「嫌です!!・・・やめてっ!!先生!!!・・・・・・いやぁっあぁぁぁっ!!」

夏の穏やかな昼下がり。

その中に、とてもその場に似つかわしくない、少年の痛々しい叫び声が響く。

10歳にも満たない少年は、大人の男に組み敷かれ、年相応ではない行為を強いられていた。

 

・・・・・・・・・ネビル・ロングボトム8歳の夏、・・・・一週間後に誕生日を控えた日の出来事だった。

 

ロックハート事件

 

その日、ネビルはドラコと喧嘩をした。

怒りではらわたが煮えくり返っていて、かなり機嫌が悪かった。

だから…という訳ではないが、いつもなら絶対しないような過ちを犯してしまった・・・。

 

 

道に迷った。

そう気が付いた時には、もうネビルは自分の居場所が全くわからなくなっていた。

歩き続ければ、見知った道に出るだろう・・・と、不安な自分を根拠の無い言葉で勇気付け、歩き続けるうちにだんだんと翳っていく陽の光。

見知らぬ廊下。薄暗くなっていく景色。変に反響して聞こえる、自分の靴音、・・・・・・・・正直、怖かった。

ドラコと喧嘩した事など、もうどうでも良い。

そう思ってしまうくらいに、ただ怖くて。

誰でも良いから、傍に居て欲しいと、切に願った。

・・・・・果たして、その願いは5分も経たぬうちに、あっさりと叶えられた。

薄暗い廊下の曲がり角で、出会い頭にネビルが出会ったのは、新任教師のロックハート。

「わぁっ!!」

「・・・・!?・・・・・・・・・おや?ネビルですか?」

驚いて、数歩飛びのいたネビルに、ロックハートはいやらしいくらいの笑みでネビルを見据えた。

「・・・・どうしました?こんな時間に、こんな場所で・・・もう、夕食は始まっているのではないですか?」

優しい口調でそう言って、ロックハートは長いブロンドの髪を優雅な仕草で、無意味にかき上げた。

「・・・・先生・・・・あの、僕・・・・迷ってしまって・・・帰り道がわからないんです・・・」

涙目になって、ロックハートを見上げ、ネビルは途切れ途切れに縋るような声を出した。

一瞬、ロックハートの瞳に鋭い眼光が走ったが、恐怖に震えたネビルは気付かない。

「おやおや、困りましたね・・・・良いでしょう、私が寮まで送ってあげますよ」

にっこりと、人好きのする笑みを浮かべて、ロックハートはネビルの返事も聞かぬうちに、その震える肩に腕を回した。

その馴れ馴れしい態度に、一瞬眉を顰めたネビルは、この場所に1人取り残される恐怖を考えて、何も言わずにそれを受け入れた。

そして2人は連れ立って歩き出した。

 

 

ガチャリと、扉の錠が下りる音が、やけに大きくネビルの耳に届いた。

・・・・・・・鍵をかけられた。

ネビルの胸に、恐怖がふつふつと湧き出す。

ロックハートに連れられるまま辿り着いたのは、彼の私室の前だった。

ネビルは力の限りに抵抗して、悲鳴を上げたが、大人の男の体力には敵わず、あっさりと部屋へと押し込まれてしまい、今に至る。

どうして、この場所に連れてこられたのか?

どうして、鍵をかけられてしまったのか?

どうして、ロックハートがそんな事をしたのか?

ネビルにはわからない。

ただ、目の前に居るロックハートの顔に、普段のナルシストの彼の面影は無く、意地の悪い視線でネビルを舐めまわす様に凝視している。

「・・・・・・・・・・・・・先生?」

問いかけたネビルの声が、震えている。

ロックハートは答えずに、ネビルに一歩近寄った。

同時にネビルは、本能的に危険を感じて後ずさる。

一歩、また一歩。

2人は等間隔に距離を保ったまま、部屋の中を移動していく。

ネビルの足が壁に阻まれて、後退できなくなってしまってからも、ロックハートは歩みを止めない。

無表情のまま、常軌を逸した視線でネビルを射抜き、距離をつめてくる。

 

「・・・・・ぃやっ・・・・・来ないで!!」

その恐怖に耐え切れなくなったネビルは、瞳に涙をいっぱい溜めて、叫んだ。

それを見ていたロックハートは、嬉しそうににやりと笑う。

「・・・・・・そう、その顔・・・良いですよ、ネビル・・・・・・もっと怖がりなさい・・・・・」

場違いな猫撫で声でそう言って、ロックハートは歩みを止めた。

2人の間に、もう殆ど距離は無い。

「・・・・・・・・せ・・んせ・・・・・・やめて・・・・」

恐怖に見開かれた瞳で、ロックーハートを凝視し、ネビルは震える声でそう言った。

その表情も、言葉も、ロックハートを喜ばせるだけでしかない。

「大人の中には悪い人も居るんです・・・・お祖母様が、貴方に教えてくださったでしょう?」

ネビルの頬を指先で辿りながら、ロックハートは瞳を細めて笑う。

「じょ・・・・冗談は、・・・・・・・やめて・・・ください・・・」

穏やかな口調のロックハートだが、瞳に宿した狂気はネビルの目にもしっかりと確認できた。

・・・・・・・この人、おかしい。

・・・早く、逃げなければ。

頭ではわかっていても、恐怖で竦んだネビルの身体は、言う事を聞いてくれなかった。

「・・・・・・ふふ、冗談では無いのですよ、ネビル・ロングボトム・・・・・・私は、貴方のその、怖がる顔をもっと見ていたい・・・・・・・・・」

いやらしくて、下品で、下劣な、その笑顔。

ネビルの好きなドラコのそれとは、対照的すぎる、異常な色を称えた瞳。

それから、ネビルの抵抗を、たった一本のロープで拘束し、封じたロックハート。もう彼の行為を咎める物は無い。

唯一あるとすれば、悲鳴をあげるネビルの震えた声くらい。

・・・・・・・・ロックハートを喜ばせる、恐怖に震える声しか無いのだ。

 

「・・・・良い眺めですね・・ネビル・・・・美しいですよ・・」

極上の気狂いな笑みを顔に貼り付けて、ロックハートが言う。

ネビルの身体は、ロープで椅子に固定され、着崩さずにストイックなまでにきちんと着ていた制服は、半裸に剥かれた。晒された白い素肌には、恐怖からか、嫌悪からか、鳥肌が立って居た。

そんなネビルを、ロックハートは無遠慮に視姦する。

「・・・・・・・・そんなに怖がらなくても良いのですよ、・・貴方も楽しまないと・・・・・痛いだけです」

この部屋に押し込まれた時から、この男の目的はネビルにもわかっていた。

過去に何度か経験している、自分を穢れた視線で見る男の目。

今のロックハートには、明らかなその穢れが含まれている。

何故、自分なのかはわからない。けれど、男を・・・・男の中に眠る獣を呼び起こしてしまう「何か」が、自分の中に在る事はネビルにだってわかっていた。

ドラコは何も教えてはくれないし、言ってもくれない。言う気も無いだろうけれど、・・・・・・多分ドラコも感じ取っている「何か」。

そんなもの、欲しくなかった。

自分はただ自分で。自分らしく生きて居たいだけなのに。

どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。

恐怖と嫌悪にまみれた思考は、ろくな事を考えない。

監禁されて、縛られて、ネビルは何も出来ない。

ロックハートはそんな可哀相なネビルを、目を細めて嬉しそうに見ていた。

 

「・・・・・・・・・・そう言えば、貴方は飴がお好きでしたね?・・・・丁度夕食の時間ですし、私のとっておきを差し上げますよ」

ネビルに構わず、身勝手な遊戯を開始したロックハートは、そう言うと部屋の中にある戸棚の中から何かを取り出してきた。

「さぁ、遠慮せずに舐めなさい・・・・・私がちゃんと持っていてあげますよ」

にやりと笑いながら、ロックハートが差し出したのは、棒キャンディー。

通常の物よりも大きくて、太い。・・・・・・・歪な形の、男の欲情の証を髣髴とさせた。

嫌がるネビルの顎を、強い力で押さえ込み、ロックハートは無理やり開かせた口の中に、その飴を押し込む。

「・・・・舌を使って、・・・上手にお舐めなさい・・・・・・」

喉の奥まで飴を差し込まれ、舐めろと言われても、そんな事出来ない。

「んんっ!!ふっ!んうぅっんーっ!!」

呼吸もままならない状態で、ネビルは涙目のまま呻いた。

涙と、精一杯の抵抗のせいで、ネビルの頬が朱に染まる。

それを満足げに眺め、ロックハートはゆっくりとネビルの口から飴を出し入れさせ始める。

呼吸を求めたネビルは規則的に出し入れされる飴を、本能で舌で追う。

上手に舌を使わなければ、自ら呼吸を困難なものにさせてしまう。

窒息を避ける為には、飴の動きに合わせて舌を動かすしかない。

長い睫毛を揺らし涙を流し、強制されるままに飴を舐めるネビル。

その舌の動きは、何時の間にかロックハートの望んだものとなっていた。

ネビルは空気を求めて飴を舐める。唾液と溶けた飴が卑猥な音を奏で、混ざり合った液体が口の端から伝う、その光景。

意図せずしてネビルは、今までドラコ以外に見せた事の無い色気を、ロックハートの目の前に晒した。

 

