ねこ
こんなはずじゃなかった。
そう思った。
でももう遅い。
何でこんなことになっちゃったのかな…僕はただ、貴方に喜んでほしかっただけなのに。
僕達の逢瀬は、週に一回あれば良いほう。
恋人と言う関係ではあるけれど、学年も寮も生活リズムもまるで違うから、精一杯頑張って週に一回。
そんな環境で愛し合う僕達。
プラトニックな関係だって、耐えきれないような、そんな悲しい境遇。
そして更に悲しい事に、僕達はプラトニックなんかじゃなくて、身体の快楽さえも共有している深い仲。
週に一回の逢瀬。そしてプラトニックではない僕達。それが=で繋がるかと言えば、そうじゃない。
そんな関係だからこそ、僕達は一回一回の逢瀬をいつも大切にしている。たとえ身体を重ねなくても、気持ちを繋いでいられるように、いつだって一生懸命に過ごしてる。
でも…本当の事を言うと、足りない。もっともっと愛し合いたい。そんな事を考えるのは、僕だけじゃなくて、きっとセドリックだってそう思ってた。
気持ちが通じ合う僕たちだからこそ、愛するセドリックの事だからこそ、僕は知っているつもりだった。
だから…あの日。先々週に会った時、別れ際に貴方が「ハリーが子猫なら、誰にも気兼ねしないで同じベッドで眠れるのに」って笑ったあの時、今回の計画を思いついたんだ。
変身術が苦手な僕が猫になってあげることは出来ないけれど、…でも1つだけ僕は「猫」になる方法を知っていたから。
この間、双子が談話室に置きっぱなしにしておいた悪戯グッツ専門誌。偶然それを見つけて、パラパラと捲ってみたら…そこに「猫になる薬」と言うのが売ってた。それなりに値の張るものだったし、何よりもその広告を出している会社が、アダルトグッツ専門店だったから、僕は妙にその記事の事を覚えていた。「世の中には、いろんな趣味の人が居るんだな」って。その時は、まさか自分がそれを買うだなんて考えなかったけど。…でも、セドリックの言葉を聞いて、「アレだ」と思った。
ただでさえ逢瀬が少ない僕達の関係に、たまには新しい刺激を取り入れたら面白いかな?って。そんな風に軽く考えすぎていた。
いざ、その薬を買ってみて、使ってみて……僕は心底後悔していた。
特異な性癖をもった人たちのことなんて、どう逆立ちしたって僕には理解できない。
そう心に刻む結果になった。
最初のうち、作戦は上手くいってた。
セドリックとの逢瀬の約束を取り付けて、親友のロンに夜の点呼を誤魔化してほしいとお願いして、勿論セドリックにも「今夜は一緒にいよう」って甘い言葉を囁いて。準備は完璧だった。
セドリックといつもの逢瀬の場所…この、使われていない部屋にやって来た僕は、セドリックに不審がられないように用意していた飲み物とお菓子を出した。このまま情事になだれ込んでしまったら、2人とも夕食を食べはぐってしまうから、最初からそのつもりの日、僕たちは夕食の代わりにお菓子を食べる習慣がついていた。僕はそれを利用して、予め通販で手に入れていた「猫になる薬」を自分のコップに仕込んでいた。
僕がさりげない仕草でコップの中身を煽ったら、セドリックの願望が叶う…手はずになっていた。
それなのに…。
「ハリー…大好きだよ」
唐突にセドリックがそう言って、僕の唇を奪った。それも、深く。
急速なその行為は、そのまま彼の飢えを僕に伝えていた。
僕だって、セドリックが欲しくて堪らなかったから、セドリックのその気持ちは良くわかる。気付けば床に押し倒されていて、僕は薬の事をひと時忘れて、彼に求められるまま一度目の行為に及んだ。
見かけによらず荒々しい行為が好きなセドリック。その技術は最高で、僕は強い快感に一気に流された。泣いて、感じて、喘いで、溶かされて…セドリックの広い背中に必死で縋って、何度も彼に「好き」だと伝えた。
彼が僕の奥で果て、その倦怠感に恍惚とした表情で僕に圧し掛かってきた時、僕の胸は満足と幸せでいっぱいで…薬の事なんてすっかり忘れてしまっていた。
「ごめんね……ハリーの方から誘ってくれるなんて、滅多に無いから…我慢できなくて、つい…」
