっていたのに。
ネビルの目に、涙が溢れて止まらなかった。
結局ネビルが辿り着いたのは、スリザリン寮の隠し部屋、ドラコの豪華すぎる私室だった。
勝手知ったるなんとやら。ネビルは飾り棚の中から、ドラコの隠している酒瓶を取り出すと、床に直接座ってグラスに注いで飲み始める。
喉から胃に、焼けるような苦味が広がった。いつもは、一口飲んだだけで泣きたくなるくらい嫌いな酒が、今は無性に飲みたかった。
ネビルは床に両足を投げ出し、壁にかかった大きな姿見に映る自分の姿を見詰めて、溜息を零す。
可愛らしい服に身を包んでいても、所詮ネビルはネビル。ちっとも可愛くなんかない。
スリザリンの女の子たちの言う通りだ。
‥‥わかっていても、ネビルはドラコがどうしようもなく好きなのだ。
始めは、ドラコの我侭に振り回されて、付き合い始めた筈だったのに。気が付いた時には、もう戻れないくらいにドラコが好きになっていて、自分でも驚いた。
地味でのろまな自分に比べて、ドラコは容姿端麗、才色兼備、家は旧家のお金持ち。
「お前とは遊びだったんだ」とドラコが言えば、自分たちの関係はあっと言う間もなく崩壊する。
いつの頃からかネビルは、ドラコのものになってしまいたいと本気で思うようになっていた。
付き合いだして、早4年。
来年、ネビルとドラコは最終学年になる。確実に、別れの時が近付いてきていた。
2人で愛を育んできたこの部屋とも、お別れ。卒業したら、きっと別々の道が待っている2人。
いっそ、どこかに監禁されてドラコのペットにでもなってしまいたい。そんな考えが頭を過ぎって、ネビルは苦笑した。
無理だとわかっているのに、願わずに居られない。なんて我侭で、愚かな自分。ネビルはグラスに残った酒を、一気にあおった。
酒瓶の中身が半分に減った頃、ネビルはふと鏡に映る自分を見詰めた。
立ち上がって、一度ターンをしてみる。
スカートの両端を持って、お辞儀をしてみる。
スカートの裾を持ち上げて、片足を太ももまで出してみる。
ネビルは、思いつく限りの、可愛らしい女の子の仕草をやってみた。
「‥‥可愛くない!」
鏡の中の自分に向かって、怒った様にそう言うと、ネビルは再び床にぺたんと腰を下ろした。
顰めた顔で、鏡に両手を貼り付けて自分の顔を凝視した。
顔が赤い‥酒のせいだ。
鼻は月並み‥とりたてて、形が良い訳でも、高い訳でもない。
目は‥比較的大きい‥かもしれない。
口は小さい‥‥何となく悪い事のような気がする。
輪郭が丸い‥デブではないが、痩せても居ない。
自分の顔のパーツを一つ一つ、鏡の中で指差しながら確認していく。
首‥この間、抱き合った時にドラコが付けてくれた跡が、もう消えている‥寂しい。
鎖骨‥貧弱そうに浮き出ていて、格好悪い。
胸‥‥‥‥。
ネビルの指が止まった。
「胸だって小さいし‥マルフォイに不釣合いだわ」
数時間前に言われた台詞が、ネビルの脳裏に過ぎる。
自分の胸に両手を当てて、上から覗き込む‥‥溜息が漏れた。
女の子の必須条件。男のネビルには、子供を生むという行為と同じくらい、女の子にどうやっても勝てないトコロ。
やっぱりドラコも、本当は胸が大きい人が好きなんだろうか‥。
自分の、何の膨らみも無い、申し訳程度に2つの突起が付いているだけの胸。触っても硬いばかりで楽しくないし、心地良い感触ではない。こんなもので、ドラコが喜ぶとは到底思えなかった。再度、ネビルの口から大きな溜息が零れる。
その時、俯いていたネビルの視界に、長い腕が2本現れて、ネビルの身体に巻きついた。
驚いてネビルが顔を上げると、鏡の中に自分を背後から抱きすくめるドラコの姿があった。
「ド‥ラコ?」
ネビルが、潤んだ目でドラコの顔を見上げる。ドラコは答えずに、ネビルの身体を抱き締めたまま、安堵の溜息を吐いた。
大広間でネビルが見た時と比べて、ドラコの服装は明らかに乱れていた。ネクタイが緩み、上着のボタンが外れている。オールバックだった髪型が崩れて、前髪が汗で額に張り付いていた。
「‥‥探したんだぞ‥」
少し、咎める様なドラコの声と視線に、ネビルの酒で潤んだ瞳に涙が溜まった。ドラコが自分を探してくれた事が、嬉しかった。
「‥ほんとう?」
酒で呂律の回らない舌で言葉を紡いで、ドラコを見上げる。自分に巻きつくドラコの腕を、ネビルは確かめるように掴んでいた。
何も答えないドラコの頬に、自分の頬をくっつけて、鏡越しにじっと見詰めた。鏡の中で、ドラコの肩が震えていた。ドラコの視線は、中身が半分に減った酒瓶と、飲みかけの酒が入ったままのグラスに向けられていた。
普段、酒が嫌いなネビルが、自分の意思で酒を飲んでいる。ネビルが何故、そんな事をしたのか、ドラコは知っている。
「‥‥すまない‥僕のせいでまたネビルに嫌な思いをさせてしまった‥」
震える声でドラコはそう言って、ネビルを抱く腕に力を込める。酔った勢いで、ネビルに対しての配慮が欠けていたことを後悔していた。
普段理性が欲望に勝っている自分だったら、きっとしなかっただろう行為。酒気の醒めた今、自分の愚かさを誰よりも痛感していた。
「‥‥いい‥ほんとうの‥事だから‥」
そう言って、ネビルが目を閉じると、堪えきれない涙が幾粒も頬を伝った。
「ねぇ‥僕は‥‥ドラコの傍に居たらいけない?‥‥ドラコを好きでいるのは‥僕の気持ちは‥許されないの?」
鏡越しにドラコを泣いた目で見詰めながら、ネビルはドラコに問う。
「‥‥ネビル?‥」
ドラコが目を見開いてネビルの名を呼んだ。
いくら酒が入っているとはいえ、こんなに饒舌にドラコに向かって「好きだ」と言うネビルの酔い方は、明らかに尋常じゃない。
「僕は‥‥ドラコが好きなのに、傍に居たいのに、いけない事なの?」
ドラコは、息を飲んでネビルを凝視した。今のネビルの言葉は、本心だろうか?