「・・・・そう、上手ですよ・・・ネビル・・・ごほうびをあげましょう・・」

そう言って、ロックハートは飴を持っていない方の手で、ネビルの晒された素肌に触れた。

鎖骨のラインを辿るように触れると、ネビルの身体は大きく揺れた。飴で口を塞がれているので、声は漏れないが、眉根を寄せ、快感に耐えている表情は、酷く男の嗜虐心をそそった。

どうやら、酷く感じやすい体質らしい。

ロックハートの口元で、いやらしい笑みが濃くなっていく。

思いついたようにロックハートは、ネビルの胸の突起を、何の前触れもなく摘み上げた。

「・・んんっ!!んーっ!んふぅっ!!」

ネビルは涙を流しながら、嫌々をするように首を振り、嫌がる。

ロックハートは笑う。

そんな状態で、ロックハートは思う存分ネビルの身体をまさぐった。

肌を舌で、指で、散々玩ぶ様に愛撫し、ネビルを泣かせては、喜ぶロックハート。

嫌がっているネビルの身体が、既に反応していることを知っていながら、ロックハートはネビルの下半身には触れない。

鼠をいたぶる猫みたいに、ネビルを虐めて喜んでいる。

 

「さて、・・・・そろそろ、良いでしょう・・・」

ネビルの身体を思う存分嬲った後に、そう言ってロックハートはネビルの口から随分体積の減ってしまった飴を取り出した。

唾液と、溶けた飴でぬるりと、淫猥に光った飴がネビルの口内から這い出てきた。

いつもよりも粘着質な唾液が、濡れた唇から飴に一本の糸を引く。

ネビルの瞳は焦点を合わせずに、その光景をぼんやりと見詰めていた。

「・・・・・・・ネビル・・・この後、どうして欲しいのか・・その、いやらしい口で答えなさい」

ロックハートが猫撫で声でそう言った。その声ですら、ネビルには遠くから聞こえてきた声に聞こえた。

「・・・・・・ネビル・・・言いなさい・・・」

ネビルの頬に指を添え、ロックハートは再度促す。

「・・・・・・・・・・・・・あ・・・・せん・・・・せ・・・・僕、・・・・熱い・・・・・・身体が・・・・」

熱に浮かされた表情で、ネビルは夢見心地に呟いた。

「・・・そうでしょう?・・・・ネビル・・・どうしたいのですか?・・・・いや、どうされたいと・・お聞きするべきかもしれませんね?」

ロックハートの声に、ネビルは促されるまま要求を口にした。

「・・・・・・・・・・・イきたい・・・・せんせぇ・・イかせて・・・」

虚ろな瞳でロックハートを見据え、ネビルはそう答えた。

その言葉を聞いて、ロックハートの笑みに艶が増す。

「そう・・・・・なら、・・・・足を開いて?・・・・・・・・・・あぁ、上手ですね・・・・実に卑猥だ・・・・・・・服が、邪魔ですか?」

先刻まで・・・・・飴を無理やり咥えさせられるまで、あんなに抵抗を示していたネビルは、ロックハートの言葉に従い、自ら足を開脚し、無防備な体勢を取っていた。

「・・・・・・・脱がせて?・・・せんせ・・・・・熱いの・・・お願ぃ・・・」

濡れた赤い唇から、絶えず吐息を吐き出しながら、ネビルはロックハートに懇願していた。

その瞳は、夢見心地に揺れていて、言葉は熱い湿り気を帯びていた。

そんなネビルのはしたない姿に、ロックハートの喉からはくすくすと楽しげな笑いが零れた。

先刻、ネビルに舐めさせていた飴。その中に含まれていた、淫乱になる薬・・・・それが効果を発揮している事を、この男は知っていた。

「・・・・・・かわいそうに、熱いのですね?・・・脱がせてあげましょう・・」

そう言って、淫獣のように卑しい教師は、ネビルの天使のように白い肌を汚すべく、彼の下半身に残っていた衣服を脱がせていった。

 

「あっ・・・あぁっあっ・・・・先生っ・・・・ヤダ、こんなの・・・・嫌だよぉ・・・」

涙で上気した顔をぐしゃぐしゃに濡らし、ネビルの赤い口から抗議の言葉が零れる。

薬のせいで、抵抗を見せなくなったネビル。素肌に剥かれた下半身を、男の指や舌で嬲られる度、腰をくねらせて吐精した。

それからロックハートは、その身体を戒めていたロープを外し、全裸のまま床に四つん這いにさせた。

理性も羞恥も無くし、ただ快楽を求めていたネビルは、そんな格好でも嫌がることなく受け入れていた。

その状態で、ロクハートはネビルに自分の股間をしゃぶらせて、笑っている。

ついさっき、物欲しそうに絶えずひくつくネビルの蕾に、舐めかけの棒キャンディーをプレゼントしてあげた所だった。

「・・・・・どうして?・・・ネビルのここは、いやらしいから・・・突っ込んで欲しかったのでしょう?」

意地悪く言うロックハートを、精液で汚れた顔で見上げ、ネビルは涙で濡れた懇願の表情を向ける。

「・・・いや・・・・・先生の、・・・・コレじゃなきゃ・・・いや・・・」

涙をぽろぽろと零して、今まで口に含んでいた男根を手で捕らえ、ネビルが懇願する。

「・・・・・・・・・全く、はしたない・・・・あなたは、由緒正しいロングボトム家の跡取りでしょう?・・・・そんなに淫乱では、勤まりませんよ?」

ロックハートの言葉に、ネビルの瞳からは大粒の涙がたくさん零れた。

「・・・・・・・・お願い・・・・・・先生・・・・コレが良いの・・・」

かわいそうなくらい、切ない表情で、そう願ったネビルを見て、ロックハートの顔はますます楽しそうに歪んだ。

「・・・・・では、仕方が無いですね・・・・・・・そんなに欲しかったら、ネビル自分でシているところを見せなさい・・・・・仰向けに寝て、足を大きく開いた状態で・・・・自分がどんなに淫乱ではしたないのかを、私に見せなさい・・・」

言われて、ネビルは困ったようにロックハートを見上げた。

「・・・・・・・そうしたら、・・・・入れてくれる?」

子供のように、思考を薬で犯されたネビルは、素直な表情でロックハートを見ている。

「えぇ・・・上手に出来たら、・・・・・いくらでも、突いてあげますよ・・・」

にっこりと笑ったロックハートに、ネビルは安心したように微笑み、頷いた。

 

「・・・・・・・・せんせ・・・・・見てる?」

蕾に飴を差し込まれたまま、床に仰向けに寝転がったネビルは、大きく足を開いてロックハートに問いかけた。

「・・・・・・・・・えぇ、ネビルのとってもいやらしい身体・・・・・・良く見えますよ」

椅子に座り、優雅に足を組んだ体勢で、ロックハートは床に転がるネビルの身体を見ている。

「・・・・・・・僕の身体・・・こんなに・・・・やらしいの・・・・・見て、先生・・・・・」

ネビルは、うわ言の様に言葉を紡ぎ、大きく開いた足の中心で、天を突くほどに反応している自身を掌で握りこんだ。

元来ネビルには、備え持った「奴隷」の気質が色濃くあった。

ある種の人間はそれを嗅ぎ取り、ネビルを手に入れようとする。滅多に出会えない、上質な猫を誰もが欲するのだ。

本人の望む望まないに関わらず、ネビルはそういう星の元に生まれた。

薬で理性を失墜させれば、ネビルは本来持っている素質のままに、男を煽り、欲していく。

「ああぁ・・・あは・・・あぁん・・・んっあ・・・・・」

ネビルが自分を追い詰める濡れた音が、薄暗い部屋の中を支配する。

殺しもしない喘ぎ声は、その音に重なり、空間をさらに淫らにそめていく。

何時の間にか、ロックハートの片手にはカメラが握られ、卑猥な仕草で自慰にふけるネビルの姿を、そのフレームの中にいくつも閉じ込めていた。

快楽を追う事に夢中になっているネビルは、その事に気付かない。

片手で自身の雄を嬲り、空いた手は胸の突起を何度も擦って、飴を咥え込んだ蕾と腰は、絶えず揺らいでいた。

ロックハートは椅子からゆっくりと立ち上がり、ネビルの開かれた足の間に膝を突いた。その手には未だカメラを持ったまま、蕾に差し込まれた飴の棒を、ゆっくりと出し入れし始める。

