BEAMS
耳元で聞こえる、荒々しい息遣いをシェーマスは酷く冷静に聴いている。
3年前、汽車を下り学校に来る途中、「湖に落ちた」と言って、はしゃいでいた小さな子供。
第一印象は、「変なヤツ」だった。
それからも、自分と彼の接点は殆ど無かった。
ずっと同じ寮だったが、交友関係も生活リズムも、趣味でさえ全く接点の無かった自分たち。
こんな事になるなんて、思っても見なかった。
シェーマス・フィネガンは今、デニス・クリービーと性交の真っ最中だった。
「ごめんなさい」
行為が終わると、身支度も整えずにデニスはシェーマスに謝った。
「別に・・・僕も楽しかったから、良いよ」
シェーマスは、素っ気無くそう言って立ち上がる。
「あ・・・・あの、先輩・・・」
何か言いたげに自分を見上げるデニス。
その真っ直ぐな視線が、今のシェーマスの目に痛かった。
「気にすんなって・・・・・・なかなか良かったぜ?・・・じゃあな、おやすみ」
デニスの頭をくしゃっと撫でて微笑むと、シェーマスはそのまま振り返らずに部屋を出て行った。
残されたデニスは、その場に硬直してしまい、なかなか動けなかった。
嬉しさと、困惑と、罪悪感が胸を支配していて、上手に消化できない。
事の起こりは、今から2時間ほど前の事。落ち込んでいる様子のシェーマスを、夕食後のこの部屋で見かけて、デニスから声をかけた。
「どうしたんですか、こんな所で」
デニスの声に顔を上げたシェーマスは、曖昧な顔で笑った。
「・・・・・・いや・・別に」
そう言って、シェーマスは言葉を濁す。
それでもデニスには、なんとなくシェーマスが落ち込んでいる理由がわかってしまう。
デニスはずっとシェーマスを見てきた。1年生の頃からずっと・・・・彼が好きだった。だから・・・彼の事は、何でも知ってる。
今現在、彼の心を蝕む不の原因を知っている。
「進学の事ですか?」
デニスは躊躇いがちに・・・でも、率直に思った事を口にした。
元来駆け引きなんて苦手な性分。気の利いた台詞なんて思いつきもしなかった。
流石に、面と向かって核心を突かれるとは思っていなかったらしい。
シェーマスは目を見開いてデニスを凝視した。こんな無礼なヤツ、見た事が無い。
「お前・・・・友達少ないだろう?」
思わず悪態と呆れが口を突いた。
言われたデニスは、傷付いた様子もなく微笑んで、シェーマスの隣に腰を下ろす。
「酷いなぁ・・・・そんな事無いですよ?」
くすくす笑って、凄く自然にシェーマスの隣に居場所を見出している。
その雰囲気に、シェーマスは驚いた。
決して仲が良いとは言えないデニスの存在。それなのに、さっきまで寂しい気持で満たされていた筈の空間に、和やかな空気が満ち始めている。
「皆・・・・・コリンと僕の事、同じだって思っているみたいですけど・・・違いますから」
そう言って、にっこりと微笑むデニスの瞳。まるで朝日に輝く湧き水みたいに澄んでいる。
確かに・・・・言われてみれば、全然似てない。髪の色は同じだけれど、デニスの方がコリンよりも背が高いし、鼻も高い。仲の良くないシェーマスにだって、見た目だけでそれくらいの見分けがついた。
「そうだな・・・コリンより、お前の方が馬鹿だ」
悪態を吐いたシェーマスの顔に、かすかに笑顔が浮かんでいる。
「酷いですよ、そんな言い方・・・」
すると途端にデニスの顔は落胆に歪む。
子供みたいに純粋に表情をころころ変えるデニスに、シェーマスは言いようの無い親近感を感じた。さっきまで胸に渦巻いていた不安や焦燥は、急速に影を潜めている。
「でも僕は・・・お高くとまった秀才君より、馬鹿の方が親近感湧くけど?」
冗談の中に本当の気持を無意識に織り交ぜながら、シェーマスは笑ってデニスの髪をくしゃっと撫でた。
「先輩・・・・」
何故だかデニスは嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな目でシェーマスを見ていた。
「ありがとな・・・・お前のお陰で、へこんでた気分が随分軽くなったよ」
デニスのそんな表情の変化に気付かなかったシェーマスは、にっこりと笑って座っていた床から腰を上げた。
「待って・・・先輩・・行かないで」
そのまま歩き出そうとしたシェーマスを、デニスは後ろから抱き付いて阻止した。
「・・・・・・・・・・・デニス?」
デニスの行動の意味が良くわからないシェーマス。
驚いてデニスを振り返る。
その視界に映ったのは、さっきまで笑っていたデニスの顔じゃなかった。捨てられる事を恐れた子供のように、必死で縋るデニスの顔。
シェーマスは対処に困って苦笑した。
「・・・・・どうした?・・・お前・・何かあったのか?コリンと喧嘩でも・・」
「違います!そんなんじゃなくて・・・・・・僕、先輩ともっと一緒に居たい・・・ずっと、好きだったんです、だから・・・」
「先輩」の柔和な笑顔で、デニスの行為を寂しさの表れだと解釈しようとしたシェーマス。デニスはそれを濁りの無い瞳で見据えて、切ない声で言葉を発した。
「・・・・・・はぁ?」
突然の告白に、言われた意味を理解できなかったのか、シェーマスは間抜けな声で聞き返す。
「好きなんです・・・貴方が・・ずっと、ずっと・・入学した時から貴方の事を、想っていました」
短い言葉に今できる精一杯の気持を込めてそう言い切ったデニス。そのまま、真剣な顔でシェーマスを見上げた。
こうやって並んで立っているとよくわかる。
自分たちの身長差。3つも年上のシェーマスは、デニスより頭一個分背が高い。こんな小さな下級生に告白されて、正直シェーマスは戸惑った。
思ってもみない相手だったし、男だったし・・・・・年下だったし。
実の所、シェーマスは男同士と言う部分に関しては、あまり嫌悪感を感じない。周囲の友人たちの影響だ。ネビルとか、ハリーとか・・・・・シェーマスの周囲には、他と比べて同性愛者が多かった。
それでも気持ちが複雑なのは、きっと年のせい。シェーマスは6年生で、来年には卒業を控え進学で悩むような、そんな年頃で。一方のデニスは、O.W.L.s試験も終えていない3年生で・・・・大人ならまだしも、学生の身で3年と言う年の差は大きい。
人間的に未成熟な彼の気持ち・・・・今は本気でも、直ぐに飽きられるかも・・・。最初から終わりの見えている恋をするほど、シェーマスは器用じゃない。
目の前の彼の事、何も知らないけれど。本当に申し訳ないけれど、シェーマスは告白を受け入れる事が出来そうに無かった。