それとも、単に酔った勢いの寂しさが、ネビルに言わせた空言だろうか?見極めるような視線をネビルに向けて、ドラコは黙ったままだった。
「答えてよ‥‥ねぇ‥ドラコ‥僕はいらない?‥‥僕が居たら迷惑?ねぇ‥ドラコ‥こたえて‥‥」
ネビルは身体を反転させて、ドラコに全体重をかけて圧し掛かった。バランスを崩して、背中から床に倒れたドラコに馬乗りになって尚、喋り続ける。ネビルの涙がポタポタと、ドラコのシャツの上に零れては、布に吸い込まれていく。
「‥迷惑なんかじゃない‥‥ネビル‥僕の方こそ、迷惑だろう?僕が傍に居て、嫌だろう?‥‥僕のせいで、いつだってネビルは辛い目にあって泣いている‥」
悲しそうに、ドラコは言った。ネビルが嫌いな酒を飲んでいる事も、それが自分のせいである事も、全てが悲しくて辛かった。ネビルに捨てられても、文句は言えない。
「‥‥嫌なわけない、僕はドラコが好きだから‥嫌な事なんて無い‥」
ネビルは嫌々をする様に、首を振った。
「ネビル‥君は酔っている‥‥」
ネビルの言葉はきっと、半分くらい本心ではない。「嫌な事なんて無い」が本当ならば、泣いて酒を飲まなくて良い筈だ。
片肘を突き、上体を斜めに起こした格好で、ドラコは空いている手をそっとネビルの頬へと伸ばした。ネビルはその手に自分の掌を重ねて、まるで宝物にするような仕草で頬を寄せた。
「酔ってない‥‥嘘じゃないもん‥」
拗ねたようにそう言って、涙を零すネビル。
完全に上体を起こしたドラコが、再び腕の中にネビルを抱き締める。ネビルは、ドラコの背に腕を回し縋り付く様にして、泣いた。
「ずっと‥僕が傍に居るから、泣くな」
ドラコの言葉に、ネビルは何度も頷いた。
「‥‥うん‥ずっと居て‥‥僕、何でもするから‥捨てな‥ぃで‥‥」
泣きしゃっくりの合間に、ネビルはそんな言葉を紡いだ。
「馬鹿な‥‥僕がネビルを捨てるだなんて‥‥ある訳がないだろう?」
困惑した表情で、ドラコはネビルに強い口調で言う。それに一瞬肩をビクリと震わせて、ネビルは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「‥‥だ‥‥って‥僕、‥ドラコに相応しく‥ない‥‥もん‥僕‥‥男だし、‥迷惑だよね?‥‥卒業したら、‥‥もっと迷惑に‥なっちゃう‥よね?」
泣きしゃっくりで何度もつかえながら、ネビルはドラコの目を見てそう言った。
「‥‥‥‥ネビル」
ドラコは、辛そうに眉を顰めてネビルの肩に顔を埋めた。
「そんな事は無い‥‥卒業したって、僕はネビルを捨てたりしない‥ずっと傍に居る‥‥」
僕の方こそ、君に捨てられやしないかと、いつも不安なんだ。
「そんな‥言葉なんて要らない‥‥」
言葉に拘束力は無いから。
ネビルは嫌々をするように、首を大きく横に振った。
「‥‥ネビル‥‥‥僕と‥‥‥‥‥‥いや、いい‥なんでも無い」
ドラコは喉まで出掛かった、「結婚」という言葉を言わずに飲み込んだ。
いつか来る二人の別れ。
自分がネビルに捨てられるか、もしくは自分の家のプライドがネビルとの交際を許さないだろう‥。ドラコの身勝手な約束に、拘束力は無い。結婚なんて、思ったところで叶わない。
黙ってしまったドラコを、ネビルは泣き笑いのような表情で見詰めた。そのまま、暫くの沈黙。ドラコは顔を伏せ、ネビルはそれを黙って見ていた。
大好きな人。由緒正しい家に生まれて、家柄に縛られて、いつだって辛い思いを押し殺して生きている人。
大好きだから、迷惑をかけたくは無い。でも、傍に居たい。叶わぬのなら、いっそ殺してくれれば良いのに。ネビルの大好きな大きな掌で、首を絞めてくれたら良いのに。
「‥僕、ドラコのものになりたい‥‥」
ポツリと、ネビルが呟いた。その言葉に、伏せられていたドラコの顔が上がった。
「ねぇ‥‥駄目かな?僕をドラコのものにして欲しい‥‥」
もう一度、今度はドラコの目を見て、ネビルは言った。静かな哀願。狂ってしまうくらいに、願って止まないネビルの本心。
ドラコの瞳が見開かれる。ネビルは微笑んで、更に言葉を続けた。
「壊されても、‥殺されたって良い‥‥僕は君のものになり‥」
ネビルの言葉の続きは、ドラコの唇に塞がれた。噛み付くような口付けに、ネビルは黙ってその目を閉じる。
ドラコの舌に口内を犯される感覚に、ネビルの身体が狂喜に震えた。角度を変えて、何度も舌を絡ませ、ドラコの舌は執拗にネビルを翻弄する。
ネビルの口の端から、飲み込みきれない唾液が零れて、首筋を伝った。
「んっ‥ふぅ‥‥はっん‥‥」
鼻にかかった熱い吐息が、絶え間なく漏れては静かな部屋に響く。いつもよりも長い時間をかけて、ドラコはネビルの唇と舌を味わった。
「はぁっ‥」
ドラコの唇が離れると、ネビルの舌が名残惜しそうに追いかけてきた。
荒い吐息が何度も吐き出されるネビルの赤い唇は、とても淫猥で、同時に犯してはならない、純粋なもののようにドラコの目に映った。
「‥ドラコ‥」