「やっ・・・・せんせい・・・駄目・・・・動かしちゃ・・・だめぇ・・・・」

突然訪れた快感に、ネビルの口から一際高い喘ぎが漏れた。

「・・・・・・・・どうしてですか?・・・気持ち良いでしょう?」

いやらしく囁かれたロックハートの言葉を、ネビルはもう聞いては居ない。

腰を振り、涙を流し、手を動かして、ただ乱れる。

ロックハートはそんなネビルに覆いかぶさるようにして、乱れる様を至近でカメラに収めていった。

 

それからはもう、ただの獣に成り下がった2人。

ネビルが欲するまま、自分の快楽を追い求めるまま、ロックハートは欲望をネビルの身体の奥深くに埋め込んで、低俗な遊戯を楽しんだ。

散々嬲られ続けたネビルが気を失ってしまうまで、ロックハートは執拗にネビルの身体を揺さぶり続けていた。

 

 

 

ネビルが目を覚ました時、部屋の中は静まり返り、朝特有の冷たい空気と、淡い光だけが部屋の中を支配していた。

薬が効いていた間の記憶が抜け落ちていたネビルは、いつもと同じ様に、寮の自分のベッドでの目覚めかと、一瞬勘違いをした。

しかし、少し身体を動かして、自分が全裸で居ることに気付いた刹那、昨日の出来事が頭の中に蘇った。

迷っていた廊下でロックハートに捕まり、部屋に押し込まれ・・・・・・・・覚えていなくても、その後の展開など容易に想像がついた。

自分が全裸で居ることが、何よりもの証拠。

一応、身体は清めてあったけれど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分は、ロックハートに犯された。

何となくではなく、目の前に晒された事実が物語る、ネビルの過ち。

どうして・・・・・・・・・理由なんて、わからない。

聞いた所で、自分にはきっと理解出来ない。・・・・・異常者の考えなんて、理解できるはずが無い。

ネビルは、ベッドの上に寝かされていた。

そして、隣には確かに誰かが寝ている気配があった。

ロックハートと、同じベッドの上で、全裸のままで居る・・・・そんな、現実にネビルは吐き気を覚えた。

ドラコを裏切って、身体を許した相手が、よりによってロックハートだなんて・・・・。

とにかくネビルは、この忌々しい男のベッドの上から退散したくて、身体を起こし、布団の中から身を引いた。そして、ベッドを下りようとしたネビルの手首を、寝ているはずのロックハートが、容赦のない力で掴んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・ひっ!!」

思わず漏れた悲鳴。

寝ていると思い込んでいたロックハートが、薄明かりの中で青い目をネビルに据えていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・今更逃げて、どうなるものでもない・・・・大人しく、ここに居なさい・・」

少し常と違う強い口調でそう言って、ロックハートは強引にネビルを自分の傍へと引き寄せて、自分の身体の下に組み敷いた。

「・・・・・全く、油断も隙も無いな・・・ネビル・・・・・少し、お仕置きが必要か?」

寝起きのせいじゃない。

喋り方のせいじゃない。

化粧をしていないせいじゃない。

今、震えるネビルに圧し掛かっている男は、ネビルの知っているロックハートとは、本質的に何かが違っていた。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カ・・イン・・・せんせ・・い?」

ガタガタと震えるネビルの口から漏れた言葉に、それまでネビルを鋭い眼光で睨みつけていたロックハートの顔に、いやらしい笑みが浮かんだ。

目を細めて、口元を歪ませて、ロクハートは怯えるネビルの頬に、冷たい指を添えた。

「・・・・・・・・・・・・ようやく、思い出したのですね・・・」

いつもの、虫唾が走るような猫撫で声。

ネビルの瞳は、恐怖と驚きに見開かれ、半開きの唇からはカタカタと奥歯の鳴る音が聞こえた。

ネビルの思考は、3年前の夏へと飛んでいた。

カイン・ルフォープ。

3年前に、ネビルの家庭教師をしていた男。

当時から勉強の出来があまり良くなかったネビルに、最初の内は優しく丁寧に接してくれていた。ネビルも、そんな優しい彼の事が大好きだった。

しかし、ある日を境にその関係は崩れていった。

何がきっかけだったのか、未だにネビルにはわからない。

突然本性を露にしたカインは、勉強の出来ない「お仕置き」として、ネビルの身体を玩具のように扱うようになった。

幼いネビルは、その行為の意味も理解できぬまま、男に嬲られ、犯された。

男の家庭教師の期限が終わるまで、そんな悪夢のような関係が1週間以上も続き、幼いネビルは心に深い傷を負った。

何故、その男が別人としてホグワーツに・・・・・・今、ネビルの目の前に居るのだろう。

ロックハートと呼ばれる、英雄の地位に居る男。

彼の素顔は、確かにネビルの知っている忌まわしいカインのものだった。

「・・・・・・・・・運命とは、不思議なものだ・・・別人にすり替わり、新しい人生と成功を掴んだはずの私の目の前に、過去の私を知るネビルが現れるなんて・・・・正直、焦ったよ・・・ネビルが皆に私の過去をバラすのではと・・・・内心ひやひやした・・・・・けれど、ネビルは変わっていない・・・、昔と同じ様に落ちこぼれの、間抜けのままだった・・・・・」

にやりと笑い、ネビルにそう言うロックハート。

ネビルはただガタガタと震えるだけで、何も言い返せなかった。

「折角こうして会えたんだ・・・・もっと楽しもうじゃないか・・・ネビル、・・・・私はネビルの初めての男なのだから・・・・・ネビルは私のモノに相違ない」

そう言って、怯えるネビルの身体を、ロックハートは笑いながら撫で回す。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・ぃや・・・止めて・・・・・・」

喉の奥から絞り出すような小さな声で、ネビルは抵抗の色を見せた。今、彼に出来る精一杯の抵抗。

「・・・・・・止めて?・・・・聞き間違いだろう?・・・・昨夜の乱れようをみていれば、わかるよ・・・・・ネビル、頭はともかく、身体の方は随分と成長したじゃないか・・・あれから何人に抱かれたんだ?・・・・・・・・・・・・ここへ、男を何本咥え込んだ?」

言い様ロックハートは昨夜の情交の名残を残すネビルの蕾へ、無遠慮に指を押し込んだ。

「ひっ・・・イタっ・・・・・・・いたぃ・・・・・先生・・・やめて」

悲鳴と共に、ネビルの瞳から涙が零れる。

「・・・・・・・嘘つき・・・ここを、こうされると感じるんだろう?・・・淫乱」

意地の悪い台詞と共に、ロックハートの指はネビルの中を掻き混ぜた。

「ああっ・・・嫌っ・・・・いやぁっ・・・・・駄目・・やめてぇ!!」

快楽を知っているネビルの身体は、ともすれば男の手に堕ちてしまいそうになる。それを必死で繋ぎとめ、ネビルは悲鳴をあげて抵抗をした。

そんなネビルに構わず、ロックハートは強引な仕草でネビルを犯した。

何度も何度も、いたぶる事を楽しむような、最低な行為だった。

ロックハートが満足する頃には、めちゃくちゃに乱暴されたネビルには、もう起き上がる気力も残っては居なかった。

そんなネビルをベッドの上に置き去りにして、ロクハートはシャワーを浴びて、いつもの過剰なほど煌びやかな衣装を纏い、髪を束ねて化粧をした。

性格は別にして、その姿に昨日までは「確かに顔は綺麗な男だ」と、漠然と思っていたネビル。

彼の正体を知ってしまった今、偽りのその姿に吐き気と嫌悪しか浮かばない。

「・・・・・逃げる事など考えてはいけない・・・・・・私の手には、コレがあるからね・・・バラまかれたくはないだろう?」

そう言ってロックハートは虚ろな瞳で横たわるネビルの上に、昨夜撮った写真を振り撒いた。

「・・・・・大人しくしていれば、私がちゃんと飼ってあげるから・・・・良い子にしていなさい・・」

そう言ってネビルの頭を軽く撫でて、ロックハートは部屋を出て行った。

 