「・・・・・・そうか」
そう言って、シェーマスは微笑んだ。
「お前の気持ちは嬉しいよ・・・・でも、悪いけど受けてあげられない」
そう続け、デニスの頭を再びくしゃっと撫でた。
シェーマスの答えに期待はしていなかったらしいデニス。悲しそうに俯いて、「はい」と頷いた。
「・・・・・そんな顔するなよ、僕は別にお前が嫌いとか、そう言うんじゃないんだ・・・・・」
なんだか自分が虐めてしまっているみたいな状況に、シェーマスは苦笑するしかない。
男同士という大きな壁を必死で乗り越えて、勇気を振り絞って告白してきたであろうデニス。応えてあげられない自分に、罪悪感に似た気持ちが湧く。
「・・・・・・・・・泣くなよ、おい・・・」
項垂れた細い肩が震え始めたのを確認して、シェーマスはますます困ってしまう。
「す・・・みませ・・・・・・・みっともないですよね、僕・・・泣くなんて・・・・こんな情け無い奴から告白されたって、迷惑ですよね」
震える声を一生懸命堪えて、デニスは顔をあげずに言葉を吐いた。
普段から年下の扱いに慣れていないシェーマス。こんな時、どうやって慰めたら良いのかわからない。
それでも精一杯の知識から掘り起こした動作でデニスを慰めた。
ぎこちない動作で抱き締めてくれる大好きな人。デニスの胸に混在する愛しさと、罪悪感、そして後悔。
「迷惑じゃないから・・・・泣き止めよ」
耳元で聞こえる優しい声。
「嘘でも・・・・嬉しいです、先輩が僕の事拒絶しないでいてくれて・・・」
心配をかけまいと涙で濡れた顔を上げたデニス。
不器用に泣き笑いを見せる後輩。シェーマスの胃の辺りがズキズキ傷む。
「・・・・・・嘘じゃない、本当にありがたいと思ってるんだぜ?・・・・何しろ僕の過去の恋愛経歴は、天下御免の全戦全敗だ・・・こんな風に誰かから告白されたのは始めてだし」
労わるような笑顔でデニスを見るシェーマス。
前後関係はどうあれ、望んだ関係ではないにしろ、夢にまで見たシチュエーション。気付いたらデニスは少しだけ背伸びをして、シェーマスに口付けて居た。
「お・・・・おい」
突然の口付けに、シェーマスの肩がビクッと揺れる。
今までの散々たる恋愛経験の中で、キスなんてした事が無いシェーマス。不意打ちの今の行為は、ファーストキスだった。
「中途半端は嫌です・・・・・先輩、僕の事・・・嫌いになってください」
少し意味不明にそう言ったデニスは、シェーマスの胸を押した。
「デ・・・デニス!?」
困惑を深めるシェーマスを無視して、彼を押し倒したデニスはシェーマスの上に馬乗りになった。
「今から・・・・・僕は先輩に身勝手に酷い事をします・・・・抵抗してもいいですけど、止めません・・・・・・・だから僕の事、嫌いになってください」
悲痛な顔でそう言って、デニスはシェーマスに襲いかかる。シェーマスは大した抵抗も見せぬまま、デニスの行為を享受した。
翌朝、シェーマスが談話室に下りていくと、隅っこの方でこちらを窺っているデニスを見つけた。
「おはよう」
近付いて声をかけた。
デニスは信じられないものを見るような目でシェーマスを見て、何かを言いたげに口を数回開閉した。
「お・は・よ・う」
デニスからの返事が無い事に気分を害したのか、シェーマスはさっきよりも大きな声で酷くゆっくりと言葉を紡ぐ。
「・・・・・おはよう・・ございます」
その気迫に気押されたのか、デニスは未だ戸惑いを深く刻んだ真っ赤な顔で、ようやくシェーマスに返事を返した。
「良し、じゃあ行くぞ?」
デニスの返事にあっさり機嫌を直したらしいシェーマスは、にっこりと笑ってそう言った。
「え?・・・・・行くって・・・・・・・ドコに・・ですか?」
言われた意味がわからないデニスは、眉を顰めてシェーマスに聞き返す。
「どこって・・・・お前朝飯食わないのか?・・・・・・・・ったく、女じゃあるまいし、ダイエットなんて不健康な事止めとけ」
呆れたように勝手にそんな事を言ったシェーマス。
「ほら、早く」
軽く放心してその場に留まるデニスを急かし、シェーマスは「一緒に朝食を食べよう」と暗にデニスを誘った。
「あ・・・・はい」
シェーマスの意図は理解できないが、とりあえず従う事にしてデニスは彼の後についていった。
いつもは少し離れた場所からシェーマスを窺うだけだった食事。あんな事があった翌日なのに、デニスはシェーマスの隣で食事をする事を許された。
拒絶されると思っていたのに。・・・・・一体どういうことだろう。もしかしてこれは夢なんじゃ・・・・。自分の身に起こる現実についていけないデニス。軽く現実逃避をしてしまいそうになる。
「痛っ」
しかし、どんなに自分の頬を抓ってみても、鋭い痛みが走って、デニスのその考えを否定した。
「・・・・・何してんだお前・・・・なんかのまじないか?」
そんなデニスの行動に気付いて、シェーマスがきょとんとした顔で聞いてきた。
恥ずかしいところを見られてしまった。
「い・・いえ・・・・・そんなわけじゃ・・・」
慌てて否定するデニスを見て、シェーマスは笑う。
「変なヤツ」
デニスの視線は、晒されたその笑顔に釘付けになってしまった。
「あ、先輩・・・・・こっちのきゅうり食べてください、にんじんは僕が食べますから・・」
サラダに入っていたにんじんを、そ知らぬ素振りを演じつつ尚且つ潔癖なまでに取り除く作業に没頭していたシェーマスに、デニスが声をかけた。
「え?」
驚いてデニスを見ると、彼はにっこり笑って自分の皿をシェーマスに向けている。
「先輩、にんじん嫌いでしょ?」
当然のようにそう言って、ニコニコ笑うデニス。
(どうして・・・・ばれたんだろう)
シェーマスは目を瞬かせた。
好き嫌いがあるなんて、いい年をして恥ずかしくてシェーマスはずっと隠してきた。親友たちにだってばれないように、いつも細心の注意を払って隠し、ちゃっかり食べ残してきたのに。
どうしてデニスはその事を知ってるんだろう。
「もう・・・・フォークで触るのも嫌なんですか?」
驚きで動きが緩慢になっているシェーマスに、呆れたように笑って、デニスは自分のフォークでさっさと自分の皿とシェーマスの皿の中身を交換してしまう。
「はい、これで大丈夫ですよ?」
不器用な自分とは雲泥の差があると思われる鮮やかなデニスの手つき。
(そういえば、こいつ・・・・・アノ時も手先が器用だったっけ・・・・・・・・・って、朝から何考えてんだよ僕!!)