潤んだ瞳で、ネビルがドラコを呼んだ。自らブラウスのボタンに指をかけて、ドラコを誘う。ゆっくりと露わになるネビルの白い肌に、ドラコの理性がどんどん薄れていった。
ごくりと、ドラコの喉が鳴る。そんなドラコの様子に、ネビルは微笑んだ。
「‥‥抱いてよ‥壊れるくらい‥‥」
ドラコの頬に指を這わせながら、艶っぽく誘う。
「‥‥ネビル‥」
ドラコは震える声で、ネビルの名を呼んだ。
‥酒のせいだと、わかっている。ネビルは酔っていて、正気じゃない。それでも自分は今、ネビルを抱きたい。
でも‥‥そんな、弱みに付け込む様な事‥しても許されるだろうか。普段傲慢なドラコは、好きな人の前で、いつもどうしようもないくらいに臆病だった。
「‥‥嫌‥なの?」
自分を凝視したまま、行為を中断したドラコに、ネビルは悲しそうな視線を向けた。
再び涙がネビルの頬を伝う。その涙を見た瞬間に、ドラコの中に残っていた最後の理性の糸がぷつりと切れた。生贄の様に目の前に差し出されたネビルの柔肌に唇を寄せ、何度も舌を這わせ、吸い、歯を立てた。ネビルの口からは、ひっきりなしに甘い声が上がる。
「あっん‥あぁ‥‥んっあ‥‥ド‥ラコぉ‥」
ドラコの頭をかき抱くようにして、ネビルは施される愛撫に酔っていた。何度もドラコの名前を呼び、涙を流す。
ブラウスの上から、ドラコの指がネビルの胸の突起を弄った。
「ひゃ‥あっ‥あぁ‥」
ネビルの身体が、ビクンと大きく跳ねた。ドラコの指は、服の上から執拗にそこを弄る。決して、直接は触れてこない。そのじれったい刺激に、ネビルの方から催促をした。
「や‥だ‥‥もっと、‥ちゃんと‥シてぇっ!」
こんなに大胆に愛撫を強請るなんて、普段のネビルではありえない。ドラコにとって、嬉しくもあり、寂しい感覚。
「‥ネビルはココが好きだよな‥‥」
耳に息を吹き込むようにして、ドラコが微笑する。普段なら、泣いて否定するネビルも、今日は素直に頷く。
「ああっはっ‥やんっ‥‥あっ‥」
胸の突起を舌でしつこく弄り、もう片方を指で摘み上げて擦ると、ネビルは快楽に腰をくねらせ甘い声を響かせた。
半分以上外されたブラウスのボタン。そこから覗く白い肌、たった今自分が付けた赤い斑点、唾液で濡れた小さな赤い胸の突起。ドラコの腰を跨いだ太ももは、スカートが捲れて片足が付け根近くまで露わになっている。全てがドラコの欲情を、最大限に刺激した。
今すぐにでもネビルを床に押し倒し、猛り狂った欲望で貫き犯したくなる。ドラコは、ネビルの細い腰を抱き上げて、スカートの中に掌を滑り込ませた。しかし、その手はスカートの布の上からネビルの手に、押し止められてしまう。
「‥‥駄目なのか?」
困惑した様子で、ドラコの視線が泳ぐ。今さっき抱いてくれと言ったのは、ネビルの方なのに‥。甘い言葉は、酒の勢いだったとでも言うつもりなのか。
「‥‥駄目‥」
熱い吐息に乗せて、ネビルはドラコが危惧していた台詞を紡ぐ。しかし、ネビルの表情はドラコを拒んでは居なかった。少し、悪戯っぽく目を細めて笑っている。
「床は固いから‥‥ね?」
ドラコの首筋に腕を絡ませて、ドラコの耳元にそう囁いて、ネビルは潤んだ視線でドラコを見据えた。今まで見たことも無いネビルの淫猥な表情に、ドラコは息を飲む。
「‥そ‥う‥だな」
言い終わらない内に、ドラコはネビルの身体を抱き上げてベッドへと歩き出した。ドラコに抱き上げられたネビルは、うっとりと瞳を閉じて小さな声で「大好き」と囁き、楽しそうにくすくすと笑った。ドラコの心臓が、痛いくらいに高鳴っている。興奮と狂喜で、速くなりすぎた鼓動が胸を突き破りそうだ。
ベッドの上にネビルの身体を優しく横たえて、ドラコは首に引っかかっていたネクタイを引き抜き乱暴に放った。次いで、シャツをズボンから引き抜き、ベルトにかかったドラコの指をネビルの白くて細い指が拘束してしまう。
「脱がせるのも、楽しみのひとつ‥‥って、ドラコ言っていなかった?」
「‥え‥?」
言葉も出ずに、ネビルを呆然と見詰めるドラコに微笑んで、ネビルはドラコのズボンに手を掛けた。ネビルの白い指が、ドラコのベルトを外し、ズボンのボタンを‥必要以上にゆっくりとジッパーを下ろしていく。
ドラコの欲望は、既に硬く張り詰め天を突いていた。
ネビルはそんなドラコの下着の中へと、躊躇いも無く掌を滑り込ませて熱く猛ったドラコの自身に直に触れた。
「‥‥ドラコの‥熱い‥」
ドラコの正面で、瞳を見据えながらネビルが言った。暢気な言葉とは裏腹に、指先は容赦なくドラコを追い立てていく。
「嬉しい‥僕に欲情してくれたの?」
にこりと微笑むネビルの赤い顔は、何に酔っているのだろう?酒に‥‥それとも‥‥。
ドラコが思考を停止させたのは、ネビルが顔をドラコの股間に埋めた刹那だった。
静かな広い部屋に、押し殺した熱い吐息と水音が響く。
「‥ネビル‥‥」
ドラコが切羽詰って短く声を上げると、ネビルの舌の動きが速くなった。男を喜ばせる術を知っているネビルは、ドラコの張り詰めた自身を舌と唇で容赦なく嬲る。そう仕込んだのはドラコ自身。まるで、そう動くように仕込まれた人形のようなネビルの行為。常と違うネビルの態度に、ドラコの胸に不信感にも似た不安が頭をもたげる。不安を見透かすように、ネビルはドラコを追い立てた。