鍵の閉まる音を、頭の隅で聞きながら、ネビルは霞む視界で、ロックハートが散らしていった写真を見詰めた。

明らかな悦びの表情を称え、ロックハートの肉棒を咥え込んでいる自分の痴態。

自ら腰を振り、あられもない声で鳴き、愛撫を強請る、淫乱極まりない自分の姿。

こんなものがばら撒かれるくらいなら・・・死んだ方がマシだ。

そして、それをネタに、あの男の言いなりになるくらいなら、・・・・・死んだ方がどんなにか幸せだろう。

霞む頭で、ネビルはそんな事ばかりを考えた。

不思議と、ドラコの顔は浮かんでは来ない。

ネビルの歪み始めた思考の中で、ドラコとは昨日の、喧嘩の・・・・・一方的に、ネビルがドラコを殴った瞬間で終わっていたから。

この事を彼に知られるくらいなら、二度と会えないままでいい。

情けなくて恥ずかしい過去の自分と、ロックハートの事をドラコに知られるくらいなら、・・・・自分との一時の戯れなど、忘れてくれて構わない。

ロックハートは、自分を飼うと言っていた。

過去の自分を皆に知られたくないのは、お互い様。

悔しい事に、ロックハートとネビルはその記憶を共有している。

そこへ、更に上塗りされた、昨夜の悪夢。

これ以上の恥辱など、ネビルには耐えられそうに無い。

自分の思考の箍を外れて襲い掛かった悪夢に、ネビルの思考は、ある一点に向かってどんどん堕ちていった。

 

 

遠くで鐘の音が聞こえる・・・。

午後の授業が終わったのだろう。

ネビルはベッドの上に裸の身体を投げ出したまま、ぼんやりとそんな事を考えていた。

酷い扱いを受けたネビルの身体は、悲鳴をあげていて。・・・無理やりな行為に抵抗しきれなかった思考は、既に理性を携えては居なくて。

結局ネビルは何もしないまま、朝と同じ場所を動くこともせずに、一日の大半を消化してしまった。

暫くすると、廊下をこちらへ向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。

・・・・・・・・あの男が帰ってきた。

そう思ったら、ネビルの身体は反射的に強張った。

望みもしない相手に、身体を弄ばれる・・・・・そんな現実に、ネビルが出来る精一杯の自己防衛。

鍵の開く音がして、足音が部屋の中へ入ってきた。

「・・・・・・・おやおや、本当にネビルは困った子だね、・・・・・・風呂ぐらい自分で入れないのか?」

朝の行為のまま、汚れた身体を清めもしていなかったネビルを見て、ロックハートはそう感想を洩らした。

ネビルは虚ろな瞳のまま、ロックハートを見ていない。

「・・・・・・・・・・・・・・・ネビル・・・私を困らせないでくれ、・・・・返事をしなさい」

偉そうに、・・・・完全に自分が主導権を握ったと思っているのだろう、ロックハートはそう言って、そっぽを向いていたネビルの顔を、強引に自分へと向かせた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・全く、・・・・そんなに呆けて・・・・今更そんなに純情ぶらないでくれるかい?・・・初めてでもあるまいし・・・大体、私と関係を持った後も、お前は男に抱かれていたんだろう?・・・・白々しい演技はやめなさい」

ロックハートは、ネビルの前で完全に素に戻る。

口調は男らしく、傲慢で、普段の虚栄教師の面影は完全に消えていた。

掛けられた酷い言葉を、ネビルは酷く緩慢に受け止める。

怒る事が面倒くさくて。

傷付く事が面倒くさくて。

悲しむ事も面倒くさくて。

ただぼんやりと、歪んだ視界の中に視線を据えていた。

 

「・・・・ネビル・・いい加減に・・・」

何をしても、何を言っても、無反応のネビルに焦れて、ロックハートが声を荒げたその時、部屋の扉が突然勢い良く開いた。

ドカンッ!!と蹴破られて、バタンッ!!!と壁に叩きつけられたドア。

驚いて視線だけをそちらに向けたロックハートは、部屋の入り口に立っている人物を見て、整えられた眉の片方を露骨に上げた。

「・・・・・・・・何なんです?・・・ノックもせずに・・随分荒っぽいやり方だ・・・・・申し訳ないが、取り込み中なのでね・・・出て行ってくれないか?」

生徒の前で猫を被っているロックハートらしくもなく、彼の言い方は酷く邪険だ。

そんな事を頭の隅でぼんやりと考え、ネビルはゆっくりと視線をドアへと向けた。

・・・・・・・虚ろだったネビルの瞳は、視界に「彼」の姿を捉えた瞬間に、クリアになった。

あれほど、どうでも良いと自棄になっていた思考さえ、一瞬で冴えた。

そして、頭に浮かんだ感情は・・・・・・・・・・・・・・・・・絶望に近い、羞恥と後悔。

部屋に押し入ってきたのは、つい昨日までネビルの恋人だった・・・・・ドラコ・マルフォイ。

全身に怒気を纏い、ともすればアイスブルーの綺麗な瞳が、真っ赤に燃えているのではないかと錯覚してしまいそうに、激しい憎悪を瞳に宿し、ネビルを・・・・正確には、ネビルの上に覆いかぶさったロックハート共々、ネビルたちを睨んでいた。

「・・・聞こえなかったのか、マルフォイ?・・・私は、出て行けと言ったんだ・・・・・・」

静かな、けれど、素になった口調に怒りを宿し、ロックハートはそう吐き捨てるように言った。

「・・・・・・・・・・・・」

ドラコは無言のままで、部屋の中をベッドに向かって歩いてくる。

たいして大きな音ではないのに、ドラコの靴底が床を叩く音が、ネビルの耳にやけに大きく響く。

ドラコは何故、ここへ来たのだろう。

人前で自分を殴り、恥をかかせたネビルに報復をするためだろうか?

それとも、単に自分の玩具を横取りされて、ロックハートが気に食わなかったのだろうか?

・・・・・・・・ネビルの中に、ドラコが自分を好きでいる・・・という考えは皆無だった。

昨日、ドラコの口から漏れた言葉。

それに怒って、自分がドラコにした仕打ち。

それらを考えれば、自分たちの関係が愛だの恋だのと、そんなに甘いものだったとは思えない。

結局の所、ドラコは自分の事をただ都合の良い相手・・・もしくは、それ同等の玩具としか考えていなかったと、ネビルは知っているから。

ドラコと、ロックハート・・・・・どちらに転んでも、自分の立場はあまり変わらないように思える。

玩具としてしか扱われない自分が、・・・・・・誰を愛していようと、そんな事、この2人にはどうでも良いことだから。

だからネビルは、ドラコからも、ロックハートからも顔を背けて、ただ成り行きを見守る事にした。

 

「エクスペリアームズ!!」

突然、ドラコが叫んだ。

それと同時に、ロックハートが着ていたマントの中から、杖が飛び出し、部屋の隅の壁に当たって床に落ちた。

ロックハートは驚きにか、恐怖にか、情けない悲鳴をあげて、ネビルの上から転がり落ちるようにして、ベッドの陰に逃げ込んだ。

「リクタスセンプラ!!」

間髪いれずに、ドラコが叫ぶ。

ロックハートは、床の上を転がるようにして更に逃げた。

「レダクト!!ディフィンド!!インカースレイタス!!!」

矢継ぎ早にドラコは容赦のない攻撃を、ロックハートに与えた。

その度に、ロックハートは泣き声の様な情けない声で悲鳴を上げ、逃げ惑う。

目標に当たり損ねた魔法が、乱反射して部屋の中を乱舞し、あらゆる物を破壊した。

ネビルは、怒号と悲鳴と破壊音の中、ただその光景を黙って傍観していた。

ロックハートへの攻撃が終わったら、次は自分。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・穢れた自分は、人を愛する事さえ許されない。

ぎゅっと目を瞑ったネビルの瞳から、涙が勝手に溢れ出た。

 

 

静まり返った部屋の中で、自分の荒い息遣いだけが、耳についた。

数秒前まで、大きな破壊音で満たされていた部屋。

その惨状は凄まじかった。

悪趣味な・・・けれど、上質なアンティークで統一されていた室内は、30分前までの面影を全く残してはいない。

この部屋の中で、唯一原型を留めているのは、天蓋付きのベッドだけだ。

ドラコは舌打ちと共に、床に転がって失神している男を睨み付けた。

この男は、ドラコの一番大切なものを汚し、奪おうとした。

・・・・本当なら、このまま殺したい。

そんな危険な衝動を、どうにか抑えて、ドラコは杖をローブに仕舞った。

そして、ゆっくりとベッドに近付く。

ベッドの上には、素肌を晒し細い肩を震わせたネビルの姿。

一瞥したけで、暴行の跡は明らかだ。

しかもご丁寧に、行為を記録した写真がベッドの上に無数に散らばっている。

閉じられたネビルの瞳から、涙が零れていた。

必死で身を守りたいのか、両腕で自分をきつく抱き締めている。そのせいでネビルの二の腕は、自らの爪で深く傷付いていた。

ドラコの中に、ロックハートへの怒りが更に増殖していく。

・・・・・・やはり、殺してしまおうか。

 