「さんきゅ」
恥ずかしさを誤魔化す為に、シェーマスは視線をそらしてデニスに礼を言った。
しかし、デニスは情け無い自分を見て、どう思っているんだろう・・・・・とか、そんなどうでもいい事がやけに気になって、直ぐに視線を戻してしまうシェーマス。
そして当然の如く噛み合う視線。
「お節介でしたか?」
少し挙動がおかしかったシェーマスを見て、笑顔を引っ込めてしまったデニス。申し訳なさそうにそう聞いてくる。
(もっと笑ってたら良いのに)
純粋にそう思って、途端シェーマスは苦笑する。
たった一度。しかも、あんな成り行きで、身体を重ねただけで・・・・・昨日までとは明らかに違う目でデニスを見ている自分。
現金だと思う。
相手が自分を好きだとわかった途端、こんなにも余裕かまして相手に接する。
あの時拒絶をしなかったのは、罪悪感と躊躇い。泣かせてしまった事で、自分に非がある気がしたし、相手の事を何もわかって居ないうちから拒絶をするのは、相手に失礼だと・・・・何となくそう思ったから。
だから今日からは少し近くでデニスを観察しようと思った。相手の気持を知る為にも、自分の気持を把握する為にも、必要なステップだと思った。
「デニス、それ取って」
「はい、先輩」
昼下がりの図書室。
提出日ぎりぎりまでレポートを書いていなかったシェーマスは、日曜日だというのに朝から図書室にこもりっきりだ。
彼の隣には、当然のようにデニスが居た。
デニスの突然の告白から2週間。
何時の間にか2人ともお互いの隣に自分の居場所を見出してしまっている。例えそれが恋人という位置じゃなくても、先輩と後輩という位置でも、ついこの間まで挨拶すらまともにしていなかった2人の関係は、急速に縮まった。
最初は酷くその事に戸惑っていたデニス。何度かシェーマスに人気の無い場所でその真意を問い詰めたりしたけれど、・・・結局明確な答えは示されなかった。
「俺は先輩、お前は後輩・・・・同じ寮の俺たちが一緒に居て、何が悪いんだ?」
面と向かってそんな正論を言われたら・・・言い返せなかった。
シェーマスがあの日の事を意図的に避けているのはわかっていたけれど・・・・中途半端に接している今の状況に、困惑しないわけにはいかなかった。
でも・・・・その感情も、少しずつ変化しつつあった。
シェーマスの言うとおり、先輩と後輩と言う間柄での友人関係も悪くない。このまま、卒業してからもずっと仲の良い友人として、彼の隣に居られるのなら・・・・それで良いと、そんな風にも思えてきた。
ぼんやりとそんな取り留めの無い事を考えているデニスを、羊皮紙に向かう振りをしてシェーマスはこっそりと盗み見た。
一緒に行動するようになってから、以前よりも随分とデニスの事がわかってきたシェーマス。だからこそ、時折見せる何かを考え込む様子が気になった。デニスは多分、自分の事を…今の自分たちの関係の事を考えているんだろう。告白を受けてやらなかった自分が、強制的に始めてしまった今の「友人」と言う関係。好意を持っている彼からすれば、今の状況は生殺しに違いないし、あの時・・・デニスははっきりと言っていた「中途半端は嫌」だと。だから嫌いになってくれと。・・・気持ちはわかる。けれど・・・女じゃあるまいし、増してや自分に好意を持った相手に強姦されて、嫌いになれるほどシェーマスは冷血漢で単純じゃない。むしろ今は・・・・・・・。
「終わった〜」
羽ペンを放り投げて、シェーマスは大きく伸びをした。
数日間に渡って心身ともに圧し掛かっていたレポートという重責から解放されて、彼の表情はこの上なく明るい。そして、彼の隣に立っているデニスも自分の事のように嬉しそうにしている。
「お疲れ様でした」
にこにこと笑い、シェーマスに労いの言葉をかけるデニス。どちらかと言うと、シェーマスに付き合っていたデニスの方が疲れている筈なのに、そんな苦労に対する不満など微塵も感じさせない顔でシェーマスを見ていた。
「・・・・お前・・・さぁ」
その顔を見ていて、思わず何かを言いかけたシェーマスだったが、躊躇いがちに口を噤んでしまった。
「・・・・・?」
そんな彼をデニスは不思議そうに見ていたが、それ以上聞き出す事はしなかった。
晴れ晴れとした気持ちで図書室を後にしたシェーマス。その後ろを、当然のようにくっついていくデニス。
少し前から見られるようになったこの取り合わせ。
シェーマスの朗らかで明るい性格を知っている者ならば、2人の関係を微笑ましく見守っただろうけれど・・・見ようによってはこの2人、デニスが無理やり従わされているようにも見えるらしい。現にシェーマスは既に数回、同級生や下級生から「虐めは良くない」という趣旨の注意を受けている。時にそれは、善意であったり、悪意であったりしたけれど、シェーマスは別に気にしなかった。自分が気に入った相手と一緒に居て、やましい事は何も無いし、個人の自由の領域だと思っていたから。
「・・・・・デニス・・ちょっといいかしら?」
図書室を出て少し行った所で、レイブンクローの女子生徒がデニスを呼び止めた。
「クレア・・・・どうした?」
呼ばれたデニスは何気ない素振りでそれに応じ、彼女に向き直る。
「話があるんだけど・・・良い?」
デニスに話しかけた少女は、言いながらちらりとシェーマスを睨んだ・・・気がした。
「・・・・・・じゃあ僕は先に寮に戻ってるよ」
それに気づいて、自分は邪魔だと判断したシェーマスは、早々にその場を去ろうとした。気を利かせたつもりだった・・・のだが。
「ちょっと、先輩・・・・僕を置いて帰らない下さいよ」
慌てた様子でデニスがそれを阻止した。
「待っててください、直ぐ終わるから・・・・ね?」
上目遣いにシェーマスを見やって、懇願するデニス。クレアの存在などまるで無視だった。