「‥‥んっ‥はっ‥ネビルっ‥」
短く嬌声を放って、ドラコがネビルの口内で果てた。ネビルは視線で微笑み、ドラコの精をゴクリと喉を鳴らして飲み干した。
ドラコは信じられなかった。無理強いをしたわけでもなく、ネビルがここまで自分に奉仕するなんて。
ドラコが果てた後も、ネビルの愛撫は続いた。困惑したドラコが何度静止の声を上げても、ネビルは行為を止めない。そうして、再びドラコの欲望が起立した頃、ようやくネビルは顔を上げた。
「ネビル‥」
視線が同じになったネビルの顔は、やはり笑顔で、ドラコの困惑と不安が大きくなる。ドラコの精液と自分の唾液に濡れた、ネビルの赤い唇がとても卑猥に歪んでいる。女物の服のせいではなく、今夜のネビルは全身から匂い立つような妖艶な色香を放っていた。それはドラコを惑わすのに、十分すぎる効力を持っていた。
もはや、正常な思考は糸ほどに細いものでしかなく、圧倒的な欲情にドラコの頭の中は支配されていた。
「もう‥良いよね?」
そう言って、ネビルは無造作に下着を脱ぎ捨て、ドラコの腰を再び跨いだ。自らスカートを捲り上げ、露になった下半身をドラコの起立した欲望にあてがう。
「‥待て‥まだ‥」
ドラコの制止の声は、再び無視された。何も慣らしていない蕾は、既にドラコの先端を飲み込み始めている。ネビルの顔から笑顔が消えた。苦しそうに息を詰めて、それでもドラコを銜え込もうと無理やりに腰を落としていく。
「んっ‥はっ‥‥くぅ‥んんっ‥あうっ‥」
快楽の為ではない呻きが、ネビルの唇から漏れては消える。必要以上に狭い蕾へ、無理やり押し込められるドラコにも、ネビルの苦痛は伝わった。
「ネビル‥止めろ‥‥怪我をする‥」
きつい圧迫感に眉を顰めながら、ドラコがネビルの腰を掴み下降を止めさせようとしたが、叶わなかった。ネビルが足の力を完全に抜き、全体重をかけてドラコを飲み込む方が一瞬早かった。
「ひっ‥んんあぁっっ」
悲鳴をあげながら、それでもネビルはドラコを飲み込んで放さない。
荒い息が静かな部屋に木霊した。
ドラコを完全に身体に収めたネビルは、ドラコの腹に両手をつき肩で大きく何度も息を吐く。本来の用途ではない場所へ、慣らしもしないで勃起した男性器を押し込んで、辛くないわけがない。
「‥どういうつもりだ?」
ドラコもまた、肩で大きく息を吐きながら、咎める様にネビルに聞いた。
酒のせいとは言え、明らかにネビルの態度がおかしい。捨て切れなかったドラコの疑念が、ようやく形を持ち始める。
ドラコの言葉に顔を上げたネビルに、ようやく普段の表情が戻った。怯えたような、悲しむような、ネビルの表情。欲情で濡れていた瞳から、大粒の涙がぽろりと零れた。
「‥‥壊してって‥言ったでしょう?‥殺しても良いって‥‥言ったじゃない‥こんなの、痛くない。ドラコの傍に居られない事に比べたら、痛くなんか無い‥‥だから、僕に構わないでっ‥抱いてよ‥‥いつもみたいに、‥‥‥僕の中、ドラコでいっぱいにしてよ‥」
涙を流して、ネビルは語った。二度目の哀願。痛いくらいに切羽詰った、ネビルの言葉がドラコの胸に痛かった。
「‥‥ネ‥ビル‥?」
ドラコの瞳が狼狽に揺れている。まるで胸を抉られている人みたいに、辛そうな表情をしてネビルを見ている。
ドラコだって、ネビルを抱きたい。けれど、それはこんな形で、ネビルを傷付けたいからじゃない。それなのに、こんなに辛そうな顔をして尚も「抱け」とネビルは言う。痛くても良いと、あまつさえ殺してくれとまで言う。まるで、強引に抱く事が愛情表現であるとでも言う様に。
「‥‥どうして‥?」
ドラコは、困惑の表情でネビルを見据えた。確かに愛しいから、愛ゆえに求めるから、ネビルを抱きたくなる。一番傍でネビルを感じたいと思う。でもそれは決して、痛みを伴う行為を強要したいからじゃない。お互いに満足し、気持ちよくならない行為に、必然性など存在しない。
顔を伏せたネビルの表情が、ドラコには見えなかった。ただ顎からポタポタと流れる雫で、ネビルが泣き続けている事を知る。
「‥‥ネビル」
ドラコはどうする事も出来ずに、ただネビルの身体を抱き寄せた。
ドラコの知らない内に、ネビルはきっと考えたのだろう。今の自分たちの関係や、これからの事を。そして今まで押さえつけていた気持ちが、酒の勢いを借りて一気に溢れ出てしまったのだろう。悲しい事に、それにドラコは気づけなかった。
自分が、そんなにもネビルを不安にさせていたなんて、知らなかった。
ネビルが、こんなにも自分を好いてくれていたなんて、知らなかった。
更に強く抱き締めようとしたドラコの腕を、ネビルの身体が拒んだ。ドラコの両肩に腕を置き、ドラコの身体から離れようと突っぱねた。
「‥‥‥迷惑‥でしょ、‥こんなの‥」
顔を上げずに、ネビルは小さな声でそう言った。
ネビルが無理やり押し込んだドラコのモノは、ネビルの身体の中で萎えてしまっている。それを、ネビルはドラコの答えだと解釈した。