暫く考え込んだ後、ドラコは結局その考えを一時放棄することにした。

今は・・・ネビルの事の方が大事だから。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ネビル・・」

ベッドに近付いて、ドラコが一言声を掛けると、ネビルの身体が更に強張り、ドラコを拒絶する様な仕草を見せた。

その様子を目の当たりにし、ドラコは溜息を否めない。

ネビルをこんな状態にしてしまったのは、間違いなく自分だった。

「・・・・すまない・・・・・・許してくれ・・・・・」

ドラコは床に膝をつき、頭を垂れてネビルに告げた。

「・・・・・・・・愛しい君を、こんな目に遭わせて・・・・・僕は・・・・愚かだ・・・・・」

ドラコの言葉を、ネビルは全身全霊で否定した。

嘘だ。

嘘だ。

嘘だ。

嘘だ。

ドラコはいつだって、口先三寸で相手を丸め込む。

半年もの間、ネビルに愛を囁き、信じさせた唇で、平気でその関係を否定する・・・・ドラコは、そういう男だから。

「・・・あんなに軽率な言葉、嘘でも言うんじゃなかったと・・・・・・ずっと後悔している・・ポッターたちに謝って、君に会わせてくれる様、一晩中頼んだ・・・・」

ネビルは耳を疑った。

あのプライドの高いドラコが・・・・ハリーたちに、頭を下げた?・・・・・・・・・そんな事、あるわけ無い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、こんな事になるなんて・・・思わなかったんだ・・・・・・・・・・本当に僕は・・考え無しの愚か者だ・・・」

僕だって・・・・と、ネビルは心の中で呟いた。

僕だって、こんな悪夢を見るなんて、考えてもいなかった。・・・あの男に会うなんて。

気付けば、ネビルの瞳からは新たな涙が生まれて、幾つも頬を伝った。

 

「すまない・・・本当に・・・すまない・・・・ネビル・・・・・・・僕を、罵っても、殴っても・・・・殺したって構わない・・・・・だから、・・・・・お願いだ・・・捨てないでくれ・・・」

ドラコはネビルに頭を下げたまま、自分のローブを力の限りに握り締めていた。

あまりに力を入れすぎていて、腕が震え、手の甲には白く骨が浮き出ていた。そんな事をしたからと言って、ドラコの罪が消えるわけでもなかったが、ドラコの自責の念がそうさせた。

「・・・・・頼む・・・・・傍に・・・居させてくれ・・・・・・・・・他には何も・・・望まない・・・」

必死で縋るドラコの声に、ネビルはゆっくりと閉じていた瞳を開けた。

涙で霞む視界の中に、ドラコは項垂れ必死で許しを請う姿が、映っていた。この光景は、夢じゃない。

昨日の事を、ドラコは本気で後悔している・・・・?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそつき・・・・・」

擦れて、弱々しい声で、ネビルはドラコに吐き捨てた。

「・・・・・・・・・・・・・・・ネ・・ビル・・・?」

その声に、ずっと項垂れていたドラコが、恐る恐る頭を上げた。

「・・・・・・・君は、出会った時から傲慢で、・・・・意地悪で、・・・・嘘つきだった・・・」

虚ろに見開かれた鳶色の瞳には、確かに自分の顔が映っているのに・・・ネビルの声は、淡々としていて、その瞳に何の感情も称えてはいない。

ドラコはその事が怖かった。

もう手遅れなのか?

自分の言葉は、ネビルには二度と届かないのだろうか?

絶望がドラコの胸を支配する。

「・・・・一年間、僕を虐め続けて・・・それから「好きだ」なんて言った・・・・・・半年間も、「愛している」と言い続けて、身体の関係まで持って・・・・なのに、「ゲイ」を否定した・・・・・・・今度は「傍に居たい」?・・・いつ、裏切るの・・・・・・?」

弱々しいネビルの声は、ドラコの胸を激しく抉った。

「違う」と言いたい。けれど、ネビルの言った事は、本当で・・・・自分のそんな陳腐な言葉、説得力の欠片も無い。

迷ったドラコの口からは、言葉が漏れる事は無く、代わりに息が詰まったような、おかしな擬音だけが漏れた。

「・・・・・・・・・もう、・・・ドラコの玩具でいるの・・・・・・・・・疲れた・・・・・」

ネビルの口から零れたその台詞は、ドラコの胸を完全に射抜いた。

「・・・ネビル!!すまない!!!」

我慢できずにドラコは横たわるネビルの身体を、思い切り抱き締めた。

「許してくれ・・・・・君のためなら、何でもする・・・・嘘じゃない・・・・僕は、本気で君を愛してる・・・・お願いだから・・・捨て・・ないで・・・」

喉の奥から絞り出すような、苦しそうな声。

叫んでいるのは、ドラコの心だった。

抱き締められたネビルは、抵抗はしなかった。その代わり、他に反応もしなかった。

嫌がらない代わりに、喜ばない。

ドラコの存在を完全に無視しているネビル。

目の前で、こんなに近くで抱き締めているのに・・・・ドラコにとって、こんなに辛いことはない。

 

ネビルを抱き締めたまま、ドラコは動かなかった。

ドラコに抱き締められたまま、ネビルは動かなかった。

聞こえるのは、どちらの物だかわからない、心音のみ。

長い静寂が、部屋を支配していた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕も・・・・・・・・・・・・」

小さな、小さな、声だった。

ともすれば、風の音より小さくて、耳元で吐き出される吐息よりも、小さい声。

ドラコの耳に届いた、ネビルの声。

「・・・・・・・・・・・・・ネビル?」

囁きで、ドラコが問い返したが、ネビルはもう何も言ってはくれなかった。

ただ、強張っていたネビルの身体からは、無駄な力が抜けていて、・・・・ドラコの腕に身体を全て預けてくれていた。

 

 

ドラコは壊れたチェストの中から、洗い立てのシーツを取り出してネビルの身体を包み、自分の着ていたローブで、更に包んだ。

それから、床に散らばったネビルの衣服を拾い集めると、部屋の惨状をそのままに、ネビルを抱きかかえてその場を後にした。

ただ、ネビルが辱められている写真だけは、全て燃やした。フィルムもカメラも、全てを破棄した。

誰にも気付かれぬよう、父から教わった隠し通路を通り、首尾良く私室に戻ると、ドラコはネビルをベッドへと優しく横たえた。

ネビルは眠ってはいないようだったが、寝たフリを決め込んでいて、必要以上に息を潜めて、身動きをしない。

ドラコはそれに気付かぬフリをして、バスルームへ行き、浴槽にお湯を張る。

ネビルの身体を綺麗にしてあげなければいけないと、そればかりが頭に浮かんだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネビル・・・・」

部屋に戻ったドラコは、駄目元でネビルの名を呼ぶ。

ネビルは答えない。

「・・・・・・・・風呂に・・・入ろう・・・・・・そのままじゃ、嫌だろう?」

優しく語り掛けてみても、やはりネビルは何も言わなかった。

ドラコは八方塞のまま、ベッドの支柱に身体を預けて、床に腰を下ろした。

ベッドの上に腰をかけたら、ネビルが怖がるのではないかと思ったら、少しでも距離を置いてあげたかった。

その状態で、何時間も経った。

相変わらず身動き1つしないネビル・・・・本当に寝てしまったかもしれない。

ドラコがそんな事を思い、溜息を吐き出した時だった。

姿見の鏡から、控えめなノックの音がした。

ドラコは無言で立ち上がり、鏡の前に行くと、杖を構えて鏡の表面に杖先で十字架の形を描いた。

すると、鏡は消えてなくなり、姿見があった場所に扉が出来た。

 