自分を引き止めるデニスと、自分を睨むクレア。両方を交互に見つめて、デニスは溜息を吐く。・・・・明らかに自分はこの場所にいちゃいけない気がするのだが、デニスはここに居ろと言う。・・・・・・・短い時間に決断を迫られたシェーマスは、結局デニスを優先させた。見ず知らずのクレアより、デニスの方がシェーマスにとっての優先順位が上だったから。
「わかったよ・・・ここで待ってる」
苦笑交じりにそう言ったシェーマスに、デニスの顔は一気に明るくなった。
「・・・・で?話って?」
クレアがどうしても・・と言うので、不本意ながら柱の影まで場所を移したデニス。さっきシェーマスに向けた笑顔とは一転して、どこか不機嫌な顔でクレアを見ていた。
「で・・・じゃないわよ、言ったはずよ?彼に近付くのはよしなさいって」
この、クレアと言う少女。デニスとシェーマスが一緒に居ることを気に入らない部類の人間だった。
「またその話?・・・・いい加減にしてくれないか・・・・・・僕の勝手だろう?」
最近クレアは何かと言えばデニスにシェーマスから離れろと言う。元々、デニスと彼女に接点は殆ど無かったのだが、半年ほど前彼女がデニスに告白をしてきて以来、友人関係になった。・・・その関係は、今のシェーマスとデニスの関係に少しだけ似ている。クレアは悪い人間ではない。だからデニスは友人関係を続けていられる。・・・けれど、最近の口煩い様子はいい加減にうんざりしてくる。
「そりゃあ・・・・そうよ、でも・・・・・あの人、デニスの事ちっとも見ていないじゃない!このまま都合よく使われて終わるつもり?あと1年ちょっとしかないのよ?」
クレアは語気を荒げてデニスに詰め寄った。
口煩い・・・と、思っていてもクレアのことをデニスが引き離せないのは、・・・・彼女が全て知っているからだ。
デニスが誰を好きで、今までどんな気持ちで過ごしてきたか・・・それを知っている、唯一の人間だからだ。
クレアがシェーマスから離れろ・・とデニスに言い続けるのは、シェーマスの態度が友人のそれだから。デニスの恋が実らないものだと思うから、あえて止めろと言う。傷は浅い方が良い。失恋の痛みを知っている彼女。好きな気持ちを抑えて友人として隣に居る事の辛さを知っている彼女。だからこその辛い仕打ちだった。
「わかってる・・・・・・・わかってるよ、そんな事・・・」
ズバリ痛いところを突かれたデニス。俯いて拳を握った。
そんな様子に、クレアは溜息を吐く。
言っても無駄な事はわかっていた。それでも言わずに居られないのは、今でもデニスが好きだから。彼の恋が実らない事を願っているわけじゃない。ただ、好きな人が傷付くのが嫌なのだ。今、彼女のデニスに対する気持ちは、恋から友愛へと完全に変化していた。
「・・・・・・・・とにかく、私は断固反対だわ!」
最後にそう言って、クレアは一方的に会話を終わらせ、その場を去っていく。去り際、擦れ違うシェーマスに睨みを利かす事も忘れなかった。
「・・・・大丈夫か?」
何やら項垂れた様子で戻ってきたデニスに、シェーマスが心配そうな声をかけた。
いつもだったら、無条件で嬉しいその声。けれど今は・・・・クレアに言葉のせいで、嫌な勘繰りをしてしまう。
『ねぇ先輩・・・・その優しい言葉は、後輩だから僕に掛けてくれるの?』
『僕は・・・貴方にとって後輩以上の存在にはなれないの?』
『こんなに好きなのに・・・・・・僕の気持ちは、いけないものなの?』
無言で自分を見詰めるデニス。その瞳に宿る悲しみをシェーマスはあえて無視した。
「行くぞ?」
そう言って、逃げるようにデニスの視線に背を向ける。
「・・・・はい」
デニスは素直に従って、シェーマスの後に続く。
なんだか気まずい空気が流れていた。
いつもならシェーマスの隣を歩きたがるデニス。しかし今は、とぼとぼとシェーマスの後ろをくっついてきて、ちっとも歩調を速めようとしなかった。
クレアの存在が、デニスにとってどんなものか・・・シェーマスは知らない。だから、なんと声をかけたらいいのかわからない。わかっているのは、デニスが自分を好きだということだけ。
あの少女・・・デニスが好きなのだろうか?それなのに、デニスの気持ちが自分にばかり向いているから、気に食わない・・・?理屈としては妥当だが、デニスの落込み様を見ていると、どうもそれだけとは思えない。シェーマスはこの時初めて、デニスには笑顔が一番良く似合う事を知った。
いつもにこにこと笑っているデニス。その存在に、知らないうちに慣れてしまった自分。
隣にあるその笑顔を失ってしまったら、物足りないと思う感情が、シェーマスの中に確かに存在していた。
「・・・・・あれ?・・・何だ、みんないないのか・・・」
寮の談話室でデニスと別れ、寝室に戻ったシェーマスは誰も居ない部屋に残念そうに声をあげた。
元来彼は皆でわいわい騒ぐのが好きなタイプ。誰も居ない部屋で1人で何かをする事は苦手で・・・・こんな時いつも何をしたらいいのか迷ってしまう。
結局、つまらなくなって再び談話室へと降りてきたシェーマス。しかし、ここにも彼の暇を埋めてくれる相手が見付からなかった。
「・・・・・・・」
こんな事なら、レポートをいそいで仕上げるんじゃなかった・・・・。今更そんな事を思いながら、シェーマスは溜息を吐いた。
ハリーとロンはきっと一緒に居るだろうし・・・ネビルは温室か、でこっぱちと一緒だろう。ディーンに至っては、最近一緒に行動していないせいでドコで何をしているのかさっぱり見当すらつかない。それくらい最近のシェーマスはデニスと一緒に行動している。それでなくても、進学の事で悩んでいたシェーマスは、自分の将来を1人静かに考える為に空き時間を見つけては、誰も居ない教室へ足を運んでいたのだ。