「‥僕‥卑しい人間なんだ‥、自分は男だって‥子供も産めない存在なんだって、‥わかってる‥‥でも、嫌だったんだ‥他の子に、女の子にドラコを取られてしまうのが、‥だから‥‥‥‥ごめんね‥」
そう言って、ネビルは顔を上げ微笑んだ。
「僕‥酔っているみたい‥‥」
見え透いた嘘の言葉で、全てを無かった事にしようとして、ネビルの作戦は失敗に終わった。ぎこちない笑顔を無理やり取り繕った傍から、大粒の涙が頬を伝う。拭っても、拭っても、涙が止まらない。
ネビルの背に回っていたドラコの腕が、あやすように何度も優しく撫でた。
「僕を好きだと言ったのは、酒のせいか?」
ネビルの身体を抱き寄せて、ドラコはネビルの耳元で囁く。ドラコの肩に額を乗せて、ネビルは首を横に振った。
「‥‥違う‥嘘じゃない‥」
「ネビル」
優しい声音でそう言って、ドラコはネビルを愛しげに抱き寄せた。
「僕は君を愛している」
ゆっくりと心を確認するように‥もしくは、ネビルの鼓膜に焼き付けるように、ドラコは言葉を紡いだ。
「どうして‥‥」
自分とドラコが釣り合わないのは、ネビルが一番良く知っている。‥‥その事実に、頭の良いドラコが気付かない筈がないのに。
ドラコは溜息を吐いた。ネビルのこの問い掛けは、何度目になるだろう。付き合い始めた当初から、4年間繰り返され続けた台詞。
「愛しているんだ‥ネビル‥‥世界中で君だけが、僕の特別なんだ‥‥」
どんな言葉を並べ立てても、きっとネビルの不安は消えない。それでも、その時思った言葉をドラコはネビルに伝える。
何度だって疑えば良い。ドラコは決してネビルに嘘を言わない。誰よりも愛しくて、誰よりも大切だと、本心からそう言える。
ドラコの気持ちは、この先の未来も変わる予定はなく、ドラコ自身にも変える気が無かった。
「僕‥胸ぺったんこなのに?」
涙をぽろぽろ零しながら、顔を上げずにネビルが言った。
「ネビルに豊満な胸があったら、おかしいだろう?」
ドラコは苦笑する。
「僕、かわいくないよ‥」
もう一度、ネビルは確認するようにそう言った。
「そんなことない」
ドラコは両手でネビルの頬を包み、顔を上げさせる。ネビルの瞳を真っ直ぐ見詰めて、ゆっくりと顔を近づけ口付けた。
「君でなければ‥ネビルでなければ、駄目なんだ」
ドラコの囁きに、ネビルは小さく微笑んだ。そしてそのまま、ドラコの肩に頭を寄せる。
「僕には‥‥ドラコだけだよ‥」
ドラコの首筋に腕を絡めて、瞳を閉じたネビルが小さく囁いた。
「光栄だな」
ネビルの身体を優しく抱き締めて、ドラコが笑った。
「‥‥ごめんね、酷い事をして‥」
先刻の無理やりな行為を指してネビルがそう言うと、ドラコを苦笑を洩らした。
「辛いのは‥ネビルの方だろう?‥‥怪我していないか?」
溜息を吐いて、心配そうにネビルの顔を覗き込む。
「‥‥ん、‥平気‥」
小さく頷いたネビルの言葉は、‥‥嘘だった。強引な行為に耐えられなかったネビルの身体から流れた赤い血が、真っ白なスカートに点々と赤い染みを付けている。
「嘘を言うな‥‥痛いだろう?」
咎める様な、ドラコの声。ネビルは縋るように、ドラコの首筋へと回した腕に力を込めた。
「痛くない」
頑として、意見を曲げないネビル。
「‥‥ネビル‥」
今度は少し、悲しそうなドラコの声。
「‥‥‥痛くない‥ドラコので付いた傷が、痛いわけないでしょう?‥僕がいつもドラコを噛んだり、引っ掻いたりしても‥ドラコは痛いって言わないじゃない?だから、平気‥」
ネビルは、ドラコに向かってにっこりと微笑んで見せた。
「あっあぁ‥あっ‥んっ‥ドラ‥っコ‥‥んんっあぅ、‥ああっや‥っやぁ‥あぁぁっ‥」
熱に支配されたネビルの惜しみない快楽の嬌声が、広い部屋に響いては消える。何度もドラコの名前を呼んでは、確かめる様にドラコの背にしがみ付く。
「んっ‥‥ネビルっ‥はぁ‥‥愛している‥」
ドラコもまた、ネビルと同じ熱に酔い、何度も腰を突き上げてはネビルの名を呼んだ。乱れた呼吸は、お互いの熱を上げ、終わりの無い快楽へと二人を誘った。
かなり強引に抱え上げられたネビルの白い足が、ドラコの律動に合わせて宙を泳いで、時折親指がピンと張り詰める。ドラコに抱かれている幸せを、身体全体で表しているようで、ドラコは愛しいネビルのつま先へと唇を落とした。ネビルの足の指の間に舌を這わせて、指にしゃぶりついた。勿論、腰の動きは止めず、ネビルへの奉仕は忘れない。
「やっ‥‥バっ‥カ!‥ドコ舐めてっ‥いやぁ‥あああっん‥ド‥ラコっ‥駄目ぇだっ‥てばぁ‥」
否定の言葉を紡いでいるネビルだが、実際には満更でもない。その証拠に、ドラコを咥えた蕾が、ドラコの舌の動きに合わせてひくひくと締め付けていた。
先刻、ネビルの強行によって付いた傷は既に完治していた。ドラコの杖の一振りによって、傷口は一瞬で消えた。最初、ネビルはドラコの治療を拒んだ。理由は、ドラコにもわかっていたが、「このままでは行為に及べない」と説得すると、ネビルは少し寂しそうに頷いた。