ドラコがその扉を開けると、そこに2つの人影が現れた。

「・・・・・・・・・連絡は、届いたようだな?」

ドラコが問うと、背の低い方の影・・・・ハリーが頷く。

「・・・うん・・・・」

ハリーはそう言って、ドラコに敵意の無い話し方をしていた。

昨日まで、確かにいがみ合っていた筈の2人なのに・・・だ。

「・・・・・・ずいぶん派手に暴れたね?」

少し嫌味にハリーが言った。

「あぁ・・・怒りが抑えられなくてな・・・・・・今でも、許せない」

ドラコの声も、いつもの傲慢な感じじゃない。

そんなドラコに、ハリーは溜息混じりに「ま、わからなくもないけどね」と軽く同意までした。

「・・ロックハートは、自業自得って事で片付けた・・・魔法の逆噴射でもしたんじゃないかって言ったら、スネイプも納得したし・・・」

「・・・事後処理を押し付けてしまったな・・・・・すまない・・・・・・・・しかし、・・ウィーズリーも、なかなか役に立つじゃないか・・」

苦笑したドラコの声に、もう1人の影・・・・ロンは、嫌そうに眉を顰めた。

「・・・アレは!元はと言えば、マルフォイが・・・」

「ロン!・・・しーっ!!・・・・・・・ネビルが寝てるんだよ?」

興奮気味に話し出したロンに、ハリーが釘を刺して黙らせた。

「・・・・・・・・あ・・・・ごめん・・・」

ハリーに言われて、ロンは慌てて自分の口を両手で塞いだ。

「・・・・・・・それで?・・・どうなの・・・・ネビルの様子・・・」

ロンが黙ったのを確認して、ハリーはドラコに尋ねた。

ドラコは曖昧な顔で、ハリーから視線を逸らした。

「・・・・・・・・・・・・・・わからない・・・・僕を、嘘つきだと・・・・今度はいつ裏切るんだと、聞いてきた・・・・・・今は、眠っている・・・」

ドラコは淡々と現状の説明をした。

 

昨日、ネビルに殴られた後、ドラコはネビルに謝る為にグリフィンドール塔へ行き、ハリーとロンに会わせてくれる様に懇願した。

「どうしてか?」と問われ、放課後の謝罪をしてから、自分たちの関係を暴露した。

ドラコなりに、この2人が自分はともかく、ネビルを大切にしている事を知っていたから、きっと他言はしないだろうと思った。

納得してもらう頃には、深夜に近い時間帯で、それでもようやくわかってもらえた。

けれど、ハリーたちもネビルの居場所を知らなかった。

3人で一晩中探して、それでも見付からなくて・・・・焦りばかりが募る。

ただでさえネビルは、以前にも性質の悪い上級生に捕まった事があったから。

散々調べて、ようやくドラコがネビルの居場所を知ったのは、昼過ぎになってからだった。

ロックハート本人から、廊下で擦れ違い様に囁かれた言葉。

『貴方には、ロングボトムは勿体無い・・・』

意味深な言葉。

それで、全てを理解した。

ロックハートの部屋に殴りこみに行く際、ドラコはハリーに手紙を書いた。

『ネビルの居場所を突き止めた。

これから助けに行く。

夕食後、この場所にて。』

たったこれだけの手紙。文末には、ドラコの私室の鏡の裏へと続く隠し通路の場所の地図が書いてあった。

 

そういう経緯で、今に至る。

ドラコがどれだけ本気でネビルを好きなのか・・・・一晩一緒に行動したハリーとロンは、知っている。

たった一晩で、2人のドラコの見方が180度完全に逆転してしまった。

それくらいの影響力を持った、ドラコの本気の愛。

けれどネビルは・・・・・・もう、ドラコを見限ったかもしれない。

ドラコには悪いけれど、もしネビルの気持ちがそうなのだとしたら、今この場にドラコと2人で置いておくわけにはいかない。

「・・・・・・マルフォイ・・・そろそろ、ネビルを連れて帰りたいんだ・・・・・他の寮生はともかく、ディーンたちはこれ以上誤魔化せそうに無い・・・」

ハリーが申し訳なさそうにそう言うと、ドラコは弾かれた様に顔を上げ、ハリーに昨日と同じ懇願の視線を向けた。

「・・・・・頼む、あと・・・数時間・・・・夜明けまでには、寮に帰れるようにする・・・・・だから、もう少し・・・・傍に居させてくれ・・・頼む・・・」

ドラコの悲痛な声を、ハリーは痛々しくて聞いていられない。

あのドラコが、こんなに必死になるなんて・・・そんなに、心からネビルを愛しているなんて・・・。

困惑するハリーを見て、ロンは1つ大きな溜息を吐いた。

「・・・・・ハリー、一緒に居させてやろうよ?・・・・・・・その・・・最後・・・・かもしれないしさ?」

言い難そうにそう言った、ロンの言葉。

ハリーは驚いたように目を見開き、ロンを見て、それからドラコに向き直った。

ドラコは真剣な目で、ハリーを見ていた。

「・・・・・・・・・わかった・・・でも、4時が限界だからね?4時までには必ず連れてきて?」

しぶしぶハリーがそう言うと、ドラコは弱々しく微笑んだ。

「・・・・・・・・・すまない・・・・恩に着る・・・」

別れを決意しているような、そんなドラコの様子にロンは同情を否めない。

同じ男として、下らないプライドを捨てきれない時がある事を、ロンは知っていた。

今回は、間が悪かっただけで・・・・こんな事になるなんて、誰にも予想できなかった。・・・けれど、今回の事は間違いなくドラコが発端で・・・・・・責任はドラコにある。だからロンは、ドラコを庇えない。

「じゃあ、ネビルをよろしくね」

「約束は、ちゃんと守ってくれよ?」

「あぁ、わかってる・・・」

ドラコに念を押してから、2人は去っていった。

 

鏡を元の位置に戻し、ドラコは溜息を吐いた。

鏡の中には、情けない自分の顔。

無理も無い。愛するネビルと一緒に居られるのは、あと数時間だけ・・・・。

自分でまいた種。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・玩具・・・・か・・・」

気付いたら、ドラコはそんな事を口走っていた。

ネビルを玩具だなんて思っていたのは、随分前・・・・・・でも確かに一時的に、そういう時期があった。

好きになってからは、そんな風に思った事など一度も無い。

けれど・・・・ネビルの中で、きっと未だに自分の存在はあの頃の・・・虐めっ子のままでしかなかったのだ。

暇つぶしの「恋愛ごっこ」に付き合わなければ、虐められるから・・・・一緒に居ただけ。そんな、・・・気持ちなんて微塵も入っていない関係。

それに浮かれていた自分。

ネビルが自分を受け入れてくれたと、馬鹿みたいにはしゃいでいた。

本当に、馬鹿だった。

関係を無理やり続けていたって、気持ちがなければいつかは切れてしまうのに。

何より、この関係自体が、自分の1人相撲でしかなかったのに。

身勝手な関係を続けて、付けた傷はいくつあるだろう。

プライドを捨てきれずに、更に抉った傷はいくつあるだろう。

今回、どれだけの新しい傷が、ネビルの身体に付いたのだろう。

・・・・・・・・・・・・・全部、愚かな自分のせい。

 

ドラコは後悔の色濃く滲む青白い顔のまま、ネビルの傍に近寄って・・・でも決して、ベッドの上には上がらなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・愛しているんだ・・・ネビル・・・誰よりも、君だけを・・・・ずっと・・・」

ドラコは限られた時間の中で、喉が枯れるまで何度でも、気持ちを紡いでいたかった。

今後、こんなに傍にいることは出来ないだろうから・・・・こうやって、気持ちを伝える事が出来そうにないのだから・・・今、言わなかったら一生伝わらない気持ちを、言葉にしよう。

ドラコの最後の悪あがきだった。

「・・・・すまない・・・・もう、許してくれなんて、そんな事は望まない・・・・ネビル・・・悪口でいい・・・罵りの言葉で良いから・・・・・・・・・声を・・・最後に、君の声を聴かせて欲しい・・・」

祈るように手を組んで、ドラコは願った。

「嫌い」でも「さよなら」でも「死んでしまえ」でも、構わない。

許しを請う代わりに、声が聞きたい。

そんな切望も、ネビルには届かなかった。

ネビルは相変わらず身動きをしなくて・・・・寝息も立てていなかった。

「・・・・・愛してる・・・」

何を言っても、ネビルは反応を示さない。

ドラコは、この行為自体が自分の我侭で、ネビルを傷つけているかもしれないと考えはじめた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・うるさくして、悪かった・・・・・・・・ネビル・・・・・・・・・君と居られて、僕は嬉しかった・・・・君は、迷惑だっただろうけれど・・・僕は・・・幸せだったんだ・・・」