・・・そういえば、デニスとあんな事があって一緒に行動するようになってから、将来の事を考える時間が随分減った。良い機会だから、今の時間にまた少し考えておこうか・・・そう思いついたシェーマス。そのまま談話室を出て、いつもの教室へと向かった。
2週間ぶりに訪れたその場所は、最後に見た時と全く変わっていなかった。何もかも・・・空気までもが、デニスに抱かれたあの時と同じだ。
窓際の壁に背を預け、いつもの場所に腰を下ろしたシェーマスは早速思考を回転させ始めた。
もしも・・・・デニスと付き合う事になったなら・・・・。自分たちはあと1年しか一緒に居られない。そんな終わりの見えた恋人ごっこ・・・・しないほうが良いに決まってる。
まあ、デニスもそんな事は重々承知なんだろう。・・・だから、今の時期に告白してきたんだ。
一緒に過ごす時間が増えて、少しずつわかってきたデニスの性格。馬鹿だけど・・・・馬鹿じゃない。誰にも言わないで居た、にんじん嫌いとか、将来の事とか、デニスは全部知っていた。自分では隠し通しているつもりでいたのに。・・・それくらいデニスの恋心は本気。
1年でも恋人で居られたらいいと思ったのか、それとも接点があるうちに仲良くなってそれ以上の付き合いを望んだのか・・・・・。
どっちにしても、今のまま中途半端に仲良くしている状態はデニスに悪い。
そろそろ結論を出さなければいけない。
知らず溜息を吐き出したシェーマスは、ぼんやりと暮れ始めた窓の外を見上げた。
「・・・・・先輩?」
シェーマスの深い思案を止めたのは、遠慮がちな声と共に少しだけ開いた扉。シェーマスは視線をそちらに向けて、微笑んだ。
少しだけ開いた扉の隙間から、見慣れた金髪の頭が覗いていた。
「あぁ・・・・入れよ」
どこか遠慮している素振りのデニスに、シェーマスは笑顔のままでそう告げた。
「・・・・ごめんなさい、・・・邪魔しちゃいましたか?」
申し訳なさそうにそんな事を言いながら、デニスはシェーマスの隣に腰を下ろす。
「いや・・・・考えてたら、余計わかんなくなった」
シェーマスは苦笑してそう言うと、にっこりとデニスを見た。
真正面から向けられた眩しいくらいのその笑顔に、デニスは赤面し言葉を失った。
いくら一緒に居る時間が増えたとは言え、こんな風に2人きりで居て、笑顔を向けてもらえた事など殆ど無い。故に嬉しいと思う前に恥ずかしくなる。
「・・・・・・・・・そ・・・うですか」
辛うじてそんな言葉を紡いで、デニスは珍しく自分から視線を外す。
告白はしたけれど、シェーマスはそれを受け入れてくれたわけじゃない。自分の胸に湧いた嬉しさや愛しさが、いけない事のような気がしてならないのだ。
手に取るようにわかるデニスの心の動きに、シェーマスの笑顔は更に濃くなった。
幼い・・・と思う。同時に、自分を抱いた男なのだと思い出す。
思春期の気の迷い。そう言い切れないわけでもない。
「なぁ・・・デニス」
シェーマスは視線を前に向けて、いつも通りの口調で言葉を吐いた。
「・・・はい?」
デニスも落ち着きを取り戻して、いつも通りの声で答えた。
「・・・・・・・・・・もう一度、僕を抱いてみないか?」
シェーマスは全く口調を変えずにそう続けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先輩?」
答えた声は、とっても困惑を滲ませていた。
思った通りのデニスの反応に、シェーマスは込み上げる笑いを噛み殺しながら、視線をデニスに戻した。
「正直、自分でもまだよくわかんないんだ・・・・お前の事、・・・・だから、もう一度抱いてもらって決める」
キッパリとそう言い切ったシェーマスに、デニスは返す言葉をなくしてしまう。
あの日強引に肌を重ねたのは、嫌いになってもらう為だった。
最低なヤツだと、憎んでもらう為だった。
愛情は確かに存在していたけれど、歪んだ一方通行だった。
先輩後輩の間柄に・・・友達みたいな関係になれた事だって奇跡みたいだと思うのに・・・・・もう一度抱いてくれと言うシェーマスを、デニスは理解できなかった。
呆然と自分を凝視するデニスに、シェーマスはゆっくりと顔を近付けた。
「・・・・デニス、僕はもう決めたんだ・・・後は、お前次第だよ」
悪戯っぽくくすっと笑って、至近で覗き込んでくる一双のへーゼルアイ。
今にも唇同士が触れ合いそうなその光景に、デニスは眩暈がした。
大好きなシェーマスが、こんなに近くで「抱いてくれ」と言う。この現実は・・・・夢だろうか。
デニスの掌がそっと、その存在を確かめるようにシェーマスの頬に触れた。
ぎこちないその動作に微笑んだシェーマスは、そのまま瞳を閉じてデニスからのキスを待つ。
信じられない・・・夢のような現実。上手く順応できなくて、デニスは眩暈を感じた。
大好きなシェーマスが、自分からのキスを待っている・・・こんな事、あっていい筈が無い。だって自分たちは友人で・・・恋人じゃない。
でも・・・シェーマスは、自分からのキスを待っている。その事だけは揺るぎ無い事実。
頭の中をぐるぐると回る取りとめの無い思考。
デニスは無理やりそれを振り払って、恐る恐るシェーマスの顔に自分の顔を近付けた。
互いの息がかかるくらいに至近にあるシェーマスの顔。閉じた瞼。それを縁取る睫毛の1本1本まで数えられるくらいに近くにある、愛しい人の顔。
1度目はただ触れるだけのキスだった。
2度目はゆっくりと角度を変えた。
3度目で唇を開き、・・・・・4度目のキスで完全に理性が吹っ飛んだ。
自分の口の中で蠢く他人の体温。冷静に考えたら気色悪い事なのに・・・どうしてか嫌悪感が湧いてこない。ぎこちない舌使いが、逆に彼の想いの強さを感じさせて、心地良くさえある。