「あっ‥ドラコ‥‥もっ‥イキそっ‥あはぁっん‥んんぁっ‥‥ああぁっ‥」
行為を始めて二度目になる絶頂を迎えて、ネビルがドラコの肩に顔を埋めた。ドラコはきつい締め付けに瞳を閉じて、ネビルの身体を抱え上げた足ごと抱き締め、腰の動きを一時止める。射精後、間髪入れずに攻め立てたら、ネビルが壊れてしまいそうで、何時の間にか癖になってしまっている動作だった。
「はぁ‥あっ‥‥はぁ‥はぁ‥」
肩で大きく息を吐きながら、ネビルはドラコに縋り付いていた。汗で濡れた額に、ネビルの前髪が張り付いている。抱え上げていた細い足を、労わる様にベッドに横たえて、ドラコは指先で、その髪の毛を優しく梳いてやった。ネビルの伏せられていた瞳が、ゆっくりと開き潤んだ瞳にドラコを映す。
「‥‥大丈夫か?」
優しい声色が心地良くネビルの鼓膜をくすぐる。ネビルの大好きなドラコの声。少し掠れていて、普段よりもセクシーだった。
「‥うん‥‥平気、‥‥ドラコ、‥‥素敵だった‥」
ドラコの問いに頷いたあと、ネビルは微笑んでそう続けた。‥‥‥思わず、ドラコの方が赤面してしまった。普段ネビルに向かって、日に何回も歯の浮く台詞を紡いでいるドラコだが、言うのと言われるのでは、感じ方があまりに違う。特に、ネビルは他人と比べて、こういった事をあまり口にしない。過去4年間の間に、一体何度ドラコに向かって素直に行為の感想を述べただろうか?‥多分、間違いなく、片手で足りる数だ。
ドクンと、ネビルの体内で、ドラコの欲望が脈打つ様にその大きさを増した。
「‥‥あっ‥‥」
ネビルはそれを感じ取って、ビクンと身体を震わせる。
「‥悪い‥もう‥良いか?」
ネビルの腰を抱え直し、ドラコが聞いた。その余裕の無い表情に、ネビルの欲情が煽られる。ドラコを見据えて、ネビルは艶やかな微笑と共に頷いた。
「‥‥愛している‥」
そう言って、ネビルの額に一度優しく口付けて、ドラコは行為を再開した。ネビルの腰を高く抱え上げて、膝立ちになる。ネビルの腰がベッドから完全に浮いた。中途半端に体の三分の二だけが、斜めに逆立ちをするような体勢に、ネビルはシーツを握り締めて、不安気にドラコを見上げた。
ネビルの視線に微笑み返して、ドラコはゆっくりと腰を引いた。卑猥な水音を立てて、ネビルの中からドラコの欲望が出てくる様を、ネビルの目が捕らえた。頭よりも高い位置にある腰は、普段は見えない場所までネビルの視界に晒していた。
「‥や‥だ‥‥抜かない‥でっ‥」
震える声で、ネビルはドラコにそう哀願した。ドラコは笑顔で、ネビルを見て頷いたが、腰を引くことを止めない。ネビルは、困惑した表情でドラコを見詰めた。完全にドラコがネビルの身体から抜け切る直前、ようやくドラコは腰の動きを止めた。
「‥力を‥抜いていろよ?」
ネビルを見詰め、妖艶に微笑むドラコに、ネビルは首を傾げかけて、ビクンと身体を揺らした。
「ひぃっあっあぁぁっ!!‥あっあぅ‥ああぁぁぁっ‥」
ドラコの灼熱の猛りが、一気にネビルの身体を刺し貫いた。最奥まで深く埋められたドラコの欲望に、ネビルの身体はビクビクと跳ねた。細い身体が、折れそうなくらいに反り返る。赤く濡れた小さな唇からは、痛々しい悲鳴が零れた。
奥の奥までネビルの中に自身を埋め込み、ドラコは激しい抜き差しを開始した。
「あぁぁっあっ‥はぁ‥あっやっ‥‥ふ‥‥かいぃ‥ドラコぉ‥っああんっあぁっ‥ド‥ラっコ‥」
ネビルの口から、引っ切り無しに漏れる嬌声。それは決して、痛みの為に零れる悲鳴ではない。ドラコの与える快楽を貪る、淫猥な獣の鳴き声。
多少無理な体勢で、深くドラコを受け入れて、辛くないわけではない。呼吸は乱れ、激しすぎる運動に心臓がはちきれそうに高鳴り、背中も腰も痛かった。けれども、ネビルはそれを嫌だとは思わない。ドラコの乱暴すぎる行為は、イコールで愛情表現だと知っているから。感情が高ぶって、我を忘れるくらいにネビルが好きだと、ドラコが伝えてくれている様で、嬉しかった。
悲鳴を上げ続け、涙と汗と唾液と精液でぐちゃぐちゃになったネビルの顔は、淫猥で綺麗だった。ドラコは、激しい腰の律動を続けながら、ネビルの顔をずっと見ていた。
快楽に歪み、時折顔を背け、瞼を閉じる。シーツや自分の指を噛み締める、小さな唇、そこから覗く赤い舌。
不意に潤んだ目のネビルと、それを見続けていたドラコの目が合った。にっこりと微笑んで、ネビルはドラコに向かって腕を伸ばす。「おいで」と誘っているような、可愛らしい仕草にドラコは引き寄せられるままに、身体を折り曲げてネビルに口付けた。
「んはっ‥‥んんっふっ‥んっ‥‥んぁ‥」
二人は陸に上がった魚が水を求めるように、激しくお互いの唇を貪った。
舌を絡めて唾液を啜る。ドラコがネビルの下唇に歯を立てて甘噛みをすると、柔らかい舌がもの欲しそうにドラコの上唇を舐め上げる。際限の無い求め合い。このまま死んでしまっても、二人一緒なら構わない。