『さよなら』と、声には出さずに呟いて、ドラコはそっとシーツから覗いたネビルの髪に指先だけを触れた。

「・・・・・・・・・・・・すまない・・・」

そして・・・・ネビルの傍から離れていく。

ドラコは、この部屋から消え、寮に戻ることを決めた。

このまま傍にいたら、更にネビルを傷付けるだけだから。

約束の時間になってもネビルが帰らなければ、ハリーたちが心配して迎えに来るはずだから、・・・心配は無い。

ドラコは一度だけネビルを振り返り、部屋を出た。

 

 

パタンとドアの閉まる音がした。

そして、足音が遠ざかる。

足音が完全に聞こえなくなってから、ネビルは全身から力を抜いた。

大きな溜息が自然と出てくる。

ドラコの気持ちは、ネビルにも痛いくらいに伝わってきて、涙を堪えるのが大変だった。・・・・けれど、どうやら上手く誤魔化せた。

ドラコは部屋を出て行った。

自分に嫌われたと思って・・・・少し、可哀相だったけれど・・・・仕方が無い。

そう思いながら、ネビルは包まっていたシーツの中から這い出た。

その際に、シーツの上から掛けられていたドラコのローブが舞い上がり、床に落ちた。

裸のままベッドから降りたネビルはそれを拾い上げて、抱き締めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんね・・・」

ぽつりとそう呟いた途端、堪えていた涙が一気に溢れた。

ネビルはそれを無理やり拭って、ドラコのローブを持ったまま、バスルームへ向かった。

こんな状況で、風呂に入っている場合じゃない事ははかっている。・・・けれど、多分・・・・・・数時間後、この場所でドラコに会うから。その時に、ロックハートに汚された身体のままでいるわけにはいかない。・・・・・・その頃になって後悔しても、自分はもう身体を清めることなど出来ないだろうから。

今の内に・・・・残された短い時間の中で、ドラコが愛してくれた自分に、少しでも戻っていたい。

ロックハートに触られた所全てを消毒するように、ネビルは洗浄脅迫の赴くままに、身体を乱暴に泡を塗り込めるようにして、手で擦った。

犬がシャワーを浴びた時みたいに、全身をめちゃくちゃに洗って、ネビルはバスタブのお湯の中に、頭まで全身を沈めた。

苦しくても我慢した。

もう駄目だと思っても、我慢した。

・・・・・・・・・・でも、無理だった。

ザバンと、勢い良くお湯から頭を出し、ネビルはゲホゲホと咳き込んだ。

霞む視界と思考で、入水自殺は風呂場でやるものじゃないし、錘を持つべきだと、ネビルは学習した。

 

それからネビルは、びしょ濡れのままで洗面所へ行き、今度は棚を漁った。そして中から、剃刀を見つけ出すと、慎重に刃を出して、濡れて滑る手で持ち、びしょ濡れの手首に刃をあてがった。・・・・・この方法なら、以前にやった事がある・・・今度こそ、失敗しない。

そう思いながら、ネビルはゆっくりと素肌に剃刀を沈めていく・・・・。

1本目の傷・・・・浅すぎる。

2本目の傷・・・・少し、痛い。

3本目の傷・・・・手がブレた。

4本目・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・傷を付けられない。

ついさっきまで、ドラコに言われていた言葉が頭の中をぐるぐる回って。

本気で自分に許しを請う、ドラコの姿が頭から離れなくて・・・・。

どうしてもそれ以上、自分で自分を傷付けられなかった。

ネビルは剃刀を放り投げ、床に置いておいたドラコのローブを抱き締めた。

抱き締められた時のドラコの匂いとおんなじで、酷く安心する。

涙が零れた。

 

好きで、男に犯されたんじゃない。

望んで、こんな事になったんじゃない。

・・・・・・けれど、別れは、ネビル自身が望んだこと。

自分の人生を狂わせた男に再会して、・・・嫌でも自覚した、自分の中に眠る野生。

男に嬲られて喜ぶ、汚らわしい生き物が、確かに自分の中に棲んでいる。

こんな身体で、・・・・・誰を愛せるというんだろう。

誰に・・・愛してもらえるというんだろう。

せめて、最後の瞬間に、ドラコの匂いに包まれていたい。

息をしなくなった自分を見て、きっとドラコは喜ばない。悲しんでくれるだろうし、泣いてくれるだろう。

けれど、そんな感情は、学生時代の・・・・若い思考の、一時のまやかしみたいなものだから・・・・・・・こんな、穢れた醜い自分の事なんて、きっと直ぐに忘れてもらえる。

さっき、ドラコは言ったから。

自分に「さよなら」と。

今ここで、強制終了をしなければ。

今、別れを迎えなければ。

彼に明るい未来はやって来ない。

きっと自分は、・・・自分の胸の中の感情は、彼の重荷になってしまうから。

 

風呂上りに、濡れたまま、何も身に付けないでいたネビルの体温は、地下室の冷え冷えとした空気にどんどん奪われていった。

・・・・・けれど、このまま凍死してしまうには、季節が進みすぎている。

風邪くらいはひくかもしれない。・・・生死を左右する、高熱くらいは出るかもしれない。

けれど、それでは遅すぎる。

今すぐに・・・・・・行動を・・起こさなければ・・・・。

もう一度、彼の顔を視界に入れてしまったら・・・・きっともう、戻れない。

ネビルはドラコのローブに埋めていた顔を上げて、瞳に溜まった涙を手の甲でごしごしと擦った。

そして、視界に先刻投げ捨てた剃刀を探した。

・・・・・無い。

・・・・・・・・・・・無い。

・・・・・・・・・・・・・・・無い。

確かに、さっきまで手元にあったのに・・・・・無意識に放り投げたとはいえ、自分の腕力なんてたかが知れてるというのに。

剃刀が、どこにも無い。

いくら一般的のものよりは広い洗面所でも、ここは限られた空間なのに・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・」

忙しなく視線を動かしていたネビルの視界に、飛び込んできたのは、見慣れた指先。

いつもネビルの髪を優しく梳いてくれる、長くて骨ばった、しなやかな指。

ネビルの正面に、床に手をついて座り込んでいる人が居る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネビル・・・・・・・」

聞こえてきたのは、紛れも無い、彼の声。・・・・ネビルが大好きな、ドラコの声だった。

 

気付いたら、ネビルの身体は、優しくタオルに包まれていて、その上から温かい身体が、ネビルの細い身体を抱き締めていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまない・・・どうしても、君に謝りたくて・・・ちゃんと目を見て、謝っておきたくて・・・・・未練がましいが、・・・・・・・戻って来てしまった・・・」

ロックハートに怒りを向けて、その後はずっとネビルに謝罪と・・・・・・・愛を紡いでいた喉は、随分傷付いてしまったのだろう。

ネビルが今まで聞いた事が無いくらい、ドラコの声は掠れていて、弱々しかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕は、無力で・・・・底なしに、愚かだ・・・けれど、・・・・・・・・君の傍に居たい・・奴隷でも、それ以下でもいい・・・・捨てないでくれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・愛しているんだ・・・・・・・誰よりも・・・・」

 

 

限界だった。

 

無視をして、ドラコに愛想を尽かせてやりたかったのに。

自分の事なんて、忘れてしまえばいいと、そう思っていたのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こ・・・わかった・・・・・・・・ドラコ、・・・・・・・僕、怖かった・・・・・・・・・」

気付いたら、泣きながら縋っていた、温かい身体。

「・・・すまない・・・・ネビル・・・・・・・もっと早くに、助けてあげられなくて・・・・・・すまなかった・・」

ぎゅうっと強く抱いてくれる身体に、ネビルは全身で安堵していた。

「・・・・・・・ドラコ・・ごめん・・・ごめんね・・・・・・・・僕、・・・・・好きなの・・・ドラコのこと・・・・・・凄く好きなの・・・・今までずっと・・・黙っていて、ごめんなさい・・・」

ネビルは話の流れを考えず、思いついた言葉を吐き出す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネビル?」

ドラコは泣きながら自分に抱きついているネビルを凝視する。

昨日、殴られてから、今までの展開で、ネビルの口からこんな言葉が出るなんて、思っていなかった。

「・・・・好きなの・・・・・ドラコ・・・・・・他の男に抱かれた、・・・汚らわしい身体なのに・・・・グリフィンドールなのに・・・・僕、・・・・・好きなの・・・どうして良いのか、わかんない・・・・迷惑だって・・・・・わかっているのに・・・・・・・・・・・好き・・・」

・・・・死んでしまえば、楽になると思っていたのに、今、ネビルの中に、そんな考えが浮かばない。

この温かい腕の中から、出たくない。

ずっと・・・・ここに居たいと、素直にそう思う。

「・・・・・・・・・・・その・・気持ちだけで、充分だ・・・・・・・・身に余る・・・・・・」

ネビルの身体を強く抱き締めて、ドラコは言葉を吐き出す。

 