シェーマスはぼんやりとそんな事を考えながら、身体が次第に疼いていくのを感じた。
まともな性行為など、殆ど経験がないはずなのに・・・本能はこの後に訪れる快楽を早くも欲している。
「好き」と言う感情は・・・こういうことなのかもしれない。年の差とか、性別とか、そんな理屈じゃなくて、本能で求める相手。
デニスの噛み付くようなキスを黙って受け止めていたシェーマスは、知らず微笑んでいた。
誰かに求められる感覚が、誰かを求める感覚が、こんな気持ち良いなんて知らなかった。くすぐったいその感覚は、嬉しさに似ている。
「・・・・・はぁ・・・・・・は・・・」
長いキスが終わって、ようやく離れた2人の唇。
眩暈がするくらい酸素の薄い脳裏に疼く想い。
うっとりと見詰め合う2人の姿は、友人同士のそれとは明らかに違った。
デニスの顔があんまり乙女な表情だったので、シェーマスは思わず小さく噴き出してしまう。
「・・・・先輩・・」
少しだけ呆れた声音のデニス。シェーマスの笑い声は明らかに自分を馬鹿にしているように聞こえた。
「・・いや・・・お前、・・・本当に僕なんかが好きなんだな・・・と、思って・・・」
くすくす笑ってそう言いながら、シェーマスはデニスの身体を引き寄せて、後ろ向きに床に倒れこむ。
「ぅわっ・・・・・ちょっと、先輩?」
驚いたデニスは、引かれるままにシェーマスの上に覆いかぶさる形になった。
「・・・名前で呼べよ、色気無いなぁ・・・・」
自分の一挙一動におもしろいくらい感情を左右されるデニスに、シェーマスはくすくす笑ったままで続けた。
「さぁデニス・・・・次は何をしたらいい?」
言葉と共に途切れた笑い声。
シェーマスの瞳は真っ直ぐにデニスを射抜き、口元には妖艶な笑みが浮かんでいた。
一瞬で変わったシェーマスの様子に、デニスはゴクリと喉を鳴らした。
まるで遊ばれているような現状に、頭の隅を「恋は駆け引き」なんて洒落た言葉が過ぎっていく。
「・・・・・・・・・・・鳴いてください」
そっちがその気なら・・・と、デニスは思った。好きなのだから、今更歯止めなんて利かない。多少酷いやり方で抱いたって、誘ったシェーマスにだって責任はある。
責任転嫁じゃない。そう自分に言い聞かせて、シェーマスの首にかかったネクタイを乱暴に剥ぎ取り、シャツのボタンを外す。露になった素肌に、欠食児童のように噛み付いて、鎖骨を吸い上げた。
「・・・・・ぅ・・・・くぅん・・・」
途端にシェーマスの身体は跳ねた。
快感と言うよりは、慣れない刺激に驚いたような反応だったが、デニスは気にせず行為を続けた。
「あっつ・・・・んぁっ・・・」
デニスの激しい愛撫に、慣れないシェーマスの身体は大きく跳ねる。その反応を楽しむように、デニスはシェーマスの肌を貪った。
寒さと刺激、そして僅かな快感を持て余したシェーマスは余裕無く首を振り、浅い呼吸を繰り返す。
「・・・・・可愛い・・大好きです」
年上の余裕を纏った「先輩」の姿ではないシェーマスに、恍惚の表情で微笑んでデニスはうっとりと囁いた。
「・・・う・・・るさぃ・・」
恥ずかしさに頬を染めたシェーマスは、切れ切れの吐息に乗せてそう呟く。けれど彼の両手はしっかりとデニスのシャツを掴んで離さない。
行為の最中でも意地を張るシェーマスに苦笑して、デニスは目の前に立ち上がっていたシェーマスの胸の飾りに舌をのばす。快感が意地を凌駕して、シェーマスが自分に全てを委ねてくれるようにならなければ、自分たちの関係はこれっきり。・・・そんなの嫌だった。
「あっ・・・・・・あぅ・・・んっ・・・あっあぁ」
無遠慮に吸い付かれ、シェーマスの身体は大きく跳ねた。
シェーマスにもっと気持ちよくなって欲しくて、デニスの行為はどんどん激しくなっていく。器用な指でもう片方の突起を愛撫し、吸い付いた突起を舌で転がし、長い時間をかけてシェーマスの身体を開いていく。
「・・・・・・ひっ・・・・んぅ・・・」
慣れない刺激と、時間をかけて丹念に弄られたシェーマスの身体は急速に色付いた。そして時間を追う毎にシェーマスの声に余裕が無くなる。
デニスがそれに気づき、ふと見ればシェーマスの腰が震え、服の上からでもわかるくらいに反応した下半身が、精一杯の自己主張をしていた。
自分の愛撫に応えてくれた。そう思ったら、デニスの胸には喜びが広がった。たとえ生理的なものだったとしても・・・自分の行為がシェーマスに快感を与えられたのならば、嬉しい。
「ひゃ・・・・ん・・・・あぁ・・・」
胸の突起を弄っていた指がゆっくりと下降し、服の上からシェーマスの反応しきった股間をなぞった。途端に悲鳴のような声をあげて仰け反る身体。全てがデニスの性感を痛いくらいに刺激する。
デニスは貪る様にシェーマスの肌を吸い、甘噛みしながら行為を続けた。
何時の間にか全裸に剥かれたシェーマスは、次々と襲う快楽に甘い声を洩らしては背を仰け反らせる事しか出来なくなっていた。こんな風に誰かに全てを晒したのは初めての経験で・・・・自分でも、どうしたらいいのか、どうなってしまうのか、全然見当がつかない。ただ・・・・気持ち良い。自分を優しい愛撫で追い込んでいく下級生。初めて真っ直ぐに自分を好きだと言ってくれたデニスが、自分を求めてくれている。その事実だけで、シェーマスの身体の熱が増していく。
「やっ・・・・・も・・ぅ・・・・イく・・・」
虚ろな瞳で天井を見上げながら、震えた声で限界を訴えたシェーマスに、デニスは微笑んだ。そして当然のようにシェーマスの高ぶった股間に顔を埋め、吸い上げた。
「ひぃっ・・・・あっ・・あうぅっ・・・」