淫猥で深い口付けの最中に、ネビルの体内でドラコは果てた。ネビルを穿つ、ドラコの熱い想い。ネビルはうっとりと目を閉じて、それを受け止めた。
「‥熱い‥よ‥」
唇が離れると、ネビルは吐息の合間にうわ言の様に呟いた。
「‥‥ネビル‥」
ドラコはネビルの細い身体を、思い切り抱き締めていた。言葉では伝えきれない愛しさを、せめて抱き締める事で伝えようとするかの様な、優しくけれど容赦のない抱擁。
「‥‥苦しいよ‥ドラコ‥離して‥」
小さな声のネビルの抵抗には、ドラコの腕を緩める効力は無い。元よりそんなことは期待していないネビルは、「もぅ」と呆れたように言いながらも、ドラコの背を自分からも、ぎゅ〜っと強く抱き締めた。
平和なじゃれ合い。一年後も、こうして二人は過ごせるだろうか?二人の脳裏に、常に付き纏う不安の影。それを否定したくて、小さな子供が宝物を見付からないようにと、必死で嘘を重ねる様に、抱き合う二人。その行為はあまりにも安直で、愚かだけれども、当人にとっては必死の抵抗。
ネビルを抱き締める腕を少し緩めて、ドラコはネビルの可愛い唇に何度も啄むようにキスをした。目を閉じてそれを受け止め、くすぐったそうに微笑むネビル。
「‥‥愛しているよ‥」
キスの合間に囁かれた言葉に、ネビルは頷いて「僕も」と返した。そして見詰め合って、お互いに恥ずかしくなって笑う。
そんな幸せな時間は、唐突に遮られた。
ドンドンと、扉を乱暴に叩く音。次いで「マルフォイ!ここに居るの?」という、怒鳴り声。
クラッブとゴイルだ。
大広間から消えたネビルを探して、ドラコが大広間から消えた。そのドラコを探しに、二人はここまでやって来たのだろう。
一瞬、二人同時にビクリと身体を強張らせたが、相手がクラッブとゴイルだとわかると、ネビルからは安堵の溜息が、ドラコからは舌打ちが漏れた。
「‥‥あいつら‥‥ここには近付くなと、言ってあるのに‥」
しかも、よりによってこんな時に邪魔をするなんて。そんな怒りはあったが、ドラコは居留守を使う事にした。今は、例え一瞬でもネビルの傍から離れたくない。
ドアの外からは、「‥どうする?ここにも居ないみたいだ」「もう一度、探してみようか?」と言う声が聞こえていたが、ドラコはネビルを抱き締めたまま動かない。
「‥ドラコ、出ないの?」
小声でネビルが問うと、ドラコは黙って頷いた。ドラコにとって、一番大切な時間を邪魔した二人を、ドラコは許す気にはなれない。
「‥‥行ってあげてよ、このままじゃ二人とも、きっと朝まで君を探すよ‥‥そんなの、可哀相だよ‥」
ネビルは、眉根を寄せてドラコを説得した。どんなに固い決意でも、どんなに深い怒りでも、大好きなネビルにそう言われたら、もうドラコは逆らえない。惚れた弱みのなんとやらだ。知ってか知らずか、ネビルは時折ドラコをこうやって諌める。
「わかった‥すぐ戻る」
名残惜しそうにそう言って、ドラコは一度バスルームへ行ってバスローブを羽織ってから、ベッドの上のネビルにキスをしてドアへと向かった。
無駄の無いその動きの俊敏さに、ネビルは感心してしまう。ドラコはいつだって要領が良い。なのに時々、ネビルに対してだけ、可笑しい位に不器用だったりする。それはつまり、愛されているから?‥‥何か違うかもしれない。
一人ベッドの上でそんな事を考え、唸っていたネビルの視界を、ふわりと白い物が舞った。どうやらシーツらしいそれは、ネビルの額までをすっぽりと覆ってしまう。驚いて悲鳴を上げそうになって、ネビルは慌てて自分の口を掌で塞いだ。今部屋のドアは開いていて、すぐ傍の廊下にクラッブとゴイルが居る事を思い出したからだ。
シーツの下で口を押さえ、思わず呼吸まで忍ばせていたネビルの耳に、好奇心で満ちた声が聞こえてきた。
「あっ‥‥本当だ‥誰か寝てるよクラッブ!」
「‥‥そっかー、だからドラコはシャワーを浴びていたんだね?」
無神経なデカイ声が、はっきりとネビルの耳に聞こえてくる。
「お前ら‥‥わかったらさっさと出て行け!二度とこの部屋に近寄るな!!」
ドラコの怒鳴り声が聞こえて、クラッブとゴイルは去って行った様だ。バタンと乱暴に扉の閉まる音が聞こえて、しっかり錠を下ろす音。
「すまない‥ネビル‥‥あいつらが僕を信じないものだから、つい‥」
次いで聞こえてきたのは、数秒前とは打って変わった情けないドラコの声。ネビルは、笑いを必死で噛み殺す。
「‥‥ネビル‥」
何も答えないネビルに、怒ったと思ったらしい。ベッドの傍まで来てもドラコは、ネビルの額までを覆うシーツを取れないで居た。薄い布越しに、ドラコの掌の影がハッキリとネビルには確認できた。シーツまであと数センチの所で、躊躇っているドラコの掌。
「意気地なし」ネビルは小さく呟いてから、寝返りを打って眠ったフリをした。これでもシーツを捲れなかったら、ドラコを少し嫌いになるかもしれない。我侭で傲慢なドラコは嫌いだけれど、意気地なしなドラコはもっと嫌いだった。
ネビルはドラコを試した‥‥‥つもりだった。
「うわぁぁぁっ‥何!?‥ちょっ‥‥ドラコっ!!」
次の瞬間、ネビルは悲鳴を上げていた。突然、シーツごと宙に持ち上げられた。