それからドラコは、真顔で床に跪き、ネビルの手を取り囁いた。

「・・・・・・愛している・・・誰よりも、・・・君だけを・・・・だから・・・・・・・傍に・・・居させて欲しい」

ネビルはそんなドラコの行為に驚いて、一瞬掴まれた手を引いた。

それから、困った顔で微笑んで、自分も床に膝をつく。

「・・・・僕も・・・・僕も、ドラコが好き・・・・・・・これからも、傍に居ても良い?」

お互いがお互いに切望して、見詰め合う。

答えは、甘い口付けで、2人に示された。

 

 

「・・・・ありがとう・・」

 

そう呟いたのは、どちらだったろう。

思ったのは多分、同時で。

喋ったのは、無意識で。

今はただ、お互いの腕の中に居たかった。

 

 

ドンドンと、壁を叩くくぐもった音で、ドラコは目を覚ました。

しばらくぼんやりとして、ハッと気付いた。

枕もとの時計を見ると、4時17分。

約束の時間を過ぎている。

慌てて杖を持ち、ベッドから下りて鏡の前に行き、扉を開けた。

開いた扉の向こうには、憮然とした顔で相当怒っている、ロンとハリーが立って居た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

2人は無言でドラコを睨み、何も言わない。

ドラコはその気迫に押されて、何も言えない。

「・・・・・ネビルを迎えに来たんだけど?」

睨み合いを続けた後、ロンが言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・こっちだ・・・」

ドラコは自分の非を謝らなかったが、素直に2人を部屋の中に招き入れた。

ロンとハリーは、物珍しげに部屋の中を見渡しながら、ドラコの後についてベッドへと近付いていった。

 

「・・・・・ネビル・・・・・ネビル・・・・・起きてくれ・・・」

ベッドの上で気持ち良さそうに眠るネビルに、優しい声で呼びかけて、ドラコは指先でネビルの頬をくすぐるように撫でた。

ネビルは触られた方の頬を、くすぐったそうに肩に寄せて、寝返りをうった・・・・けれど、起きない。

ドラコは、困ったように微笑んで、ネビルの肩を優しく揺らす。

「・・・・・・ネビル・・・・ポッターたちが、迎えに来てくれたぞ?・・・・起きろ・・・」

耳元で囁くように、優しくネビルに接するドラコ。

傍らでそれを見ていたロンとハリーは、何だか落ち着かない。

見てはいけない2人の時間を、覗き見ているような気分になってくる。

ドラコが何度か呼びかけを続けると、閉じていたネビルの瞼がゆっくりと開いた。

潤んだ鳶色の瞳に、ドラコのプラチナブロンドが映る。途端、ネビルの顔に笑みが浮かんだ。

「・・・・・ドラコ・・・」

甘えた声でそう言いながら、ネビルはドラコの首に腕を絡めて、微笑んだ。

そんなネビルを、優しく抱きとめて微笑み、ぎゅっと抱き締めたあと、ゆっくりと身体を離してドラコはネビルに言った。

「・・・・・・・・・ネビル・・もう帰る時間だ・・・ポッターたちが迎えに来てくれている・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・え?」

ドラコに言われた言葉をゆっくりと頭の中で吟味したネビルは、その意味を理解した途端に赤面し、抱きついていたドラコの首筋から顔を上げ、周りを見回す。

そしてドラコから少し離れた所に、その言葉どおりに立っている2人の姿を確認すると、真っ赤な顔のままドラコの身体に飛びついて、恥ずかしそうに身を隠してしまった。

「・・・・・・・・・・・・なんで?・・・・2人が、ここにいるの?・・・・・・・・・ドラコの部屋・・・なのに・・」

それから、消え入るような小さな声でそう言った。

そんなネビルを見て、ドラコは喉の奥でくすくすと笑った。

ロンとハリーは顔を見合わせて、居心地の悪さに溜息を否めない。

「・・・・・・・・・・ネビルを、・・・迎えに来たんだけど・・・僕たち、お邪魔だったかな?」

そう言って苦笑したのは、ロン。

ハリーも頷いて、「・・・愚問だね」と呟いた。

 

ロンとハリーは、ネビルを連れて帰るのを諦めた。

それをドラコに告げ、自ら2人に背を向けると、互いの手を繋いで鏡に向かった。

ドラコと彼にしがみ付いたままのネビルは、2人を見送るように追いかけてきた。

「・・・・・・・・・・・・・本当に、良いのか?」

ドラコの言葉に、ロンとハリーは困ったように笑った。

「・・・うん、僕たち別に・・・ネビルたちの邪魔をしたいんじゃないから・・・・ネビルが元気になったのを見られただけで、充分・・・馬に蹴られて死んじゃいたく無いよ・・」

「・・・そう、お互い様だしね?」

ハリーの言葉に付け足して、ロンは意味深な言葉と視線をドラコに送った。

「・・・・・あぁ、・・・そうだな」

それに柔らかく笑って、ドラコは隣で真っ赤な顔で自分にしがみついているネビルを見た。

「・・・ネビル・・・良かったね」

ハリーもネビルを見て、そう言って笑った。

「・・・・・・・・うん・・・あの、・・・・・・ごめんね?」

ネビルは真っ赤なままの顔を、ハリーに向けて、そんな事を言った。

「・・・・・・ネビルが謝る事無いじゃない・・・悪いのは、マルフォイなんだ・・・泣かされたら、いつでも言ってね?力になるから・・」

少し冗談めかしてそんな事を言って、ハリーは笑った。

その笑顔の中には、睡眠不足の疲労の色が色濃く覗いていた。

「・・・・・・・・・そんな・・・」

ネビルは困ったようにドラコを見上げ、切ない視線を投げかけた。

ドラコは優しくネビルを見据えて、微笑んでいた。

「・・・・・・・・ポッターの言うとおりだ、・・・僕が悪い・・・罰は甘んじて受ける・・」

そんな事を言って、笑うドラコに、ネビルは泣きそうに顔を歪める。

「・・・・・・・・・ドラコ・・・・・そんな風に言わないで・・・・」

ドラコのシャツを、ぎゅっと掴んでネビルは首を振った。

その2人の様子は、労わり合っていて・・・・痛々しい。

 

「・・・・・・・・・・・・ネビル、・・・今、幸せか?」

唐突に、ロンがそんな事を言った。

「・・・・・・・・・・・・・え・・・・と、・・・・うん・・」

ドラコの顔とロンの顔を交互に見て、ネビルは頷いた。

「・・・・・そう、・・・なら良いよ・・・・・・・・・・・・・・・・・僕たちは、もう帰る・・・」

にっこりと微笑んで、ロンはハリーの手を取り、もと来た道を歩いていった。

 

鏡が元の位置の戻る。

部屋の中には、早朝の静けさ。

広い部屋の中に、ぽつんと立っている、ドラコとネビル。

ネビルは、甘えるようにドラコに擦り寄った。

「・・・・・・・・・どうした?」

優しくネビルの肩を抱き、ドラコが問うのに、ネビルは答えなかった。

ただ、ドラコの温もりを切望して、寄り添っていた。

そんなネビルが愛しくて、ドラコはネビルの額に口付け、笑った。

「・・・・・・・・・・・眠い・・」

随分遅れて、ネビルからの答えが示されて、ドラコは笑う。

「・・・・朝までまだ時間がある・・ゆっくり寝ていろ・・」

優しく言ったドラコに、抱き上げられて、ネビルの身体は柔らかいベッドの上に下ろされた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ドラコも一緒じゃなきゃ・・・嫌・・」

甘えるようにそう言って、ネビルは腕をドラコへと伸ばす。

ドラコは笑って、ネビルの隣に身体を横たえた。

 

 

抱き合って2人は眠る。

温かい身体と、安心して眠れるベッド。

力強い腕に抱かれて、ネビルは安堵して眠る。

悪夢は、ようやく終わりを告げた。

 

 

END

 

・・・表にある、青嵐2の裏ヴァージョンです。

本当は、こちらが正式に2になる筈だったのですが、ネビたんの扱いがあんまりだったので、表用に書き、こっちはお蔵入りにしておりました(笑)

今回、ネタにつまって・・・・げふ、ごふっ・・・・もとい、改めて書き直そうかと思って、引っ張り出してきました。

そしたら、凛さんが「愛するがゆえ」に絡めたいからと、書き直しを要求・・・・おい、こら。

そんなこんなで、こんな出来。う〜ん・・・少し、無理やりすぎたかなぁ???

ごめんなさい。

2004・11・20 みづきちよ

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