理性が戻って僕の顔を見下ろしたセドリックは、少し恥ずかしそうに…でも、嬉しそうにそう言った。その顔が、普段のセドリックと違って、あんまり可愛らしかったものだから、僕は笑ってしまった。
「構わないよ…情熱的なセドリックも悪く無い」
熱に浮かされたセドリックの色っぽい視線に、僕もつい流されてうっとりとそんな事を呟いていた。
幸せに目が眩んで致命的なミスを犯してしまったこの時の自分を、心底呪いたい。
「喉が渇いたでしょう?」
そう言って、身体を起こしたセドリックは僕にコップを差し出した。思わず受け取って、そのまま与えられた飲み物に口を付けた僕。僕の隣で、セドリックもコップに口をつけていた。胸元の開いたセドリックのシャツから覗く喉元が、飲み物を嚥下してごくりと動いた。
そして、次の瞬間変化は起こった。
コトン。
と乾いた音を立てて、セドリックの持っていたコップが床に落ちた。中身を全て飲み終えた後だったので、中身が零れたりはしなかったけれど、それが余計に重大なことだった。
コップを取り落としたセドリックは、身体を折りたたむようにして蹲り、荒い呼吸を零していた。
「セドリック!?」
慌てて彼の肩に手を置こうとして、僕はやっと気付いた。僕の手の中にあるコップが、セドリックのものだったということ。
しまった。
と僕が思った時には、もう遅い。僕が用意した怪しい薬を飲んでしまったセドリックは、苦しそうに肩で息をして、耳元で声を掛ける僕の呼びかけにも全く反応を示さない。
「セドリック…しっかりして!」
恋人に得体の知れない薬を投与してしまった僕は、後悔と困惑と罪悪感でパニックになって、セドリックの身体から薬を取り出す方法を考える余裕はなかった。魔法を使わなくたって、マグル式に吐き出させることだって出来たのに、…この時ならまだ間に合っていたかもしれないのに、何も出来なかった。
そして、今に至る。
僕は、セドリックに抱かれた時の格好のまま、素肌に肌蹴けたシャツを辛うじて羽織っているだけの状態で、日の暮れた灯りも無い部屋に呆然と座り込んでいた。
セドリックはというと…完全に「猫」になっていた。
四つん這いで歩き、「にゃあ」としか喋らず、暗闇の中をトリッキーに動き回る…正真正銘、完全な猫だ。
僕が見つけた猫になる薬…それを使って隠微な遊びをする人たちを僕は今心底憎む。こんな薬のドコが楽しいんだ?相手の人格をこんな風に捻じ曲げて…人格はおろか、生物学の摂理まで無視して、相手に接する事に何の楽しみが見出せるというんだろう。僕は元々、獣姦という言葉自体が嫌いだ。抵抗できない弱い立場のものを力ずくで…と言う考え方は、理解できない。もしも予定通りに僕が薬を飲んで、今のセドリックみたいに猫になってしまったら…きっとセドリックはそんな状態の僕を犯そうとは思わないに違いない。
僕の浅はかな計画は、いろんな意味で失敗だった。
しかし、犯してしまった過ちは戻らない。ひっくり返した水がコップに戻らないのと同じだ。
僕は溜息を吐いて、薄暗い部屋の隅で蹲っているセドリックを見詰めた。
沢山動き回って疲れたのか、彼は今その場所で大人しくしている。
薬の効果は、一体どれくらい続くのだろう…朝までに彼の正気が戻らなかったらどうしよう…。
そんな事を思って、不安を更に増殖させてしまった僕は、ローブのポケットに入れたままになっている薬の瓶を手探りで探した。
無造作に脱ぎ捨てられたローブ。薄暗い部屋の中では、セドリックのものと自分のものの区別すら付かなくて、ポケットを探すのに苦労した。明かりを灯したくても、生憎と杖もローブの中だった。
「…え〜と、…コレ……じゃないし、…ん?……何だろうコレ?」
さっきまで部屋を駆け回っていたセドリックみたいに四つん這いになった不安定な格好で、僕は布の塊の中からやっと見つけたポケットと思しき場所をごそごそと探る。指先に、紙のような感触が当たった。
僕は今日、ポケットにそんなものを入れた記憶がない…なんだろう?