「‥‥何だ、起きていたのか?」
そう言って、にやりと笑うドラコ。それは間違いなく、確信犯の笑顔。ドラコは、シーツに包まっているせいで、身動きが取れないネビルを抱え上げ、バスルームへと向かう。
「ちょっとっ!!下ろして!ヤダっ!お風呂は一緒に入らない!!」
付き合いだして、もう4年目。未だにネビルは、ドラコと一緒の入浴を拒む。
「‥‥恥ずかしがらなくても、僕がちゃんと洗ってやる」
意地の悪い笑みを浮かべて、ドラコはそう言ってネビルの頬にキスをした。
「やだって、もぅ‥バスタブ固いから嫌なのにぃ‥‥」
「ふぅん‥‥固くなければ良いんだな?」
「‥‥‥‥やだ。ベッドが良い!じゃなくて、ベッドじゃなきゃ嫌ぁ〜っ!!!」
ネビルの叫び声は、バスルームの壁に反響して消えた。
薄闇の中、ネビルは目を覚ました。
辺りはしんと静まり返っている。そんな中、すぐ傍で寝息が聞こえた。首筋にかかる、人肌の温もり。隣で眠るドラコを起こさない様にしながら、ネビルはそっと上体を起こした。腰から下半身にかけて、鈍い痛みと倦怠感が襲う。それに小さく呻いて、ネビルは苦笑した。脳裏に昨夜からの痴態が浮かぶ。それは決して、嫌な記憶じゃない。
視線を自分の貧弱な身体に向けると、生白い肌の上に幾つもの赤い斑点が確認できる。腹、太もも、二の腕、胸、見えないけれどきっと身体中、至る所に付いている鬱血の跡。ドラコが自分を愛してくれた証拠。
自然とネビルの顔に笑顔が浮かんだ。どんなに可愛い女の子がドラコを誘惑しても、ドラコは自分を選んでくれたんだ。という、ささやかな自信。ネビルはずっと、コレが欲しかった。「ずっと傍に居る」なんて言葉より、たった一つの鬱血の跡が欲しかった。ドラコの唇が付けた、ドラコのものだという証。
そしてネビルの視線は、今度はすぐ傍で眠るドラコの肢体へ。
肩口や二の腕に、ネビルが噛んだ跡や引っ掻いた跡が生々しく残っている。見えないけれど、きっと背中にも沢山あるだろう。ドラコに乱暴に抱かれる事は嫌ではないが、そうされるとどうしても無意識の内に爪を立てたり、歯を立てたりしてしまう。ドラコはいつも何も言わないけれど、きっと痛い。
「‥ごめんね」
ネビルはそっと囁いて、ドラコの鎖骨に唇を寄せた。少し強く吸って、歯を立てた。その刺激に、ドラコが小さく呻く。ネビルが唇を離すと、そこに小さな赤い斑点が出来ていた。
「僕もドラコが大好きだから‥忘れないで‥」
もしも明日、君の気持ちが変わってしまっても、僕は仕方ないと潔く君を諦めるだろう。幸せになって欲しいと願うだろう。でもせめて、僕が付けた赤い跡が消えるまでは、僕の事を忘れないで居て欲しい。
「‥‥おやすみ‥ドラコ‥」
ネビルはそう言って、ドラコの唇に一つ優しいキスをしてから、ドラコの腕枕に頭を預けて目を閉じた。
ネビルの可愛らしいいびきが聞こえ出すまで辛抱強く待ってから、ドラコは目を開けた。
心臓が飛び出すのではないかと思うくらい、激しく動いている。腕枕なんかして、鼓動がネビルに伝わりはしないかと、内心冷や汗をかいていた。
ゆっくりと視線を隣で眠るネビルに向けると、安らかな寝顔で完全に寝入っている。それを確認してから、ドラコはようやく殺していた息を思い切り吐き出した。
ネビルが、自分のものになりたいと言ったのは、酒の勢いだと思っていた。贔屓目に見ても、良い所半分だと‥思っていた。まさか、本当にネビルがそんな風に思っていてくれたなんて‥夢でしか聞けない台詞だと思っていた。この先、捨てられるのは自分の方なのだと、確信を持ってそう言える自分がいつも情けなかった。
だからせめてもの独占欲が、いつも可哀想なくらいネビルの身体に赤い跡を残せとドラコを惑わすのだ。赤い跡を見るたびに、ネビルが自分を思い出してくれるぞ、ネビルは自分を忘れないでいてくれるぞ‥と、ドラコを惑わすのだ。そしていつも、ドラコはそこ誘惑に負けてしまう。キスマークを付けるのは、所有物の証。ネビルを抱いたと言う、ドラコのささやかな自己主張。
「僕もドラコが大好きだから‥忘れないで‥」寝ている自分にキスマークを付けて、ネビルが言った台詞が、何度もドラコの頭の中を駆け回る。
ずっと、ネビルは嫌なのだと思っていた。キスマークを付けられる事も、付ける事も。だからドラコはずっと、歯形や引っ掻き傷で我慢してきた。でも、本当はずっと欲しかった。ネビルが自分を好きだという、自分を選んでくれたのだという証。
この部屋は地下なので、今が何時くらいなのかはわからない。けれど、嬉しさのあまり興奮を覚えてしまったドラコは、朝まで眠れないだろうと思った。
そして、ネビルの寝顔を見ながら過ごす時間は、そう悪くないだろうと思った。
長いけど、一本で通しました。えへ。
表の連載27回目くらいから、同時進行で書いていて、やっと書きあがりました。
うわーい。‥なんて事のない、いつも通りのバカップルなんですけどね、
今回はちょこっと、切ない感じです(笑)
2004・06・14 みづきちよ