生まれて始めての感覚に、シェーマスは自分の身に起こっている出来事を把握できぬまま絶頂を迎えた。生暖かい感触に包まれた性器。そこから吐き出したはずの液体は、全てを吸い上げられてしまった。激しい快楽と喪失感に、シェーマスの目尻を涙が伝う。
荒い息を吐き出しながら、ゆっくりと理性がシェーマスに戻ってきた。そこで初めて、彼は自分たちの体勢に気が付いた。デニスがシェーマスの股間にしゃぶりつき、まるで蜜を舐める熊のように愛撫している。
「ば・・・・か!・・・おま・・・・・・・飲んだ・・・のか?」
慌てて上体を起こし、純粋に驚きを隠せないシェーマスに、デニスは微笑んで名残惜しげにその場所から口を離した。
シェーマスの精液と、デニスの唾液が混ざり合ったいやらしい液体が彼の口元から糸状に伸びている。とてもじゃないけれど直視できず、シェーマスは真っ赤な顔でその光景から顔を背けた。
「はい・・・美味しかったです」
にっこり笑って、更にとんでもない事を言うデニスに、シェーマスは腹に沸く怒りをどうぶつけていいのか迷った。
そんなシェーマスの感情を知ってか知らずか、デニスは再びシェーマスの股間に口を付け、今度は丹念に舐めあげてシェーマスの快感を刺激し始めた。
「ん・・・・・んぁ・・・・・やめ・・・・うぁ」
敏感な先端の皮を剥かれ、熱い舌先で尿道の入り口を突付かれて、シェーマスの身体が大きく揺らいだ。一度は戻った理性が快感に押されて、急激に失せていく。愛撫を続けたままでちらりとそれを確認し、デニスは心の中で微笑んだ。
そして今度は、飲み込みきれない液体が伝い、既にヒクつくシェーマスの蕾へと指先を伸ばしていった。
「あぁぅ・・やぁ・・・・ひぁん・・・」
完全に快楽に理性を手放したシェーマスは、デニスの頭を抱えるように身体を折り曲げて甘い声をデニスの耳元に絶えず吐き出す。
(可愛い・・・)
口が塞がっているため、声には出せなかったが、デニスは心の中で何度も同じ言葉を呟いた。
4つも年上の人なのに、デニスはずっと思っていた。シェーマスの事を「可愛い」と。顔や見た目はもとより、シェーマスはいつも無邪気で朗らかで、明るくて・・・幼い子供のように可愛らしかった。好きだと自覚する前から、デニスは漠然とそう思っていたのだ。そんなシェーマスが、今、自分の愛撫に涙を流しながら喘いでいる。
俄かには信じられない現実だった。
恋を自覚した日から、何度シェーマスの夢で、想像で、自分を慰めてきただろう。
肌の触り心地はどうだろう・・とか、胸の突起はピンクだろうか・・・とか、精液の味はどんなだろう・・・とか、ひとつになれたらきっと気持ちいいんだろう・・・とか。そんなロクでもない事を考え、ずっと邪な目でシェーマスを見ていた。無防備なシェーマスのシャツが肌蹴て、鎖骨や肌が覗くたび人知れず欲情を抑えて生活していた。そんなデニスにとって、夢のような現実が、今目の前にあった。
湿り気を帯びていたお陰で、難なく挿入した一本目の指を全て埋めたデニスは頃合を見計らって、中で蠢かした。シェーマスの身体は面白いくらいに過剰に反応し、ほぼ開きっぱなしになった唇からは、甘い喘ぎが絶えず零れてデニスの聴覚を刺激した。
「あぁ・・やぁ・・・も・・・・だめ・・・だ・・・デニ・・・・・ああっ・・・」
シェーマスは責め苦のように与えられ続ける強い刺激に、本気で泣き出しデニスに抑止の声を上げた。
「・・・・・止めませんよ・・・・・シェーマス、僕に抱かれるんでしょう?」
ずっと愛撫をし続けて、再び弾けそうになっているシェーマスの欲望を開放し、デニスは顔を上げてシェーマスの耳元に息を吹き込む。たったそれだけの刺激なのに、シェーマスは身体をビクビクと大きく揺らし、助けを求めるように伸ばした両腕をデニスの首筋にきつく絡めた。
「・・・・んっふぅ・・・・あっ・・・はぁ・・・」
前に抱かれた時と、全く違った状況にシェーマスは戸惑い、苦しんでいた。前のときは、痛いとか、くすぐったいとか、そんな感覚しかなくて、デニスのことも後輩としか認識していなかったのに・・・・今は、違う。デニスの指先や唇、吐息、声、全てに神経が集中し、身体が勝手に震える。聞き慣れた声で先輩ではなく、耳慣れない名前を呼ばれるたびに、身体の芯が疼いて止められなくなる。
「指だけでこんなに乱れてたら・・・身体が持ちませんよ?・・・・・・僕のはもっと大きいから」
可哀想なくらい荒い吐息で涙を流し、自分に縋り付いてくるシェーマスに、苦笑したデニスが言った。彼の中に、行為を中断するなんて考えは微塵も残ってなどいない。シェーマス同様、理性を放棄し、快楽だけを欲していた。
「・・・・・・ひぅ・・・・や・・・も・・・・駄目・・・デニ・・ス、・・・」
涙目でデニスを見上げたシェーマスは、何のためかわからない愛玩を投げかけた。
行為を中断して欲しいのか。それとも、もっと激しい愛撫が欲しいのか。デニスだけでなく、シェーマス自身もわかってはいない。
そんなシェーマスを見詰め、デニスは大きな溜息を吐き出した。
「僕も・・・・もぅ、駄目です」
熱に浮かされた瞳でうっとりとそう言ったデニス。シェーマスが言われた言葉の意味を考える暇もなく、彼の腰を支え直すと自身の上にぴたりと据えた。
「痛いと思うけれど・・・・・・そんな可愛い姿を見せられたら、優しくできそうにありません」
困った表情とは裏腹に、熱く猛ったデニスの欲望がシェーマスの蕾に押し付けられる。
そしてそのままデニスは、シェーマスの腰を支えていた腕の力を抜いた。シェーマスは自分の重みで、デニスを身体の奥深くまで一気に飲み込んだ。
「んんっ・・・・あああっ・・・あぁっあっ・・・・・ひっ・・・・・・」
シェーマスは身体を襲った激しい痛みと快感に、悲鳴を上げてデニスの背中に深く爪を立てた。
「・・・・・・・キツ・・・」