不思議に思って、ポケットからそれを取り出して目の前に掲げてマジマジと見詰める。
「………あ…コレって…」
暗闇の中で、僕の視界の中に見慣れた文字が浮かんだ。
僕が探り当てたのは、セドリックのローブのポケットだったらしい。僕が目の前に掲げてしげしげと見詰めていた紙片は、…今夜この場所で会おうとセドリックを誘った、僕からの手紙だった。
たったひとこと、お世辞にも綺麗とは言えない文字で、「今夜、いつもの場所で会いたい」と書いた手紙。セドリックはこれを受け取ってから、ずっとポケットに入れて持ち歩いてくれていたらしい。ポケットを探るたびにこの紙片の存在を感じて、今夜の僕との逢瀬の事考えて居てくれたんだ…。そう思ったら、僕は無性に泣けてきた。
勝手に暴走して、結果セドリックに酷い事をした僕。恋人として、こんなに軽薄な態度で居たなんて…見限られても仕方ない。
「ごめんなさい…セドリック…ごめんね…」
僕は何度も呟いた。
涙が勝手に溢れて頬を伝った。
セドリックが元に戻ったら、素直に全部話して、ちゃんと謝って、彼が許してくれなかったら、彼にこれ以上の迷惑を掛ける前に姿を消そう。
不安と後悔の中で、僕はそう思った。
胃が痛くなるくらい長い時間をかけて、沢山の後悔をした。
背後で何かが動く気配を感じて、僕はセドリックのローブに埋めて泣いていた顔を上げた。
「…セドリック?」
暗闇に声を投げかける。
今この部屋には僕たち以外に居ないから、気配は彼のものに間違い無い。けれど、答える声は無い。猫の鳴き声もしない。
「…セド…!?……やっ…ちょっと!」
さっきまでセドリックが居た部屋の隅に視線を向けようとした僕だったけれど、その前に身体が跳ねるような刺激が、思いもよらない場所に与えられて、僕は悲鳴をあげた。
「ひゃ…あ…ヤダ、…セドリック…そんな…」
僕が声をあげても、その刺激は止まらず、更に強い刺激が続けざまに与えられる。
暗闇の中、僕の背後に居るセドリックであろうその気配の主は、あろうことか僕のおしりを舐めていた。それも丹念に、何度も何度も飽きずに舌を伸ばす。
生暖かくて濡れたその刺激は、僕の敏感な場所を的確に攻めた。
こんな時に、与えられる快感に酔っている場合じゃない。頭ではわかっていても、僕の腰は勝手に跳ねて、背筋を快感がぞくぞくと這い上がる。
「ん…あっ……あぁん」
ぺちゃぺちゃと身体を嘗め回される音と快感。四つん這いの体勢が保てなくなった僕は、お尻を高く掲げる格好になって、再びセドリックのローブに顔を埋める。そう、まるで強請るように…。
「んふっ…あっ…だめぇ…」
人間じゃなくても、本能でその事を悟ったのか、セドリックの伸ばした舌が僕の中に差し入れられる。今までこんな風に大胆な仕草で求められる事なんてなかった僕は、未知の感覚に恐怖を覚えた。反面、快楽も大きい。僕の足はガクガク震えて、腰に力が入らない。
「やぁ…セドリック……いや…だ、やめて…」
恐怖と快感、そして胸を抉る罪悪感。気付けば頬を伝う雫。
「ごめん…なさい……ごめん…セドリック…ごめん」
いつしか僕の声は嗚咽になって、紡ぐ言葉は謝罪に変わった。