性行為に慣れていないシェーマスの身体は、初めての時よりもきつくデニスを締め付けた。快感よりも痛みに近いその感覚に、デニスは思わず鈍く呻いた。
「・・・・・・ごめ・・・・ちょ・・・と、待って・・・」
そんなデニスに、シェーマスは謝罪をして、健気にも呼吸を整え身体の力を抜こうとしていた。無理やり身体を貫かれたシェーマスの方が、デニスより遥かに苦しいはずなのに、そんな状況で笑顔まで覗かせる。
「・・・・・・せ・・・んぱい?」
信じられないシェーマスの態度に、デニスは息を飲んで目を見開いた。
痛みの為か、汗を滲ませた顔でシェーマスは、デニスの視線を受け止め笑った。
「・・・・・・・・わかったよ・・・デニス・・・」
それからそんな事を呟いて、痛みに慣れた身体からゆっくりと力を抜いて、全てをデニスに預ける。
「・・・僕も、お前が好きなんだ・・・じゃなきゃ、こんな事・・・耐えられない」
悪戯っぽい口調でそう言って、再びデニスに視線を向けた。
「・・・僕は、マゾヒストじゃないから・・・」
付け加えるようにそう言ったシェーマスに向けられた、デニスの顔といったら・・・・・まるでこの世の天国を目の当たりにした愚か者の如く緩んでいた。
「馬鹿面・・・」
シェーマスの意地悪な言葉も、今のデニスにとっては天使の囀りに聞こえただろう。
「大好きです」
夢見心地の瞳でそう言って、唐突にシェーマスに口付けた。いきなり深いその口付けに、シェーマスは積極的に応える。心が決まった彼には、もう躊躇いなんて無い。
「・・・・・ん・・・ふぅ・・・・・はっ・・・・あ・・・」
息も絶え絶えにお互いを求めあう。その感覚は酷く気持ちの良いものだった。「好きな人」を知らなかったシェーマスと、シェーマス以外に「好きな人」を知らないデニス。2人の気持ちはとても近いところにあったのかもしれない。
恋なんて、最初は誰でも勘違い。盲目的に相手に勝手に依存して、思いが通じたり、通じなかったり。
最初は強姦だったかもしれない関係。思いが通じ合った途端にそれは、愛のある関係に変わる。痛みすらも快感に変わるような・・・そんなおかしな感覚。
いやらしい水の音を立てて絡み合う舌。その淫猥な感触に、おのずと揺らぎだす腰。濃厚なキスのせいで声を封じられたデニスは、何の前触れもなくシェーマスの中に性を放った。
「・・・んむっ・・・・んん〜っ・・・」
驚きと、未知の感覚に、シェーマスは目を見開いたが、デニスは唇を離さなかった。ぬめりを帯びたシェーマスの身体は図らずも、先刻の痛みを和らげた。相変わらずの激しいキスに、シェーマスの思考は快楽にかき乱される。揺らぐ腰。荒い吐息。体内に感じるデニスの体温。
「・・・・・はぁっ・・・は・・・・はぁ・・・・・おま・・・・ぼ・・っくを、窒息・・・させる気・・・か?」
ようやく唇が離れたシェーマスの第一声は、色気の無いこんな一言。
「・・・・そんなことないですよ?」
デニスは悪びれないでそう言って、シェーマスの頬にキスをする。
「愛してます」
嬉しそうにそう言って、シェーマスを強く抱き締めて床に押し倒した。繋がったままで行われたその一連の動作は、シェーマスを鳴かせるのに充分だった。
「ひあぁぁっ・・・・やっ・・・だぁ・・・」
心の準備はおろか予備知識さえ殆ど無いシェーマスは、デニスに滅茶苦茶に突き上げられて、甘い声をひっきりなしに紡いだ。
「うっ・・・・あぁぁ・・・ん・・・ばっ・・・・・かぁ・・・」
甘い声と共に紡がれるシェーマスの恨み言。
そんな悪態も、今のデニスにとっては褒め言葉だった。
「・・・・・・・大馬鹿デニス」
「すみません」
「・・・・・・ドスケベ」
「・・・自分でもちょっと気づいてました」
「・・・・変態絶倫男」
「あれ?それ・・・褒めてます?」
「・・・・褒めてねぇよ」
「え〜・・・・こんなに愛してるのに」
「そういう言葉を軽率に吐いてると、信用無くすぞ?」
「・・・・う〜・・・・先輩の意地悪」
「ブ〜・・駄目、やり直し」
「・・・・・・し・・・・シェーマス?・・・」
「・・・・っふ・・あははは・・・・何照れてるんだよ?」
「何・・・・あれ?」
談話室の隅のテーブルで、向かい合って仲良さそうに談笑しているシェーマスとデニス。
それを見て、怪訝な顔をしているのはディーン。
「あ〜・・・なんか、最近仲良いよねぇ」
ディーンの言葉に隣に居たネビルも視線を2人に向けて微笑んだ。
「いや・・・なんか、そう言うんじゃなくて・・・・・・・急にまた仲良くなってない?」
ネビルの答えがお気に召さなかったのか、ディーンは腑に落ちない顔で首を傾げる。
「・・・・・・禁断の果実でも食べちゃったんじゃないの〜?」
ちょうどそこを通りかかって、2人の会話を聞いていたハリーが、ぽつりと一言会話に混ざってきた。
そして意味深な視線をシェーマスに向けた後、ディーンたちにも意味深な笑顔を向けて去っていった。
「・・・・・・・何、あれ?」
「・・・さぁ??」
残されたディーンとネビルは、不思議そうな顔をしてお互いに顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。
見える人には見える輝き。
おわり
とうとうやっちゃいました〜(笑)
書き始めて2ヶ月も経つ、スランプ真っ最中の駄文です。
シェーマスとデニスというサブの組み合わせ、どれだけ需要が・・・とか思いつつ(苦笑)
だいたい、デニスって誰?みたいな・・・・(^^;;コリンの弟君ですよ。
萌え出すと押さえが利かなくなる、マイナー大好きっ子深月の新境地開拓です(爆)
感想などいただけたらドキドキしながら喜びます☆(笑)
では、さらばっ!!(逃走)
2005・05・22 みづきちよ