セドリックは相変わらずの仕草で、僕の肌を嬲り続けた。与えられる感触と快感に、自分の意思とは関係なく震える僕の身体を、まるで楽しい玩具だとでも言うような、自分本位の気まぐれな仕草で、僕の下半身を舐めたり噛んだりを続ける。その行為はまるで、猫にされたセドリックが、そうしてしまった僕を責めているみたいだった。
「ごめんなさい…ごめ……なさい…」
何度同じ言葉を繰り返しただろう。
快楽と涙で僕の身体は熱を増し、頭の芯がぼうっとした。それでも僕の口は、緩慢に同じ言葉だけを繰り返す事をやめない。既に僕は繰り返す言葉の意味すらわかってはいなかった。
気付けば、僕の身体を責めていたセドリックの気配が消えていた。
僕がその事に気付いたのは、耳元に聞こえた微かな音。
何時の間にか僕に覆いかぶさるようにその体勢を変えていたセドリックは、泣いている僕を宥めるように僕の耳たぶに舌を這わせた。
静かな部屋の中に、静かに…でもとても大きく響いたセドリックの舌の音。まるでそれは、僕の胸の中の後悔を舐め取るように優しく、そして丹念な仕草だった。
「うっあ…んぁ…やっ……だめぇっ…はぁ」
猫になったセドリックは、いつもに増して情熱的に僕を求めた。
抗う術もなく僕はセドリックに弄ばれるように抱かれた。快楽は共有と言うよりは、一方的に押し付けられ、僕に身体は玩具のように翻弄される。
セドリックの熱い杭が、僕を弾劾するように何度も身体の奥へ差し入れられて、何度も出たり入ったりを繰り返す。ただ、それだけの行為。
愛の無い行為というのは、こういう事を言うのだろう。と、僕は漠然と理解した。
同じ相手とする、同じ行為なのに、ちっとも気持ち良くない。身体は与えられる刺激に反応して、生理的に吐精するけれど、心が空っぽで満たされない。
まるでクィディッチの練習みたいに、激しい運動を強いられて、苦しくて辛いだけ。
こんな事になるなんて、セドリックは夢にも思わなかったに違いない。
愚かな自分の打算のせいで、こんな事になった。きっとセドリックは僕を許さない。こんな風に彼の熱を感じられるのは、きっと今日が最後だ。
快楽の為ではない涙がぽろぽろ零れた。
散々僕の身体を攻め立てて、満足したセドリックはそのまま身支度も整えずに寝入ってしまった。
苦行にも似た行為から開放された僕は、泣きながらセドリックの身体を清めて服を着せ、自分の身体も綺麗に直した。行動ひとつひとつが辛くて、悲しくて、後悔の念で頭がいっぱいで…全てが元に戻っても、どうしても戻せない現実を前にして、僕は涙を流す事しか出来なかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
涙が零れる度に同じ言葉だけが頭の中に生まれて蓄積されていく。
別れたくない。
離れたくない。
傍に居られないなんて…嫌われるなんて嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
…でも、もう遅い。
こんなはずじゃなかった。
そう思った。
でももう遅い。
何でこんなことになっちゃったのかな…僕はただ、貴方に喜んでほしかっただけなのに。
後悔はいつも取り返しがつかなくなってから生まれる。
遅すぎる。
続く
長らく更新が滞ってしまっていてすみませんでした。
甘いのがモットーのセドハリなのに暗くてすみません…(――;;
続きは今週中にUPします(^^;;駄目駄目で申し訳ない。
2006・03・02 ミヅキチヨ